仮面ライダーダークディケイド IFの世界   作:メロメロン

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エタってはいません。俺がエタらせたと思わない限り、エタったことにはならないからな!


覚醒の日

 

 

 

 ドラスの肩からレーザーと砲撃が連続して放たれる。

 目に映る者全てを焼き払う波状攻撃。ダークディケイドと斬月が咄嗟に身構える中、バロン・ゴールデンアームズは一歩前に出た。

 

「無駄だ」

 

 左手に掲げた大型の盾──アップルリフレクター。

 押し寄せたレーザーと砲撃が織り成す灼熱の波に真正面からぶつかり合う。

 スイカアームズの重装甲すら木っ端微塵にできるその超火力は、ダークキバやローグのような防御に秀でたライダーでもダメージは免れない。

 たかだか盾一枚で凌ぎ切れる筈がない。

 

 その筈なのだが。

 

「フン」

 

 盾がレーザーに焼かれようが、砲撃をかまされようがバロンはビクともしていない。

 何の苦も無しに押し返した盾の光は波状攻撃を瞬時に打ち消してしまった。

 

『────』

 

 自身の最大火力、その成果が鼻笑い一つに終わった。それも、さっきまではあんなにズタボロだった男によって。

 不快感から顔をギチギチ引き攣らせたドラス。

 槍状に尖らせた尻尾の先端がバロンの背後へ周り込む。

 眼が追い付かない、なんて生易しい表現では済まない速度。不意打ち以外の何物でもないその攻撃を、バロンの複眼はしっかり捉えていた。

 

「大した速さだが……今の俺にはそうでもない」

 

 バロンの持つ白い剣──ソードブリンガーが振るわれる。

 ドラスの尻尾が貫くよりも速く、そして外すこともなく。

 両断され、地に落ちた尻尾はバロンに踏み砕かれた。レモンエナジーの必殺技を何度も直撃させてようやく、といった硬度をまるで感じさせないように。

 

「今度はこちらから行くぞッ!」

 

 それなりにあった筈のドラスとの距離を一息に詰めるバロン。

 重厚な鎧という外観の印象に反するこのスピード。レモンエナジーアームズのように小回りこそ効かないものの、直線的な移動……突進速度はこれまでのバロンを明らかに超えており、その尋常ならざる脚力を証明していた。

 

 音すら置き去りにする接近からの斬撃。

 これだけで必殺級の威力があったが、しかし対峙しているドラスもまた常識破りの怪物。

 素早く身を捻って剣の軌道から逃れ、カウンターの鉤爪をバロンの胸部に叩き付ける。

 ゴールデンアームズとなって飛躍的に上昇した防御力であっても受け止め切れない凶悪な一撃。

 

「ぐっ……!」

 

 激しく火花を噴き上げて吹っ飛んだバロン。

 蓄積されたダメージも考えると既に戦闘続行は不可能。

 だが、バロンは多少フラついたぐらいですぐに体勢を整えた。

 

 パーフェクトドラスに追随できるだけの超火力、超防御力、超回復能力────これぞ黄金の果実に齎された祝福。

 骨が折れた右腕で剣を扱えるのも痩せ我慢だけでは無い。断じてない。

 

『結構やるね、バナナ……いヤ、リンゴのお兄ちゃん。デも、所詮は人間。体力はいつまデ保つかな?』

 

 ドラスの指摘は尤もである。

 今のバロンとドラスは大凡互角、もしくはドラスがやや強い程度。しかもコアを破壊しない限りドラスは何度でも甦る。そのコアの所在も誰も知らないときた。

 一万回ボディを潰してもドラスは一万一回目の復活を遂げるだけ。

 戒斗に限界はあるが、ドラスに限界はない。

 

「知れたことを。貴様が滅び去るその時まで、俺は戦うことをやめたりはしない!」

 

 ゴールデンスカッシュ! 

 

 啖呵を切って力強くカッティングブレードを倒すバロン。

 雷電を纏いし剣を大きく掲げ、ドラスを一直線になぞる斬撃から生まれたのは黄金の衝撃波。

 迎撃に出るは、ドラスのありとあらゆる攻撃。

 互いを噛み砕くような凄まじい爆風を巻き上げた後、相殺される。

 

 ドラスがここまでしなければ相殺できない必殺技、というのも凄まじいが、強力無比な一撃を使用しても倒せないドラスもまた恐ろしい。

 

 必殺技が防がれたことにさして落胆する様子もないバロンは再度前進を開始する。

 未だ収まらぬ爆風の中にも盾を構えて突破し、一気に至近距離まで接近。

 そして放たれる神速の突き。槍を好んで使っていた経験を存分に活かした一撃でドラスを貫く。

 

『アハハ! こっチだよ!』

 

「ッ! 残像か!」

 

 貫いたのは残像であったことに気付くのと、背後からおぞましくも幼気な声が聴こえたのはほぼ同時。

 脊髄を粉砕しかねない前蹴りは辛うじて盾で防げたものの、ドラスの姿は再び掻き消える。

 

 ゴールデンアームズの強化されたスピードは確かに速いが、あくまでこの世界のライダーでは最速というレベル。それではドラスの超加速にまでは追いつけないのだ。

 しかし、追いつけないから倒せないというのも否である。

 

(攻撃の瞬間にだけ、奴の脚は止まる。奴の動きを予測し、カウンターを叩き込めば────)

 

 と、戦略を組み立てたその一瞬。

 緩慢な軌道で飛んで来た大きな黄色の円盤が思考を遮る。

 攻撃の意思は感じず、しかし不審な物体には変わりないそれはバロンの鎧に吸い込まれ、そして。

 

 高速化! 

 

 どこからともなく響く、やたらテンションの高い音声。

 そしてバロンはドラスと同じ超加速の世界へ突入した。

 

「『ッ!?』」

 

 突然目の前に現れた敵にとりあえず打ち合う両者。

 鉤爪を剣で弾くこと数回、バロンは己に起こった事象とそれを起こした張本人を同時に察した。

 

(……フン。余計な真似を)

 

 いつの間にやらトロフィーらしきオブジェ。

 それらをせっせっと壊して、メダルを集める黄色い鎧武者。だがこれは正しくはアーマードライダーではない。

 

 ダークディケイドが仮面ライダーレーザーへとカメンライドしたフォーム、DDレーザー。

 今の姿はチャンバラバイクゲーマーと長ったらしく呼ばれることも、単にレベル3と呼ばれることもある。

 バロンで言えばマンゴーが精々のスペックしか備えておらず、パーフェクトドラスを相手取るには役不足にも程があるフォームだ。しかし、その事実だけで大地の選択をミスと断じることはできず。

 

「駆紋さん! これ、使ってください!」

 

 お目当てのメダル──エナジーアイテム──をまたしてもバロンに投げつける。

 下手な介入では却ってバロンに不利に働くと考え、大地が編み出したサポートがこれ。

 生温い援護などより、バロン本人の直接強化の方がよほど有効的だという発想。

「手出しは無用」と切って捨てることもできたが、バロンは黙ってエナジーアイテムを受け入れた。

 

 マッスル化! 

 

 バロンの肉体が一瞬肥大化する。

 筋力の増加がそのままパワー強化に繋がり、威力を増した斬撃がドラスを深く斬り裂いた。

 

 伸縮化! 

 

 ドラスは尻尾をドリル状に伸ばし、全方位から串刺しにしようとする。

 これほどの広範囲なら盾ではカバーしきれない。

 そんな攻撃にもバロンは伸縮性を纏わせ、鞭のようにしならせた剣で全てを弾く。

 

 鋼鉄化! 

