バロンの世界。
葛葉絋汰が鎧武にならず、呉島光実の龍玄がアーマードライダー第一号となった世界。
吐き気を催すほどの退屈。
それが呉島光実にとっての当たり前な日常だった。
市内でも有数の権力者「呉島家」の次男。その名に恥じぬよう、幼い頃からあらゆる勉強をさせられてきた。
同年代の子供達は楽しそうに遊んでいるのに、何故自分は。何度そう思ったことだろうか。
受験競争だけを念頭に置いた高校生活には学友と呼べる間柄の知人などできるはずもない。
街を牛耳る大企業「ユグドラシル・コーポレーション」の主任であり、光実の兄でもある貴虎が向けてくる過度な期待と、光実個人を全く見ていない的外れな助言も日々溜め込まれるストレスの一因だ。
だが、そんな光実にも心のオアシスと呼べるような時間はあった。
ダンスがちょっとしたブームになっていた沢芽市では多くの若者によってダンスチームが乱立された。
光実が所属している「チーム鎧武」もそのうちの一つである。
そこで踊っている間だけは自分が自分でいられた。
青春を謳歌する、なんて自分には到底不可能だと思われた時間を過ごすことができた。
縛られた優等生と自由な若者、二足の草鞋を履くそんな生活に唐突にも転機が訪れることとなる。
────面白いモノを手に入れたから見せてやる。四時に倉庫街で会おう。
リーダーの角井裕也から送られてきたメール。添付されていたのは、黒いバックルとブドウのロックシード。
元チームメンバー兼良き兄貴分である絋汰や、副リーダーの高司舞にも同様の文面が送られていたらしく、集まった三人で裕也を待つ中で事件は起こった。
迷い込んだ異界の森。
行方不明となった裕也。
そして白虎のようなインベスの襲来。
大切な人を守る為、光実は“変身”した。
それこそがアーマードライダー龍玄の記念すべき初陣であり、運命を選んだ日でもあり。
────忌むべき記憶ともなった。
*
「ミッチ、この人達は俺を助けてくれたんだ。
沢芽の外から来たアーマードライダーらしくて……」
「沢芽の外から……?
……なるほど、わかりました。なら僕にとっても、あなた達は恩人ですね」
仮面ライダー龍玄、呉島光実。渾名はミッチ……らしい。
服装こそ青と白のダボついたパーカーだが、その仕草一つ一つは彼の育ちの良さを実感させる。
聞けば、友人である絋汰がシェルターを密かに抜け出してきたことに気付き、一人で追いかけてきたのだという。
積もる話は山ほどあったが、ひとまず落ち着ける場所に移動しようという光実の提案には誰もが頷いた。
「ここが第三居住区。ユグドラシル・コーポレーションが管理する避難施設です。
約二百名ほどの市民がここで暮らしています」
光実の案内で、地下シェルターなる場所にやってきた大地たち。
だだっ広い空間の中、数多くの人々が思い思いの生活を送っており、
「YGGDRASILL」というロゴのゼッケンを着たスタッフらしき者もちらほら見受けられる。
ぱっと見た感じでは食糧難などに陥っている様子もなく、貯蓄は十分にあるらしい。
その様相は避難施設とは名ばかりの、集合住宅に近い規模であった。
しかし、すれ違う人々は老若男女問わず、皆悲痛な面持ちをしているのがやたらと印象に残る。
人々の隙間を練り歩きながら、光実の説明が始まった。
「数ヶ月前、この沢芽市では未曾有の大災害が起こりました。
街があんなことになっているのも、それが理由です」
光実が語った内容は主に三つ。
ヘルヘイムの森。異世界で生い茂る謎の世界。
「クラック」と呼ばれる次元の穴を通して、この地球にヘルヘイム由来の種や胞子を運び、驚異的な速度で繁殖させる。
成長した植物が実らせる不思議な果実には、なんと致死性の毒が含まれているらしいのだ。それを聞いた龍我は驚きながら胸撫で下ろした。
インベス。大地達が撃破した怪生物。
ヘルヘイム由来の生物であるインベスには植物の種を運ぶ媒介者という役割があり、襲われた傷からも植物が生えてくることがあるという。
