瑠美は仮面ライダーサイクロン、と改めて噛み締めるようにその名を口に出す。
謎の敵が知っているらしき、これまた謎の存在であり、この世界で初めて出会う仮面ライダー。
「────ッ!」
「ヌゥッ!?」
一陣の風を置き去りにして、鮮緑の影が跳ぶ。
そしてその次の瞬間には、擬態ダークディケイドが弾かれたように微かに吹っ飛んだ。
常人の目ではとても追い切れない瞬発力を発揮したサイクロンが、疾風を纏わせた手刀で殴打したのだと遅れて理解する面々。
機械であるが故にマトモに認識できていたレイキバットでさえ驚愕してしまうスピードであった。
サイクロンがまた跳び、擬態ダークディケイドに神速の勢いで攻め続ける。
相手方もまた標的がサイクロンに移ってしまったようで、瑠美達は蚊帳の外になりかけていた。
「……なんなんだ。アイツがこの世界のライダーだとして、いきなりダークディケイドの偽者と対峙する? 第三者から見て、一方的に襲われてるように見えた俺らを守った……いや、ならドーパントと誤認されるクローズまで守る理由が無いはずだが?」
ポカンとしているクローズを一瞥しながら、思考を組み立てるレイキバット。
サイクロンの生み出す突風が、沸騰していた頭を冷やしたようだった。
怒りは収まりきらないものの、幾分かは冷静に考えられている。
瑠美も疾風に撫でられた頬を摩りながら、レイキバットの言葉に相槌を打った。
「……悪いが、俺は役者の方を追う。あの男も野放しにはしておけん」
忘れてはならないのが、スモッグメモリのユーザーである男の逃走。
邪魔をしていた擬態ダークディケイドがサイクロンにかかりきりとなった今なら、追跡も可能となる。その役割を荘吉が買って出た。
何故か翔太郎も一緒になって、ぶつかり合う二人の脇を難なくすり抜けて行く荘吉。
敵ドーパントへの対抗策がある彼等なら、そこまで心配する必要もないだろう。
すり抜けて行く荘吉達を擬態ダークディケイドも気付いてはいたようだが、それでもサイクロンと向き合うことを止めはしなかった。
「流石はサイクロン、と言うべき速さだ。
だが、そのメモリは我々財団が然るべき人物に渡す予定でね。返却させてもらうとしよう」
擬態ダークディケイドがこれ見よがしに取り出したカードは、仮面ライダードレイクのもの。
どれだけ速かろうが、クロックアップには追いつけまい。
そんな考えで選んだカードをドライバーに装填しようとして。
鋭い衝撃が彼の手を弾き、ドレイクのカードを落とさせた。
「チッ──!」
擬態ダークディケイドが落としたカードを拾おうとして、今度は彼の腕を弾く衝撃。
その正体とは、サイクロンが放っている鮮緑の衝撃波──風の手裏剣、とでも呼ぶべきであろう技であった。
威力こそ弱いが、その欠点を補って余りある速度と連射性は擬態ダークディケイドの行動を確実に妨害できている。
「誰だか知らねえが、これ以上良い格好させて堪るかよ!」
ここまでの動きから、とりあえずは味方であると判断したクローズが傍観を辞めて戦闘に突入していく。
擬態ダークディケイドはサイクロンの手裏剣に手を焼いている状態。そこへ容赦なく斬りかかれば、黒い装甲から火花を散らす結果となった。
そんなクローズの乱入にサイクロンは一瞬硬直したが、間を置かずに再度手裏剣を放つ。
ビートクローザーの更なる振り下ろしを掲げたライドブッカーで防ごうとも、その隙間を縫うように細かく削ってくる風の衝撃。
カードの使用をサイクロンが妨害し、その対処をしようとすればクローズに邪魔される、相手からすれば実に嫌らしい攻め方であろう。擬態ダークディケイドがクローズを盾にするように立ち回ろうとしても、サイクロンは即座にポジションを変えて誤射を防いでいる。
それは、今日初めて共闘したとは思えない見事な連携。
しかし、そんな光景に瑠美が何度目かもわからない違和感を抱いたが、上手く形容することができなかった。
*
逃げるスモッグメモリのユーザーである男。
追いかける荘吉と翔太郎。
両者の間に開いていた距離はあれよあれよという間に縮まっていく。
荘吉と翔太郎の身体能力が男より高いこと、直前の戦闘における体力消耗度合いの差異といった要因を見れば、男が追い付かれることに不思議はない。
がしかし、それで諦められるほど往生際が良ければそもそもメモリに手を出してはいないだろう。
男は唐突に踵を返し、これまでとは真逆の方向に駆けた。
逃げる方から、向かう方へ。
無我夢中で、ドライバーにメモリを挿しながら荘吉に向かってくる姿は、さながら追い詰められた手負いの獣のようだった。
SMOG!
