園崎家の晩餐会。
華やかで慎みのある食卓を、気品のある家族が囲んでいた。
家長、園崎硫兵衞が腕によりをかけて作った料理の数々に舌鼓を打ちながら、彼の妻も娘も談笑に花を咲かせている。
あはは、うふふ、にゃー。
自らの膝上で呑気に欠伸をするミックを撫でながら、上機嫌に笑う琉兵衞。
名家だけあって家族の皆が忙しいこの園崎家でも、定期的に開く晩餐会にはほぼ必ず全員が集まっている。
ただし、ここ最近の長男は例外なのだが。
「今夜も来人は欠席か……最近なにやらフラフラしてるみたいだが、面白いことでも見つけたのかな、文音?」
「ふふ、来人はなんにでも好奇心を抱いてしまうものね。
この前までは私のガジェット開発に興味津々だったくらいだから。
護身用にいくつか試作品も持たせてはいるけど……ちょっと心配ではあるわね」
「ちょっとどころじゃないわ。普通の街ならともかく、怪物が徘徊していますのよ?
それなのに夜遅くまで外出させるなんて……お父様もお母様もちょっと甘いのではなくて?」
「貴女は貴女で心配し過ぎよ、若菜。この街が物騒なのは同意だけれど。
────それもこれも、ガイアメモリなんて危ないモノを売り捌く組織が来てからね」
互いの近況報告や軽い世間話から、ここにいない家族の話へシフトする。
その流れでガイアメモリの単語が出ると、家族全員が顔を曇らせた。
「ビルが溶け、人が死ぬ……ここがそんな街になったのも、確かにあの白服の彼等が来てからだったね。
街の風は乱れていく一方。まったく、悩ましい限りだね。そうは思わないかい、文音?」
「あら、それはガイアメモリの応用研究をしている私への皮肉かしら。
あなたったら、来人がいないだけで随分拗ねてるのね」
「はっはっはっ、拗ね具合ならミックの方が酷いとも。なぁ〜ミック〜?」
ぬぁーご。
不機嫌そうな鳴き声に、家族の間でまた笑いが広がった。
*
その男は役者である。
幼い頃に観た、後年に名作と評価されるような映画に魅了され、何度も見返す内にいつしか自分も映画の登場人物となることを夢見て──。
どこにでもあるような、そんな成り立ちを経てから憧れの役者になった男。
そんな彼を待ち受けていたのは、名もなき脇役を演じ続けるだけの日々。
脇役の必要性も、下積みと経験の重要性も理解はしていた。
しかし、何年経っても主演は愚か、名前のある役すらもらえない。カメラに映った時間の最長記録が刑事ドラマの死体役で6秒という有様。
こんな話はこの業界じゃ大して珍しくもない。
しかし、それでも。
それでも夢想せずにはいられなかった────もっと早く、自分もあのカメラの主役として映りたいと。
故に、彼は手を出してしまったのだ。
「是非ともお買い求めいただきたい品がございます。
あなたの人生を豊かに彩ってくれる魔法の小箱に、興味はありますか?」
白服の販売員が開けたトランクケース。
敷き詰められたメモリの内の一本に、吸い寄せられるように手を伸ばしてしまった────スモッグメモリに。
SMOG!
