ダンジョンに転生者がいるのは間違っているのだろうか 作:黒歴史
周りを見れば敵、敵、敵。【領域】を使い調べてみても敵、敵、敵……逃げ場はない。となると、暴れてベルだけでも逃す手もあるかもだが……
「ゲゲゲ……」
遅れてきたフリュネがいるんじゃその隙を作ることも難しい。ベルと
戦うのもいいが、やられたら人質にされかねんし……
「下がれ、お前達」
絶望的な状況をどう打破するか考え混んでいると上から声が投じられた
場にいた全ての者が驚きながら振り返ったその先、大階段の奥からゆっくりと、絶世の美貌を誇る褐色の女神が煙管を片手に降りてくる
見る者を惑わせる『美の女神』イシュタルは、紫煙を吐きながら愉快そうに見下ろしてくる
「ど、どういうことだぁい、イシュタル様ァ!?いきなりしゃしゃり出てぇ!?」
背後に従者(タンムズだったか?)を連れて現れた主神へ、フリュネが怒声を届かせた
憤怒で顔を真っ赤にするアマゾネスの長を、イシュタルは一瞥する
「聞こえなかったか、フリュネ。下がれと私は言った」
その声音には『逆らうな』という神意が込められていた
フリュネの裂けた口端が引きつる。あのフリュネが、だ
「お前達全員、『殺生石』の儀式へ向かえ。今度こそ必ず成功させろ、失敗は許さん」
歯向かうことの許さない神命に戦闘娼婦達が息を呑む。そして場が動き出すのに大して時間はかからなかった
1人、また1人と従順に広間を後にしていく。最後にフリュネが大きな舌打ちを鳴らすのを最後に、完全撤退していくアマゾネス達
「…えーと。イシュタル様?あの状況でこんな事をしてくれたって事は俺達に何か用があるんですよね?」
「…ふん。察しの良い男は嫌いじゃないぞ?」
タンムズに警戒したいのだが、何故か視線はイシュタル様に向けてしまう。これが『美の女神』という神の力なのだろうか
「よく来たな、ヘスティアの眷属よ。囮とは言えたった2人で我らに挑むとは、思った以上に気骨がある」
足を止めたイシュタル様に見つめられると何故か変な気持ちになった。なんかこう……ふわふわした感じ?そんな感じだ
そんな視線を放つ女神を見て何故あの『欲しい物は力で奪え!』みたいな野生児のアマゾネス達が見逃した理由を大体理解した
普通の男であれば……いや、男女問わずに女神の『美』という物に詰んでしまうのだろう
「ここに未練を引きずる
全てを見透かしているのか、女神はその
「さて、こうして会うのは二度目になるか。最初に目にした時はあの
「そりゃ、お褒めに預かり光栄です……っと。イシュタル様の用事を聞く前に一つ。何故、俺達をダンジョンで襲ったのでしょうか?」
気になっていた事をやった派閥の主神に聞くと、あっさりとその神は答えた
「戦争遊戯で名が知れたお前達には、私もそれなりに興味を持っていた。後は……気にくわない女神へのあてつけさ」
………
えーと……
つまり、嫌いな女神に一泡吹かせたいって言うだけ?
そんな風に理解しつつ固まっているとイシュタル様は不敵な笑みを浮かべて言い放った
「喜べ。お前達を『魅了』して、私のモノにしてやる」
イシュタル様が凄むとまだ増す女神の色香。それに狼狽えていると隣のベルが口を開いた
「……聞かせて、ください」
「ん?」
「どうして春姫さんを犠牲にするんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、目の前の女神は大声で笑いだした
「ははははっ!?この私を目の前にして他の女の話ができるのか、貴様!」
「こっ、答えてください!?」
煙管をくわえて笑うイシュタル様に、声を荒げるベル
肩を揺らす女神は益々気に入ったと、機嫌をよくしながら話し始めた
「そうだなぁ。まず、春姫は私が買った。汚い男どもの家畜に成り下がるところを救ってやったんだ、むしろこうまで重宝しているのを感謝してもらいたい」
たまたま足を運んだ商館にいた、まだ幼い狐人の少女。その美貌と、後はその種族に一欠片の興味を抱き、愚図る暗然たる面持ちでうつむく彼女を無理矢理買い取った
煙管を吸いながら、イシュタル様は春姫との出会いを語る
「私が拾った命だ……親のために子は尽くすものだろう?」
「そんな……!?」
「それになぁ、ベル・クラネル?私は春姫を殺そうなどとは思っていない。あの女神を倒せば、あいつの魂は返してやる」
普通にそう言うイシュタル様に黙って聞いていた俺は呟いた
「……その保証がどこにある?