「レッドカーペットはもうすぐそこなのにぃぃッ!! ウァアアッ!!!」
「うぉっ!? コイツ、いよいよ破れかぶれか!」
これまで追ってきた相手の急な方向転換に若干怯んでしまった翔太郎。
それほどまでにスモッグ・ドーパントが鬼気迫るものを出していたのだ。
それでも荘吉は一切合切臆せず、翔太郎が握っていたスプレーを引ったくって噴射する。
まずは顔面、それからゆっくりと全身に浴びせてやれば案の定スモッグ・ドーパントは苦悶の声と共に止まるガスの足。
やはり効果は覿面、このまま変身を解除させるつもりで、荘吉は噴射する手に力を込めた。
「ギャアアアアッ!? た、タンテ、タンテイィィ!!」
「……かなり呑まれてるな」
スモッグ・ドーパントから洩れる声から、人間らしさがどんどん抜け落ちてしまっている。
スプレーで身体を掻き混ぜられるに等しい激痛と、追い詰められた精神が互いに悪影響を与えてしまったせいか。
かつて荘吉が見てきた、ガイアメモリを使い続けた人間の殆どがそうであったように、メモリの毒性に蝕まれた彼の精神は本物のバケモノになりかけているのだろう。
「おい! 早くメモリを捨てろ! それ以上は身体が保たねえぞ!」
とても人間とは思えない唸り声を上げているスモッグ・ドーパントに、声を張り上げる翔太郎。
ブラックマンなどとヒーロー気取りの自警活動に勤しんできた彼は、例えどんな犯罪者であっても死ぬことを良しとしなかった。
敵ドーパントの撃破、すなわちメモリブレイクすれば変身者は例外なく命を落とす。だから翔太郎は襲われている市民の救護はできても、ドーパントは追っ払うのが精一杯であったのだ。
毎回こんな風に説得してきたが、彼の言葉に耳を貸すドーパントは当然いない。それでも、彼は「命を奪わない、奪わせない」という信念を曲げることはしなかった。
(とんだ甘さだ。これで"ブラック"マンと名乗るとは、信じられん)
荘吉としても救える命を見捨てるような真似はしないが。
目の前で奇声を発しながらのたうち回る異形は、「救える命」の範囲には入っていない。
だが、まあ。
そんな存在でも手を差し伸べる翔太郎の甘さを好ましいと、荘吉は思う。
故に、限界まで粘ってメモリを自ら棄てさせるまでは付き合ってやろうと思い、スプレー噴射の勢いを微かに弱めたその瞬間。
音速の熱風が背後から迫り、荘吉達を追い抜く。
果たしてその場に現れたのは、赤い大型バイク。しかも奇妙なことに、乗り手が不在のバイクである。
「────甘い。甘ったるくて……反吐が出る」
青く輝くヘッドライトから、ではなく。
ヘッドライトに見立てた顔から冷たい声が響いた。
凄まじい排気熱を吐き出しながら、一瞬で変形していくマシン。
だが、何も驚くことはない。
荘吉も翔太郎も、このドーパントは知っているのだから。
「照井警視……」
「げっ、鬼刑事!」
照井竜、アクセル・ドーパント。
依頼の調査対象者との遭遇に、荘吉は自然と一歩下がる。
ドーパントを狩るドーパント、それはブラックマンと似ているが、明確に違う存在。
「ご苦労。後は俺が代わろう」
エンジンブレードを突き付けられたスモッグ・ドーパントから恐怖の声が上がる。
ガスの身体ならば大抵の攻撃は無効化できるにも関わらず──あるいは、それを忘れてしまうほどに自我がメモリに食い潰されたのか。
荘吉ですら死刑執行人のように見えるアクセル・ドーパントが、彼にどれほど恐ろしい存在に見えているのか、まるで理解が及ばない。
「やめろ! 何も殺す必要は──ッ!?」
制止に駆け寄った翔太郎の顔面を頑強な裏拳が殴打する。
生身の相手が吹っ飛んで気絶しようと見向きもせず、アクセル・ドーパントは目の前の敵だけを見据えて駆け出した。
振りかざした大剣には既に銀のメモリが装填済み。
ENGENE! STEAM!
