仮面ライダーダークディケイド IFの世界   作:メロメロン

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Dに異変/奴の名はアクセル?

 

 

 園崎家。

 

 風都に住む者でその名を知らぬ者はいない。

 街の顔と言っても過言ではない、名家中の名家。

 その園崎の屋敷では夜の晩餐会に向けて準備が進められていた。

 

 そして、たった今仕事から帰宅して大広間のソファに座っているのは次女の園崎若菜。

 愛猫のミックを撫でながら紅茶で喉を潤す様はまさにお嬢様という風格を漂わせていた。その所作一つ一つからも育ちの良さを伺わせている。

 

「あら若菜、今日は随分早いのね」

 

 そんな彼女に声をかけるのは、長女の園崎冴子。

 同じく仕事から帰宅したらしい姉に若菜はにっこり微笑みながらもう一人分の紅茶を淹れる。

 

「そういうお姉様こそ。社長ってのも案外暇なのかしら?」

 

「少なくともタレントよりは忙しいわよ。今日だって半分放り投げてきたようなもんなんだから。それでもお父様の機嫌を損ねるよりはマシでしょう?」

 

「それもそうね……お父様ったら、私達が晩餐会に出席しないと拗ねちゃうんですものね。私達だってもう子供じゃないっていうのに」

 

 仲睦まじく会話を交わす美人姉妹。

 そんな彼女らが最終的に行き着くのは、共通の悩みの種である。

 

「それで……今夜も来人は欠席かしら」

「でしょうね……」

 

「「はぁ……」」

 

 美人姉妹の顔を曇らせる、園崎家長男の存在。

 遅めの反抗期か、それとも自由気ままな性格故か、彼は家族の集まりにも顔を出さないことが多いのだ。

 いつの間にか若菜の腕から抜け出して何処かに行ってしまったミックのように。

 ペットは飼い主に似るというが、あの飼い猫を見ているとあながち間違いでもないなと姉妹は思考を共有させた。

 

「一体あの子、どこで何をしているのかしら」

 

「それがわかれば苦労しませんわ。小さい頃はあんなに素直で可愛かったのに……あぁ、嘆かわしいこと」

 

 さて、晩餐会で父や母は何と言うか。

 今から気が重い、と姉妹は揃って二度目の溜息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「ウォォォォッ!!」

 

 鈍い銀の輝きを宿した大剣を掲げ、アクセル・ドーパントがスパイダー・ドーパント、そしてDDナイトへ猛然と駆けてくる。

 その烈風の如き突撃の勢いたるや、掛けるべき制止の言葉すら忘れてしまうほど。

 そのようにしてたじろいでいる者など相手にとってはいい的も同然であり、DDナイトがまず真っ先に叩き斬られてしまった。

 

「ぐぁぁっ!? ま、待って! 話を聞いてください!」

 

 聞く耳持たずのアクセル・ドーパントは剣を振るう腕を止めはしない。

 いつもと勝手が異なるブランク体では回避も満足にできず、食らった衝撃に吹っ飛ばされるDDナイト。

 アクセル・ドーパントはそのまま追撃に移ろうとして、しかし横から払われた爪の対処を余儀なくされていた。

 

「なぁぁんでお前みたいな鬼がいるんだよぉ!! 今日はハッピーな日なのに! 消えてくれよォォ!!」

 

「黙れ。腐った声は、聴いてる耳まで腐らせる」

 

 "一本角の鬼"を恐れているのか、狂乱状態に拍車をかけているスパイダー・ドーパントが躍起になって攻め立てるものの、アクセル・ドーパントはびくともしない。

 爪が駄目なら糸はどうだ、と吐き出されたそれも大剣の一振りで容易く切り裂かれてしまう。

 繰り出す技の悉くをそうして潰しては大剣を叩きつけ、やがてスパイダー・ドーパント側が防戦一方になってしまった。

 

