仮面ライダーダークディケイド IFの世界   作:メロメロン

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お待たせし過ぎ問題。次も時間かかります。申し訳ない。


新たなステージの幕開け

 

 

「レイキバットさん! もう大丈夫なんですか!?」

 

「よ、よせ! ベタベタ引っ付くな! 心配要らねえって言ってんだろうが!」

 

 客室とは名ばかりの独房で叩き起こされた大地は寝ぼけ眼を擦りながら戦極の元に案内された。

 そこでパタパタと元気に飛び回る白蝙蝠の姿に眠気は一瞬で吹き飛んだ。

 抉れて損傷していた箇所もほぼ元通りになっており、命の危険はとうに去っているように窺える。

 

「思っていたよりは難航したがね。まだ調整は必要だけど、こうして飛ぶのに差し支えない程度には修復できたよ」

 

「にしてもこんなに早いなんて……。戦極さんってとんでもない大天才なんですね! ありがとうございます!」

 

「うむ。喜んでもらえたようでなによりだ」

 

 戦極に鷲掴みにされ、透明のケースに放り込まれるレイキバット。

 ガミガミと抗議の声を上げているが、これも彼の為と思えば仕方ないだろう、と大地は心中で謝罪した。

 それから戦極は何らかの数値がびっしりと書き込まれた用紙を取り、大地の顔と交互に見比べる。

 まるでその数値と大地を照らし合わせるかのように。

 

「大地くん、君は自分が記憶喪失だと言っていたね。何か普通とは違うと思えるような事はあったかい? 

 例えば変身していなくとも速く走れたり、身体が頑丈だったり……」

 

「う~ん……そういえば何度かあったような。ダークディケイドライバーの副作用とか、多分そういう感じだと思うんですけど」

 

 大地が述べる言葉を手元の用紙に記入する凌馬。

 その書き留める姿勢からは、一言一句足りとも聞き逃さないという意志が感じ取れた。

 

「ふむふむ、やはりこのデータはそういうことか。

 ────いや、こっちの話だ。ほんの確認だから気にしないでくれ」

 

 そう言いつつもペンは未だに走っている。

 大地は恐る恐る覗いてみたが、内容はさっぱりだ。自分を検査して得られたデータなのだから、それはもう気になる。

 

 しかし、今はそれより聞いてみたいことがある。

 

「戦極さん、禁断の果実って知ってますか」

 

 戦極のペンがピタッと止まる。

 大地が質問したその一瞬、彼の顔が強張ったように見えたものの、向き直った時にはもう不敵な笑みに戻っていた。

 

「まさか君の口からその言葉が出てくるとは、少々面食らってしまったよ。なにせ実在するかどうかさえ怪しいシロモノだからね。

 余計な前置きは省こう。質問に質問を返すようで悪いが、君は禁断の果実が欲しいのかい?」

 

「要りません。誰かを倒さなきゃ手に入らない力なんて、無い方がいいに決まってます。

 それに、ベルトも無い僕にはどうしようもないでしょう」

 

「人格者らしい答えだねえ。だがそれがいいだろう。私としてもオススメできない。数え切れない敵との果ても見えない争いに身を投じる覚悟があるなら話は別だが」

 

 果ても見えない争いなど、言われただけでも身震いしてしまう。

 そんな戦いに挑む覚悟があの戒斗にはあるのだろう。そして大地にはそれがない。

 

「先も言ったように、禁断の果実に関しては存在に確信が持てなくてね。精々仮説がいいところさ。

 だからこそ、現実的な手段で侵略からの人類救済を成し遂げようと日々働いているんだよ」

 

 戦極でさえも疑うほどの物となると、いよいよサガラに乗せられたのではという疑惑が強まってくる。

 それとも戦極が嘘をついているのか────わからない。大地には嘘を見分ける眼はない。今は尚更だ。

 

 ぐちゃぐちゃに絡まった思考を解そうと視線を振った先、頑丈そうなケースに鎮座するレイキバットが目に留まる。

 

(別にいいじゃないか。禁断の果実があってもなくても。

 レイキバットさんはこうして無事に治ったんだから)

 

 レイキバットの最終調整が終わればまた知らせてくれると戦極は言った。

 それからどう行動すべきか、大地は未だ決めかねていた。

 

 

 

 *

 

 

 

 荒廃した街の中、場違いにもほどがあるスパイシーな香りが充満している。

 瑠美が混ぜる鍋の中身はたっぷり野菜の中辛カレー。

 隣にいる万丈の喉がゴクリと鳴った。

 

「今日も来ませんね……」

 

「来ねえな……」

 

「なー」

 

 来ない、とは勿論食事を振る舞おうとしている市民のことである。

 あの豚汁騒動があってから、ドライバー持ちとそれ以外との対立構造は決定的となってしまったらしく、こうして炊き出しをしても人は全然来ない。顔を合わせればまた争いになるのがわかっているからであろう。

 瑠美お手製のカレーライスはこんなにも芳しいのに。勿体ねえと万丈は思った。

 

「ほんとに悲しいことですね。ドライバーのあるなし関係なく、みんなにご飯を食べてもらおうと考えたのに、結局ドライバーのせいで誰も食べに来ないなんて。

 それとも私が平和ボケしているだけなんでしょうか」

 

「そんなことないって! 瑠美は普通で、みんなが……いや、この状況そのものがおかしいんだ。

 カレーの一つも満足に食えない世界なんて絶対に間違ってる」

 

「スカイウォールやら、スマッシュやらで俺の世界も平和とは言えなかったけど、カレーは誰でも食えたもんなぁ。

 こんないいニオイ出してんだし、ほんとはみんな食いたいくせによ。

 めんどくせえ世界だよな……あ、悪い絋汰」

 

「だからそう思うのが普通なんだって。平和だった頃の沢芽を瑠美と万丈、大地にも見せてやりたかったけどなぁ」

 

 しみじみと語る絋汰の横顔は乾いた悲哀が滲んでいる。

 時の経過と共に哀しみや怒りといった感情が風化していったような眼にはどれだけの悲劇が積み重なっていったのか、万丈には想像もつかない。

 普通の青年だった彼がこうなってしまう世界をなんとかしてやりたいと思う心がムクムクと育ってくる。

 

(……なんて思ってもよ。俺にはこうなっちまった街を救うことなんてできるわけねえし)

 

