タイガは英雄
ガイはホモ
「アアッ!」
その声を聴いた多くの者が同じ人間の叫びとは思わないだろう。
獣か、はたまたより恐ろしい怪物か。
或いは────浅倉 威か。
「ハァ……イライラするんだよ。どいつもこいつも……!」
ボサついた髪からギラリと覗く眼。蛇柄のジャケットの合間には生傷の絶えない肌。これが浅倉威。
行き場を失った衝動を吐き出すように鉄パイプを振るい、廃棄されていた車に叩きつける。
割れる物は全て壊し、鉄パイプが使えなくなるまでボディを凹ませても浅倉の苛立ちは治らない。むしろ増していく勢いだ。
浅倉がいるのは騒動の渦中にある病院からさほど離れていない資材置き場。
誰よりも戦いを望む彼がこんな人気のない場所で燻っているというのもおかしな話だが、そうせざるを得ない理由がある。
脱獄囚として顔が知れ渡っている彼がマスコミや刑事でごった返しているあの病院に近づこうものならどうなるか。少なくとも戦いどころではなくなる。
暴力衝動に突き動かされるまま生きる浅倉でもそれくらいは考えて行動しているのだ。
しかし、保身的な考えに囚われてほんの目と鼻の先にある祭りを見逃す浅倉でもない。
我慢の時間ももうじき終わる。
「……来たか」
浅倉は資材置き場に入ってきた一組の男女を視界に収めると、尻のポケットから紫のデッキを取り出す浅倉。
これからの戦いを考えるだけで身を焦がす苛立ちは綺麗さっぱり蒸発していた。
「浅倉……! まさかこんなところに隠れていたなんて」
「ね、俺の言ったとーりだったっしょ?」
「ハッ……俺もここにいるのはいい加減飽き飽きしてた。だがやっと……戦える」
霧島 美穂と芝浦 淳。
退屈はしなさそうだと浅倉の顔が歪む。
それが彼なり喜を表しているのだと気付いた美穂に怖気が走った。
「どうした? まさか今更逃げるつもりじゃないだろう?」
「誰が……! あんたは私が倒す!」
「そーいうこと。2対1だけど、卑怯なんて言うなよ?」
勇ましく突き出された白のデッキと黒のデッキ。
それに合わせて紫のデッキもまたユラリとガラス片に映し出された。
「「「変身!」」」
*
浅倉の居場所を知っているから一緒に討伐してほしい。
それが芝浦が美穂に話した内容だった。
二つ返事で快諾した美穂はそのまま芝浦と共に行ってしまい、大地もその後に続こうとしたのだが。
『昴くんを一人にしてどうする気よ。私なら大丈夫だから、あんたはあの子に付いててあげなよ』
『でも……』
『そゆな心配そうな顔すんなって! さっきはあんなこと言っちゃったけど、いくらアイツでも2対1ならきっと勝てる』
そう言って気丈に振る舞っていた彼女には隠しきれない緊張があった。
だが昴を一人にしておけないのも確かであり、大地には二人を見送る他無かったのだ。
それから店を出た大地と昴は病院へと戻ろうとした。
「それでね、お父さんがお味噌しるをすっごくしょっぱくしちゃってね」
「うん……」
「……お兄ちゃん?」
美穂は無事だろうか、彼女は浅倉を殺してしまったのだろうかという考えが悶々と頭の中でループしている。
そのせいで昴との会話もどこか上の空になってしまい、さらにそんな思い詰めた表情をしていれば昴だってどこか変だと思うだろう。
つぶらな瞳で見上げる昴にようやく気付き、大地は慌てて謝る。
「ごめんごめん、その……お兄ちゃん今朝からちょっと寝不足気味で……あはは」
咄嗟に思いついた苦しい言い訳をするも、昴は微動だにしない。
あまりに純真で澄み切った瞳に────微かな怯えが走った。
「ごめんなさい!」
「えっ」
「ぼくのお話がつまらないから! ごめんなさい!」
またしてもこの言い慣れてしまっている「ごめんなさい」が出てしまった。
そのままたたた、と駆け出して行く小さな背中を追いかけようとした大地に振り向いた昴。自身を遠ざけるように大きく腕を振っている。
「もうすぐそこだから、送ってくれてありがとうお兄ちゃん!」
