仮面ライダーダークディケイド IFの世界   作:メロメロン

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戦ってばっかだなお前ら


ライダーの運命

 

 

 大地が目覚めてからまず最初に目にしたのは、見た者がつい微笑んでしまうような安らかな寝顔だった。

 目の前では白い餅のような頰が微かに上下していて、無性につついてみたくなる。

 ただ見ているだけでも眠気がこみあげてきて、重くなった瞼をなんとか持ち上げた。

 

「昴くん……? それにここって、病院の……」

 

 ここが病院の中の一室────恐らくは副院長室であること。

 来客用と思わしきソファーに自分が寝かされていたこと。

 かけられていた毛布の中に昴が潜り込んで、一緒に眠っていたこと。

 その全てを大地は把握した。

 

 しかし、辿った最後の記憶では、自分はガイ、王蛇と戦闘していた筈だと思い出して疑問を浮かべた。

 それがどうしてここで寝ているのか。

 

 まずは昴に聞いてみようかと思った。

 こんなに幸せそうに寝ている子を起こすのは気が引けて、やめた。

 とりあえず起きようと身体を動かした大地。めくった毛布からカツン、と何かが落ちる音がした。

 拾おうとして、大地は息を呑んだ。

 

 それがヤゴの紋章が刻まれた白いカードデッキだったから。

 

「これ、ライダーの」

 

 大地はデッキを拾い、思わず昴と見比べてしまう。

 単純に考えればこのデッキの持ち主は────。

 

「ッ!? こ、この音は」

 

 その思考を断ち切るタイミングとなって、奇妙な音が大地の鼓膜を揺らす。

 脳を引っ掻かれるようなこの音の正体が、佐野から聞いていたミラーモンスターの出現音なのだと直感的に理解できた。

 この病院にモンスターが現れたとなれば、じっとしてはいられない。

 

「……必ず戻ってくるよ。だから待ってて」

 

 大地はデッキを毛布に忍ばせて、その部屋から飛び出して行った。

 

 

 *

 

 

 連続失踪事件、その台風の目となっていた病院。

 多くのライダー達が、お互いにそう離れていない場所でほぼ同時に戦闘を開始していた。

 

 空を舞い、炎を撒くガルドサンダーに翻弄されるクローズとライア。

 

 武器と武器をぶつけ、火花を散らし合うNインペラーとシザース。

 

 猛然とガイに襲いかかるダークディケイド。

 

 三者三様の展開を見せる戦場で、最も激しい模様だったのは意外にもクローズ達だった。

 

「うわっちちー! 鶏が火を噴くなよ!」

 

「お前にはアレが鶏に見えるのか!?」

 

 上空のガルドサンダーが火球を吐き、爆発する。

 次々と起こる爆発の嵐を駆け抜けて……というよりも逃げ惑いながら、ライアはクローズにツッコミを入れた。

 空を自在に飛び回る敵を前にして、ライアやクローズの大半の技は当たりそうも無かった。

 

「ちょこまかと飛びやがって……あ、そうだ! どう飛ぶのか占ってくれよ!」

 

「冗談を言ってる場合か! このままじゃ埒が明かないぞ!」

 

 クローズとしては冗談のつもりなどさらさら無かったのだが、それはそれとして。

 あのモンスターを倒すにはこちらも飛ぶか、もしくは強力な遠距離攻撃を叩き込むしかない。

 残念ながらクローズには飛行能力は無いので、使い勝手の悪い遠距離攻撃に頼る他なさそうである。

 

 ビートクローザー! 

 

 ヒッパレー! ヒッパレー! ヒッパレー! 

 

 メガヒット! 

 

「オラァッ!」

 

 クローズはビートクローザーのグリップエンドを三回引き、衝撃波を放つ。

 幾多もの火球を消し飛ばして迫るその斬撃は必殺級とまではいかないまでも、必ず大ダメージになると確信させてくれる威力があった。

 

 そして、当たれば最低でも墜落間違いなしの斬撃を、ガルドサンダーは普通に避けた。

 

「……あー」

 

「gyェエエエ!」

 

 ガルドサンダーが嘲笑っているように、ライアには見えた。「まあそうだろうな」とも思った。

 ライアは、諦めずにさらなる衝撃波を放とうとするクローズの頭を後ろから叩き、半ば引き摺る形で退避させる。

 そのすぐ後に火球が爆発した。

 

「奴とは前にも戦ったことがある。闇雲に戦って勝てる相手じゃない」

 

「えー! それを早く言えよ! なら対策とかあんだろ!」

 

「奴の飛行能力は並じゃない。俺のモンスターでも追いつくのが関の山だ。

 何か……何か奴の動きを封じる物があれば」

 

「……よし、じゃあこうしようぜ」

 

 ゴニョゴニョ。ライアに耳打ちするクローズ。

 具体性も何もない説明ではあったが、ライアはギリギリ理解できた。

 そうしている間にも火球は絶え間なく降り注ぎ、作戦を噛み砕いている暇はない。

 爆発に吹っ飛ばされ、それでもすぐに立ち直って、二人は走り出した。ライアは東へ、クローズは西へ。

 すると、火球による爆発は西側へ集中した。

 

「うおおお!? なんか俺ばっか狙われてねえか!」

 

 そもそもガルドサンダーの狙いは当初からクローズだけなので当然である。

 そんな悪態をついて駆け回るクローズの足跡を辿る爆発の軌跡。

 お陰でライアにはカードを発動するだけの余裕ができた。

 

 必要なものは二つ。

 

 COPY VENT

 

 まずは武器。

 尻に点火した炎を慌てて搔き消すクローズの持つビートクローザー。

 鏡合わせの虚像となって、複製されたもう一本のビートクローザーがライアの手元にやってきた。

 

 ADVENT

 

 次に足場。

 ライアの契約モンスター、エビルダイバーには飛行能力があり、主を乗せて飛ぶこともできる。

 あの降りてくる気配の無いモンスターに攻撃を当てるには、やはりこちらも飛ぶしかない。

 しかし、「飛ぶこともできるエイ」が「飛ぶことを得意とする鳳凰」に勝つには仲間の協力が必要不可欠だ。

 

 ライアを乗せて空に舞うエビルダイバー。

 その光景を目にしたクローズも頃合いを見計らって足を止めた。

 逃げ回っていた獲物が突然止まったことに一瞬戸惑いを見せたガルドサンダーの顔がすぐに喜色で染まった。

 

 舌舐めずり、そして吐かれた炎。

 だが、クローズはもう避けるつもりはない。否、わざわざ避ける必要もない。

 

「お前の炎は……もう見切ったぁぁー!」

 

 その身を焼き尽くすはずだった火球。

 それは剣の一振りに容易く裂かれ、周囲に飛び散ってしまった。

 小規模の爆炎が立ち昇るも、中心部にいたクローズには何の影響も与えられていない。

 

「gy……!?」

 

 別段驚くようなことではないのだ。

 元の世界でスマッシュと、この世界ではモンスターと、クローズは何度も戦っている。

 今の龍我が持つ戦闘ポテンシャル────ハザードレベルならば、この程度は造作もない。

 

 目を丸くさせたガルドサンダーを尻目に、クローズは一本のボトルを振って剣に挿す。

 

 スペシャルチューン! 

