美少女になりたいとは言ったが断じてTS美少女に本当になりたかった訳ではない 作:金木桂
早々季彩のプランは粉々になった。夏休み中はずっと引きこもっているつもりだったのが、帰省しなくてはならない。もししなかった場合、黒歴史が季彩の地元に大量放出である。季彩は半泣きになった。
どうするべきか……そう悩み塞ぎ込んでいると突然、ぐぎゅ~……という可愛らしい音が部屋に鳴り響く。それが自身の空腹のサインである事に季彩は数秒経ってから気づいた。時計を見ると既に午後二時。
「いつの間にこんな時間……」
台所の冷蔵庫を気怠げに開く。真っ白だ、季彩はそう思った。あるのはバターやジャム、佃煮と言った主食になりえない物ばかり。諦めて冷凍庫や野菜庫も開くが、やはりと言うべきか。主食になり得そうな物どころか食材すらマトモに揃ってない。そう言えば今日買い物行く予定だったなぁ、季彩はこの惨状に納得した。
然るに。買い物に行かなくてはならないだろう。季彩は嫌々ながら着替えようとタンスを開いた。流石に外へ出るのに寝間着というのは無いだろう。男子高校生、もとい超絶美少女として。
タンスの中をザっと眺める。本来も夏休みは引き籠ろうと思っていたように、季彩は同年代の中でもかなり出不精な性格だ。それこそ普段から必要最低限の外出以外はしない主義である。
「服、無いな……」
少なくない焦燥感に包まれつつ季彩は呟く。当然の帰結だろう、季彩は学校以外にはスーパーくらいしか行くところはない。つまり制服と+α程度の私服で日々の生活が足りてしまうのだ。加えて季彩は男子高校生、勿論女装趣味も持ち合わせていない。よって着る服がない……これは季彩にとっては由々しき事態である。新しく服を買わないとなと思いながら更にタンスを物色する。
「うーん……制服かジャージかなぁ」
悩んだ挙句にそう結論を出す。男物でも違和感が生じにくいのと言えばやはりその二つかもしれない。いやまあこの容姿なら何を着ても似合うだろうけど半袖Tシャツに短パンというのはちょっとこう、フェチズムっぽさが暗に醸し出される気がするので没で。危ない恰好を女の子にさせない程度には季彩は常識人だった。
「……まあ、制服かなぁ」
季彩は悩んだ末、その少し制服としては少し派手目の服を手にした。
季彩は手慣れた様子で制服を着用すると鏡の前に立つ。そこに映ったのは男子制服を着た銀髪の美少女。そこはかとなくボーイッシュにも見える、しかしそのあどけない表情は人に明確に少女を意識させる。男装美少女というより男子用制服を着た美少女だ。季彩はこれはこれでどうかと思ったが、しかしジャージで外出するよりはマシと決心した。
床の上に放り投げてあった財布を手にすると、中を開く。5000円と幾許かの小銭......買い物に行くには少し心許ない。季彩は銀行に寄ることに決めた。
……取り合えず外に出るに当たって大前提で僕がこの美少女だとバレないようにしなくてはならないだろう。季彩はこのミッションについて思い巡らせる。恐らく一見してもこの美少女が自分であると見破られないだろう。逆に見破られてしまったなら、特にサブカル仲間に見つかってしまったらセクハラを受ける可能性がある。というか絶対にされる。季彩は戦々恐々とした。
「この女の子に怖い思いをさせるわけには行けないなぁ……、うん。頑張ろう僕」
自分の体であるという認識が薄い季彩はなるべくこの少女の体に粗相をしないことに決めていた。セクハラなんて論外である。───先ほどポーズを取って一人で楽しんでいたことは忘れてしまったようである。
