灼熱の日差しに照りつけられて、龍我の顔から一粒の汗が流れる。
滴り落ちたその一滴は地面を濡らすことなく、遥か下の海に消えた。
龍我は続いて流れようとした雫を拭って、コンビニで買った炭酸飲料で喉を潤す。
「暑いし高え……でも落ちたら寒いだろうな〜」
荒れ狂う高波が押し寄せる断崖絶壁。
その淵に座って足をぶらぶら遊ばせていた龍我は、下を覗き込んでそう呟いた。
ひと昔前、今は亡き恋人──小倉 香澄と一緒に観たドラマで同じような場所が出てきたな、なんて思い出しながら時間を潰している。
「なんだっけあのドラマ。確か暗殺がどうのこうのとか────にしても遅えな……いつまで待たせんだよ」
思い出せそうで思い出せないモヤモヤを抱えてウンウン唸る。
ぶっちゃけどうでもいいことではあるけども、一度気になり始めたら思い出さないと気が済まない。
何もこんな場所で考え込まなくても、と思わなくもないが、別に好き好んでこんな場所にいるのではない。
龍我はとある人物に呼び出されたためにここにいる。
それから程なくして、待っていた相手がやって来た。
「待たせたな、万丈」
そう、龍我を呼び出したのはネガタロス。
しかも眼魂を持ってきたのが須藤という意外な組み合わせだった。
悪の組織がどうのとか言って止まない奴が刑事といるのは、どういう風の吹き回しなのか。
ジロリと須藤を見て、龍我は唐突に声を上げた。
「……あー!」
「な、なんですか」
「思い出した! 『刑事ギリィ』だ!! こんな感じの崖で推理してたんだよ! あースッキリした」
「……それはなによりです」
一人で勝手にスッキリしているだけの龍我にも、須藤は努めてにこやかに返事してくれた。
以前は一悶着あったが、水に流してくれたようでなによりである。
「……ところでよ、なんであんたら一緒にいるんだ?」
「俺様は眼魂なんだから誰かに運ばれなきゃならんだろ。馬鹿か? ……いや、すまん馬鹿だったな」
「てめぇ、だから筋肉を────ってそうじゃねえよ! なんでクソ暑い真夏にこんなとこで待たせんだよ!」
「そう喚くな。ほら、アイス買ってきてやったぞ(須藤の金で)」
ぶつくさ言いつつ、差し出されたアイスはしっかり貰う龍我
そんな彼には「ちょろい奴だ」というネガタロスの呟きは聞こえていなかった。
「ほえて、なんえおえよふだんだよ(それで、なんで俺呼んだんだよ)」
「食ってから話せ! ────まあいい、実は須藤がお前に話したいことがあるそうでな。なぁ?」
話を振られた須藤はようやくか、と息を軽く吐いてから頷く。
「このネガタロスさんから事情は伺いました。あなたは別世界から迷い込み、帰る方法を探していると。私なら助けになれるかもしれません」
「んぉ!? マジか!」
龍我は驚き、咥えていたアイスの棒をポロっと落としてしまった。
こんな唐突に、しかも元の世界に帰れるかもしれないなんて言われれば無理もない反応だ。この世界に来てから数週間、自分が元いた世界のことを考えない日は無かったくらいなのだから。
荒波に攫われていくアイスの棒に目も振らず、須藤に掴みかかったが、やんわりと押し戻された。
「まずは落ち着いてください。実はあなたがしていたベルトと同じ型の物を見たことがあるかもしれません。確認させてもらってもよろしいでしょうか?」
「お、おお」
龍我は言われるがままにビルドドライバーを差し出した。
受け取った須藤は興味深そうに眺め、そして微笑んだ。
「ありがとうございます────それではさようなら」
「はぇ?」
次の瞬間、龍我の身体は須藤に蹴り出された。
*
崖から転落し、海の藻屑と化した龍我。
自身が零した棒と同じ運命を辿ったとはあまりに哀れな男だ、と須藤は下を覗き込んで笑った。
