「ヤアアァ!」
装いも新たにミラーワールドを駆け抜ける大地──仮面ライダーベルデ。
目指すはシアゴーストの集団中央部にいるであろうレギオン──昴であり、その過程で邪魔になるモンスターを片っ端から斬り捨てて行く。
ライドブッカーが手元に残ったのはまさしく不幸中の幸いだ。ベルデという初めての変身でも、扱い慣れた武器があるだけで使い心地は大幅に変わってくるのだから。
今もまた一匹の頭部に刃を貫通させ、沈黙した死体を放り捨てる。
数が多いぶん質はそれほどでもないのか、ライドブッカーの一振りだけでも倒せなくはない程度の脆弱さだ。
全力を尽くせば、レギオンまで二分とかからないかもしれない。
しかし、脇道にいるモンスターを無視して行く、という訳にも行かないのがまた辛いところだ。
なにせここで見逃してしまえば最後、現実世界に出たモンスター達は暴食の限りを尽くすであろうことなど目に見えている。
よって、鏡の付近にいる者を優先して斬りつつ、レギオンの下に向かわねばならないのだ。
そうして怒涛の勢いで進撃してくるベルデ、バイオグリーザをシアゴーストが不快に思うのもまた道理。
現実世界への進出を後回しとし、その全てがベルデ達の排除すべく動きを活発化させる。
「こいつら、急に激しく……!?」
飛び交う糸の束を斬り裂いて、しかし斬った数以上の糸が迫ってくる。
バイオグリーザが放った舌が纏めて巻き取ってくれはしたが、そう何度も凌げる数ではない。
目指すレギオンまではまだまだ層が厚く、このままではいつまで経っても辿り着けはしないだろう。
「だったらこれで!」
バイオグリーザに注意を引くよう指示し、自身は高く跳ぶベルデ。
群れなすモンスターへ着地する寸前にデッキから抜いたカードをバイオバイザーへとセットした。
CLEAR VENT
クリアー、つまりは透明化。
これまで幾度となく大地達を悩ませたバイオグリーザのその能力は当然ベルデにも備わっていた。
「wゥブ!?」
突然姿を消したベルデにシアゴースト達の間で混乱が広がっていく。
どんなに見渡せども、居るのは同族ばかり。鮮緑のライダーなど、どこにもいない。
うまくいった、と息を潜めてほくそ笑むベルデ。
これなら妨害を受けることもなく、最短距離でレギオンの所に辿り着ける。彼を説得すれば、ひとまずシアゴーストの暴走を止められるはずだ。
そして足早に駆けていこうとするベルデであったが──。
ADVENT
(ッ!?)
鼓膜を振動させる電子音声。
判別のつかない音声に、何故だか無性に悪寒を走らせたベルデ。
動物的な勘に従い咄嗟にその場から飛び退くと、なんとその直後広範囲に毒液が散布されたではないか。
すぐ近くにいた為に頭から被ってしまったシアゴーストの集団は、思わず耳を塞ぎたくなるような音を立てて溶解してしまう。
肉の一片まで残らず溶かし、発生した強酸性の気体がベルデにへばり付き、透明化していた身体をぼんやりと浮かび上がらせてしまった。
「ハハハハッ、何をコソコソしている。
シャイなライダーって奴なのか?」
「浅倉威……!」
モンスターを踏み潰して襲来したベノスネーカー。
その頭頂部に立つ王蛇がカラカラと笑いながら降り立った。
そもそも何故ベルデのクリアーベントを的確に見破れたのか?
