追記:間あけるの忘れてました(汗
一次試験の後、ユウヤは別室に通された。これから、二次試験があるのだ。丸椅子が二つに小さな机が一つ置かれただけの小部屋で、一人の男が待っていた。
「久しぶりだな、ユウヤ」
「一年ぶりですかね。俺の中学の卒業式以来ですから」
そうだったか、とユウヤの眼前の男は顎の先をかいた。ぽつぽつと、軟いひげのそり残しがあった。それ以外は、あまり記憶と違わない。ユウヤの美的感覚からはさっぱり理解できない、赤々と染められた髪の毛も、残念ながらそのままだ。それが無ければ、それなりに外見のいい男なのだが。
まだ若い。たしか、25か6のはずだ。最後にあった時には、まだプロの肩書を持っていた。それがなぜか、二年ほどでプロを辞めてその後の音沙汰もしれなかった。
「まさか、アカデミアに居るとは思いませんでしたよ」
「まだ教諭補佐だけどな。一年でだいぶ扱かれて、それなりに板に付いて来たと思うが、どうだ?」
「先輩は先輩です」
暦一回り分に近い年齢差があるが、ユウヤは都筑を先輩と呼んでいる。同じ中学校出身で、かつてユウヤと同じようにセミプロになった、この道の先輩だ。
ユウヤが笑いながら言うと、都筑は大げさに肩を落としてため息をつく。仕方なく、ユウヤは慰めの言葉を投げる。
「まあ、試験官を任されるくらいだし、信頼はされているんじゃないですか?」
「試験官っていっても二次試験だがな。一次で受験生同士で戦った奴が、まぐれや相手の手抜きで勝ち残ったわけではないことを確かめるだけの簡単な仕事さ」
「試験内容は、口頭質問のみ、内容もほとんど常識問題。そう聞きましたけど」
「まあ、そうだ。お前の場合、一次試験の内容からして、『オベリスク・ブルー』は決まったようなものだな」
都筑も、どこかから見ていたようだ。机に肘をつき、退屈そうに試験内容の書かれたプリントを眺める。やはり、教員には見えない。
「俺のことはいいんですけど、俺と戦った女の子はどうなりそうです?」
「あ? あぁ、あれは『ラー・イエロー』だと思うぞ。実力はお前並みにあるのを見せつけたが、二次試験に進んだ連中がほとんど『オベリスク・ブルー』の枠に入っちまうしな」
「そうですか」
とりあえずは合格確実だということだ。それを聞いて、ユウヤは胸をなでおろした。
互いの実力を確認し合ったと、ユウヤは思っている。その結果も、自分と同じだろう。少なくともユウヤは、自分と互角かそれ以上、と見ていた。セミプロとして戦ってきた中に、あれほどの使い手はいなかった。ユウヤが勝てなかった、プロだった時の都筑に迫るだろう。
堂々たるプレイングと、ずっと先を見越したような琥珀色の瞳。彼女、奏のデュエル姿なら、ユウヤは髪の毛一本まで脳内に映し出せると思っていた。
「おい、どうした? そんなにあの娘が気になるのか?」
都筑がだらしなく口元を緩ませた。ユウヤは、素直に頷くことにした。気になるといっても、デュエリストとしてだ。そう、自分に言い聞かせながら。
「はい。アカデミアに入学するのが楽しみになってきましたよ」
彼女の姿を思い出すと、えもしれぬ高揚感が湧きあがってくる。ユウヤはそれを、充実したデュエルの残滓だと思った。あのデュエルの最初から最後まで、すべての流れを、何度も反芻している。
「あれ?」
「どうした?」
「いや、待って下さい。……結果としては、変わらないか? いや、違うな。そうだ、あそこはそうすべきだったんだよ」
「……お前な、まだ手をつけてないが、一応試験中なんだが。反省会は後にしてくれないか?」
半目で都筑が言うのも聞かず、ユウヤは全力で記憶をほじくり返した。あまりにも自然な流れに隠れた、不自然がある。それに気づいてしまった。奏のプレイングに、妙な粗を見つけたのだ。そしてそれは、決して小さくはない。今まで気づかなかったのが不自然だ。場に飲まれたのか。セミプロとして、中学卒業後の一年間、デュエル漬けの生活をしてきた。そんなユウヤが、数人の審査員と観客しかいない場所で緊張していたと言うのか。それは、相手が奏だったからか?
所在なさげに声を投げてくる都筑をしばらく無視して考え込み、ユウヤは顔を上げた。
「先輩、質問があります」
「それはこっちの台詞だが。まあ、言ってみろ」
「この試験、もしも零点だったらどうなりますかね?」
「は?」
「チェーンの処理順序も、通常モンスターで最高の攻撃力を持つカードの名前も、カードの種類すら分かりませんと答えたら――それでも『ラー・イエロー』くらいには引っ掛かりますかね?」
『どうだ、具合は?』
「そんなことを訊きに、わざわざ電話をかけてきたのか?」
受話器を片手に、もう片手でぬれた髪を拭きながら、私は挨拶代わりの皮肉を放つ。
『依頼主として、進捗状況を確認するだけだ。今日が試験日だったはずだが、成果は上げられたか?』
「もう夜だぞ。娘と一言くらい会話はしなかったのか。親子の交流ついでにそっちに訊いてこい」
バスローブを肩にかけ、深い蒼に染まった窓の外を見る。試験会場近くのビジネスホテルだ。安いが、泊まる客は選ばない。それに、景色も悪くはない。しばらくは、ここに留まるつもりだった。
『久しぶりに夕食を共にしたよ。試験はそれなりだったようだが、教員には勝てなかったらしい。入学に問題はないか?』
「教員相手に勝てる方がおかしいさ。私だって、勝つ自信はあまりない。実力を発揮できたなら、当初の予定通りだ」
『そちらはどうだ?』
「予定通りに進行していると思ってくれ。おそらく、『ラー・イエロー』に配属になるように事を運べたはずだ」
『負けたのか?』
「ああ。何か、問題が?」
『……いや、変わったな、と思っただけだ』
「変わったさ。名前も、外見もな」
言うと、ケンタロウは言葉を切った。何かを探るような閑があった。返答では、話題が変わっていた。
『まぁ、いい。娘とも無事に接触できたようだしな』
「危ういところだった。話には聞いていたが、よほど世間ずれしていないな。私だったら、というか普通は、あんな怪しげな誘いにホイホイと乗らないだろう」
『それについては礼を言おう。妙な口調の娘と、通りすがりのデュエリストに救われたといっていたが』
「妙な口調で悪かったな」
鏡代わりの窓の反射に映るのは、どう見ても女子高生だ。口調が合わないのは自分でもわかるが、今更変える気にもならない。それなりに目立つ容姿をしていることも、今日の試験会場で分かったので、多少の男避けになればいいと考えている。
『変えてみてはどうかね。私の娘のおしとやかさを少しでも見習うというのはどうかな』
「それで報酬を増やして頂けると仰るのでしたら、わたくしとて、その通りにいたしますわ」
自分で言っていて、吐き気がしそうだ。相手にもそれが伝播したのか、一瞬の無言があった。
『この話は、止そう。それよりも、男の方だ』
「白馬に乗った王子様というには物足りないが、デュエルの腕は本物だ」
『お前と戦ったそうだな。娘が見ていたそうだ』
あの観客の中に、紛れていたのだろうか。私が帰る時には、すでに黒服の自動車は去った後だった。
『お前よりも、男の方が、話にはたくさん出てきたが』
「助け方が少々劇的だったからかな。仲良くなる相手が増えて良かったじゃないか」
『馬鹿者、お前に言ったことを忘れたか? 娘には自由な道を進ませる。だが、恋愛は別だ。ラングフォード家の娘として、しかるべき相手に嫁がせる。どこの者とも知れぬデュエリストにうつつを抜かされては困る』