それから男の生活は一変する。
スモッグの力でどんな人物も乗っ取れたし、あらゆる人生と職業を追体験できた。それは彼にとって、何よりも優れた演技の勉強となった。
プロボクサーの壮絶な減量体験や、興奮と熱狂の試合。
一流ホテルマンの誠実な接客態度、宿泊客への観察眼。
人気洋菓子店に勤めるパティシエの料理技術、豊富な知識。
その一つ一つが彼の演技力を高めてくれた。
次第にちょっとした所作一つとっても素晴らしい演技をできるようになり、脇役から名脇役、名脇役から準主役と露出が増えていく快感。
薔薇色の人生、だなんて演技以外で真面目に思う日々の始まり。
主演に抜擢されるのも時間の問題だろう、という段階にまでやってこれた。
自身を狙う赤い鬼の刑事も、妙な白い蝙蝠を連れた探偵も、彼の演技力を高める為に目を付けた、ステキなステキな標的。
幸い顔を見られたのは探偵だけで、それもほぼ一瞬の出来事。不意を突く機会はまだまだあるに違いない。
今後は刑事ドラマでも、探偵ドラマでも主演を狙えるようになるだろう。
(うふふ……でも、まだ少し気分が悪いな。あの青いヒーローを乗っ取るのはもうやめた方がいいですかね)
メモリを売買した組織から直々に乗っ取って欲しいと依頼された時は驚いたものであったが、今では後悔している。
万丈と呼ばれていた男──組織曰く「仮面ライダークローズ」──を乗っ取った際の感触は形容し難い気持ち悪さだった。
思い出すだけでも、
あれ以上彼の中にいたら、自分の方が乗っ取られていたかもしれない……とは流石に考え過ぎか。
ともかく、さっさと身体を休めなければ、と男は帰路を行く。
「ん?」
自宅のすぐそばまで帰って来て、玄関の戸の前に若い女性が佇んでいることに気付く。
念の為にポケットのメモリとドライバーを握りながら近付くと、女性は華やかに笑って駆け寄ってきた。
「あの……夜分遅くにすいません。私、実は貴方の大ファンなんです! よろしければ、サインいただけませんか?」
差し出される白い色紙とペン。
一瞬拍子抜けして、次の瞬間にはすっかり上機嫌になった男はそれらを受け取った。
日が暮れた時間に非常識だと思う者もいるかもしれないが、サインはいつでもウェルカム、綺麗な女性が相手なら尚更のことである。
毎晩練習を重ねていた自身のサインを"如何にも描き慣れていますよ"と言わんばかりにサラリと書き上げて渡すと、女性は大事そうに両手で抱えてお辞儀してきた。
「ありがとうございます!! これは家宝にさせていただきますね!!」
「ハハハ、そんな大袈裟な。いつも応援していただいているほんのお礼ですよ」
人気の売れっ子役者を目指すなら、謙虚さも忘れてはならない。本当はもっと褒め称えてもらいたいが、そこはグッと堪えておく。
「それとこれも受け取っていただけますか……? 私からの、ほんの気持ちなんです」
そう言って、今度はミニサイズの花束を差し出してくる女性。
黄色とオレンジの中間色の花はこの夜でも実に美しく目立っている。
花束を持つ彼女の可憐な笑顔も、その彩りをよりチャーミングに仕立てていた。
一つ残念なのは、この花の名前を自分は知らないということ。今後に備えて、近日中に花屋を乗っ取って勉強せねばなるまい。またいつ花束を持ったファンに出会うとも限らないのだから。
花束を受け取り、恭しく頭を下げて見せる。これもホテルマンから学んだ仕草の一つだ。
「どうもありがとう、お嬢さん。貴方のお気持ちは決して忘れません。今後とも、応援をよろし────」
「喜んでもらえて良かったです! それじゃ最後に……」
折角のお礼を言ってやっているのに、女性は食い気味に遮ってきた。
湧き上がった不快感はおくびにも出さず、紳士的な笑顔を張り付けて男は応じようとする。
「──騙してごめんなさい」
「オラァ!!」
彼女が申し訳なさそうに頭を下げる意味を理解する前に、花束が突然ひとりでに揺れ動く。
ドスの効いた声が花束の奥から響く怪現象に驚くのも束の間、飛び出してきた白い蝙蝠に男は見覚えがあった。
