美少女になりたいとは言ったが断じてTS美少女に本当になりたかった訳ではない   作:金木桂

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ハーメルンで上げても人気でないだろうなぁと思いながらも上げてみました。三人称は不慣れなのでアドバイスとかあるととても嬉しいです。
楽しんでくれると幸いです。


1話 この社会は世知辛い

 

朝八時半。その乱雑に本やら空き缶が積まれた部屋にポップ系の甲高い女の歌が流れ始める。いわゆる電波ソングというやつだろう。部屋の主はこれが毎朝のアラームのようだった。

 

「……暑い」

 

鈴を転がすような、か細い声が響く。季節は夏、エアコンも入ってない室内で布団を被った人間の一言目としては必然といえるだろう。部屋の主は布団を這い出すとアラームを止めて、再び布団の上でぐたりと殺虫スプレーでやられたゴキブリのように仰向けになった。しかし五分も経たない内に、まるで羽化する直前のさなぎのようにもぞもぞと動き始める。

 

「……やはり暑い件について」

 

まだ微睡の最中にいるようで、その瞳は半目である。ゴシゴシと目を擦ると、一分掛けてよいしょと立ち上がった。同時に曇り一つない銀色の長い髪が露になる。

 

「ん~10時か。夏休み最高~」

 

普段は高校生であるために朝はもう少し早く起きなくてはならない。だがこの部屋の主は朝が苦手であった。具体的には三日に一回は寝坊してしまうほどにだ。幼馴染がそれを見兼ねて起こしに来るようにならなかったら進級すら危なかっただろう。

そんな夏休みを満喫している部屋の主の最近の生活スタイルはこうだ。まず朝に起床、一通り身支度を終えるとゲーム、アニメ、ネット。そして飯食って就寝。有り体に言って引きこもりだった。オタクで学生ニートだった。

 

「あっさめ~し!あっさめ~し!とぅんたんとぅん~♪」

 

まだ幻と現の狭間にある意識の中、部屋の主は機嫌良く料理を始めた。と言ってもパンとソーセージをトースターで焼いているだけである。凝った料理は得意ではないようだ、まあ非常に汚く散らかった部屋を見れば理解できることではあるが。

 

それにしても何だか今日は物の位置が高いような気がする。部屋の主は顎に手を当て悩むように目と閉じた。確かこのキッチンテーブルは僕の背丈よりそこそこ小さかった気がする。なのに今は背丈以上とはならずとも以前のそれよりも高い。……もしかして家具だけ地盤沈下したのだろうか?

 

なんて考えていると部屋にチン!という軽い電子音が響いた。些細な事だろうと割り切った部屋の主はパンとソーセージを皿に盛ると牛乳と一緒に卓袱台に置き無言で食べ始める。

 

「なんか寂しいなぁ」

 

そう言いながら小さなテレビの電源を付けるとニュース番組がやっていた。丁度ニュースが一段落しキャスターが次のニュースを読み上げるところだったようだ。部屋の主はパンを加えながらそれを意識半ばでぼーっと見る。内容は隣市で起きたペド趣味の小学校教師による女児への性事件だった。可愛そうだけどまあ僕には関係ないしなぁ、そんなサバサバした気持ちで見ているとどうやら身元は判明しているがまだ犯人は捕まっていないようで顔写真が公開されていた。部屋の主の初印象は人の好さそうな顔をした、気弱な優男だった。義憤に駆られた訳じゃないけど見かけたら通報しよう、部屋の主は何となくそう決めた。

 

朝食を食べ終え皿を食べ終えるとうつらうつらと洗面台へと向かう。洗面台は意外にも比較的片付いており、これは部屋の主の自慢の一つでもあった。まあ普通散らかる場所でもないがそれはともかく。

 

そして部屋の主は鏡を見た。目を瞑ってもう一回見た。更に頬を抓った。鏡の中にいる自分───いや、【彼女】も頬を抓った。痛かったので離すと透き通るほど真っ白な頬に薄っすら赤く跡が残った。

 