 が、それまで。

 元いた世界で戦っていた理由といえば主に自分の冤罪を晴らすこと。その過程で見ず知らずの誰かを助けたり、相棒の危機に奔走することもあったが、世界そのものを救うだなんてスケールの大きい話にはどうにもついていけない。

 最上魁星の事件だって世界の危機ではあったが、実質相手にしたのはカイザー単独でしかなかった。

 この世界を救おうと思えばヘルヘイムをなんとかするしかない。しかし、概念に近い敵をどうやって倒せばいいのかも考えつかないのだ。

 しかもこういう時に考える専門の相棒は隣にいない。

 

(モヤモヤが止まんねえ……ああくそっ、こういうややこしいのは苦手なんだよ)

 

 煙を上げそうな頭をさっぱりと切り替える龍我。

 これなら筋トレでもしていた方が捗るに決まってる。

 

 それからしばらく誰も来ない鍋の前でスクワットをしている時、隣の瑠美がポツリと呟いた。

 

「大地くん、今頃どうしてるんでしょうか……」

 

 ヘルヘイムで光実と逸れて行方不明になった、ということになっている大地。

 しかしながら龍我は昨日街で大地を目撃している。わざと声をかけなかった後ろめたさもあって、瑠美と絋汰には言いそびれていたのだ。

 

「あー、アイツなら────」

 

 

「奴ならユグドラシルの捕まっているぞ。あのタワーのどこかだろうな」

 

 龍我の告白を中断させた誰かの声とその出所に全員の注目が集まる。

 ボロボロの赤いコートをたなびかせるその男の顔は絋汰だけが知っていた。

 

「お前、戒斗じゃないか! なんでこんなところに……てか、その傷は手当した方がいいだろ! それになんでお前が大地の居場所を知ってるんだよ! それに捕まってるってどういうことだ!?」

 

「ええい騒ぐな! いっぺんに喋るな! 手当もいらん!」

 

 治療道具を抱えて寄ってくる絋汰を心底鬱陶しそうに跳ね除けて、戒斗は鍋を挟んで瑠美の前に立つ。

 彼の無言の意思表示に、瑠美もカレーをよそって紙皿に盛る。

 戒斗は座り心地の悪そうな瓦礫に座り、ホカホカのカレーライスをガツガツと食い始めた。

 

「おい戒斗ってば! 呑気にカレー食ってないで、俺の質問に答えてくれよ!」

 

「フン、飯を食うのに情報の対価を求めるつもりか? 随分とケチ臭い炊き出しがあったものだな」

 

「そういうわけじゃ……! もう、そういういつもの捻くれはいいからさ!」

 

(コイツ、なんだかんだ言う癖に絋汰を無視しないのか)

 

 決して仲が良いわけではなければ険悪でもなく、そんな微妙な空気を終始漂わせた食事はすぐに終わった。

 綺麗になった紙皿をゴミ袋に捨て、律儀にも瑠美に軽く手を挙げてから去る戒斗。

 絋汰が止めようとするのもお構いなしなところを見るに、もう言いたいことは言ったつもりなのか。

 

 そしてそんな戒斗と入れ替わるように、男がゆったりとした歩みでやってくる。

 なんてことはない。龍我にも瑠美にも見知った顔、ガイドである。

 

「おー、こりゃ美味そうなカレーだ。大地がいなくとも頑張ってるねえ御二方」

 

「ガイドさん……? どうしたんですか、こんなところで。カレー食べに来たんですか?」

 

「ちょっと二人の様子を見がてら、届け物をしに来た。あ、カレーは貰うよ。大盛りで」

 

「届け物ォ?」

 

 この男はガイドと名乗っておきながら、ライダーの記録は滅多に手伝ってくれないと大地たちが口を揃えて愚痴っていたことを龍我は覚えていた。

 ダークディケイドライバーを大地に与えたのも彼だというし、出会って日が浅い龍我には余計に胡散臭く見える。

 あからさまに悪そうなネガタロスの方がまだマシだ。

 

 訝しむ龍我に「ほれ」と投げ渡される大地のウエストポーチ。

 レイキバット以外の変身アイテムがギッチリ詰められたそれには驚かずにはいられない。

 

「これ、大地のベルトじゃねえかよ! なんでアンタがこれを……」

 

「大地が置いてったんだよ。負傷したレイキバットを治しに行く時にな。けどこのままだと俺にとっても、アイツにとってもヒジョーに良くない事態になるからさ。こうして君達に届けにきたというわけだよ。お判り? ────ん! 瑠美ちゃんのカレー絶品じゃないか!」

 

「困ったって言う割にはカレー食ってんじゃねえか……」

 

 しかしまあこうして変身アイテムの山を眺めていると、龍我にも今の大地が“ヒジョーに良くない”ことはわかる。

 こんな世界で変身手段を持たずに単独行動するのが危険であることは絋汰が身をもって証明していた。故にこそ碌な抵抗もままならずにあのタワーに監禁されてしまったのだろう。

 

 と、そこまで考えた龍我。

 しかし、ガイドの返答はその斜め上を行く。

 

「このままだと瑠美ちゃんと大地は死んじゃうから。な、困るだろ」

 

「あぁ、そりゃ困るな────はぁぁッ!? なんだよそれ!? なんでそうなるんだよ!?」

 

「そのポーチの中にはベルデのデッキもあるだろ。

 大地は契約したバイオグリーザに餌を与えなきゃならんが、監禁されてデッキもないんじゃあできないよな。

 そうなれば空腹に耐えかねたバイオグリーザは契約を無効として大地と、ついでに狙っていた瑠美ちゃんを食っちまうだろうさ。

 大地もこのことはわかってると思うんだけどなぁ……それだけ重症なのかねぇ」

 

「それ、困るとかいうレベルじゃないんですけど……」

 

 見えない相手に狙われる恐怖の突然の再燃に瑠美の顔が青くなる。

 これを阻止しようにも、もうデッキを手放したクローズではミラーワールドに入れない。

 デッキを大地の手に戻すしか手はないのだ。

 それは即ち、あのタワーに乗り込むということ。

 

「……俺が行く。てか、それしかねえだろ」

 

「好きにするといいさ。旅の道は君達次第、俺はただガイドするだけ」

 

「言われなくたってそうするっての。瑠美のことは頼んだ」

 