季彩は二年間履き古している貰い物のシューズに足を入れると、緊張で全身を震わせながら玄関ドアを開いた。
「あっつ……」
ドアを開けた瞬間熱気が季彩へと襲い掛かる。クーラーをつけた部屋とは隔した空気に思わず顔を顰める。この顔も可愛いんだろうなぁ、脳裏でそんな予想をしつつも急ぎ足でアパートを離れる。同じアパートの住人に見られたら一発で不審に思われるからである。
季彩の現在住む霧貝市は人口15万人ほどの近隣では一番栄えている町である。その為人の出入りもそこそこ多く、仮に美少女がいても話題になることはないだろう。季彩はそう楽観的に考えて気を楽にする。───実際はすれ違う人間の半数以上が季彩の姿に振り向いているのだが、未だ緊張をした季彩は全く気付く素振りがない。
季彩はまず銀行へと立ち寄ることにした。扉の前に立つ警備員は怪訝そうな顔をするが、すぐさま職務に戻った。季彩は特に疚しい事はないにも関わらず何故かホッとした。
新しい服を買うことも考慮して3万円程引き出すと季彩は次に服屋へ向かう。一応駅周辺には幾つか小さいアパレル店があるのだが、如何せん季彩にはそこに一人で入る経験は無かった。
「やっぱここかな~」
従って、季彩が超大手のアパレルチェーン店に行くのは自然だったのかもしれない。幹線道路沿いに面したその店は午後の丁度良い時間というのもあってかなり客が入っているようである。季彩は躊躇なく入店する。
季彩は軽快でポップなBGMを耳にしながら服を探した。このような大型店舗は店員は自発的に話しかけてくることはないし服の種類も沢山ある。いくら体が美少女化したと言っても季彩はスカートやらフリルがあしらわれた服を着る気にも買う気にもなれなかった。なので必然的に選ばれたのは男でも女でも着れる様な服、つまりは無難なデザインの長ズボンやシンプルなTシャツやパーカーと言った元の季彩の身体でも特に障害なく身に着けることの出来る品々である。
「……よし」
買い物袋を片手に意気揚々と歩く季彩は最後の要件を済ませる為にスーパーへと向かった。
季彩は自宅近くのスーパーに入るとカゴを持って適当にレトルト食品やカップ麺などを放り込んでいく。季彩は料理が得意ではない。しかしこんな状況になってしまった以上、あまり偏った物をこの体である少女に食べさせるというのは良くないだろう。
季彩は何となくだが今自分の身に起きている事について、自分の身体が美少女になったというよりは自分の身体がこの美少女の身体に入れ替わったように感じていた。その証拠に季彩の行動は意思と裏腹に極僅かながらのラグが生じていた。幾ら性転換したとしても自身の身体ならもっと動かしやすいはず、確信は無いが季彩にとってはそちらの方が自分を納得しやすかった。
この年で健康を考えるのも何だけど野菜も買っておこう。順調にカゴの中身を埋めていると2人の見覚えのある人影に季彩は出くわした。
「今日の献立は何にするんですか?」
「そうねぇ……昨日は肉じゃがだったしカレーにしようかしら。折角だし夏野菜も入れて」
「良いですね!私もそうしようかな……」
そんな取り留めのない会話をしながらコチラへと歩いてくる。……知り合いだ。季彩は本日何回目かの冷や汗を流した。
敬語で話している茶髪でツインテールが特徴の少女、それは平日ならば毎朝起こしに来る季彩の幼稚園時代からの幼馴染である。名前は