これだけ高い崖と波だ。変身アイテムだってこちらにある以上、万が一にも助かることはあるまい。
「まさかここまで簡単に事が済むとは思えませんでした。どうやらあなたは信用に足るようです」
「ククク……だから言っただろう? 馬鹿は扱いやすいんだ」
奇妙な共闘を持ちかけられた須藤であったが、そう簡単に信用はできない。
その返答を見越していたネガタロスは「ライダーを一人始末してみせる」と言ってのけたのだ。
その結果、変身すらせずに邪魔者を減らすことができた。しかも未知の変身アイテムまでおまけで付いてきた。
「しかし解せませんね……彼は仲間だったのでしょう?」
「俺様に仲間は要らねえ。必要なのは有能な部下だけだ。アイツは実力だけならそこそこだが、オツムが残念だったんでな。ま、切り捨てる候補第二位のことなんざもうどうでもいい」
「なるほど」
そう語るネガタロスの言葉に嘘の気配はない。
呼び出せば即座に応じてくれる時点で龍我はネガタロスのことを仲間と認識していたようだが、その末路がコレでは流石の須藤も同情は禁じ得ない。馬鹿とお人好しは損する世の中だとつくづく実感する。
だが、何はともあれこれで須藤の邪魔者は一人減った。ネガタロスは自身の有用性を示してみせたのだ。
「こんなもんはまだ序の口だ! 序で序に序過ぎるほどな。俺様の組織復興のため、お前にはこのライダーバトルに勝ち残ってもらう! さあ次だ! 次のライダー潰しに行くぞ!」
この喋る目玉がスカウトと称して須藤に共闘を持ちかけてきたのも、知り合いを裏切ってみせたのも、全ては最後の一人だけが叶えられる願いのため。
子供番組に出てくるような悪の組織を本気で立ち上げようとしていると知った時にはドン引きしたが、豪語するだけの能力は確かにある。
少なくとも他のライダーと組むよりはよっぽどマシかもしれない。
「ええ、行きましょうか。ネガタロスさん」
────どうせ最後には握り潰してしまえばいいのだから。
*
龍我を海に落としたその足で、須藤は病院に来ていた。無論、ライダー達が集っている病院である。
しかし中には入らず、敷地内を歩き回るだけ。刑事としての表面を見せていれば不審に思われる心配もない。
「次に消すライダーだが……須藤、お前は誰にするべきと考えてる?」
「そうですね……やはり大和 奏でしょう。彼の死と同時に連続失踪事件が止まれば、他のライダーも彼が犯人だと思うはず」
ボルキャンサーの強化は済んでいる。自身の犯行が露見するかもしれないリスクを考慮すると、ここらが潮時だ。
だが、ネガタロスの見解は違った。
「甘い……甘過ぎる。お前はフワフワのクリームが山盛りに乗ったドリームジャンボパフェよりも甘い。ああ、あれは甘過ぎた……」
「は、はあ?」
「慎重なのは結構。だが臆病にもなるな。ライダーは間引けるだけ間引いておくべきだ」
今回狙う候補として、ネガタロスはまず除外すべきライダーの名前を挙げた。
北岡 秀一、仮面ライダーゾルダ。
大地、仮面ライダーダークディケイド。
須藤が表向きは手を結んでいる者達だ。疑われている様子もなく、またいざという時には味方として戦えるライダーは貴重である。
次に除外したのは、この事件に乗じてバトルを仕掛ける者達。
浅倉 威、仮面ライダー王蛇。
芝浦 淳、仮面ライダーガイ。
放っておけば他のライダーと衝突してくれるのは願ったり叶ったりだ。
「仮面ライダーナイトも、まあいいだろう。口だけの甘ちゃんなんざいつでも倒せる」
「長話はいい加減にしてもらいたい。結局誰を狙えと?」
「手塚 海之、仮面ライダーライア」
告げられたその名を、須藤は知っている。面識もある。
