遊戯王 ~とある男の再出発は少女として~   作:7743

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編集中に一度書きなおしたから妙な挙動をしている場面があるかもしれません……クリスティア×2でかっこよく決めようとしたら特殊召喚封じられてたorz


アカデミアの頂点

 時間にして、五分と経たなかったように思う。

 

 少しずつ小さくなっていく嗚咽はやがて止み、遥は立ち上がって私に深く頭を下げた。

 

「すみませんでした……あと、ありがとうございます」

 

「私は自分の意思出来たまでだ。謝罪も礼も必要ない。落ちついたのなら、会場へ帰るか」

 

「はい……ハンカチ、ありがとうございます」

 

 赤く腫らした眼で大切なものを握るようにハンカチを掴んだ遥は、頑固なまでにそれを洗って返すといって引かなかった。

 

 会場までは、少し歩けば声が聞こえてくる程度の距離だ。誰かが小走りに駆けてくるのが見えた。絹の滑らかさをもって身体に絡みつく金髪を跳ねさせながら向かってくるのはシズカだ。

 

 私の隣の遥がハンカチを強く握るが、彼女は視線を下げずにシズカを瞳に移していた。僅かに息を切らしたシズカは、不安げに眉を下げて遥を見る。

 

「葉切さん、お加減はいかがでしょうか? わたくしが何か粗相をしてしまったのでしたら……」

 

「ち、違うんです! 私が勝手に、一人で先走っちゃって!」

 

 すみません、と勢い良く頭を下げる遥に、シズカは困惑して遥と私を交互に見比べる。私は肩をすくめて返した。

 

「どうやら、落ちついたようだからな。気に病むな」

 

「ええと……」

 

「ラングフォードさん、すみません、私の勝手なんです。私が勝手に変に力んで空回りしてただけですから、ラングフォードさんは全然悪くないんです!」

 

 腑に落ちないという顔をしながらも、シズカはそれ以上深くは尋ねなかった。代わりに笑みを作り、会場にお戻りになられますか、と尋ねる。

 

「皆さんも心配していらっしゃいます」

 

「はい。本当にすみませんでした……」

 

「お気になさらず。それよりも」

 

 す、と出された手に、遥は不思議そうに首をかしげた。シズカは上品に笑いかける。

 

「良い試合を、ありがとうございます。また機会があれば、よろしくお願いいたします」

 

「は、はいっこちらこそ!」

 

 小さな二つの手が互いをつかみ、握手を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、みなさん、お帰りなさい」

 

 会場に戻った私たちを出迎えたのは、首からカメラを提げた冴月だった。片手に紙皿を持ち、その上には雑多に料理が転がっている。その中からひょいとフライドポテトを摘まむのは、

 

「おう、どうしたんだ?」

 

 ユウヤだった。私が代表してなんでもないと首を振る。

 

「気にするな。それより、こちらは盛況だな」

 

 話題をそらすべく二人の背後に目をやった。食事の並ぶスペースから人が散り、各所で歓談やデュエルが行われているようだ。ユウヤも後ろに振り向いてそれを見ながら言った。

 

「ああ。どいつもこいつも楽しそうにやってるよ。食事、レトルトっぽいけど結構イケるぜ」

 

 差しだされた皿に盛られた唐揚げを一つつまむ。大きさが均一なのが既製品の証拠だ。

 

「どうよ?」

 

「こんな会合の食事に多くを求めても仕方がない。それを踏まえて――悪くはない」

 

 正直に言うと、ユウヤは彼がつくったわけでもないのに何故か笑みを見せ、そりゃよかったと応える。そこに、シズカが控えめに間に割り込んできた。

 

「おひさしぶりです。暁・ユウヤさん」

 

「おう、ええと――」

 

「シズカです。シズカ・ラングフォード」

 

 そうそれ、と後頭部を掻くユウヤにわずかに眉を下げながらも、シズカは魅力的な柔和な笑みを浮かべた。

 

「ユウヤさんも、私達と同じクラスだったのですね」

 

「ああ。よろしく頼むよ、シズカさん」

 