 

 ヒッパレー! ヒッパレー! 

 

 ミリオンスラッシュ! 

 

 ビートクローザーにはフルボトルの力を引き出し、強力な斬撃を放つ機能がある。

 たった今クローズが選んだボトルはロックフルボトル。文字通りロック(錠前)の成分を秘めたボトル。

 ビートクローザーを覆ったロックフルボトルのエネルギーは鎖状の刀身となり、蛇腹の如く唸る。

 そうして通常時の刀より何倍も伸びた鎖がガルドサンダーを巻き取ってみせた。

 

「飛んでけぇぇー!」

 

 渾身の力で剣をぶん回すクローズ。目を回すガルドサンダー。

 投げ飛ばされた先にはエビルダイバーに乗って待機していたライアがいた。

 

「手塚、これ使え!」

 

 クローズは勘で選んだ消防車フルボトルをライアに投げる。

 が、狙いは微妙に外れてライアの頭部に直撃した。スコン、と良い音が鳴った。

 

「……」

 

「……悪い」

 

 ライアは辛うじてキャッチできたボトルをぎこちなく振って、コピーしたビートクローザーに装填。

 コピーであってもその機能は問題なく動作していた。

 

 スペシャルチューン! 

 

 ヒッパレー!

 

 スマッシュスラッシュ! 

 

 無から沸き出し、剣に纏わりつく水。

 それはただ炎を打ち消すだけではない。相手を磨り潰せるだけの高圧水流。高水圧流を纏う剣、なんて意味がわからない文面だが、人知を超えた現象を可能にするのがフルボトルというものなのだ。

 

 いつでも技を放てる剣を構えつつ、さらにライアはカードも抜き取った。

 

 FINAL VENT

 

 電子音声に命じられ、ライアを乗せたエビルダイバーは急加速する。

 標的は当然ガルドサンダー。飛行制御もままならず、ただ浮いてるも同然のモンスター。回避が間に合わないと悟ると、火球を連射してきた。

 

 炎が頰を掠め、火の粉が散る。それでもライアはエビルダイバーを減速させない。加速を止めない。一歩間違えれば火達磨になってもおかしくない。

 

 最後の足掻きとして、ガルドサンダーは自身を炎で燃やし突撃する。

 それすら見越していたライアのスマッシュスラッシュが炎ごと翼を斬り裂き、エビルダイバーの強烈な体当たり──ハイドベノンがその肉体を木っ端微塵にした。

 

「……雄一」

 

 爆炎の中から一人着地したライアはポツリと呟いた。

 

「うぉーい! やったなぁ手塚……って何暗い顔してんだ」

 

「仮面をしてるのに、顔が見えるのか」

 

「雰囲気だよ雰囲気〜。うし、じゃああの悪人刑事追いかけようぜ!」

 

 今にも走り出そうとするクローズ。

 しかし、ライアは全く真逆の方角を向いていた。

 

「お、おい! どこ行くんだよ!」

 

「飛んでいる時、別の場所でも戦っているライダーが見えた。俺はそっちに行く」

 

「え、そんな急に────行っちまった……」

 

 会話もそこそこに、ライアは行ってしまった。

 そっちに行かねばならない理由があった。

 

 かくして、ライアはナイト達の方へ、クローズはNインペラー達の方へ向かうこととなったのだった。

 

 

 *

 

 

 仮面ライダーシザース。

 もし仮にこの世界に存在するライダーを全員知ってる者がいたとする。

 その者がシザースの名を聞けば恐らくは「ああ、あの最弱ライダーね」と言うだろう。

 その認識はある意味……どころか、大体合っている。

 

 スペック、契約モンスター、共に最底辺。

 装甲の硬さこそ大したものだが、戦闘に大きく影響をもたらすほどのものでもない。

 そんなシザースではあるが、変身者である須藤の実力は決して低くはない。というよりかなり高い。それでも最底辺のスペックというハンデを覆すまでには至らない。

 

 だからこそ須藤はボルキャンサーに人を喰わせた。他のライダーに追いつけるように。

 

「私を裏切った罪は重い。あなたも私のモンスターの餌となりなさい!」

 

 本性を曝け出したシザースの勢いは過去最高と言って差し支えなかった。

 右手にシザースピンチ、左手にシザースバイザーの両刀でNインペラーへと襲いかかる。

 自身を裏切った相手への怒り、憎悪も合わさって、繰り出す一撃一撃はとても重い。Nインペラーのガゼルスタッブは容易く吹き飛ばされてしまった。

 

 武器を喪失し、素手となったライダーなど恐るるに足らず。

 そう考えたシザースは手始めに足払いをかける。

 Nインペラーには軽い跳躍で回避されたが、それも想定内。残った足を軸にして、シザースは身体ごと一回転する。

 そして繰り出す、遠心力を上乗せした袈裟斬り。

 

 だが、防げないと踏んだその一撃はNインペラーの膝、ガゼルバイザーでしっかりガードされていた。

 

「さっきの武器、どうにも使いにくくてな。こっちの方がやりやすい」

 

 仮面ライダーインペラー。

 シザースほどではないにしろ、これまたパッとしないライダーである。

 スペックは標準クラスで、武器は一つだけ。

 契約モンスターのギガゼールは同族のモンスターを軍団として率いており、集団戦法の可能としているが、その分賄う餌の量も半端では済まない。

 さらに、変身者である佐野があまり強くないのも大きな問題だ。

 

 シザースとインペラーが衝突すれば、シザースが勝てる確率は大きかった。

 須藤と佐野にはそれだけの差があった。

 しかし、インペラーを動かしているのは佐野であって佐野ではない。

 

「いいか、一つ教えておいてやろう。俺様の強さは別格だと」

 

 全力でシザースピンチを押し込もうとしても、Nインペラーは涼しい顔で右足を浮かせている。

 そのまま右足だけでシザースピンチは押し返され、微かに上がった足先が掻き消える。

 その次の瞬間には、シザースの顎だけを狙った蹴りが振り抜かれていた。

 

「ガッカリだ……そして本当に残念だ。俺様はこれでもお前を気に入ってたんだぜ? せめてもう少し意地を見せてくれよ」

 

「先に裏切っておいて何を……!」

 

「生憎今の俺様にはお前みたいな小悪党まで雇う余裕が無ぇ。従順な部下も足りてるし……ま、間が悪かったんだと諦めな」

 

 大袈裟に両手を広げて演説するのはさぞ気分が良いことだろう。

 そんなネガタロスが宣う理屈なんぞ、シザースには欠片も理解できない。したくもない。

 

 唯一わかるとすれば、それは一つだけ。

 

 須藤では、シザースでは、ネガタロスには勝てない。

 