その疑問に答えるのはちょっとした知識が必要になる。
夜行性であり、視覚が優れない蛇の中には“ピット器官”と呼ばれる構造を有している種もいる。
この器官は言わばサーモグラフィーに近い機能があり、蛇に極めて近い生物であるベノスネーカーも類似した器官を備えていた。
要するに、ベルデの透明化はあの蛇型モンスターには全く効果が無かったというだけなのだが、そんな博学を持ち合わせている者はこの場にはいない。仮に居たとして、何の役に立つのかは疑問だが。
「悪いけど、僕は今急いでる! お前の相手なんかしてられないんだ!」
「フン、知ったことか……待てよ、その声────そうか、お前あの黒いガキか。
こいつは丁度いい!」
ベルデの叫びから、その変身者が大地であることを理解した王蛇は愉快そうに声を弾ませる。
そうして懐から何かを取り出した王蛇に思わず身構えるも、彼が掲げたのは予想外の物だった。
「これな〜んだ?」
それを見た途端、大地は仮面の下で驚愕に目を見張る。
見間違いであって欲しいが、残念ながらそれは無いと自分自身で断言できてしまう物だ。
「……嘘でしょ?」
ダークディケイドライバー。
ついさっき紛失した筈のバックル。
まさか彼が偶然見つけ拾っていたのだとするなら、なんという運命の悪戯だろうか。
すぐに見つかって良かったと喜ぶべきなのか、それともよりによって王蛇の手に渡ったと嘆くべきか迷うところである。
「……返してください、って言ってもどうせ無駄ですよね」
「さあな。俺を満足させれば、返してやらんことも無いぜ?」
「だから時間が無いんだって……!」
このまま素通りできれば有難いことこの上無いのだが、それは絶対にあり得ない。二度の交戦を経た上でそう確信できる。
速攻で彼を無力化し、昴の元に向かうとベルデは決めた。
HOLD VENT
ヨーヨー型という一風変わった武器、バイオワインダーがベルデの左手に装備される。そして右手には剣──戦い辛い構成であることは否めない。
「オラァ!」
周囲の集団をベノスネーカーの尻尾が薙ぎ払い、一気に場が拓けた。
その頭上から雄叫びと共に振り下ろしてきたベノサーベルがベルデに届く寸前、ライドブッカーがその太刀筋を阻む。
──重い。
腕の感覚が無くなったのでは、と思わず錯覚するほどに。
やはり王蛇という実力者と拮抗し得たのはダークディケイドありきの話であり、このベルデではパワー不足だと痛感してしまう。
だが、それが何だと言うのだ。
格上との戦闘なんて飽きるくらいにこなしてきた。今更多少不利になった程度で怯んでなどいられない。
身体を捻ることで、押し潰そうとしてくる剣を受け流し、素早く側転。剣がギリギリ届かない中距離の位置を取る。
「ヤッ!」
線を描いているに等しい速度で放たれたバイオワインダーがヒュッ、と空気を鳴らすたび、王蛇を仰け反らせる。
慣れない武器故、精度は曖昧も同然だったが、なんとか命中はできている。
が、それが効果的かどうかはまた別の話で。
「どうした、そんなもんか?」
(あんまり効いてない……やっぱりパワーが足りてないのか)
効果ゼロ、とまではいかないが、王蛇には効き目は薄いようだ。
このままチンタラぶつけていても、ただ時間だけを浪費していくだけだろう。
しかし王蛇の撃退ならともかく、突破するだけならいくらかやりようはある。
「ハハハッ!」
ヨーヨーの牽制を物ともせずに接近する王蛇。
剣が薙ぎ払われるまでの刹那、ベルデはライドブッカーとバイオワインダーを交互に見つめる。
伸縮性、耐久性、共に未知数。成功する保証は無いが、他に有効策も思いつかない。
ベルデは飛び込むような前転で横薙ぎの剣を回避し、立ち上がると同時にバイオワインダーを放つ。
だがその標的は王蛇に非ず。
なんと、自身の剣に巻き付けたのだ。
ピンと張って横一文字を描くワイヤー。
それに振り向き様に下されたベノサーベルがめりこみ──しかし、切断できない。
ワイヤーは見事に受け止め、反発して押し返して見せた。
(──よし、 斬れない! このワイヤー、見た目よりも断然頑丈だ!)