 

 それでも防ぎきれなかった刺突は、鉄壁となった身体で堂々と受け止めた。

 エナジーアイテムのエの字も知らぬドラスは後手に回るばかり。

 こうして拮抗していた戦局は徐々にバロン側へ傾いていく。

 

 ドラス視点でバロンに次々と謎の強化を遂げさせるDDレーザーへの敵視が高まり、一瞬だけバロンから注意が逸れた。

 ほんの一瞬でも、カッティングブレードを倒すには十分だ。

 

 ゴールデンオーレ! 

 

 アップルリフレクターに集いし聖なる光。

 盾から溢れ出した光の奔流は収束率を高め、極太の光線となって飛ぶ。

 

 返り討ちにしてやろう、と自身の火力に絶対の自信を持つドラスは先の斬撃を相殺した時よりもさらに出力を高めたレーザーを初めとして、全遠距離攻撃を一斉に放つ。

 

 が、放とうとして、光が放つ輝きに眼を焼かれて、一時的なエラーがドラスに生じた。これで返り討ちはおろか、相殺も不可能となる。

 そうなれば後はただ着弾するだけ。

 

『グガァァアアアッ!?』

 

 ドラスの額から足の爪先まで、光の濁流は余すところなく飲み込んでいく。

 光の圧力、そして熱にすり潰されていくドラスの身体が分解を始めた。

 それほどまでに暴力的で、一切の歯向かいを許さない光。

 最初の斬撃で寸断されかかった身体には堪える衝撃。

 

 やがて光は収まり、爆発が起こる。

 ユグドラシルタワーに並ぼうかという高さの火柱に包まれて、パーフェクトドラスは完全に消滅。

 

『今の光にはビックリしたよ! これが人間の言う"ヒヤッとした"ってやつなのかな?』

 

 そして何事も無かったかのように新たなパーフェクトドラスが地に降り立った。

 

「あの光を食らってもまだ復活できるだなんて……ドウマの切札っていうのも伊達じゃない、か」

 

 焦りの滲んだ呟きをDDレーザーが零す。

 初戦の際はネガタロスに任せきりであったが、こうして対峙してみれば彼が敗北を喫したというのも肯ける。

 黄金の錠前でパワーアップを遂げたバロンの火力ならばあるいはと期待したものの、結局攻略の糸口は見出せず。

 ドウマもとんでもない置き土産を遺してくれたものである。

 

『大地よぉ。イタチごっこを繰り返すのもその辺にしておけ』

 

「ネガタロス?」

 

 眼魂を通して語りかけてくるネガタロス。

 無尽蔵に再生を繰り返すパーフェクトドラスとの戦闘をイタチごっこと称した彼も、この難敵の脅威は身を以て知っている。

 

『アイツを召喚したドウマはもうくたばったってのに、消滅する気配は微塵もありゃしねえ。

 そういう機構なのか、それとも────まあ、それについては後でいい。

 お前が今すべきはアイツとチンタラやり合うことじゃなく、アイツの核を潰すことだ』

 

「核……でも、バロンのあの光でも壊れない核なんてあるんですか?」

 

『別に身体の中にあるとは限らんだろうさ。悪の最強怪人を運用するなら、その核はアジトに隠しておくもんだ。そうでなけりゃ……まあ自分か仲間に預けておくか』

 

 そんなこともわからんのか、と言いたげなネガタロスの溜息。

 しかし悪の常識を語られたところで大地にはわかる訳がない。とりあえず相槌を打つことで収めておいた。

 ここは彼の言葉を信じるとして、そのドラスの核を潰す必要が出てきたわけだが、困ったことに探し当てる手段がない。

 

「形も大きさも場所もわからない物を探せるライダーなんて流石にいないなぁ……」

 

『こういう雑用こそあの馬鹿やゴミコウモリの仕事だろうによ。もっと使える部下が欲しいもんだが……いやその前に俺様のボディをだな』

 

 それこそ無い物ねだりを仕方あるまい。

 結局まともな打開策は見つけられないままに、DDレーザーはバロンの加勢をすべく駆け出した。

 

 

 

 *

 

 

 

 ドラスには核がある、というネガタロスの見立ては正しかった。

 元来、ネオ生命体とは生体プールに浸かっていなければ長時間の活動もできない存在。ドラスもその活動用の端末でしかない。

 しかし、メガヘクスとの部分的な融合によりその弱点は克服されてしまった。

 わざわざ大掛かりな生体プールに浸かっている必要もなく、しかも遠隔操作での端末の構築および再生まで可能となったのだ。

 

 そして問題はその本体であるネオ生命体がどこにいるかであるが────

 

「あーあ。また倒されちゃったね。これからどうするんだい?」

 

 黄金の斬撃が通算4体目のパーフェクトドラスを撃破する場面をモニター越しに見つめる光実。

 彼が今居るのは兄の執務室。部屋の主は未だ戦場におり、他の職員もこの騒動の解決に奔走している。

 この空間にいるのは彼一人のようだが、今の呟きも単なる独り言ではない。

 彼に応じる答えはその手元から響いた。

 

『やることは同じだよ。リンゴのお兄ちゃんが強くなったのはビックリシちゃっタけど、そレでも僕には勝てっこなイもん』

 

 自身が握っている握り拳大のカプセルに光実が視線を落とす。

 蛍光色を発する緑の液体と浮かぶ"019"のナンバー。

 これこそがメガヘクスの力と相性の良いロイミュードを取り込んだネオ生命体の新たなコア。

 眼前で次元違いの激戦を繰り広げているパーフェクトドラスを動かしている本体が光実の手にあるとは今でも信じ難いものがあった。

 

「駆紋戒斗たちを倒して、それからどうするのさ」

 

『うーん……ドウマのおじちゃんももうやらレちゃったし、僕の世界にハもう戻れないと考えていいかな。とりあえずリンゴのお兄ちゃんが持っテる錠前を奪って、それから黄金の果実っていウのも採りに行くよ。そウすれば僕はもっト完璧になれルんだから!」

 

 その無邪気な口調とは到底かけ離れた野望を聞かされても、光実が返すのはふうん、と関心の薄い返事だけ。

 だとしてもネオ生命体はそんな態度は気にも留めない。

 そしてそんな会話をしている合間に5体目のパーフェクトドラスが細切りにされてしまった。

 

『……ねえ、ブドウのお兄ちゃンも錠前持ッてるよね。ソれ、ちょうダい』

 

 やはりエネルギーが補給されていない身体では黄金のバロンには敵わない。これはもう認めるしかない事実である。

 しかし、このまま持久戦が続けばドラスが勝つのは確実とはいえ、神に至る自身の身体が何度も潰されるのも気に食わない。

 そこで新たに複製した身体の補給源として、ネオ生命体は光実のロックシードに目をつけた。

 

「君の身体は今も戦闘中じゃないか。一体どうやって補給をするっていうんだい」

 

『メガヘクス本来の能力なラ複数の身体を同時に作れたンだけど、まだ一体ずつが精一杯ナんだ。だからあの身体を一旦こっチに呼び戻すよ』

 

 

「そいつは止めてもらおうか」

 

 

 その声の主は突然現れた。

 

 果実の代わりに骸骨を纏ったようなアーマードライダー。

 誰もいなかったはずの空間に佇み、大剣を光実に────正確には手元のネオ生命体に向ける。

 反射的にブドウロックシードを構えるも、その行為が全くの無駄であると光実は理解してしまっていた。

 

 ──コイツには勝てない。

 兄ほど戦術眼に長けてはいない光実でも、それでもこの確信は崩さない。

 

『仮面ライダーナインティーンだっタよね。こうシて僕本体を狙いに来たっテことは、やっぱりダークディケイドの仲間なのカな?』

 

 光実には未知のライダーだが、どうやらネオ生命体は既に知っていたらしい。

 しかも全く動揺していない様子からこのナインティーンとやらが来ることもある程度予測していたと見える。

 

(冗談じゃない! せめて事前に知っていれば対策の立てようもあったのに!)

