Dに異変/ヴァージョンダウン・ファイト!
カタカタカタ。
瑠美がキーボードをタイプする音が光写真館のリビングに響く。
仮面ライダーと呼ばれる者達、その戦いを記録する旅もついに9つ目。
この街、風都にで起こった異形の怪物達──ドーパントとの戦いは他の世界にも引けを取らないほどに過酷で熾烈を極めたものだった。
そう、これは全て過去形の話。「アクセルの世界」での記録はもう終了しているのだ。
大地はアクセルのカードを手に入れた。
また一歩、ゴールに近付いた。
写真館の背景ロールも既に次の世界となる行き先を示しており、この世界の記録が既に終わったものだと実感させてくる。
しかし、リビングに集う面々の面持ちはどれも沈痛で雰囲気も重い。とてもじゃないが、祝勝ムードなんて口が裂けても言えない。
むしろお通夜ムード、という言葉がふと思い浮かんで、それがパチリと今の状況に当て嵌まった。
きっとこの空間を共有している誰もが故人を悼んでいるのだろう。ならばこれを指してお通夜と言うのは適切だ。適切だが……胸がズキズキと痛む。
果たしてああするしか無かったのか。
別の未来は無かったのか。
願わずにはいられない"もしも"の可能性を探って、自身が記したこの世界での出来事を頭から見返す。
この世界を訪れ、そして今に至るまでの記録を。
決して忘れられない、永い別れの始まりを。
*
始まりは一枚の張り紙からだった。
新たな世界での最初の朝、第一発見者となったのは瑠美。
寝ぼけ眼を擦りつつ、リビングに向かう途中の廊下でのこと。
とある部屋の前を通り過ぎようとして、その扉に張られた小さな紙と内容を凝視すること数秒が経過した。
「……これは一大事です! 由々しき事態です! 光写真館最大の危機です!」
瑠美は未だに眠りこけている大地、龍我を大慌てで叩き起こしに回る。
普段の彼女であれば熟睡している相手を早朝に、しかも強引に起こすなんてことはしないが、今回ばかりはそうも言ってられない。
スリープモードのレイキバット、寝ているのかどうかもよくわからないネガタロスも集め、一同はその扉の前に集結した。
瑠美がそれを発見してから今に至るまで、僅か数分の出来事である。
「んだよ〜……人が気持ち良く寝てるっつーのによぉ」
「僕もまだ眠いです……んにゃ」
「それどころじゃないんですってば! これ読んで下さいよ!」
瑠美が興奮気味に扉の張り紙を示しても、まだ半目も空いていない男性陣は読もうともしない。
しかし、こればかりは読んでもらわねば困るのだ。この緊急事態について早急に話し合う必要があると感じている瑠美は心を鬼にする。
「レイキバさん」
「なんだ」
「かき氷食べ過ぎて頭がキーンとなるぐらいのやつ、お願いします」
「承知した」
大地、龍我ら両名の顔に思い切りぶっかけられる無慈悲な冷気。
手荒い目覚ましを受けて、ようやく二人の目も覚めた。
「さぶぅぅっ!?」
「心臓止まるだろ!」
……代わりにレイキバットが非難を浴びてしまったが。
「ほら、早くこれ見てくださいってば」
「朝っぱらからなんなんだよ……どれどれ」
ずいっと顔を寄せて、小さな張り紙を読む大地と龍我。
書かれていたのは以下のような内容であった。
『風邪を引いたので休みます。食事は自分達でどうにかしてください byガイド』
「────ぅぅぇぇえええええええ!?」
「うるさっ!? 耳元で叫ぶなよ! 風邪引いただけでオーバーリアクションにも程があんだろ……」
驚天動地の叫びとはまさにこのこと。
顎が外れるんじゃないかと思うぐらいに口をあんぐり開けている大地が何度も、何度も目を擦って紙を見直す。しかし、見間違いではない。
炊事洗濯から大型トラックの運転、異世界の知識までどんとこいな完璧超人なガイド。
そんな彼が風邪引いたなど、俄かには信じ難い話なのだ。
だが、ここはガイドの部屋であるし、字も彼が書いたものっぽいので疑う余地はなさそうである。
「レイキバぁ、お前が昨日の夜冷やし過ぎたんじゃねえの?」
「俺を冷房扱いするとはいい度胸だな! オモテ出ろゃゴラァ!」
ガイドとの付き合いが浅く、塩反応もいいところな龍我は事の重大性を理解できていない。
ガイドが機能しないとなれば食事のみならず、その他の彼がこなしていた仕事も全て自分達でしなくてはならない。
それもこの世界での記録と並行してやるのだからかつてないハードスケジュールになることだろう。
「これ、ガイドのドッキリだったりしませんかね?」
「大地君が現実逃避をするなんて……!」
しかしこれがガイドの冗談という可能性もまだあり得る。
