美少女になりたいとは言ったが断じてTS美少女に本当になりたかった訳ではない 作:金木桂
ピンポーンという何とも気の抜ける電子音が季彩の部屋に鳴り響く。未だ冷蔵庫や食品棚に買ってきたものを仕舞っていた季彩はその音を聞くと、反射的に「はーい」と返事をして───これはマズいんじゃないか?と一瞬ピタリと動きを止めた。男子高校生が暮らしているはずの部屋に女の子が一人というのは人に疑問を抱かさせるのには十分な状況だ。特に季彩を知ってる人間ならば猶更である。これもおいおい考えて行かなくてはならないのだろう、季彩はそんなことを思いつつ応対のために玄関ドアを開く。
「……ほぇ?」
そんな情けない声を季彩は上げてしまう。それは無理もなかった。
「……来ちゃった」
買い物袋を片手に立っていたのは自分の良く知る幼馴染……小色伊楓だったのだから。
───何で僕の家に来たんだ?というかもしかしてバレたのか?そんな内から湧いてくる疑問を飲み込んで、季彩は一先ず小色伊を部屋へと上げる。
「相変わらず汚い部屋だよね」
「……これが一番効率的な家具配置なんだって」
「ふーん」
勿論嘘である。片すのが面倒なだけである。
小色伊はどうでもよさそうに返事をすると、季彩の目をジッと見つめた。視線と視線が交わる。季彩は耐えれずに視線を横にそらした。
「やっぱり季彩なんだよね」
ビクッと季彩の身体がバイブレーションのように震えた。季彩の脳内では色んな考えが浮かぶがどれもこの状況を打開できるものではない。
……まさか隠し始めてその日にバレるとは……。季彩は深く溜息を吐いた。
「……えっと、何で気付いたの?」
「季彩が履いてたその靴、私が誕生日にあげたやつでしょ?それにさっきスーパーで買ってたレトルト、季彩が良く買ってる種類だった」
意外とよく見られているんだなぁ……。季彩は遠い目をした。
「それにしても本当に季彩なんだよね?あの小っちゃくてオタクで季彩なんだよね?」
「一言多いわこの野郎。サブカル趣味で悪かったな」
「オタク趣味の事をサブカル趣味と言い直すってことはやっぱり季彩なんだ……」
嫌な把握のされ方である。しかし事実季彩はオタク趣味とは決して人には言わずサブカル趣味で通しているので言い返すことはできない。
「それでどうしてそんなことになってるの?」
「なんで腕をぷにぷに触りながら聞いてるんですかね……?」
「本当に季彩か触診してるから動かないでね」
いやそんなことしても絶対何も分からないしただ触りたいだけだよね?そんな疑問を喉の奥へと抑え込んだ。どうせ言っても小色伊は触り続けるだろうと季彩は確信してるからだ。
「うわぁ肌すべすべだ……剥いで私の肌にくっつけたい……」
「発想が猟奇的すぎる!?」
季彩は本能的に小色伊から離れようとする。しかし小色伊の手はがっちりと季彩の右腕をホールドしている。
「え?そうかな?上手いジョークだと思ったんだけど……」
「いや普通に怖いから勘弁して……」
本心からの言葉である。
小色伊はやがて満足したのか季彩の腕を開放すると季彩が淹れたスーパーの格安茶を一口飲んだ。
「それにしてもどうしてそんな身体になっちゃったの?アニメの見過ぎ?」
小色伊のそんな天然発言に季彩は肩の力が抜けた。そう言えば最近会ってないから忘れてたけど小色伊はかなり天然少女だったなぁ、不意に季彩はそんなことを思い出す。
「アニメの見過ぎでこうはならないって。朝起きたらもうこの容姿だったんだよ」
「何それ?」
「僕も分からん」
「本当に?」
「何も分からん」