慌てて飛び退き、ポケットからメモリとドライバーを取り出すも、この白い蝙蝠、レイキバットを前にした行動としてはあまりに遅過ぎた。
「この俺が同じ手を食うかよ!」
「くっ!」
構えた手に強烈な体当たりをかまされ、奪取されてしまうスモッグメモリ。
さらにどこからともなく飛来した、これまた見覚えがある黒いクワガタメカにも襲いかかられ、スモッグメモリをセットするドライバーすら奪われてしまった。
これでもう、男はスモッグ・ドーパントになることはできない。
「油断は大敵だぜ、役者さん」
「! ……探偵さん」
背後を振り向くまでもなく、その低い声の持ち主が誰なのかはわかる。
黒いクワガタメカと、その顎に挟まれていたドライバーを掌に収めたのはまさしく標的と定めていた探偵──鳴海荘吉。
さらには先程見た男達──万丈龍我や左翔太郎までが男を逃さじと取り囲む。
苦々しく顔を歪めた男に、荘吉は不敵に笑った。
「……どうして、僕の居場所がわかったんです?」
荘吉は何も言わず、男の踵を、それから自身の腕時計を示した。
男が注視した自身の靴の踵には、いつの間にやら発信機らしきものが付いているではないか。
記憶を掘り起こしてみると、心当たりがある瞬間が一つ。
まさか、クローズの身体に取り憑いた苦しみから変身を解いた瞬間、あの一瞬でこの探偵は発信機を取り付けていたというのか。
「抜け目ないですねぇ、探偵さん。それにしたって、こんな可愛い娘にファンのフリをさせるなんて、ひっどいですね〜。これが探偵のすることですか?」
焦りを隠すポーカーフェイス。
だが、自然と早口になってしまう男の本心を見透かして荘吉は笑みを溢す。
「いやなに、お前の趣向に合わせてこっちも一芝居打たせてもらっただけだ。そして彼女は見事に演じてくれた。
恨むなら、聞いてすらいない自分の素性をベラベラ喋る自己顕示欲の強さを恨め」
主演女優もとい花崎瑠美は、本当に申し訳なさそうな顔で男に頭を下げる。
危険なシロモノを回収する大義名分があるとはいえ、男を騙したことに変わりはない故に。
しかし、そんな瑠美の清らかな善良性も男には皮肉か何かとしか受け取られなかった。
「芝居は芝居でも、これじゃあバラエティのドッキリですよね。そんな低俗な企画に僕を巻き込まないで欲しいんですがね?」
「知ったことか。その続きは留置場ででもやるんだな」
「そんなのごめん被りますよぉ!」
一見すると男が追い詰められたようだが、ドーパントになりさえすれば逃げおおせることは可能である。
ここさえ切り抜ければ適当な他人でも乗っ取って過ごし、ほとぼりが冷めるのを待てばいい。
その為にも、まず必要になるドライバーを探偵から奪うべく襲いかかる。
しかし、男には知るよしもないことだが、相手は風都きっての名探偵。
荒事は日常茶飯事、相手が逆上して襲ってくる程度で荘吉が怯むわけがなかった。
「手荒にしますけど、我慢してくださいねぇ!」
とある格闘家から学んだストレートは、有名なアクション監督に絶賛されるほどの一撃。素人相手ならまず避けられないと断言できるスピード。
そんな自慢の一撃が迫っているのに、荘吉は顔色一つ変えない。
そして、被っていた帽子で包むようにあっさり受け止めてしまった。
「は?」
動揺した瞬間、男の世界が激しく揺れる。
荘吉が放った強烈な回し蹴り。
そのあまりの華麗さにレイキバットは感嘆の息を吐き、瑠美はあんな風に楽器を蹴る歌手がいたなあと場違いなことを思い出した。
男がぶっ倒れたところへ、すかさず押さえに行く探偵の助手……ではなく龍我と翔太郎。
じたばたと悪足掻きを続けるが、そんなことではびくともしない二人である。
「どいて、どいてくださいよぉ! もうすぐ僕の主演作品が来る、来るはずなんですよぉぉ!!」
「刑務所で演技を精々磨いておくんだな。今度は真っ当に役者を目指せ」
「ぅうううぅう……」
これにて一件落着。
なんて、言い出す者はいない。
この後に乱入してくるかもしれない者がいるのは、先の戦闘を経験していれば想像は容易である。
すっかり消沈した男を横目に、レイキバット達が注意を払う中で、火花が暗闇に瞬いた。
「避けろ!」「我慢しろよ瑠美!」