瑠美がトントンと軽く控えめなノックをしてみると、中から細い声が響いてくる。
蚊の鳴くように小さい所為でよく聴こえず、ピッタリ耳をくっつけてようやく聴き取れた。
『張り紙見たろ〜〜〜? 風邪だから、マジで、感染したら悪いし〜〜看病もいらないんで〜〜〜よろしく〜〜』
「「「……」」」
扉の向こうの酷いガラガラ声で、とりあえず嘘ではないとわかった。
看病は無用と言われても流石に心配になった瑠美が開けようとするが、鍵はしっかりかけてあるようだ。
無言で顔を見合わせる三人の顔はどれも渋い。
「……朝ご飯、みんなで作りましょっか」
その後出来上がった朝食は6割がまともに食べられないという悲惨な結果に終わった。
*
何をするにしても食べなければ生きていけない。
これは人間に限らず、あらゆる動物に当て嵌まることだ。
だが、人間は多くの食材を調理する知恵を持ちながらも実際に食べる際には味覚に激しく左右される。
朝食で出された龍我のプロテイン味噌汁(具なし)や、大地の黒ずんだ物体(本人曰く目玉焼き)に苦笑いだった瑠美を見て、レイキバットは同情した。
生活する上で最低限必要なことに一々工夫したり拘らなければならないとは、なんと面倒な生き物なのかと。
(いや、仮に俺が飯を食うとしても流石にアレは食わんか)
ひとまず料理全般の担当となった瑠美の命により、食材の補充という名の買い出しに出かけることとなった。
最も調理担当に向かない男こと万丈龍我が暫定的な掃除担当として残り、何もできない役立たず目玉のネガタロスも一応龍我のお目付け役として残される。
そんなこんなで大地と瑠美、そしてレイキバットで構成された買い出し班は新たな世界への第一歩を踏み出したのだった。
なんとも締まらないスタートになってしまったが、イレギュラーへの対処なのだからやむを得まい。
「朝からやたら寒いと思ったら、この世界の今は冬なんですね。1月か2月とかかな?」
大地のは〜、と吐いた白い息が風に吹かれて消えていく。
ここは絶えず風が吹く街、風都。
風都タワーという巨大な風車の建造物がシンボルで、それ以外は特に変わったところは何もない。
レイキバットにインプットされている知識にも風都なんて都市は存在していないが、街並みは特筆することのない普通のそれ。沢芽市のような明らかな異常事態は起きていない。
「あ、見てください。今は2月の半ばみたいですよ!」
瑠美がそう言って示すのは、『バレンタインデー 特別な人への特別なチョコ』と書かれた街頭広告。周囲を歩く人々もカップルの割合が多く、目に付く店頭では豊富な種類のチョコレートが売り出されている。
なるほど、今日はバレンタインデー。日付は2月14日であったか。
こういう日常風景から手掛かりを探り当てる瑠美の観察眼はレイキバットとしても感心できる。詳細不明の異世界においてはどんな些細な情報も不要ではないのだから。
しかし、ポケーっと呆けた面を晒している大地は違っていたらしい。
「バレンタインデー……ってなんですか?」
「えっ!? 大地くん知らないんですか!? バレンタインを!?」
「はい……」
こういうことは偶にある。
日常生活を送る上ではあまり支障がない故に忘れられることもままあるが、大地は記憶喪失だ。
バレンタインが良い例で、こういう文化面に関する記憶が大地はほとんど欠けている。
"大地の出身世界にバレンタインがなかった"という可能性もなきにしもあらずだが。
バレンタインの概要を教えてもらい、物珍しそうに眺めたりはしたものの目的はチョコではない。
そんなこんなで一行は街でも一二を争う規模の大型スーパーに辿り着いた。
「お寿司がこんなに安く売ってる……!? まさかこのスーパーはとんでもない穴場!」
「あ、懐かしい〜。それ、お寿司っぽいお菓子なんですよ」
「……お寿司っぽいお菓子?」
「子供の頃はよく買ってましたね〜。大地くんもやってみます? お寿司屋さんごっこ」
「……やめときます」
買い物している間もレイキバットは基本ポーチの中にいるしかない。
こういう場合を想定してステルス機能の一つでもあればいいのだが、無いものは無い。
口喧嘩の相手もおらず、ひたすらに退屈な時間が続けば自然と思考の海に沈んでいく。
(黙ったままという訳にもいくまいが。打ち明けるにも時と場所を選ばなければならんだろう)
次にレイに変身した時、レイキバットというデバイスは完全に壊れる。
この事実、一体いつ明かすべきか。
例えばの話、大地がレイに変身すべき場面にいきなり言ってしまうと彼の動揺を誘うのは馬鹿でもわかる。龍我でもわかる。