 

 恐らく実力は黄金のバロンと同等か、それ以上。

 そんな存在を黙っていたネオ生命体への憤慨から光実は舌を打つ。

 自信があるのは結構なことだが、それで足元を掬われるなど言語道断。パーフェクトドラスがここに駆け付けるより、ナインティーンがコアを破壊する方が早いなんてどんな馬鹿でもわかるはずのに。

 

「もうドウマは負けた。奴の置き土産にいつまでも粘られちゃあ、こっちも次の世界に行けないんでね。ま、これもガイドの一環さ。

 ────そういうわけなんで、そのカプセルを渡してもらおう。そうすれば君の邪魔はしない」

 

 大剣を担ぎ上げ、歩み寄るナインティーンの口調は意外にも敵意が感じられない。

 カプセルを渡せば光実には手を出さない、ということか。信じるかどうかは別として。

 

『心配は要らなイよ。とっておキの遊び相手を用意しておイたからね!』

 

 薄く輝くカプセルから二つの光球が吐き出される。

 空中で静止した光球はそれぞれ飛蝗、蝙蝠の姿に変わり、なんともおぞましい叫びを轟かせた。

 ネオ生命体が生み出したその分け身であり、機械によって強化された怪人である。

 

 コウモリ男。クモ女。

 

「おやまあ、これまた厄介な能力だ」

 

 猪突猛進の勢いでナインティーンに襲いかかる二体の怪人。

 言葉とは裏腹にさして脅威にも思っていなさそうな様子で大剣を持ち上げるナインティーン。緩慢な動きに見えて、隙は無し。

 

 ブレイド! 

 

 クモ女がワイヤーのような糸を吐き、コウモリ男が空から突っ込む。

 知能の無い畜生らしからぬ連携に感心したような息を吐き、ナインティーンの黄泉丸が宙で踊った。

 そのたった一振りだけで、拘束しようとしていた糸は全て絡め取られ、その片手間に錠前を開錠させる。

 

 ブレイドアームズ! Sword of Spade! 

 

 白銀の鎧を被るアームズチェンジから、さらにその仮面が一瞬だけ赤く染まる。

 相手を粉々に砕くコウモリ男の空中体当たりが今まさに直撃しようとする最中、ナインティーンは静かに一息吐く。

 

「──ハッ」

 

 軽い掛け声の後、真っ向に振り下ろされる大剣。

 帯びていた雷電が迸り、コウモリ男の身体が半分に割れる。

 泣き別れになった身体の両方が炎上し、ほどなくして燃え尽きた。

 瞬殺された片割れに目もくれず突撃していくクモ女であったが、あの調子ではそう持つまい。

 

「……ここまでか」

 

『お兄ちゃん?』

 

 クモ女が突破されれば後はもう光実が戦うしかない。

 しかしながら、彼は戦うどころかドライバーを取り出す素振りさえ見せない。

 きょとんとした声で疑問を呈するカプセルが光実の手から離れ、地面に落とされた。

 間違えて落としてしまった、なんてことはない。故意に置いたのだ。

 

「これ以上君に付き合って僕に何の得があるっていうのさ。

 ナインティーンがここに辿り着いた時点でもう君の負けは決まったようなものだよ」

 

『だカら、僕を置いて逃げるんダ?』

 

「ああ」

 

 龍玄に変身したとて、ナインティーンにはどう足掻いても勝てない。

 だったら彼の目的らしいネオ生命体はとっとと切り捨てて、その関係性を他の者に悟られぬ内に離脱するのが賢い選択だ。

 そもそも今回彼らと手を組んだのも、絋汰に余計な真実を教えかねない大地たちの始末を狙ったことが始まりだった。

 ここで引き際を見誤ってネオ生命体との関係が知られてしまえば、それこそ本末転倒なのである。

 

 ナインティーンが起こす竜巻の刃に刻まれるクモ女を見届けることなく

 踵を返す光実。

 その場に残したネオ生命体の後始末はナインティーンがつけてくれることだろう。

 

『ソれは困るなぁ。僕にはマだお兄ちゃんが必要なのに』

 

 泣き落としが通用する間柄でもないだろうに。

 神を自称する割には幼稚なことを言うものだと呆れた光実が足早に去ろうとして。

 

 ────カプセルから伸びた触手が光実を捕らえた。

 

「なっ────」

 

 驚愕が声に出る前に口を塞がれ、触手に取り込まれていく光実。

 彼が持つ戦極ドライバーと全ての錠前諸共、ネオ生命体に吸収されていく。

 その行程は、まるで光実の身体を骨組みにして新たな肉体を形作るようでもあった。

 

『言ったでしょ、お兄ちゃんはホケンなんだって』

 

 ホケン。ほけん。保険。

 時折口走っていた言葉の意味を今更ながらに理解して。

 光実は最後まで繋いでいた意識を手放し、ネオ生命体の新たな依代として完成された。

 

『────!!』

 

 金属を叩きつけ、激しく擦ったような咆哮。

 グニャグニャと変異を繰り返す筋肉が隆起し、鋼色の肉体に深緑のラインが横断する。

 邪悪な龍と言う他ない醜悪な顔がこれまたグニャリと歪む。

 そしてクモ女を斬り捨てたナインティーンへ向け、胸から放たれた巨大光弾が着弾した。

 

 この区画が丸ごと吹き飛ぶかのような衝撃と粉塵。

 パーフェクトドラスの攻撃と遜色ない破壊力を受けてもナインティーンは健在であった。

 

「アルティメットD……それが最後の切札ってか。しかもパーフェクトドラスに取り込んでいた怪人のデータもそのまま上乗せされてるときたもんだ。こりゃ厄介だなぁ」

 

 大きく振られた黄泉丸の剣圧が視界を塞いでいた粉塵を払う。

 壁には大穴。光弾を放った主はもうそこにはおらず。

 逃げられた、ということだろう。

 

「先に力を蓄えようって魂胆ね。もう再生はできないだろうが……はてさてどうなることやら」

 

 そう独りごちて、アルティメットDが向かった戦場を見つめるナインティーン。

 彼としては加勢してもいいのだが、大地の前に姿を見せるのはまだ避けたいとも思う。

 どうするべきかと思索にふける中で、近付いてくる騒がしい足音もナインティーンは察知していた。

 

「なんっでこのタワーはこんなにだだっ広いんだよ! 地図くらい置いとけっての!」

 

「何回同じ道を走れば気が済むんだお前は! 自分が辿ってきた道順くらい覚えておけ、この馬鹿!」

 

「んだとぉ!? 助けに来てやった恩人にその言い草はねえだろ! だいたいお前機械なんだからカーナビとか付いてねえのかよ!」

 

「あるか!」

 

 ぎゃあぎゃあと喧しく騒ぎながら、出口を探すクローズとレイキバット。

 そんな二人の漫才じみた会話を無言で眺めるナインティーン。

 どれだけ会話と逃走に夢中になっていても、床に突き刺した大剣にもたれかかっているライダーがいれば誰だって気付く。

 ギョッとした様子のクローズが横の穴と交互に目をやりつつ、ナインティーンに人差し指を向けた。

 

「なんだテメェ! ユグドラシルの仲間か!」

 

「まっさかあ。俺は本来なら今のお前達とは関わる者じゃない。敵でもないし、味方でもない通行人さ。ここで顔を合わせていようがなかろうが、君たちの旅路にはなんら影響がない」