小色伊は不思議そうな顔をする。しかし実際それ以上の説明を出来ないのだから仕方ない。この状況に慣れつつある季彩ですら何故こうなったのかの理由は欠片すら掴めていないのだから。
「そうだ、一応聞くだけ聞きたいんだけど今の僕の姿をどこかで見かけたりしたことは?」
「う~ん、ないよ?流石にそんな目立つ容姿ならさっきも言ったけど忘れないはずだよ」
それもそうか、思わず季彩はそう納得してしまう。もし季彩が今の自分のような少女を見かけたら絶対に忘れる自信がないからだ。
しかし、この容姿から手掛かりを得ることは非常に難しそうだ。季彩は表面に出さないように落胆する。
「まあともかく、夏が終わる前に元の身体に戻らないと……」
「そうだね、私も手伝うよ!季彩がその体のままだと私も困るし……」
その発言に「……ん?」と季彩は疑問そうな声を上げる。
「何で小色伊が困るの?いやその申し出はありがたいんだけども」
「えっ?……あ!いや!気にしないで!」
珍しく慌てた様子の小色伊に季彩は疑いの眼差しを向けるが、まあいいかと気を取り直す。小色伊が妙な事を言うのはいつもの事だからだ。
小色伊は「それよりさ」と話を切り出す。
「まさかと思うけどこれからもレトルトで生活する気?」
「うっ……いや、野菜くらいは取ろうと思ってるから……。……半日分の野菜で」
半日分の野菜とは文字通り半日分の野菜が入った野菜ジュースで、昼夜飲むだけで栄養バランスが完璧が売りの商品である。───まあそんな訳ないのだが、それでも料理のできない季彩は藁にも縋る気持ちで購入していた。
「あのねぇ、それで身体おかしくしたらどうするの?体が可哀想じゃん」
「……仰る通りです」
ガクリと季彩は項垂れた。しかし季彩は料理が出来ない、更にその不摂生な食生活を何の疑問もなく受け入れてしまう適応能力の高さから自発的に料理を練習するというのは難しいだろう。従って季彩に委ねると根本的な解決は難しい。
「……じゃ、私作りに来ようか?」
「え、いいの?」
だから季彩にとってこの小色伊の申し出は非常にありがたかった。
「まあ私も基本暇だしね、寮からも近いし」
「いや本当に助かるよ、ありがとう」
季彩には何で小色伊がここまでしてくれるのか分からなかったが、取り敢えずはこの小色伊の器量の大きさに感謝した。───いつか背後から刺されそうな気もしなくもない。
「じゃあ冷蔵庫見して」
「うん」
冷蔵庫の中身ってどんなんだったっけ?季彩はふとそう感じて思い出す。確か調味料とジュース、それにチョコ菓子にアイス……他は多分無い。
冷蔵庫の扉を開いた小色伊もそんな同じ一人暮らしとしては見てられない有様に絶句したのだろう。パタンと扉を閉じ、笑顔で季彩に言った。
「もっかい買い物、行こっか」
「……はい」
拒否権は、無かった。
本日二回目の買い物を終えると季彩は疲労困憊と言った様子で床に倒れこんだ。......なるべく外に出ない、そんな決断は既に無に帰しているようだった。
季彩がグダグダとしながらキッチンの方に目を向けると小色伊は手慣れた様子で料理をしていた。……いつの間に調味料やら調理道具やらを把握していたんだろう。季彩はそんな一抹の疑問を持ったが、何となく考えたら負けな気がしたので思考放棄した。
「まだ時間掛かるからお風呂入ってていいよ~」
そんな小色伊の言葉に主婦か!?とツッコミかけたがどうせ何事もなく流されると思ったので季彩は大人しく寝間着を持って脱衣所と兼用している洗面所へと行く。
そして季彩は普段通り服を脱ごうとして───そのまま石像のようにシャツに手を掛けた状態で固まることになる。
……ヤバい、今の僕は美少女だった……!?