しかしながらその前に打ち明けたとしても、恐らく大地はレイの変身を避けるようになるに決まっている。呆れるほどにお人好しで甘ちゃんな彼なら間違いなくそうする筈だ。
レイキバットとて、進んで壊れるつもりなんて毛頭ない。
だが、それを恐れて宝の持ち腐れと化すのはもっと避けたいところである。
今でこそ大地に同行しているが、自身はあくまでも変身デバイス。本来の役割を果たさない道具なんて何の価値があるというのか。
「レイキバさん? 起きてますか?」
頭上からの瑠美の声にレイキバットは思考を中断させた。
ポーチからコッソリひょっこり顔を出すと、「風麺」という看板が目に入る。
どうやら買い物は終わり、この屋台で昼食を食べるらしいとレイキバットは察する。
「俺は飯など食えんぞ」
「わかってますって。レイキバットさんとの付き合いももう長いんですよ? ほら、あそこのラジオ聞こえますか?」
黙々と調理している店主らしき男の後ろには確かに小さなラジオが置かれている。
ポップな音楽をバックに流れる若い女性の声はリスナーからの投書を読み上げているらしい。
一般大衆なら兎も角、こんなラジオを自分に聞かせても意味があるのか疑問であったが、耳を傾けているとすぐに氷解した。
『さあ今日もこのコーナーから始めちゃいます! 風都ミステリーツア〜! 今回のドッキドキな都市伝説はラジオネーム・プイプイさんからの投稿です!
"若菜姫、ブラックマンを知っていますか? 怪物に襲われていた私を颯爽と助けてくれたヒーローを! 黒いボディに真っ赤な目、ちょっと怖い見た目でも彼はこの風都の救世主に間違いありません! "
……はい! ということでまたまたブラックマンの噂でした! 最近増えてますよね〜、彼の噂。
"一本角の赤い鬼"や"歯車人間"、"毒ガス事件"なんてのも起こるし、一体この街はどうなっちゃったのかしら?』
怪物、ブラックマン、一本角の赤い鬼、歯車人間、毒ガス事件。
突拍子もない都心伝説と言えばそれまでだが、世界を巡る旅の中では実に馴染み深い言葉にも聞こえる。最後のワードはやや微妙だが。
「まずはこの噂から探り、あわよくば仮面ライダーもしくは怪人に行き着く……なるほど、悪くないプランだ」
「噂は噂でも、当てもなしで闇雲に探し回るよりは可能性があると思います。
これまでの傾向からして、ライダーも怪人もこの街にいると考えて良さそうですし、ライダーが噂になってるってこともありそうです。
理想は怪人よりライダーの人と先に合流して話すことなんですけど……」
相手がライダーだからと言ってこちらの味方になってくれるかはまた微妙なところだ。
そこら辺の複雑な事情はこれまでの世界で嫌というほど体験してきた。
大地が理想という言葉を選んだのも恐らくはそれらの体験によるものか。
「となるとどの噂から当たるかだが……無難にブラックマンとやらだろうな」
「うん。他も気になるけど、今のラジオだとブラックマンは人助けをしているみたいだし、その人がこの世界の仮面ライダーかもしれない」
「じゃあまずはブラックマンさん探しからですね。頑張りましょう! 大地くん! レイキバさん!」
初日から怪しい滑り出しであったが、手掛かりを早めに得られた。
こういう時、人間は「結果オーライ」と言うのだろう。
大地と瑠美が目をまんまるにして見つめているやたらとデカいナルトのラーメンといい、やはり人間の文化は興味深い。
「俺自身の問題も後で結果オーライと言えればいいんだが」
「レイキバさん? 何か言いましたか?」
「気にするな、こっちの話だ」
そう、まだ秘密にしていてもいい。
大地と瑠美、この二人と普通に過ごす時間がレイキバットは気に入っているのだから。
*
方針は決まった。だが、早速調査開始とはいかない。
まずは一旦戻り、龍我とネガタロスも連れて来た方がいいだろうとは満場一致の結論だった。
時刻は午後2時を過ぎたあたり。写真館に戻ってもまだ行動できるだけの余裕はある。
だが、ここで瑠美が不思議なことを言い出した。
「ごめんなさい、買い忘れたものがあったので先に戻っててくれますか?」
瑠美は買い物中に何度もメモを見返しては過不足がないかチェックしていた。
そんな細心の注意を払っていた彼女の姿を見ていただけに、彼女が買い忘れをしたなど若干不自然に感じられたが、まあそういうこともあるのだろうとレイキバットは納得する。
同じ心境なのであろう大地も釈然としない表情であったが、最終的には頷いていた。
「ここら辺で待ってますよ。荷物持ちの仕事はキチンと成し遂げますとも」