 

 そう答えたナインティーンの声はやけにくぐもっており、レイキバットの眉間に皺が寄る。

 レイキバットだけは一度ヘルヘイムの森でナインティーンと遭遇していたのだが、機能停止寸前であったが故に認識もはっきりしていなかった。

 

「つまり……えーと、敵でも味方でもないってことか! ならよし!」

 

「復唱しただけで納得したつもりなのか……?」

 

 まるで理解できていないクローズに冷静に突っ込むレイキバット。

 しかし、一刻も早く脱出しなければならないこの状況下では謎のライダーなんぞに一々構ってもいられまい。

 シンプルな思考回路とは時として最適解となることもあるのだ。

 

 かくしてクローズと掴まれたレイキバットはアルティメットDが開けた大穴からアクロバティック大脱出。

 タワー上部からの自由落下に対する悲鳴を聴いてちょっと吹き出しつつ、ナインティーンは今度こそアルティメットDを視線で追う。

 

「────! おやおやこいつは……!」

 

 予想を超えた惨状っぷりに声を上げるナインティーン。

 そんな彼でも、ドライバーのブレイドロックシードが放ち始めていた淡い輝きには未だ気付けていなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 復活したばかりのパーフェクトドラスをバロンが貫く。

 そしてまた復活したドラスのレーザーを盾で防ぎ、剣から衝撃波を放つ。

 そんな終わりの見えない根比べのような戦闘は突然幕を下ろした。

 

「ドラスが崩れていく……?」

 

 朽ち果てたように崩壊するパーフェクトドラス。

 バロンの攻撃を受けたからという訳でもなく、本当に唐突な出来事だった。

 まさか、度重なる連戦で再生が上限に至ったとでも言うのか? 

 

 DDレーザー、バロン、斬月・真、誰もが困惑して佇む中で強烈なプレッシャーを伴うインパクトが地上に突き刺さる。

 ドラスが消滅したというのに、安息の時は未だ訪れないらしい。

 絶え間なく変化する戦場にいい加減嫌気を感じながら、しかしDDレーザーは警戒して剣を構える。バロン、斬月もまた然り。

 

 ユグドラシルタワーから高速で落下してきたそれが光実を吸収したネオ生命体の新形態、アルティメットDであることは言うまでない。

 

「また敵!? でももうドウマは……」

 

「タワーから、だと……!?」

 

 理由は大小異なれど、その出現への困惑を口にする各々。

 虚をつかれたライダー達は結果としてアルティメットDに初撃を許してしまう。

 全身を痺れさせる咆哮が合図となり、襲いくる怪人の豪腕。真っ先に狙うのはバロンであった。

 その意図は散々身体を潰された恨みか、それとも最強の敵を先に倒すという戦術か。どんな理由にせよ、アルティメットDが繰り出した打撃は余りにも速く、そして強烈な威力を秘めていた。

 

「フンッッ!」

 

 しかし、バロンの対応もまた速い。

 普通の者であれば突然の乱入者に困惑する、正体を考察するなどによって対応が遅れていたかもしれない。

 だが、相手が敵対行動を示した時点でそうした面倒な過程を全てすっ飛ばし、敵の攻撃に対処する。バロンとは、駆紋戒斗とはそういう男なのだ。

 

 アルティメットDが振るう豪腕には方向を合わせて盾を振り抜くことで受け流し、その勢いのままに剣を叩き付ける。

 地球上のどんな金属よりも遥かに硬いアルティメットDのボディに一筋の傷が走り、咆哮に微かな苦悶が混じった。

 だが敵もさる者で、瞬時に飛び退いてバロンからの追撃を避けてしまう。

 

「下らん。そんな不意打ち紛いの攻撃、今の俺には通用しない」

 

『ソウみタいだね。でも安心シたよ。こんナに速く潰れてくれタら面白くなイもん!』

 

 不快な音を混じらせる子供っぽい口調。こんな声で喋る怪人などそうそういる筈もない。

 

「その声、もしかしてドラス……?」

 

「だろうな。往生際の悪い奴め」

 

『ひどイこと言うなぁ。だいタい、往生際が悪いのはお兄ちゃん達の方じゃナい?』

 

 やはり、ドラス。

 一向に補給の叶わないパーフェクトドラスを捨てて、全く別の怪人となったのか。

 姿形こそ別物ではあるが……あの声だけは間違いようがない。

 最凶の敵が更なるパワーアップを遂げただなんてとんだ悪夢である。

 こちらにバロンがいなければ恐らく勝負にさえなっていないのに。

 

(もうカメンライドを何回もできる体力もない……それにパーフェクトドラスみたいに何度も再生できるならどうすれば……)

 

 実力がかけ離れた相手への恐怖。

 自身の消耗から生じる焦り。

 大地の中で浮かんでは消えていく後ろ向きな思考。

 それは時間にしてみれば数秒にも満たない黙考であったが、アルティメットDが接近するには十分過ぎる時間でもあった。

 

 敵の拳が届く距離になって慌てたDDレーザーがようやく武器を突き出したものの、そんな急場凌ぎが通じる相手ではなく。

 アルティメットDの表皮に弾かれたガシャコンスパローは後方へ飛ばされ、ライドブッカーを構え直す時間を惜しんで放った回し蹴りも効果は無い。

 相手の首にクリーンヒットした爪先から伝わる硬い金属を蹴った感触と、蹴った脚に広がる痺れが何よりの答えである。

 パーフェクトドラスと対峙した時と変わらぬ最上級の戦慄を抱いてDDレーザーが息を呑んだ。

 

 ここは一旦退くべきだとネガタロスが告げている。

 大地の本能もまたけたたましく警告音を鳴らし、即刻飛び退こうとした身体に鋼鉄の拳が放たれた。

 胸に丸ごと穴が空いたと錯覚してしまう衝撃は、ライダーゲージの著しい減少となって表れる。

 ゲームオーバー間近のダメージ過多により消失するチャンバラバイクゲーマーの装甲。

 暗転しかけた視界を埋めたのはアルティメットDの凶悪な面構え。

 

『じゃあ、いただキまぁす』

 

「しま────」

 

 身体を襲う急速な虚脱感が最後まで言葉を告げさせない。

 外装のダークディケイドはおろか、中にいる大地ごと吸い込む感覚。

 アルティメットDに触れられた箇所から同化されていき、ついには意識までが溶けていく。

 

(吸収される!? くっ、カードを……!)

 

 腰のライドブッカーに手を伸ばそうとしても、脳が出した命令に腕が従ってくれない。

 そんな感覚そのものが吸収されていく恐怖に鳥肌を立て、身体まで自分のものでなくなっていく。

 抵抗虚しくも飲み込まれていく大地はアルティメットDの背後から刃を突き立てんとするバロンを見て────そこで一旦視界か闇に閉ざされた。

 

 

 

 *

 

 

 

 パーフェクトドラスと入れ替わりになって現れた怪人、アルティメットDにもバロンはさして脅威を感じていなかった。

 多少なりともパワーアップはしていたようだが、このゴールデンアームズを纏った今の自分なら打倒できない相手ではない。

 その見立ては間違いではなかったのだが。

 

『アハハハハハハハ!! お兄ちゃんに少シ似た気配がしタ時はマさかと思ったんだ! 僕はモッと完璧に成れたんだネ!』

 

 一瞬でダークディケイドを吸収したアルティメットDはもはや以前までのドラスとも比べるべくもない。

 筋骨隆々の肉体が鮮血の色に染まってグロテスクに蠢いている。

 高らかに笑う口から飛び出た"お兄ちゃん"という言葉はこれまでと違った響きが込められていた。

 