 龍我はポーチを肩にかけ、そびえ立つタワーを見据える。

 いざ走り出そうとした時、瑠美の柔らかな手が龍我に触れた。

 振り返ると、そこには真っ直ぐに見つめる瑠美の目があった。

 

「万丈さん。大地くんをよろしくお願いします。最近の彼、ちょっと頑張り過ぎちゃってますから。

 私じゃ万丈さんの足手まといにしかなりませんし、ここで私にできることをして待ってます」

 

 不安や怯えを隠し、気丈に振る舞う彼女が元の世界にいる友人と重なった。

 とある事情により家から外に出ることができず、みんなを見送ることしかできない彼女と。

 

『万丈。戦兎をお願い』

 

「────おう! じゃあ、行ってくる」

 

 異世界だなんだと言っても、やることは一緒だ。

 そんな風に考えて走っていると、何故だか頭がスッキリしてきた。

 そう、何が相手でもやることは結局変わらないのだ。

 

 気合一番、拳と掌が打ち合わさる小気味良い音が無人の街で鳴り響いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 住民の憩いの場となっているフルーツカフェ。

 やたら屈強なパティシエによる大人気洋菓子店。

 フリーステージでダンスを披露する若者のグループ。

 平和を享受して笑い合う人々。

 それらを呆然と眺める大地の横をきゃっきゃっとはしゃぐ子供が通り過ぎては、日常の中に溶けていく。

 

 大地はそこがかつての沢芽市──スカラーシステムに焼き払われる以前の街であると感覚で知った。

 だが、まさか破壊された都市が一夜で復興するわけもない。

 

「これは生き残った人々の記憶を辿って作った夢。

 君がこの世界に訪れる前の、数ヶ月前の街の光景だよ」

 

 気付けば大地の隣には少年が佇んでいる。

 まだ平和だった頃の街を好んでいるらしい彼は実に穏やかな表情だ。

 

「君は……この前の夢に出てきた人?」

 

「この街には争いはない。でも、それは見せかけの平和に過ぎなかった。

 一部の人間達は迫り来る脅威を隠し、何も知らない人々を犠牲にする。その結果訪れたのが、今の沢芽という街。

 そこでは運良く生き残れた人々もいた。ヘルヘイムに侵食されかけた環境で生き残る術も与えられた。それなのに……」

 

 光と熱が街を包み、全てを燃やし尽くす。

 安穏の中にいた人々も、ドリアンやドングリのライダーも、路地裏で蠢くインベスも。

 さっき大地の横を通った子供さえ、痛みを知覚する一瞬も与えられることなく蒸発した。

 夢と知りながらも、大地はその赤黒い焔に手を伸ばさずにはいられなかった。

 

「ここから先は君も知ってるよね」

 

 生き残った市民の反応は大体が似たり寄ったりだった。

 

 街の惨状に対する困惑、その後に絶望。

 住んでいた家を焼かれ、ごく僅かに残った食糧も彼らの生存を保証できるような量には決して届かず。

 空腹に負けて実った果実を口にしてしまえば、待つのはインベス化の未来。

 そんな地獄の環境下でユグドラシルが配布した戦極ドライバーは、市民全員に行き渡らせるにはとても足りなかった。

 

「三人に対して配られたベルトが一つしかなくても、その三人で使い回せば良かった。

 分け合えばみんなが助かる道だってあったのに。

 彼らは自分一人だけの安全と、憎み合うことを選んだ。

 結局君たち人類も僕たちと同じ滅びを迎えてしまう」

 

 醜い争いで命を擦り減らしていく民衆に対し、少年は憐憫と諦観を露わにする。

 

「……うん。多分、人間のそういう部分はどの世界でも不変だった。

 怪人が人を襲うだけじゃない。

 人が人を襲うし、怪人を襲う人だっているかもしれない。

 ファントムも、ファンガイアも、ロイミュードだって……根っこの部分は人間とそんなに変わらないんだ」

 

 これまで人殺しを忌避し、怪人だけを倒してきた。それが正しい行いだと信じてきたから。

 だから人と人とが憎み合うこの世界で、自分は戦う相手と理由を見失った。

 

 そして醜いと感じてしまう人間達は見れば見るほど怪人との区別がつかなくなり、途端に腕がズシリと重くなる。

 殺してきた怪人たちの命の重さが今更になって自覚したかのように。

 

「考えれば考えるほど戦うのが嫌になる。

 こんな血なまぐさいことをしてきた自分が信じられなくなっちゃう。

 ベルトを写真館に置いてきたのは利用されないため。それは嘘じゃないけど……もう戦わなくて済むんじゃないかって、期待する自分はいたんだ」

 

 戦いの渦中で激情に駆られ、他者を殺めようという衝動に身体を突き動かされる。そんな経験をすることがどんどん増えてきた。

 戦いの果て、いつか殺戮者と成り果ててしまうかもしれない自分が恐ろしくて堪らない。

 そんな大地の心情を察したか、少年は同調するように首を振った。

 

「僕たちはどこか似た者同士なのかもしれないね。

 そんな君だから、僕は話をしてみたいと思ったんだ。

 前に言いそびれちゃったね。僕の名前はラピス。よろしく、大地」

 

 少年──ラピスは自分の名を明かす。何故大地の名を知っているのか、追及する気はない。

 荒廃した街の景色は既に消え失せ、広がるのはひたすらの暗闇。

 その中でラピスの儚い笑みは溶けてしまいそうだった。

 

「……うん。よろしく、ラピス君────!?」

 

 ラピスの顔に波紋が広がり、闇の中にノイズが混じる。

 大地が起こった異常に驚く一方で、この現象の正体に勘付いたラピスは苦々しく口を開いた。

 

「蛇の干渉か……」

 

 

 

「夢に引き篭もるのも結構だが、その前にきちんと答えを出してもらわなきゃ困る」

 

「……あれ?」

 

 硬いベッドに殺風景な部屋。あの独房だ。

 大地は自身がベッドに腰掛けて、サガラと向かい合わせになっていることに気付く。

 そのあまりに突然の切り替わりに頭が追いつかず、狼狽してしまう。

 ここが現実なのか、もしくは夢の続きを見ているのかさえはっきりしない。

 

「一晩経って、そろそろ頃合いかと思ってな。

 どうだい、お前の答えは決まったか?」

 

「……」

 

「ここで延々と腐ってユグドラシルのモルモットになるもよし。

 ここから抜け出して再び戦場に舞い戻るもよし。

 力が必要だというなら、それも与えよう」

 