「おぉ……?」
この奇抜な防御には王蛇もやや面食らった様子であった。
だがそれも彼を興じさせる材料でしかなく、より激しさを増した剣閃をベルデは危なげなく捌く。
これもダークディケイドの多彩な戦法を使い分けることに慣れてきた大地の適応力が為せる技であり、咄嗟の閃きが優れている証明でもあった。
「そこっ!」
そして幾度か目かの防御の際、受け止めた拍子に刀身を絡めとるベルデ。さらに、王蛇の腕に飛び付く形でしがみ付いた。
急な重心の傾きに対応しきれなかった王蛇は転倒してしまい、起き上がろうとしてもベルデの組み伏せがそれを許さない。
そうして力任せに腕を捻り上げ、ダークディケイドライバーを握りしめているその手を開かせようとする。
「オオオオオオーッ!!」
そんな関節技モドキをただ享受している王蛇でもなく、駄々っ子の如く暴れ散らす。
それでもベルデが離さないので、彼はかなり強引な手段で逃れることを選択した。
ゴキリ、と鳴ってはいけない音を関節から鳴らして、スルリと抜ける王蛇の腕。
誠に信じられないことだが、彼は力技で関節を外して拘束から脱したのだ。
人間離れした所業に起き上がることさえ忘れて呆気に取られたベルデに、ベノサーベルが叩きつけられる。
腕が外れた痛みなどまるで感じていないような喜色を含んだ笑い声に、いよいよこのライダーはモンスターなのではと真剣に考え始めたところで、耳に妙な違和感が生じた。
脳髄を引っ掻き回すような不快感を否応なしに抱かせる、そんな音。
この前兆にベルデは覚えがあった。
(これって……不味い!)
NASTY VENT
ベルデ、そして王蛇に等しく襲来するソニックブレイカー。
ダークウイングが齎す凶器の超音波に苦悶の雄叫びを上げ、錯乱する王蛇と、辛うじて耳を塞いで防いだベルデ。
そしてその大き過ぎる隙は黒槍の鋭い刺突を突き立てるには十分であり、その槍の主はベルデの想像通りの人物であった。
「秋山さん……」
「何をぼさっとしている。さっさと立て」
漆黒の騎士、仮面ライダーナイトがぶっきらぼうにそう言った。
起き上がるために手を貸すことは無いし、心配をする素振りを見せない。
けれども、その声には今までのような棘が生えていないとベルデは感じた。
(比較的、と頭に付けるが)柔らかな口調に聞き間違いではないかと疑っているベルデに、業を煮やしたナイトが檄を飛ばしてくる。
「……いい加減にしろ。あの子供を助ける、と言ったのはお前だろう」
「助けてくれるんですか!?」
「おい、あまり変な勘違いをするなよ。
俺は戦いに来ただけだ。仮面ライダーとして」
ベルデには目を合わせず、剣と槍を構えるナイト。
その横顔が──本人には口が裂けても言えないが、どこか照れているように見えてしまう。
やっぱりこの人は良い人なんだな、と再認識しながら漸く立ち上がったベルデも剣を構え直した。
争うこともあったが、こうして肩を並べるならなんと心強いことか。
「ここは俺に任せろ。お前は行け!」
「はい!」
ナイトは暴虐の蛇を討つべく。
ベルデは悲哀の子に寄り添うべく。
覚悟、信念──それぞれの想いを胸に、ライダー達は疾走を開始した。
*
昴は泣いていた。
血溜まりで汚れた父の亡骸の隣で座り込み、涙が枯れ果てる勢いで泣いていた。
今の昴にとっての世界とは、シアゴーストの大群に囲まれた狭い隙間だけであり、その外で何が起きていても気にかかる余裕など無かった。
泣いて、泣いて、泣き腫らして、そんな折に。
昴にとある声が届く。
『戦え、お前に求めるものがあるならば』
『戦え、お前自身の願いのために』
悲しみに支配された脳ではその言葉の半分さえ理解できていない。
しかし、自分が何を命じられているのか、それだけはわかった。
自分が何をしたいのかも。
昴が欲しいもの? そんなものは決まっている。
もう二度と目覚めない筈の、父に与える新しい命。
「お父さん……!」
そこに明確な意思は宿っていない。
“もう一度お父さんと暮らしたい”。
──そこにあるのは、純粋な願いだけである。
『戦え!』
SURVIVE
その日、レギオンは生まれて初めてカードを抜いた。
*
その光景を真っ先に目にしていたのは、シアゴースト達への進撃を再開していたベルデであった。
「何だこれ……!?」
もうすぐで辿り着けるかという距離にある、中央部から突如として噴き上がった火柱。
それは瞬く間にシアゴーストの間で這っていき、火達磨に変えていく。
あらゆる者の接近を拒むように吹きすさぶ焔は、ベルデが進行を躊躇うほど。
そんな風にして二の足を踏んでいると、熱波で歪められた視界の果てにて炎上しているレギオンが映った。
(す、昴くん……なのか……?)