案内されたシェルターには実際に侵食されている者達もおり、悶え苦しみながら死に向かう人々の姿に胸を締め付けられる思いを味わった。
特に感受性が豊かな瑠美には辛い光景だったようで、かなりショックを受けていた。
「クラックとインベス。この二つが合わさることで、ヘルヘイムは加速度的に地球を侵略しています。
専門家の予測によれば、あと10年もすれば世界は完全にヘルヘイムに覆い尽くされるとか」
「たったそれだけで……対抗策とかないんですか?」
「もしこのことが公になれば、世界中は大パニックになる。そして秘密裏に対抗する組織こそが、ユグドラシルだったというわけなんですよ」
そして最も衝撃的だったのが……スカラーシステム。ユグドラシルが開発した電磁波兵器。
数ヶ月前、ユグドラシルはこの兵器を発動して、街に溢れ出したヘルヘイムの植物とインベスごと沢芽市を焼き払った。
シェルターに避難できなかった約20万人にも上る市民のことなど御構い無しに、だ。
「そんな! じゃあ、あの街の惨状は全部ユグドラシルの──人間の仕業だって言うんですか!?」
「ええ……連中にとっては、市民の口封じも兼ねていたんでしょうね。
だからこそ、沢芽市の外にいる殆どの人が安心して暮らせているんですが」
これだけの内容を、光実は実に淡々と説明している。
まだ高校生ほどの若さだろうに、何故こんなにも冷静さを保っていられるのか、大地には不思議で堪らなかった。
しかし、その隣でワナワナと震える男はまた別の感情を募らせていたらしく──。
「ふざけんな!」
ガァン! と壁に握り拳を打ち付けた龍我。
血の滲んだその手が光実の襟元を掴み、今にも殴りかからん勢いで迫った。
龍我がどれほどの怒りを感じているのか────口には出さずとも、同様の感情を徐々に湧き上がらせている大地には手に取るようにわかる。
「黙って聞いてりゃ、仕方ないことみたいに言いやがって!
秘密を守るためならどれだけ犠牲が出ても構わないってか?
自分の住んでた街があんな風にされてるのに、なんでテメェは平気そうにしてるんだよ!
まさかユグなんとかの肩を持つんじゃねえだろうな!」
「僕だって憤りは感じてるさ!
でも、力を持った僕にはみんなを守る責任がある。
絋汰さんを含めたチームのみんなを守ることが精一杯だったんだ!
軽はずみな行いで取り返しのつかない失敗なんてできない!」
鬼の形相で怒鳴る龍我に対し、光実は一歩も引かない。
一触即発の雰囲気に大地が息を呑む一方で、瑠美は懸命に龍我を引き剥がした。
暴力を良しとしない、実に彼女らしい行動である。
「やめてください! 万丈さんが怒る気持ちもわかりますけど、自分の街が焼かれた光実さんはもっと辛いんですよ!?」
「そうだぜ万丈! ミッチは俺らを守るためにずっと一人で戦ってくれてたんだ。
ミッチがいなかったら、今頃俺だって……」
一瞬の静寂。
龍我はパッと手を離した。
「……そうだよな。すまねえ、怒鳴ったりして」
「……いえ。わかってもらえたなら、それで」
絋汰も取り成した甲斐あって、険悪な雰囲気はひとまず鳴りを潜めた。
光実は服装の乱れを正してから、さらに歩みを進める。
どんよりとした足取りの一行が次にやって来たのは、先ほどの侵食被害者とはまた別の患者がいる区画。
そこに並んだベッドで眠る一人の若い女性に、光実と絋汰は遠い目を向ける。
「舞さん」
「舞……」
名前もわからぬ機械と管で繋がれ、肌の大部分を包帯で覆われた彼女は答えない。
胸を薄く上下させる仕草が、辛うじて彼女の生存を確認させてくれる。
ネームプレートからわかったが、彼女は「高司 舞」という名前らしい。
光実によると、彼女は発見された時から今に至る数ヶ月間ずっと眠り続けたまま。
「さっきはああ言いましたが、避難できなかった市民にも生き残った人は僅かながらいるんですよ。
原因は不明ですが……スカラーシステムの被害が及ばなかった地域があった。
絋汰さんを襲った連中や、彼女──舞さんもそこにいた一人です」
「どうしてあの人達はシェルターに入れてあげないんです?