早口気味に言葉を並べて、一刻も早く大地の前から消えねばならないというかのように昴は病院に向かって走っていってしまった。
上手く言葉にはできないものの、やはり昴が時折見せるあの態度は見過ごせない。すぐにでも追いかけたいとは思う。
────だが。
必死に謝ることに慣れきってしまった少年。
殺人鬼へと立ち向かった女性。
大地が向かえるのはただ一つ。
「僕は……」
決断に要した時間はさほど長くなかった。
*
紫の蛇のライダー、王蛇。
浅倉が変身したそのライダーはミラーワールドに着くや否や、身体をほぐすように唸らせる。
その仕草はまるで本物の蛇のようで、つくづくこの男は人間ではないのだとファムは実感した。
「じゃ、お先にやらせてもらうよ」
戦闘開始の火蓋を切って落としたのは勇敢にも突貫していくガイであった。
サイを連想させるその鎧の印象に違わぬ猛烈な突進で王蛇に迫る。
まずは自慢の大角を備えた左肩でタックルをかますつもりなのだろう。
「ハッ」
SWORD VENT
だが王蛇はそんな勢い任せの攻撃を鼻で笑い、ベノサーベルという剣を召喚した。
ガイのタックルを易々と躱し、その背中に思い切り剣を叩きつける。
ライダー屈指の防御力を誇るガイの装甲であったが、契約モンスターであるベノスネーカーの尾を模した剣の一撃はそれ以上だ。
突進の勢いも手伝って、吹っ飛ばされたガイは頭から資材の山に突っ込んでしまった。
「アイツ、とんだ口だけ野郎かよ!」
「つまらん……お前はもっと歯応えがあるよなぁ。霧島美穂ォ……!」
「そんな口もすぐに叩けなくさせてやる!」
GUARD VENT
ファムが構えたのは白い翼の盾、ウイングシールド。
その盾にブランバイザーの細い刀身が走れば、本当に翼であるかのように羽が舞う。
羽が雪の如く降り落ちる幻想的な風景に溶け込み、姿を隠すファム。
ファムがいた場所目掛けてベノサーベルが振るわれるも、結果は羽がひらひら舞い散るだけ。
「アァ……?」
「そこだ!」
羽が織りなす雪景色から現れたファムが背後から剣で一閃。
野生の勘で直撃は免れたものの、次の瞬間には姿を消しているファムに王蛇のイライラが蓄積していく。
彼が求めているのは一方的な蹂躙でもなければ、正々堂々とした勝負でもない。
いつ果てるとも知れない暴力の応酬。イライラを消せるだけの快楽。それこそが王蛇の求める戦い。
「アアァッ!」
だがどんなに吠えようとファムに剣は届かない。
ウイングシールドの幻覚は王蛇の視界を惑わし、細かな傷が刻まれていく。
当たらない剣を振り回していても仕方ないと考えた王蛇はそこでピタリと動きを止めた。
それを好機と見たファムは首筋を狙った鋭い突きを放つ。
ADVENT
だが、その時響いたおぞましい咆哮には思わず剣を止めてしまった。
羽を吹き飛ばしながら現れた巨大な蛇──ベノスネーカー。王蛇が召喚した契約モンスターである。
彼が動きを止めたのはベノバイザーにカードを入れるためなのだと気付いた時には既にベノスネーカーの毒液が吐き出されていた。
咄嗟に受け止めたファムのウイングシールドは瞬く間に溶解していき、王蛇を惑わしていた羽も消失してしまった。
「な、なんで……」
「どうした? 手品は終わりか?」
ウイングシールドを失った今、ファムにはベノサーベルによる強烈な斬撃を受け止めきれなかった。
悲鳴と共に吹き飛ぶファム。血の如く噴き出した火花を浴び、王蛇の飢えが満たされていく。
「ハハハハハハッ! やっぱりいいモンだよなァ! 戦いってやつは!」
「バケモノめ……!」
やはりこの男は人間ではないと改めて実感する。
悔しいがファムだけの力では到底及ばないだろうということも。
だが、ファムはそこまで状況を悲観していなかった。
王蛇の執拗な斬撃をいなしている途中、ようやく復帰したガイの姿が目に映ったからだ。
(よし、私が浅倉を抑えている間に背後からやってくれ!)