心配の声をかけようとしたベルデの喉からコヒュ、と乾いた音が鳴る。
レギオンを焼く赤い炎はさらに燃え盛り、その色を徐々に薄青いものとしていく。
無骨な印象だった白い装甲を彩る蒼炎。
ガラスが散り、純然たる願い
烈火を体現する者──仮面ライダーレギオンサバイブ。
その迫力たるや、筆舌に尽くしがたい。
あの無邪気に笑う昴と、目の前のライダーの間で生じているイメージの剥離に、ベルデは二の句を告げることができないでいた。
だが、そうやって棒立ちになってばかりもいられない。
レギオンを進化させた烈火の炎は、彼の契約モンスター達も同時に強化していた。
高熱に溶かされた外殻を突き破る群青の蠢き。
白いヤゴから、青い蜻蛉へ。
レイドラグーンという名のモンスター達が一斉に羽化し、ベルデへと襲いかかる。
その勢いを一言で表すなら────津波というのが最も適切だろう。
「うわっ!? モンスターまで強くなってるのか……!」
正面から突き立てた刃は顔面へと確かに刺さり、しかし貫通まではしない。
苦しんでいるらしい反応は示すものの、それだけだ。この蜻蛉は明らかに強くなっている。
しかもそんな存在が無数にいるのだから、どうしたものかと頭を抱えたくなってしまう。
そして、最初の一匹を仕留め損ねた為に大群の勢いは保たれたままベルデに喰らいついた。
まずは太腿、次に二の腕、肩────。
レイドラグーンに喰らいつかれたあらゆる箇所から血が噴き出す。
「昴く────」
両手の武器を振りかざして抗おうとしたベルデの叫びごと攫って、空を駆けていく群青の津波。
その飛翔が奏でる耳障りなハーモニーにはナイトも、王蛇も剣を振るう腕を止め、空を見上げた。
「ァア……?」
「何……?」
戦闘狂でさえも戦闘を中断し、身の危険を覚えるほどの歪な波。
たかがモンスター如きがそれほどの脅威となっていること自体が彼等を驚愕させている。
そして飢餓に喘ぐ蟲達は唖然と上を向いているライダー達に向け降下を開始した。
単に迫ってくるというだけなのに、仰け反ってしまう圧。
まず飲み込まれようとしたのは、王蛇であった。
「チッ」
FINAL VENT
正面から叩き潰さんとするベノクラッシュ。
ガイを粉砕せしめた必殺技の威力など今更語るに及ばない。
強化されたレイドラグーンといえども、それに耐え切れはしなかった。
波を構成する先頭集団を容赦なく打ち砕き────だが、それだけ。
肉の壁とも言えるその圧壁は一割にも満たない数のレイドラグーンを犠牲にしただけで、ベノクラッシュの攻勢を完全に殺してしまった。
「アアアアアアァァァァ!!!」
波の中に消える王蛇。
残るナイトに突きつけられたのは、ライダーの中でも指折りの実力者があっさりと敗北を喫したという事実。
立ち向かった先で待っているのはあのモンスター達の飢えを凌ぐ餌にしかなれないだろう。
しかし残念ながら、ナイトには逃げという選択は許されていなかった。
愛する者を守りたくば、どんなに絶望的であろうと槍を突き立てるしか道はない。
ADVENT
「ダークウイング!」
だが、迫り来る津波に対して真正面から馬鹿正直に挑む必要もないのだ。
ダークウイングという翼を得たナイトは空高く飛翔し、飢えた波がそれを追いかける。
それから展開される激しい空中戦の最中。
「……ん?」
ナイトは津波の中で膨らむ黒い光を目撃した。
*
ナイトを追いかけるレイドラグーンの群れ。
その中で喰らい付かれながらも、ベルデは必死に抗っていた。
あちこちを食い破られ、むせ返るような血臭を浴びたその身体で剣を振るう。
「うああああぁぁぁぁーッッ!!!」
雄叫びとも悲鳴とも区別の付かない声が喉の奥から自然と漏れる。
全身を阻む激痛に加え、ネガタロスに使役された疲労。いつ気絶しても何ら不思議ではなかった。
それに泣き言を言う資格なんて、自分にはあるものか。
(僕の何倍も、霧島さんの方が痛かった!