たっぷりの食材が詰まった買い物袋を持ち上げてみせる大地に瑠美は申し訳なさそうにしつつ、「すぐに戻りますから!」と走って行ってしまった。
それなりの賑わいをみせる商店街の人混みに飲まれた彼女を見届けると、できるだけ人目が少ない場所に移動する大地。
彼がわざわざそういう場所を選ぶ時は決まってレイキバットと顔を合わせて話したい時だ。
「ねえレイキバットさん。その……ネガタロスかガイドが何か言ってたりする?」
「はぁ? 何かとはなんだ、何かとは。お前の無駄に遠回りで華麗さも激しさも皆無な言い方じゃわかるものもわからん。もっと具体的かつシンプルに言え」
「あぅ……」
口籠もり、目を泳がせる大地。
機械なりに人並みの感情を得ていても、心の機微に疎いレイキバットにはこの様子が何を示しているのかイマイチ計りかねた。
「ドウマ……のことなんですけど」
「あの変態鎧武者のことだと? いや、奴に関する話は特にしていないな。目玉野郎の言うことなんぞハナから信用していないが……」
「は、はは……それならいいんですけど。はい」
やはり大地の様子はどこかおかしい。
瑠美が離れてからというもの、どうにもソワソワしているというか挙動不審だ。
おまけに話題が話題なので聞き流すこともできない。
「おい大地、一体どうしちまったんだ。元々変な奴だとは思っていたが、今のお前はいつにも増して変に見えるぞ。昼のラーメンで腹でも壊したか? ああもデカいナルトじゃ無理もないが……」
「そうじゃないけど……」
けど、けどと繰り返しては煮え切らない態度の大地にいよいよレイキバットの堪忍袋の尾が切れた。
「そうじゃないならなんだってんだ!? お前のウジウジには慣れっこだが、それにしたって限度ってもんがあんだよ! とっとと吐いたらどうなんだ!? アァ!?」
「……すいません。僕のせいでレイキバットさんのこと怒らせちゃって」
「だからその理由を早く言えと……!」
捲し立てていたレイキバットが、そこでピタリと停止する。
今にも泣きそうな顔で、目尻に溜めた涙が溢れないように笑う大地を見たから。
誤魔化すのが下手くそで、ぎこちなくて、泣き虫と罵倒されるのがお似合いの無様な顔を。
「……すまん。俺も少々激しくなり過ぎていたな。華麗さを忘れちまった」
しかし、そんな彼に落胆もしなければ失望もしない。
レイキバットが気に入っている大地とは基本的に泣き虫で、そして優しい男なのだ。彼にこんな顔をさせることなんてレイキバットは望んでいない。
それに、今の自身が抱えている苛立ちの原因は彼のじれったい態度よりもっと他にあると自覚もしている。故にこそレイキバットは止まれた。
(俺としたことがみっともねえ真似をしちまった……。これが嫉妬ってやつか)
大地が聞こうとしていた内容は不明のままだが、ガイドとネガタロスが知っているらしいことはわかった。
ガイドはまだいい。しかし、自身には言わないくせしてあんな胡散臭い目玉野郎には言っているという事実が無性に腹立たしく感じさせたのだ。
こんなにも人間臭い感情を抱く自身に驚き半分、嫌悪感半分なレイキバットは自戒の意も兼ねて、大地への追及を止めることにした。
冷静になってみれば隠し事をしているのはお互い様。彼が打ち明けてくれる時を待つこととしよう。
「お待たせしましたー! ……あれ、二人ともどうかしたんですか?」
「ううん、なんでもないですよ。ね、レイキバットさん」
「あぁ」
レイキバットが瑠美の目敏さに感心しつつも、帰路に促すと彼女もそれ以上の追及はしなかった。
瑠美が買ってきたであろう上品そうな赤い紙袋まで持とうとする大地を彼女はやんわりと断る。二人肩を並べて歩く帰り道、レイキバットはポーチの中で小さく溜息を吐いた。
どうやらこの世界も気苦労が絶えることはないらしい。
「毎度ながら手掛かりを探すのは大変ですよね。いっそ探偵さんに依頼してみるとか?」
「そんなに優秀な探偵がこの街にいればいいんですけどねぇ……ところで瑠美さん、一つ聞きたいことがあるんですが。
バレンタインって人があんな風になる日だったりします?」
買い物帰りには欠かせない、他愛も無い話に興じていた時である。
まるで珍しいものを見つけた、という風に声を上げる大地。
釣られて瑠美、さらにポーチからヒョコッと顔を半分出したレイキバットも彼の視線を追う。
果たしてそこに立っていたのは、俯き姿勢でぶつぶつと不気味に呟く一人の男。
透けて見えそうなほどに強烈な負のオーラを醸し出す男は大地だけでなく、レイキバットの目にも珍しく映った。あそこまで暗い雰囲気の人間なんぞそうはいまい。往来を歩く人々も眉を顰めてチラ見してくるあたり実際そうなのだろう。