声に出さずとも、この状態を見れば自ずと察してくれるはずだ。
そんな期待に応えるように、気怠げに身体を揺らしていたガイはカードを抜いていた。
STRIKE VENT
腕をすっぽりと覆い隠すほどに大きい武器、メタルホーンを装備したガイ。
あれが見た目通りの攻撃力を発揮してくれれば、いくら王蛇といえどひとたまりもないはず。
幸い先の電子音声も王蛇には聞こえていないようだ。
(やれ芝浦!)
無言のアイコンタクトにコクリと頷くガイ。
防戦一方のファムに剣を叩きつけるばかりの王蛇の背中目指し、ゆっくりと忍び寄っていく。
ここで手痛い一撃を与え、二人がかりで一気に攻めたてる。
そんな勝利へのヴィジョンをなぞって、ガイは高く跳躍し────
「なっ……!?」
メタルホーンの先端がファムの胸部に直撃した。
味方と認識していた相手からの攻撃なんて防げるわけもなく、ファムは地面に這い蹲ってしまう。
咄嗟に立ち上がろうとして、しかし胸部に走った激痛がそれを許さない。呼吸だってままならない。
鉛の味がする塊を仮面の内側に吐き出して、なんとか持ち上げた頭をガイに向ける。
サイの仮面の奥に軽薄なニヤつきが見えて、尚更疑問が深まる。
何故、どうして、意味がわからない。
「あ……んた、な……ゴフッ、ゴフッ!」
「あー? 何言ってんのかわかんねーよ。……まあ大体察しはつくけどね」
ケラケラ笑うガイ。
その背後で退屈そうにしているが、攻撃する気配は見せない王蛇。
彼らは最初からグルであり、自身は嵌められた。状況はそう物語っているが、その動機がファムには理解できない。
どうして、こんな凶悪犯と手を組んだのかと。
「俺もさ、こんなライダーだらけのお祭りは楽しみたいわけ。でもどいつもこいつも手を組みやがってさ。流石に不利だから俺も心強いパートナーが欲しかったんだ」
ガイはそう得意げに語りながら、王蛇の肩に手を乗せる。
もっともその手はすぐに払い除けられたが。
「で、思うように動けない浅倉なんかはうってつけだったよ。俺がライダーを誘き寄せてコイツが思うままに暴れる。どう? 悪くないでしょ」
「フン……おい、なんでもいいがこの女は俺が殺る。お前はそこで見てろ」
ガイがどれだけペラペラと口を回そうと、王蛇には興味のないことである。
王蛇は半ば蹴り飛ばす形でガイを押し退け、肩に乗せたベノサーベルを持ち上げる。
これから自身に降りかかろうとしている暴力の嵐に備えて、ファムはデッキに手を掛けるが、目ざとく見ていた王蛇の足に頭部を揺らされてしまう。離脱のためにアドベントするなど許されはしない。
「せっかくだ、もう少し遊んでいけよ」
「うぅ……」
姉の仇が目の前にいるのに、もはやファムにはどうすることもできない。
せめて最後に一矢報いたいとは思うが、それすら叶いそうにない。アドベントのカードさえも先の一撃で吹き飛んでしまった。
悔しさに振り上げたブランバイザーが地面に当たり、軽い音を立てた。
(詐欺師やってる私が騙されて殺されるなんて……はは、笑えないね。これも天罰ってことなのかな)
諦めたつもりは無い。だが、後ろ向きな感情は湧いてしまう。
抗おうと身動ぎする頻度も徐々に減っていき、ゆっくり近付いてきた王蛇はそんなファムをつまらなそうに見下ろす。
アァ、と首を回した王蛇から何度も踏みつけられ、その度に装甲がミシミシと悲鳴を上げる。しかし、王蛇が求めているのはそんな反応ではない。
「おい……久々の戦いなんだ。もっと俺を楽しませろよ」
王蛇は片足をファムに乗せたまま挑発するが、それを払い除けることすら今の彼女には難しい。