僕なんかよりも、佐野さんの方が怖かったんだ!
昴くんはもっと痛くて、辛いんだ!
こんなところでモタモタしてられない!)
流れ出た血は身体を鈍らせ、内なる想いがそれよりも大きな活気を与える。
そして斬って、斬って、斬って、もちくちゃにされて────。
それを見つけられたのは、まさしく幸運の産物だった。
「あれは────!」
誰かの血で汚されたダークディケイドライバー。
どういう訳かモンスターの波の中を流れてきたそれを、ベルデは無我夢中で掴み取った。
ベルデの装甲が消失した刹那、大地は血反吐を吐き捨てて叫ぶ。
「変身!」
KAMEN RIDE DECADE
虚像が周囲の蜻蛉を弾き飛ばし、大地に重なっていく。
モンスター達の牙から解放された身体は宙に投げ出されて落下。
あわや地面と衝突するというところで、ダークディケイドの腕をナイトが掴んだ。
「秋山さん……」
「借りは返す主義なんでな。
それよりあの大群だ。昴に近付くにも、アレを片付けなきゃ話にならんぞ」
ナイトが言う「アレ」とは、無論レイドラグーンのこと。
今も飛行するナイトとダークディケイドのすぐ後ろを追いかけてきている。
しかもその数だってどんどん増え続けており、空そのものを埋め尽くすのも時間の問題かもしれない。
「ええ、強引に突破しようとしても無理でした。
倒しましょう。全部」
「簡単に言ってくれるな。
そこまで言い切るからには、何か策があるんだろうな?」
「策、と言えるような上等なものではないですけど」
必要となるのは、無数の敵を倒せるだけの圧倒的な火力。
該当するライダーは主にゾルダやスイカアームズなどだが、示されたのはまた別のカード。
なるほど、今の状況には最適だと納得できるそのライダーを選び、バックルに叩き込んだ。
KAMEN RIDE DARK KIVA
電子音声が鳴り止むと同時、ナイトの飛翔高度と速度が僅かに落ちる。
何事かと見下ろしたナイトがまず目にしたのは、ワインレッドの鎧。奇しくもその装甲はナイトと同じ蝙蝠の意匠を刻み込んでいた。
「────ぐっ、ガハっゴボッ……!」
「どうした!?」
濁音混じりの咳込みが深紅の鎧を、より暗い色に変える。
ダークディケイドが所持する中でも最上級に位置するカードを使った代償。
消耗し、食い破られた穴だらけの身体では到底払い切れるものではない。
思わずといった様子で心配するナイトに向け「大丈夫」と返事する代わりに、軽く手を挙げる。
本音を言ってしまえば全然平気じゃないが、ここは強がってでも戦うべき場面なのだ。その為の力はこの鎧にある。
ATTACK RIDE CASTLEDRAN
跡地の瓦礫を吹っ飛ばして現れた全長40m超えの紫竜。
城のような胴体に首を生やしたその姿はまさにドラゴン城と表現するに相応しい。
大気を震撼させる牙城の咆哮に、何が来ても驚くまいと決めていたナイトの決意は脆くも崩れ去った。
突然出現したドラゴンが発揮するであろう脅威を本能的に察知したのか、ナイト達を追っていたレイドラグーン達は進路の舵をそちらへと切る。
「キャッスルドランさん! こっちへ!」
姿を真似ただけの王からの呼びかけに、ドライバーが生み出した記録の産物に過ぎない牙城は応えた。
降りかかる火の粉を払うついでで王を迎えに飛んできたキャッスルドラン。
DDダークキバは城の屋根に該当する部分を足場と見立てて着地し、そこで堪えきれずに膝を折る。キャッスルドランの召喚もこの身を容赦なく削っているのだ。
「大地、アレを見てみろ」
キャッスルドランの横を飛んでいるナイトがとある地点を指で示す。
多数のモンスターが寄り集まってできたモザイク状の球が空にプカプカと浮いている。レギオンを中心にモンスターが集結していると考えるならば、あのグロテスクな塊の中にレギオンはいるのだろう。
そうとわかれば、やるべきことは決まった。