「……そうですね。もっと早く巡り会えていれば、こうなることはなかったでしょう」

 

 それが受け入れ難い結論だとしても、受け入れるしかない。

 今の短い攻防劇だけでもNインペラーは手加減をしていると察してしまったから。

「気に入っていた」という言葉も強ち間違いではないのかもしれない。その気になれば、相手はいつでもシザースを屠れる。

 

「命乞いなら聞けねえぞ」

 

「まさか。別れを惜しんでいるだけですよ」

 

 それでも、逆転は可能だと。

 そう信じて、シザースはこっそりとアドベントのカードを読み込ませようとした。

 

「そういう面倒なのはやめてもらおうか」

 

「ッ!」

 

 態度こそ油断しているようでも、それはNインペラーにとっての油断にならない。

 即座にシザースとの距離を詰め、膝蹴りを見舞われる。そしてシザースバイザーを強引に閉じるように踵落としを打ち込まれた。

 

 シザースは地面に叩き伏せられ、その胸にNインペラーの足が乗った。咄嗟に繰り出した、バネのような蹴りでもNインペラーはビクともしない。

「そんな生温い攻撃はいらない」という言葉の代わりに、強烈なキックがシザースの顔面を揺らし、身体を転がした。

 

「……想像以上につまんねえな。もう終いにしてやる」

 

 まるで歯ごたえのない戦闘に飽き飽きしたのだろう。

 Nインペラーは手早く、惜しむ様子すらなくカードを装填した。

 

 FINAL VENT

 

(不味いっ!)

 

 その音声が何を意味するのか、なんて今更語る必要はあるまい。

 溢れ出したゼール軍団の中心で構えるNインペラー。

 慌てて逃げ出そうとするシザースであったが、すぐにゼールの波に飲まれる。

 一人の対象には過剰でしかない物量に、シザースは圧迫されかけた。

 

 これで終わったとシザースは悟った。

 

 だが、終わらなかった。

 

 FREEZE VENT

 

 ゼール軍団が突然凍り付いた。

 故にシザースは解放され、Nインペラーのドライブディバイダーは不発に終わった。

 必殺技を邪魔されたことに苛立ちを隠せないNインペラー、困惑するシザース、共に周囲を見渡す。

 だが、フリーズベントを発動したライダーを発見するより先に次の電子音声が鳴り響いた。

 

 FINAL VENT

 

「ん……?」

 

「何?」

 

 警戒する両者。それでも、召喚されたデストワイルダーを事前に察知することはできなかった。

 その凶爪にかかったのは、Nインペラー。

 

「グァアアアアアアアーッッ!?」

 

 耳を押さえたくなるような音を立てて、仰向けのNインペラーが引きずられていく。

 飛び散る火花に相応しいだけの摩擦熱と激痛が、彼らしからぬ悲痛な叫びを上げさせていた。

 無論、デストワイルダーが獲物を連れて行くのは主である仮面ライダータイガである。

 

 いかにネガタロスの実力が優れていようと、所詮はインペラーの身体。クリスタルブレイクが直撃してしまえば、冷たい死は免れない。

 

「グガガ……っざっけんなぁ! このドラ猫風情がァ!」

 

 よってNインペラーは全力でデストワイルダーを蹴り飛ばす。

 呆気なく爪を離して転がった巨体に「根性無しが」と吐き捨てて、Nインペラーは立ち上がった。

 これでクリスタルブレイクは失敗に終わったわけだが、当のタイガはさして驚きもしていない。

 

「テメエ、これは一体何の真似だ?

 俺様がカッコよく、バッチリキッチリ決める瞬間が見えなかったのか?」

 

「別にどうでもいいかな。僕はただあの人に逃げて欲しかっただけだから」

 

 タイガの言う「あの人」とはシザースのことだろう。

 何故こんな妨害までしたのかはさておき、九死に一生を得たシザースは脇目も振らずに逃げ出した。

 

「須藤!? 待ちやがれ!」

 

「させないよ」

 

 Nインペラーの行く手を遮るタイガ。

 つい先ほど自身の腹部に食い込んだものと同型のデストクローを前にしても、その戦意は衰えない。

 

 手早く排除するべく放ったハイキックはデストクローを揺らしたが、タイガ本人には届かない。

 Nインペラーの足を弾き、下から抉るように振るわれた爪は素早く踏みつけられた。

 

「死ぬ前に一応聞いてやる。何故俺様の邪魔をした? 

 アイツを助けて、お前に何の得がある?」

 

「君たち、あの人が事件の犯人だって言ってたよね。

 なら、彼は僕が倒さなきゃいけないんだ。僕が『病院を救った英雄』になるために」

 

 会話がストップし、沈黙が場に広がる。

 それはタイガの言葉をNインペラーが咀嚼するのに要した時間だった。

 

「答えになってねえ。その英雄になりたいってんなら、狙うのは俺様じゃなくてあの蟹だと思うんだが。

 ────ああ、なるほどな。未来の英雄殿は俺様率いる悪の組織を恐れたってことか。それなら納得が」

 

「やだなぁ、勘違いしないでよ。

 君にシザースを倒されると困るってだけ。

 それにどうせなら、逃げ延びたあの人がもっと被害を増やしてから倒した方が、僕は英雄になれると思うんだ」

 

「……もういい。お前みたいな奴は英雄でも悪でもない、ただの異常者だ。

 せめて、俺様直々に葬られる喜びを噛み締めて死ね!」

 

「死ぬのはそっちなんじゃないかなぁ」

 

 デストクローごと足が跳ね上がり、戦闘が再開された。

 

 

 *

 

 

 Nインペラーとタイガによる戦闘音を背中で聴きながら、シザースは逃げていた。

 決して後ろを振り返らず、時折転びそうになりながらも、Nインペラーから距離を離すことだけを念頭に置いて足を動かす。

 数分前の自分が見れば、情け無いとせせら笑うことだろう。しかし、あの数回の攻撃から受けたダメージはそれだけ深刻だった。

 

 蹴られた箇所の打撲痕から熱い痛みがじんわり響く度に、身体が鉛のように重くなる。

 肺に空気を入れようと口を開ければ、それだけで顎が痛む。

 何より、実質カードなしでここまで痛めつけられたという事実がシザースの心を打ちのめしていた。

 

「まだだ……私は、負けない。私はまだ負けていない! 