もしガイの不意打ちがクリーンヒットしていなければもう少しマシな勝負になっていたのであろうが、ここでは意味のない仮定だ。
拍子抜けしてしまう手応えの無さを嘆くように息を吐き、ベノサーベルを持ち上げる王蛇。
しかし、そこで誰もが予想していなかった救援が現れる。
突如飛来した数発の光弾。
王蛇を焼き、吹き飛ばしたそれらの出所は轟音を響かせてやってきた巨大なマシンからであった。
ジェットスライガーと呼ばれるそのマシンを乗り捨てて、一人の戦士が降り立つ。
この場にいる誰もが見たことのないライダーであったが、ファムだけはその黒いベルトに見覚えがあった。
「あんた、まさか大地?」
コクリと頷き、ファムを庇うように立つDDデルタ。
不安を掻き立てる嫌な予感に従い、ミラーワールドを駆け巡った結果偶然ここに辿り着いたのだ。
「霧島さんは逃げて。僕が、あなたを守ります!」
*
デルタムーバーを手に構えるDDデルタ。
自分の到着が遅れたばかりにファムはこんなにも傷ついてしまった。そんな罪悪感から銃を握る手に力が入る。
そして突然現れたライダーに首を傾げていたガイはその声を聞いて合点がいったようにポン、と手を打つ。
「ああ〜、あんたあの時いたガキかぁ! へえ、結構強そうな見た目してんじゃん」
「……やっぱり芝浦さんなんですね。これも彼女を騙すための罠……!」
「ヒュー! まさにお姫様を守りにきた騎士って感じ。けどそういうノリは今いいから」
悪びれる様子もなく、ファムに向かおうとするガイ。
やらせはしないと放とうとしたデルタムーバーの斜線に紫の影が揺れる。
ベノサーベルとデルタムーバーがかち合い、斬撃の重みがDDデルタを痺れさせる。剣を小銃で受け止めるなんて無茶はそうそうするものではないと自戒すると同時に、DDデルタは目の当たりにした王蛇というライダーに息を呑む。
「いいぜ。お前の方が遊び甲斐がありそうだ」
「遊びなんかじゃない! 僕は彼女を守りに来たんだ!」
「なんだっていい。俺と戦えぇ!」
拮抗は長く続かず、DDデルタに剣が叩きつけられる。
しかしただではやられず、倒れながらも放ったフォトンブラッドの白いレーザーで王蛇を撃ち抜く。
それは牽制に終わらない威力のはずなのだが、身体に張り付いた高熱の痛みは王蛇をますます興奮させた。
「ハハハ、ハハハハッ!」
この世界に来てからというもの、個性的に過ぎるライダー達を見てきたが凶暴性ではこの王蛇の右に出る者はいない。そう確信してしまうほどに彼は狂っている。
だが、そんな彼の興味がDDデルタに向いているのはある意味幸運だ。
「あー、じゃあ俺があの女殺るけどいいよねぇ? ……聞いてねえじゃんあいつ」
すっかりDDデルタにお熱な王蛇に呆れつつ、ファムにトドメをくれてやろうとするガイ。
そんな彼の言葉をDDデルタはしっかり聞いている。
「させない!」
KAMEN RIDE DARK DRIVE
ベノサーベルを脇に押さえ込みながら、DDデルタが発動したのはダークドライブのカード。
するとガイの目の前に黒と水色の粒子が現れ、一瞬で人型を形成する。
召喚されたダークドライブの近未来的な外見にガイはへぇ、と感心したような声を漏らした。
「そんなこともできるんだ。結構面白いじゃん」
「す、スタートアワーミッション!」
「OK」
指令を理解し、ファムを守るために立ち塞がるダークドライブ。
遠隔操作であろうとも、指折りの実力を誇るダークドライブならばガイの足止めには最適だろう。
そしてこうすることでDDデルタも王蛇の相手に専念できるというわけだ。
近接戦には向かないデルタムーバーを放り捨て、剣に変えたライドブッカーで再度王蛇と打ち合う。