 サガラは懐から取り出したいくつかのアイテムをテーブルに並べる。

 異なる錠前が二つと、そして戦極ドライバー。

 またしても新たな力が大地の前に掲示された。特に眩い黄金の輝きを放つ錠前は見ているだけでビリビリくるような底知れないパワーが内包されている。

 

「さて、ゆっくり話していたいところだが時間の猶予はあまりない。こいつはお前にくれてやる。好きにしな」

 

「え……ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「その力、どう使うか。何を為すか。楽しみにしてるぜ、じゃあな」

 

 そう言うなり忽然と姿を消すサガラ。

 会話の暇もなく、本当に突然の出来事であった。

 言いたいことだけ告げてさっさといなくなるとは、と呆気に取られる大地。

 サガラの些か勝手が過ぎる態度に呆れる気持ちが、姿を消すという人間離れした所業への疑問を曇らせる。

 だが、それも戦極ドライバーの黒光りを目に入れた途端ブワッと噴出した冷汗に比べれば些細なものだ。

 

 イニシャライズがされていない新品同然のドライバーを大地は手に取り────瞬間過ぎった記憶が、それを思い切り投げ飛ばさせた。

 

「もういい……要らない! 力なんて無くていい!」

 

 もう何度目かになるかも知れない激闘の記憶が大地を蝕む。

 ガチャン、と音を立てて転がるドライバー。

 癇癪を起こす子供が如く、机上の錠前も投げて一刻も早く視界から消そうとするも、部屋の隅に転がってもその輝きは健在だった。

 たったそれだけのアクションで息を荒げる大地であったが、突如鳴り響いたサイレンが彼の肝も潰した。

 ベッドで丸まり、耳を塞いで怯えた小動物のように震える体たらく。

 彼の醜態を咎めたり、笑ったりする者はここにはいない。

 

『タワー内部に侵入者を確認。現在地は────』

 

『トルーパー隊に出動要請。侵入者は未知のアーマードライダーであり────』

 

 崩れ落ちる鬼塚が。貫かれる佐野が。血の海に沈む奏が。消滅する昴が。

 凄惨な記憶は底無し沼が如く大地を引きずり込む。

 チェイス、入山、美穂────助けられたかもしれない多くの人々も重しとなってより深みへと大地を誘う。

 

 戦えば、誰かを殺してしまうかもしれない。

 戦えば、誰かを守れないかもしれない。

 脳髄を掻き乱す葛藤が命そのものに向き合うことを臆病にさせる。

 

 それからどれくらいの時間が経った頃だろうか。

 相変わらずサイレンは鳴っているし、周囲の雰囲気はますます騒がしくなっている。

 常人なら文句の一つでも言いたくなるような騒音でも縮こまって震えている大地には届かない。

 

 だが、壁をぶち壊す青龍の息吹には流石に顔を上げた。

 

「オラァァァァッ!! 大地はどこだ────っていたぁ!」

 

 壁が崩落した横穴からサイレンにも負けない雄叫びを轟かせて、クローズが躍り出てくる。

 予想だにしない乱入者、それも知人の登場に目をぱちくりさせる大地。

 クローズはそんな大地を指差して一息ついているが、装甲のあちこちに刻まれた傷痕が彼の辿ってきた道中の過酷さを嫌でも想像させられる。出てきた穴の向こうには高価そうな機械やら黒影トルーパーやらで死屍累々としていたが、それでも肩にぶら下げたウエストポーチだけはしっかり守り通していた。

 

「万丈さん? なんでこんなところに……」

 

「ぁん? なんでって、んなもん助けに来た以外にあるかよ。

 ……いや、それだけじゃねえ。謝りに来たんだ」

 

「万丈さんが僕に謝ることなんて無いでしょう。むしろ僕の方が……」

 

「うるせぇ! 俺が謝りたいんだから謝んだよ! 文句あっか!」

 

 クローズ、まさかの逆ギレである。

 しかし、最底辺まで落ち込んだ大地のメンタルではそれすら受け止めきれない。

 わかりやすくしょぼんとしてしまった大地を見てばつが悪そうなクローズは小さく頭を下げた。

 

「俺さ、お前がこのタワーに行くのを見た時、わざと声かけなかった。お前なら大丈夫だろって勝手に納得しちまってた。あの時、俺が一緒に行ってればお前がこうして捕まる事もなかったかもしれねえ。

 そうだろ?」

 

「……」

 

「おい、なんで無言なんだよ」

 

「あの……僕って捕まってるんですか?」

 

「はぁ!? 違えのかよ!?」

 

 自覚云々の話ではなく、大地は本当に監禁されているつもりはなかった。

 ユグドラシルに協力を頼みに来たのも自分から。待遇もそこまで悪くはない。

 認識の差異にクローズも首を傾げるが……。

 

「てかそんなことはどうでもいいだろ! ほら、とっととこっから抜け出すぞ! お前が戻らねえと瑠美が大変なんだよ」

 

 ほら、とクローズの腕が鉄格子の合間から入る。

 大地は腕の先にぶら下げられたウエストポーチを受け取りかけて、しかしすぐさま手を引っ込めてしまう。

 

「駄目なんです……僕みたいな危ない奴が力を持っちゃ。

 この力は万丈さんみたいな立派な仮面ライダーが持つべきものなんです」

 

「な、何言ってんだ?」

 

 宙ぶらりんになって、受取手不在となったポーチ。

 しかし、それはクローズの手からするりと抜けて宙に浮いた。

 

「要らないというなら、私が貰っても構わないというわけだ。

 ではありがたく頂戴するとしよう」

 

「……なんだよこの声」

 

 響く第三者の声。

 驚いたクローズだが、声の主と思わしき人物はどこにもいない。いるのは独房の大地と自分だけだ。

 まさか幻聴か? と、自分の耳を疑い始めたクローズの背中を黄色い斬撃が斬り裂いた。

 

「うぁぁぁッ!?」

 

「万丈さん!」

 

 攻撃はあれど、その主の実態は見えず。

 この不可思議な現象を大地はつい最近目にしたばかり……どころか、自身も何度かした経験がある。

 具体例を挙げると──クリアーベント、透明化。

 

「殴り込んできたのはそちらからだ。ズルいだなんて言わないでくれたえよ?」

 