これだけなら不審者がいる程度で済んだのだが、ふらふらとこちらに向かってくるものだから大地の身が強張っている。
「いいよなぁ、お前らイチャイチャしててよぉ。そんなに俺に幸せムード見せつけて楽しいか? もうすぐハッピーなバレンタインだもんなぁぁ? あぁ、俺も愛ってやつが恋しいなぁぁぁ」
男が向けてくる暗い眼光に思わず身震いしてしまう大地と瑠美。
瑠美には舐め回すようなネットリとした視線を。
大地には刺々しいまでの敵意を含んだ視線を。
どちらも向けられて気分の良いものでないのはレイキバットからしても明らかである。
仮に自分にあんな目を向けてくる輩がいればノータイムで全力冷気を叩きつけてやるところだ。
「あの、僕らに何か御用でしょうか?」
「そっちのお嬢ちゃんが持ってるのはチョコだよなぁぁ……あぁ、いいなぁ。俺なんてもう何年も女の子からチョコ貰ってないからよぉ」
さっきからなんなんだ、この人間は。
騒ぎを生むことを承知でこの汚らしく歪む顔面を凍らせてやりたい衝動に駆られ、さあポーチから飛び出すぞという段階にきて、それに気付く。
男の右手に握られている白い小箱。USBメモリに酷似した、小さくも禍々しい物体を。
そして男の腹部に巻かれている蜘蛛の巣のような形状のベルトを。
「ちょ、チョコなら僕が買ってきましょうか?」
「要らねえよぉ……代わりにチョコなんかよりもっと良いもんくれてやるからよぉぉ〜。どんな真冬でもぽっかぽかにあったまれる極上の愛を!!」
SPIDER!
小箱が腹部のベルトに挿さり、電子音声を発する。
それらの物体の正体は知らずともベルト、アイテム、電子音声とまでくればこの後の展開は培われた経験から予想が付く。
瑠美を庇って前に出る大地、さらにその前に飛び立つレイキバット。
瞬時に臨戦態勢を取った面々の前で男は変貌を完了していた。
まさしく蜘蛛人間と呼ぶに相応しい怪物。
この怪人の名が"スパイダー・ドーパント"であるとレイキバット達はまだ知らない。
「ハッピィィィ! バァレンタィィィイン!!」
喜色を滲ませる狂気の叫びに混じって撃ち放たれたのは、無数の蜘蛛。
こんな風貌の怪人が放つものがただ気色悪いだけで済むなど到底有り得ない。
「させるかってんだ!」
それらが大地や瑠美、その他の人々に到達する前に氷結弾で貫き墜とす。
全ての蜘蛛を的確に狙い撃つのは少々骨であったが、この程度であればギリギリ防げる。
突然現れた機械の蝙蝠に今更驚いている蜘蛛怪人。怪人の出現に恐れ慄き、悲鳴を上げて逃げ始める人々。
平和な昼下がりの往来が一瞬にして混乱の渦に飲み込まれた。
人々の悲鳴は喧しいことこの上無いが、無用な犠牲を嫌う大地は周りの人間がいない方が戦いやすい。となれば好都合だ。
「レイキバットさん!」
「おう!」
大地からの呼びかけが変身の合図だと理解する。
いちいちポーチから取り出す必要がある他のベルトよりは既に外に出ているレイキバットを選ぶのは実に真っ当な判断だ。
それにレイキバットも応じようとして────大地の手に収まることができなかった。
「レイキバットさん……?」
敵の妨害を食らった訳ではない。
しかし、ここで大地をレイに変身させればどうなるかどうなるか。
自分は確実に壊れ、下手すれば大地も無事では済まない。
決死の覚悟で臨むべき最後の変身を、こんな訳の分からない蜘蛛怪人に使っていいのか、と。
そんなレイキバットらしからぬ迷いから、大地の掌に向かう筈だった翼は羽ばたきを止めてしまった。
「ヒャアアアア!! 俺の子蜘蛛を、愛を受け取ってくれぇぇ!!」
レイキバットが何に迷おうと、敵はいつだって待ってはくれない。
放たれた蜘蛛の第二波に気付くのが遅れ、自身を擦り抜けて飛んで行った子蜘蛛の群れに舌打ちする。
先と同じく氷結弾で撃ち堕さんとするも、初動に遅れた今回では全てを撃墜するに至らず。
そうしてうち漏らされた数匹の蜘蛛が瑠美のすぐ目前にまで迫っていた。
「あぶな──」
「伏せて瑠美さん!」
こちらが出す警告より速く瑠美に覆い被さった大地。
そのおかげで蜘蛛は彼らの頭上をスルーしていったが……運悪くも低空飛行をしていた一匹だけはそうはならなかった。
瑠美を庇っていた大地の背中に蜘蛛が引っ付いたかと思えば、瞬く間に服の上から吸い込まれていく。
「うぐぅぅっ!?」
「大地くん!」
「大地!」
倒れ込む大地。
弾丸のような貫通力のある武器ではないらしく、大地は苦悶の声こそ洩らすものの、出血痕などは見られない。
ならば今の蜘蛛は一体なんなのか?