 しかし、そんな情報の何が重要となろうか。

 アルティメットDの核たる存在が決定的に変化してしまっている。

 欠けていた部品を補って、完全な姿を取り戻したかのような印象を抱かせる雰囲気。

 この敵を前にして、先までにあった勝利の確信が今の戒斗にはない。

 単にダークディケイドを吸収して力をコピーしただけでこうはなるまい。

 

 今の彼がパーフェクトドラスとはまた違う完全態、レッドドラスに限りなく近くなったことを指摘する人物はここにいない。

 自身の半身を吸収して初めて至れる姿になった事実は当のネオ生命体本人ですら本格的には理解しきれていないのだから。

 

『この黒いベルトのお陰カナ? あのお兄ちゃんには感謝しなくちゃ。

 アリガトウ、ってね! ハハハハハハ!』

 

「化け物め……!」

 

 事情をまるで知らぬ斬月も敵の撃滅を強く決意する。

 引き絞り、顔面を狙い放つソニックアロー。

 その耳障りな笑い声ごと叩き斬らんと振り下ろされるソードブリンガー。

 バロンと斬月の同時攻撃が未だに笑いを止めないアルティメットDの顔面で激しく炸裂した。

 

『────人間ならこレは痒いって言うんダよね』

 

 1ミリたりとも動じないアルティメットDから蔑みが洩れた。

 パーフェクトドラスの時でもダメージは免れない威力はあった筈だが、今の紅く染まったボディの硬さはそれ以上。

 思わず戦慄を抱くバロンに対し、これまた高速で、しかし無造作に剛腕が振るわれる。

 バロンはこれを盾で受け止め、逆に切断してやろうと剣を掲げたが、そんな反撃の目論みは一瞬で崩れ去った。

 

(重いッッ!?)

 

 ドラスのあらゆる攻撃に耐えてきた盾が弾かれてしまっている。

 殺しきれず、伝わる衝撃の強さに盾を握る腕が悲鳴を上げていた。

 すぐさま握り直し、盾を手放す事態だけは避けられたものの、このようにバランスを崩されてはまともな反撃などできようものか。

 

 オーバーロードを凌駕するパーフェクトドラスも、既存のアームズとは格が違うゴールデンアームズも凄まじい力を誇っていたが、このアルティメットDはそれらのインフレがおままごとに思える程度には強力だった。

 こうまで絶大な力を目の当たりにしてしまうと戒斗も閉口せざるを得ないのが正直なところである。

 

 なんとか衝撃を殺しきって、しかし硬直してしまったバロンにまたしても紅銀の拳が振り下ろされる。

 芸の無い力任せで、しかしバロンを屠るだけの十分な威力を含むその一撃は、彼等の間に滑り込んだ横薙ぎの刃にめり込んでいた。

 

 メロンエナジースカッシュ! 

 

「ハアアッ!!」

 

 バロンを庇った斬月・真の必殺技はアルティメットDの拳を受け止めはしたが、完全に防御するには僅かばかり威力が足りず。

 諸共に吹っ飛ばされるバロンと斬月。

 全身が訴える激痛を無視して立ち上がりつつ、今の攻防で若干歪んでしまったソニックアローを構える斬月にチラリと目線をやる。

 

「駆紋戒斗、奴はその未知のアームズでも単独での撃破は不可能だ。だから────」

 

「言わずともわかっている。フッ、天下のユグドラシルもこの状況では

 モルモットの手も借りたいという訳か」

 

「全ては人類の未来の為だ。君とてこんな得体の知れない輩に街を蹂躙されるのは────すまない、今のは失言だった」

 

 これからアルティメットDがどれだけ暴れようとこの沢芽市に破壊できるような場所はもう残っていないというのに。

 この街をそんな惨状にしたのが他ならぬ自身らユグドラシルであり、そんな当たり前のことすら一瞬忘れてしまうほどに斬月は焦燥していたのか。

 それとも、単に謝罪する口実が欲しかっただけか。

 どちらにせよ戒斗の苛立ちは増すばかりであるが。

 

「俺にはどうでもいい。こっちが合わせてやるから、貴様は最大の一撃を狙え。タイミングをわざわざ言う必要はないな」

 

「無論だ」

 

 短い了承の返事を待たずして飛び出したバロンを見送ると、斬月は自らが所有する三つのロックシードを取り出す。

 エナジーロックシード単体のソニックボレーが有効打たり得ないのは実証済み。

 求められるは、全てを乗せた一撃。

 

 メロン! メロンエナジー!

 

 メロンロックシードのエネルギーを搾り取ったソニックアローに、さらに追加されるメロンエナジーロックシードのエネルギー。

 想定とは異なる使用法であるが故か、弓から溢れ出る光は今にも暴発してしまいそうだ。

 だがまだ足りぬ、と斬月はエネルギーを絞り尽くした錠前を外して新たに三つ目の錠前をセットした。

 

 ウォーターメロン! 

 

 形式上はクラスAでありながら、内包するエネルギー総量はクラスSに勝るとも劣らないスイカロックシード。

 その簡易版ともすべきウォーターメロンロックシードならば今のソニックアローでもギリギリ耐え切れる筈。

 しかし、最低でもクラスA相当のロックシードを三つも装填した弓は相応に重い。どうにか引き絞ることはできても、照準が全く安定しない。

 

(……だからどうしたというのだ)

 

 だが、孤軍奮闘を強いられているバロンを見れば弱音を吐くなどとてもできることではない。

 世界を救う組織の責任ある立場を任されておきながら、部外者である彼やダークディケイドに頼らざるを得ない自身のなんと不甲斐ないことか。

 

(ヘルヘイムの脅威から人類を救う……そうだ、我々に課せられた責務の重さはこんなものではない。あのような正体不明の輩にユグドラシルを潰させてなるものか!)

 

 再認識し、肩にのしかかった「責任」の二文字がソニックアローの照準を辛うじて安定させる。

 後は撃つべきタイミングを待つばかり、となったところで。

 

 悶え苦しむアルティメットDの胸から放たれた三色の光と、タワーから放たれた二色の光がバロンに吸い込まれていく光景を斬月は目撃した。

 

 

 

 *

 

 

 

 斬月が最大の一撃の準備に要した時間は精々数分にも満たなかった。

 しかし、そんなごく短い時間だけでもアルティメットDに単身立ち向かうのは極めて無謀であったと言えよう。

 これはゴールデンアームズを纏ったバロンであろうが、普遍の事実である。

 

「セイッ!」

 

 威力を削ぎ落とし、速さに重点を置いたバロンの剣がアルティメットDの胸を斬る。

 鬱陶しい羽虫を追っ払うかのように薙ぎ払われる腕を掻い潜り、何度も、何度も斬りつける。

 どんなに堅牢なボディを誇ろうと、同じ場所に当て続ければ、やがていつかはこの剣も通るだろう。

 バロンのそんな目論見は間違ってはいなかった。

 いなかったのだが……相手が悪かった。

 

『ハハハ! もウお兄ちゃんに斬らレても、ちっとも痛クないや!』

 

 仮に寸分の狂いもなく、全く同じ箇所を斬り続けたとしよう。

 バロンの剣がアルティメットDの防御を突破できるまでに必要とされる斬撃は約五十回程度である。

「それだけでいいのか」と拍子抜けするか、「攻撃を通用させるだけでそんなに必要なのか」と戦慄するかはその者次第だ。

 だが、ここで真に重要なのはそんな回数ではなく、「アルティメットDが五十回も斬られる間にバロンを殺せる」という至極当然の事実である。

 