 あれぇ、と素っ頓狂な声がさらに割り込んでくる。それは皿を遥に押し付けてカメラを構えた冴月のもので、

 

「お二人は知り合いだったんですか? その人知ってます? セミプロの暁ユウヤですよ」

 

「はい。ちょっとしたご縁があって」

 

「ついでにそっちの奏と……名前聞いてないよな? そっちの女の子も一応知り合いだ」

 

「ってことは私だけ仲間外れですか? まあ、そんなことはいいんです」

 

 数度シャッターが落ちる音が重なったカメラを離し、メモ帳を取り出す冴月。ユウヤに向かってシャーペンの尻をマイクのごとく突き出した。

 

「で、セミプロ街道邁進中、新進気鋭のデュエリストの暁ユウヤがなんでデュエルアカデミアに? ここには同じ中学校出身の元プロデュエリストである仙石教諭が在籍しているという情報もありますが、彼と何か関係が?」

 

「おいおい、随分と詳しいな」

 

 肩をすくめるユウヤに対し、冴月はさらに詰め寄りながら胸を張った。

 

「香川冴月、デュエル専門のジャーナリスト志望です。私の情報網を甘く見ないでくださいよ。あなたの前期の成績も調べさせていただきましたが、これといって不振というわけでもありませんし、一体どうしてデュエルアカデミアに?」

 

「そりゃあ……その」

 

 近づいてくるシャーペンから逃れようとするように上半身を軽くそらし、なぜか私に横目を寄こしつつ、投げやりながら律儀に答えるユウヤ。

 

「プロになる前に、色々と勉強し直したいことがあったからさ。卒業してもまだ二十歳だし、だったら周りの生徒と歳が離れる前に入学した方がいいだろ?」

 

「なるほど。では、あなたほどのデュエリストが、なぜラー・イエローに?」

 

「あー、えぇと」

 

 返答に詰まり、眼を泳がせる。こちらに視線を送るのは助けてくれとでも言っているのだろうか。だが、私だって私に会うためにわざわざ試験で手を抜いたなどという虚言を信じているわけではないのだ。

 

 視線に気づかないふりをしてやり過ごそうとしたが、意外なところから救いの手は差し伸べられた。

 

「まあ、初対面の方にそう不躾な質問を繰り返しては難ですし、そのあたりにしておきましょう」

 

 シズカだ。彼女はやんわりと冴月の肩を持ってユウヤから距離を取らせた。引き離された冴月は口をとがらせるが、良く見ると力の入ったシズカの指先に押しとどめられ、シャーペンを制服の胸ポケットにしまいこむ。

 

「せっかく同じクラスになったんですから、質問する時間はたくさんありますし――今回のところは、ここまでで。言っておきますけれど、月夜ばかりとは限りませんよ」

 

「それじゃ犯罪予告だぞ……」

 

 眼鏡を昼の陽で光らせカメラを構えた冴月から、皆が一歩距離をとる。冗談ですよ、と手を振って冴月が笑うが、その距離を縮めようとする者はいなかった。

 

「あ、あの! 奏さん」

 

 呼ばれ、振り向くと、そこには湯気の立つ料理が山を作っている。唐揚げとチャーハンの山の先、ピザの匂いの後ろに僅かに黒い髪の毛が見える。

 

「食事、とってきました。どうぞ。シズカさんも……」

 

 黒髪は遥の声で言った。そういえばいつの間にか姿が見えないと思っていたが、先ほどの失態の詫びなのか、甲斐甲斐しく料理を集めてきたようだ。

 

「ありがたく頂いておく」

 

 恭しく差しだされた皿の上からピザを一切れ摘まみ、礼をいう。

 

「はい! ありがとうございまず!」

 

「では、ありがたく」

 

「ん、悪いですね」

 

「せっかくだから俺も」

 

 何故か顔を上気させて謝辞を述べる遥の皿に、シズカだけでなく冴月とユウヤの手まで伸びていた。

 

 皿に盛られた食材も、四人がかりとなると消え去るのに大した時間はかからない。手づかみで食べられるものは数瞬の時間を待たずに消え、半月状に盛られた脂で黄金色に輝くチャーハンだけが残る。