その答えは腹を折ってケタケタと笑うスパイダードーパントが吐いた。
「どうだい? 俺のお手製子蜘蛛の味は? そこの坊やが愛する者に触れられた時、蜘蛛がその相手に乗り移る。すると……ドカン! って仕組みさぁぁ! ヒャハッ、バレンタインにピッタリなHOTな贈り物だろぉ? これが俺の愛さぁ!」
「なんだと……!? チッ、瑠美は大地に触るな! 一応な!」
「は、はい! でも……」
苦しんでいる大地に触れることさえできない瑠美が非常にもどかしそうにしている。
この二人は世間一般が言うようなカップルの関係では無いにしろ、その判定が蜘蛛怪人次第であればどの道アウトになってしまう。
しかもこの原因が自身の一瞬の迷いなのだからまるで笑えない。
「おのれぇぇぇ!! テメェみたいなド畜生のゴミクズは生かしちゃおけねぇ! この俺が直々に凍死させてやるよ!」
「ちびっこ蝙蝠くんが何を言ってやがる! お前もあのカップル共々あの世行きだぁぁ!」
目の前の怪人の卑劣な行為に対する怒りに、不甲斐ない自身への怒りもプラスされ限界突破して激怒する。
こうなれば刺し違えてでもこの怪人を撃破するしかない。
先程の迷いはどこへやら、そんな決意さえ抱いたのだが、怒り任せの特攻は立ち上がった大地の腕に制されてしまう。
「レイキバットさんは瑠美さんをお願い」
「大地……。すまん。実は俺は────!」
「いいですよ。レイキバットさんにだって調子悪い時ありますもんね。ガイドにだってあるんですし、むしろ当たり前です。だから、ここは僕に任せて」
そう言ってダークディケイドライバーを構えた大地にはもう何も言えない。
こちらのミスが瑠美の危機まで招いたというのに大地は責めるどころか、こちらを気遣ってくれている。
だが今はその気遣いがレイキバット自身のミスを浮き彫りにしているようで、閉口するしかなかった。
「変身!」
KAMEN RIDE DECADE
変身し、ライドブッカーで斬り込むダークディケイド。
その勇猛な背中を見て、レイキバットは奥歯を噛み締めた。
本来ならばあそこで戦うのはレイで、大地と瑠美が危険な目に遭う必要だってなかったのに。
(クソが……! 何故こんな面倒臭えことになっちまったんだ!!)
ふつふつと湧く苛立ちがさらに奥歯を軋ませた。
行き場の無い憤怒を抱えながら、しかし任された使命を放り出す訳にもいかず瑠美のそばで警護に回る。
今はダークディケイドの戦いぶりを見守るしかないのだ。
*
獲物だと思い込んでいた相手の突然の反撃にスパイダー・ドーパントは目を白黒させていた。
「なぁ!? お前もドーパントだったのか!?」
「違う。僕は仮面ライダーだ!」
この怪人は能力こそ厄介だが、フィジカルはそこまで脅威ではないと見える。
少なくともあの素人丸出しの身のこなしでは、今の大地の敵ではないだろう。
左腕の巨大な爪も直撃すればさぞかし痛いのだろうが、あんなにも大振りで隙だらけでは当たるものも当たらない。
ダークディケイドは軽いステップで爪を躱すと、空振ってつんのめった怪人の尻に回し蹴りを叩き込む。
無様な恰好で倒れ伏せたスパイダー・ドーパントに早くもトドメを刺すべく、ダークディケイドは金色のカードを抜いていた。
FINAL ATTACK RIDE DE DE DE DECADE
ガンモードに変形させたライドブッカーの銃口を未だ立ち上がれていない怪人に向ける。
「……ん?」
「……大地くんのあの技って、あんな感じでしたっけ」
だが、どうしたことだろうか。銃撃を必殺の一撃へと昇華させる黄金のカードはいつまで待っても現れやしない。
首を傾げている様子を見ると、ダークディケイドもまたこの現象に心当たりがないのだろう。
困惑しつつもとりあえず引き金を引いたが、放たれた弾丸はお世辞にも必殺技と呼べるものではなかった。
「なんだありゃ……?」
「花、ですかね。沈丁花?」
銃口からニョキッと伸びたのは、まさかの花。
比喩などではなく、本物の花だ。確かあれは沈丁花。花言葉は「勝利」「栄光」らしいが、あれで何に、どうやって勝つと?