 必ず奴らを殺して、頂点を極めてみせる……!」

 

 折れかけた心を立て直すために、こうして願いを口に出す。

 その願いも当初抱いたものとは異なっていたが。

 

 最初は浅倉を逮捕するためだけにライダーになった。

 むしろ刑事である自分に課せられた責務とすら考えていた。

 モンスターを倒し、人々を救えることを須藤は喜んだ。

 

 だが、それも最初だけだった。戦えば戦うほどにそのスリルと興奮がクセになってくる自分がいた。

「それは本当の自分ではない」と否定する気は不思議と起きなかった。これが本性なのだと、あっさり受け入れることができてしまった。微かにあった葛藤や罪悪感も、快楽に打ち負けた。

 

 それ以降はもう何もかもやり尽くしたと言っていい。

 汚職、暗殺、騙し討ち。やってない悪事を探す方が難しい。

 それはまるでゲームを禁止されていた子供が、解禁された途端に時間を忘れてのめり込むようだった。

 

 そうして、須藤の願いは「ライダーバトルの頂点を極める」となった。

 

「あと……少しで……!」

 

 出口の鏡は目前。

 あと数歩で、ここから出られる。

 

「それが本当の貴方か。須藤刑事」

 

 金属のように冷たい声が耳朶を打った。

 出口となるはずだった鏡が歪み、三色のライダーが入ってきた。

 背筋が凍る、とはまさしく今のシザースのことを言うのだろう。

 そう思わせるほどに、シザースの動きは完全に硬直してしまっていた。

 

「大和 奏」

 

「もう耳にタコができるほど言っただろうが、ここは私の病院だ。先ほど繰り広げられた逃走劇もしっかり拝見させてもらったよ」

 

 この期に及んで、アマンダに遭遇してしまった己の不運をシザースは呪う。

 だが、なんとか彼を突破できればすぐに脱出はできる。状況はそこまで絶望的ではないはずだ。

 

「冷静に話をしましょう。

 私は……嵌められたんですよ。聡明な貴方なら理解してくれると────」

 

「話? 話だと? 

 私が何度出て行けと言っても聞かず、挙げ句の果てに冤罪を被せようとしてきた男が? 

 何の話をすると?」

 

「で、ですから、これは」

 

「冗談も大概にしてもらおうか!!」

 

 SWORD VENT

 

 剣を握ったアマンダは憤怒に燃えていた。

 再びシザースが口を開く前に、その胸部へと剣先をねじ込ませた。

 碌な構えも取れず、吹っ飛ぶシザース。

 出口が遠のいた。

 

「私の患者を殺し、病院を騒がしておいて、今更何を言う。

 これからあなたができることは一つだけだ。

 私の裁きを待つ。ただそれだけだ」

 

 日頃の公言に違わず、アマンダはライダーバトルには興味がない。

 戦う理由はモンスターから患者を守るという、それだけで。

 故にアマンダはシザースを許さない。私欲に駆られて、罪の無い患者に手を出したライダーなどモンスターに等しい。

 

「おのれ……!」

 

 シザースは残っている全ての力を振り絞った。

 ひとっ飛びでアマンダに接近し、シザースバイザーを突き出す。

 最短で命を刈り取るべく放った一撃は、剣で撫でるように受け流された。

 

 SHOOT VENT

 

 持っていた剣を自身の後方に投げて、新たに弓矢を取るアマンダ。

 勢い余ってつんのめったシザースが振り返るの同時に、アマンダがバックステップによって身体を浮かせた。

 夜の闇に舞う蜂の美しさに目を奪われた刹那、シザースの肩に矢が飛んだ。

 それから胸に、腕に。アマンダが放った、息もつかせぬ三連射はいずれも堅牢な装甲が弾いたが、内部に伝導した痺れは誤魔化せない。

 

「やはり硬い。だが、必ずメスは入れる」

 

 アマンダは拾った剣と弓を合わせた。

 よろめくシザースに一瞬で狙いを定め、剣を放つ。

 

 そして、シザースの右足、装甲が薄い膝の部分が射抜かれた。

 

「ぐ……あ、アアアア……!?」

 

 血が噴き上がって、装甲を汚していく。

 だらんと曲がった足を押さえて、必死に堪えるシザースをアマンダは鼻で笑う。

 

「私の患者はもっと痛かった。それにもっと苦しんだ。

 味わう必要のなかった苦痛だった。

 これは当然の報いだ」

 

 右足にに力が入らない。

 仮面の汚れを拭った手は真っ赤に染まっている。

 自分の血が酷く醜悪に見えた。

 

「安心しなさい。

 私は拷問官ではない。

 私は医者なんだ。

 その苦しみも時期に無くなる。

 もうすぐ最終処置だ」

 

「ぐゥ……ハアアアアーッ!」

 

 FINAL VENT

 

 シザースはどこか慈悲すら感じさせるアマンダの声を叫びで搔き消した。無我夢中で必殺技を発動した。

 ボルキャンサーに打ち上げられた衝撃によって右足の出血はさらに酷くなり、血が溢れ出す。

 そうして、鮮血のカーテンを描きながら放たれたシザースアタックだったが。

 

 GUARD VENT

 

 アマンダを囲うモンスター達の回転防御はやはり撃ち砕けなかった。

 

 FINAL VENT

 

 弾き飛ばされたシザースにバズスティンガー達が襲いかかる。

 

 ホーネットの毒針による乱舞。シザースの動きがまた鈍る。

 ワスプの剣による刺突。シザースの右腕が貫かれる。

 ビーの弓矢による連射。シザースの腹部が貫かれる。

 そんないつ終わるとも知れぬ波状攻撃はシザースに一切の抵抗を許さない檻となる。

 

 そして、跳躍したアマンダの手に全ての武器が集まった。合体した弓と剣の先に毒針が付き、さらに巨大な毒針となって。

 

「ラアアアアッ!!」

 

 バズスティンガー達の連携がシザースを縫い止め、ガードベントの発動さえ許さない。

 それでもボロボロになった身体で突き出したシザースバイザーが、巨大な毒針を迎撃しようとする。

 ぶつかり合う鋏と針。だが、その勢いは一瞬たりとも拮抗できない。

 

 シザースの胸に大穴が空く。

 身体が痺れる、なんて生半可な程度では済まない劇毒が流し込まれる。

 こうしてアマンダ最強の技、トルクストライクは炸裂した。

 

「あ……が……あ」

 

 胸の穴を押さえようとして、身体の自由が効かないことに気付く。

 自分の意思に反した小刻みな痙攣が続き、やがて立っていることも不可能になった。

 

「残念だよ。ライダーになりさえしなければ……。

 私は、こんなことをするためにライダーになったわけではないというのに。

 これはしなければならなかったことだ。それでも、命を奪うことは嫌なものだと思ってしまうよ」

 

 その手に残った感触ごと捨てるように凶器となった毒針を放るアマンダ。

 シザースはあと数分もしない内に死ぬ。もう武器は要らない。

 

 

 ちょうどその時、マシンビルダーに乗ったクローズが到着した。

 

「……っ、あんたがやっちまったのか。先生」

 

 致死量の血に沈むシザースがもう手遅れだと悟って、クローズは項垂れる。

 クローズはライダーバトルには乗らない。シザースが悪人であっても、こんな結末を望んで追い詰めたわけではなかった。

 

「これは当然の報いだ。仮に彼を捕まえたとしても、法で裁ける証拠はない」

 

「んなこと知るかよ! あんた医者だろ!? 人を殺して平気なのかよ!?」

 

「平気か否か、と問われれば、否だ。

 だが、これは他の誰でもない私がやるべき務め。

 ────やるしかないことなんだ」

 