聞いたことのないような、強い口調だった。親としてか、名門の跡継ぎとしてか、もしくはそのどちらもが、そうさせたのだろう。
「わがままな親父だな。まさか、二人の仲を裂けとでも言うつもりじゃないだろうな」
『そこまでは言わん。友人が増えるのは、親としてもうれしいことだ。だが、恋仲になりそうな気配が少しでもあったら、こちらに知らせろ』
「いいだろう、あんたが何をするつもりかは知らないが、報酬分の仕事はしてやる」
早い話が、友人程度の関係に留めておけばいいのだ。シズカの方はともかく、ユウヤの方はシズカに思うことはあまりないだろう、と私は楽観的に考えていた。
『任せたぞ。なにか必要なものがあったら、秘書の方に届け出ろ。こちらに進展があった場合は、連絡する』
「了解した」
『以上だ』
一方的に電話を切られた。雇われている身としては、文句は言えない。
合格通知が届くのは一週間後だ。入学と入寮まではひと月ほどある。どうにも気疲れしそうな学園生活が待っていそうだった。ならば、それまでは、せいぜい羽根を伸ばすとしよう。
四月になった。
デュエルアカデミア、イースト校では、入学式が行われている。辺境に作らなければいけない決まりでもあるのか、場所はとある山中の森を切り開いた土地だ。そこに、いくつもの近代的な建物が立っている。事情を知らない者が見れば、「マヨヒガ」か「隠れ里」かと慄くことだろう。
大きな講堂に、寮別で赤青黄の制服に分けられた生徒たちが列を作って林立している。予定通り『ラー・イエロー』に配属となった私も、黄色の女子用制服に身を包みながら、そのなかに紛れ込んでいた。
壇上では、副校長だか教頭だかという髪型の後退しかかった神経質そうな男が、かれこれ20分は話を続けている。デッキの構築論や戦術論ならば一時間でも聞いてやるところだが、どこか
逃げ出すこともできないので、手持無沙汰に、居並ぶ制服姿を眺めていた。学校どころか集団生活というものに、およそ縁のない人生を送って来た私には整列した人ごみに多少の違和感を覚える。それが個を埋没させるように同じ服を着込んでいるのだが、それに気づくと、自分が消えてしまうような恐怖にも襲われかけた。私が特殊というより、人は元々そういうものなのだと思う。それを変えるのが教育で、周りの生徒たちはそれが当然と思っているのだろう。
制服は、男子が寮を示す色のラインの入った黒ブレザーにワイシャツと灰色のズボン。女子は胸の半分まで届く長い襟のセーラー服にミニスカート。襟の色と胸元のリボンで、寮を識別できる。
可愛いかと訊かれれば、辺りを見回しながら小さく頷いてやるが、自分で着るというのは、羞恥心とのちょっとした戦いだった。普段着は出来る限り両性用のデザインを選んでいたので、あからさまに『女子』であることを意識させられるような服装は苦手だ。
服装抜きにしても、周りは十五六の少年少女ばかりで、少々居心地が悪い。彼らも同じようになんだかループを始めた気もする秋刀魚男の話に倦んでいるのは親近感がわくが。
「そもそもアカデミアの語源というのはプラトンの設立した学園を語源としているのだがな、このデュエルアカデミアとしてはその意思を継ぐべく、そしてさらに次代へと意思をつないでいくべく――」
ちょっとした講義の体まで見せ始めた秋刀魚の話は、留まるところを知らなさそうだった。生徒どころか、居並ぶ教員にまでうんざりとした顔を隠さないものが出始めている。年配になるほど平然として聞き流しているのが歳の功という奴か。端に座っている、髪を赤く染めた若い男など、偏頭痛と胃潰瘍が同時に襲っていたような顔をしている。
と、そこに、救世主が現れる。たった一瞬だけ、息継ぎのために秋刀魚が言葉を切った時、絶妙のタイミングでマイクの音声が割り込んだのだ。進行を担当している女の声だった。
「えー、以上で、本校副校長、
「待ちたまえ、
「続きまして、生徒会長のあいさつです」
強引に押し切られては、秋刀魚も退くしかない。追い払うようにも聞こえるまばらな拍手で退場した秋刀魚と入れ替わりで、蒼の制服を纏った女子生徒が壇上に現れる。深海のような蒼に近い黒髪を、首の後ろ辺りでバレッタを使って止めている。表情の読めない顔が、小さく笑顔を作った。瞳に、見透かすような冷徹さと何かに対する憂いが雑居している。こちらではない場所を見ているような目だ。
「みなさん、ご入学おめでとうございます。私は、このイースト校の生徒会長、武御門・渚と言います。皆さんのご入学を、心よりお喜びすると同時に、これから3年間の学生生活で、価値のある多くのものを得られることを期待しています。以上」
話はそれだけだった。秋刀魚のそれに比べれば、ほんの一瞬だ。とはいえ、台本に目を落とすこともなく堂々と頭を下げる姿は、なるほど生徒たちの頂点に立つ者の貫録を感じさせた。生徒会にそれほどの権限があるかは知らないが。
貫禄にか、それとも単純に手早くまとめられた挨拶にか、秋刀魚の反動で盛大な拍手が響いた。こうなると、少し秋刀魚こと三丸教諭が可哀そうだが、これも人徳だ。心の中で謝りながら、私も控え目に手をたたいた。
それからの入学式は、せき止められた水が流れるように、あっという間に過ぎていった。生活上の注意や単位取得の条件など、右から左に通り抜けていく。
気になったのは、寮によって分けられている生徒たちを、区別することが当然となっているような言い方だった。ところどころで、『オシリス・レッド』を卑下して『オベリスク・ブルー』を持ち上げるようなところがあった。ちなみに『ラー・イエロー』の話題は少ない。良くも悪くも中庸ということか。
小耳にはさんだことがある。デュエルアカデミアでは寮間での生徒の差別が公然と行われている、と。どうやらそれは、それなりに真実らしい。
そのあたりを適当に受け流せる自信はあった。サテライト出身ならば差別区別は日常茶飯事だ。
ただ、シズカの方はどうだろうか。あの箱入り娘は、格差社会というものを言葉以上に知っているとは思えなかった。そのあたりのフォローは、間違いなく報酬の内訳に入っているだろう。
視線を巡らしたが、近くにあの目立つ金髪は見えなかった。寮が一緒なら授業も同じだし、近づく機会はいくらでもあるだろうが、入試会場のようなことが起きないとは限らない。気をもむ私の耳に、ようやく解散の指示が届く。当然のような顔で、『オベリスク・ブルー』の制服姿達が退場していく。遠巻きに、あの暁ユウヤの姿を探している自分に気付いた。
あの後に二次試験があったらしいが、彼の実力ならば問題ないだろう。黒髪の男子生徒を一人一人見るが、見つけられなかった。どこかで見落としたか。まさか、試験を受けておいて入学しなかったわけでもないだろう。
整然と退室する『オベリスク・ブルー』の生徒たちがいなくなったところで、私たちにも移動命令が出た。主に秋刀魚のせいで凝り固まった身体をほぐしながら、講堂を出る。そのまま寮に通されることになっていた。
一応は整然と男女に分かれた二列を形成していた生徒達だが、講堂の外に出ると、木々の匂いにつつまれた解放感に促され、私語が飛び交い始める。先導しているのはどこまでが髭でどこまでが髪なのか分からないような、遺伝子的に人よりも熊に近そうな大柄な男性教諭だ。教師よりも山賊の方が天職だと小声で言われるような顔の彼は、のっそりと先を進むだけで、注意するそぶりもない。そこかしこで雑談の花が咲き始める。