ちょっと待ってほしい。部屋の主は再考した。そもそも僕は男だ。身長は平均以下だけどもちゃんと骨格は多少は角ばってるし、漢のシンボル的な名状しがたいアレもちゃんと備わっている。だけど鏡を見る限りは顔は完全に少女のそれで、しかも美少女。ぷにぷにとした頬にくりっとしたやや垂れ目気味の可愛らしい蒼色の瞳。リップ要らずなぷるぷるの唇に加えて人形のように透き通るような真っ白な肌。高貴ささえ感じてしまう程の絹のように繊細な銀の頭髪は腰元まで伸びている。そんな少女が間抜け顔で此方を覗いていた。

 

部屋の主は確認のため、恐る恐るぶかぶかな寝間着を捲った。綺麗でゴマ一つないヘソに顔を赤くしつつも、意を決してより上に手繰り上げる。するとみえたのは、小さいながらもしっかりと確認できる膨らんだ双丘、真ん中には見覚えのない桜色の美しい円状の何か。……これ、鏡の中だけだよな……?そう思って視線を鏡から真下にゆっくり動かすと、やはり母性の塊とも言えるそれは確かにその胸元に存在している。確認するとすぐさま服を元に戻した。それはもう高速で。

 

直後部屋の主は何かに気づいたように股の下を触る。

無い。シンボルが、無い。あえて言うならツルツルだ。部屋の主は頭を抱えた。

不意に鏡を見ると映ったのは泣き顔の美少女。鏡の中の中学生くらいの彼女はそれを理解すると再び頬を紅潮させた。ぶっちゃけ犯罪チックな絵面だ、羞恥心から反射的にぷいっと視線を逸らす。

 

───これはきっと夢だ。夢である。起きたら元の、少し幼いながらも立派に漢と分かる顔立ちに戻っているはずである。と言うかそうでなければ現実的に可笑しい、あと困る。これからの生活的に。それに普通に考えて美少女になってるなんてありえないだろう、しかもこんな華奢で可憐で美しく幻想的な容姿の。

 

「……うん、寝よう。すぐ寝よう。さよならキュートガール、僕は寝る」

 

意味不明のテンションで部屋の主は洗面台から離れると、クーラーをつけて太陽が燦々と輝く様をカーテン越しに見やりつつ床に就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

川埜季彩(かわや きいろ)は自覚している限り、いたって普通の男子高校生である。学校をサボったことは無ければ人並みに友人もいる。容姿についてだけは身長がギリギリ150㎝ないのも相まって珍しいともいえるかもしれないが、それでもいない訳でもない。100人同年代の男を集めれば一人はいるだろう、季彩もそれは理解しているしそれ以前に遅すぎる成長期に歯痒い思いを抱いていた。高身長に憧れない低身長はいない。簡単に言えば季彩にとって身長は少なからずコンプレックスであった。

季彩は遠隔地の高校に入ってから学校近くに部屋を借りて一人暮らしを始め、自由を手に入れた。学校のない日はひたすら欲の赴くままサブカル文化にドップリ漬かり、登校日は眠い眼を擦りながら幼馴染に起こされつつ授業へと向かう。そんな人より恵まれた平凡な日常を享受している。

 

だからだろう、突然美少女───それも季彩の好きな美少女アニメに出てくる程には目を引く容姿───に自身がなってしまうなど予想も想像もしていなかった。確かに美少女にちょっとなってみたいなぁくらいの冗談交じりの言葉をサブカル仲間の前で吐いたことはあるが誰がその発言の責任を取らされると思うだろう。少なくとも季彩は布団で寝転がってる最中も冷や汗がダラダラと背筋を駆け巡っているのを明確に感じ取っていた。

 

「う~ん……もっかい鏡!」

 

善は急げとばかりにガバッと勢いよく跳ね上がると再度鏡で己の姿を確認する。鏡に映ったのはやはり美少女の姿。言葉を絶するほどのあどけなく、儚い容姿。季彩は二分ほどそんな自分の姿に見惚れるとブンブンと首を振って正気に戻る。