 凶器を握っていたアマンダの手は震えていた。

 反論をしようとしたクローズだったが、その震えに見て、やめた。

 冷酷に見えるのはその表面だけなのだと気が付いた。

 

 そんな彼を糾弾する気になどなれるものか。

 

「……せめて、アイツの死体だけは持ち帰る。

 こんな鏡の中で死ぬよりはマシだろ」

 

「……」

 

 もはやピクリとも動かなくなったシザースを指差すクローズ。

 アマンダの無言を肯定と解釈し、その遺体に近付いた。

 

 だが、クローズの認識は改めさせられる。

 

 まだ、遺体ではなかったのだ。

 

「──ゥウウっ」

 

「んなっ!? まだ生きてたのかよっ」

 

 にわかに上体を起こしたシザースに、クローズは思わず腰を抜かす。

 死人だと思ってた身体が急に動いたのだから、そりゃあ驚いたなんてものでは済まない。

 普通なら生きていたと喜ぶべき場面でも、向こう側の景色が拝める穴を開けたシザースが動いている不気味さが勝ってしまう。

 

「ふっ、フフフフ、ライダーを震撼させた連続失踪事件。その犯人を倒して一件落着。

 なんと甘い考えか」

 

「な、何言ってんだ……?」

 

「確かに私は多くの患者を襲わせました。それは肯定しましょう。

 ですが……私はあくまで便乗しただけなのですよ」

 

 そこまで話して、シザースはマスクの中で血を吐いた。

 ひとしきり咳き込んで、それでも顔を上げる。

 血が喉に絡んだのか、はっきりしない発音でシザースは語り続ける。

 クローズも、アマンダも、固唾を飲んで聴き入るばかりだ。

 

「この病院で起こった失踪事件。その始まりは私ではない! 

 犯人のライダーは別にいるんですよ!」

 

「なんだって!? てことは……まだ事件は解決してねえってことかよ!」

 

「ハハ、ハハハハ! 大和 奏! 貴方もライダーの宿命からは、逃げられない……戦い続けるしか、ない、んです……よ」

 

 何故そんな事を最後に言ったのか、それは誰にもわからない。真実であるかさえ。

 一つはっきりしているのは、それが本当にシザースにとっての、最後の一言であったということだけだ。

 

 犯人のライダーは死んだ。

 さらに真犯人は別にいる。

 死にかけてまで奮闘したクローズを待ち受けていたのは、非常に後味の悪い結末だった。

 

「ああクソッ! 畜生、畜生、畜生ーっ!」

 

 胸に残ったやるせなさを吐き出すように叫ぶクローズの横で、物言わぬ骸と化したシザースの遺体が粒子を上げて、やがて消滅していった。

 

 

 *

 

 

 いくつかの戦いに区切りが付いた。

 同時に、また一つの戦いが幕を開けた。

 

 自身の計画を阻んだダークディケイドに挑むガイ。

 そこにナイトも加わり、開幕早々一方的な戦いになろうとしていた。

 

「お前っ! 俺に楯突くならまたあの女を襲わせるぞ!?」

 

「貴様の戯言に貸す耳はない!」

 

 恵里の病室に待機させていたメタルゲラスがダークディケイドに吹っ飛ばされてしまった今、ナイトがガイに従う道理はない。

 恋人に手を出そうとした不届き者に、ダークバイザーとウイングランサーの二刀流を叩きつける。

 

「芝浦……! あなたには……お前には! もう誰も殺させない!」

 

「あの女の敵討ちってこと? ほんとウザいなあ、お前!」

 

 ナイトの二刀流を上からなぞるようにダークディケイドの刃が走る。

 合計三本の剣がガイを斬りつけ、着実にダメージを稼ぐ。

 元はと言えばダークディケイドを倒すためにナイトを勧誘しに来たガイには、この状況は実に本末転倒と言えた。

 しかしながらガイとてこの窮地を甘んじて受け入れるつもりはない。

 

 横合いから飛んできた鋭い蹴りがダークディケイドの肩に刺さった。

 

「ハハッ、俺も混ぜろよ。我慢するのはもうウンザリだ」

 

「ナイス浅倉! そいつよろしくぅ」

 

 交渉が決裂した万が一の場合に備え、待機させていた王蛇。

 飢えた獣は獲物を前にして、待つことなどあり得ない。

 蹴り飛ばされたダークディケイドもそれを承知で剣を握り、王蛇に対して構える。

 

「殺すのがそんなに楽しいって言うのか……! あなただって、仮面ライダーでしょう!?」

 

「ライダーってのはこういうもんなんだろ? 違うのか?」

 

「この世界ではそうなのかもしれない。だけど!」

 

「お喋りはもういいだろう。さあ始めようぜ、戦いを」

 

 SWORD VENT

 

 ベノサーベルを手に走り出した王蛇。迎え撃つダークディケイド。

 仮面ごと叩き割ろうと振り下ろされたサーベルにライドブッカーが対抗し、飛び散った火花が両者に降りかかる。

 剣を押し込もうとする王蛇の凄まじい力に負けじとダークディケイドが踏ん張れば、それだけ火花の量も増えていく。

 

 そんな攻防を皮切りに激しい鍔迫り合いを繰り広げるダークディケイドと王蛇のすぐ隣で、ナイト達の戦闘も激化の一途を辿る。

 

「これで1対1、か」

 

「今更怖気づいた?」

 

「まさか。五月蝿いのがいなくなって、好都合だと思っただけだ」

 

 ダークディケイドが抜けてナイトの攻勢は衰えを見せるかと思いきや、剣の冴えはますます鋭くなっていく。

 剣で防ぎ、槍で突く。

 槍で防ぎ、剣で斬る。

 剣と槍で防ぐ。

 剣と槍で斬る。

 一風変わった二刀流を扱うナイトの剣技はガイを圧倒しつつあった。

 

(コイツ、こんなに手強いライダーだったのか……!?)

 

 ガイの見立てでは、ナイトとの実力差は凡そ互角か自分が上、というものであった。

 ところが、ナイトの力は予想を上回っている。その剣の腕には内心で舌を巻いていた。

 

 ナイトとガイが互角、という芝浦の見立ては言うほど間違ってはいない。

 ならば彼らを隔てているのは何か? 

 それは武器か? 違う。

 

 感情、である。

 

(コイツは生かしてはおけない!)