一応は進んでいるものの、列というよりは塊に近い集団に変形しつつあった。私は無言を貫きながら、シズカの姿を見つけようと首を回した。列になっている時より視界に入る顔は多いが、よほど離れているのか、あのウサギを追いかけて穴に落ちそうな世間ずれした少女は、どこにも存在しない。避けられているわけでは――無いと思いたい。
新入生たちのざわめきが、騒音に近くなってきた。その時、先頭を行く男性教諭が足を止めた。突然のことに、何事か、騒ぎすぎて起こられるか、と一転戦々恐々とし出す生徒たちを、伸びた前髪の下の小さな眼が見回した。地鳴りのような低い声が、口から漏れる。
「そこに、掲示板がある。自分の部屋を探せ。他の掲示物にも、目を通すこと。以上」
突然の指令に、全員が口を閉じて指さされた方向を見る。その間に、男性教諭は役目は終わったと言わんばかりに生徒たちから離れていった。そうなると、残された生徒たちは騒ぎを収めて指示に従うしかない。意外と、やり手の教師なのかもしれない。
掲示板へと向かう皆と、私は距離を取った。急がなくても見られるし、離れた方がシズカを探しやすいと思ったからだ。
「……ん?」
見覚えのある金髪を探してふらふらと視線をさまよわせていると、奇妙なものが目に入った。集団の先、『ラー・イエロー』の寮の前で、何人かの生徒がたむろしている。明るい制服は遠目でも見分けがつきやすい。青が三人、黄色が一人。どちらも女子生徒だ。黄色の方は、青たちに比べてやや小柄に見える。何かをこぼしたのか、必死の様子で地面に這いつくばって、手を動かしている。青の制服達は見下すように立っているだけだ。
数歩近づいて目を凝らす。泣きそうな黄色が拾い集めているのは、地面に四散したカードだ。なんとなく、状況が見えてきた。
「離して、足、どけてくださいよぉ」
少し長めの黒いおかっぱ頭に隠れた眼から涙がこぼれるのを幻視しそうな、叱られた子犬のような声が風に乗って流れてくる。それに、青のうちの一人が嘲笑う声が重なった。
「あら、私がどこに足を置こうと勝手でしょ?」
「あたしのカード、その下にあるんですぅ。お願いですからぁ」
「ん~? 私には、地面しか見えないけどなあ。そうでしょ?」
そうそう、という同意が、残りの二人から上がる。
「『イエロー』ごときが難癖付けて『オベリスク・ブルー』の私たちに逆らおうっていうの?」
「逆らったりしませんからぁ。すこしだけ、足をどかしてくださいよぉ」
「じゃあ、服従の証に、私の靴でも舐めれば? そうしたら、少しだけ動いてあげるかもね」
「そ、んなぁ……」
鼻声気味の黄色の方は、今にも泣き出しそうだった。まあ、状況は理解出来た。噂の真偽も確認できた。あとは――どうするか。
流石に、見捨てるのは目覚めが悪そうだ。
「おい、お前たち。下らない遊びをしているんじゃない」
鋭い目つきで、こちらを睨む三人。そのついでに足もどけてくれれば万事解決だが、そう上手くはいかなかった。黄色も地面に膝をついたまま、私を見上げている。息をのんだ口が、半開きのまま止まっていた。とりあえず無視して、『オベリスク・ブルー』の生徒らしき三人を順に見る。
「なによ、あんたも『イエロー』じゃない。私たちに逆らうつもり?」
「逆らうも何も、どちらが格上というわけでもないだろう?」
「はぁ?」
小馬鹿にするように鼻を鳴らしてやると、簡単な挑発に軽々しく乗ってくれる。振り向いたおかげで学年が判別できた。相手も一年生のようだった。
「あんたねぇ、ちょっと生意気じゃない? 私たちの制服見えてないわけ?」
「同じデュエルアカデミアのものにしか見えないが?」
「私たち『オベリスク・ブルー』は入学試験で成績上位、しかも入学前から合宿で授業受けて、あんたたちの二歩も三歩も先に行ってるの。少しは敬意ってモノを払ったらどう?」
青制服の言葉を、まるで撰民思想だな、と内心鼻で笑い飛ばした。小娘の数歩が大きな差になるなら、世界はもっとずっと狭くなっているだろう。
「少し、痛い目みないと分かんないかもね」
「別に反撃してもいいけど、私たちの身体に傷一つでもつけたら、先生たちからの評価は最悪になるよ。あんたたちと違って、私たちは『オベリスク・ブルー』なんだから」
三方を囲みながらも、仕掛けてこないどころか予防線まで張ってくる。サテライトだったら、私は既にあばら骨の二三本は持っていかれているところだ。
こちらがひるむ様子を見せないのにいら立ったのか、包囲網が一歩分狭くなる。私も、拳を一度握り、開いた。少女たちの言葉を翻訳するなら、傷をつけずに痛みと訴えるのをためらうほどの恐怖を与えればいい、ということだ。
「おい、お前ら」
背後から、その声がしなければ、否、かけられたのが『その声』でなければ、私は思考を行動に移していただろう。
忘れもしない、ひと月前の光景がフラッシュバックする。
私を囲む三人の視線がそれたことを確認してから、私も背後を振り返った。あの時と同じように、暁ユウヤがそこにいた。
「女同士で喧嘩してるところ悪いが、誰かの顔に傷がつくのは見てらんないからな。介入させて貰うぜ」
「また、『イエロー』の分からずや?」
「通りすがりのデュエリストだ」
ユウヤの目は、少女たちを見ていない。同じように、私もこちらに投げられたウインクに反応を返している余裕はなかった。ユウヤの着ている男子制服。その色は何故か黄色だった。
「お前、お前――なんで、ここに居る! なんだ、その制服は!?」
「いやね、ちょっと思うところがあってさ。わざと『ラー・イエロー』に配属されるように小細工したんだよ」
いつかと同じように無警戒で近づいてくるユウヤに気圧されたのか、包囲が緩む。そんなことはどうでもいい。
「なんでそんな馬鹿な真似を」
「いやね、せっかく同じ学校で暮らすなら、奏と同じ寮の方が切磋琢磨しやすいと思ってさ。少なくとも」
三人を顎で指し、
「こんな奴らよりは百倍まともに鍛えられるってもんだ」
「はぁ? 『イエロー』ごときが何言ってんのよ」
「負け犬の遠吠えね」
「おいおい、人の話を聞けよ。俺はわざと『イエロー』になったんだぜ? 正直、デュエルの腕なら俺の方があんた達より四五歩進んでると思うね」
こいつ、一体いつから聞き耳を立てていたのか。半目でにらむ私の前で、ユウヤは不敵に笑って自身の胸を指さした。
「嘘だと思うなら、デュエルしてみるかい? セミプロ、暁ユウヤと」
セミプロ、と訊いて、少女たちの間にあからさまに動揺が走った。アカデミアを目指すような生徒たちにとっては、セミプロでも雲の上の存在だ。
あ、と少女たちの一人が声を上げた。
「コイツ、知ってるよ。試験会場でブラックフェザー・デッキを使ってた奴だ!」
再度の動揺。あの場に居たのなら、ユウヤの腕前は理解しているはずだ。さらに、少女たちは足を下げた。とっさに『ラー・イエロー』の少女が飛び出し、靴の下からあらわれたカードを覆いかぶさるようにして拾う。
ユウヤが笑った。
「訊いた話じゃ、『ブルー』の生徒は他の寮に負けたら追い出されるんだってな。ちんけなプライドをかけてここで俺とデュエルするか、おとなしく去って忘れるか。俺はどっちでもいいんだがな」
その言葉が、決定打だった。ユウヤと私をにらみながらも、少女たちは背を向けて『オベリスク・ブルー』の寮がある方へ歩き出した。