小色伊楓は季彩からしても天真爛漫で、とてもアクティブな女子高生だった。夏休み前にもこの夏は海に遊び行ったりBBQに行ったり旅行に行ったりして楽しむ予定がある....、という旨を季彩は本人から聞いている。季彩はぶっちゃけ何で自分に構ってくるのか理解出来ていなかった。引き籠りが常である季彩とは真反対の性格で、更に普段から何かとレジャーなどに誘ってくるのである。実際季彩はこの夏の間にも海水浴に誘われている……速攻で断ったが。
そしてその幼馴染の隣で上品に歩いている黒髪の女子高生、そちらのことは季彩も多くを知らない。しかしこの学校の生徒会長ということは数少ない全学年が集まる朝会などで一方的に把握していた。名字は確か大鷲。一学年上の彼女は学校では美少女生徒会長として有名で、季彩の目からしても今まで見てきた中では五本の指に入るレベルで容姿が優れている。容姿端麗成績優秀───完璧だなぁ、季彩はそう結論付ける。
季彩は小色伊が生徒会長と親しい関係である事は一切関知していなかったが小色伊のコミュニケーション能力が極めて高い水準にあることは理解していた。何せ自分とは全く共通点の無いサブカル趣味の男と仲良くしてる時点で相当である。このコミュ力お化けが───季彩は目の前で豚肉を選んでいる幼馴染に心中でそう吐く捨てた。
まあでも今の姿なら絶対バレることは無いだろう。何せ銀髪ロングな美少女である。これが昨日まではただの男子高校生だったとは信じられないだろう。季彩は自信を持って、控え目な胸を張って、しっかり前を見据えて歩いた。
「すみません。ちょっとそこの貴方?」
だからだろう、その件の生徒会長に話しかけられた季彩はその事実を理解するのに二秒ほど要することになった。季彩はゆっくりとそちらへと振り向いた。
「……は、はい……何でしょうか……?」
慌てて言葉を取り繕うと、自然に他人行儀な敬語になった。儚い、今にでも店内BGMに掠れてしまいそうなか細い声。鈴を転がしたかのような声は不安そうに揺らいでいる。季彩はそれが自分の声帯から形成されたものであるのに未だ慣れず、何とも言えないもどかしさを覚えた。
生徒会長はそんな季彩を見たからか、優しい声音を努めて作って語りかけた。
「突然ごめんなさいね。でもちょっと気になっちゃってね」
「友音さん?何かあったんですか?って可愛い……!」
なるほど、生徒会長の名前は友音と言うのか。確か名字は大鷲だったはず……つまり
まるで可愛らしい子犬を見るかのような小色伊の視線を無視しながら季彩はどうしようかと思考を巡らせていると生徒会長は言葉を続けた。
「その制服……佳星高校のものよね?実は私そこで生徒会長やってるんだけども……でも。私、貴方を見かけたことない」
星高校は季彩の通う高校である。季彩は直感的にヤバいと思った。
「確かに。友音さんの言い方はキツイけどもそんな綺麗な容姿なら学内で噂になってても可笑しくないよね」
「小色伊さん?」
「あっ。すいません……」
話の風向きが宜しくない方向に流れて行っている。完全に制服で外出したのが裏目に出てしまった。何であの時ジャージを着なかったんだ……!季彩は泣きそうになっていた。
そんな季彩の様子に慌てたのだろう。友音は更に崩した言い方で何とか刺激しないように穏やかに話す。
「別に責めているわけじゃないの!ただ貴方みたいな可愛い女の子がどうして夏休みに制服、しかも男子用のものを着てるんだろうな……って思っちゃったの!怖い思いをさせてごめんなさいね?」
……おっ?なんか空気的に引いてくれそう。女の涙は強いって本当なんだな。思わず顔を伏せた季彩はニヤリと笑った。
「……そうですか。……もう私行っていいですか?」
「え、ええ。呼び止めてごめんなさいね」
よっしゃ!勝った!第一部完!