 今のうちに、とレイキバットが吹っ飛ばされた大地の介抱に向かうとカメンライドは既に解除されていた。

 大した傷も負っていない様子に安堵しつつ、彼の横でアクセル・ドーパントの戦闘を観察する。

 

「なんて野郎だ……あのアクセルって奴、相当な実力者らしいな。あの剣もかなりの重量のようだが、それが全くハンデになってねえ。ありゃ名護に匹敵するぞ」

 

「その剣が向けられる側じゃなかったら素直に頷けるんですが……」

 

 ダークディケイドは軽口を返してこそいるものの、その発言の節々には隠しきれない緊張と困惑がある。

 まともに発動しない必殺技やフォームチェンジ。この世界を象徴するライダーに酷似した怪人。この短い間だけで異常事態が起きすぎている。

 

「大地、ここは一旦撤退するべきだ。アクセルから話を聞くか、逆にぶっ飛ばすにしても今のダークディケイドじゃ困難だろう」

 

「ぶっ飛ばしませんよ……でも、ここで誤解をされたまま逃げるのもあんまり良くない気がします。あの人は警察の人みたいですし、僕のことを街を荒らす怪人かなにかと勘違いしてるっぽいので話せばわかってくれますよ! ……きっと」

 

「お前自身もだいぶ不安が大きそうに見受けられるが……」

 

 しかし大地が言うことにもまあ一理ある。

 ここで誤解を与えるよりかは、しっかり話し合っておいた方が後々都合が良いのは確かなのだ。それに襲ってきた蜘蛛怪人は論外にしても、アクセルが無差別に人を襲う輩にも見えはしない。後はその方法だが……。

 

「ひぎゃああ!?」

 

 一人と一羽の思考を遮る甲高い悲鳴。

 どうやら鬼気迫るアクセルの猛攻に蜘蛛怪人が耐えきれなくなったようだ。身体中をズタズタに斬り裂かれ、自慢の爪さえもパックリと割れてしまっている。

 予想はついていたが、あのアクセルは変質者紛いの怪人が歯が立つ相手ではない。

 

「なんで俺がこんな目に遭うんだよぉ……どいつもこいつも、バレンタインで幸せそうにしてるみんなにプレゼントをあげようと思った俺が……」

 

「心までメモリに食われたか。これで終わりにしてやる」

 

 散々に斬られてすっかり逃げ腰となったスパイダー・ドーパントにトドメを刺すべく、アクセル・ドーパントが放出する熱量がどんどん増していく。

 炎まで噴き出して燃え始めたアクセル・ドーパントを目にして、既に逃げ腰だったスパイダー・ドーパントはいよいよ逃げ出した。

 一目散に走り出した相手を逃がしはしない、と追う姿勢のアクセル。

 だが、ここでスパイダー・ドーパントは新たな能力を発動する。

 

 身体がバラバラになったかと思えば、その一つ一つが小型の蜘蛛となって別々の方向に逃げ出してしまったのだ。

 

「なんだと……!?」

 

「ハッ、あの蜘蛛怪人め、意外と芸が細かいじゃないか」

 

「確かに……って、いやいや! 感心してられませんて! これじゃ逃げられちゃいますよ! ああもう、虫取り棒みたいな武器のライダーは……いないよね、流石に」

 

 アクセル・ドーパントやダークディケイドも捕まえようとするのだが、いかんせん対象が小さ過ぎた。

 その上すばしっこいときたのだから、結局一匹も捕まえられぬままに蜘蛛は何処かへ消えてしまった。

 まさにあっという間の出来事。この意外な逃走劇には誰もが呆然としてしまう。

 

「お、おいおい……」

 

「に、逃げられちゃった……」

 

 流石に追跡は不可能か。

 ダークディケイドと揃って気まずそうにしていたが、くるりとこちらを振り向いたアクセルの形相に場の緊迫感が甦る。

 息を呑む、とはまさにこのことかとレイキバットは場違いな感想を抱いた。

 

「どうやらお仲間には見捨てられたらしいな。だが、貴様は逃さん。ドーパント」

 

「お仲間? ドーパント?」

 