 

「あ、スプーンありますよ」

 

 片手でだいぶ軽くなった皿を支えながら、遥がビニール包装された使い捨てスプーンを差し出してくる。それを受け取りながらも、私は彼女自身はまだ料理に口をつけていないことに気付いた。

 

「お前は食べないのか?」

 

「私は後で……迷惑もかけちゃったし、皆さんに食べてもらえた方が嬉しいです」

 

「そうか――」

 

 私は頷き、スプーンでチャーハンを掬い、

 

「いらん気を回さなくてもいい。喰え」

 

「んぐっ!?」

 

 柔らかい唇をプラスティックのスプーンでこじ開け、流し込むようにチャーハンを食べさせる。遥は目を白黒させながらもどうにかそれを飲み込み、

 

「な、何するんですかっ」

 

「いらない気を回すのは、相手にもそれを求める行為だということは覚えておけ。お前を残して私たちだけが食事をするのは気が引ける。分かったら、喰え」

 

 出会ってから間もないが、遥という少女のことはそれなりにつかめてきている。自分に自信がなく感情の制御が下手で、他人を必要以上に気にする。正直な話、私の苦手なタイプだ。だが、これからの生活を共にする相手だけに無下に扱うのも気が引ける。ならば、せめて気にならない程度に矯正していくしかない。

 

 エゴの押し付けと言われれば否定はしないが、多少は初めて出会った時のようなトラブルを回避できるようにはなるだろうし、一応は遥のためでもある。

 

 そう考えながら、私は苦笑を洩らした。どちらがいらない気をまわしているというのか。

 

「あの……」

 

「ああいや、なんでもない」

 

 私の唐突な笑みに不審を得たのか、遥が少し顔を近づけて覗き込んできた。適当にごまかし、スプーンで二杯目を掬う。突き出すと、おずおずと遥が餌を待つひな鳥のように口を開く。

 

「んんっ……ん」

 

 大きく喉が動くのを見て、スプーンを引き出す。薄く濡れた上唇に僅かな色気を感じた。スプーンを皿に置くと、拝み倒すような上目遣いになった遥と視線が交差する。

 

「あ、あの!」

 

「どうした?」

 

「もう、一口だけ……お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

「どうしました? ぼうっとして」

 

 冴月は、自分の脇で腕を垂らして立ったまま遥と奏を見つめるユウヤに尋ねた。

 

「あ――いや、なんつーかその、羨ましいなーと」

 

 冴月の声に、はっと己を見いだし、出てもいない涎を手の甲で拭うユウヤ。一見仲が良さそうに――良く見ると片方はすまし顔にも見える仏頂面で、もう片方は嬉楽こもごもの感情に頬を染めて――餌付けごっこをしている二人のどちらかか、それとも行為そのものにか、興味を抱いているようだ。

 

 シズカに冷や水を浴びせられたゴシップ魂の残り火が、燃料を注ぎこまれたようにチリチリと体の芯を焦がすのを、冴月は感じた。気づいた時にはすでに右手がシャーペンを握り、スカートのポケットからメモ帳が頭を半分出している。

 

 しかし、そこに再度シズカが水を差した。

 

「あ、あの、ユウヤさん、わたくしも取ってまいりましたので……その、よろしければ」

 

「おう、悪いね。ちょうど足りないと思ってたとこなんだ。」

 

「いえいえ、そういえば入学試験会場で助けていただいたお礼もまだでしたし――」

 

 シズカ自身に悪気はないのだろうが、冴月は声をかけるタイミングを失し、宙ぶらりんになった好奇心の行き場を探して辺りに視線をさまよわせる。

 

 そこかしこで数人のグループが出来ていたりデュエルが行われてはいるが、冴月を満足させてくれそうな出来ごとの匂いは感じられなかった。

 

 流石ラー・イエローというべきか。良くも悪くも無個性かつ中庸。

 

 そこで、はたと冴月は気がついた。ラー・イエローにスキャンダルがないのなら、他の寮を偵察してくれば良いのである。暁・ユウヤへの取材を満足に行えなかった以上、それを補完するような情報を冴月のゴシップ魂は求めたいた。