こんなに大きい施設なら────」
「数人ならともかく、全員はとても無理ですよ。貯蓄もスペースも全然足りない。
でも安心してください。なにもユグドラシルだって、悪戯に人を殺した訳じゃない。
果実の安全な摂取と、インベスからの自衛を為すための道具──この戦極ドライバーを外で生き残った人々に配布した」
「だからあの人達も変身を……。まあ、あの様子だと恨みは溜まってるみたいですけど」
こうして事情を聞いてみると、彼らが襲って来た理由もある程度は理解できてくる。
納得できるかどうかは別として、狂った行動ともあながち言い切れまい。
「幸いと言っていいか、それとも不幸か……絋汰さんのお姉さんもその中に含まれていました。
なんとかこのシェルターに入れようとしたんですが、ユグドラシルから見れば一般市民に過ぎない僕にはどうすることも……」
見ているこっちが胸を痛めるような、悔しさを表出させた顔を伏せる光実。
先の冷静な態度も弱気な自分を見せまいとする彼の健気な努力によるものだったのかもしれない。
光実に先導された一行とすれ違う人の数は減っていき、どんどん寂しくなっていく。
やがて行き着いた先は施設の中でも最奥の地。
ここまで来ると、もう大地達以外に人影は全く見られない。
「さて、
今度はそちらの番です。
今の沢芽は情報統制を敷くべくあらゆる面で封鎖されている。そう簡単に入れるとは思えません。
貴方達は何者なんですか?」
「光実さんには隠せませんね」
元より隠し立てするつもりもないのだが、絋汰にああ言った手前言い出す機会に恵まれなかったのだ。
こうして彼の方から場を設けてくれるのは、大地としても有り難い。
大地はこれまでの旅路と、ここに来た目的も包み隠さずに語った。
「別の世界だって!?
おいおい、いくらなんでもそれは……」
「しかもどの世界にも僕たちみたいなアーマードライダーがいて、インベスのような怪物まで……。突拍子もない事にしか聞こえないのが、正直なところだけど。
でもこちらを煙に巻くような嘘にも聞こえませんね。とりあえずは信用しましょう」
「そう言ってもらえるとありがたいですよ。
ここで躓くこともあるんで……」
「前は女装ライダー呼ばわりされてたもんな」
「なんで万丈さんがそれを!?」
控えめな歓談が張り詰めた空気を解きほぐす。
あの禁断の一件を瑠美に知られたことはちょいと痛手だが……いや、とんでもなく痛手だ。まあそこはいい。
「呉島さん、実は」
「──できればその呼び方はやめてください」
「は、はい。えっと、光実さん。実はもう一つ教えて欲しいことが……」
*
外はもうすっかり暗くなっていた。
彼方此方で散見される小火が焼け爛れた街灯の代わりを務めてくれているものの、真相を知った今となっては素直に有り難く思えない。
この街が築いたものを薪に燃える炎など、見ていて気分が良くなろうものか。
「この先か……。光実さんの地図が見やすくて助かった」
瓦礫の山を乗り越えながら進む大地。
目指す地は昼間に遭遇した黒影────シェルターに入れなかった市民達が寄り集まっているという居住区である。
これが首を差し出すに等しい危険行為なのは理解している。
それでも今は一人になれる時間が欲しかった。
当初は絋汰も同行を申し出ていたのだが……。
『そうやって絋汰さんが無茶を言った結果、ザックがどうなったのか。忘れてわけじゃないでしょう?』
『ッ! ……そ、それは』
これまた訳ありそうな事情であったものの、深い詮索は避けた。
光実の一言で唇の皮を破らんばかりに噛み締めた絋汰を見れば、とても追求する気にはなれない。
それに厳密に言えば今も大地一人ではないのだ。