「あ、ありがとうございましたぁ……」
埃も払わず立ちあがった『イエロー』の少女が、カードを抱いて頭を下げる。舌足らずな口調は半泣きのせいではなく素のようだ。すこし、顔が赤い。
「ありがとうございます。おかげで、カード、拾えましたぁ」
言葉は、どちらかというと私に向けられているようだった。シズカの時とは違う展開に、照れ隠しに頬をかく。ユウヤが代わりに気にするなと言った。
「しかし、奏もよくトラブルに首突っ込むな。可愛い顔して気が荒いというか」
「うるさい。自覚はしていないこともないんだ。それにお前だってやっていることは変わらないだろう」
「俺が助けようと思ったのは、どちらかっつーと奏なんだけどな。まあ、他の誰でも助けるけどさ」
「私はあの程度の小娘相手に不覚を取ったりしない」
「寮は違うが同じ学年だろうがよ。それじゃ奏だって小娘だぜ?」
言われて、今更のように、拳を解いた手が随分と小さいことに気付かされる。
どうも、この少年相手だと、噛みつくような口調になってしまう。だが、こちらの気を削ぐだらしない笑みのせいか、不思議といらだちは感じない。
私たちがくだらない言い争いをする横で、少女は大事そうに抱えたカードの埃を払っている。
ユウヤが、『オベリスク・ブルー』の生徒たちが去った方を見て、舌打ちした。
「あいつら、カードをなんだと思っていやがる」
「まったくだ。下手に踏み跡が残ってしまったら、資産価値も減少するしマーキングとみなされて使えなくなってしまうかもしれない。ふざけた連中だな」
「ああいや、そーゆー意味じゃないんだが……」
「わかっている」
長い間、カードは稼ぎの道具でしかなかった私にとっては、本心ではあるのだが、それを言って波風を立てることもないだろう。
それよりも、と私はユウヤに詰め寄った。ぐい、と襟首を掴んで顔を引き寄せる。一応睨みつけているつもりだが、ユウヤから笑みの表情は消えなかった。
「な、なにかな?」
「私は、納得していないぞ。なぜお前が『イエロー』にいる」
「言っただろ。あんな奴らとつるむより、奏のいる『イエロー』のほうが、腕を磨けるって」
「それだけの理由で、本当に、それだけか?」
何度も頷くユウヤに、私は脱力し、襟を離す。
「『ブルー』にだって、腕の立つデュエリストがいるはずだ。アカデミア出身のプロはほとんど『ブルー』だ」
「らしいな。今の生徒会長も、『イエロー』相手に三十連勝した実力者だって話だ。だけど、俺はお前が気になったんだよ」
「私が? 私の、何が?」
何故か傍らで名も知らぬ『イエロー』の少女が顔を染めたが、無視してユウヤをにらんだ。
「ひと月前のデュエル。覚えてるか?」
「……ああ」
「あの時、君、最後の最後に手を抜いただろう」
「……しらんな」
「そうかい」
心当たりはある。だが、それを言えば、手を抜いた理由も言わなければならない。まさか、『イエロー』に配属されるために負けたとは言えない。それに、あのデュエルでユウヤを認めたのは本当だ。
「『安全地帯』には、攻撃を制限する効果がある。だけどそれは相手プレイヤーへの直接攻撃だけだ。ティアラミスは、攻撃できたはずだ」
「そうだったのか。気づいていなかった。私のミスだな」
「……あそこでブラストを破壊していたら、どうなったと思う?」
「強力な除去能力に加えて安全地帯で耐性を得たティアラミスを残すはずがないし、シュラを引かれるからインヴォーカーも戦闘破壊される。シュラでインヴォーカーを破壊してサーチ可能な最大攻撃力を持つ『月影のカルート』をデッキからリクルートしても、私のライフポイントは300残ったな。もしくはもう一度『シルフィーネ』をエクシーズ召喚して、サイクロンをセット。攻撃力を上げつつティアラミスを封じ込めてもいい。どちらにしても、一応は私のターンが回って来るが、どうにも出来なかったから結果は変わらない」
状況を思い出しつつ淀みなく応えると、ユウヤは珍しい表情を作った。眉を立て、こちらを睨んだのだ。瞳には、怒りと疑念が渦巻いている。
「俺は、全力を出して戦った」
「私もだ」
「君は、少しでも勝つための、自分にターンを回すための手段を持っていた。なのに、なぜ使わなかった?」
「言っただろう、ミスだと。私はそこまで大それた腕ではないし、大一番に弱いようだ。自分でも気づいていなかった。そうでもなければ、あそこまで堂々と出来ると思うか?」
「……俺は、それが気になった。あのデュエル――あれだけのデュエルをしておいて、最後の最後でそんなミスを演じるとは思わなかった」
「買い被りだな」
「わざと負けたわけじゃないのか?」
「理由が無い。それに、気付いたのなら、なぜその場で言わなかった」
「俺は、後で気づいた。……まあ、なんだかんだ言って、俺もその程度なんだな」
こちらが態度で答える気が無いことを示すと、ユウヤが折れた。眉を下げて肩をすくめ、息を吐く。
「やっぱり、修行するのなら『イエロー』がお似合いだな、俺程度は」
「さっきまであれだけ自信満々にしておいて、それか?」
「流石にあいつらに負けるってことは無いと思いたいけどな。それに、寮が云々なんて誤差に見えるくらい、プロの壁っていうのは高いんだ。変わりがないと思えば、奏のいる『イエロー』でいいじゃないか」
「なぜそこまで私にこだわる? 私程度の人間は、いくらでもいる」
「なんでだろうな。俺にも分からない。だけど、いいライバルになりそうじゃないか、俺達?」
「……私は、そういう暑苦しいのは、苦手だ」
照れたように笑うユウヤの顔がまぶしくて、顔をそらす。熱にあてられたのか、体温が上がった気がした。
ずっと、一人で生きてきた。ケンタロウには認められたが、それはデュエルの腕に対してだ。ユウヤは、私自身を見ているようだった。それは、私の知らない視線だ。だから戸惑った。
「俺は、奏が嫌いじゃない。なんであろうと、デュエルの中で、一度は認めたんだ。だから、なにか理由があって、わざと負けたんじゃないかと勝手に思うことにする」
「ミスだといっている」
「俺が勝手に思うだけだ」
「思われるだけでも、迷惑だ」
それ以上は、話す気が無いと顔をそらして目を閉じた。少し、意固地になっているのは分かっている。ユウヤもそれを感じたのだろう、これ以上話題を続ける気はないというように、掲示板を指さして言った。
「部屋は確認したか?」
「いいや、まだだ」
「あ、あたしも、まだです……」
女子生徒も控え目に声を上げた。ユウヤは顎の先で掲示板の後ろの建物を指す。
「俺は男子寮の103らしい。それと、新入生歓迎会があるらしいぜ」
「……人ごみは苦手だな」
「サボるなよ、という注釈つきだ」
私は、たまに神の存在を認めたくなる。偶然というものに人格があるのなら、それを張り倒して気晴らしが出来るからだ。
「よろしくお願いしますぅ」
部屋に入ると、同室の少女が頭を下げた。
「……まあ、よろしく頼む」
私は、頭一つ分低い彼女の顔を見ながらつぶやくように言う。部屋割の名簿によれば、
「柚葉さんみたいな素敵な人と同室でよかったです」
陽の下の蒲公英のような無害さを振りまく笑みに毒気が抜かれ、私は、そうか、と小さく頷くしかなかった。どうも、早々に懐かれてしまったらしい。はるか昔に友人はいたが、生きるための共犯者だったような彼らと比べ、目の前の少女はなんとも頼りがいが無い。こういう相手をどう扱うかべきなど、私は知らなかった。