普段から引き籠っているからか二度の外出で相当な疲れがあったのだろう。季彩の脳内に衝撃が走る。このまま僕が裸体を晒していいのだろうか。まあ見るのは僕だけではあるけど、果たして僕はこの美少女の生まれたままの肌を見ても良いのだろうか。いや既に上半身にある女性の身体的特徴の一翼を担った未熟ながら幾分か人並みには育っているだろう果実は見てしまったのだけども。
季彩の中で葛藤が膨れ上がり───
「……まあ、いっか」
───そして思考が吹っ切れた。諦めとも言う。既に疲れ切っていた季彩にはもう全てが些事に思えてきたのである。
季彩はYシャツのボタンを丁寧に一つ一つ、滑らかに外していく。地肌が透けないようにその下に着ていた下着のシャツも勢いよく脱ぐと完全にその上半身が露になる。女性らしいなだらかな身体のライン、くびれも徐々に顕わになっていることが伺える。平常時ならそんな妖精のような素肌に赤面していただろう、しかし頭のギアが吹っ飛んでしまった季彩は気にすることなく制服のズボンも脱いだ。皺にならないようにカゴにかけると下着も脱ぎ、正真正銘のすっぽんぽんと化した。
そのまま浴室に入り、シャワーで指に一本一本絡め取るかの如く繊細な手つきでその照明に反射してより銀色に輝く長髪を洗う。そして次にボディーソープをタオルで泡立て、優しく撫でるように全身隈なく洗う。その間季彩は一切感情を表に出さず、無表情。
浴槽に入り、ジャスト五分で出ると浴室を後にした。季彩は癖で、先にドライヤーで髪の毛を乾かそうとして自分が映ってる鏡を見た。
「……あ」
───濡れているその全裸の少女を季彩はまじまじと凝視する。しなやかに揺蕩っている長髪は水分をポタリポタリと滴らせ、はっきりと凹凸が見れる鎖骨、指で押したら沈み込んでしまうくらい柔らかそうなお椀程の胸、造形品みたく綺麗な造形のヘソには水が纏わりつき、少女にあるまじき艶やかさを放っていた。上気した太腿は光を反射し、色気さえ感じられる。季彩は全身を隅から隅まで観察すると。
「……良い人生だった……」
正気に戻ったのだろう。季彩は鼻から赤い感情を迸しらせ……背後に座れこむように倒れた。
季彩が目を覚ますと見知った天井だった。脱衣所だ。季彩は自分の身体に目を落とすと服一つ着ていない上に全身濡れていることに気付く。気のせいか身体が火照っている。試しに頬を抓ってみるといつもより体温が高い。あと普通に痛い。
「……もう風呂入ったっけ?」
この状況、やはり既に風呂に入った後としか思えない。つまりどうやら記憶が欠落しているようだ。季彩は訝しみながらも身体を起こす。全然何をやったかを憶えていない。心神喪失状態だったのだろうか……そんな事を思いながらふと身体を見下ろすと赤い液体が適度な凹凸が見られる双子山を流れ、股間部分から床へと淫靡に垂れていた。反射的に顔に手をやると、鼻血が噴出していた。鏡を見れば何とも言えない、人には見せられない姿がそこには映し出された。
「うーん、ダメでしょこれは」
思わず呟く。小奇麗な洗面台の上にあるティッシュを座ったまま幾枚か取ると、季彩は体のラインに沿ってティッシュを拭き取っていく。床も拭うと、ゴミ箱に捨てた。
完璧に処理した季彩は続いて冷静にタオルで髪の毛の水分を拭き取りそのまま身体も拭いた。
季彩は慣れたように長い髪の毛を時間をかけて丁寧にドライヤーで乾かすと、用意していた寝間着を手に取る。
「何か……頭がポカポカする」
前までなら扇情的な体つきにまともに直視出来なかったはずだった。しかし何故か今の季彩は普通に鏡で自分の姿を確認できる。それどころか今なら拭き残った胸の双丘の狭間で滴る雫から女性の秘部まで、極めて冷徹にじっくりと見れるような自分がいることに気付く。無論季彩としてもそんな事をしようとは思っていないが。