殺到する弾丸。咄嗟に動けたのはレイキバットと荘吉のみ。
その射線上に立っていた龍我を蹴り飛ばし、反動を利用して転がり自身も弾丸から身を躱す荘吉。
レイキバットも速射の氷結弾で飛来する弾を相殺しつつ、瑠美の襟首を咥えて退避させたものの、その拍子にスモッグメモリを落としてしまった。
この突然の射撃において、一人だけ射線から外れていた翔太郎は回避行動の必要がなく、故に迎撃の余裕が生まれた。
ジョーカーメモリを取り出そうとするその姿に、レイキバットが感じた違和感は、闇からの襲撃者が明るみに出たことで霧散する。
飽きるほどに見慣れた黒い装甲のライダー、ダークディケイドその人であったのだから。
「メモリ、返してもらいますから」
「おいでなすったか……!」
いくら警戒をしていようが、生身の人間がライダーの身体能力に敵うべくもなく。
荘吉が保持していたドライバーはダークディケイドに苦もなく奪われ、レイキバットが落としたスモッグメモリも拾われてしまう。
そして、ドーパントへの変身を可能とするアイテム二種はあっさり男の手に戻されてしまった。
「────うふふふフふフふふ……! やっぱり! やっぱり! 僕の華道はこれからなんだ! さぁ、今度こそ探偵さんを学ばせてもらいますよぉぉ!!」
SMOG!
ダークディケイドに並び立つスモッグ・ドーパント。
己の欲望を暴走させたドーパントは当初の標的である荘吉へと、歩みを進めていく。
そんな怪人を一瞥したダークディケイドもまた無感動に──実に彼らしからぬ動きで、龍我へ剣を向けるのであった。
*
「変身!」
Wake up burning! Get CROSS-Z DRAGON! Yeah!
変身の完了を待たぬまま駆け出し、ダークディケイドと剣をぶつけ合うクローズ。
横に立っていたスモッグ・ドーパントはというと、彼らの戦闘には興味は示さず。
ゆらりゆらりと淀みのある足取りで、荘吉を目指し始めた。
「だぁッ、クソ! なんでメモリがないんだよ!?」
身勝手な願望で愛すべき街の住人を苦しめるドーパントが眼前に迫っている。ブラックマンとして、決して見過ごせない悪党が。
仮面ライダーだの、ダークディケイドだのの事情は今でもよくわかっていないが、悪党をぶっ潰せるのならと荘吉に同行してやって来たのだ。
なのに、翔太郎は未だジョーカー・ドーパントにその身を変じてすらいない。
肌身離さず持ち歩いていた筈のジョーカーメモリがどこにも見当たらないのだ。
まさか、知らぬ間に落としてしまったのか。
「探し物はコイツか?」
「そうそうそれだよ。マジで焦ったぜ……って、なんで鳴海のおっさんが俺のメモリ持ってんだ! 返せよ!」
なんと、荘吉がこれ見よがしにジョーカーメモリを持っているではないか。
一体いつ奪ったのか、いやそもそも何故奪ったし。
唖然としている翔太郎の額にデコピンが炸裂し、目の前に火花が散った。
「あだぁ!?」
「お前はガイアメモリの危険性がわかってねえ。コイツは俺が預かっておく」
「んなこと言ってる場合かよ!? 俺がメモリ使わないでどうやってあの野郎を捕まえるんだよ!」
ジョーカー・ドーパントを除外すると、こちら側で唯一対抗できるクローズはレイキバットと共にダークディケイドにかかりきり。
とてもじゃないが、スモッグ・ドーパントまで相手取る余裕はないだろう。
「喚くな。策はある」
迫るは全身毒ガスの怪人。
対する探偵が取り出したるは、殺虫スプレー。
もう一度言おう。殺虫スプレーであると。
「……鳴海のおっさん、ドーパントは殺虫剤で追っ払えねえぞ」
「さて、どうかな」
ゴキブリを瞬間凍結! ──そんな売り文句に劣らぬ凍結スプレーが猛烈噴射される。
スモッグ・ドーパントの全身に満遍なく吹きかけられる光景を、まるでコントを見るように眺める翔太郎。
「ぐぅぅううッ!?」
しかし意外や意外。
そこら辺に売っている殺虫スプレーなのに、ドーパントは明らかに苦しんでいる。
以前と同じく、こちらを揶揄う演技なのではと思うものの、そんな様子でもない。
「き、効いてる! 効いてるぜ鳴海のおっさん!