「ケッ、瑠美たちと離れた途端にどん底に落ちた顔しやがって。
お前にしちゃよくさっきまで隠し通せたな、と褒めてやりてえよ」
「ポーカーフェイスなら、あのブドウ坊主も中々のモンだ。
アイツは上等な黒さを秘めてやがる……俺様好みの良い幹部になれそうだぜ」
「あの優等生野郎がか? お前の見る目も大したこと……いや、目しかない奴に言うのは残酷だったな。許せ」
ポーチ内の一羽と一個が繰り広げる通常運行は賑やかだと言えば聞こえは良いが、思考に耽るには邪魔だと思ってしまう。
無論、これも決して口には出さない。
(……僕は、ここで何と戦えばいいんだ)
人を襲うインベスか。
クラックから出現するインベスをモグラ叩き形式で潰していく。実にシンプルだ。
だが、シンプル過ぎる故にキリがない道でもある。
ならば、街を滅ぼしたユグドラシルか。
侵略に対抗する手段とはいえ、犠牲になった20万の人々を思えば到底許されざる行為だ。
あのタワーに殴り込みをかけ────いや、そんな面倒な手順を踏まずともダークディケイドの圧倒的火力ならばここから……。
(……まただよ。どうしてこんな風に考えちゃうんだ。
相手が人間なら殺しちゃいけないのに)
見上げたタワーから目を逸らし、大地は歩みを再開した。
やがて地平線の向こうに見えてくる、闇を赤々と照らす灯。
遠目ですら活気に欠けているとわかる人影。
とても標準的とは言えないが、人が営む生活の気配をあの炎から感じる。
「レイキバットさん達も静かにしてくださいね。……変身」
CLEAR VENT
ベルデに変身した大地はクリアーベントによって透明化。
なるべく気配を殺しながら、炎と人影に近づいていく。
戦うべき相手を知る意味でも、外で暮らす人々はこの目で見ておきたかったのだ。
疎らな人影は鬱蒼とした人々となり、最低限の瓦礫を退けただけの居住区が目の前に広がった。
かつて映画で観た……スラム街とかいう光景に似ていたが、映画の方がまだ活力に満ちていた気がする。
煤や泥で黒ずんだ顔は酷くやつれ切っており、会話もあまり聞こえてこない。
(……酷い。これじゃあまともな生活なんてできるわけないよ……。
あの人達があんなに怒るのも無理はないな。
それに……ベルトが無い人もいるのか?)
シェルターの人々も決して明るくは無かった。しかし、ここにいる彼らよりはよほどマシな生活を送れている。
そして気になったのは、腰に巻いている戦極ドライバーの有無が個人によって異なっているらしいこと。
ベルトを所有している者は比較的血色の良い若者や、体格の良い男性などが多くを占めており、逆に身体の弱そうな子供や老人などはベルトを持っていない。
この差は一体何を意味するのだろうか。
「ほら、がっつかないで。よく噛んで」
カサカサになったパンを食べる幼い子供と、父親らしき男性がいた。
どちらの身体もゴボウと見紛うほど細く、少し押しただけでポッキリ折れてしまいそうだ。
顔付きだって全く似ていない。似ていないのに────。
(昴くん……)
しばし感傷に浸っていると、人々の中でも特に体格の良い男が親子の元にやってきた。やはりと言うべきか、その腰には戦極ドライバー。
ビクついた子供の一生懸命に咀嚼していた口がピタリと止まり、縮こまる。
あからさまに恐れている反応に、男は下衆な笑みを浮かべた。
「おい! お前ら良いもん食ってんな! 俺にも分けてくれよ!」
子供の潤んだ視線を向けられても、無慈悲にパンを奪い取る男。
父親の控えめな抗議にも耳を傾けず、一口齧ったパンを吐き捨てた。
「チッ、カビたパンなんか喰わせやがって! 今度はもっとまともなモンもってこい!