「ダークウイング!」
「キャッスルドランさん!」
ドラゴンと蝙蝠、二匹のモンスターはその翼を広げ、大群と激突した。
*
一方、現実世界。
こちらでも奔走するドラゴンと蝙蝠のコンビがいた。
「ドラァ! ダラァ! こっちに来るんじゃねええ!」
「ウォー!」
デッキを渡してしまったので、ミラーワールドに入れないクローズはこちら側に進出してきたモンスターが目に入り次第押し返す。
レイキバットは侵入経路になりそうな鏡に微調整を施した冷気を吹きかけて霜で覆う。
事情を知る者ならいざ知らず、一般人には得体の知れない奇怪な男と蝙蝠が暴れ回っているようにしか見えておらず、病院は大パニックに陥っていた。
「そこの……えーと、なんか青い奴! 止まりなさい!」
「うるせえ! 止まれるか!」
モンスターを追い、警察に追われて。
「うおおお!? なになになんなのアンタ! これヒーローショーか何か!? ちょっと取材を……!」
「違うからあっち行ってろよ!」
変な記者にも追われて────。
「……って城戸さんじゃねえか!」
「え!? なんで俺のこと……もしかして」
「ギクッ!?」
「俺ってすげえ有名人!?」
この先輩記者が馬鹿で良かった。
クローズはそう思いながら、勝手に照れている真司を置き去りにして走り去った。
*
王の叫びがドラゴン城の真なる力を解放させる。
マジックミサイル、ポッドシュートなど超絶威力の兵装をこれでもかと放ち、迫り来る群れの大多数を爆散させていく。
大雑把な狙い故に生じた僅かな撃ち漏らしはナイトの槍が確実に貫いていき、力尽きた亡骸もまた同じく爆散。
こうして驚嘆に値する速度で殲滅させていくDDダークキバとナイト。
しかし、相手は仮にもサバイブ化したモンスター。同胞の亡骸を盾にして、キャッスルドランの業火を超え、ナイトの槍さえ躱した少数かDDダークキバへと接近してきた。
一番弱っている者から喰ってやろうという魂胆なのだろうが、もうあの牙に曝されるのは御免だ。
気合の掛け声一つ、繰り出したストレートパンチが一匹を粉砕し、続いて来た数匹には赤く発光したライドブッカーの刃をぶつける。
魔皇力を存分に吸った斬撃により瞬殺はできたが、一々構っていてはこちらの体力が切れてしまう。ここは更なる援軍を呼び出すしか無さそうだ。
ATTACK RIDE CHOUDRAN
再度吼えるドラゴン城に応えたのは、些か見劣りするサイズの──それでもミラーモンスターより大きいドラゴン、シュードラン。
小回りが利く幼体のドラゴンはDDダークキバの周囲を旋回しながら敵に爆撃をかましていく。
突破してきた数がごく少数であったことも手伝って、早々に王の安全が確保されたことでシュードランは旋回を止め、キャッスルドランの上部に着陸した。
「GRUUU……GYAAAAAAA!!」
どことなく温厚そうだった顔を厳つくさせたキャッスルドラン。
シュードランとの血の共鳴がドラゴン城を凶暴化させたのだ。
ただでさえ強力だった砲撃が更なる火力を伴って猛威を振るい、殲滅速度を跳ね上がらせる。
こうなってしまってはもうレイドラグーンがどれだけ頭数を揃えようと、怒れるドラゴン城を喰うことは不可能だ。
そのことを理解していたかは定かではないが、群れの中心で鳴った電子音声はにわかに怖気づいたレイドラグーン達を後押しするものであった。
FINAL VENT
レギオンサバイブが発動させたファイナルベント。その効果はモンスターの急激な進化。
外殻を内側から食い破るが如く脱皮した蜻蛉型モンスター、ハイドラグーンである。
連中は好き勝手に飛び回ることを悪手と判断してか、全個体を集めた津波を再び形成して突撃してくる。
単体でライダーに匹敵しかねない領域まで進化を遂げたモンスターが一斉に襲いかかってくるこの状況を、絶望以外にどう言えばいいのか?