 

「そうときまれば――」

 

 ひとりごち、こそこそと陰に隠れるようにして、冴月はラー・イエローの歓迎会会場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十数分後。冴月の姿は、ラー・イエローの寮や歓迎会会場から離れた、オベリスク・ブルーの寮の中にいた。目立つカメラを部屋に置いて、その身にまとうのはオベリスク・ブルーの蒼の制服。本来、指定された店で学生証を提示しなければ仕立ててもらえない代物だが、何事にも例外と抜け道はあるもので、冴月はちょっとした伝手を使ってそれを手に入れていた。纏めていた髪をとき、変装用の伊達眼鏡をひっかけた姿は、たとえ知り合いがいたとしても一目では彼女だと分からないはずだ。

 

 一言で寮といっても、小洒落たマンションのようなラー・イエローのそれとは違い、驚くべきことに何処の避暑地かと思うようなビルの立派なホテルである。その中庭で、こちらでも歓迎会が開かれていたのだが――それは、学生同士の交流会然としたあちらとは雲泥の差であった。

 

 同じ『中庭』だが、ラー・イエローの会場が軽く3つは入る広さがある。部外者が外から伺えないように手入れされた木々が整然と立ち並んだこちらと比べれば、あんなものは箱庭同然だ。

 

 居並ぶ料理も電子レンジやフライヤーでお手軽調理したラー・イエローに対し、こちらはどう見てもその道のプロが手掛けたとお乏しき各国の料理がどっさりと、しかし上品に並べられ、思わず冴月は唾を飲み込んだ。この匂いだけでも持ち帰れば、一週間はそれをおかずにご飯が食べられるかもしれない。

 

 立食と丸テーブルの混在するビュッフェ形式ではあるのだが、皿――使い捨ての紙皿ではない――に山と盛りつける不作法者はおらず、各自が適度に食べる分だけを乗せている。その上一回ごとに皿は下げられ、新しいものを使っているようだ。

 

 周りに居るのはおなじデザインの制服を纏っている同年代の少年少女のはずだが、どう見ても冴月とは人種が違う。優雅に、余裕のある佇まいは、まるで俗世に汚れていない王侯貴族のようだ。シズカ・ラングフォードが似たような雰囲気を纏っているが、それに囲まれるだけで、こんなにも居心地が悪いとは思えなかった。

 

 なにせ、オベリスク・ブルーに入学するほどの実力をアカデミア以前に持っているのは、大抵がデュエル専門の家庭教師を雇って腕を磨いてきた、それだけ余裕のある家庭出身の人間ばかりだ。必然的に家柄の良い人間が多くなり、将来を待望される大企業の跡継ぎなどもいるからか、交わされる会話も株が云々政治が云々と冴月の興味の範疇外だ。

 

 しかし、そのようなことで竦んでいてはデュエルジャーナリストの矜持がすたる。そう自分に言い聞かせ、食事の匂いに釣られる鼻を引き剥がして会場を一望する。

 

「ん?」

 

 良く見れば、冴月と同じように雰囲気に気おされているのか、隅の方にかたまって食事をとっている生徒もいるようだ。皆が皆、この雰囲気に順応しているわけではないことを知って、冴月は胸をなでおろした。とりあえずは、まだ話の合いそうな相手からオベリスク・ブルーのことを探っていこう。

 

 一年生よりも事情に通じていそうな上級生の方が良いだろう。こちらは一年生の学年章をつけているから、多少の無知はごまかせる。

 

 そう思って食事をとるふりをしながら――そちらが本命ではないと誰かに向かって言い訳しつつ――適当なターゲットを探していると、突如として声が走った。

 

「みなさん、お楽しみいただけているでしょうか」

 

 皆の視線が、声の出どころ、会場の中心に引き寄せられる。そこに、数人の女子生徒がいた。

 

 一人、青みがかった黒髪をなびかせ威風堂々と女王のごとく中央に立つのは、確か武御門・渚とかいう生徒会長だ。その右脇に一人、侍従のごとく静かに立つ女子生徒が一人。そして左にあと二人、こちらはまるで引き出された罪人のように肩を落とし、眼を伏せた、やはり女子生徒が二人。