……あん? なんだその目は。俺らがいなけりゃ怪物どもから身を守ることだってできやしねぇんだぞ!?」
顔面を蹴り飛ばされた父親に、子供が涙ぐんで縋り付く。
その上から踏み付ける男はとても常人の感性を持っているとは思えない。
そしてさらに信じられないことに、周囲の人間は誰も咎める声すら上げないことだ。
我慢の限界はとうの昔に迎えている。
クリアーベントを解除したベルデが男を止めようと駆け出したその時────。
「クキュイイイイイ!!」
響き渡る奇声。
集団で伝播する怯え。
声の主が何者であるのか、彼らは理解しているようだ。
顔を引き攣らせて逃げる者、ロックシードを構える者。
そしてピンク色の異形────イルカインベスの登場に、いよいよ恐怖は頂点に達する。
「怪物だ!」
「ドライバー持ちは戦え!」
マツボックリ、ドングリなどの鎧を着込んだ黒影がイルカインベスを排除せんと立ち向かう。
集団戦を仕掛けるライダーに対し、イルカインベスはたったの一匹。
低く威嚇するインベスの周囲を黒影達は取り囲む。
「よし、やっちまえ!」
一斉に突き出される槍やハンマー。
だが、それらがイルカインベスを貫くには至らない。その寸前で、渦を巻く高圧水流が黒影達を吹っ飛ばしてしまったのだ。
イルカインベスが発生させたらしい渦潮により、黒影の包囲網は一瞬で瓦解。
慌てふためき武器を振り回しているものの、間合いすら測れていない攻撃は一向に命中しない。
素人同然の烏合の衆を嘲笑うが如く、高圧水流は次々と黒影を打ちのめしていった。
打ち所が悪かったのか、ピクリとも動かなくなる黒影。
傍にいた子供が火がついたように泣き叫ぶ。
考えるより先に駆け出していた。
「もう見てられない……!
皆さんは下がって! 僕が相手をします!」
最速で接近したベルデのハイキックがインベスに突き刺さる。
苦悶の声を漏らしはするが、吹っ飛ぶまではしないイルカインベス。ベルデではやはりパワー不足か。
硬い手応えの足を解しながら周囲を見渡すと、ほとんどの黒影は離脱していた。
すれ違った何人かが恨み節をぶつけてきたので、恐らくはユグドラシルの者と勘違いされているのだろう。
まあ誤解は追い追い解けばいいか、と考えたところでこちらに駆け寄ってくる男を視認したベルデ。
しかもよく見れば、あれはさっき子供を蹴っていた胸糞悪い男ではないか。
(あのロックシードは……クルミかな?)
クルミ!
「変身ッ!」
クルミアームズ! ミスターナックルマン!
男が変じたのは、通常の何倍もの大きさの拳──クルミボンバーを武器とする戦士。
黒影とはまた異なるそのライダーは、アーマードライダーナックル。
重そうな両腕を揺らし、猛然と駆けてくる様にベルデは不安半分頼もしさ半分だった。
個人的な事情はさておき、共闘の意思を無碍にするのも気が引ける。
いざとなれば逃げてもらえれば、それで。
しかし、その認識は甘かった。
ナックルがベルデに向かって突っ込んだ直後、視界は弾けた火花で支配されたのだから。
「ガッ……!?」
肺から空気が押し出され、鮮緑の装甲に窪みが生じる。
「ッシャラア! てめぇのベルトも寄越しやがれ!」
「……は?」
胸を叩き潰された痛みは、それ以上の困惑と呆れに打ち消される。
こうしている間にもイルカインベスは逃げ遅れた黒影や、人々を襲っているというのに。
どうしてこの男はインベスではなく、自分に挑んでくるのだ?
「何を……何をしてるんですか!
インベスはあそこにいて、人を襲ってる!
これが貴方の今やるべきことなんですか!?」
「ゲヒャヒャ! あったりめぇだろ!
お前の力があれば、俺はもっと強くなれる!