(トリックベントで撹乱するか、それともダークウイングを囮に一旦降りるか……)
あの突撃はもはやナイトがどうにかできる程度をとっくに越えている。
脳内を巡る作戦はどれも有効的とはとても言えず、決して選びたくはない撤退の二文字まで過ってしまう。
そこでふと横を見やれば、黄金のカード────恐らくは自分達のファイナルベントに該当するカードを構えるDDダークキバ。
仮面に隠れている筈なのに、全く死んでいない瞳を幻視して、ナイトは苦笑した。
(まさかコイツに勇気付けられるとはな)
歳下の、それも血反吐まで吐いた奴より逃げ腰になっては一生の笑い者がいいところだ。
己のプライドと、変わらぬ愛情。それら全てを賭ける思いで、ナイトも最後のカードを抜いた。
FINAL VENT
FINAL ATTACK RIDE DA DA DA DARK KIVA
「遅れないでくださいよ、秋山さん!」
「誰にものを言ってる!」
屋根から跳んだDDダークキバが突き出した両足には、収束した魔皇力が形作る二本の牙。
必殺キックを繰り出す王と、一本の巨大な槍と化して突き進む騎士の背後からキャッスルドランの咆哮が追いかける。
飛翔斬、キングスバーストエンド、キャッスルドラン。
その全てが一体となった炎の塊がハイドラグーンの津波に真っ向から激突した。
「ハァァアアアアアアアーッッッ!!!」
凄まじい小爆発を次々と巻き起こして進む炎は、しかしモンスターの生命を賭した肉壁によって徐々に速度を削がれていく。
ここで止まればどうなるか。今更言うまでもない。
「もう誰も死なせやしない……!
昴くん! 瑠美さん! 万丈さん! 病院の人達だって!
────ッツァァアアアアアアア!!!」
爆発的に増した魔皇力が炎を包む。
その一瞬で、炎の中に浮かび上がる人型の──巨大なダークキバ。
この勢いはもう何人たりとも止められない。
星だって蹴り返せると確信できるキックを前にして、刃向かう者全てが焼塊と化していく。
そして最後のハイドラグーンを爆散させたその時、ダークキバの鎧は消失して通常形態に戻ってしまった。
眠気を誘う脱力感に耐えたダークディケイドは最後の力を振り絞って前へ跳ぶ。
────色を失ったレギオンが支えを失って、落下していく方向へ。
「昴くん!!」
伸ばしたその手は、幼子の小さな手を確かに包んだ。
柔らかく、そして暖かった掌はスーツに隔てられているものの、その感触だけはしっかりと感じ取れる。
共に落下しながら、その手を強く握ったDDダークキバはようやくレギオンに認識された。
「────お兄、ちゃん? どうして?」
きっとこの涙声から出た“どうして? ”には一口では言えない疑問が含まれているのだろう。
どうしてここにいるのか?
どうしてお父さんを助けてくれなかったのか?