 浮いていたポーチを掴んでいた手から、彼は徐々に実態を現していく。

 光学迷彩を解除して出現したのは、ゲネシスドライバーを用いたバロンに酷似したレモンの装甲を纏いし戦士。

 アーマードライダーデューク──戦極凌馬が変身した姿であった。

 

「一つ訂正をしよう。大地くんを監禁状態にしていたのは間違いなく正しい。

 元より君を帰すつもりなんて無かったからね。貴重な実験体兼エサを手放すはずがないじゃないか」

 

「その声、戦極さん……? それにエサだって……!?」

 

「こうして君を捕まえておけば、君の仲間は何かしらのリアクションを起こすだろう。

 更なる異世界人の捕獲に、あわよくばそのテクノロジーもいただく。

 分が悪い賭けなのは重々承知の上だったが、まさかここまで上手く事が運ぶとはねー。ちょっと驚いてすらいるよ」

 

 そう、全ては凌馬が想定したシナリオだったのだ。

 喉から手が出るほど欲しいダークディケイドライバー、並びに他のベルトを手に入れる為に描いた筋書き。

 耀子を使って駆紋戒斗経由で彼らに情報を流したのも、凌馬の差金だった。

 

 デュークが得意げに語り、それを信じられない目で見つめる大地。

 

「正面から堂々と殴り込んできたのは予想外だったけどね。それなりの被害も出たが、こうして君達の持つ道具は全て手中に収まったんだから、まあ必要経費だったと納得しよう」

 

「どうしてそんなことを! 僕はあなた達の敵じゃないって言って、貴方も納得してくれたじゃないですか!」

 

「たしかにそう言っていた。だけどね、世の中必要とあらば味方にも牙を剥くものなんだよ。そういったことを予め想定して立ち回るのが賢い生き方ってものなのさ。君だって何度か経験してきただろう?」

 

「そんな……。じゃあ、僕はまた……」

 

「騙された、ということだ。ご愁傷様。君の心境を思うと私まで胸が張り裂けそうだよ、アッハッハッハ!」

 

 落ち込んでいた心がさらに奥底へと沈んでいく。

 鬼塚の時と同じことは繰り返すまいとしたのに、結局こうなってしまった。

 これから凌馬はダークディケイドライバーを解析し、そのテクノロジーで新たな発明を作るだろう。そしてそれが新たな争いと悲劇を生んでしまうのだろう。

 他ならぬ、戦いから逃げようとした大地の所為で。

 呆然と座り込んだ大地を鉄格子の向こうから見下ろし、高らかに笑うデュークへの怒りさえ湧いてこない。

 

「なに勝ったつもりでいやがんだよ……! 俺はまだ終わってねえぞ!」

 

 怒号と共に斬りかかるクローズ。難なく防ぐデューク。

 クローズがいくら力を込めてもソニックアローはビクともせず、逆にデュークが軽く持ち上げるような仕草だけでビートクローザーは弾かれてしまう。

 

「大したパワーだ。だが、私が特別にチューニングしたゲネシスドライバーには及ばない」

 

「うるせぇ! カタカナ並べれば強いもんじゃねえんだよ!」

 

 動きの精彩さこそクローズに軍配が上がるものの、基本的なスペックは全てデュークが凌駕していた。

 今も互角のように打ち合えてはいるが、デュークが本気を出せばすぐに決着はつくのだ。

 勝負を引き延ばしている理由もクローズの戦闘データが欲しいだけである。

 

「万丈さん……僕はもういいですから、あなただけでも逃げてください。こうなったのも全部僕の所為なんですから……」

 

「んなことできるわけねえだろ! コイツをぶっ倒して、一緒に帰るんだよ!」

 

 失意の大地が弱々しく撤退を促してもクローズは聞く耳を持たない。

 未だ無傷のデュークに剣を突き立てようと必死に斬りかかっている。

 

「俺は心のどっかでお前らを信用しきれてなかった。世界を巡る旅も他人事みたく思ってた。

 けど、瑠美は自分となんの関係もない人に美味い飯食わせようと頑張ってて、大地もレイキバのためにベルトも無しでここに乗り込んで……そんなお前らを俺ちょっと尊敬したんだよ」

 

 何度も剣を振るったことでクローズのスタミナは切れつつある。

 だがそれがなんだと、彼は斬撃をやめない。

 

「レイキバは口が悪いし、ネガタロスはまだ怪しいし、お前らのこともまだよく知らねえ。俺にわかるのは、大地も瑠美も違う世界の誰かにも必死に頑張れる奴らってだけだ!

 世界がどうとか、どうだっていい! 自分の世界に帰れなくなった俺の話を信じて迎えてくれた。

 だから……だから、駄目だ、こういうの上手く言えねえけど。

 とにかく! 俺はもうグダグダ考えたり、何もしない言い訳を探すのはやめた! これからは俺も一緒に戦う! 俺を信じてくれたお前らを信じる!」

 

 ヒッパレー! ヒッパレー!

 

 グリップエンドを二回引き、ビートクローザーが軽快なリズムを響かせる。

 未知のテクノロジーが織り成す事象にデュークの仮面の奥で戦極の目が輝いた。

 

「最初に決めた理由から何も変わりやしねえ。それがこのベルトを託された俺の────仮面ライダークローズの強さなんだよ!」

 

 ミリオンヒット! 

 

 豪快に振り切られた剣から飛んだ斬撃はデュークに直撃し、爆裂する。

 思わず顔を背けてしまうような爆炎に勝利のガッツポーズを握るクローズ。

 しかし、煙の先で仁王立ちするデュークには少しも揺らぎがない。

 

「今のはかなりの一撃だったね。通常のゲネシスだったら少し危なかったよ」

 

「なっ、今のやつでも駄目なのかよ!?」

 

 光の矢がクローズを吹っ飛ばし、動きのテンポをワンランク上げたデュークが悠然と駆け出す。

 クローズも死に物狂いで喰らい付こうとしているが、デュークのパワーには及ばない。

 ソニックアローの眩い刃がドラゴンの装甲を刻む光景を見せられて、鉄格子を握る大地の力が少し増した。

 

「やめて……もうやめて」

 

 大地は龍我を誤解していた。

 彼は完成されたヒーローなのだと思い込み、自分が負うべき責任まで押し付けようとさえしていた。

 しかし、彼は自分と同じく悩みに立ち止まる男で、その悩みを振り払って戦える。

 大地は抱くのも失礼な親近感、そして自然と湧いた尊敬感が今更ながらに万丈龍我が“仲間”だと実感した。

 