「あの、奏さんって呼んでも、いいですか?」
「好きにしろ」
名前に大したこだわりは無い。誰を指しているか分かればいいと思っている。それでも、遥はありがとうございます、と嬉しそうに笑う。
そう言えば、ユウヤに名前を呼ばれたり、名前を呼ぶ時には、僅かな親しみを感じないこともない。それは、デュエルを通じて認め合った仲だからか。相手を意識して名前を呼ぶということの意味が、少しわかった気がする。この少女が私を名前で呼ぶのも、何か込められた感情があるのだろうが、気にしないことにした。とりあえず、任務の妨げにならなければいい。
「そう言えば、確認していなかったな」
結局シズカには会えなかった。彼女の部屋を見つける前に、遥が自分たちの部屋を見つけてしまったため、未だ人の多いそこから離れてしまったのだ。後で、見に行く必要がある。
「なんです?」
「いや、独り言だ。気にするな。これからどうしようかと考えていた」
「歓迎会、行かないんですか?」
「そうだな」
シズカも、来るはずだ。人ごみは面倒だが、行かない理由が見つからなかった。一応荷物が全て届いているかを確認して、私たちは部屋を出る。ちょうど、隣席の扉が開くのと同時だった。
「あ、こんにちわ」
相手が頭を下げてきたので、挨拶を返す。頭を上げる動作にお下げにして肩にかけてあった黒髪が跳ねた。化粧気のない顔に丸縁の眼鏡をかけていて文学少女然としているが、両手で大切に握っているのは、少女の手には不似合いな一眼のデジタルカメラだ。
「隣席の人ですよね。私、
「柚葉・奏。こっちは葉切・遥」
私の影となって顔の半分を隠していた遥がおずおずと頭を下げる。猫にするように冴月が手を出すと、遥がようやく身体を私に並べて、握手に応じようとした。指と指が触れるかというところで冴月の腕が伸び、遥の手のひらを掴んで腕がもげんばかりに激しく振った。
「あ、わっ」
「よろしくお願いしますね、パシリさん!」
年季の入った販売員に似た笑顔で言う名前は、どこをどう聞いたのか間違っている。遥の方は、驚きに目を白黒させて、それに気づく余裕もなさそうだった。仕方なく、二人をつなぐ手を抑えて上下運動を止めてやる。手が放された瞬間、遥がまた私の後ろに隠れた。
遥の手を離すと同時に、こちらの腕を掴まれそうになり、私は手をひっこめた。あれ、と冴月は笑顔のまま首をかしげる。
「まあ、よろしくお願いします」
「ああ、せいぜい仲良くやろう」
その時だ。
「申し訳ありません、冴月さん。準備が遅れてしまって」
隣室、冴月の背後から、聞き覚えのある声とともに、長い金髪が姿を現す。日本人離れしたスタイルと、見間違えようのない端正な顔。
シズカ・ラングフォードは、私の顔を見ると、目を弓の形に変える。
「あら、貴女は……先ごろは、お世話になりました。お元気ですか?」
「再会できてなによりだ、シズカ・ラングフォード。入学おめでとうと言っておこう」
「ありがとうございます。こちらからも、祝辞を差し上げます」
目を開くとまつげの長さが際立って見える。ユウヤのだらしない笑みや冴月の貼りつけた笑顔とは違う、春風の暖かさを持った笑みで礼をされた。とりあえず、無事に合流でき、部屋も確認できたことに安堵する。
「あら、お二人は知り合いでしたか」
冴月が私とシズカのに口と顔を突っ込んでくる。遥は、まだ私の後ろに居て、冴月の一挙一投足の度に、掴んだ私のセーラー服の裾に飛び跳ねるような反応を伝わらせてくる。
「入試会場で、助けていただきました。その節は、どうもありがとうございます」
「行き掛かりだ。それに、助けたのはどちらかというとユウヤの方だ」
ユウヤの名前を出すと、シズカが小さく名前を繰り返したのが分かった。雪色の頬に絵の具をこぼしたような朱が広がった。
「助けていただいた?」
「はい。四人ほどの男性に囲まれて、困っていたときに」
「不穏ですね」
冴月は憤慨して眉を立てるが、好奇心が渦巻いている。こういう表情をする時、人はいらぬことを根掘り葉掘り聞きたがるものだ。今ここで困るということは無いが、余り付き合いを深くしない方がよいかもしれない。秘密はこういう人間から漏れるからだ。万が一、私の後ろにケンタロウがいることを知られれば、任務遂行に支障をきたす可能性がある。
「詳しくお聞かせしてもらえませんかね?」
「それは、またの機会にしてもらえないか? 歓迎会があるというし」
私が言うと、シズカは語りたそうな顔をしていたが、従順に頷いた。冴月もそう言われれば喰い下がれない。歩き出しながら、どこからか取り出した手帳を見せつける。
「後で、ゆっくりと聞かせてもらいますからね」
「はい。喜んで」
ほほ笑むシズカの顔には僅かに朱の残滓が残っている。シズカの主観からだけなら、問題は無いだろう。こちらに話を振られなければ、一応はそれでいい。
二人に続こうとすると、何かにひっかけたように服が伸びる。未だに遥が服をつかんでいることに気付いた。
「済まないが、離してくれないか?」
「あ、あぁ! す、すみません!」
雷に打たれたように大きく飛び跳ね私から遠ざかる遥。いちいちリアクションが大きいのは、人に接するのに慣れていないのかもしれない。私も似たようなものだから、上手くいけばそれなりにいい関係にはなれるかもしれない。利用価値という目で人を見なくてよいというのは、存外気が楽だ。
「いくぞ」
「はいっ」
遥は従者のように、私の一歩後ろをついてくる。冴月が間違えた名前を思い出し、それも間違っていないと小さく笑いをこぼした。と、再び裾が引かれる。
「どうした?」
「あの、さっきの人とは、お知り合い……なんですか?」
「言った通りだ。目に付いたから、助けた。お前と同じだな」
「あたしと同じ――」
正確にいえば、完全に偶然だった遥とは違い、シズカの方は私の方から探していたのだが、それを教える必要はない。遥は言葉を切ると、何か考えるように顎を引きながら歩く。
「こっちですよ。中庭の方です」
冴月が、寮の扉の先で大きく手振りしていた。
『イエロー』の男子寮と女子寮に挟まれた道の先に、芝生の引かれた広場があった。そこに、個性を消した黄色い制服の集団がいる。いくつかのテーブルの上に料理が並べられており、立食パーティーの形式となっているようだ。まだ、皿を持っている者はおらず、手近な人間と会話している。『新入生歓迎会』の横断幕が掲げられているが、代々使いまわされているのか、よく見ると端がほつれて色あせている。
私たちが入るのとほとんど同時に、横断幕の前の壇上に、のっそりと背広姿の男が立ち上がり、衆目を集める。
「時間になったので、新入生歓迎会を始める。俺は、寮長の
ところどころから、小さな笑い声が漏れた。熊手という男は、生徒を率いていたあの熊に似た教師だ。あの濃い髭面のインパクトは、忘れようとして忘れられるものでもない。
「この歓迎会は、上級生が中心となって行うものだから、俺の出番はここまでだ。一応監視はしているから、羽目を外すなら俺の目に留まらない程度に外せ。以上だ」
荒っぽそうな外見とは裏腹に、随分と寛容な発言に、新入生を中心とした生徒が小さく拍手した。締めつけるより、広めの枠で囲う。生徒の扱いは心得ているらしい。