季彩は勝手に勝利の余韻に浸りながら凱旋式のような気分でその場を後にしようとすると「ちょっと待って!!」という勢い良い声に阻まれる。小色伊だ、思わず季彩はチッと舌を鳴らした。
「もしかして一人暮らし?」
「……何でそう思うんですか?」
「だってそのカゴに入ってるもの、レトルトとかインスタントばっかりなんだもん。あんまり身体に良くないよ?」
……相変わらず変なところで勘が鋭い。こうなったらどうにでもなれだ、そう思い季彩は嘘を吐くことにした。
「いえこれは兄に頼まれたんです。私の兄は家庭料理よりもレトルト食品の方が好きな人なので」
「……へー」
小色伊は季彩の真っ赤なウソに対して一応納得したようだ。だが完全に納得した様子ではないのは長年付き合いのある季彩からしても一目瞭然だった。
「......では失礼します」
「ええ、また夏休み明け学校で会いましょう」
季彩はそそくさと逃げる様に早足でその場を離れた。その様子を小色伊が目を細めて見ていたのに気付いて不安になりつつ。
季彩は更にパスタ麺、米、麺つゆなどをカゴに入れると会計を済ませて即座にスーパーから脱出する。季彩は額が汗で滴っているのを無意識で袖で拭いた。知ってる人間との遭遇、それは気付かないうちに季彩に多大な緊張感をもたらしていたようである。
帰宅すると、ガチャリとチェーンを掛けて漸く落ち着いたようにため息を一回吐いた。得られるものをあったが危ない場面もあった。やっぱりできるだけ外には出ないようにしよう───そんな季彩のいつも通りともいえる決断は直ぐに無為になってしまうことをまだ彼は知らなかった。
その少女───
【季彩はどこの高校受けるの?】
何気ない下校中の会話。しかし季彩の一言で衝撃を受けた。
【佳星高校を受けようかと思ってるんだけど……まあ受かるのが難しいんだよねぇ】
私立佳星高校、その名前を当時受験生であった小色伊は嫌というほど知っていた。県内でも3本の指に入る超難関校であり、少数精鋭教育が売りである。しかしそれは小色伊にとっては些細な事でしかなかった。
小色伊は恐る恐る聞き返す。
【え、じゃあ寮生活……】
【まぁ~そうなりそう。ここからだと片道三時間以上掛かりそうだし、受かったらアパート借りていいって母さんも言ってるしね】
【……そっか】
虚無感が小色伊の胸の中で疼き始める。季彩ならば受かるだろう、受かってしまうだろう。季彩の成績が何だかんだ良い事を知っていた小色伊はそう確信していた。確信が深まるに連れ更に不安感が増していく。
季彩は地元の高校を受験して、私も季彩も同じ学校に受かって、また二人で家から一緒に登校できるかと思ってた。二人で学園祭行ったり、花火行ったり、プールに行ったり、時には定期試験対策したり、そんな輝かしい思い出が沢山作れると確信していた。でも現実は違った。季彩は家から遠い学校に行くつもり。そして私は───。
そこまで考えた小色伊は即断した。佳星高校を受検すると。
そうして死ぬ気で勉強して合格をもぎ取ってこの春、寮生活を始めた。しかしその後中々季彩と話す機会に恵まれなくなる。その理由はいくつかあるが、一番大きいのはやはりクラスが別々だからだろう。朝こそ態々寮から季彩の住むアパートに立ち寄り一緒に登校しているが、それ以外だと殆ど接点は無い。その状態が夏まで続き、頑張って夏のイベントに誘っても帰ってくるのは断りの返事のみ。このままではいけない、そんな焦燥感は日に日に加速していた。
そんな中で先程見かけた銀髪の女の子。精巧なパーツを丁寧に縫い合わせて作られたようなその少女は佳星高校の制服を着ていて、どこか見覚えのある雰囲気を漂わせていた。───その原因は10秒も経たないに判明することになる。
その少女の履いていた運動靴。履き古されて既にボロボロなそれは、季彩が中学の時からいつも履いていたスニーカーだった。それだけなら見逃すかもしれない、或いは偶然だと思うかもしれない。だが小色伊が見違えるはずがなかった、何故ならそれは中学二年生の時に彼女が季彩に送った誕生日プレゼントだからだ。
「あれは確かに季彩の靴だった……そしてアナタが帰ったのは季彩の借りているアパート。……どういうことか説明してもらわないとね?」
少女を付けて家に入るのを見届けた小色伊楓は、そんな独り言を呟いて呼び鈴を鳴らした。
会話シーンがあるとやっぱり書きやすいですね。