戦いを望まない、珍しいライダーだということも把握しており、今回の事件についてもコソコソ嗅ぎ回っているらしい。
真犯人の発覚を恐れる須藤にとっては最優先で倒すべきかもしれない。
「確かに彼ならば……ええいいでしょう。どうやってやるおつもりで?」
「あいつを呼び出して、仲間になると見せかけて油断したところを襲うんだ。ボルキャンサーに食わせちまえば証拠も残らねえ」
「しかしそう簡単に応じるとは思えませんが」
「そうかな? バトルを止めようとするアイツは当然孤立無援だ。そんな奴に仲間になる、なんて言えばホイホイ喜んで来るだろうさ。それじゃ携帯貸せ、携帯。────うお、随分旧式だな……よし、俺が言った通りに打て」
ネガタロスが言った数字を打ち、出来上がった番号に電話をかける。
数回のコールの後、「もしもし」と無機質な声が響いた。
何故知っているかは不明だが、手塚の携帯番号だったのだろう。
「手塚か、俺だ……あ? だから俺様だよネガタロス様だ! ああ、仲間になりそうなライダーを一人見つけた。21時に例の場所で」
なんという手際の良さか。ここは素直に感心する須藤だが、今の自分を思い出して押し黙る。
携帯電話に目玉の玩具を押し当てる自分の姿がいかにシュールかなど言いたくもない。汚職刑事にも羞恥心はある。
「ママー、あのヒトなんで電話におもちゃくっつけてるの〜?」
「シッ、見ちゃいけません」
重ねて言うが、汚職刑事にも羞恥心はあるのだ。
*
「そろそろ約束の時間だな……ところで須藤。何故俺様をポケットに隠す」
「別に……」
手塚との約束の時間が近づいてきた。
果たして本当に上手くいくのか、不安はあるが、あまり悪い結果にはならないだろう。
須藤の予測ならば最悪戦闘に発展したとしても負けはしない相手だ。
ともすればここは堂々としている方が良い。
そして約束の刻。病院の中庭に設置された時計が21時を示す。
手塚は時刻ちょうどにやって来た。
「待たせたな、須藤刑事」
「いえ、呼び出したのはこちらですから」
以前見かけた時も同じ感想を抱いた覚えがあるが、相変わらず冷めた表情をした男である。バトルに反対というのも口だけで、本当は他のライダーを騙そうとしている方が納得できる。だが、それはお互い様かと思考を断ち切った。
手塚はしばしこちらを探るように見つめた後、妙な話をしてきた。
「須藤 雅史、仮面ライダーシザース。ここに来る前にアンタの未来について占わせてもらったよ。
結果は────破滅だ
大人しくしていた方がアンタの身のためだぞ」
いきなり何を言い出すかと思えば、これは何なのだろうか。
ポケットのネガタロスは沈黙を貫いており、返答は須藤に委ねられている。
挑発とも脅しとも取れる言葉の真意に考え悩んだ刹那の後、須藤が選んだのは当たり障りのない無難な返答だった。
「占いですか。ご忠告は有り難いのですが、私はそういう類は信じていません。それより────」
「ああ、俺も信じたくはない。決まった運命ほど残酷で、虚しいものはない。だが、俺の占いは当たる」
手塚は至って真剣だった。
こちらを揶揄うわけでもなく、ただ事実を告げているだけ。
さながら末期ガンを宣告する医者のようで、半笑いだった須藤も「これは何かおかしい」と表情を正す。
一体何を言いたいのか、手塚に問い質そうとする。
しかし、彼はそんな会話すら億劫だと言わんばかりに遮る。
「茶番はもう十分だ。須藤、アンタがこの事件の犯人なんだろ」
「────」
「調べはついてる。諦めるんだな」
こうもズバリと言い当てられては、流石の須藤も言葉を失う。
そんな反応を肯定と受け取ったらしい手塚。取り抑えようとでもしたか、ズンズン歩み寄ってきた。
しかし、須藤とて伊達に(汚職)刑事をやっていない。