 僕が? と自身を指差すダークディケイドは愛嬌がなくもないが、そんなことで戦意を削がれるアクセルではなく。

 再び駆け出した赤き重戦士は容赦なく大剣を振り下ろす。

 黒い仮面を叩き割らんとした斬撃はライドブッカーを剣にして防ぐも、見た目に違わずアクセルの剣は重い。

 どんどんライドブッカー側が押し込まれ、ついにはその剣先がダークディケイドの左肩にめり込み始める。

 

 この重さ、そして鋭さ。大剣がダークディケイドの片腕を斬り落とすのは時間の問題やも知れぬ。そう思ってしまったレイキバットが果敢にも飛翔する。多少なりともアクセルの気を逸らせればいい、と。

 

「どけ!」

 

「ゴハァッ!?」

 

 しかし、無情かな。レイキバット決死の体当たりはアクセルの裏拳によってあっさり弾かれてしまった。

 金属音を鳴らして転がるレイキバット。渦巻き状に目を回している仲間を目にして、大地の感情が一時的に爆発した。

 

「レイキバットさん!!」

 

 押し負けていた力を跳ね返し、大剣ごとアクセルを弾くダークディケイド。

 急な力の増大に驚愕している相手を他所に新たなカードを抜き取る。

 使えるかどうかはわからない、なんて希望的観測すら無いが、それでも大地が思い付く最善策はこれしかなかった。

 

 KAMEN RIDE G3

 

 選ばれたのは耐久性、体力面のコスパの良さを兼ね備えたG3へのカメンライド。

 これでひたすらアクセルの攻撃に耐え、話を聞いてもらう……そんな泥臭くも愚直な方法が大地に考えられる唯一の策であった。

 だが、ここでも異常は起こる。やはりと言うべきか、身に纏ったG3の装甲はいつもと若干異なっており、パワーが低下している感覚もある。

 

 この姿がG3マイルドと呼ばれるライダーであることを大地は知らない。

 

 さあ来い、と身構えたDD G3マイルドに今一度剣を構えるアクセルであったが、その観察眼がとある部分に目を付ける。

 彼としても決して見逃せない印がそこにあったが故に。

 

「また姿を変えたか────む、貴様その胸のマークは……!?」

 

 仮面ライダーG3とは警視庁所属の小沢澄子が開発したパワードシステム。警察組織で公式に活動する証明として、胸部に警察のシンボルマークがある。

 つまり、警察官にとってこのG3マイルドはある意味同僚のようなものでもあるのだ。

 無論この世界にはG3システムなどないのだが、それでも警察は警察。アクセルが思わず剣を止めてしまう理由には十分に足る。

 

 しかし、そうして止まったのもあくまでほんの一瞬。

 

 変幻自在、常識知らずの怪人を相手にしているアクセルは警察のマークすら敵の罠と断じて再度斬りかかろうとする。

 来るか、と受け止める構えのDDG3マイルド。

 両者が激突する直前、その隙間に割って入る人影があった。

 

「もうやめてください! 二人が戦う必要なんてありません!」

 

「瑠美さん!?」

「瑠美!」

 

 叫ぶ瑠美にハッと気付き、寸前で剣を止めるアクセル。

 生身の、それも怪人でもない女性は彼でも流石に斬れない。

 

「邪魔な女……! どけ! 自分が何をしているのか、わかっているのか!? ソイツは怪物、ドーパントだぞ!」

 

「どきません! 大地くんはそのドーパントって怪人じゃありませんから。とにかく、私達の話を聞いてください!」

 

「訳の分からないことを……!」

 

 威圧的なアクセルにも瑠美は一歩も引かない。

 話を聞いてくれるまでは退かない、と。彼女の強い眼差しが雄弁に物語っているようでもあった。

 瑠美ばかりを危険に曝すつもりはない大地も変身を解いて彼女の横に並び立ち、同じくアクセルを見つめる。

 視線が交差すること数秒、舌打ち一つと共にアクセル・ドーパントの赤熱した重装甲が融解する。

 変身後の姿に負けず劣らずの形相で大地達を睨む赤ジャンの刑事は、しかし警戒心は全く捨てていない。

 