もう怪物を恐れる心配もねぇ!」
大振りな一撃をこれでもかと繰り出してくるナックル。
回避は容易。その気になれば、撃破でも。
説得と制圧の選択肢が脳内で渦巻く最中、イルカインベスが子供を襲う光景が目に入った。
引き離されてしまったらしい父親は血を吐き出すような絶叫をしている。
戦う力を持っていながら、実に下らない理由で殴りかかってくるナックルは一切目もくれていない。
────堪忍袋の尾が切れる音が聞こえた。
「──いい加減にしろ!!」
チェンジ! ナウ
大地が生身を晒した刹那、魔法陣がナックルと自身の間を隔てる。
魔法陣を突き破ったストレートパンチ。
一撃でナックルを吹っ飛ばしたメイジはさらにその腕を伸ばす。
エクステンド! ナウ
危機一髪の子供を絡め取って救い、父親の元に返す。
一瞬呆気に取られていたが、しかしすぐさま気を持ち直した父親は小さく頭を下げると、子供を抱えて逃げ去った。
「てめぇよくも──」
ナックルを無視し、メイジは疾走する。
ベルデを超えたスピードで迫る途中、放たれた迎撃の水流は身を屈めて回避し、魔爪を振りかぶる。
ヒート! ナウ
紅蓮をそのものを叩き付けるようなネイルのアッパーがインベスの顎を揺らす。
インベスの口から涎が飛び散り──否、重力に逆らってとぐろを巻く渦は敵の武器だ。
水の檻にまんまと閉じ込められてしまったメイジ。
強引に突破できなくもないが、それなりのダメージは覚悟せねばならないだろう。
しかし、この檻はあくまでも渦。見上げれば空は見えるし、地に足は付いている。
メイジは冷静に指輪を交換し、ドライバーに詠唱させた。
リフレクト! ナウ
右手を足元に向けると、紅の魔法陣が出現する。
それを思い切り踏むことで、反発によって勢い良く跳ねあげられた琥珀の身体。
人間、怪物を問わず集中する視線を全身で浴びながら、メイジは最後の指輪をドライバーに翳した。
イエス! キックストライク! アンダースタン?
「ツァァアアアアアッ!!」
特濃の魔力が宿る右足を突き出すメイジ。
落下の運動エネルギーを上乗せしたキックはまるで槍のように、イルカインベス目掛けて一直線に落とされる。
高圧水流もなんのその、ストライクメイジは確かな手応えを伴ってイルカインベスを貫いた。
紅い魔槍が抵抗の水流を引き裂き、描いた虹を背景にイルカインベスは爆発四散したのだった。
「……」
爆風に煽られてか、イルカインベスが身につけていたと思われる布が宙に飛ばされていく。
焼け焦げたその色はインベスの体色と同じピンクであったが……。
メイジは空に向けていた視線を打ち切り、人々の安否を確認しようとしたが、そうは問屋が卸さない。
この身にひしひしと感じる敵意は未だ健在なのだから。
クルミオーレ!
バリア! ナウ
メイジまであと一歩というところにあったクルミ状のエネルギー弾は、堅牢な魔法陣に弾かれる。
バリア越しに感じた衝撃は拍子抜けする軽さで、ほんの僅かな痺れも軽く手を振れば消えた。
無視されたことを根に持っているのか、怒り心頭のナックルに振り返る。
周囲には槍を構えてジリジリ距離を詰めてくる黒影というおまけ付きだ。
もう溜息を吐きたくなる。
彼らの事情は同情に値するし、非難する資格なんて自分には無いのかもしれない。
それでも思ってしまうのだ。
これが、この世界のライダーなのかと。
「もうインベスはいません。
僕はここから立ち去りますから……。何もしませんから、それで終わりにしましょうよ」
「ならまずは持ってる食い物と、ベルトを全部置いていけよ!
ついでに命も貰ってやるよ。お仲間を呼ばれちゃ堪ったもんじゃねえからな!」
「ちげえねぇ! ユグドラシルの奴なんか、殺しちまった方がいいに決まってる!
俺らにはその資格があるんだ!」
敵意は膨れ上がるばかりだ。
こうなる危険を見越していたとはいえ、実際に目にするとここまで醜悪な光景だとは些か予想外だった。
助け合いを放棄した人々と、力に取り憑かれたライダー。
────こんな奴ら、守ってやるだけ損だ。
「……どうするんだ大地。大人しく帰してくれそうにないぞ」
「うん……隙を見てもう一回ベルデに────……え?」
突然として、全身から鳥肌が立った。
ナックルたちのチンケな敵意などとは比肩にもならない、圧倒的な存在感。
あらゆるものを跳ね除けるような孤独のオーラ。
赤と黒のボロボロのロングコートを羽織った、尖った目付きの男が静かに歩いて来る。
焼け落ちた跡のある服からは目を覆いたくなる火傷がチラチラ覗き、腰の戦極ドライバーも例に漏れず傷だらけで潜ってきた修羅場の過酷さを物語っていた。
そんな無数の傷痕を全身に彫り込んでいても、彼が放つ存在感は損なわれるどころか強調さえしている。
(なんだこの人……どうして、この人はこんなにも……孤独が似合うんだ……)
メイジだけではない。
ナックルも、黒影も呼吸を忘れてしまったかのように男を見つめている。
その場にいる全員の視線を浴びても男は顔色一つ変えず、歩みも止めない。
やがて彼が足を止め、口を開くまでの時間がやたらと長く感じた。
「フン、相変わらず浅ましい連中だな。
自らよりも強い者を妬み、欺瞞を振り翳す。
力を手に入れておきながら、やることといえばウダウダと他者に当たり散らすだけ。
ククッ、こうも醜いと笑えてさえくるな」
「う、うるせぇ! なんなんだお前! 何か文句があるってのか!」
「当然だ! 貴様は気に食わん。
貴様のような弱者が幅を利かせるなど、この俺が許さん!」
バナナ!