知っての通り…多分アンタの敵の【フレイヤ・ファミリア】は最上位の派閥
春姫の妖術とか言われてるもんがどんな物なのかは知りはしないが、砕けた『殺生石』が戻ってくる可能性は極めて低いだろう?」
イシュタルを睨みながらそう問いただすと聞かれたイシュタル様からは予想外の言葉が出た
「その時はその時だ。仕方あるまい」
「「は?」」
俺とベルの間抜けな声が重なった。そんな俺達を見てイシュタル様は続けた
「行っておりが……春姫は私が手を下さずとも、他の誰かの手で同じ運命を辿る。あれが秘める『力』はそういうものだ」
「「……!」」
「『恩恵』を与え、あの娘の【ステイタス】を拝んだ時の私の気持ち……わかるか?震えたぞ、この『力』をもってすればあの気に食わない女神を引きずり下ろすのも可能だと!?」
春姫の『力』とやらを語ることに熱が入るイシュタル様。その『力』はそれほどまでに協力であり、万人を引きつけてしまう代物だとその熱意の入り方が物語る
あの狐人は神の予想を裏切る『可能性』を持っていたと、目の前の女神はとうとうと語った
「春姫は私の切り札だ!フレイヤを奈落の底に突き落としてやる!!」
叫ぶイシュタル様にベルが動揺しながらも声を飛ばす
「どうしてそこまで【フレイヤ・ファミリア】を………!?」
「どうして、だと?全てだ、全てが気に食わんからだ!?」
初めてイシュタル様が眦を裂き、怒りの形相を作り上げた
「私を差し置いて男どもはあの女を最も美しいと称えやがる、ふざけるな!?あのメス豚のどこが私の美貌を上回る!?男どもの目は節穴か!!」
床に吠えるように、女神は嫉妬を爆発させた
『下界の人間』では到底及ばない激情の発露に、俺は一つこう思った
(本気で怒ると口が悪いとか、そういうところじゃねーの?)
口に出さないそんな事が目の前に届くわけない。ていうか言ったらまたヒステリックに叫ぶと思ったからだ
「……で、でもっ!?それに春姫さんを利用していいわけが……!」
女神の激情を前に思わず屈しそうになる膝をなんとかとどめながら、ベルは訴えた
それはあまりにも酷薄だと言うベルに、イシュタル様は落ち着いたのか薄い笑みを浮かべた
「失敬な。私が血も涙もない神だったら、春姫を『魅了』しつくしてとうに人形にしているさ。私の命令だけを聞く、忠実な女狐にね」
「それは……」
「私は私なりの慈悲で、あの哀れな娘を可愛がってやってきたぞ?」
くるくると、イシュタル様は手の上で煙管を回す
「窮屈な思いをさせてきたのは仕方がない。だがアレには綺麗な服も、贅をつくした飯も与えてきた。……女の悦びを知る機会も、何度も恵んでやった」
「……ッ!!」
鳥籠に閉じ込めて娼婦を強制してきたことを知るベルがイシュタルに叫んだ。相手が神出ることも忘れて、感情を爆発させる
「何でっ、あの人に娼婦をやらせるんですか!?」
「ここは私の【ファミリア】だ。私が是とする行為が派閥の方針となり、掟となる。常識だ」
ベルの癇癪に等しい非難やわ、何を今更、とイシュタルはせせら笑った