困り果てたダークディケイドは何度も引き金を引いてみたり、バシバシとライドブッカーを叩いてみたりするものの、残念ながら銃口から弾丸は出ない。
「故障かなぁ……こっちにしよう」
KAMEN RIDE ETERNAL
大変可愛らしい見た目なのは結構だが、花じゃ敵は倒せない。
ダークディケイドがどうしてこうなったとぼやきながらカメンライドを行う。
ドーパント相手にエターナル。知る人が見れば納得のチョイスではあったが、これまた異変は起こっていた。
「私が前に見たエターナルって白い身体に蒼い腕だったような」
「赤いな。どう見ても」
ダークディケイドが持つ選択肢の中でも強力無比であるはずのDDエターナル。しかし、今回ばかりはそうとも言えない。
エターナルローブなし、マキシマムスロットなし、エターナルエッジなしで、蒼い炎が燃える腕も赤い炎になってしまっている。
見た目だけで判断するのは愚か者のすることだが、しかしあれはどう見てもこう言わざるを得ない。
「「弱そうになってる……」」
「エターナルってこんな感じ……じゃないよね。あれ!?」
自身の胸やら腕やらをしきりに触って確かめるDDエターナル。
これ幸いと見たスパイダー・ドーパントが放った白い糸に気付き、絶対防御のローブで防ごうとするも、そんな装備はない。
あっという間に簀の子巻きにされたDDエターナルが地面に転がされ、調子を取り戻した様子のスパイダー・ドーパントがにじり寄ってくる。
「ヘッヘッヘッ……形勢逆転だなぁぁぁ!」
「えっ、ちょっ、えっ!? なんでこうなんですか!?」
「レイキバさん! 大地くんを!」
言われるまでもない、と瑠美が言い終えるより先にレイキバットがDDエターナルの窮地を救うべく飛翔する。こうなったのも元を正せば自身のミスが招いたのだから当然のことだ。
氷結弾で敵を牽制しつつ、DDエターナルを縛る蜘蛛の糸を噛みちぎる。
「ありがとうございます、レイキバットさん!」
「礼なら後にしろ! それと、その姿は明らかにおかしい! 他のライダーに変えろ!」
「はい! ならここは秋山さんで!」
KAMEN RIDE KNIGHT
次に変じたのは多彩な特殊能力で敵を翻弄できる姿、DDナイト。
いつもなら自身と同じ蝙蝠繋がりの変身にニヤリと笑うこともあったのかもしれない。
しかし、あいにくこのDDナイトには本来あるはずの蝙蝠の意匠がどこにもなく、色も灰色になっていた。
さっきの赤いエターナルがマシに見えるぐらいには弱体化している……気がする。
「どうしよう……! これもなんか変です! なんかいつもみたいに湧き上がる力が無いっていうか……でも! やるしかないですよね! うおぉぉぉッ!!
────ぬぅわあ!? 折れちゃった!?」
素っ頓狂な悲鳴と共に細い剣先が虚しく宙を舞う。
たった一振りで折れた剣に唖然とするDDナイトの胸部で蜘蛛の爪が火花を弾けさせる。絵面こそ間抜けに映るものの、この状況は明らかにピンチである。
さっきまでの優勢はどこへやら、蹂躙される側となってしまったDDナイト。
その窮地を再び救わんと空翔けるレイキバットであったが、この小さな援護には敵も警戒していたようで、放たれた糸にあっさり捕縛されてしまった。
「ぐおっ!?」
「レイキバさん!?」
「五月蝿い蝙蝠くんはそこで見ているんだよぉ! まずは彼女の前でコイツを血祭りにあげなきゃならねえからさぁ」
血祭りと聞いて瑠美の顔がサッと青くなる。
いいように嬲られるDDナイトに加勢しようにも、糸で雁字搦めにされたレイキバットには僅かに身じろぎするのが精一杯だ。
噛みちぎれば済む話かと思いきや、小癪にも口を開かせないように縛られている。
「俺の前で幸せそうにする奴はみぃ〜んなこうなるのさぁ。ヒヘヘへ、これだからガイアメモリはやめられねぇぜぇ」
(ぐっ、せめて筋肉馬鹿の野郎さえいれば……!)