 

 渚が一歩を踏み出した。

 

「デュエルアカデミアへのご入学、そしてオベリスク・ブルーへのご入寮、おめでとうございます。私たち上級生一同も、あなた方のような優秀なデュエリストを迎えることが出来、光栄に思います。この学校での三年間の勉強は、必ずあなた方の映えある将来の糧となるものだと信じております」

 

 態度同様に、声も張りのある凛としたものだった。マイクを使わずに広い中庭全体に演説が拡散している。

 

「さて、祝いの席上ではありますが、あなた方には心に刻んでいただきたいことが一つだけあります。それは、あなた方の一人ひとりがオベリスク・ブルーの名前を背負っているということです」

 

 おや、と冴月は小さく眉をひそめた。渚の演説が、定例句を読み上げるだけではなく、なにか感情の乗ったものに変わった気がしたからだ。

 

「あなた方、そして私たちは、このデュエルアカデミア、ノース校で最優秀である『オベリスク・ブルー』です。その看板を背負う以上、我々は常に頂点を目指さなければなりません。我々の失態はノース校全体の失態となります。偉大なる先輩方の築きあげたブルーの名に泥を塗るような真似は許されません」

 

 故に、と渚は一度言葉を切り、言った。

 

「何時如何なる時も、ブルーにふさわしくない言動や失態を演じた方には、相応の処罰を覚悟して戴きます」

 

 その一言で、会場がざわめいた。そのほとんどは一年生で、上級生たちはそれが当然とむしろ誇るような者と、諦観でそれを受け入れる者に分かれているように見えた。

 

「ラー・イエローやオシリス・レッドの生徒の方々が劣っているとは思ってはいません。しかし、ブルーの生徒が彼らに後れをとることは、あってはならないのです。たとえ彼らが最良のデュエリストであっても、我々は最上のデュエリストとしてその上に君臨せねばなりません」

 

 振り返り、悠然とそびえるホテルのような寮を手で示し、

 

「それが、最上級の施設や待遇を享受する者の義務です。義務を果たす実力のない者が分不相応な待遇を手にすることは、他の生徒に申し訳が立ちません。それを理解して、心に刻んで戴きたいのです」

 

 会場から、パーティーの暖かい熱気が一気に駆逐されていた。新入生たちは、不安の表情で渚を注視している。そんな彼らに、渚は小さく笑いかける。

 

「無論、ここに居る以上、あなた方には義務を果たすだけの能力が備わっているということです。日々精進していれば、案ずることはありません。最後にもう一度――オベリスク・ブルーへようこそ。私たちは、あなた方を歓迎いたします」

 

 見本のようなお辞儀をして、渚が頭を挙げる。まるで糸に操られたように、拍手が巻き起こった。しかし、渚はその場に立ったまま一呼吸置き、やや眉を立て、再び言葉を紡ぐ。

 

「さて――」

 

 その表情と声音に、拍手の熱気に沸いた会場が一瞬で静まり返る。渚は背後の二人を振り返りながら、厳正な裁判官の声で言った。

 

「この二人は、ブルーでありながら、前年度の学期末テストにおいて、一部の科目でラー・イエローの生徒に後れをとりました。ゆえに、厳正な処罰を行わねばなりません」

 

 ざわり、と声をひそめたざわめきが広がる。その上に、氷点下の感情を殺した声が響く。

 

「無論、ラー・イエローの方々が努力なされば、すべてとは言わずとも一部の科目でブルーを超えることもあるでしょう。また、体調不良などの要因も重なれば、不覚をとることもありえます。ゆえに、これより処罰の審査を兼ねた救済デュエルを行います。お手数ですが、皆さんには証人となっていただきます」

 

 有無を言わせぬ口調だった。肩を振るわせる二人の女子生徒を横目に、渚の右に居た女子生徒が進み出る。

 

「生徒会副会長、若槻・文(わかつき・あや)と申します。新入生の方々、ご入学を心よりお喜び申し上げます。わたしが、このデュエルのジャッジを務めさせていただきます。……では、会長と処罰対象者は位置について下さい」