離れていてもわかる超高温高圧の蒸気が大剣から溢れ出す。
市販の殺虫スプレーであれだけ苦しんでしまう身体に、あんな剣で斬られればどうなるかなどとわざわざ口に出すまでもない。
慌てふためいて逃げようとするスモッグ・ドーパント。
だが、アクセル・ドーパントはその姿に憐れみを抱かなければ、見逃すつもりもなく。
「ハァアアアアッ!!」
裂孔の気合が振り下ろす重い斬撃が、ガスの肉体を袈裟斬りにする。
思わず耳を抑えたくなるほどの悲痛な叫びにも赤い鬼はまるで揺れない。
地に伏せたスモッグ・ドーパント、その無防備に曝された背中に容赦無く大剣を突き立てた。
「────ッッ!?!?」
声なき声が夜空に屹立する。
執拗に、念入りに剣を捻り、剣から溢れる蒸気がガスの身体を掻き回す、あまりに残酷で凄惨な光景。
ドーパントを殺すな、とまでは言わないにせよここまでやる必要はないはず。
「言え、そのメモリはどこで手に入れた」
「ざ、ざ、ざいだざいだんえっくすぅぅ」
「ならいい。お前はもう用済みだ」
アクセルの意思に応じて、エンジンブレードの出力が最高潮に達する。
己の頭上に振り上げた銀の刃を構え、一息に振り下ろす為に。
それが自身を確実に屠れるのだと理解して、完全な恐慌状態に陥るスモッグ・ドーパント。
その視線を激しく揺さぶって、一瞬だけ荘吉と目が合う。助けを乞うように、切実な視線と交差して、荘吉は小さく顔を伏せた。
(無理だな)
そのまま、アクセル・ドーパントの強烈な斬撃が炸裂する寸前で。
────ピタリ、と停止する重装甲の赤い異形。
荘吉が怪訝な目を向けると、振り上げていた大剣が力なく落ちてアスファルトを砕いた。
しきりに周囲を見渡すアクセル・ドーパント。剣を拾う様子は窺えない。
「奴だ……奴がいる……!」
もう彼の目には足元で這いつくばるスモッグ・ドーパントも、荘吉も映っていないだろう。
アクセル・ドーパントは何かを探しており、それが彼の豹変原因となっている。そう推測した荘吉であったが、探している"奴"が誰を指すのかまでは流石にわからない。
そこでふと、白い霧が立ち込め始めたことに気付いた。
「どこだ……どこにいる……!」
どんどん濃度を増す霧に呑まれていくドーパント達の姿。
アクセル・ドーパントのバイザーが灯す青い光さえ、真っ白な霧に消えていく。
明らかにメモリ絡みの異常気象に、荘吉は翔太郎の姿を探しながらスタッグフォンを強く握った。
「────井坂ァァァッ!!」
WHETHER!
霧の中に雷が落ちる。
炸裂音の中に断末魔が一瞬混じって、死の臭いが漂った。
役者の男の死を悟り、身構えた荘吉の前に白い怪物の手が────
*
擬態ダークディケイドの指からまた一枚、カードが弾き飛ばされる。
クローズの参戦以後、サイクロンがひたすらにカード使用の妨害に徹しているお陰で、擬態ダークディケイドはその多彩過ぎる能力を使えていない。
ここまでするあたり、サイクロンはダークディケイドの能力を知っていた──つまりは、以前交戦した経験があるのだろうか。
「これで終わりだ!」
スペシャルチューン! ヒッパレー! ヒッパレー! ヒッパレー!