「そこまで言うなら聞かせてもらおうじゃないか。お前達の素性とやらを。

 だが、最初に警告だけしておく。──俺に質問はするな」

 

 アクセル・ドーパント、照井竜。

 彼との出逢いはそんな衝突が始まりなのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「で、結局追い返されてきちまったと」

 

「はい……」

 

 頬杖をついて溜息を吐く龍我に申し訳なさそうに返す瑠美。

 長時間待たされた挙句に良い報告もできないとなればそんな反応でも無理はない。

 掃除を任されたとはいえ、朝から夜までずっと、それもネガタロスと二人きりという状況は龍我にとってはそれなりにストレスの溜まる環境であったのだろうなとレイキバットには容易に想像がつく。

 

「俺が掃除してるのにネガタロスは全然手伝いやしねえし、横でず────ーっと俺様の部下になれだのなんだの言ってくるしよ! なんなんだよコイツは!」

 

「なあ万丈、よーく考えてみろ。大きな組織に所属するってことが如何に大切か、お前でもわかる筈だ。元の世界じゃ政府に追われてたんだろ? 俺様の組織に入れば、それ即ち俺様の加護下に入るも同然なんだぞ?」

 

「うるせぇ! 一番小せえ奴が言っても説得力ねえっての!」

 

「ぐっ……気にしてる事を」

 

 ネガタロスお得意の勧誘術も龍我にはまるで効果ゼロ。

 しかしこんな調子のやりとりを一日中してきたのだとすれば、これは同情を禁じ得ない。

 レイキバットは労いの意も込めて龍我の肩をポンポン叩いてやったが、本人は気付いていなかった。

 

「その……福井って刑事は」

 

「照井です」

 

「そうそう照井だ照井! で、その照井って刑事はなんて言ってたんだよ」

 

「オホン! ……『悪いが子供の戯言に付き合っている暇はない。お前達、病院で頭でも診てもらったらどうだ?』」

 

「声真似のつもりなんだろうけど、似てるのか似てねえのかさっぱりわかんねえぞ」

 

 精一杯のモノマネで照井との会話当時を再現してみせようとするも、龍我の反応はさっぱりで──まあそれはそれとして。

 

 自分達の旅路や目的、ありとあらゆる内容を大地達は照井に説明した。

 そしてもし叶うことなら共闘もしたい、と付け加えて。

 だがしかし、対する照井の返答は既に瑠美が言った通り。

 ダークディケイドやレイキバットを認知しているにも関わらず、だ。

 いきなりの申し出ならまだしも、別世界の技術産物をはっきり見た上で全く信じないというのは些か不自然だとレイキバットには思われた。

 

「あの突き放す物言い、半信半疑ですらねえのはどうにも引っかかるな。実際に変身してみせた奴がこっちにいるのに、子供の戯言扱いで終わりとは……俺の見立てじゃあの男はもっと賢いと思っていたが」

 

「あれ、レイキバさんは照井さんのこと気に入ってる感じなんですね。私にはすっごく怖く見えて、ちょっと苦手かもです。悪い人じゃないのはわかりますけど」

 

「そうか? ……瑠美が言うなら、そうなんだろう。どうやら俺は照井竜を気に入ってるらしい」

 

 敵を攻めるアクセルの勢いは確かにレイキバットが口癖とする「華麗に、激しく」と合致していると言えなくもない。激しさの主張がかなり強めで、華麗さなどほぼ無かったが、それでも惹かれるものはあった。

 もし大地より先に照井と出逢っていれば、彼に付いていくという未来だってあり得たかもしれない。

 

「それに照井さん、ああ言ってましたけどガイアメモリとドーパントのことはしっかり私達に教えてくれたんですよね」

 

「なんじゃそりゃ。瑠美達を信じねえって言っておきながら? なんか変じゃね?」

 