 その仲間がボロ雑巾のようにされる様を大地は見ているだけなんて、馬鹿げた話があっていいのだろうか。

 一方的になぶられるクローズはすぐ目の前、手を伸ばせば届きそうな距離。

 生身ではこの鉄格子さえ超えられない。

 どうすればいいのかなんて、とっくにわかっている。

 

 隅に転がるドライバーと錠前。誰かを殺してしまうかもしれない力。

 

 壁に押さえられ、幾度となく斬りつけられた身体から血飛沫が如く火花を上げて倒れるクローズ。

 

 大地はドライバーと仲間を一瞬見比べた後、意を決してドライバーを掴み。

 

 ────そして、世界が変わる。

 

 

 

「気をつけて。あなたは運命を選ぼうとしている」

 

 

 

 今、大地は再び在りし日の沢芽市に立っている。

 突然場面が転換するような現象にももう驚かない。

 ドライバーと錠前を握りしめて佇む大地の前で、青いパーカーを羽織った一人の女性が歩いている。

 高司舞──シェルターで眠っていた彼女はそんな名前だったと記憶している。

 

 タワーから降り注いだ熱と光は舞にも容赦なく襲いかかった。

 身を守る術を持たない彼女にはどうすることもできない。その筈だったが────。

 

「……バロン?」

 

 紅い影が突如として舞の前に躍り出て、レモンの輝きを解放する。

 放たれた扇状の光刃はさながら巨大な盾のように広がり、何事か叫んでいるらしい彼女を熱と光から守ろうとした。

 しかしスカラーシステムの威力は凄まじく、ゲネシスドライバーやソニックアローが悲鳴をあげるほどエネルギーを放出させようとも完全に彼女を守りきることは叶わなかった。

 

 そうして彼女と紅い影は炎に吹き飛ばされたが、その命まで焼くには至らず。

 威力を弱められたスカラーの炎は一部の市民を残して消滅するという副産物まで産んだ。

 

 

 これが沢芽市の現状を生み出した最後の真実であり、舞や一部の市民が生き残れた理由でもある。

 紅い影──すなわちバロンの身を投げ出すに等しい行為によるものなのは疑いようもない。

 

「あの人が……駆紋さんがあの女の人を守った? でもあの人はそんなこと一言だって────え?」

 

 ムクリと起き上がる舞の身体。

 思わず目を背けてしまう火傷は綺麗さっぱり無くなり、髪色も派手さの無い金に変化している。

 顔こそ舞と瓜二つなのだが、神性すら感じさせるその姿はとても同一人物には見えない。

 そしてその舞……かどうかも定かではないオッドアイの女性はゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

 

「あなたの前に開いてるのは戦わずに進める道。

 いつだって抗うことが、逃げ出すことより正しいとも限らない。そうすることでしか得られない安らぎだってある」

 

「それでも戦う力を選ぶのなら……どうか忘れないで。あなたの選択はより大きな運命を齎すかもしれないと」

 

 女性は忽然と姿を消し、何も見えない闇に大地だけが取り残された。

 手元にあるのはドライバーと錠前。

 現在進行形で直面している不思議な現象について思案するよりも、先に見えたバロンのことばかり頭を巡ってしまう。

 

「今のは時空を超えた思念体だね。『彼を知って欲しい』『この先へ進まないで欲しい』────そんな願いを彼女から感じた。

 それよりも……君はさっき要らないと言った筈の力を使おうとしたよね?」

 

 耳元でラピスの声がした。

 彼の純粋な興味からくるらしい問いかけに見合う答えを大地はまだ持っていない。

 蹂躙されるクローズを見て衝動的に戦極ドライバーを手にとってしまったが、迷いは未だに晴れていない。

 

 だから、目を閉じて思考を澄ます。

 これまでの全ての戦いを記憶から掘り起こし、一つ一つを丁重に洗い流していく。

 何度味わっても慣れない、誰かを喪う痛みがあった。

 色褪せることのない大切な出会いがあった。

 

 

 

 最初に守った瑠美の笑顔があった。

 

 

 

「────ああ、そっか」

 

 パズルのピースが音を立ててハマる。

 

「そういうことなんだ」

 

 人間は守らなければならないという義務感。

 それとは別に守りたいと強く願った人々。

 それらの人々は大地の中で重ならなかった。

 

 大地の腰にドライバーがあてがわれる。その所作は衝動に任せたものにあらず。確固たる意志があった。

 

「それを使えば、君はまた醜い戦いの中に戻ってしまう。

 その悲劇の連鎖に耐えられるっていうのかい? 一度は心折れた君がどうしてまた」

 

「耐えられる自信なんてないです。

 誰かの命を奪う戦いなんてしたくない。

 でも、ここで僕が戦わなかったら万丈さんがやられる。そんなことはもっと嫌だ!」

 

 闇が晴れていく。先のない光が見えてくる。

 答えはまだはっきりしていない。しかし、錠前を握る意志はもうブレない。

 

「ラピス君が期待しているような答えはまだ見つけられてないよ。

 僕はこれからもきっと弱音を吐くし、迷いだってする。

 だけど……死なせたくない人、死んで欲しくない人、大切な人。この人達を守る戦いからはもう絶対に逃げたりしない!!

 僕が最初に抱いた理由を忘れたりしない!」

 

 力強く言い切ると、胸に巣食っていた鉛のようなモヤモヤがまた軽くなった気がした。

 一歩、また一歩と闇から光へ歩いていく道の途中にラピスがいた。

 

「心が砕けてもまた立ち上がれる。もし君のような強さが僕にもあれば……ううん、全部過ぎた過去だ。

 僕が知りたい答えはそんな君が戦う未来と可能性にあるのかもしれない」

 

 ラピスが掲げた腕輪に光が灯る。

 そして、彼の目にも。

 

「最後に一つ聞かせて。

 憎しみ合う必要のない世界……君の夢で見た平和は本当にあると思う?」

 

 大地はわからない、と言おうとして、しかし飲み込んだ。

 

「……あるよ。絶対に」

 

「言い切るんだね」

 

「君が見せてくれた夢は僕が実現させるから。いつになるかはわからないけど、でも必ず」

 