相変わらずの腕力だが、それでも押し負けはしない。
「霧島さん、今のうちに早く!」
「う、うん!」
「はぁ? 逃がすかよ!」
DDデルタの叫びに従って離脱を開始するファム。
追い縋ろうとするガイには当然ダークドライブが行く手を遮る。
突き出されたメタルホーンを防御もせず、敢えてボディで受け止める。が、ダークドライブはビクともしない。
規格外な硬さに仰天したガイの顔面をブレードガンナーが打ち据えた。
ガイの攻撃は確かに強力。
しかしダークドライブの装甲はファイナルベントを以ってしてようやくダメージに至るか、というレベルなのだ。
ドライブシステムの集大成は伊達ではない。
そして「守ること」と「殺さないこと」を命じられたダークドライブは必要以上の追撃はせず、ただ佇む。
それを余裕と受け取ったガイの苛立ちがメタルホーンを振るう勢いを強めるが、それでも届きはしない。
「かったいなぁ……! かなりウザいわ、お前」
「……」
頼りになるダークドライブの姿に安堵したDDデルタは今度こそ意識を王蛇に集中させる。
最初こそ彼の放つ威圧感にたじろいだものの、落ち着いていれば対処できない相手ではない。
王蛇が強敵であることは疑う余地もないが、それでも過去に対峙したドレイクやサガなどに比べればまだ可愛げがあるというもの。
横薙ぎの剣に対し、身を屈めて回避したDDデルタはそのまま前転して王蛇の脇をすり抜ける。
すかさず振り返って、今度は縦に降ろされた斬撃を屈んだ状態で受け止めた。
態勢としてはDDデルタの方が不利に見えるが、その手にはたった今拾い上げたデルタムーバーがある。
王蛇の腹部に押し当てられた銃口。一瞬の躊躇の後、火を噴く。
「オオオオッ!?」
どんな戦闘狂でも痛覚があれば怯む。しかもこれはゼロ距離射撃だ。
叫び、後退さる王蛇へさらにライドブッカーも合わせた二丁拳銃の射撃を見舞う。
本当はモンスターなのでは、と疑ってしまうような悲鳴を上げて吹き飛ぶ王蛇。
DDデルタは一旦射撃の手を止め、ふとダークドライブ達へ目を向ける。
ガイがファムを追いかけようとし、それをダークドライブが阻む。
それは変わり映えしない光景であったが、ピタリと手を止めたガイの姿にDDデルタはどこか胸騒ぎを覚えた。
「飽きた飽きた。こんなロボットみたいなのとやりあっても全っ然つまんないし。だからさ」
ガイは左手で抜いたカードを左肩に付いたメタルバイザーに投げ入れる。
その動作は器用ではあるが、特に不審な点はない。
どんな能力を行使しようとダークドライブはそう簡単に突破できない。
────そのはずなのだが。
「お前もういいや」
CONFINE VENT
カードの名が告げられたその瞬間、ガラスが割れる音が響いた。
そしてそれまで健在だったダークドライブ。その姿が跡形もなく消え去ってしまった。
これこそがガイの持つ特殊カード、コンファインベント。直前に使われたカードの効果を消滅させるカード。
「ダークドライブが……! まずい、霧島さん!」
「逃がすかよ」
傷ついた身体のファムは未だ離脱できていない。
警告を聞いた彼女の逃げる足は早まるが、それでも遅い。
その後を追わせはしまいと放ったレーザーはメタルホーンに防がれてしまい、ガイのベントインを許してしまう。
ADVENT
地面を揺らす猛進で現れた、ガイの契約モンスターであるメタルゲラス。
主人に忠実なモンスターの突進がファムに迫り、必死に足を動かす彼女を容赦なく吹っ飛ばした。
「うああああああーッッ!?」
「霧島さん!」
サイを思わせる巨体に追突されたファムは耳を押さえたくなるような痛々しい悲鳴を上げて倒れた。