手塚を難なく躱し、平静を装いながら距離を取る。
乱れた襟を正しつつ、「こちらは何もやましいことはない」と態度で示す。
「やりますね、占い師なんかよりも刑事になったらどうです?」
「皮肉と受け取っておくよ」
「ですが落ち着いてください。こんな言葉を刑事の私が言うのも変ですが……そこまで言うからには何か証拠があるんでしょうね?」
「勿論だ」
不敵に笑う手塚。しかし、待てども待てども彼が証拠と言えるような品を取り出す素ぶりは見せない。
口から出まかせ、あるいは鎌かけか。
「悪いが、証拠はここには持ってこれない。あるのはミラーワールドだ」
「ミラーワールドの……証拠?」
「今回の事件、犯人はモンスターに患者を襲わせていた。
監視カメラにも映らず、証拠も残らない。単純だが良い手口だ。
しかし、犯人は決定的なミスを犯していたよ」
「……まさか!」
「そう、
ミラーワールドは普通の人間の目には見えず、監視カメラにも映らない。当然、ミラーモンスターやライダーも。
だからこそ警察の捜査は難航していた。
事件解決を望むライダー達もしらみ潰しに探し回るしかなく、冷戦状態が続く羽目になったのだ。
そこで手塚は考えた。
現実世界に証拠はない。されどミラーワールドならどうだろうか、と。
「探し出すのには苦労したが、目当ての映像は見つかったよ。
ミラーワールドの監視カメラにはしっかりと映っていた────患者を襲うアンタのモンスターの姿がな。
昨日も同僚の刑事と一芝居打っていたな。それも撮れていたぞ」
監視カメラの存在は須藤も細心の注意を払っていた。
だが、ミラーワールドの監視カメラとは盲点だった。
むしろそこに目を付けた手塚の慧眼を褒めるべきかもしれない。
とはいえ、須藤とてここでは折れない。
「フフ……着眼点は見事です。けれど、あなたは大切なことを見落としています。
ミラーワールドの映像は現実に持ち出せない。
それにあなたが映像に細工をした可能性だってある。
細工をしていないと証明することも難しいでしょう? ミラーワールドが不可思議な場所であると皆知っているはずだ」
「……あくまで認めないつもりか」
「認めるも何も、私は無実ですから。ねえ、ネガタロスさん?」
須藤は眼魂を握る力を目一杯強める。
いい加減口を開いて、自分を擁護しろ。そんな意を込めて。
それが通じたのか定かではないが、ネガタロスはようやく喋り出した。
「クク……もう言い逃れはできそうにないなぁ」
「……は? 何を言い出すのです?」
「猿芝居はもういいってことだ。おい! 出てこい!」
それが合図だったのだろう。
近くの柱の影から須藤が予想だにしない人物が顔を見せた。
この手で殺したと思っていた、思い込んでいた人物。
万丈 龍我。
「馬鹿な……!」
「てんめぇ〜! よくも突き落としやがったな! やっぱり滅茶苦茶寒いし痛かったんだぞ! どうしてくれんだよ!」
怒り心頭の龍我。痛々しい擦り傷はあれど、命に関わるような怪我を負っている様子はない。
あの高さから落ちてこの程度で済んだ? そんな馬鹿な話があっていいはずがない。変身のための道具だって須藤の手にあるというのに。
「残念だったな、須藤。アイツは変身しなくてもフルボトル、とやらを振ればある程度力を行使できんだよ。便利な相棒までいるしな」
ネガタロスの言葉に待ってましたと登場するクローズドラゴン。
突然出てきた奇怪な存在にまたも目を丸くする須藤を嘲笑うように飛び回り、やがて龍我の手に着地した。
崖から落とされたあの時、龍我は無我夢中でダイヤモンドフルボトルを振って身体の耐久を底上げしていたのだ。
さらに落下地点に先回りして岩を砕いてくれていたクローズドラゴンの助けもあって、彼は信じられないほどの軽傷しか負わずに済んだ。