ドーパントにも効くなんて……流石だなぁ、フ◯キラー」
「効き目があるのはこのドーパントぐらいだろうがな。奴の身体は殆どがガスで組成されているから、攻撃が通り難い……が。
こうやって急激に純度を下げてやれば……」
先の戦闘時、スモッグ・ドーパントはレイキバットの冷気に異様に怯んでいた。クローズの必殺技以外はまるで意に介していなかったというのに。
「ダメージになる! そうとわかりゃ俺も手伝うぜ、鳴海のおっさん!」
「……好きにするんだな」
ポイ、と雑に渡された新品のスプレーで翔太郎もスプレー噴射に参加する。
より一層苦しみ悶えるスモッグ・ドーパント。
この苦痛から逃れたければ、変身を解く他ない。
そうして元の人間の姿を晒したその時こそ、確実に捕らえるチャンス。
「さあ観念しやがれ!」
しかし、この戦法には大きな穴がある。
このスモッグ・ドーパントの実質的な完封は、他の誰にも邪魔をされないことが大前提。
無論そんなことを失念している荘吉でもなく、ダークディケイドからの妨害は最大の懸念事項として考えてはいた。
しかし、クローズとレイキバットなら知己の間柄なのも加味して十分抑えておけると判断し、実行に臨んだのだが。
ダークディケイドの能力をより良く知っていれば、その判断は誤りであったと気付いていただろう。
KAMEN RIDE KNIGHT
荘吉はスプレーを絶え間なく噴射している間にも、クローズと戦闘中のダークディケイドには常に注意を払っていた。
故に紺色の騎士、DDナイトへとその姿を変えた際にこちらに敵意が向いたことに気付くことができた。
「離れろ翔太郎」
「ぁあ? なんでだよ、あと少しで──」
「さっさと下がれ!」
有無を言わさず、半ば放り投げる形で翔太郎を後ろに下げる。
また自らも背後に跳躍する荘吉。
ATTACK RIDE TRICK VENT
次の瞬間放たれる、増殖した鏡像による風を切るような斬撃。
荘吉のスプレー缶がまるで紙のようにスッパリ切断されて、小規模の爆発を起こす。撒き散らされる殺虫剤独特の強い香り。
あと一歩遅ければ、ここに血煙も混じっていたことだろう。
煙を腕で払った先では、荘吉ですら眼を疑う光景が広がっていた。
クローズと斬り結ぶDDナイト。
レイキバットの氷結弾を斬り払うDDナイト。
そして、荘吉に斬りかかったDDナイト。
計三人の分身が荘吉達の眼前にて剣を振るっていたのだ。
「分身能力まであるとは……ドーパントが可愛く見えてくるな」
「 メモリを寄越せ鳴海のおっさん!」
翔太郎の怒号が響き渡る。
これはいよいよジョーカーメモリを返すしかないか──。
荘吉が決断を下す前に、動いたのはスモッグ・ドーパント。
DDナイトの手助けこそあれ、またスプレーを吹き付けられては堪らんと思ったか、変身を解いて逃走を開始してしまった。
「待ちやがれ!? ────ックソ!」
追いかけようとした翔太郎を遮るダークバイザーの刃。
DDナイトの仮面の奥から覗く青い瞳が、荘吉と翔太郎を睨んでいるかのように妖しく輝いた。
*
大地がドーパントを庇い、クローズに攻撃を仕掛けた────そう聞かされても、瑠美は信じられなかった。
勿論、レイキバットや龍我が嘘を言っていると思ったわけではない。
しかし、いつだって、みんなを守る為に必死で戦ってきた彼の姿を瑠美は間近で見続けてきたのだ。
何か事情があって、ドーパントを庇う。それだけならまだ納得はいく。
その事情も話さず、一方的に攻撃してくるダークディケイドと、これまでの大地の姿がどうしても瑠美の中では重ならなかった。
「大地くん……?」
だから、目を疑ってしまう。
今まさに目の前で繰り広げられている戦闘、ダークディケイドとクローズの衝突を見ても、これが現実なのだと受け入れられない。
「大地ィ! いつまでダンマリ決め込む気だよ! 守りたい人の為に戦うって、こういうことなのか!? なんとか言ってみろ!」
「……」
無言を貫き通し、淡々と剣を交えるダークディケイド。
仮面ライダーナイトと瓜二つの姿、DDナイトへカメンライドした彼は三人に分身してレイキバットや荘吉達にも剣を向けている。
見れば見るほど、彼らしからぬその姿に、瑠美の中である疑惑が生じた。
「ヘッ、分身如きで俺を倒せるかよ!」
レイキバットも果敢に飛び回って分身の一人と戦っているものの、有効打は与えられていない。
氷結弾の悉くを弾くDDナイトの太刀筋は素人の瑠美をして、レイキバットがいつ切り捨てられてもおかしくないと思えるほどのもの。
あの大地が、レイキバットを本気で傷付けようとしている?