 バロンがギリギリ視認できる速度で拳を前に打ち出すアルティメットD。

 一旦剣を振るう手を止め、相手の脇に滑り込むように躱したバロンはその勢いのままに背後を取ろうとする。

 そんな彼を待ち受けていたのは、無防備な背中などではなく、一瞬で振り返ったアルティメットDのローキック。

 

「ッッッ!」

 

 腹部に叩き込まれた衝撃を、寸前で構えた盾越しに味わって噛み締める。

 堪えきれぬ激痛を、強靭な精神で強引に押し込めようとして────そんな無茶を通してもバロンの身体は立ち上がることができなかった。

 限界をとっくに越えた身体を無理矢理酷使してきた代償が今になって押し寄せてくる。

 

 だが、それでも。

 

 口内に湧き上がる鉛味の液体を飲み下し。

 盾をしっかり握り、剣を支えにして。

 よろめきながらもバロンは立ち上がる。

 

 勝てる見込みもないのに諦めもしない。そんなバロンが心底不思議だと言わんばかりのアルティメットD。

 

『 まタさっきミたいに突然強くなれルと期待してルの? 人間ごときがイくら強くなったトころで────』

 

「いい加減に黙っていろ!」

 

 アルティメットDの口らしき箇所に斬り込みが入る。

 ダメージこそ無いが、苛立ちは増した。

 ただでさえ乱雑で大振りだった攻撃がさらに雑になり、バロンが回避する余地も増す。

 どんなにパワーアップを重ねようが、ネオ生命体の幼き精神までは成長しない。

 しかし、バロンとアルティメットDの間に埋め難いスペックの差があるのもまた事実であって。

 

『リンゴのお兄ちゃんこそ、いイ加減にしてよ。もう遊ブのも飽きちゃッた』

 

 硬い体表に何度も叩きつけられ、酷使され続けたバロンの剣がポッキリと折れる。

 持ち手が血で汚れきった盾に大穴が空いて、盾という役割を果たせなくなった。

 1%にも満たない勝機が、これでまた限りなく0に近づいた。

 

 されどもバロンの闘志は萎えない。

 

 役立たずとなった剣と盾を躊躇なく放り捨て、拳一つで殴りかかっていく。

 超回復が追いつかなくなって、腕の骨が悲惨な状態に成り果てて。

 拳を染める赤色がもはやスーツの色なのか、それとも溢れ出した血によるものなのかの判別もつかなくなって。

 

「ハアアアッ!」

 

 そんな傷の数々はバロンを止める理由に足らず。

 膝が折れようとしても、心は決して折れない。

 威力はあるが、剣を振るうよりは明らかに非効率なパンチの連打がアルティメットDを打ち据えて、ほんの少し歪ませて、凹ませる。

 

 打って、叩いて、また打って────アルティメットDが微かに呻く。

 

『ガァゥォ────ゴバァァァァ!!?』

 

 苦しみごと吐き出すようにしてその胸から放出されたのは三色の光。

 さらにはタワーから降り注いだ二色の光が合わさってバロンを包みこむ。

 光に込められた純粋な力がバロンを変えていく。

 対峙しているアルティメットDも、彼方から見ている斬月も、バロン本人でさえもこの変化に驚愕せざるを得ない。

 

 光が溶けた時、そこに立っていたのは────。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 パーフェクトドラスを構成するボディの大部分は、他の世界の怪人をいいとこ取りしたものである。

 それも単にパーツをくっつけた訳ではなく、メガヘクスの能力によりパーツの一つ一つをネオ生命体という核に合わせて最適化する工程を踏んでいる。

 

 しかし、この能力には意外な欠点もある。

 完全に吸収し、最適化するにはタイムラグが生じてしまうのだ。

 

 メガヘクスが吸収した要素を自身のシステムに合わせて最適化するなら時間はコンマ1秒も要らないだろう────かつてメガヘクスがサイバロイドZZZを取り込んで強化されたように。

 

 ドラスが吸収した要素を取り込むだけなら、これもまた一瞬で済む────かつてドラスが仮面ライダーZOを吸収して強化されたように。

 

 互いに性質が類似していようが、結局それは似ているだけ。

 星を丸ごとシステム化したメガヘクスと、あくまで一個人の発明でしかないネオ生命体ではどうやっても同一視できない性能差があるのだ。

 メガヘクスがネオ生命体に合わせてやってるからこそ完全吸収には時間がかかってしまう。

 

 ここまで長々と語ったが、結論を述べよう。

 

 吸収された大地と光実は未だにその身体を維持できている。

 

「身動きが取れない……! なんか身体がどんどん無くなっていく感覚もあるし、すっごく不味いですよねこれ……!」

 

『消化吸収されるのも時間の問題か!』

 

 パーフェクトドラスに取り込まれた怪人の破片やらデータやらがごちゃ混ぜになった空間で囚われの身となっている大地と光実。

 光実は気絶状態。

 大地の変身も強制解除で、様々な管にぐるぐる巻き。

 拘束されていない場所が存在しない勢いで巻かれてしまっている。

 変身道具が詰まったポーチやダークディケイドライバーも目の前にあるのに、腕一本動かせないこの状況では無いも同然である。

 

「というかどうして光実さんまでここにいるんですか! 起きて! 起きてください! ────駄目だ、完全に気絶しちゃってる……。

 ネガタロス、何か……何か手は考えつかない!?』

 

『無理だ! これじゃお前に憑けねえし、バイオグリーザも出せやしねえ!』

 

「だったら……最後の手段でやろう!」

 

『なにっ!? 大地お前、ここに来て奥の手を温存していたのか! まさかお前がそこまで有能だったとは……!」

 

「力づくでなんとかしよう! 頑張って拘束解いて、脱出しよう!」

 

『……はぁ、いよいよ俺様も年貢の納め時か』

 

「なんで露骨にガッカリするんですか!?」

 

 歯を食いしばって、全力で踏ん張ってみても拘束は緩まない。

 内臓から捻ったような叫びを上げて、持てる力を総動員しても大地は動けない。

 しかしそれも不思議ではない。簡単に脱出されるようなら、そもそも吸収という行為に及ぶことはないのだから。

 

「ァァアアアアアアアアッッ!! 動け! 動けぇぇ!!」

 

 ここで終われない、と大地は思った。

 ここで終わってしまったら全てが嘘になってしまう。

 救えなかった痛みを飲み下し、救いたい人を守る為に人を殺した。

 思いを新たにして、一度は拒否しかけた戦いの場にもう一度立った。

 

「もっとだ、もっと力を……! 僕にみんなを守れる力を! 明日を進む為の力を!」

 

 声を張り上げるだけなら誰でもできる。

 絶対絶命に追い込まれて力を欲し、そして無念に終わった者など掃いて捨てるほどいる。

 この思いと叫びも、アルティメットDの中で時期に溶けてなくなる。

 

 そうして無限にも一瞬にも感じる時間の中で叫ぶ大地を衝撃が震わせた。

 

 その衝撃に詰まっていたのは、とある男の信念。

 何度打ちのめされようと、戦うことを止めない男の生き様。

 

 これは誰もが思い描くヒーローが言うような「絶対に諦めない!」「諦めなければ勝機はある!」などという前向きな姿勢ではない。

「ただひたすらに足掻くことを止めない」「どんな相手にも屈しない」

 ────そんな見苦しささえある姿勢。

 

 しかし、それこそが駆紋戒斗。

 

 バロンがアルティメットDを殴るほど、よりはっきりと衝撃が大地に伝わり、奮い立たせてくれる。

 

「伝わってくる……駆紋さんの強さが」

 

 彼の全てを肯定はできない。

 だが、彼の強さが欲しい、と。そんな大地の想いもまた大きくなっていく。

 この怪人の内部で無数に漂っているだけの、寄せ集めの力ではない。

 