もうここまで出揃えば話は自ずと見えてくる。
ネガタロスが罠にかけたのは龍我ではない。須藤なのだ。
「善人を装って他人を殺そうと目論む……ククク、とても刑事とは思えない所業だなァ。え? 須藤」
「貴様、まさか最初からこれが目的で」
「そういうこった。これで連続失踪事件の犯人は捕まえたも同然だよなァ」
実際のところ、須藤を罠にかける案を出したのは手塚である。
病院の廊下に放置されていたネガタロスに偶然遭遇し、彼らにこの策を授けた。
また、「馬鹿の演技は通用しないだろう」「まあ死にはしないだろう」というネガタロスの独断により龍我は何も知らされなかったが、須藤には知るよしもない。
失踪事件そのものを暴かれたわけではない。
それでも今の自分の立場がどれだけ危ういのか、理解できていない須藤ではなかった。
逆転の鍵があるとすれば、それはポケットのネガタロスと、龍我から奪ったドライバーだが。
「もらっていくぞ!」
交渉材料として須藤が取り出したビルドドライバーを奪い取る小さな影。
手塚が見張りとして忍ばせていたレイキバットである。
「こっちもいただきぃ!」
こんな状態なのはともかく、ネガタロスはそこそこ用意周到なイマジンである。
一番危険な役目を買って出たのも、いざという時の伏兵がいたからこそ。
そうして事前に伝えられていた支持に従い、ネガタロス眼魂は彼の忠実な部下であるインペラーの手に渡った。
「ご苦労佐野。ついでにスイッチ押せ」
「はいっ、首領! ────ァア、悪くねえ身体だ。大地には負けるが、贅沢は言えねえ」
人が変わってしまったかのように纏う雰囲気を一変させるインペラー。
外見上の差異は一切ないNインペラーであるが、一気に膨れ上がった存在感に冷や汗が垂れる。
そんな須藤を逃がさんと取り囲む龍我、手塚、レイキバット。
「さあ選べ。このまま自首するか、それともみっともなく足掻いてみせるか」
口ではそう言いつつも、Nインペラーにはその答えがわかっているようだった。「お前なら戦うんだろう?」と。
何もかも見透かされているような嫌悪感を覚えながらも、須藤はデッキを構えた。
*
シザースが逃げるようにミラーワールドへと突入。
それ追ってNインペラーが、遅れてライアとクローズが続く。
どう考えてもシザースにとっては劣勢のこの状況、正面から挑んでも袋叩きにあうのが関の山。
よってシザースが選んだのはライドシューターによる逃走であった。
「あいつっ! ここは戦う流れだろ!」
「先に行くぞ」
それすら見越していたNインペラーもライドシューターに乗り、シザースを追う。
見事に出遅れる形となってしまったクローズは一瞬唖然とするも、すぐに追いかけようとした。
「お、おい! 俺らも──」
「ッ! 待て!」
マシンビルダーに跨ったクローズを何故か呼び止めるライア。
クローズが疑問をぶつけようとした時、彼らの前に一人の男が現れた。
幽霊のように突然現れたその男は生身でありながら、このミラーワールドで存在を許されている。むしろ溶け込み過ぎていると言っても過言ではない。
感情というものがまるで見られず、本当に生きているのかも疑わしいこの男の名を、ライアは知っていた。
「……神崎士郎」
「神崎……ってことはコイツが神崎か!」
神崎士郎。
それがこの世界のライダーを作った男の名だと、クローズも把握していた。
彼が生身でミラーワールドにいるのは心底不思議だが、製作者故の特権かなんかだろう。多分そうだ。絶対そうだ。クローズは勝手に納得した。
「やい! 神崎! なんでこんなライダーバトルなんかやってんだ!」
「お前がそれを知る必要はない。そして、これ以上戦いに加わる必要もな。元いた世界に帰れ」