 

 どうやら、今ここでデュエルを始めるようだ。中央に空いたスペースの片方に渚が、もう一方に女子生徒たちが立ち、その周りを帰趨を見守る生徒たちが囲む。三人が腕にデュエルディスクを装着し、構えた。持ち前の野次馬根性を思い出した冴月は、その最前列に陣取っている。

 

 副会長――文が、ちょうど中央に立つ。

 

「ルール確認をします。会長のライフポイントは8000。処罰対象者は併せて8000。処罰対象者二人の先攻で行い、攻撃は会長のターンから。よろしいですか?」

 

 三人が同時に頷く。

 

 冴月は、そばにいた上級生に小声で話しかけた。

 

「まさか、一人で二人の相手を? その上に先攻まで譲るなんて……」

 

「あなた、新入生?」

 

 冴月が首を縦に振ると、二年生の学年章をつけた彼女は小さくサディスティックな笑みを浮かべる。

 

「そうだよ。ブルーの名物、陰じゃ『処刑デュエル』とか呼ばれてる。皆が見てる前で会長に叩きのめされるんだから、これ以上の見せしめはないね。会長の方も権威を示すためなのか、二人三人同時に相手にすることも多いよ。ま、それだけ負ける方は屈辱だろうけどね」

 

 楽しげに三人を見つめる彼女から視線をそらし、冴月も眼の前のデュエルを息をのんで観戦することにした。

 

 

 

 

 

 

 

「ドロー!」

 

 女子生徒二人の声が重なる。二人合わせて手札は十二枚、ライフポイントは8000.圧倒的なアドバンテージを得ながらも、彼女たちの表情に余裕はない。

 

「『サイバー・ドラゴン・ツヴァイ』を召喚! そのまま効果を発動、手札の魔法カード『融合』を公開し、このカードの名称を『サイバー・ドラゴン』へと変更!」

 

 そのまま『融合』とカード二枚を掴み、

 

「『融合』を発動! 手札の『サイバー・ドラゴン』2枚、さらに場の『サイバー・ドラゴン』となったモンスターを融合――いでよ、『サイバー・エンド・ドラゴン』!」

 

 三体のメタリックコーティングされた竜が絡み合うように舞い踊り、光り輝く。そのなかから現れるのは、女子生徒二人分はありそうな体高を持つ、三つ首の銀竜。巨大な羽根を広げ威圧する姿に、冴月は畏怖を覚えた。

 

 表示されるステータスは、

 

「攻撃力――4000!?」

 

 飛び出たのは冴月の声だけではなかった。幾人もの声が異口同音に同じことを叫んでいる。一撃でライフポイントを狩り取る、他者を寄せ付けない圧倒的で絶望的な攻撃力。

 

 これがブルーか、と冴月は小さくつぶやいた。カメラを持ってこなかったことを公開しつつ。

 

 もう一人の女子生徒の動きは、それに比べれば地味だった。

 

「手札から『トレード・イン』を発動。レベル8モンスター『神獣王バルバロス』を捨てて、カードを2枚ドロー。私は3枚の伏せカードをセットします!」

 

 場には、圧倒的制圧力を誇る銀の機械竜とそれを守護する3枚の伏せカード。すでに、渚に猶予はないように見えた。

 

 しかし、女子生徒の表情は晴れず、渚は一片の恐れも余裕もない鉄面皮。

 

「ターンを終了!」

 

「では、私のターン」

 

 恐れをはじき返すようなデュエットに対し、静かな声でターンの開始を告げる。第一手は、1枚の魔法カード。

 

「『大嵐』を発動。フィールドに存在する全ての魔法、罠カードを破壊します」

 

「くっ――『魔宮の賄賂』! 相手の1ドローと引き換えにその『大嵐』の発動を無効とします」

 

「では、補填の1ドロー」

 

 『大嵐』は公式ルールではデッキに1枚しか入れることが出来ない。手札にも、この1ドローで『大嵐』を引くこともない、ということだ。相手の伏せカードは残り2枚。それらを掻い潜りながら、攻撃力4000を誇る規格外のモンスターを屠らなければ、渚は敗北する。

