ダンジョンに転生者がいるのは間違っているのだろうか   作:黒歴史

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第78話お礼参りしに行くよ〜

 廃墟の娼館

 ギギッと石材の軋る音が鳴り、手で押した石板が上方に動く

 地下の通路から石造りの扉を押し開けた俺は、とある路地裏の石畳から顔を出し、およそ半日振りの地上の空気に包まれた

 

「はぁ〜…やっと地上の空気が…ゴホゴッホ!!、やっぱり歓楽街の匂いはキッツイな」

 

 勢いよく外に出て久々に感じられる外の空気を思いっきり吸い込み咳き込む。すぐに振り返り春姫に手を差し出して引っ張り上げると

 

「フフッ……ありがとうございます」

 

 口元を抑えながらそう言う彼女に「どういたしまして」と返すと雲が晴れたおかげか茜色に染まった空が輝き出した

 

「時間わからなかったが夕方か……すまんな、ここまで連れてきてもらって……」

 

 頭を下げつつ礼を言う俺に対して春姫は首を横に振る

 

「私がやりたかっただけでございます。お気になさる必要はございません。それより早くここからお逃げになってください

 クラネル様と命様のことも、必ず私がなんとかしてみせますので」

「その必要はねぇよ。ベル坊達なら勝手に出て行くだろうしな。それより、本当にお前は大丈夫か?」

 

【ファミリア】に逆らった春姫に待つだろうこれから先の事に俺は心配する。ここに来るまでの言葉もあってやっぱり不安が拭えないのだ

 

「…ヤミ様。これを見てください」

 

 そう言って春姫は俺に対して細い首にはめられた黒い首輪を示す

 

「これは私の居場所を知らせる魔道具(マジック・アイテム)……見えない鎖に繋がれた『首輪』でございます」

「へぇ……」

「私の行き先は常にイシュタル様達に筒抜けなのです。歓楽街から一歩でも出ればこの首輪は音を立てて鳴り響き、首を焼いて身動きを封じ、追っ手の方々が駆け付けてくるでしょう」

「………」

 

 語られる内容に俺は何も言わない。壊そうとしても直ちに緊急信号を出すのだと春姫は怪しい輝きを放つ黒輪の表面にそっと触れる

 闇でどうにかできるかもしれないが、ミスリルの時とは違いその場で緊急信号を発しているのかはわからない。それが分かれば今すぐにでも外してやれるのだが……

 

「気づかれてしまえば、ここにもきっと、すぐに誰かが追ってきます

 だから早く逃げてください。私は、ここまでです」

 

 そう言って、春姫はまた微笑んだ

 

 

 

 

「気にくわねぇな。その顔」

「えっ?」

 

 俺の呟きに春姫は間抜けな声を発する。それに構わず俺は続けた

 

「まるで『助けて欲しい』って感じのその顔。見ていて腹が立つ」

「わ、私はそんな事…」

「いーや、アンタのその顔はそういった奴の顔だ

 毎度毎度泣きそうな、取り繕った笑顔(ツラ)見せられるこっちの身にもなって欲しいもんだ」

 

 言い訳をするように話そうとする春姫に冷たく言い放つと春姫は俯いてしまった

 

「たまにでいい……泣きたい時は泣けばいい。辛いなら辛いと言えばいい。助けて欲しいってなら笑ってないで口にしろ。じゃねえとお前はいつまでたっても変わらねえぞ?」

「……わ、私はッ「「ヤミ殿(さん)!!」」

 

 春姫が口を開き何かを伝える前に知ってる2人の声が割り込んできた

 声のした方へ振り向くとベルと命が勢いよく降りてきてスタッ…と綺麗に着地を決めた

 現れたその2人の姿に春姫も驚く

 

「命様…クラネル様……」

「春姫さん!!『殺生石の儀式』って何ですか!?」

「……ッ」

 

 ベルは焦りながら春姫に問いかけると春姫の表情が変化した

 俺は俺で初めて聞く言葉に首を傾げて聞いている

 そんな俺を置き去りにして命は今にも泣きそうな顔をしながら言葉を発した

 

「嘘だと言ってください!今夜……貴方が犠牲になるなんて!?」

(今夜?犠牲?何の話をしてんだ?)