頃合いと見て、クローズがキーボトルを剣に装填する。
彼の必殺技の中でも特に威力に優れるメガスラッシュ。
いかにダークディケイドでもカメンライドもしていない通常形態で耐えられる道理はない。
それを理解しているらしきサイクロンも援護の密度を増やし、クローズの邪魔も防御もさせまいとしている。
これで決着が着く。
レイキバットや瑠美までがそう確信しかけたが、イズマだけは違った。
擬態ダークディケイドの輪郭が歪んで、頭身が倍近く縮む。
それがなんだと、構わず斬撃を放とうとするクローズ。
合わせて強烈な風の衝撃波を溜めるサイクロン。
「おにいちゃん」
しかし、幼な子の一言が二人のライダーを止めた。
はにかんで佇む男の子。それは見せかけの姿で、無邪気な笑顔の奥でイズマがほくそ笑んでいるのは全員わかっている。
だとしても────「ナイトの世界」で出会ったこの男の子の姿で。
大和昴の姿で笑いかけられては、振り上げた剣を下ろさざるを得なかった。
直接の交流こそ殆どなかったものの、ただ子供の姿というだけでもクローズは斬ることを躊躇ってしまい、サイクロンもまた戸惑った様子で攻撃の手を止めてしまう。
「ふふっ…… ははっ、はははははははははは!! 実に滑稽だね諸君! 偽りの影と知りながら、なおも情を持ってしまう!」
穢れを知らない幼き声が、老獪極まる声に変わる。
擬態ダークディケイドとも全く異なる、黄金の鱗を持った人型の龍からの嘲弄に、瑠美が口元を押さえた。
レイキバットが知る中でも、かつてないほどの怯えが彼女から見てとれる。
それはレイキバットには見覚えがなく、瑠美には忘れたくても忘れられないファントム、ドレイク。
「さぁ、お楽しみはこれからだ!」
炎と風。
エレメントを一纏めにした魔力が擬態ドレイクを中心にして渦を巻く。
放たれた炎の竜巻にクローズがまず呑まれ、龍の装甲が焦がされた。
かつてダークディケイドとビーストを苦しめた強敵の肩書きに嘘偽り無し。炎に焼かれ、風に切り裂かれて、変身を保つのがやっとというほどの絶大なダメージにクローズは倒れる。
次に狙われたサイクロンも先と同じ風のバリアを張るも、恰好はほんの一瞬しか敵わず。
「──ッ」
バリアは敢えなく突破され、サイクロンもクローズの二の舞に────ならない。
「馬鹿な!?」
ボディの各所に刻まれた白いラインに風が吸い込まれていく。
擬態ドレイクが編み出した暴力的魔力の風が吸収されて、サイクロンのエネルギーに変換されているのだ。
しかし、風はそうやって無効化できても炎は吸い込めない。鮮緑のボディに残る焦げ跡が良い証拠だ。
だが、ドレイクの攻撃は炎と風が複雑に絡み合ったもの。
完全な吸収はできていないが、それでも熱風として、部分的にはサイクロンに取り込まれていた。
己を屠ろうとした魔力の渦を逆に突破して、途中で拾い上げたビートクローザーにエネルギーを集中させるサイクロン。
猛烈な勢いで疾走する彼を止めるために水流を飛ばすドレイクは、水がサイクロンを貫くまで、それが残像とは気付けない。
ドレイクの風に後押しされたサイクロンのスピードは、幹部級ファントムの知覚にさえ捉えられない域へと達していたのだ。
「──ハアッ!」
メガスラッシュ!