横たわった彼女の装甲は至る所に亀裂が走り、マントだって穴だらけのボロボロだ。
急いで助けに行こうとするDDデルタであったが、訪れた悪寒がその足を止めさせた。
「これで、ゲームオーバー」
ガイが抜いたカードには切り札であることを示す紋章が描かれている。彼の隣には息を荒げたメタルゲラスが控えている。
そうして彼らが見据えるのは倒れ臥すファム。
これから何が起こるのか、など説明するまでもない。
この先にある死を連想して、DDデルタは衝動的にカードを叩き込んでいた。
「やらせるかぁ!」
FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DELTA
身体のフォトンストリームに流動する白い軌跡。
必殺技の待機状態となったデルタムーバーの照準をガイに合わせる。
DDデルタのルシファーズハンマーを直撃させれば相手を殺してしまうかもしれない。ならばポインターだけを放ち、拘束のみに留めておけばいい。
それからファムを連れてこの場を離脱すれば万事解決する、と。
そんな未来を思い描き、ポインターを放とうとしたデルタムーバーがDDデルタの手から忽然と消えた。
STEAL VENT
「何だって!?」
一体どこに、と思った瞬間にDDデルタに突き刺さる青白い三角錐。
DDデルタの身体は完全に固定されてしまい、新たなカードを抜くこともできない。
ガイに放たれるはずであったポインターを放った張本人は視界の端でプラプラと銃を弄んでいた。
「ぉオ……良い玩具持ってるな。俺にも使わせろ」
「あ、さ、くら……!」
王蛇の特殊カード、スチールベントがポインターモードになったデルタムーバーを奪い、逆にDDデルタを拘束させてしまったのだ。
この拘束を振り解こうとしても、上級オルフェノクですら縫い付けるモノを易々と破れはしない。
どんなに力を込めても、腹の底から雄叫びを上げても、ポインターは動かない。
そうしている間にもガイはカードをベントインし、無機質な音声が耳に届いた。
FINAL VENT
やめてくれ、彼女を見逃してくれと叫んでもガイは鼻で笑う。
立ってくれ、早く逃げてくれと願ってもファムは動けない。
身動きを封じられたDDデルタの目の前でガイが軽く跳び、メタルゲラスが駆け出す。
眼を見張る速度で駆けるその巨体に足をかけ、メタルホーンを構えるガイ。
モンスターと一体となった彼はさながら巨大な槍となって、一直線に猛進する。
そしてガイのファイナルベント────ヘビープレッシャーがファムに到達した。
「やめろぉぉぉーッッ!!」
*
人間はこんなにも血を吐けるんだな、と美穂は思った。
自身が吐き出した血の海でマスクが満たされて、息が詰まってしまう。まあ溺れる前に普通に死ぬのだろうとはわかるのだが、不快なものは不快だ。
ガイのファイナルベントに貫かれた自身の身体を眺めてから、次にこちらを見つめる大地の変身したライダーが目に映った。
何事か叫んでいるらしいが、あいにくもう聞こえはしなかった。
それでもかなり悲痛な面持ちなのはマスク越しでもなんとなくわかる。
(そもそも最初からアンタが来てくれればこうならなかったんだよ)
なんて場違いな八つ当たりなんだと我ながら呆れてしまうが、どうせ最後なんだしいいだろう。
ふう、と息を吐こうとして、やっぱり血液しか出てこない。
いよいよ終わりなのだと実感すると共に様々な感情が美穂の中を駆け巡る。
浅倉 威。憎い。できれば殺したかった。
芝浦 淳。ウザい。浅倉の次に殺したいクソガキ。
大地。変な子。一応騙して悪く思う。
そして────
「ごめんね……お姉ちゃん」