 

 内心で抑えていた嫌な予感が渦巻き出した。『もう思い残すことはありません』…『今夜』、『犠牲』…

 そこまで考えが回り、口を開こうと

 

 ガスッ

 

 すると後頭部に衝撃が走る。意識がなくなりかける寸前、暗くなる視界の先にはいつぞやのアマゾネス、アイシャがそこにいた

 

(ちくしょう…意識……がぁ………)

 

 

 

 

『……さ…、ヤ…さ…、ヤ…さん!ヤミさん!!』

 

 意識が戻ってきて耳にキンキンと声が響く。目を開ければ、何故かそこは古い娼館ではなく日差しが刺さない暗い小径であった

 ベルに起こされ、ゆっくりと起き上がると後頭部がズキリと痛む

 

「いつつ……えーと?確か俺は……

 ベル坊、春姫はいねえが…それは後にしておく、命が落ち込んでんのも後に回す。『殺生石の儀式』ってなんだ?」

 

 とりあえずはそれだ。俺だけ置いてかれてどういう訳かもわからずに気絶させられ、ベルに運び込まれたのだからそれくらいは聞いておかないとこの騒動の意味がわからない

 

 ベルは目を赤くしながらもゆっくりと、確かな言葉で一つ一つ教えてくれた

 儀式の事、その儀式は狐人…つまり春姫の命を代償にして行われる事、それが今夜である事、ベル達が知る事を全てだ

 

「なるほど、そんで計画を知った俺等を消すために悍婦共が走り回って探していると……」

「…ヤミさん。僕、どうしたらいいかなぁ…」

 

 ベルが暗い声で俺に聞く。だが俺はすぐに答えた

 

「あ?知るかんなもん。自分で決めろ」

「…僕は、仲間と春姫さんを天秤にかけた。アイシャさんの言う通り…全てを、投げ出せなかった…ッ!」

 

 ベルはポタポタと涙を流す

 普通に考えみればそれくらい普通だ。大派閥(イシュタル・ファミリア)に標的にされる危険性(リスク)、それを恐れるのは当たり前だ

 にもかかわらずベルは泣く

 己の情けなさに、不甲斐なさに、格好悪さに。誰よりも優しい少年は心から涙を流す

 

「はぁ……命はどうすんだ?このまま帰るか?」

「わか…りません……」

 

 溜め息を吐きながら命に聞くと彼女も涙を溜めながら掠れた小さな声で呟くように言う

『だめだこりゃ』とまた俺は溜め息をこぼすと言葉を発した

 

「俺は少なくとも行くぞ

 勘違いすんなよ?これはお礼参りだ。こんな臭え街に閉じ込めた事のな

 お前等はホームに帰って今みたいに情けなく泣いてりゃいいさ

 …その前にお前等1人1人に言っておく事がある」

 

 そう言いつつ立ち上がるとまずは命を見て

 

「命、春姫ってやつはお前にとってどういう存在だ?

 お前にとってその存在にどうしてやりたいんだ?」

 

 命はそれを聞くと目を見開き固まる

 次にベルを見る

 

「ベル坊、これはじいちゃんから聞いた言葉なんだがな?

『女1人も救えない男はなんて呼ばれるか、知ってるか?』

 そんで俺からは…お前は何になりたい?」

 

 それを聞いたベルも目を見開き固まる

 それを伝えた俺はベル達に背を向けて暴れるために突っ走っていった

 

 

 〜まず命〜

 

 自分の中で先程言われたヤミ殿の言葉が渦巻く

『お前にとって春姫はどういう存在なんだ?』

 

 決まっている。友と……知己と呼べる仲だ。だけど自分はその知己に、何も……

『お前にとってその存在に何をしてやりたいんだ?』

 

 ……助けてあげたい。例えそれが口では望まれていなくとも、顔を見ればそれが嘘である事は普通にわかる

 春姫が辛そうにしているのであれば自分は

 もう自分の行動は決まった。涙をぬぐい、立ち上がった

 

 

 

 〜短いけどベル〜

 

 

 

 ヤミさんに言われた言葉を僕は知っていた。一体いつだったかもわからない記憶。だが鮮明にそれを思い出していた

 

『ベルよ……(おのこ)が女を救えなかった時、ある国ではその者を何というか知っとるか?

「腰抜け」じゃよ。誰よりも情けなく、英雄とは程遠い存在の事じゃ。じゃからのおベル…心からその女を救いたい時は、何が何でもそれを貫き通せ』

 

『腰抜け』、『英雄とは程遠い存在』。その言葉が僕の胸に刺さった気がした

 

『お前は何になりたい?』

 

 僕の原点を思い出した。そうだ、昔から変わらない。僕は…

 

「英雄になりたい」


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