まさに絶体絶命。
この窮地を覆せる人物がいるとすれば、それは万丈か。或いは────
人間が天や神に祈る気分が理解できたと若干呑気な心境にもなったその時、レイキバットの期待に応えるかのようにその爆音は響いてきた。
冬の寒空を震わせる爆音と微かな振動の正体は、彼方から猛スピードで突っ込んでくる赤いマシン。
真っ赤なバイクを駆るのはこれまた真っ赤なジャケットに身を包んだ男。
「なんだ貴様はぁぁぁ!?」
「うわぁ!?」
スピードを一切緩めないバイクはスパイダー・ドーパントを撥ね飛ばし、足蹴にしていたDDナイトをも吹っ飛ばす。
そこでようやく停止したバイクから降車した若い男の全身を赤に染めた風貌は一見すると異端だが、修羅の如き表情がそんな戯言を許してはくれない。
レイキバットですらゾクッとしてしまう冷たさと熱さを兼ね備えたあの眼差し──この男、只者ではない。
勢いよく弾かれた両者を冷ややかに見下ろす男は胸から手帳を突き出した。
「風都署 超常犯罪捜査課の照井だ。メモリを捨てて大人しく投降しろ」
「フン、誰かと思えば警察かぁ……。しかしよく見ればお前も良い顔をしてやがる。こりゃあ俺のお手製子蜘蛛を追加しねぇとなぁぁ? 愛は誰にでも受け取る権利があるもんなぁ?」
「……期待などしていなかったが。やはりマトモに話が通じる相手ではないか。この汚れた街にはお似合いのクズが」
異形の怪物に凄まれても一切動じないのは大した度胸であるが、警察官如きがどうにかできる相手ではあるまい。
これでは無用な犠牲者が一人増えるだけ。
しかし何故だろうか。この男が放つただならぬ雰囲気がレイキバットの目を惹きつけてやまない。
「お、お巡りさんは早く逃げてください! この怪人は僕が倒しますから!」
いくら警察官だろうが、見かけ上は普通の人間に過ぎないのだ。
DDナイトが避難を促すのは別段おかしくもないが、それを素直に聞くとは到底思えない。そう思わせるだけの気迫がこの男にはある。
「ふざけるなよ。ドーパントは全て俺がこの手で叩き潰す。逃げるとすればそれは……貴様らの方だ」
もはやこの場は男の独壇場。
アスファルトを砕きめり込む大剣、ハンドルのようなバックル、そして赤いメモリ。男がそれらの道具を取り出したことでレイキバットの中に渦巻いていた予感は確信へと変わる。
──この男、やはり。
「そのメモリ、まさかお前も……!?」
ベルト状に巻かれたハンドル型ドライバーに赤いメモリが叩き込まれる。
大地も瑠美も、スパイダードーパントでさえも息を呑み男の一挙一動から目が離せない。
男がハンドルを捻れば、ベルトのメーターは一気にフルスロットルへ到達する。
ACCEL!
そして、男が変わる。
アスファルトを溶かしかねない高熱が解き放たれ、メタリックレッドの重装甲が男を包む。
身体の各部位にタイヤを備え付けていることといい、それはまるでバイクがそのまま人型になったような異形の存在。
だが、目に入るもの全てを憎むかのように歪んでいる形相や怒張するが如く屹立している鋭い角はより恐ろしい印象を抱かせる。
「一本角の……赤い鬼?」
ポツリ、と瑠美の呟きが落ちた。
アレはラジオで言及されていた都市伝説に確かに近い。
しかし、それより気にかけるべきはあのメモリが発していた音声だろう。
「アレが、仮面ライダーアクセルか」
このどさくさ紛れで糸から脱出し、DDナイトの糸も噛みちぎりながらレイキバットは自身の推測を口にする。
この世界での一番のお目当てと遭遇できるとは、不幸中の幸いだったかとも思う。
しかし、そんな考えを否定したのは他ならぬDDナイトであった。
「違う……違うよ、アレは」
「違うだと? 何がどう違う」
「上手く言えないけど……やっぱり違うよ!
あの人は、
「さぁ! ────振り切るぜ」
真っ赤な仮面の奥で幽遠に光る青い目がこちらへ真っ直ぐに向かってくる。
大剣を掲げた仮面ライダーアクセル────否、
スパイダードーパント
MOVIE大戦COREのダブルパート(という名のスカルパート)に登場したドーパント。
愛する者に触れると相手を爆発させる蜘蛛をばら撒く能力を持っており、劇中ではこれで大勢の犠牲を出した。メモリブレイクしても変身者の命は助からず、しかもこの蜘蛛も消えないインチキメモリ。これも初期型だからだろうか。
本作では一般怪人としての登場だが、変身の際になにやらベルトを使っているようで……?
アクセルドーパント
照井竜がアクセルメモリとアクセルドライバーで変身したドーパント。仮面ライダーアクセルの別形態とかではなく、マジモンのドーパント。
アナザーアクセルでもない。
バイクモードへの変形能力、エンジンブレード等々基本的には仮面ライダーアクセルと同じのようだが……?
振り切ってスタートです。
感想、指摘、評価などいつでもお待ちしております。次回更新は頑張って今月中を目指したい…….
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