 

 恵里への想い、芝浦への怒り。

 それこそがナイトを強くしている原動力。

 そして、それは奇しくもダークディケイドを突き動かすのと同種のものであった。

 

 ソードベント以外のカードを使わず、純粋な剣技で圧倒しているが故にガイの切り札であるコンファインベントも使えない。

 状況はひっくり返る様子を見せないまま、決着に近づいていた。

 

 交差した剣と槍が同時にガイの装甲を突き、よろめかせる。

 すかさず始まったナイトの乱舞にガイはされるがまま。

 防御に徹するガイの盾となっていたメタルホーンもダークバイザーの切り上げによって弾き上げられ、剣を通す箇所が一気に開けた。

 その瞬間をナイトは見逃さない。

 

 繰り出すは、ガイの首筋を貫く必殺の突き。

 アマンダの時のような躊躇はしまい、と踏み込み剣を突き出す最中の視界に、とある病室が入り込んだ。

 

『────蓮』

 

(────恵里)

 

 聴こえるはずのない声と、見えるはずのない笑顔が目の前で過ぎる。

 たったそれだけで剣が止まった。

 

「危なっ」

 

「……くっ」

 

 必殺であった筈の突きは決まらず、前蹴りを食らって距離を離されてしまった。

 しかしすぐに立て直し、ナイトは空いた距離を詰める。

 ガイが怯むほどのスピードで迫り、突き立てようとした剣は────。

 

『もういいよ、蓮』

 

 またもや鈍り、代わりにメタルホーンの一撃がナイトを突いた。

 その勢いが仇となり、身体を吹っ飛ばされたナイト。二度も鳴り響いた幻聴を拭い去るように頭を振ったが、効果は見込めそうもない。

 

 恵里は優しい女だ。

 蓮が喧嘩をするだけでも悲しむような彼女が、殺し合いをしている今の自分を見ればどんな顔をするのか。

 何よりナイトの剣を鈍らせたのは、近くにいる彼女の存在があるから。

 それがミラーワールド越しでも、「恵里に見られている」とナイトは思ってしまう。

 

(……関係ない! 恵里がどう思おうと、俺の望みは変わらない!)

 

 一度抱いた意識はそう簡単に消えはしない。

 よってナイトの動きは見る見る間に精彩さを欠いていき、ガイを追い詰めた剣技など見る影も無くなっていた。

 そしてそれに比例するかのようにガイは調子付いていく。

 

「さっきはヒヤッとさせられたけど、やっぱり大したことないね。アンタ」

 

「貴様ァ!」

 

 ナイトが攻撃しガイが受ける、という流れも既に逆転してしまっており、ウイングランサーも弾き飛ばされてしまった。

 ダークバイザー一本だけだとメタルホーンをいなしきれず、次第にナイトの装甲の傷が増えていく。

 微かに残る冷静な思考が「このままでは逆転負けを許してしまう」と判断して、ナイトにカードを切らせた。

 

 TRICK VENT

 

 シャドーイリュージョンで数を増やしたナイトであるが、それこそガイの待ち望んでいた展開でもある。

 

 CONFINE VENT

 

 分身した次の瞬間には消失してしまった分身達。

 一人残され、困惑する実体は動揺から大きな隙を生む。

 そこへ跳躍したガイによる渾身の突きが炸裂した。

 

「ぐああぁっ!?」

 

 全体重をかけてのしかかるに等しい一撃は重く、鋭い。

 そのダメージは甚大で、地に這いつくばったナイトは身体を起こすのも難しい。

 どれだけ小技で稼がれようとも、強力な一撃で巻き返せるのがガイのようなパワータイプの強み。

 それを実感したガイは満足げに笑った。

 

「ぃよぉーし! これでまたいっちょあがりっとぉ。

 さて、さっさとトドメトドメ」

 

 ナイトが晒している致命的な隙にガイは最後のカードを抜く。

 ナイトはトドメを躊躇うが、ガイは躊躇わない。

 だからファイナルベントも躊躇なく使える。

 

 FINAL VENT

 

「じゃ、そゆことで。あばよ」

 

 サムズダウンしたガイの背後に、メタルゲラスが若干傷付きながらも駆け付ける。

 ナイトに反撃の機会を与えぬよう、ガイはすぐにヘビープレッシャーの発動へ移行。

 未だ地に伏しているナイト目掛けて、突進するガイとメタルゲラスが突き出した角が鈍い輝きを放つ。

 猛進してくるその迫力はナイトに「一瞬先に訪れる死」を感じさせた。そうでなくとも、ガードベントやアドベントは間に合わない。

 

「ぅう……ウオォオオオオオオーッッ!!」

 

 だとしてもナイトは諦められなかった。

 まだ終わってはいない。

 身体が動かなくなるその時まで、手放すまいと誓った剣を構え、ヘビープレッシャーに無謀にも立ち向かう。

 

 死は目前だった。

 

 

 

 *

 

 

 運命、という言葉がある。

 人の人生は運命によって定められているという考えがある。

 運命とは覆しようがないものだと諦める者がいる。

 手塚 海之、仮面ライダーライアはそんな運命を最も信じ、そして最も否定しようとするライダーである。

 

「秋山!」

 

 クローズと別れ、ナイト達の戦場に駆け付けたライア。

 そんな彼が目撃したのは、ヘビープレッシャーがナイトに迫る光景。

 

 この病院での騒動で、ライアはナイトが破滅の運命を占っていた。

 ライダーバトル、そしてライダーに訪れる運命を変えるべく戦っているライアには何が何でも変えねばならないと思っていた。

 

 そして、今訪れようとしている「ナイトの死」が自身の占った破滅の正体なのだと、直感で察してしまった。

 だが、ヘビープレッシャーのあのスピードを見る限り、ライアが持ち得るカードではもう防げない。

 せめてクローズが同伴していれば話は変わってきたかもしれないが、別行動を提案したのは他でもないライア本人なのだ。

 

(運命は────変えられない)

 

 諦めて、目を伏せようとしたライアの耳にジェット音らしき音が届いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 形勢が逆転し、ナイトが劣勢となったその時をダークディケイドは早い段階で察知していた。

 だが、王蛇との剣の結び合いによって動けなかった。

 手が痺れすぎて何度も剣を取り落としそうになる打ち合いは、そう簡単にやめられない。

 

「ラアァッ! ────ハハッ、やっぱりお前は遊び甲斐がある」

 

 ダークディケイドが一旦距離を取ろうとしても、王蛇はすぐに追い縋って剣を振ってくる。というより、剣を振っていない時間の方が短い。

 留まるところを知らない王蛇のラッシュはダークディケイドに休む暇を与えず、常に剣のぶつけ合いを強制させていた。

 

(カードを使う暇が無い……! もしかして、これ前回の対策なのか?)

 

 勘違いされやすい事だが、なにも浅倉は戦闘だけが能の狂犬ではない。

 こう見えても、考えるべき場面ではきちんと考えて行動するタイプである。

 先の戦闘にて王蛇は、ダークディケイドのカードが発揮する能力を身を以て実感していた。

 よってなるべくカードを使わせない戦法を取っているというわけだ。

 

(これじゃあ霧島さんの時と全く同じじゃないか……!)