開錠されたロックシードはバナナ。
男は手元でクルリと回した錠前をドライバーにセットし、カッティングブレードを滑らかに倒した。
「変身」
カモン! バナナアームズ!
Knight of Spear!
メタリックレッドのスーツにバナナを象ったアーマー、アーマードライダーバロン。
西洋騎士に似た外見はどことなくナイトを彷彿とさせるが、前に立つ者を射殺さんとする刺すような視線はかの秋山蓮には無かったものだ。
大地がハッとなって取り出したカードの束には、目の前のライダーと同じシルエットのカードが存在していた。
「仮面ライダーバロン……!」
「気取りやがって……!
──ああ、そうか。あの赤いコート、テメェはこのベルトを持ってたあのビートライダーの仲間か!
なるほど、敵討ちってわけだ!」
合点がいったようなナックルであったが、そんな彼の言葉をバロンは鼻で笑い飛ばした。
「さっきも言っただろう。俺は貴様が気に入らん、と。
弱者を砕く理由などそれで十分だ!」
「チッ、クソが!」
疾走し、激突する両者。
自慢の拳だけを頼りにしたナックルによる殴打が騎士の装甲に火花を散らせる。
それに伴い、微かに揺れるバロンの身体。
だがそれだけだ。
力任せのナックルの拳では、揺らすのが関の山。
「やはりこの程度か。ハァッ!」
クルミボンバーを弾き、ナックルを突く一条の光。
そうして召喚したバナナ型の槍──バナスピアーを構えたバロンによる嵐のような連撃が始まりを告げた。
叩き付けたり、斬り裂いたりと、その太刀筋は槍というよりもサーベルに近い。
ナックルも負けじと拳を直撃させてはいるのだが、バロンの攻勢が緩む気配は無かった。
(なんて無茶な戦い方なんだ……ダメージが無い訳ないのに……。
まるで痛みそのものを無視しているみたいだ)
どんなに殴られても動じない相手が恐ろしく見えたのだろう。
膨れ上がった恐怖に比例して、ナックルが拳を振るう頻度も減っていく。
自身を守るガードの体勢に入っているが、バロンの突きに易々と踏破されるばかり。
「わ、わかった! 俺が悪かった!
アンタの言うことは何でも聞く! なんなら用心棒になってやってもいい!
俺とアンタが組めば──」
「口先だけの腰抜けなぞ、目障りにしかならん。
貴様はここで消え失せろ!」
ガードを完全に崩され、無防備を晒す胸に捩じ込まれる袈裟斬り。
上擦った悲鳴を撒き散らして転がったナックルは必死に後退りながら、周囲の人々に喚き散らし始めた。
「おいぃ! 何ぼーっと突っ立ってやがる!?
早くアイツを殺せ! さもないと────」
しかし、途中でナックルは気付いてしまった。
黒影を初め、あらゆる者がどんな目で自身を見ているのか。
それが「諦めの目」だと、気付いてしまったのだ。
「──ッッ! クソッ! クソッ!
こっちが下手に出てやれば調子に乗りやがって……!
俺には力があるんだよ!」
「ならば証明しろ。お前が俺よりも強いと。
俺を倒して、勝利の証を立ててみせるがいい!!」
「ぐっ……ァァアアアアアア!!」
クルミスパーキング!