 誰かを虐げる者に屈しない力を。

 駆紋戒斗のような強さを。

 

「ヴァァアアアアアアアアアアアーッッ!!!」

 

 いくつかのトリガーはもう既に引かれている。

 これまでよりも強い戦う意志、守ろうという決意、そこに加わる黄金の果実という外因的要素。

 そして大地が過去最高に力を求めたこの瞬間。

 最高潮に達した感情に呼応するように、大地の中で決定的なスイッチが入る。

 

 まるで不可視の力に操られたように、ライドブッカーから飛び出した三枚のカード。

 レーザー、アナザーアギト、そして────色を宿したバロンのカメンライドカード。

 眩い光を宿したカードが視界の彼方に消えていく。

 

 カードの光はアルティメットDという壁を破り、タワーから飛んできた二つの光と合流。

 バロンを変える五色の光は赤、青、黄、緑、桃。

 やがて光は赤一色となり、バロンの姿も全く別の存在への変身を完了させていた。

 

 真っ赤な仮面に深紅のマント、白い手袋。

 この世界のライダーとはまるでかけ離れた外見。

 

 

 

「──アカライダー!」

 

 

 

『ッ!?』

 

 正面から叩き込むは、何の変哲もない一発のパンチ。

 だがたかがパンチひとつ、と侮ることこそ命取り。

 現にアルティメットDの巨体は大きく吹っ飛ばされている。

 パーフェクトドラスやゴールデンアームズによる怒涛のパワーインフレを軽々と飛び越えていく────そんな馬鹿げた力が今のアカライダーにはあった。

 

 訳がわからない。なんなのだこれは。

 

 意味不明過ぎる現実を認めまいとするアルティメットDの光弾は、翻した赤いマントに散らされた。

 口を開いたまま言葉を忘れてしまったかのようなアルティメットDを一笑に付して駆け出すアカライダー。

 全てのライダーの力をバロンに足して、さらに全く別種の力を上乗せした────今の戒斗はそんな無茶苦茶で不条理な存在となってしまっている。

 強豪怪人を数種類取り込んだ程度で太刀打ちできようものか。

 

「セイッ!」

 

 アカライダーとアルティメットD、激突する拳と拳。

 拮抗さえできない力の張り合いにより、アルティメットDの右肘から先が消し飛ぶ。

 苦しむアルティメットDへ深く踏み込んだアカライダーのアッパーがその顎をかち上げた。

 大きく浮いた巨体に深々と突き刺さるアカライダーの右腕。鋼鉄の何十倍以上も硬い胸をあっさり突き破り、その奥でなんらかの手応えを掴んだ。

 

「いつまで寝ている。とっとと戻ってこい────大地!」

 

 ズブリと引き抜かれ、アカライダーに握られていたものが放り出される。

 千切れた配線と共に投げ出された大地が苦しそうに咳き込む。

 さらにはダークディケイドライバー、ライドブッカー、光実──アルティメットDに飲まれていたものが胸に開いた穴から続々と吐き出されていく。

 まるでおもちゃ箱をひっくり返した様相であったが、少なくともアルティメットDにとっては深刻だ。

 なにせ身体を保つ為の依代を失ったのだ。人間で例えるなら内臓と骨を一気に引っこ抜かれるに等しい行為。

 これまで味わったことのない激痛から、癇癪を起こした子供のように暴れ回るアルティメットD。

 

 癇癪、と書けば可愛らしく聞こえるが、その実は必殺級の光弾を四方八方に乱れ撃ちするとんでもない暴走である。

 光実とダークディケイドを欠いていくらかパワーダウンして、それでも必殺の威力は十分にあった。

 

 しかしその全てを束ねてもアカライダーには通じない。

 軽く腕を振るだけで光弾は掻き消され、膝をついてゼーゼーしている大地や気絶しっぱなしの光実に向かった分もついでに打ち払う。

 

『ウガァァアッ!? グッ、ギッ、ギィィィッ!!?』

 

「苦し紛れの暴走か。無様な」

 

 もはやアルティメットDがアカライダーに勝つのは万に一つもあり得ないだろう。

 アカライダーとアルティメットDに開いた差は、ゴールデンアームズとアルティメットDの差以上に広い。

 むしろこのまま放っておいても、胸の大穴から勝手に自壊してしまう疑惑すらある。

 必殺技を発動せずともアカライダーが数回殴れば朽ち果てる────そんな確信すら抱かせる。

 

 が、しかし。

 

 奇跡の大逆転、快進撃もここまで。

 

「────何?」

 

 一撃で粉砕するつもりで放ったパンチがアカライダーから、バロンのそれへと戻っていることにらしくなく戸惑う戒斗。

 

 そもそもの話、アカライダーとはバロンの強化形態にあらず。

 凄まじく特殊な条件下のみで顕現する限定的なライダー、その一人。

 そんな従来の強化形態とは一線を画すアカライダーへの変身はまさしく奇跡の産物。正式な手順を踏まずして齎されたそれは非常に不安定な存在であり、保つだけでも時空が歪みかねない危険すら孕んでいた。

 

 特殊能力をこれっぽっちも行使せず、数度の打撃を放つ。

 底無しに思えた無尽蔵の力かたったそれだけで霧散して、アカライダーがバロンに戻ってしまうという結果もむしろ自然であり。

 生き長らえたアルティメットDが放とうとする光弾をバロンは防ぐ術がなかった。

 

「駆紋さん!」

 

 だが唖然としているバロンには無理でも、他の者であれば。

 拘束から救出されたはいいものの、未だ本調子とは呼べない身でありながら、戒斗の危機を目にして考えるより先にドライバーと錠前を巻いた大地ならば。

 

 シルバーアームズ! 白銀 ニューステージ! 

 

『ウゴァァァァァッ!?』

 

 光弾が放たれる直前に、突き立てられる蒼銀杖。

 アーマードライダー冠となった大地の一撃が、アルティメットDの胸の穴をまた広げる。

 この世のものとは思えぬ咆哮が生み出した波動は冠を吹っ飛ばしたが、それと引き換えに光弾の発射は中断された。

 

 そして吹っ飛ばされた冠はというと、背中に盾を叩きつけられることで推進は止められた。

 そのようにして乱暴に盾で受け止めた張本人、バロン。金と銀の視線が交差し、頷きを返し合う。

 

「──決めるぞ!」

 

「──はい!」

 

 灰煙が立つ沢芽の空に金銀の光が昇る。

 高く、高く跳躍した冠とバロンは同時にカッティングブレードを倒し、右脚を全力で突き出した。

 

 シルバースパーキング! 

 

 ゴールデンスパーキング! 

 

 蒼銀のライダーキック──無杖キック。

 黄金のライダーキック──キャバリエンド。

 二人が溶け合って混ざり合い、膨大な光の津波のようなダブルライダーキックがアルティメットDに迫っていく。

 大地と戒斗、二人の正真正銘最後の全力を込めたキックには、核を喪失した今のアルティメットDなら撃滅できるだけの威力があった。

 

『キィエロォォォッ!!』

 

 怒り狂い、のたうち回るアルティメットDの打ち出す光弾の何割かによって光が削られる。

 それは死に物狂いで生きようとするネオ生命体の些細な抵抗だ。

 秒刻みで崩壊が進んでいるアルティメットDの肉体ではライダーを屠る火力はもう出せない。

 だが、そんなものでも当たればキックの威力は削られてしまう。

 ダブルライダーキックに耐えて、崩壊するまでの刹那に力尽きた大地と戒斗を殺せてしまうのだ。

 

 自分の死は覆せなくとも、一人でも多く道連れにしてやりたい。

 アルティメットDを動かす原動力はそんな子供っぽい負け惜しみのような感情。

 

「子供の遊戯も終いにしてもらおうか」

 

 刻一刻と変わりゆく戦局を彼は冷静に見極め、待っていた。

 撃破はできなくとも構わない。決定的な一助となれるその刻を。

 アルティメットDから何故か出てきた弟を助けに向かおうとする衝動も責任で押さえつけ、ひたすらに待ち続けた。

 

「そこだッ!」

 

 ウォーターメロンチャージ! 