 

 王蛇に足止めされるダークディケイド。

 ガイに追い詰められるナイト。

 

 そしてガイのメタルホーンに突かれ、大ダメージを負うナイトの姿がファムと重なるのは必然だった。

 

「────ォオオオオオオオッ!!!!」

 

 憎悪、悲哀、憤怒、それらをごちゃ混ぜにしてぶちまけた感情が溢れ出し、ダークディケイドの力を爆発的に増加させていく。

 暴走の一歩手前にまで跳ね上がった怪力がベノサーベルを弾き飛ばす。

 怯む王蛇にボディブローを数発叩き込み、さらに全力のハイキックも追加でお見舞いすれば、その身体は軽やかに吹っ飛んでいった。

 飛んで行った王蛇の行方には目もくれない。

 

 FINAL VENT

 

「じゃ、そゆことで。バイバイ」

 

 ガイが必殺技を発動している。

 あと数秒もすれば、ナイトは本当にファムと同じ末路を辿ってしまう。

 それだけは絶対にさせない。

 

 KAMEN RIDE PSYGA

 

 青のフォトンストリームが漆黒の装甲を駆け抜けて、闇夜を照らす。

 その変身が完了するより先にダークディケイドは高く跳躍し、一瞬遅れて白い装甲に身を包んだ。

 背中のフライングアタッカーが最大出力で飛び、DDサイガは光の軌跡となる。

 既に走り出したメタルゲラス、剣を構えるナイト。

 

「もっと、もっと速く!」

 

 フライングアタッカーの最高時速は820km。

 だがDDサイガはさらにその先を目指す。

「間に合うかどうか」よりも、「絶対に間に合う」ために。

 限界以上の速度を出して、さらに限界を出して。コンマ数秒以下の時間で繰り返された過負荷によって、フライングアタッカーはオーバーヒートを起こしかけていた。

 

 焦げたブースターの鼻を曲げるような臭いをも置き去りにして、最高速度を突破したDDサイガはガイとメタルゲラスに到達する。

 DDサイガの尋常ならざる速度はヘビープレッシャーに追い付く。

 

 FINAL ATTACK RIDE PS PS PS PSYGA

 

 並走し、横に90度回転する。

 

「ハアッ!」

 

 右足のポインターから放たれた光が、猛進するメタルゲラスの足をピタリと止めてしまった。

 その反動から後方に投げ出されたDDサイガは、逆噴射をかける。

 

 限界突破した速度での飛行、急な方向転換などによる負荷が祟り、限界を迎えたフライングアタッカーは空中で分解。

 背負っていたDDサイガを巻き込んで大爆発を起こした。

 

「大地っ!」

 

 巻き起された爆発は凄まじい。

「どれほどか」と問われれば、「絶対に無事では済まない」と言い張れる程度には凄まじい。

 空のベルトのコンセプトを背負って立つ武装が纏めて誘爆したのだから、それも当然か。

 そんな爆炎にDDサイガは消えた。

 

 ────そして、焔の蕾が開いてフォトンの輝きを咲かせる。

 

 全身を焼かれながら、爆風に乗って。

 無茶苦茶な飛行がもたらした強烈なGに骨を軋ませながら。

 

 もう殺させはしない、と強く願って。

 

「ッッツアアアアアアーッ!!」

 

 DDサイガが繰り出したキック────コバルトスマッシュがガイとメタルゲラスを拘束している光に飛び込む。

 青の鉄槌が貫き、倒れ込むようにDDサイガが着地した。

 

「──っ!?」

 

 背後に浮かんだΨの紋章と、風に流される灰。

 

 また一つの決着がついた。

 

 

 *

 

 

 DDサイガが披露した瞬殺劇。そのあまりのスピードに、どのライダーも反応できていなかった。

 ドシャリ、とダークディケイドが倒れ込んだ音でようやく我を取り戻したナイトは剣を降ろす。

 

「お前……俺を助けたのか」

 

「ええ。僕、秋山さんには死んで欲しくなかったんで」

 

 ダークディケイドの震えた声音が、全身に響く痛みに耐えているものだと一目で理解できた。

 

「何故、お前がそこまで」

 

「だって……秋山さん、良い人だから。良い人に死んで欲しくないって思うのは変ですか」

 

「ああ変だ。……何せ女装するくらいだからな」

 

「……ぅぅ」

 

 思い出したくないことを思い出して、ダークディケイドの声がすぼんだ。

 本当に変わったライダーだと思う。

 だが、その変わった奴のおかげで自分だけでなく、恵里も生きている。

 

 ダークディケイドを見るナイトの目が少し変わった。

 

「おい、なんだよこれ」

 

 信じられない、といった様子の声にナイト達は振り返る。

 灰の山に埋もれて呆然としているガイ。

 その装甲は色を失い、力強さなど全く感じさせない。

 

「俺のメタルゲラス、やりやがったのかよ」

 

 先のコバルトスマッシュはガイ本人には命中していなかったのだ。

 メタルゲラスだけを的確に狙い、当てた。

 ガイにも当てられたが、当てなかった。

 だから今のガイは契約の力を失ったブランク態となっている。

 メタルゲラスがいないガイにはもうライダーとしての力は無いに等しい。

 

「アイツは殺さなくていいのか」

 

 詳しい経緯は知らないが、大地と芝浦の間に因縁があったことぐらいは察している。

 事実、この場に現れた時のダークディケイドは殺気に満ち溢れていた。ガイを生かしておいて、なおかつ追撃を加える様子もないのが不思議に思う程度には。

 

「殺してやりたいって思いました。キックする直前にも迷いました。

 でも、やっぱり人間を殺すのはいけないこととしか思えなくて、できませんでした」

 

「甘いな」と言いかけて、飲み込んだ。

 トドメをさせない己を思い知ったナイトには言う資格もない。

 むしろあれだけの殺気を放てるのだから、甘いのは自分の方なのかもしれない。

 

「この人は今でも許せない。

 仇を討ちたいって気持ちもまだあります。

 直前でも凄く迷って……きっと、これがベストなんです」

 

「……そうか」

 

 まあ契約モンスターが倒された時点でガイは脱落したも同然。

 命こそ奪ってはいないものの、「ライダーとしてのガイ」をダークディケイドは間違いなく殺したのだ。

 その結果にナイトがとやかく言う必要はないのだろう。

 

 尤もガイ本人はそうは思っていないようだが。

 

「こんなはずじゃ……お前ら、ただで済むと思うなよ」

 

 ブランク体となった身体でヨタヨタ歩く姿を見ていると、抱いていた怒りも自然と収まっていく。

 彼の所業を考えればお似合いな惨めったらしい背中には剣を突き立てる気にもなれない。

 

 ダークディケイド、ナイトが黙って見送ろうとしていたところで、王蛇がガイの側にやって来た。

 

「待てよ、俺はまだ満足しちゃいない」

 

「あっそ。俺はもう帰るから、勝手にやっとけよ! この役立たずが!」

 

「そうさせてもらうぜ」

 

 王蛇は未だやる気満々で剣を担いでいる。

 相変わらずの戦闘狂っぷりに溜息を吐いて、ナイトは剣を構える。同じく、ダークディケイドも。

 だが、王蛇が真っ先に剣を振るった相手はどちらでもなかった。

 

「ぎぃああッ!?」

 