 

「そうだな、うん。僕は美少女。僕は美少女なんだ、うん」

 

いや。正気ではないようだ。

季彩は様々なポーズを取ってみるが、やはりと言うべきか。似合う。似合いすぎる。すーぱー美少女モデルとしてこれなら今からでも食っているだろう。

 

「って僕は何をやってるんだ何を……」

 

下着が見えるか見えないか、胸がチラリと覗くか否かの際どいポーズを赤らめた顔で取っていた季彩はサッと自然体の姿勢に直る。やっと正気になったようだ。ついでに仄かな罪悪感と羞恥心から生じた衝動でまたもや顔を伏せて頭を抱えてしまう。いやいやオタクだし精巧なフィギュアは隅から隅まで鑑賞するオタクだし───そんな自己弁護を以て季彩は立ち直った。率直に言って非常に醜い言い訳である。

 

「さて、まじでどうしよ」

 

季彩は思案顔になった。それも仕方ないだろう。この現代社会、突然男子高校生がTS美少女現象に見舞われるなど想定されていない以上政府機関には何を言っても信じてくれないだろう。それは通ってる高校の担任教師も同様だ。もしかしたら幼稚園時代から付き合いのある幼馴染なら気付くかもしれないが、やっぱり季彩的にもあんまり気は進まない。幼馴染の性別が女であることがこの状況を伝えるに当たってかなり大きな障害となっていた。

 

「やばい。何も案が浮かばない」

 

ぼそりと呟く。幸いなのは今が夏休みで、知り合いには会おうと思わなければ自発的に行動しない限り接触することはないことだろうか。まあ逆説的に夏休みが終わるまでに何とかしなければいけないのだが。

鏡を無意識に見ると困惑した顔の女の子がいた。うん可愛い。季彩はちょっと元気が出た。それと同時にこの少女にこんな表情をさせたくないなぁという、微かな欲求が季彩の中から湧いてくる。今度は笑顔を作ろうとするとだらしなくにやけた微妙な表情が鏡に浮かんだ。……流石にこれは人前では見せられないな、季彩は即座にパンパンと自分の両頬を軽く叩き元の無表情に戻す。これは後で表情の練習もしなくてはならないだろう。

 

季彩は居間へと戻る。10畳しかない部屋に置かれた卓袱台の前に座るとこれからの事について考え始めた。

まず高校登校日までにこのキュートなボディーから元の冴えない男子高校生のそれへと変えなくてはならないだろう。夏休み明けで雰囲気変わる学生というのは勿論いるけど、夏のアバンジュールを経て見違えるほど美少女になってしまった男子高校生などまずいないだろう。見違えるどころかもはや別人でしかない。よってタイムリミットは夏休み終了日、即ち4週間あまりの時間が存在している。何だろう、それだけあればなんか行ける気がする。───川埜季彩は楽観主義だった。

 

季彩はふと、自宅の固定電話のランプがチカチカと光っていることに気づく。近づいて見てみるとどうやら留守電が入っているようだった。何だか嫌な予感がした。

ボタンを押すと時刻を告げる機会音声と共に季彩にとっては聞き慣れた声が部屋に響く。

 

『キー君、おかあさんよ。もう学校は夏休みなんでしょう?どうせ暇なんだろうし一回くらい帰っておいで』

 

予感的中である。季彩は思わず深いため息を吐いた。しかしそこまで落ち込んだ様子はないようだ。季彩としてはだからと言って強制的に帰らなくてはならない状況になった訳ではないと考えているのだろう。こんな状況なわけで、何なら別に断ればいいだけだ。

そう思って気軽に聞いていると、一拍子空いて電話機からこう言葉が続いた

 

『もし来なかったらそうねぇ……中学の頃の例のノート。コピーしてキー君の中学のクラスメイトに無料配布するわ。それじゃね』

 

「……は?」

 

季彩は悲壮感のあまり思考停止した。行かない、という選択肢は無くなったようだった。

 




二話までは書けてるのですが、しっかし連載にしたのは早まったかなぁ。
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