 USBにそっくりな形状で、人体に挿すと怪物に変貌するアイテム──ガイアメモリ。

 その怪物の名称──ドーパント。

 これら基本概要も簡潔ながら照井が説明してくれたのである。

 

「アイテムを身体に挿して怪人になるって……まるでスマッシュじゃねえか。はぁ〜まさか別世界にもスマッシュに似た奴がいるなんてなぁ」

 

「……人、なんですよね。倒して、その変身してた人はどうなるんでしょうか……?」

 

 これまでの世界の怪人とは、殆どが明確に人間を超えた異種生命。

 だが、今回のドーパントは人間が変貌したもの。いつもの要領で撃破して、中身はどうなるか。相手が悪人でも心配する彼女らしい悩みである。

 

「大丈夫だろ、スマッシュだってぶっ倒せばフツーに元の人間出てきたし。今回も似たようなもんだろ」

 

「……はい、きっとそうですよね!」

 

 類似していようが、細部まで一緒とは限らない。

 スマッシュがそうだからと言ってドーパントもそうとは決して言えないのだが、レイキバットも敢えて口にはしない。

 せっかく払拭しようとした心配をぶり返すような真似は望んでいないのだ。

 

 と、今日一日の出来事を報告しあってひと段落ついたところで龍我がリビングの一角をチラリと見やる。

 

「それで……大地は一体何やってるんだ?」

 

 これまでの会話に大地は一度も混ざらなかった。

 何故なら彼はこの間ずっと荷物の整理をしていたのだから。

 数日分の衣服、インスタント食品、寝袋、変身道具一式等々、必要となる物を悩みながら選び纏めている。

 なるべくこちらに近づかぬよう、部屋の隅っこで一人準備する様はまるで────

 

「まさか……家出か!?」

 

「あはは。半分正解、かも。大地くん、蜘蛛のドーパントから食らった子蜘蛛をなんとかするまでここから出て行くって言って聞かないんです」

 

 愛する者に触れると爆発する子蜘蛛──スパイダー・ドーパントが放った仕掛けは未だ大地の体内に潜んでいる。

 照井が言うには、ドーパントから受けた能力は基本的にドーパントを撃破することでしか解除ができないのだという。

 愛する者とやらの判定が曖昧な以上、不用意に誰かを爆死させてしまう危険性を孕んだ自分は別行動を取るべきだと大地は言い張ったのだ。

 

「マジで家出かよ……ん? じゃあアクセルの記録はどうするんだよ」

 

「とりあえず僕は蜘蛛のドーパントを追うので、アクセルの方は瑠美さんと万丈さんに任せます。照井さんは僕らが探してるアクセルではありませんでしたけど、本当の仮面ライダーアクセルとは何か関係がある……そんな気がします。こっちが片付き次第僕も合流するので、それまでよろしくお願いしたいです」

 

 こういった別行動を取る際には大体良からぬことが起こるものだが、今回もやむを得ないだろう。

 大地は釈然としていない龍我にペコリと頭を下げ、さらに距離を置いてから瑠美にも頭を下げる。そこで思い出したかのように赤い紙袋を瑠美が持ってきた。

 そういえば、買い忘れがあったと言った彼女が買ってきたのはこれだったか。

 

「これ、持っていってください。本当はもっと落ち着いた時に渡したかったんですけど」

 

 直接触れ合わぬように注意を払い、受け取った紙袋。

 鮮やかな包装が施された箱を中から取り出すと、そこには金色で縁取られた"Happy Valentine"の文字。

 

「知ってるか? バレンタインにチョコ貰っても、ホワイトデーに返さなかったら八つ裂きにされるんだぜ!」

 

「えぇっ!?」

 

「ちょっと万丈さん! そういう冗談は大地くんが信じちゃいますよ!」

 

 初めて触れる文化の象徴に嬉しいやら恐ろしいやらの大地。

 そんな彼を見ている龍我の目がかつての遠い記憶に向かう。

 