「なっ……!?」

 

 ダークディケイドが驚愕するのも無理はない。

 王蛇の仲間と認識していたガイが斬られたのだから。

 

「浅倉……! お前、何のつもりだよ!」

 

「お前の遊び方はまどろっこしくて性に合わん。だから、お前はもういい」

 

「な……お前正気かよ! 俺がバトルを提供してやってんだぞ!」

 

「ああ、知ってる。楽しかったぜぇ、ありがとな」

 

 もういい、と言われた意味を理解したガイは激昂するが、王蛇は涼しい顔で受け流す。

 これには大地は驚いているようだが、特に珍しい光景でもない。

 これが浅倉 威なのだ。義理や恩義なんて言葉、彼の辞書には載っていない。

 

 突然叩き斬られたガイも黙っておらず、殴りかかって反撃に出るが、ブランク体のパンチなんざたかが知れている。

 とてつもない強運に恵まれてクリーンヒットしたとしても、小粒ほどのダメージも稼げない拳は空振り、カウンター気味にエルボーが首にめり込む。

 軽々と吹っ飛ぶガイの身体が芝生の土砂を巻き上げて倒れた。

 

「もうやめろ!」

 

 相手が悪人のガイであっても、殺される瞬間を見過ごせないダークディケイドは走っていく。

 そうなることを見越して、王蛇は既にベノバイザーにカードを入れていた。

 

 FINAL VENT

 

「SYAAAAAAAAAA!!」

 

 どこからともなく現れたベノスネーカーの尻尾が大気を裂く。

 薙ぎ払われたダークディケイドは壁に叩きつけられ、その衝撃で壁がヒビ割れる。

 ガクリと首を垂れたダークディケイドを鼻で笑った後に、王蛇は疾走を開始した。

 まるで大口を開けた大蛇のごとく両腕を広げて駆ける主に、紫の蛇が追従する。

 

「なんで、なんでカードが無いんだよっ!」

 

 ガイがいくらカードを抜こうとも、ブランク体となった今の彼のデッキにはコンファインベントは出てこない。

 王蛇は跳び、ベノスネーカーが吠える。

 ガイは気休めにもならない雑魚カードが放り投げて逃げ出そうとするが、既に手遅れだ。

 弾ける勢いで放たれた毒液は王蛇を運び、蹴りを強化させる。

 そして毒を纏ったキックは毒牙のようにガイへ喰らいついた。

 

「がっ、ごっ、ぐぅっ、ぎゃっ!?」

 

 蹴る、溶かす、蹴る、溶かす。ガイの悲鳴がリズミカルに響く。

 王蛇の連続キック──ベノクラッシュは通常時のガイでも耐え切れるような技ではない。

 ならば装甲の強度が著しく低下したブランク体ではどうなるか? 

 

 ────原型を留めないほど蹴り砕かれ爆発する、という至極簡単な答えであった。

 

「アァ〜……いい、ライダーはこうでなくちゃなあ」

 

 まともな断末魔を上げることすら叶わずに、ガイは死んだ。

 黒焦げになった装甲やデッキの破片が燃えている。

 彼の生きていた証明とも言うべきそれらも、すぐに消滅してしまった。

 

「……どうしてなんだ。どうして、そんな簡単に殺せるんだ! 

 お前は! 本当に同じ人間なのか!? 

 こんなに酷い人間を、僕は見たことがない!」

 

「ハッ、その口をいい加減閉じろ。イライラしてくる……!」

 

 ガイをあっさり殺した王蛇に怒るダークディケイド。

 ナイトは彼と同じ、とまではいかなくとも共感はある。

 顔の知っている人間が目の前で死ねば、どんな者でも多少は心を動かす。

 しかし、今必要なのはそんな義憤ではなく、王蛇のような冷血さではないかと思う自分がいた。

 

(……馬鹿馬鹿しい。あんな殺人鬼と一緒になるのは死んでもごめんだ)

 

 降って湧いた考えをすぐに捨てて、ダークバイザーに手をかける。

 王蛇、ナイト、ダークディケイドの三人に一触即発の空気が流れ、再び戦いが始まろうとする。

 

 ────しかし。

 

「「「wゥブ! wゥ、wゥ、wゥブ」」」

 

 突然響いた不快な鳴き声に彼らの注意は集中した。

 いつのまにかライダー達を囲む、シアゴーストの群れである。

 見渡す限りが蠢く白で覆われてしまっている。

 

「またこのモンスターか……この病院に巣でもあるのか?」

 

 倒した数は両の手の指では足りない。それほどの遭遇回数。

 いくら複数タイプのモンスターと言っても、この量は常軌を逸脱している。少なくとも戦闘後に相手にできる数ではない。

 

 脱出か、それとも処理か。

 正常な思考回路を働かせれば前者一択。だが、そうなればこいつらは別の標的を狙う。

 丁度すぐそばに眠っている患者達を。

 となれば徹底抗戦しか道はない。

 

 そして、恐らく腹を空かせているのだろう大群が、我先にとライダー達へ殺到する。

 ナイト、ダークディケイド、王蛇、全員が武器を構えた。

 

「────やめて」

 

 シアゴーストが止まる。それも一匹残らず。

 この光景にナイトと王蛇は困惑し、ダークディケイドは既視感を覚えた。

 群れが少しずつ割れて、その中央にできた道を白いライダーが歩いている。

 ナイトには見覚えのないライダーだった。

 

「誰だ、お前」

 

 新手のライダーによる強襲と考え、身構える。

 そうして向けた剣先はダークディケイドが遮った。

 何の真似だ、と彼を睨むが、ダークディケイドはそのライダーから視線を外さない。

 

「昴くん、なんだね」

 

 昴。確かこの病院の副院長の息子が同じ名であった。

 屈託のない笑みを浮かべて、恵里に花を添えてくれた少年を蓮はよく覚えていた。

 この白いライダーがあの子だと言うのか。

 

 ダークディケイドが問いかけたその刹那。

 ナイトは違ってくれ、と無意識に祈った。

 

「うん」

 

 しかし、白いライダーは……仮面ライダーレギオンはごく自然に頷いてしまった。

 物々しい見た目のレギオンと、幼気な少年が重なってしまった。

 ナイトの仮面の下で、蓮の表情が歪む。

 力を無くした腕が落ちて、アスファルトに当たった剣先が硬い音を鳴らした。

 

 

 

 父と子。

 二人のライダーは顔を合わせることなく、夜の乱戦は終わりを迎えた。

 

 そしてこれはやがて始まる悲劇の前哨戦でしかないのだと、この時は誰も思いもよらなかった。

 

 ────ナイトの世界での戦い。その最期の一日が幕を開ける。

 

 

 




仮面ライダーレギオン。
大和 昴がシアゴーストと契約したライダー。
ゼール軍団以上の物量が最大の強みであるが、彼の願いとは……?


はい、長すぎ乱戦でした。
途中で切ればよかったんですけど、ナイト編の話数が多いのなんので……反省してます。


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