「────そういう、ことなんですね」
そんな光景を見たお陰で、瑠美の疑惑は確信に変わった。
迷いなき動作で懐に忍ばせていたカメラを取り出す。
それは、護身用として荘吉から持たされていたバットショット。
BAT
一緒に渡されていたギジメモリも装填し、起動したガジェットが宙を舞う。
DDナイトの分身全員に体当たりと、目潰しとなるフラッシュを浴びせ彼の攻撃を阻害した。
ダメージと呼べるほどではないとはいえ、不意打ちを食らったDDナイトの視線が瑠美に集中する。
自身に向けられる敵意に流れる冷や汗を自覚しながら、しかし瑠美は気丈にも一歩ずつ踏み出していった。
「瑠美!? 危ねえから下がってろ!」
「下がりません。危ないのもわかってます。
だけど、あなたの悪巧みをこれ以上見過ごせません」
あなた、と指されたDDナイトは仮面の奥から睨み続けている。
どんどん強まる敵意。しかし、怯むよりも憤りの方が瑠美の中では大きかった。
「大地くんは見ず知らずの誰かを守る為に戦える人です。
決して、親しい人をこんな風に傷付けるやり方を選ぶ人なんかじゃありません」
「──そのドーパントは殺させない。前にそう言ったんですが」
「それなら、その人を連れて逃げるだけですみましたよね。少なくともダークディケイドに変身した大地くんなら、そうするに決まってます」
ついに口を開いたDDナイトの一言にも、にべもなく言い返す。
「それにさっきレイキバさん達と戦った時から今まで、ダークディケイドにまた変身できるまでの時間が経っていません。もしネガさんが憑依していたんだとしても、レイキバさんならすぐにわかったはずですし……。
ダークディケイドの不調もいつの間に直ったんです?」
「……」
「姿形はそっくりでも、私にはあなたが大地くんには思えません。
────これ以上大地くんのふりをするのは、やめてください。私、すっごく怒ってます」
きっぱりと言い放って、DDナイトを否定する。
姿形が、声が同じだろうと、内側は全く違う誰かなのだろうと看破して。
そして、瑠美への注目が自然とDDナイトに移り行く。
そんな彼の答えはというと────。
「……まさかこうして見破られるとは、甚だ予想していなかったが」
遠回しな肯定を述べる声は、もはや大地のものではない。
ダークディケイドの変身が解けて、出てきたのは大地────否、大地によく似た何者か。
しかし、姿こそ瓜二つでもその素顔は、本来の彼とはかけ離れた邪悪そのもの。
もう、瑠美でなくても理解できる。彼が大地の皮を被った別人なのだと。
「お初にお目にかかる。私は財団Xのイズマ」
グニャリと歪む大地の顔が、一瞬で別人のそれへ変わる。
現れたその正体は白服の男性、イズマと名乗る人物。
彼が放った言葉の中で"財団X"という組織名に荘吉が目を細めた。
「諸君らを騙そうとしたのは謝罪しよう。こちらとしては、より効率良く万丈龍我を始末する手段を取ったまでのことであったが。こうして正体を明かした以上、こちらも正面から潰せるというもの。
なにより、これで諸君らも何の憂いもなく戦えるだろう?」
変身に使っていたであろうメモリを手の中で弄びつつ、無感動に語るイズマ。