「んなこと言われても来ちまったもんはしょうがねえだろ。俺だって帰れるもんなら帰りてえよ……」
そこでライアが会話に待ったをかけた。
「ちょっと待て。神崎、アンタはこの男が別の世界から来たと知っているのか?」
「ああ。だが、別の世界の者達にこれ以上の介入は許されない。もしこの先も邪魔をすると言うなら……」
神崎は細い腕を持ち上げて、白い指先をクローズの後方に向ける。
恐る恐る振り返るクローズ。しかし、そこには噴水があるのみ。
「……な、なんだよ。どうしようってんだよ」
「こうするまでだ」
水面に生じた歪み。
そこから伸びたのは羽の付いた鞭。
クローズの首元に巻き付き、絞めあげるその鞭を操っているのは鳳凰型のミラーモンスター。
ガルドサンダー、神崎の意思に従うモンスターである。
「ぐぐ……このニワトリが……!」
「gyケェェェェッ!」
ガルドサンダーの鞭が、苦しむクローズを手繰り寄せる。
神崎が側仕えとして重宝するだけあって、その力はライダーにも負けていない。
クローズは自由の効かない身体を揺らして逃れようとするが、ジワジワと引き寄せられるばかりだ。
「あのモンスターは……雄一の……!」
居ても立っても居られずに駆け出そうとしたライア。
だが、神崎はそんな彼にも問いかける。
「お前にも警告する。奴らとの関係を切らなければ、お前も同じ末路を辿ることになる。お前もよく知る、斎藤 雄一と同じ末路を」
「……どんなに脅しても無駄だ。他のライダーも、この馬鹿げたバトルも、その運命を変えてみせる」
斎藤 雄一という名にライアは動揺する。
しかし、それもほんの一瞬のこと。
片時も変わらぬ強い決意を胸に、ライアはガルドサンダーへと向かって行った。
そしてクローズとライアが襲われているとは露知らずのNインペラー。
シザースとNインペラー、二台のライドシューターが並走する。
ライダー間にスペック差はあれど、彼らが所有するライドシューターには差異はない。
だからこそシザースを止めるにはNインペラー自身の技量が必要となってくる。
「ゼアッ!」
Nインペラーはミラーライダー随一の跳躍力を活かし、シザースにしがみつく。
さらにシザースが抵抗する間もなく、至近距離からの膝蹴りを連打。
そうしてシザースはバイクから降ろされた。
搭乗者を失ったバイクはそのスピードを殺すこともできず、近くの壁に衝突し、大爆発を起こす。
「ぐっ……!?」
これでもうシザースが逃げる脚は無い。
爆炎の中から不気味に立ち上がったNインペラーを倒す他に道は無いのだ。
「さぁ須藤……せめてもの手向けだ。俺様直々に地獄へ送ってやるよ……」
「やれるものなら……やってみろぉぉぉーッ!」
駆け出した者が悪ならば、それを迎え撃つのもまた悪。
悪のライダー同士の戦いが今ここに勃発する。
SPIN VENT
STRIKE VENT
それぞれの得物を手に、二人のライダーは激突した。
*
Nインペラー達が戦いを開始した同時刻。
閑散とした病院の敷地内にて、蓮は覚束ない足取りで彷徨っていた。
いつ何時襲われるかもしれない恵里を想えば、できるだけ近くにいなければならない。
しかし、彼の足取りが頼りないのはまともに休息を取っていない所為では無かった。
『戦っている時からわかっていた。君では私を殺せないと』
脳裏に響く言葉を打ち消すように、蓮はその拳を壁にぶつける。
何度も。何度も。
どれだけ壁を殴っても、拳から血が流れようともその言葉が消えることはないのに。
「恵里……俺は……俺は!」
己の甘さに見て見ぬ振りをしてきた。
どんな相手でも倒す覚悟をしてきた。
だというのに、この体たらくは何だというのだ?