続いて壇上に立つのは、三年生。十人並みの容姿をした、そのまま一般生徒のサンプルとして使えそうな男子生徒だ。彼は、どこかで聞いたような月並みなあいさつで新入生を迎える文句を発した。ほとんどの生徒がそうしているように、私と冴月は雲の無い空を見上げながら適当に聞き流す。シズカと遥は、律儀に聞いているようだ。
「――では、僕からの言葉は以上です。あとは、自由に談笑する時間としましょう」
生徒たちが待ち望んでいた言葉に、一斉に拍手が上がる。中庭の入り口からトレーに乗った食器が運ばれ、見る見るうちに人だかりとなり、そこからスクランブルのかかった戦闘機のごとく食事の机へ飛び出していく。
「あ、あの、私、とってきますぅっ」
「急がなくてもいい。量はありそうだ」
遥の前に手を出して止めた。暗黒時代の欧州の食事並みに戦争となったトレーの前に小柄な遥が行ったところで、どうしようもないだろう。怪我をされても面倒だし、適当に生徒の様子でも窺って時間をおいた方がいい。
私がそう言うと、シズカと冴月も頷いた。シズカが、小さく拳を握る。
「上級生との練習試合をする時間もあるらしいので、英気を養うのも大切ですね」
「そうなんですか?」
「はい。先ほど、壇上に立っていた方が、そのように仰っていました。掲示板にも書いてあったと思いますが」
辺りを良く見れば、カードを見せ合ったり、座りこんでデッキの調整をしているような集団がいる。デュエルの学校だけに熱心な者も多いのだろう。
「お暇でしたら、どなたかにご相手をしていただくのも良いかもしれませんね。中庭ではデュエルが解禁されていますから。よろしければ、柚葉さん、胸をお借りしてもよろしいですか?」
連絡事項に、デュエルを行う場所や時間帯の規定があったことを思い出した。私は、一瞬考えたが、首を横に振った。シズカの実力は見てみたいが、それをはっきりさせるのは、自分で戦うよりも誰かと戦っている時のカードの切り方を見ていた方がいい。
シズカは残念そうに眼を伏せ、冴月に振るが、彼女は返答の代わりにカメラを構えた。
「私は、ちょっと情報収集に行ってきます。噂によると、今年の新入生は例年以上に実力者が多いそうなので。じゃ、そういうことで」
皿を持った人影が増えてきた。話を聞くにはちょうどいいと思ったのか、片手にカメラを、片手にメモ帳を構えた冴月は、敬礼するように腕を立てて、いずこかへと去っていく。お疲れのないよう、とにこやかに見送ったシズカは、最後の一人に視線を投げる。
「そういえば、自己紹介をしておりませんでしたね。わたくし、シズカ・ラングフォードと申します」
「あ、たしは、葉切・遥です。奏さんの同室をさせてもらっています」
どもりながらも、遥は、シズカの視線をまっすぐに受け止めている。シズカは愛らしいものでも見たかのように口の端を柔らかく上げた。
「よろしければ」
「お願いします!」
意外なほどの大声――といっても大した声量ではないが――で、シズカが言い終わる前に、遥が応じた。私は遥にしてははっきりとした態度に軽く驚いたが、シズカの方は動じずに小さく頭を下げる。
「では。こちらこそ、よろしくお願いします」
勝つ、という気持ちでデュエルに望んでいることに、遥自身が戸惑いを感じていた。元来、争い事には向いていない方だということを自覚している。小柄で非力、しかも引っ込み思案かつ臆病と来ていれば、そうなるのも当然というものだ。
そんな自分が、いつもだったら隠れながら断ってしまうようなデュエルの挑戦を、正面から受けたのはなぜなのか。それは分からないけれど、なぜか、この人には負けられない、と思ったのだ。自信はあまりない。アカデミアに来るまでは、シミュレーターが対戦相手だった。
シズカ・ラングフォードと名乗った女性は、同性である遥から見ても、魅力的だった。どんな手入れをすれば保てるのか想像もつかないような輝く金髪に、可愛らしさと美しさという女性の魅力が完璧な比率で同居した美貌。物腰は柔らかいが自信に満ち、おもわず背筋を伸ばさなければならない気になる気品と優美さ。どのような出自の人かは分からないが、ただものでないことぐらいは、遥ごときにだってわかる。
こんな人がいるのか、と一見して思った。
しかし、彼女が奏と談笑するのを見て、遥はなにかよくわからない喪失感に襲われたのだ。
奏という人もまた、不思議な人だった。シズカと並んでも遜色がないほどの容姿なのに、なぜか言葉づかいは真逆でぶっきらぼうだ。それが遥には、たまらない魅力に見えた。
まだ、恋というものをしたことが無い。一目ぼれなんていう体験は物語の中だけの話だと思っていた。だが、分かった。奏が遥を助けようと声をかけた、その瞬間に、遥の心は早鐘のように高なったのだ。『オベリスク・ブルー』の生徒を三人相手にして一歩も引かない毅然とした態度も、ふてぶてしくて不敵に笑う顔も、どこか一歩引いて見つめる瞳も、柚葉・奏という少女を構成する一分子まですべて、遥にとっては憧憬と畏敬を催させる存在に思えた。そんな素敵な人に助けてもらって、さらに同室であることに、遥は運命の女神に感謝した。これからの学園生活はきっと素晴らしいものになるだろうと直感した。
だが、それも、シズカという少女に出会うまでの話。
彼女は、遥などでは一生かかっても追いつけないような高い玉座に座る存在だろう。それが、奏と楽しそうに語り合っているのを見て、遥は愕然とした。聞けば、シズカも奏に助けられた過去があるという。しかも、奏は間違いなく、シズカのことを意識している。それはもしかしたら奏自身も気づいていないことかもしれない。だが、奏の髪の毛一本の動きまでじっと後ろから見ていた遥にはわかる。寮の廊下で二人が再会した時、間違いなく、奏はシズカを見て小さく安堵したような表情を浮かべていた。呼び方や視線の配り方、そんな言動の端々に滲むシズカへの関心を、遥は敏感に感じ取っていた。
今も、デュエルディスクをつけて構えるシズカの方に、奏の視線は行っている。同じようにデュエルディスクを構えながら、遥は言った。
「ま、負けませんっ。手加減なしで、お願いします!」
「わたくしも、手加減などする気はありません。全身全霊でお相手します」
早々にデュエルを始めた二人に、皿を持った観客達も肴代わりと集まってくる。普段なら緊張で倒れそうな数の視線が集まっているが、遥の感覚はシズカと奏に集中しており、それ以外の何一つに対しても向けられていなかった。
デュエルディスクによって、先攻が決まる。
「では、わたくしのターンからです」
カードを引く、それだけの動作すら美しい。考えるように手札を見つめる姿は、深窓の姫君のよう。陶器の白さを持つ長い指先が、一枚のカードを引き抜いた。
「わたくしは、『
ソリッドビジョンの粒子に包まれ現れるのは、深い傘で表情を隠す、白いひげを蓄えた老人。手に持つ扇子が、横に凪がれた。
「『氷結界の軍師』の効果を発動。コストとして『氷結界の大僧正』を墓地へ送り、カードを一枚ドローします。さらに、場にカードを一枚セット。これにて、わたくしのターンは終了です」
「なら、あたしのターンですっ」
相手の場は、攻撃力1600のモンスターに、伏せカード。遥は、自分の手札を見る。ここは、様子見で行こう。
「あたしは……『ガード・オブ・フレムベル』を攻撃表示で召喚!」
「攻撃表示……?」
シズカが秀麗な眉をひそめた。集まった観衆も顔を見合わせている。奏の表情は変わらない。