*
喉が枯れ果てるほど叫んだ。
ファムは胸に風穴を開けられて、夥しい量の鮮血で装甲を汚しながら倒れた。
どう見ても致命傷だとわかる、わかってしまう。そんな傷を見ても尚ビーストのドルフィマントなら助けられるかもしれないと考えてしまった。
そして聞いた。「お姉ちゃん……ごめんね」という言葉を。
そして見た。ファムが爆発する瞬間を。
声は、もう出なかった。
「おっしゃ! やっぱスカッとするわ。とりあえずこれで一人脱落っと」
同じライダーを、人を一人殺しておいてガイはガッツポーズをとっている。
思わず眼を疑った。
意識せずとも声が出ていた。
「……して」
「あ? 何?」
「……どうして霧島さんを! 彼女が何をしたって言うんだ!」
「はぁ? そりゃライダーだからに決まってるでしょ? 馬鹿なの?」
ガイはメタルホーンにベッタリと付いた美穂の血を払いながら、それがさも当然であるように答える。
そうだ、この世界では大地や手塚のようなスタンスが異端であり、彼はむしろ正しいライダーなのだ。
それはわかっている。しかし。
「あー、でも強いて言うならアイツって女じゃん? 折角の楽しいゲームなのにキャンキャン五月蝿い奴がいても邪魔だしね。やっぱこういうバトルは熱く盛り上げないと!」
身体の奥が燃えている。
自分自身をも焦がしかねないマグマが沸々と滾っている。
かつて感じた何よりも激しい怒りがDDデルタの中で湧き上がった。
「……ァァア」
未だ身体は拘束されている。
笑うガイと王蛇が迫ってきているが、危機感は不思議と感じない。
仮に抱いたとして、すぐに怒りに塗り潰されてしまうだろう。
そしてその怒りは漲る力となった。
「ァァァァ……ァァアアアアアーッ!!」
慟哭に近い叫びを上げたDDデルタからポインターが弾け飛ぶ。
知る人が見れば驚愕に値する事実だが、両手を広げて駆け出した王蛇には関係のない話である。
王蛇とDDデルタの距離がどんどん縮んでいく。
拘束を解除したDDデルタではあるが、その姿勢はだらしなく両手をぶら下げた無防備なもの。もっともどんな態勢でも王蛇が止まることはないが。
そして両者が接敵した瞬間────王蛇が地面に叩きつけられた。
「があアッ!?」
「ヴァアアアアッ!」
人間らしさを感じないその叫びは王蛇のものではない。
凄まじい速度で彼の襟を掴み、地面に薙ぎ倒したDDデルタが発したのだと気付いたガイは思わず呟く。
「お前……もしかしてモンスター?」
「ゥウアアア!!」
KAMEN RIDE GILLS
返事になっていなかった。
化け物同然に唸るDDデルタはその姿形でさえも緑の野獣となって。
それから繰り広げられたのは一方的な蹂躙だった。
ベノサーベルはへし折られ、メタルホーンは原型を留めないほどに潰されて。
ガイの仮面を象徴する角さえも叩き折られてしまった。
能力を行使しているわけでもなく、ただ単に強い。仮に王蛇とガイが万全な状態で挑んだとしても勝ち目は薄いと感じてしまう。
「「うあああっ!?」」
DDギルスが腕から生やした触手で殴られ、吹っ飛ばされた二人。
荒げていた息は少しずつ鎮まり、それでも怒りの冷めやらぬ野獣はライドブッカーを腰から取り出す。
それがソードモードに変わるのと、DDギルスが通常のダークディケイドに変わるのはほぼ同時。
FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE
金色のカードが並び、ガイと王蛇へと繋がっていく。
それが必殺の合図なのだと直感で理解したガイは温存していたもう一枚の切り札を即座に切った。
CONFINE VENT