───まあ生活しやすくなる分にはいいか。そんな適当な判断を下すとぶかぶかな寝間着を腕に通し、違和感を浴室に残したまま脱衣所を後にした。
「あ!丁度良かった!これテーブルに運んで!」
狭い今の扇風機で涼んでいると小色伊からそんな頼みをされる。夕飯を作ってもらっている手前断ることも申し訳ないと思い「おー」と返して台所に置いてある皿を今の卓袱台へ運ぶ。皿を見てみるとどうやら盛り付けられていたのはカレーだった、それを見た瞬間ぎゅるるる……と可愛らしい腹の虫が季彩から鳴り響く。そう言えば昼は食べてないな、季彩はそう自覚するとより空腹感に苛まれた。
その音を聞いたのか、台所で洗い物をしていた小色伊が振り向いた。良く見ると微妙にニヤニヤとしている、季彩はムッとした。
「なに今の、可愛い~!」
「……ほっといてくれ」
「照れなくていいって!一家に一人欲しいレベルだよ~。本当にキーちゃん可愛いよ天使みたい……!」
「キーちゃん言うな色恋」
「私の名前は小色伊!」
「知ってる」
「私もそれを知ってる」
季彩と小色伊は既に今年で10年にもなる永い付き合いだ。互いの家族間でも交流のある二人は何だかんだと息が合う。季彩は小色伊のことを苦手としているが、それでもその在り方には好ましく思っていたし一緒にいること自体は他の他人と過ごすよりは100倍くらい気が楽とも感じている。ただそのバイタリティー溢れる行動力だけは苦手としていたが。
小色伊は嬉しそうに頬を綻ばせながら水差しを持って季彩の対面に座る。
「ともかく冷めない内に食べちゃお、ね?」
「まあ、うん。そうだね」
いただきますと言って季彩と小色伊はスプーンをカレーに入れ、掬い上げる。カレーの中にはジャガイモやニンジンなどオーソドックスな具に加えてズッキーニやナス、パプリカが入っていることが分かった。更に脇には福神漬けがない代わりにミニトマトが添えられている。彩り豊かな夏野菜カレーだ。
季彩はそんな見た目は文句の付け所の無いカレーを口に入れると、目を見開く。
「……小色伊ってこんな料理できたんだね。美味しいよ」
「女子二日会わざれば刮目せよ、だよ!」
「それは女子にも適用される諺なのか……?」
しかも何故か一日短い。自信の表れなのか、それともただ単純に間違えただけなのか。長年の付き合いから小色伊はそこまで確信的に自信を表に出すことは殆ど無い───季彩は後者と確信した。
取り留めのない会話をしつつも、季彩は食べ終えると口を開いた。
「そういや小色伊に少し相談があるんだけど」
「ほむ?(なに)」
小色伊は未だカレーを頬張りながらも首をこくりと傾けた。
季彩は小色伊の間の抜けた様子を気にせず先程、母親から実家に帰省して来いと言われた旨を話す。帰ってこないと黒歴史をばら蒔かれるという点は流石に幼馴染と言えど異性に知られるのは忌避感が勝ったためにぼかして話した。それにこいつならもし知ったら嬉々として黒歴史を探りに来る───季彩は経験則からそんな小色伊の生態を知っていた。
「む~~……」
小色伊は季彩の話を聞くと悩まし気な顔をする。季彩はその様子にこの天然少女じゃ無理だったかと気持ちを少し落とす。小色伊は頭はそこまで良くはないが、偶に季彩も見張る良い閃きをするのである。だがしかし今回は空振りに終わったようだ───季彩はそんなことを案じながら水を飲んでいると、唐突に「そうだ!」という小色伊の声に驚き視線を向ける。
「季彩が男になればいいんだよ!」
……?
季彩は理解不能な幼馴染の言葉に思考停止した
来週は名古屋旅行に行くので二話更新出来たら御の字かなぁ。一話は最低でも更新したいですね。
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