 

「……手札より、『天空の使者 ゼラディアス』の効果を発動。このカードを手札から捨て、『天空の聖域』を手札に加えます」

 

「――どうぞ」

 

 互いに目くばせするが、渚の行動を遮るカードはないようだった。ならば、と渚はそのまま手札に加えた『天空の聖域』をデュエルディスクに差しこんだ。

 

「フィールド魔法、『天空の聖域』を発動」

 

 ソリッドビジョンにより現れるのは、巨大な神殿だった。向こう側の景色が透けて見えるソリッドビジョンの映像は、背後のホテルの三階に届きそうなほど。長大な体躯の『サイバー・エンド・ドラゴン』すら見劣りする大きさだ。

 

「このカードがある限り、私の天使族モンスターが行う戦闘でのダメージは、私には届きません。あなたの『サイバー・エンド・ドラゴン』には攻撃したモンスターの守備力を超える値のダメージを与える効果があるはずですが、それも私には届きません」

 

 冴月は、渚が守備を固めるつもりだと思った。しかしそれでは毎ターンごとにアドバンテージに差がつき、じり貧に陥るだけだ。完全に観客に徹して笑みを浮かべる上級生の隣で、冴月はいつの間にか手のひらにかいていた汗を制服で拭う。

 

 鉄面皮を保ったまま、渚はさらにカードを公開する。

 

「そして、『ヘカテリス』の効果を発動。このカードを手札から捨てることにより、デッキから『神の居城――ヴァルハラ』を手札に加えます。効果の解決を妨げられないなら、そのまま発動」

 

 魔法カード、『神の居城――ヴァルハラ』によって現れるのは、聖域に収まった重厚な神殿だった。渚の振りまく厳格な雰囲気がそのまま具現化したような、絶対的な存在を感じさせる神話の建造物に、各所から畏敬とも感嘆ともつかない吐息がこぼれおちる。

 それは、対峙する二人の女子生徒も例外ではなかった。ただ一体、技術の結晶たる銀竜のみが、神殿を睨みつけて威嚇し神々への抵抗を示しているが、その主たちは既に気を呑まれつつあるのが冴月には分かった。そうやって冷静に外から見ていなければ、彼女もソリッドビジョンとは思えない不可視の力に意思を縛られてしまっていたかもしれない。

 

 ただ一人、神を従える武御門・渚だけが平然とプレイを続けていた。

 

「『神の居城――ヴァルハラ』の効果。1ターンに1度、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、手札から天使族モンスターを特殊召喚することが出来ます。手札より、『創造の代行者 ヴィーナス』を特殊召喚」

 

 神殿の奥より現れるのは、神そのものではない。代行者の名前の通り、その神威を司る者だ。美の神の名を与えられた代行者は、仮面のような無表情の女性だった。

「『ヴィーナス』の効果を発動。500ライフポイントを払うことによって、デッキからその僕を特殊召喚することが出来ます」

 

「やらせない……『エフェクト・ヴェーラー』!」

 

 片方が攻撃に徹し、片方が防御に徹するとでも予め決めておいたのか、動いたのは伏せカードを有する少女だった。渾身の力で叩きつけるように手札から捨てられた『エフェクト・ヴェーラー』の効果により、渚の行動は500ライフの損失に終わる。

 

 しかし、渚の攻勢に息切れは見えなかった。

 

「ならば、『神秘の代行者 アース』を通常召喚。このカードの召喚成功時、フィールドに『天空の聖域』が展開しているのなら、デッキから『マスター・ヒュペリオン』を手札へと加えることが出来ます」

 

 少女に動きがないことを確認すると、渚はデッキから1枚のカードを抜き出し、手札に加える。

 

「……『アース』はレベル2のチューナーモンスター。レベル3、『創造の代行者 ヴィーナス』に、レベル2、『神秘の代行者 アース』をチューニング」

 

 二体のモンスターの作りだす、円と点。それらが混ざり合い、新たなモンスターへと変質する。

 