鍵と龍のエレメントに、魔力の炎と風を上乗せした超絶威力の斬撃。
背後から響いた声とハイテンションな音声に振り向いた擬態ドレイクが瞳孔をいっぱいに開く。
これほどのエネルギー、いくらドレイクの装甲とて無事では済まない。
頭部から足先まで一直線に駆け抜けるビートクローザーと、舞い散る鱗の破片。
「ガハァ……ッ!?」
もしこれがファントムのドレイク本人なら、カウンターの反撃もあり得た。
だが、彼はあくまでダミー・ドーパント。許容値を超えたダメージを食らってしまえば、その擬態は解ける。
黄金の竜とは比ぶべくもなく、見劣りする銀色の怪人が斬られた跡を押さえてよろける。
そこはすかさず踏み込むサイクロンがビートクローザーを放り捨て、手刀を固めた。
CYCLONE! MAXIMUM DRIVE!
手刀が暴風を纏い、覆い隠す。
繰り出す一撃は先の斬撃には到底及ばないにせよ、これもまたサイクロンメモリの出力を振り絞った威力に変わりはない。
荒れ狂う風を捩じ込むようにして、刻んだ裂傷をなぞる手刀──ライダーチョップ。
その威力に、激痛に絶叫が上がった。
ダミー・ドーパントの身体のあちこちからスパークが弾け、メモリとドライバーにまで波及していく。
「ぐ……申し訳、ありません……最上様……」
最後にそう言い残して、ダミー・ドーパントの肉体は爆発した。
*
肉や服が焦げた、人間には嫌な臭いが漂っている。
砕けたメモリとドライバーと共に倒れているイズマの近くまで飛び、その顔を覗き込むレイキバット。
「……死んでるな。完璧に」
メモリブレイク、即ち死。
今更疑うわけではないが、自分の目で確認して改めて思う。
人間との戦いを避けたがる大地にとって、随分と嫌な世界に来てしまったと。
ついさっき命を狙われておきながら、イズマの遺体を沈痛な面持ちで見つめる瑠美にも、それは同じことだろう。
「で、だ。結局お前は誰なんだ? コイツと顔見知りっぽかったが」
「……」
屍となったイズマを見やってから立ち去ろうとするサイクロンに、疑問を投げかける。
成り行きで共闘することとなった、この世界で出会う最初のライダー。
戦闘時での会話から、財団Xなる組織と何らかの因縁があるのは確実だが、だからといって信用が置ける味方とも限らない。
また、何故サイクロンだけがドーパントではなく、仮面ライダーと呼ばれていたのか。
何故自分達を守り、クローズを援護したのか。
疑問点を枚挙すればいとまがなく、故に黙りこくったままのサイクロンに苛立ちが募る。
問いかけてきたレイキバットを数秒見つめはしたものの、返答は皆無で改めて立ち去ろうとするサイクロン。
そして、逃がすまじとレイキバットが追いかけるより先に、起き上がったクローズが掴みかかっていた。
「待てよ」
擬態ドレイクからのダメージは相当の筈。
サイクロンがその気になればクローズを振り払うこともできそうだったが、結果として彼──或いは彼女──は黙って壁に叩きつけられた。
サイクロンを押さえつけつつ、クローズはイズマの遺体を指し示す。
「あの財団なんちゃらの野郎がどんな奴だったのか、俺にはさっぱりだけどよ。悪人だってのはなんとなくわかってる。俺達の仲間に化けてた理由だって言わないまま死んじまった。
でも────今は、そんなことどうだっていいんだよ! お前、アイツを殺したんだぞ!? なに平気な顔してどっか行こうとしてんだよ!」
相手がドーパントである以上、イズマが死ぬのは仕方がなかったのかもしれない。
絶対不殺を掲げているわけではない龍我としても、最終的には同じことをする可能性は高かった。
だから、彼が許せなかったのはイズマの命を奪ったことではなく。
殺害した遺体の横を素通りしようとする、「仮面ライダー」の姿だったのだ。
具体的に何をどうしろと言えることは思いつかないのだが。