炎に包まれたトカゲに似た爬虫類が、四つん這いで牙を剥いている。だが、その脇に表示された攻撃力は、『0』。ゼロ、である。攻撃されれば、そのままダメージが軽減されずに直接攻撃と同じダメージを受けてしまう。
普通、こういうカードは守備表示で出すものだ。そうすれば攻撃力の高いモンスターに戦闘破壊されても、ダメージは届かない。
「そのカードの効果は?」
「ありません。効果を持たない、通常モンスターです」
シズカの表情は晴れない。本当に『ラー・イエロー』か、という声まで聞こえてくる。そんなものは、どうでもいい。気になるのは奏だけで、彼女はむしろシズカがどうやって行動するのかを気にかけているように見える。
「つづけますよ、いいですよねっ」
胸の中に熱いものが混み上がり、遥は語気を荒げた。
「あたしはさらに、カードを伏せます! ターン終了!」
伏せたのは、『
「わたくしのターン。ドロー。わたくしは、再び『軍師』の効果を発動します。コストとして、『氷結界の術者』を墓地へ送ります」
「さ、させません、手札から『エフェクト・ヴェーラー』の効果を発動します! 相手フィールド上のモンスター一体の効果を、ターン終了時まで無効にしますっ!」
ここは、使うべきだと思った。使えるカードは使えるときに使っていくのが、遥のデュエルスタイルだ。実戦経験が乏しい故の、カードが腐ることを恐れる行動でもある。
「では、わたくしは『氷結界の舞姫』を召喚いたします。攻撃力1700、レベル4のモンスターです」
「レベル4が、2体……」
髪を二つに分けた、盾にも円形の剣にも見える武器を両手に構えた少女。考えられるのは、エクシーズ召喚だ。同じレベルのモンスターを複数体揃えて素材にし、強力なモンスターを出すことが出来る。だが、シズカは首を振った。
「ご心配無く……というのも変ですが、エクシーズを行う気はありません。まずは、『舞姫』の効果を発動。コストとして、手札の『氷結界の破術師』を公開。その後、相手フィールド上に伏せてある魔法・罠カードを見せたカードの数だけ手札に戻すことが出来ます」
『
「バトルです。『舞姫』で、『ガード・オブ・フレムベル』を攻撃」
少女が、得物を振るった。消し飛ばされるように、架空の爬虫類が粉々になって霧散した。『舞姫』の攻撃力1700は、そのまま遥のライフポイントから引かれ、残りは2300。いきなり、初期ライフの半分近くを持っていかれてしまった。これが実戦か、と息をのんだ。
「続けて、『軍師』による攻撃を行います」
老人の扇子が、こちらに構えられる。遥は手札を場に叩きつけるように置いた。
「手札から『バトルフェーダー』の効果を発動! 相手モンスターの直接攻撃宣言時に、このカードを場に特殊召喚し、バトルフェイズを終了させます!」
高い鐘の音が鳴り響き、臨戦態勢を取ったモンスターたちが力を抜いた立ち姿となる。振り子時計の針だけを抜き出したようなモンスターの攻撃力は、やはり0だ。ただ、このターンの攻撃は終了したので追撃を受けることは無い。
「カードを1枚セット。わたくしのターンを終えます」
ライフポイントには、すでに大きな差が付けられてしまっている。周りからも、失望のこうえがぽつぽつと倦まれていた。だが、遥の闘志は尽きるどころかますます燃え盛るようだった。
奏を、こちらに振り向かせるまで、膝を屈するつもりはない。
「行きます――ドロー!」
悪くない引きのはずだ。少なくとも、アドバンテージに繋がる。
「まずは、
「よろしい覚悟です。その雄姿、目に刻むといたしましょう」
見守るような顔に口を曲げながら、遥はディスクから排出されたカードを公開する。
「手札に加えるのは、『ミスティック・バイパー』のカード。これをそのまま召喚します」
現れるのは、笛を吹く道化の男。背は高いがひょろひょろとした体格で、お世辞にも強そうには見えない。表示されたステータスは、レベル1、攻撃力0。またか、という周囲の声は無視。
「『ミスティック・バイパー』には効果があります。このカードをリリースして、発動。カードを1枚ドローし、お互いにそのカードを確認。それがレベル1のモンスターだった場合、さらにもう1枚ドローすることが出来ます」
「なるほど……先ほどの『ガード・オブ・フレムベル』に『バトルフェーダー』と『エフェクト・ヴェーラー』。全てレベル1だったのは、そのカードを生かすデッキのため。面白いデッキです。勉強させていただきますね。効果は、そのまま解決までどうぞ」
「では……ドロー!」
掲げたのは、赤紫の枠。モンスターではない、罠カード。しかし、悪くは無い。
「激流葬、ですか。これはいけませんね」
少しだけ眉を下げたシズカの背景で、奏が僅かに表情を曇らせた。悪い思い出でもあるのだろうか。強力だが、使い勝手を間違えれば反動も大きいカードだ。
「引いたカードを手札に加え、さらに魔法カード『強制転移』を発動します。お互いは、自分のモンスター1体のコントロールを相手に渡します。あたしは、バトルフェーダーを選択」
「……わたくしは、より攻撃力の低い『軍師』をそちらへ」
シズカが、なにか考えるそぶりをしながら、コントロールを交換する。伏せられたカードが気がかりだ。だが、ダメージを与えるチャンスを逃したくはない。
「バトルフェイズ。『軍師』で、『バトルフェーダー』を攻撃しますぅ!」
「く――っ!」
力んで指さした攻撃対象に向け、『軍師』の扇子が向けられる。宙に浮かぶ氷槍が棒時計を囲むように出現。刹那の時を持って、串刺しにする。宙に舞うモンスターの破片の幻影からかばうように、片腕で顔を隠すシズカ。ライフポイントが、一気に2400まで減らされる。腕の下からあらわれた顔は、清々しい。
「低い攻撃力のモンスターが多いことを逆手に取り、大ダメージを与える戦略。お見事です」
素直に褒められ、遥は一瞬顔を赤らめた。首を振ってそれをごまかし、カードを伏せていく。手札は、残り一枚。
「カードを3枚ふせて、ターンを終了します」
「参ります。ドロー。……まずは、『舞姫』の効果を再度使用いたします。コストとして、『氷結界の破術師』と『氷結界の伝道師』の2枚を提示いたしましょう」
「通します。3枚ありますけど、どれを選びます?」
「では、両端のカードを手札にお戻しください」
『激流葬』に『炸裂装甲』。容姿だけでなく、勘にまで恵まれているとでもいうのか。狙い撃つように、嫌なカードを戻してくれる。
「そして、先ほどお見せした『氷結界の伝道師』を召喚。このカードをリリースすることで、墓地の『氷結界』と名のつくモンスターを蘇生することが出来ます」
「――通します」
残ったカードが何か、相手は知らない。『激流葬』を使うか考えるふりだけを見せつつ、遥は手で先を進めるように示した。
「なれば、『伝道師』の効果を発動。わたくしの墓地より、『氷結界の大僧正』を守備表示で特殊召喚いたします。このカードが場にある限り、『氷結界』と名のつくモンスターは魔法・罠カードの効果で破壊されることはございません」
『大僧正』の映像は、『軍師』と似た雪の結晶を模した帽子をかぶった男だ。ローブを纏った『軍師』とは違い、こちらは筋骨隆々とた上半身を見せつけており、高い戦闘力を持っていそうに見える。守備力は2200と、十分な壁として機能する数値だ。その上に除去耐性の付与は、厄介といえた。
「激流葬は、無意味ということですか」
「そちらに残った最後の一枚が、そうであればよろしいのですが」