「そういえば香澄も────なんでもねえ」

 

 熱くなった目頭をゴシゴシ擦る龍我。

 そんな彼にも瑠美は黙ったまま大地と同じチョコを差し出す。

 そしてもう一つ。

 

 可愛らしくデフォルメされた白蝙蝠が羽ばたいている、小さなスノードーム。

 これがレイキバットの前にちょこんと置かれた。

 

「俺に、か?」

 

「レイキバさんはチョコが食べられないので迷ったんですけど……前に買ったスノードームを結構気に入ってくれてたみたいだから、こんなのにしてみました。中の蝙蝠さんも、ちょっとレイキバさんっぽいでしょう?」

 

 似てると言われても、自分はこんなファンシーなキャラではない。

 華麗さもなければ激しさもなく、かと言って気に食わない訳でもなく。

 前に貰ったスノードームもそうだが、今回の贈り物も不思議とレイキバットをソワつかせる。

 人間ならば、こういう時はどう表現するか。生憎、鬼塚がインプットした知識にも解は載っていなかった。

 

「そうかぁ? レイキバはもっと厳つい顔じゃん」

 

「言えてるな。ところで瑠美よ、俺様の分はあるんだろうなぁ?」

 

「ネガさんは……こんな感じでどうでしょう?」

 

「ブラックチョコか……! ククク、やはり俺様のような悪のカリスマには黒が似合う……!」

 

 初めてのバレンタイン。初めてのチョコ。

 期せずして訪れた文化体験は中々悪くない。

 そんな感想を抱くレイキバットなのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「さて、僕はそろそろ行きます」

 

 大地がそう切り出した途端に、賑やかだったリビングが一気に静まりかえる。

 出立の準備が整った、ということなのだろう。

 名残惜しくはあるものの、解決は早い方がいい。

 

「せめて朝まで待てばいいのに」

 

「なるべく危険は避けたいので」

 

 食べられないチョコに何故か喜ぶネガタロス眼魂を、チョコ諸共大地が持ち上げる。

 なにやら文句を言う目玉は様々な変身道具が揃っているポーチに突っ込まれた。

 そのまま出て行こうとする大地。レイキバットはその背中に続こうとしたが────

 

 

「あ、レイキバットさんは瑠美さん達と一緒にお願いします」

 

 

 やんわりと、しかしはっきりと拒否の意を示された。

 当然自分も同行するものと思い込んでいたレイキバットは瞠目しつつ、身体を横に振って突っぱねた。

 平時であれば素直に頷ける。しかし、今回ばかりは大地の頼みであっても承伏しかねる理由があった。

 

「……何故だ。ダークディケイドが原因不明の不調である今、使える戦力が多いに越したことはない筈だろう。ガイドだってあんなザマじゃいつまた使えるようになるとも知れないんだぞ」

 

「大丈夫ですって。ほら、僕にはまだメイジもベルデも、冠だってあるんですから。ネガタロスも付いてますし」

 

「それが尚のこと不安要素なんだがな……」

 

 ダークディケイドとレイを除いても、大地の変身手段は3種もある。

 それだけの自由度は十分破格なのだが、しかし万能に過ぎるダークディケイドの多彩性に比べれば見劣りしてしまうのも否めない。

 故に一つでも多く選択肢を増やすのは当然のことであると大地もわかっているものと思い込んでいたのだが。

 

「瑠美には万丈が付いてる。それだけじゃ不服だとでも言う気か」

 

「そんなんじゃなくて、僕が言いたいのは念の為ってことなんです。いつどこでドーパントと遭遇するか、わからないでしょう? レイキバットさんが付いててくれるなら僕も安心──」

 

「んなことはこれまでも同じだろうが! だったらベルデのデッキでも瑠美に貸してやれば済む話だ! 教えろ、何故俺だけ置いていく!?」

 

「だから置いていくとかそんなつもりじゃなくて! レイキバットさんだからこそ僕は──!」

 