「だから……だから……! クソッ、どうすりゃいいのかわかんねえけど────って冷たっ!?」
「お前、かなり無茶苦茶なこと言ってるぞ。称号に拘るのは結構だが、それを毎回押し付けてちゃこっちが持たん」
クローズの頭を強制的に冷まさせてやれば、サイクロンはその理不尽な抗議から解放された。
彼の言わんとすることはわかるが、今話すべきことではない。
さぁ今度こそ問い詰めてやろう、とレイキバットが近くまで羽ばたいて。
「青春劇をお楽しみのところに失礼しますよ」
たちまちの内に広がった濃霧から、白い怪物が現れた。
怪物から紡がれるのは、どこか紳士然とした声。
それでいて聞くだけでも背筋に悪寒が走る、矛盾を内包した声。
威圧感と嫌悪感を混ぜこぜにした怪物が、クツクツと笑う。
何者かなどと一々問うまでもなく、敵だと本能で理解できる相手を前にして半ば反射的に動くクローズと、サイクロン。
怪物の人差し指が天を向いて、暗雲が立ち込める。
身構えるライダー達の頭上で獣のように唸る空。
次の瞬間、眩い光が夜を照らし、二人のライダーを稲妻が貫いた。
「ぐあああああーッ!?」
「──ッ!?」
おびただしい量の火花を装甲から吐き出して、クローズの変身が強制解除される。膝から崩れ落ちた龍我は完全に気絶。
サイクロンも立っているのもやっとの状態になりながら、白い怪物への構えだけは解かない。
「次から次へと妙な野郎がやって来たと思いきや……またとんでもねぇのが出てきやがったか……!」
「霧を出して、雷を降らせた──もしかして、天気を操れるドーパントってことですか……!?」
二人のライダーを一撃で戦闘不能、あるいはその寸前まで追いやる威力の攻撃を実質指一本で成し遂げた怪物。
どちらもかなり消耗していたという前提があってなお、戦慄せずにはいられない。
「これはこれは、なんとも綺麗なメモリをお持ちのようで。
……まあ、その程度のそよ風ではもう私は満足できそうにない。
ですが、このウェザーに相性の良いメモリには違いありません」
白い怪物もとい、ウェザー・ドーパントの身の毛もよだつ視線がサイクロンを眺め回す。
しかし一瞬の思案の後、軽く首を振って視線を外した。
「どうやら財団Xの思惑が絡んでいるようだ。
あまり唆られませんし、サイクロンを味わうのはまたの機会にしておくとしましょう」
鮮緑の腕から放たれた風の手裏剣が白い体表で弾けたが、怪物は何事もなかったように歩む。
サイクロンを素通りして、背後からの手裏剣も無視して。
そこで怪物の狙いが、ライダーではなくこちら側だとレイキバットは気付く。
「逃げろ瑠美ッ!」
レイキバット渾身の突進が、埃でも払うような仕草で弾かれる。
背後から飛び蹴りを直撃させようとしていたサイクロンでさえ、超局地的な豪雨が生み出した滝の檻に囚われた。
瑠美を守る最後の砦であるバットショットが果敢に挑むも、一瞬ではたき落とされて沈黙する。
これで、瑠美と白いドーパントの間に立ち塞がる者は全滅した。
怪物の顔がまるで舌なめずりをしているようにも見えて、瑠美の喉奥がキュッと絞まる。逃げようとしても、身体が動いてくれない。
ドレイクに狙われた時と同じ──いや、それ以上の恐怖が彼女の足から自由を奪っていた。
「フフフ……ご安心を。命を奪う真似はしませんとも。
今のところは、ですが」
OCEAN!
どこからともなく取り出した青いメモリに、瑠美の視線が吸い寄せられる。
ガイアウィスパーが叫んだその一瞬だけ、彼女に巣食っていた恐怖さえ忘れて、食い入るようにメモリを見つめてしまった。
そんな反応に満足したように頷きながら、ウェザー・ドーパントが彼女の腰に青いドライバーを巻き付ける。
「いいですねぇ、その表情! 人とメモリは惹かれ合う! 私の見立て通り、貴女の体質はこのメモリと大変に相性が良い。
さあ、内に秘めた本当の姿を解放しなさい!」
OCEAN!