こうなると、戻された2枚のカードが破壊効果を持つカードだったことは行幸かもしれない。逆に、場に残されたカードはそういうカードではないのだ。
「わたくしに出来る前準備は、ここまでです。仕掛けさせていただきます。まずは、永続罠、『リビングデッドの呼び声』を発動。墓地よりさらに1体のモンスターを特殊召喚いたします。『氷結界の術者』を特殊召喚!」
声に、力がこもるのを、遥は感じた。興奮からか、雪原を思わせる肌に赤みが差してきた。現れたのは、無感動にこちらを睨みつける中年の男。やはり鍛えられた身体つきだが、攻撃力は1300に過ぎない。
「『氷結界の術者』は、レベル2のチューナーモンスター」
「シンクロ召喚……!」
「はい。シンクロ召喚には、シンクロモンスターにあった素材を用意する必要があります。わたくしは、レベル4の『舞姫』にレベル2、水属性チューナーの『術者』をチューニング!」
風が巻き起こった。春風だが、ソリッドビジョンで投影された粉雪よりもさらに細かい氷の粒が舞ったことで、一瞬だけ肌を切るような寒気に襲われたと錯覚した。二体のモンスターが、自信のレベルの数に等しい輪と球に姿を変える。ごう、とひときわ強い風が吹いた。それに、シズカが声を乗せる。
「千秋雪を踏みならし、千里に渡りその威名と咆哮を届かせよ。シンクロ召喚、『氷結界の虎王 ドゥローレン』!」
吹雪の中から、遥の胴ほどに太い前足が突き出された。空を割るような咆哮が轟く。咆哮は吹雪を砕き、氷の粒を煌めかせる。その中から、前足の持ち主が顕現した。
それは、水晶飾りの鎧を纏った雪色の白虎だ。毛は逆立ち、牙は伊達な刃物よりも鋭い。体高はシズカよりも少し高い程度のはずだが、それの放つ威圧感で小山ほどにも見えた。実態を持たないソリッドヴィジョンだということを忘れ、遥の背筋が凍り、生存本能が警告を叫ぶ。
知らないカードだった。それは遥だけではないようで、皆が身を乗り出してシズカに視線を注いでいる。あの、奏さえも。
攻撃力、2000。しかしこの圧力、それだけのはずがない。
「『ドゥローレン』の効果を発動。わたくしの場の任意の枚数のカードを手札に戻し、戻した数の500倍、『ドゥローレン』の攻撃力を上昇させます」
500倍という数字に目を見開くが、ようは1枚につき500ポイント、攻撃力がアップするということか。それだけ、というには上昇値が洒落にならない。
「『リビングデッドの呼び声』は、蘇生対象であった『術者』がシンクロ素材として墓地に送られたため、無意味に残っています。これを手札に戻すことにより、『ドゥローレン』の攻撃力を2500に上昇!」
白虎が、低い声で吠えた。視認化されたステータスが上昇する。小柄な遥を吹き飛ばさんという質量すら感じる重圧が襲ってきた。
ただでさえ実戦経験には乏しい遥は、気をのまれかけていた。気にしていなかった、観衆たちの視線や声を意識し始め、頭が白く染まっていく。
「バトル!」
シズカの声が走る。はっと、我に返った。白虎が、爪を掲げて飛び上がる。背筋を凍らせ息をのみながらも、遥は叫ぶ。
「ト、罠カード、発動しますぅっ! 『強制終了』! コストは場の『軍師』!」
「『ドゥローレン』が、攻撃をやめた……?」
不可視の壁に弾かれ、名刀の輝きを放つ虎王の爪が遥に届くことは無い。そのまま、再びシズカの前に鎮座する。
「『強制終了』は、自分の場のカードを墓地に送って、バトルフェイズを終了させる、永続罠カード、です」
「なるほど。ありがとうございます」
シズカのほほえみに引かれるように、観衆と遥の口から吐息が漏れた。まだ、心臓が高鳴っている。攻撃は止めたが、相手の場には『大僧正』と『ドゥローレン』という矛と盾がそろっている。その後ろに、まるで観客を兵士に見立てて立つ女王のように君臨するシズカ。今更ながらに、自分ごときが戦えるような相手ではないという思いが込み上げてきた。なんで、こんな戦いを受けてしまったのか。
「わたくしはカードをセットし、ターン終了です」
「あた……しの、ターン」
カードを引こうと、デッキに手をかけた。今にも、遥は倒れそうだった。元々、衆人環視の中でデュエルできるような性質ではないのだ。周りを意識してしまうと、膝が笑ってしまう。いつのまにか、奏がどこに居るのかも分からなくなってしまっていた。
どうにか、カードをめくることはできた。見る。
この場にふさわしい一手かどうか。それは、分からない。だが、道は開ける。――本当に?
ディスクに落とすように、カードを差す。
「あたしは、し、『使者蘇生』を発動! 蘇れ、『ミスティック・バイパー』!」
ありとあらゆるモンスターを復活させる、最上級の魔法カードだ。逆転の一手を期待した皆から、おぉ、と小さく騒ぐ。そして、復活したモンスターを見て、今度は大きく声を上げた。
「また、あの雑魚カード!?」
「もう勝負捨てたんじゃないか?」
「あいつ、本当に『イエロー』なのかよ」
うぅ、と遥はうめき声を出した。もう、止めたい。デュエルから逃げ出したい。
自分から受けておいて、許されないのは分かっている。それでも、このまま晒しモノのように戦い続けるのと、臆病者として逃げ出すのがどっちがマシだろう。
『オベリスク・ブルー』の生徒たちに絡まれた時のような、恐怖と惨めさがこみ上げてくる。
その時。
「――外野は、少し黙っていろ。進行の妨げだ」
それは、静かな声だった。だが、不思議な響きでもって、周囲に伝播し、観衆の中に溶けていく。顔を見合せながらも、皆は少しずつ口を閉じて、状況を見守る態勢に入っていく。
声は、遥の心にも、溶け込んできた。声の主が誰か、見なくても分かった。その時と同じ声。また、助けてもらった。
不思議と、四肢に力が戻っていた。みれば、シズカは嘲弄するでもなく、こちらが何をするか期待する目で見つめてきている。
素敵な人だ。
奏も、シズカも、自分が同じ大地に立ってはいけないような、素敵な人たちだ。だから奏だって、遥など眼中に入れずシズカを見るのだろう。
それでも、シズカには負けたくない。奏を、こちらに振り向かせて見せる。
デュエルなら、たとえどんなに素敵な人が相手でも、それが出来る。
遥はそれを示すために、声を上げた。
「『ミスティック・バイパー』の効果発動!」
と、今回はここまでです。キャラクターが増えるに従って人間関係が面倒くさくなる悪寒。デュエル途中なので、次回は頑張って早めに出したいとか何とか言っている気がします。
以下蛇足。
デュエル自体には、正直、重きを置いてはいません。私が小説で描きたいのは成長やら感情の変遷やら、そういった人の生きざまのようなものなので。(まあ、手を抜くということではありませんよ?
中途半端にOCGを嗜んでいるので、切り札級のモンスターが、わりとサクサク除去されていきます。出来る限りハッタリはかましていきますが、「すごいぞーかっこいいぞー!」とか言ってだした青眼が奈落に落ちることすらありかねます(まあ、青眼さんは設定上出てきませんが
ハムドオベリスク「おう、除去ってみろや」
安地忍者「おらこいよ」
ティアラミス「あぁ?」(対象を取らないデッキバウンスの構え
ちなみにカードプールはせいぜい世紀のぶっ壊れパック「LTGY」あたりまでです。私がそこまでしか知らないので。武神だのゴーストリックだのは、出そうと思ったら動きを勉強してからだします。ちなみに私は面倒くさがり屋です