 それはラピスへの返答であり、大地の決意表明でもある。

 この荒みきった世界で守るために戦うとはそういうことなのだろう。

 大地の言葉を噛み砕くようなラピスの頷きに呼応して、彼の腕輪が放つ光も輝きを増してくる。

 いよいよ直視できない眩しさになってきた時、大地が握る錠前と装着したドライバーにそれぞれ変化が起こった。

 

 錠前には白銀の輝きが彩られ、空白だったドライバーにイニシャライズが施される。

 

「不思議だよね。僕は一度諦めたのに、君の力になりたいと思ってしまう。大地の望んだ世界が見たいんだ。

 だからその時が来るまで、僕の力を君に託すよ」

 

 戦いたくなんかない。それこそが大地とラピスに共通していた願い。

 両者は夢と会話を通して互いの想いに触れ合い、今この瞬間に心を重ねた。

 

 大切な人を守りたい。

 争う必要の無い平和な世界を見たい。

 

 その為ならば彼らはもう一度力を手に立ち上がる。

 

 ロックオン! 

 

 さあ鍵は開けられた。

 闇が破れて、大地が舞い戻った現実ではクローズがデュークに追い詰められている。

 だが、なんの前触れもなく鳴り出した法螺貝の旋律に目を見開いて戦闘を中断していた。

 

「じ、時代劇か?」

 

「そんな馬鹿な! 何故君が戦極ドライバーを!? それにそのロックシードは……!?」

 

「変身!」

 

 大地がカッティングブレードを倒し、ロックシードの断面が開く。

 身に纏うは銀に輝く和風のライドアーマー。

 頭上に開いたクラックからは、蒼銀の果実。

 果実が花開いて装甲となり、この世界に来てからというもの飽きるほどに見てきた変身工程がここに完了する。

 

 

 銀リンゴの鎧兜は固めた決意と覚悟。

 地に立てて構える棍棒──蒼銀杖の名を持つアームズウェポンにはラピスの腕輪と同じ光が灯されている。

 邪悪を照らし、新たな世界を照らす白銀の光が狭き独房から溢れ出す。

 

 シルバーアームズ! 白銀 ニューステージ! 

 

 アーマードライダー(カムロ)

 今ここに大地が獲得した5つ目となる変身。

 

「どんな世界でも守りたい人は変わらない。そんな人達の為に、僕はこの力を使う! ハアアッ!」

 

 吃驚するクローズやデュークを尻目に、横薙ぎに振るわれた杖が鉄格子をスッパリ両断する。

 

「やはり私の知らないアームズ……! こんなことあり得る訳がない!」

 

 勇み飛び出した冠の穂先がデュークを突き飛ばす。

 彼としてはそのダメージより精神的なショックの方が絶大であったのだが、知ったことかと大地は攻め続ける。

 独房の外、この狭い廊下では杖のような長物を振り回すには適切ではないのだろう。だが、その狭さは即ち回避のスペースが無いことも意味しており、蒼銀杖の穂先をデュークは防ぐことも避けることもできていない。

 

「あのレモン、急に動きがぎこちなくなってやがる。どうなってんだ?」

 

 クローズと戦っていた時がまるで別人のようだ。

 そんな感想が浮かんでしまうレベルでデュークは鈍くなっている。

 正真正銘の自身が開発した技術で変身した未知のライダー、冠はその存在だけで凌馬を酷く混乱させてしまっているのだ。

 もしこれがレイやベルデであったならここまで優勢にはならなかっただろう。

 

 そして、そんな幸運は長続きしてくれない。

 戦極凌馬という男は一般的に天才と呼ばれるような者を鼻で笑い飛ばせるクラスの天才である。戦闘中であろうとも彼の思考回転は極めて速く、切り替えもまた同様だ。

 

 蒼銀杖の刺突が初めて防がれる。

 やられっぱなしだったデュークが冠の攻撃を弾き、ずいと顔面を寄せてきた。

 

「大地くん、君には驚かされてばかりだよ。

 そのドライバーに未知のロックシード。まずはその出所についてじっくりとお聞かせ願おうじゃないかっ!」

 

 微かな苛立ちのこもった膝蹴りが冠の胸を打つ。

 攻め手が入れ替わり、開始された怒涛の斬撃に冠は防戦を強いられてしまう。

 防ぐ側になると狭い廊下が今度は杖を妨害する役割を果たし、満足な防御すら難しくさせるのだ。

 こういった状況でも不自由なく扱えるソニックアローのなんと羨ましいことか。

 

「大地! 頭下げろ!」

 

 どんどん追い詰められていく冠は背中から叫びを聞いた。

 咄嗟にしゃがむ、というより背中から倒れ込むと同時、投合されたビートクローザーが視界に入る。

 クローズが投げ放った剣はデュークを浅く斬るのみに留まったが、彼の攻勢を一時中断させた方が大きな功績だった。

 

「二対一か。ならこっちも数を増やすとしよう」

 

 レモンエナジースカッシュ! 

 

 前方にて立っていたデュークの背後にもう一人のデュークが現れる。

 さらに冠とクローズを挟んで、彼らの後方にもデュークがもう一人。

 

「双子、いや三つ子か!?」

 

「分身か!」

 

 計三人となったデュークが代わる代わる突撃してきては、斬撃を叩きつけてくる。

 トリックベントやイリュージョンなど、大地は類似した技をいくつか知っていたものの、その対策までは熟知していない。

 故にクローズと共に翻弄されることを余儀なくされていたが、いくつかの斬撃が身体を透過していることに気付く。

 

 これは実体の伴わない分身。より正確に言えば映像投影で分身したように見せかけているだけの技。

 冠の兜にある前立が閃光を飛ばして煌めいた。

 

 シルバースパーキング! 

 

 ドライバーを三度カッティング。雄々しく掲げる蒼銀杖。

 デュークが及ぼしている現象を見破ってはいないし、対策を閃いたわけでもない。

 “ただこうすればいい”と、そんな風に呼び掛ける声が冠を動かした。

 

 デュークの分身が残らず消滅したのはまさにその時である。

 

「何ッ!? まさか、これも君の仕業か!」

 

「どうしてこうなったのか、聞かれても答えられませんよ」

 

 ラピス──本名はシャムビシェ。

 彼の夢を司る力はシルバーロックシードに居を移してなお健在だ。

 夢を創り、夢を魅せ、夢に生きる。されどその本質は見失わない。

 

 いかに戦極凌馬が天才でも。

 いかにデュークの性能が優れていようとも。

 

 それが夢幻である以上、冠の力で打ち払えない道理はない。

 

「あなたはレイキバットさんを治してくれた。僕を騙したことへの恨みもありません。

 ただ一つだけ許せないのは、僕の仲間を傷つけたことだ!」

 

「許されないだって?