 

 そしてこの今こそが待っていた瞬間だと、斬月・真は判断する。

 放たれたのは、上級ロックシード三つ分のエネルギーを凝縮した矢。

 その反動によりソニックアローは砕け、身体は吹っ飛び、しかし放たれた矢の狙いだけは一寸の狂いもない。

 特大のソニックボレーが光弾の嵐の隙間を縫って、アルティメットDに着弾して爆砕する。

 アルティメットDの胸がまた広がり、絶叫が響き渡る。

 

『ウソだ、ウソだ、ウソだ!! 完璧になった僕が、神になる僕がこんな奴らに!!』

 

 ダブルライダーキックの到達までいよいよ猶予が無くなり、ネオ生命体の心にかつてない焦りが波紋する。

 迎撃はもう間に合わないと悟り、ここまで追い詰められた屈辱に震えるが、生存欲求には敵わない。

 最速で離脱し、適当に核となる人間をこしらえれば再起はできる。

 

 そしてアルティメットDが踵を返した途端に両足が凍り付いた。

 

「神を名乗るってんなら、ちったぁ華麗さも覚えるんだな!」

 

 機を窺っていたのはなにも斬月だけではない。

 タワーからアクロバティック脱出してから、アルティメットDの力に戦慄しながらも最も効果的に加勢できるタイミングを狙っていた者。

 自身が認めた相手の危機とあらば、彼はどんな敵にもキバを剥く。

 

 焦るアルティメットDを煽るように舞う翼──その名はレイキバット。

 

「激しくぶちかませ! 万丈ォォォ!!」

 

「あたぼうよぉぉぉお!!」

 

 Ready Go! ドラゴニックフィニッシュ! 

 

 そして邪悪っぽい野郎がいればとりあえずぶっ飛ばす龍──その名はクローズ。

 アルティメットDの目的、正体、関連する全てが彼らにはわからない。だが「大地が吸収された」「言動が邪悪」というだけで倒すべき相手だと認識していたのだ。

 ……ついでに"アクロバティック脱出した際に強打した尻の痛みによるイライラ"もあったが、まあそれはそれとして。

 

 三割八つ当たりなドラゴニックフィニッシュがアルティメットDに炸裂し、凍結していた両足を粉微塵に変えた。

 再生能力も損なわれており、惨めに這いつくばるしかないアルティメットDが憐れな悲鳴を上げる。

 これでもう逃走はできない──そう理解しながらも、身体を仰向けにして放とうとした最後の光弾はホタルのように小さい。

 

「ッツァァァァアアーッ!!」

 

「セィィィィィーッ!!」

 

 金銀のダブルライダーキックと、極小の光弾。

 どちらが勝つか、なんてわざわざ言うまでない。

 まず手脚が弾け、次に胸の穴が完全に貫通した。

 光弾ごと押し込まれたアルティメットDの肉体と核が光の中に飲まれていく。

 ネオ生命体の世界が金と銀の二色に染め上げられる。

 

『どうシて────』 

 

 この期に及んでもネオ生命体は自身の敗北を認められない。

 発声器官まで潰れて、疑問を口にすることさえできやしない。

 四肢を失った今のアルティメットDは芋虫か、はたまたダルマがモゾモゾ蠢いているようだ。凶悪な敵といえど憐れにも映る。

 

 だから大地は優しく、そして自らにも言い聞かせるように言った。

 または、この世界で立ち上がり、戦い、そして記録したことを振り返るように。

 

「強さって力だけじゃないんだ。

 見知らぬ人にも手を差し伸べられる優しさ、とか。

 危険を犯してでも助けようとする勇気。

 後は……絶対に折れない心もかな。全部大切で、僕が信じる強さだよ。……ですよね? 駆紋さん」

 

 すぐ隣に立っているバロンは何も言わない。

 そもそも聞いていないのかもしれない。

 だが、肯定もしなければ否定もしない戒斗が大地にはしっくりくるイメージでもあった。

 言葉を交わすより、確かな強さを記録している。これに勝る記憶はきっとない。

 

 勝利の余韻を噛み締めている間にも、ネオ生命体の余命は秒読みで刻まれていく。

 

 そして起こる、爆発の瞬間。

 

『パパ……』

 

 最期に聞こえた子供の声は大地の心を揺さぶった。

 

 

 *

 

 

 激しい爆発の残火がチロチロ揺れる。

 極度の疲労から冠の変身も自動で解けて、大地の虚を突かれた顔が曝け出される。

 

 助けを求めるように浮かび上がった異形の子供。

 邪悪を感じさせない、切なげな父親への呼びかけ。

 

 ネオ生命体のそんな結末に、昴の最期と重ねてしまった大地の心がささくれ立つ。

 ドウマを倒し、その置き土産も倒したというのに心はちっとも晴れてくれない。

 他者の命を奪う痛みは相変わらず大地を蝕んでいる。

 みんなを守るという決意を固めようが、この痛みは決して消えることはないのだ。

 

「光実さん、助けないと」

 

「……フン」

 

 気絶しっぱなしの光実を助け起こそうとする大地。

 一瞥だけして、廃墟の街に歩き去ろうとする戒斗。

 二人の行く道は別々で、もう交わることもない。

 

 しかしその別れの前に戒斗は立ち止まった。

 

「お前はまだ力の本質が見えていない。

 ならせめて戦うべき相手を見失うな。自分の信じる強さとやらを証明してみせろ。そうでなければ、何も守れんぞ」

 

「……戒斗さんは、これからどうするつもりなんですか」

 

「どんな世界になろうとも俺のやることは変わらない。それだけだ」

 

 戒斗が遠ざかっていく。

 小さくも大きくも見える背中の進む先がどこなのか、大地には予想もつかない。

 結局最後の最後まで駆紋戒斗と理解し合うことは叶わず、彼の強さが世界にどんな未来を齎すのか────不安と安心が半々の奇妙な感覚を覚える。

 

「証明してみせますよ。

 駆紋さんから受け取った強さは記録しましたから。

 この先どんな戦いにもこの力で、あなたのように強く。そうすればいつかは──」

 

 強く言い切ったつもりの言葉がか細く溶けていく。

 それでも、ちっぽけな決意表明は内なる不安をいくらか消してくれた。

 癒えない痛みを心に隠して、大地は歩む。

 

 さあ、この世界を去る時だ。

 

 

 

 






あとはエピローグの一話でバロン編終わります。長かった……。

・アルティメットD
「MOVIE大戦2010」よりまさかの登場。
あの映画に出たネオ生命体とZOのネオ生命体は厳密には違うっぽいけど……まあええやろ。
パーフェクトドラスより弱く見えるのは原作再現かもしれない。


・アカライダー
まさかの登場Part2。
ダークディケイドが所持していたバロン、レーザー、アナザーアギトのカード。
タワーにいた湊さんのピーチエナジーロックシード。
同じくタワーにいたナインティーンのブレイドロックシード。
これらのパワーが不思議な感じに混ざって変身。
その誕生は大地の叫びに呼応していたようだが……?



次回更新も早めにやり……たい……

大地くんのライダー、どれが好き?

  • メイジ
  • レイ
  • ネガ電王
  • ベルデ

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