 どこまでも平行線の言い合いは徐々にヒートアップしていく。

 自分らしからぬ物言いだとしても、それだけレイキバットには譲れないものがある。

 先の失態を挽回するために。

 少しでも大地の戦力になるために。

 今回ばかりは別行動をするつもりはないのだ。

 

 互いが互いに譲らぬ意見のぶつけ合いは、もはや瑠美や龍我の仲裁すら受けつけないほどに白熱しかけて。

 

 だが、そんな熱を冷ましたのは意外な人物の言葉であった。

 

 

「変われよ大地。そこの聞かん坊なゴミコウモリに俺様が一発かましてやるよ」

 

 

 ポーチからの呼びかけに一瞬躊躇するも、頷く大地。

 そうしてネガタロスに憑依され、大地の雰囲気も一変する。

 瞳の優しい光は鳴りを潜め、ギラついた視線がレイキバットを射抜く。

 

「ゴミコウモリィ。お前、なんにもわかっちゃいねぇな。お優しい大地が言わねえようだから、俺様がはっきり教えてやるよ」

 

「ヘッ、テメェなんぞに何言われようが俺の意見は変わらねえさ。とっとと引っ込みやがれってんだ。俺が話したいのは大地であってテメェじゃねえ」

 

 このネガタロスが大地に憑依した状態──N大地という者をレイキバットはこの上なく嫌っていた。

 ニィ、と薄気味悪く笑うN大地は邪悪そのもので、彼本来が持つ優しさは面影もない。

 しかも大地と同じ顔をしているのだから尚のこと気分が悪い。これで好きになれ、という方がどうかしている。

 だが────

 

 

「お前はもう要らねえんだよ。戦力外、お荷物、要するにクビだ」

 

 

 

 この顔、この声で言われてしまってはレイキバットも絶句する他なかった。

 

 

 

「何故自分だけ置いてけぼりなのか教えて欲しい? クックック……! いやはや、お前という奴は俺の想定を遥かに下回って愚鈍らしい。思い出してもみろよ、これまでのレイの活躍を。

 偽ライダー軍団にはコテンパンにやられる、ミラーワールドには入れない……そういや前回の世界でもドウマに撃たれて大地の手を煩わせてたっけなぁ? これだけでも俺様なら即刻廃棄処分してたが……」

 

「ぐっ……!」

 

 言われてようやく気付くほどレイキバットも鈍くはない。

 ここ最近のレイキバット、並びに仮面ライダーレイといえばまるで良いところなし。自覚があったのが尚のこと痛い。

 対するネガタロスはオーディン、パーフェクトドラスと桁違いの強敵と渡り合ってきている。

 戦歴だけに焦点を絞ると、レイキバットとネガタロスの間には大きな差があると言われても言い返せないのだ。

 

 言葉に詰まるレイキバット。

 N大地はその姿にますます笑みを深めながら、大仰に溜息を吐く。ほとほと呆れたと言わんばかりの態度がこれまた癪に障る。

 

「しかもその蜘蛛のドーパントとやらに遭遇した時も変身できなかったばかりか、大地を守ることさえできなかったらしいじゃねえか。もし俺様が憑いていさえすりゃあ、そんなミスも犯さなかっただろうによ。

 戦闘力はゴミクズ、サポートも満足にできやしない……あーあー、こんな道具を何て言うか教えてやろうか? 

 

 ────粗大ゴミ、ってな」

 

「────ッ!!」

 

 ブン! と空気を切る音が鳴る。

 一瞬遅れて吹き飛ぶN大地の身体。

 拳を赤らめて、それ以上に表情を怒りに染めた龍我がN大地の胸倉を掴み上げる。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ好き放題言いやがって……! 言っていいことと悪いことがあんだろうが! お前ら仲間じゃねえのかよ!」

 

 激昂する龍我にも怯まず、ペッと血の混じる唾を吐き捨てるN大地。

 反省の色を見せない相手の態度が龍我の拳を再び振り抜かせる。

 鈍い音と共に明後日の方向を向いたN大地の表情は、向き直った時にはさらに悪どい笑みを深めていた。

 