どうして────。
全部に答えられる言葉も、体力もない。
こういう所は成長しないな、などと自分を省みてつい苦笑してしまうダークディケイド。
こういう時に的確な慰めをできるであろう偉大な師匠達を追想して、自分はまだまだだなとも思う。
こんな男で昴には申し訳ないが、できるのはこれぐらいしかない。
「……え?」
落下し続けているレギオンを手繰り寄せて、強く抱きしめる。
未だに泣き止まないのか、時折震える背中を円を描くように摩る。
「約束したから。昴くんを守るって」
我ながら酷い言い草だとは思う。
昴の笑顔に潜んでいた苦悩、その半分も理解してやれず、父親を守ることもできなかった。
そんな男がどの口で言うのだ、と。
「結局、僕は昴くんがこうなるまで何もしてあげられなかったんだ。
昴くんのお父さんが殺された時も……僕は見てるだけだった。救えたかもしれないのに」
「……」
レギオンは何も言わない。
しゃっくりを上げて、ひたすらに無垢で潤んだ瞳をぶつけてくる。
「でもね、だからこそ僕は昴くんの傍にいる。
もう昴くんに辛い思いはさせたりしない。
絶対に……約束するよ」
なんと愚かで無責任な言葉だろう。
自分の記憶が戻らなくても構わない。
瑠美と龍我を元の世界に戻すことさえ放棄したも同然だ。
熟考の末に導き出した結論ではない、衝動的に発言したに過ぎないのだが、覚悟だけは本物だった。
この世界に永久に留まることになろうとも、それでこの子の涙を止められるなら。
「……なんだか、前後が違う気がするけど。
まずはこれを言わないといけないよね」
「……?」
「昴くん────ごめんなさい」
父親を守れなかったこと、救えなかったことへの謝罪。
極めてシンプルな、しかし誠心誠意を込めて、ダークディケイドは謝った。
*
その“ごめんなさい”を聞いて、レギオンは──昴は少し驚いたような様子を見せた。
最早口癖に等しい、生まれた時からいつも口にしていた“ごめんなさい”。
挨拶なんかよりもずっと言い慣れてはいたものの、言われたことなどほとんど無かった。
自分以外の口から、自分に向けられた“ごめんなさい”が酷く新鮮に感じられて、胸に込み上げた暖かい息がほう、と漏れ出る。
抱きしめる力が強まって、ふと下を見れば地面はもうすぐそこ。
なるべく昴が傷付かないよう、覆い被さるようにしているダークディケイド。
病院で見たどの患者よりもボロボロになっている身体で、そこまでしてくれることが嬉しくもあり、申し訳なくもあり。
だから、昴も謝ることにした。
「ううん……僕の方こそ、ごめんなさい。お兄ちゃん」
地面に激突する直前、ダークディケイドの耳に贈られたその響きは、とても滑らかで、安堵に似た感情を孕んでいた。
*
全身がバラバラになってもおかしくない衝撃。
だが、ダークディケイドが予感していたその瞬間はいつまで経っても訪れず、代わりにプニプニと妙な感触が背中を撫でていた。
それは、柔らかい何かを束ねて即席で作ったと思わしきクッション。
触ってみると、なにやらベトベトした粘度のある液体が付着した。
「これって……ああ」
一体なんなんだろう、とまで考えたが、傍らに現れた存在を見てすぐに納得できた。
「ありがとう、バイオグリーザ……さん?」
礼を述べられても特に反応はせず、クッションと化していた長い長い舌を巻き取ったバイオグリーザはそそくさと去っていく。
百を容易に越える量の生命エネルギーを貪らせてもらったことで、契約者への好感度が上昇していたおかげでもあるのだが、ダークディケイドの知るところではない。
まあなんにせよ、これで一安心というわけだ。
まずは昴の安否を確かめようと、腕の中に声をかける。
「昴くんは、だいじょ…………う……?」
ダークディケイドの腕に抱かれていた筈のレギオンはどこにも見当たらなかった。
────シュウシュウと消える、僅かな青い粒子以外には。
「……時間切れだったか」
混乱しているダークディケイドを他所に、降下したナイトが悔恨を幾分か滲ませた呟きを吐く。
時間切れ。それはミラーワールドにおける、避けては通れない絶対のルール。
ダークディケイド、ナイト、共に再変身を挟んでいる。
だが、レギオンはどうだ? 最初の変身から、果たして何分が経過していた?
突き付けられたのはあまりにも無情な現実。
その理解を拒絶し、必死に粒子を掻き集めようとするダークディケイド。
そんな努力は報われるはずもなく、指の隙間を擦り抜けた粒子は空の彼方に昇っていく。
声帯を潰すような慟哭が響き渡る戦場の片隅にある瓦礫の隙間から、その時を待っていたかのように三色の粒子が空に溶けていく。
先に昇っていた青の粒子を追いかけて──或いは抱き抱えて、やがて一つになった粒子は残酷なまでに澄み渡った青空の向こうへと消えていった。
ぽっと出サバイブ。ギミック装置感が強いのは否めない。
次回、ナイト編最終話です。