眩い光がクルミボンバーを何倍にも膨れ上がらせる。
放たれた三連射のエネルギー弾はバロンへと炸裂し、大爆発を巻き起こした。
離れたメイジにまで届こうかという風圧と、思わず目を瞑るような閃光。
肩で息をするナックルの勝利を確信した笑いが途切れ途切れに漏れ出し────そして絶句した。
斜めに構えたバナスピアーが生み出したバナナ型の障壁。
ナックル渾身の必殺技は一つとしてその守りを打ち砕くに至らなかったのだ。
「トドメだ」
カモン! バナナスカッシュ!
「ヒッ……!?」
槍を抱えたバロンの跳躍にナックルは慄く。
許しを乞うように蹲る戦士だが、赤衣の騎士には情けも容赦もない。
懐に飛び込んだバロンの槍が装甲を貫通し、皮膚を破り、内臓を蹂躙する。
背中から突き出た巨大なバナナ、とは些か気の抜けるような光景であるが、その槍に滴る鮮血が凄惨な現実を人々に────大地に突き立てていた。
「ぎぃやぁああああっ!?」
耳をつんざく悲鳴。然る後に爆散。
バロンは血を払い、煙を上げて転がった戦極ドライバーを踏み砕く。
続けてクルミロックシードもドライバーの後を追わせようとしたが、ふと思い留まったように拾い上げた。
(殺した……何の躊躇いもなしに……)
「あのバナナ男、中々の者だな。
認めるのは癪だが……惚れ惚れする華麗さと激しさを持ってやがる」
「全くだ。ああいう男こそ俺様の組織に欲しいもんだが」
レイキバットとネガタロスからは好評な様子。かく言う大地も非道を働いた騎士が悪人とは思えなかった。
悪人でなければ、善人か? それも違うと断言できる。
ならばあのライダーは一体なんなのだ?
「待って……待ってください!」
去っていくバロンの背中はやはり孤独だ。
変身を解き、その背中を追いかける大地。
だがどういうわけだか、あのライダーとの距離が縮まる気配がない。
物理的に縮まっているのは確かなのに、追い付ける気が全くしないのだ。
「────いない……」
いつのまにか彼は消え、バイクの排気音だけが虚空に残響していた。
*
同時刻、ユグドラシルタワー上層階。
廃墟となった沢芽を一望できるこの部屋は、対ヘルヘイムプロジェクトの主任を務める男に与えられたものである。
「私だ。────ああ、その件はこちらでも確認済みだ。
一時間おきに保存したデータを凌馬に送っておいてくれ」
内線を切り、ふとガラスの外を見渡す。
かつての医療福祉都市は見る影もなく、目に映るのは血生臭い光景ばかり。
ガラスに反射した自身の顔も負けず劣らずの酷いものだ。
皺の山ができた眉間。
メイクかと思うほど黒ずんだ隈。
険しい顔を構成する多くのパーツがお世辞にも健康的とは言えないこの男。
名を呉島貴虎という。
「どうした、そんな病人みてえな顔して。
とても我らが主任殿には見えねえぜ」
「遅いぞ、シド」
入室してきた黒い帽子の男──シド。
自身の部下に当たるこの男の無礼な態度は今に始まったことではない。
貴虎が咎めないのは、彼がユグドラシルでも指折りの実力を持っており、実際に功績を残しているから。
良くも悪くも、貴虎は実力主義であった。
「それで一体何の用だい。
俺はこれでも多忙の身なんだがね」
「新しい任務だ。
早ければ十二時間以内に地上、もしくはヘルヘイムで戦闘が予想される。
お前にはロックビークル部隊を率いてもらいたい」
「ロックビークル? おいおい、たかがインベス如きに過剰戦力じゃないか?
その様子じゃアンタも出るんだろ」
「相手はインベスではない。
ユグドラシルも把握していない未知のアーマードライダーだ」
貴虎がシドに見せたモニター。
そこには、シェルター内で佇む大地の写真が写っていた。
イルカインベス。
書いて文字の通りな見た目の怪人。体色はピンク。
身体には人間の衣服っぽい布が巻かれていた。不思議だね。
次回更新は来週を目処に。
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