謝罪するなどと宣っておきながら、まるで謝意を感じさせないその態度にレイキバットの歯がギシリと軋む。
大地の姿を騙っていた怒りなら瑠美にもあるが、レイキバットが感じている激情と比べれば些細なものかもしれない。
「貴様ァ……! この俺を欺くとはいい度胸してやがるじゃねえか! 大地じゃねえなら手加減は無用! 貴様が大地に化けていた理由も万丈を狙う理由も凍り付けにした後にたっぷり吐かせてやるよ!!」
わなわなと震えるレイキバットの顔が鬼の形相を剥き出しにして唸る。
欺かれた怒りも相当のとのだが、それ以上に。
他の誰でもない、大地に化けて卑劣な真似をしようとしたことが、堪え難い怒りとなっていた。
沸き立つ激情をそのまま出力したような、凄まじい吹雪をレイキバットは放つ。
「できるものなら、やってみることだ」
DUMMY!
そんな怒りなど素知らぬ顔で、イズマはメモリのスイッチを押す。
内包された地球の記憶を叫ぶガイアウィスパー。
メモリが装填されたドライバーから始まった変化が、イズマを全身銀色のドーパントに変貌させる。
偽物の記憶を持つ怪人、ダミー・ドーパント。
大地の擬態を解いた時と同じように輪郭が歪み、銀色の肉体が黒い装甲を身に纏う。
そうして仮面ライダーダークディケイドへ"変身"したダミー・ドーパントは、降りかかる吹雪をものともせずに駆け出した。
ATTACK RIDE BLAST
外観のみならず、能力もまたダミー・ドーパントの擬態の対象となる。
これまでの事実からわかりきっていたことだが、改めて突き付けられるその脅威性。
本物と寸分の違いもない威力と密度の弾丸、放たれたディケイドブラストへの対応に各々が動き出した直後。
──柔らかな風が瑠美の頬をふんわりと撫でた。
眼前に巻き起こる、鮮緑色の竜巻。
多重の弾幕を一発残らず弾き飛ばしながら、レイキバットや瑠美達にはどんなに小さな傷でも付けない。
事実として彼らを守っている疾風の奔流、その中心部に佇む影から赤い複眼が輝いている。
「また何か来やがったか……!?」
自身の変身した姿、ジョーカー・ドーパントを彷彿とさせる真っ赤な眼(と思わしきもの)に翔太郎が呆れ半分で呟く。
何者をも寄せ付けない強風は徐々に勢いを緩めていき、中心に立っていた影はその全貌を明らかにし始めた。
どこかジョーカー・ドーパントに似た、それでいて明確に異なる緑のボディと、はためく銀色のマフラー。
Wとも見える銀の角を構える緑の仮面。Cのメモリが装填された赤いベルトを腰に巻いた戦士。
「仮面ライダーサイクロン……!」
驚愕の色を多分に含ませた、擬態ダークディケイドの呟きが木霊する。
呟きの内容に瑠美やレイキバット達もまた目を見開いた。
ドーパントではない、正真正銘この世界のライダーとの初遭遇なのだから。
言われてみれば確かに、これまで見てきたライダー達と雰囲気が似通っている。
「────フッ」
緑の仮面から漏れる、嘲笑うかのような低い声。
漆黒の戦士を見据え、瑠美達には見向きもしない赤い複眼。
その眼と背中を見つめて。
風を置き去りにした疾走が黒い戦士に肉薄していくその様を見て。
瑠美はどうしてか、目を離せなくなった。
大地くんのライダー、どれが好き?
-
メイジ
-
レイ
-
ネガ電王
-
ベルデ