消えるカードの道。
相手の必殺技を不発に終わらせたことでガイにいくらか余裕が戻る。
チッチッチ、と指を振って挑発までしてしまう。
「はいざ〜んねん。カードは一枚だけじゃないんだよね」
「こっちもだ!!」
FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE
「……は?」
再び並ぶカードの照準に、ガイの余裕は今度こそ消える。
迫り来るディメンションブラストが到達する直前、辛うじて腕を交差するのが限界だった。
視界は光とモザイクで塗りつぶされ、凄まじいエネルギーの奔流が爆発を巻き起こした。
ガイと王蛇は倒れ、ダークディケイドは支えを失ったかのように腕を下ろした。
「ハアぁッ、はアぁッ……ふぅぅ……」
胸に手を当てて、自分を宥めるダークディケイド。
暴走という名の嵐が去り、整えようとする息遣いが響く。
その仕草すら癪に障るが、ここが退き時であるとわからないガイではない。
普段なら喜んで戦闘続行しそうな王蛇も珍しく彼と同じく撤退を選ぶ。
「あんの野郎……次会った時はぜってーぶっ殺す!」
「おい、アイツは俺の獲物だ。お前は誘き出すだけでいい」
「それでまたコテンパンにされんだろ? いいから俺に任せとけって」
二人がかりで逃げを選ぶのはガイにとって計り知れない屈辱だった。
しかもあんな子供にやられたという事実もまた彼を苛立たせる。
「二人が駄目なら三人だ……見てろよ」
「……フン。まあなんでもいい」
ブツブツと呟きながら立ち去るガイ。
それを見つめる王蛇は呆れたようにそれを見つめていた。
*
ガイと王蛇が去った後も、ダークディケイドはその場に佇んでいた。
震える腕を呆然と見つめ、また周囲にも目を向ける。
壊れた武器やら、砕けた地面やらを見て本当に自分がこれをやったのかと信じられない気持ちが湧いてくる。
怒りに身を任せて暴れ、他のライダーを殺しかけた。
いや、寸前で手加減していなければ間違いなく殺していた。
「僕は……僕は……!」
霧島 美穂という女性を理解することは最後まで叶わなかった。
詐欺師で、でもなんとなく良い人で────それ以上は何も。
それだけの関わりしかなくても、死んで欲しくなかった。だからこそ激情が溢れてきた。
あんなにライダーバトルを否定しておいて、結局自分は殺そうとした。
口では綺麗事をほざいておきながら、衝動に負けてしまった。
これが自分の本性なのだと思い知らされた。
「────」
徐々に身体が重くなる。
常識を遥かに超えた身体能力を発揮した代償は払わねばならない。
意識が遠のいていき、身体も支えられなくなった。
ダークディケイドが地面に身体を預けようとして、最後に見えたのは白い脚。
(僕は────悪い、人なのかな────)
「wゥブ、wゥブwゥブ」
気絶したダークディケイドをシアゴーストの群れが取り囲んでいた。
ミラーワールドでの滞在が許された時間が迫り、黒い装甲は粒子を上げ始めている。
この獲物を食い尽くすべく、我先にと飛び出そうとするシアゴースト。
そんな群れを止めたのは、とある一声だった。
「やめて」
たった一声────それだけでシアゴーストは一匹残らず停止した。
その集団を掻き分けて、一人のライダーがダークディケイドを抱えた。
「お兄ちゃんを食べないで」
その白いライダー、レギオンはあどけなさの残る声でそう言った。
芝浦「うはw 浅倉手懐けたったwww」
浅倉(とりあえず利用してやるか……)
ぐらいの関係性。
何ヶ月ぶりかの仮面ライダーレギオン。多くは語るまい。
これで年内最後の更新です。来年もよろしくお願い致します!