「ッ! テメェ、まだ──!」

 

「もうやめて! 身体は大地君のものですよ!?」

 

 固く握られた拳は瑠美の言葉でどうにか思い留まれた。

 しかしその隙に龍我を蹴飛ばして立ち上がったN大地はニヤけつつ洋服の汚れを払う。

 

「何を勘違いしてるのか知らねえが……俺様はそこのゴミコウモリを仲間と思ったことは一度たりともねえよ。有能な部下なら喉から手が出るほどに欲しいが、無能な道具はお呼びじゃねえ」

 

「訂正してください。レイキバさんは無能なんかじゃありません!」

 

「ほお、瑠美はコイツの肩を持つか。だがな、さっきコイツが何て言っていたか覚えてるか? 『ベルデのデッキでも瑠美に貸しておけばいい』だったか……クク、戦闘の素人にカードデッキを渡してどうなるか、なんざ今更言うまでもねえ筈なんだがなぁ?」

 

 そう言われて、最も顔を歪めたのはレイキバットである。

 瑠美にカードデッキを渡せば自衛手段にはなるであろうが、彼女の性格を鑑みるに十中八九加勢しようとする筈。

 その場合どうなるかと問われれば──高確率で敗北。良くてデッキを奪われ、最悪破壊される。

 そして契約の証を失ったバイオグリーザが真っ先に狙うのは誰か。

 

「……すまん、瑠美」

 

 項垂れて、しおらしく謝罪するレイキバット。

 この程度、少し考えればわかるだろうに。やはり自分らしからぬ浅慮であったと。

 その謝罪を敗北宣言と受け取ったN大地はますます増長した態度で糾弾しようとするが────

 

『そこまでだよ。ネガタロス』

 

 背筋を凍らせるような冷たい言葉。背後の鏡から放たれた舌が軽めに肩を弾く。

 

「……チッ」

 

 バイオグリーザを介した大地の意思は、生殺与奪を握られたネガタロスには到底無視できるものではなく。

 小さく舌打ちをしてから身体は本人に返された。

 自らの指示とはいえ、バイオグリーザに弾かれた肩から血が流れているが、そんな痛みも気にすることなく大地はレイキバットに深々と頭を下げる。

 

「ごめんなさい。ネガタロスにはちゃんと言っておくから。それと、ネガタロスが勝手に言ったことも、僕は全然そんな風に考えてませんから」

 

「……いや、構わん」

 

 これだけの問答を経た後でも大地はレイキバットを伴おうという意思を見せない。

 ネガタロスを、バイオグリーザを連れて行っても、レイキバットだけは置いていくのだ。

 どんな謝意の言葉よりも、その現実がなによりもレイキバットを打ちのめす。

 

「──じゃあ、ホントにすみません……!」

 

 居た堪れない空気から逃れるように写真館を出る大地。

 そしてレイキバットもその後ろを追いかけようともせず、寝室へ向かう。

 

「無駄に騒がせちまったな。大地が言っていたように、どうも俺は本調子じゃないらしい。先に休むとしよう」

 

「レイキバさん……」

「レイキバ……」

 

 すっかり落ち込んでしまった様子のレイキバットには瑠美や龍我も掛ける言葉が見つからない。

 ここまで消沈した彼を誰も見た事がないのだから。

 恐らくは、その本人ですら。

 

 寝室、もとい大地の自室までの長い道のりを翔んで、パーソナルスペースの止まり木に就く。

 

「……」

 

 この現状を思えば思うほどに湧き出るこの感情の正体は何か。

 どこにも解が見当たらない疑問を抱えてレイキバットは目を閉じる。

 主が不在となった部屋のに居心地の悪さを覚えながら、彼はスリープモードに切り替わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 





不穏な始まり。恐らく、過去最高に大地くんの出番が少ない世界になりそうです(え?ほんとに主人公?)

大地くんのライダー、どれが好き?

  • メイジ
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