 ククク……まったく、馬鹿はこれだから参ってしまうなぁ! 

 許されないのは君の方だ! 私の知らないロックシードを使ってこのデュークを超えるなどあっていいはずがあるものかぁぁッ!!」

 

 シルバースカッシュ! 

 

 レモンエナジースカッシュ! 

 

 創世弓を彩る鮮黄の刃。

 腰を深く落として構えられる蒼銀杖。

 

 武器と武器のぶつかり合いで勝てる確率は恐らく五分五分。こちらが扱い慣れぬ長物であることを考慮するならもっと低い。

 この冠の鎧がいかに堅牢であろうとも、デュークの必殺技を耐え切れる保証はどこにだってありはしない。

 

 故にこそ、冠は杖を投擲した。

 

「なっ……!?」

 

 武器を投げ捨てるという突然の暴挙に瞠目したデュークが思わず足を止める。

 しかし、この行為が破れかぶれの愚かなものだと思ったならそれは大間違いだ。

 

 かつて「イクサの世界」で、斬撃を繰り出すと見せかけて、全く別の技へ繋ぐ為に武器を投げつけるテクニックを名護がしてみせたことがあった。

 その時のイクサを再現するかのように、冠はデュークが停止するのを待たずして駆け出していた。

 

 銀の拳には空気を震撼させる白銀のエネルギー。

 両者が交差し、圧縮された果汁がスパークする。

 

「ぐあああああっ!?」

 

 デュークが殴られ、叩きつけられた壁が崩落し、粉塵を巻き上げて吹っ飛んでいく。

 確かな勝利を実感させてくれる、敵を打ち砕いたライダーパンチ。

 レモンの装甲を凹ませた己の拳はぶるぶると震えていた。

 

(人を殴るのってやっぱり痛いんだな)

 

 冠としての記念すべき初勝利を喜ぶ感情は欠片も湧いてこなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 しっかりと理由を見出して、覚悟も決めた。最悪、デュークを殺してしまう可能性だって考えていた。

 にもかかわらず、他者を傷付けた事実を殊更に重く感じてしまうのは何故か。

 結局、命の奪い合いに差していた嫌気は消えていない。大地の心のより深くへ食い込んだだけに過ぎないのだ。

 

 

 人を全力で殴った拳を見つめ、打ちひしがれるように佇んでいる冠。

 

 その背中をバンッ! と衝撃が叩いた。

 敵襲ではない。詰め寄ってきたクローズの仕業である。

 

「うわっ!?」

 

「大地ぃ、お前がアイツぶっ倒しちまうなよ! これじゃ爽快と助けに来た俺のヒーロー的カッコよさが台無しじゃねえか!」

 

「はあ……す、すいません? 次からは控えておきます」

 

「いや、そもそも捕まらなくていいから」

 

「僕としては捕まってたつもりはなかったんで────じゃなくて!」

 

 きりがなさそうな会話は強引に打ち切る。

 

「万丈さん、ありがとうございました。

 改めて、これからよろしくお願いします!」

 

「お、おお、こちらこそ。あとポーチ忘れんなよ」

 

 戦闘の途中で手放されたらしいポーチを、クローズが瓦礫の中からひょいと持ち上げる。

 冠が中を覗くと、ずっと振り回されて目を回してしまったネガタロス(というか目そのもの)が呪詛を呟いていたが、聞かなかったことにした。

 

「おい、レイキバはどうしたんだよ。一緒に捕まってたんじゃねえのか?」

 

「だから捕まって……いえ、なんでもないです。レイキバットさんはきっと戦極さんの部屋に保管されてると思います」

 

「はぁ〜? こんなクッソ広い建物でお前探し出すだけでも苦労したのに、あんなちっせえ蝙蝠まで探すのかよ。

 ここからの行き方はわかんのか?」

 

「戦極さんの部屋ならやっぱり……」

 

 同じ相手を思い浮かべた冠とクローズが振り返る。

 だが、当の本人は吹っ飛ばしてしまったばかりだった。

 

「……地道に探しましょう」

 

「マジかよ……」

 

 

 

 *

 

 

 

 そして、タワーの外では。

 

「────狼煙は上がったな」

 

 耳をつんざくけたたましいサイレンを鳴らすタワーを見上げ、重々しく呟くセイヴァー。

 夜の街灯に群がる羽虫が如く、彼の周囲で蠢いていた無数の異形がゾロゾロとタワーを目指して前進していく。その様子を見届けてから、セイヴァーはとある方角を目指して跳躍する。

 

 先に見えるのは、戦火の血生臭い煙とは正反対の芳しい香りを醸し出す炊き出しをする男女。招かれざる客の登場になにかと喚いているが、聞く耳を持つ必要はない。

 

「見たこともないアーマードライダー……ってことはアンタユグドラシルか!」

 

「時間が押している。そういうお決まりの問答はお友達の光実くんとでもしておけ」

 

 変身もできないのに、瑠美を庇うように飛び出した絋汰は実に勇気のある青年と言える。

 一般人にしては並外れた運動神経も持っており、下級インベス程度ならいなせたかもしれないが、相手は百戦錬磨の戦士。どんなに強い蟻でも象は倒せないのだ。

 絋汰を手早く気絶させ、担ぎ上げたセイヴァーは自身が来た道を逆に跳ぶ。

 

「俺はいよいよ完璧な復活を遂げられる! さあ、戦いを始めようか!」

 

 

 

 

 

 

 

「さてさて、もう勝ったつもりでいるその余裕はいつまで持つか。なあ、ドウマ?」

 

 昂りを抑えきれない紅の鎧武者を見上げて、苦笑するガイド。

 手元にある骨の模様をした錠前を弄びながら、彼はゆったりと食後のコーヒーを楽しんでいた。

 

 

 

 

 





バロンは残り3話くらいかな?

来月更新を心がけます

大地くんのライダー、どれが好き?

  • メイジ
  • レイ
  • ネガ電王
  • ベルデ
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