「瑠美ーッ!!」
元より抗う術を持たぬ瑠美では、メモリを跳ね除けることもできず。
オーシャンメモリがドライバー越しに、瑠美の中へ入っていく。
身体に染み渡る地球の記憶が気持ち悪くて、心地良い。
「────あ、え、私」
飛びかけた意識を引き戻した時、もう人間の肉体は残っていなかった。
青く透き通った腕は滑らかですべすべしていて、爪や体毛も見当たらない。
身体の全てが水になったオーシャン・ドーパントが戸惑いながら、ペタリと座り込んだ。
湧き上がる謎の高揚感と、全能感。すぐにメモリを出さなきゃと思っているのに、身体が言うことを聞いてくれない。
「初めてメモリを使った者は破壊衝動を抑えきれず、手当たり次第に暴れるケースが多い。
メモリの毒素にも犯されない、素晴らしい理性をお持ちのようだ。
嗚呼、そんな理性を食い潰されて怪物となる瞬間が楽しみでならない!」
「貴様ァァァーッ!! 黙って瑠美から離れやがれぇぇ!!」
レイキバットによる再度の突撃。
しかし悲しいかな、レイキバットの全力は易々とウェザー・ドーパントに掴み取られてしまう。
「さて、試しにオーシャンの力を魅せてもらいましょうか。
そうすれば、この小さなお友達は助かるかもしれませんよ?」
レイキバットから上がる微かな軋みの音。
それを聞くだけで、オーシャン・ドーパントの水の身体に広がる波紋。
力を行使する前兆に、歓喜するウェザー・ドーパント。
だが期待に反して、水の身体から放たれたのは勢いが強いだけの水流。
直撃したウェザー・ドーパントを微かに揺らしはしたが、ダメージにはなっていない。
人間基準なら確かに脅威なのだが、ドーパント基準では肩透かしもいいところだ。
「オーシャンのポテンシャルはこんなものではない筈ですが、まあいいでしょう。
そろそろお暇する時間ですし、今日はここで失礼しますよ」
掴んでいたレイキバットを宙に放り捨てたウェザー・ドーパントが、フッと消える。
回転する世界に慌てて体勢を整えた時には、オーシャン・ドーパントからドライバーごとメモリを剥ぎ取られていた。
自身を投げてから一秒と経っていないとは思えないスピード。
間違いなくサイクロンを凌駕している速度に、レイキバットは目を剥いた。
(コイツ、高速移動まで……!?)
「次の機会までメモリとドライバーを預かっておきましょう。
貴女の恐怖が、メモリとの適応を高めてくれる。その時を楽しみに待っていてください。フフ、フハハハハ!!」
ウェザー・ドーパントが視界から消える。
身体か透明になり、高笑いだけを響かせて。
残されたのは呆然と座り込む瑠美と、彼女を気遣って寄り添うレイキバットと、気絶しっぱなしの龍我。
サイクロンはというと、どうやら既に去っていたらしい。
「わたし……私が、わたしじゃなくなったみたいで、でも、レイキバさんを助けなきゃって」
「……ああ、きっとお前に助けられたんだろうよ。
そいじゃ、そこの馬鹿をとっとと連れて帰るぞ。いや、病院が先か」
「──無駄だ。メモリ由来の傷や毒は、通常の医療では回復しない」
無理矢理メモリを挿された瑠美の影響や、龍我の負った傷を考慮しての病院行きを提案したのだが。
その案は息を荒げて走ってきた照井竜に否定される。
探していた人物の登場に驚くレイキバットと瑠美。
竜は瑠美を見下ろして、憤怒を滲ませた顔で舌打ちした。
「ウェザー、井坂深紅郎を見たんだろう!
奴はどこに消えた……! 奴は何を言っていた!!」
「井坂深紅郎……?」
「答えろ! 奴は必ず、俺のこの手で……殺す!!」
復讐の炎を燃やす男、照井竜。
欲望のままに動く狂気の男、井坂深紅郎。
龍我を狙う組織、財団X。
正体不明の仮面ライダーサイクロン。
各々の思惑が複雑に絡み合い、各々を覆い隠す謎が巨大な謎を組み立てる。
大地は姿を消し、龍我は重症を負い、瑠美は怪物の狂気に狙われた。
そして、次に変身させれば自壊してしまうレイキバット。
この世界での終着に向けて、事態は加速していく。
これにて「怪物……W」は終了です。
アクセル編完結まで、あと3〜4エピソードかな……?
大地くんのライダー、どれが好き?
-
メイジ
-
レイ
-
ネガ電王
-
ベルデ