他ならぬ恵里が脅かされているにも関わらず、蓮はライダーを一人も倒せていない。
彼女に残された時間はそう多くない。悠長に戦ってなどいられない。
「熱いねぇ〜。うん、アンタなら良さそうだ」
そこにやって来たのはニタニタと笑う男、芝浦 淳。
彼が仮面ライダーガイであると、蓮は知っている。
ライダー達が集っているこの場に彼がいることは不思議ではなく、むしろ自然と言える。
ともすれば後は戦うのみ……のはずなのだが。
「デッキはしまいなよ。悪いけど、今日は戦いに来たんじゃないんだよね」
懐からデッキを出した蓮に待ったをかける芝浦。
ライダーバトルを遊戯として楽しむこの男が戦わないことに違和感を覚えた蓮の片眉が上がる。
「戯言を言うな。ライダー同士、出会ったなら戦うしかない。知らないとは言わせんぞ」
「あれ? アンタがそれ言うんだ? 手塚って奴とつるんでる自分は棚に上げて?」
「奴はいずれ倒す。お前の後にな」
この男との問答にまともに付き合うつもりなど、蓮には最初からなかった。
故に芝浦が何を語ろうと聞く耳を持たず戦う。そう決めた。
蓮はデッキを構え、近くの窓ガラスに向けようとし────
「ま、どうしてもやるってんなら付き合ってあげるけどさ
──────小川 恵里だっけ? あそこで寝てる女がどうなっても知らないよ?」
芝浦が恵里の眠る病室の窓を指差したことで、硬直してしまった。
「貴様、どうして恵里のことを」
「たまたま聞いたんだ。でもラッキーだと思うよ。眠ったままなら俺のモンスターに怯えなくて済むからね」
目を凝らすと、確かに恵里の病室の窓には現実には存在しない異物、メタルゲラスが映っている。
芝浦の命令一つでメタルゲラスは鏡から飛び出し、恵里を襲うであろう。眠っている彼女がモンスターから逃れる術などある筈もない。
わざわざ言葉にしなくても理解できてしまう。
これは蓮に対する人質なのだ。
「お、いいねその目。けどその怒りは俺じゃなくて、別の奴にぶつけてもらおうかな」
「俺と他のライダーを潰し合わせる……ということか」
「半分正解ってところかな。俺達と一緒にとあるライダーを潰してよ。確実に一人減らせるんだから、アンタにも悪い話じゃないっしょ」
「……相手は誰だ」
「大地っていうムカつくクソガキ。知ってる? アイツはちょ〜っと手強いから」
芝浦が口にしたその名は蓮の意表を突いた。
蓮が予想していたのは北岡、浅倉辺りであったが、まさか大地とは。
過去に二度交戦した経験がありながら、未だ能力の全貌が見えないダークディケイドはなるほど、確かに芝浦も手こずるに違いない。
しかし、それだと腑に落ちない点もある。
「知らないのか? 奴は俺達とは違うライダーだ。 13人に含まれない奴を倒したところで無駄骨に終わるのがオチだぞ」
「あ、そうなんだ。でもさ、だったら尚更今のうちに殺っといた方がいいよね。そんな訳わかんない奴にゲームを邪魔されたくないもん。それともアレ? もしかして俺達に協力しない言い訳してるだけだったりして……」
クイクイ、と芝浦の親指が上を指す。
蓮に選択の余地はない。
恵里の命と他のライダーの命。比べるまでもない天秤に悩む必要などあるものか。
例え相手が人の良い子供でも、倒す必要があれば倒す。
「……奴を倒せば恵里には金輪際近づかないと誓え」
「さあ、それはどうだろうね」
「貴様ッ……!」
激昂した蓮が我慢できずに飛びつこうとした。
鬼のような蓮の形相を見ても芝浦は動じない。蓮に襟首を掴まれた次の瞬間には「いいの? そんな反抗的な態度とっちゃって」と言うつもりだった。
だが、蓮は足を止めた。 偶然目にした窓ガラスの先で、ミラーワールドで爆発が起こったから。
芝浦は言葉を失った。待機させていたメタルゲラスが、その爆発の中から吹っ飛ばされてきたから。
蓮と芝浦が揃って見つめる窓ガラスの先。
そのミラーワールドでは、メタルゲラスがいたであろう場所が大きく抉れていた。
そこで巻き起こった粉塵や爆炎の中から青い複眼が光を放つ。
そのライダーを蓮は、芝浦は知っている。
「芝浦ァ……!」
苦虫を噛み潰したような顔をする芝浦に、仮面ライダーダークディケイドの鏡越しからの視線が突き刺さった。
次回、大乱戦。
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