「シンクロ召喚。無常なる裁きを下すモノ。尽く滅ぼせ。『A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル』」

 

「止めて!」

 

「分かってる!」

 

 必死の形相で少女の片割れが叫び、相方が呼応した。

 現れるのは半月状の顔を持つ、四足の動物を模した彫刻に似る機械。『A・O・J カタストル』。冴月もそのカードは知っている。闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、相手がいかなる戦闘力を有していようと問答無用で破壊する能力を持つ強力なモンスターだ。たとえ攻撃力4000の『サイバー・エンド・ドラゴン』でも、その属性が『光』である以上、その能力に抗することはできない。

 

「罠カード、『奈落の落とし穴』! 召喚、特殊召喚された攻撃力1500以上のモンスターを破壊して除外!」

 

「では、カタストルは破壊され、除外領域へ」

 

 無表情な機械は、地に足をつけることを許されずに打ち砕かれる。それだけで大勢を決めかねないモンスターを除去されてなお、渚の表情に揺るぎはなかった。

 

「これで、あなた方のフィールドの伏せカードは残り1枚。『エフェクト・ヴェーラー』まで切った手札、どれほどの抵抗力が残されているのでしょう」

 

「まだ、私たちには『サイバー・エンド』が残っているんだから……」

 

「よろしい。では、続けましょう」

 

 一瞬、渚が顔を伏せたように見えた。もしかすると光の加減の錯覚かもしれない。次の瞬間には、元の無表情を取り戻し、残る3枚の手札を構える。す、と息を吸い、

 

「墓地の『ヴィーナス』を除外し、手札より『マスター・ヒュペリオン』を特殊召喚。さらに『使者蘇生』を発動し、『神獣王バルバロス』をこちらのフィールドへ。さらにもう1枚、『マスター・ヒュペリオン』を。コストとして『アース』を除外」

 

 一気に吐き出された言葉の帰結が、ソリッドヴィジョンの輝く粒子によって現れる。聖域に現れた神殿を背景に、白翼の大天使と太陽を背負う代行者の主、そして百獣を束ねる半獣半人の神が君臨していた。

 

 まるで神話の1シーンのような光景に、冴月は、否、その場にいる全員が、瞬きすら忘れて見入っていた。

 

 そして神話の終わりを語る巫女のように、渚は良く通る、感情を殺した声で相手フィールドの2枚のカードを指さした。

 

「『マスター・ヒュペリオン』の効果。『天空の聖域』がある時、1ターンに2回まで発動可能。墓地の天使族モンスターを除外し、相手フィールド上のカード1枚を破壊する。『ヘカテリス』『ゼラディアス』を除外して発動」

 

 天上から降る裁きの雷が、神に首を垂れぬ銀の暴竜と、神を妨げる罠、『聖なるバリア―ミラーフォース』を破砕。あとに残るのは、しもべと盾を失い無力となった少女たち。腰が引け、半開きになった口から見える歯は震えていた。それに眉一つ動かさず、渚の断罪の言葉が神託の響きを持ってフィールドを貫いた。応じて半獣が槍を掲げ、太陽の神が燃え盛る火球を手のひらに浮かべる。

 

「あ……ぁ――」

 

「総攻撃。合計して8400のダメージです」

 

「やめ――」

 

 逃げ場を断つように左右から降りおろされ至高の評決を体現する炎。正面から突き出される槍。

 

 轟音とともに生まれた、仮想空間を凪ぐそれらの余波が去ると同時、二人の少女はその場に膝をついていた。

 




そんなわけで第5話、今章のラスボスっぽい人の登場です。
武御門と若槻文。この二つから名前の元ネタが分かった人がいたら、その人はキ○ヤシ並みのこじつけの才能を持っているでしょう。
今回のデッキは【ヴァルハラ軸代行天使】と【サイバー流】と【スキドレバルバ】。最後のはWクリスティアが出来なかったので急遽そうしただけですが、再登場の機会があればいいなぁ、とか。
ストーリー上、サイドラをカッコよく書けなかったのは残念。いつかまた。
また、があればですが――まあ、その。
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