遊戯王 ~とある男の再出発は少女として~   作:7743

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お久しぶりです。物語がようやく動き出します。それはまるで永遠に続く坂道のよう。


ブルー寮の深み

 『デュエル基礎』の教室は4階にあった。

 山の中を切り開いた平地という広大な敷地を存分に使ったイースト校の校舎は広い。全体は立方体の建物で、中央を1階の中庭へ続くガラス天井の吹き抜けにしている。よって、2階以上の高さでは対角線上に移動することはできず、無駄に遠まわりをさせられることになる。

 そんな事情もあって、多少時間に余裕を見たつもりが、教室にたどり着いたのは開講三分前だった。教室では、教壇を一番下として階段状に席が並んでいる。机のほとんどが埋まっているが、制服の色は混ざり合うことなく青と黄色で綺麗に分かれている。

 そこかしこで雑談の華はさいているが、どちらも自分の寮のものとしか話していないようだ。デュエルに関することだけあって流石に皆熱心なのか、教室の後方の席しか空いていない。しかも、二つの寮を分けるように中央の列に空席が集中している。

 だったらせめて、となるべく前列に近い中央の席を取ることにした。中央ということは教師や講義内容を映すのであろうスクリーンとも正面から向き合うことになるため、居心地の悪さを除けば授業を受けるには悪くない。

 私が席に着き、その隣に遥が腰を落とそうとした――その時。

 

「あ……」

 

 遥が小さく声を上げる。なんだ、と顔を上げたのは私だけではなかった。私の隣、一人分の席を空けて退屈そうに教科書を捲っていた『オベリスク・ブルー』の女子生徒もその声に反応して視線を遥と合わせる。

 

「あ――」

 

 ぽかんと口を開いたそろいの表情で、私を挟んで互いを見る少女たち。我に返るのは、数瞬だけ名も知らぬブルーの生徒の方が早かった。

 

「あんた、昨日の」

 

「あ、なたは……その」

 

 知り合いにしては妙な反応だ。そう言えば、女子生徒の顔はどこかで見たことがある、気がする。思いだそうとして少女の顔を横目で見ると、視線があった。そして私が思い出すのと同時に、相手が再度、今度は腰も上げながら小さく驚きの声を上げる。

 

「お前!」

 

「ああ、昨日の奴らか。他の二人はどうした」

 

 昨日、『ラー・イエロー』の寮の脇で遥と揉めていた、というか遥をいびっていた少女の一人だ。私の誰何に、何か嫌なことを思い出したのか彼女は目を伏せる。小さくため息をつき、遥を見た。

 

「あの後、色々あってさ。まあ、昨日は悪かった」

 

 頭こそ下げないものの、相手の目を見てそれを言えるなら反省しているのだろう。遥もそれが分かったのか、おずおずと席に腰を落とした。

 

「随分な手のひら返しだな。せいぜい半日の間になにがあった?」

 

「なんていうかさぁ、ブルーはブルーで大変なのよ。あんたたちイエローとは違って」

 

 どこか気だるそうに言う、自分たちを持ち上げて相手を見下す言葉は前と変わらないが、それに籠っている感情の変化が感じ取れた。自惚れや高慢さが薄まり、与えられた責務の重荷がのしかかっているようだ。

 

「ちょっとした伝手で、昨日の生徒会長のデュエルのことは聞いている。そのことか?」

 

「知ってるなら早いわ。まあ私だって、ブルーに入れば好き勝手出来るなんて思っちゃいなかったわよ。昨日の歓迎会とか寮とかで自分が選ばれた存在だって錯覚してたところはあるかもしれないけど――そんな夢、あのデュエルを見て一瞬で冷めたわ」

 

「負けるのが怖くなったのか?」

 

 揶揄するように唇を曲げてやるが、相手は素直に頷いた。

 

「会長は強いわ。ブルーの名に恥じない、最強のデュエリスト。だから――」

 

 彼女が何かを言いかけた時、唐突に周囲がざわめいた。見れば、教壇に一人の高価そうなスーツを着込んだ男が立っている。その背後のスクリーンに名前が映し出された。

 

「えー、諸君、入学おめでとう。私が『デュエル基礎』担当にしてこのデュエルアカデミア・イースト校の副校長、三丸・周(さんまる・めぐる)である」

 

 入学式で長々と口上を垂れ流していた、あの男だ。

 

「基本的に私が教鞭をとるのは『オベリスク・ブルー』の生徒の授業のみであるが、この授業に関してはブルーの諸君だけでなく、将来ブルーへの編入もありうると判断した『ラー・イエロー』の生徒も受講することを許している。これはブルー内部だけでなく他寮の生徒と切磋琢磨することによってさらなる高みを目指すのが主目的であるが、イエローの生徒たちもブルーとの共同授業を通しそれに追いつくべく精進したまえ」

 

 一息でそれを言いきると、三丸教諭はふう、と一息つく。あからさまに『オベリスク・ブルー』贔屓の前口上だった。それで終わりかと誰もが思うも、ふたたび前に突き出すように尖り気味の唇が流暢に言葉を紡ぎ始める。

 

「さて、本講義は『デュエル基礎』、それすなわち読んで字のごとくというものだが、諸君らの中にはどうして基礎から学び直さなければならないのか、基礎とはいったいどの程度の基礎科、と言ったような不満や疑問を持つ者もいるだろう。基本的なルールには流石に触れないが、各種カード別の個別裁定や様々なアーキタイプの研究、各種カードの使用タイミングの見極めなど、デュエルに必要な前知識や技術を磨くのがこの講義の目的である。無論ブルーの諸君はその程度のこと完璧にマスターしているだろうが、イエローの生徒に関してはそうでないものもいるだろうし、復習と侮らず授業に励んでもらいたい。そう、この講義は『基礎』ではあるが、基礎とはそれが出来ていなければ上に立つすべてが崩れてしまう大切なものだ。砂上の楼閣という言葉がある通り、たとえ構えがどれほど立派だろうと土台が緩んでいればそれは虚構にすぎない。諸君らに真のデュエリストたる成長のための土台を作るのがこの授業なのだ……」

 

 立て板に激流葬とでもいうような言葉の奔流に皆が飲まれているのも気にせず、倍速のラジオのように台詞を羅列し続ける。神妙に託宣を聞くふりをして覗いた時計で七分が過ぎた。

 

「さて、本講義を受講する心構えが十全に整ったところで、講義を開始する」

 

 どこか満足げにとがった口の端を上げる三丸教諭の言葉に、ほとんどの生徒が疲労の吐息をつき、こわばった肩をほぐす。この時点で授業開始から十分ほど。残り五十分の間で、いったいどれほどの体力が消費されるのかと思うと私だってため息をつきたくなる。

 

 すでに倦怠感すら漂う状況で開始された授業だが――大方の予想を裏切り、三丸教諭の授業は驚くほどに中身の濃いものだった。

 

「一期の授業では主に、デッキ構築論についての講義を行う。自身のデッキを構築する際だけでなく、相手のデッキの中身を予測・推測し三手先を読んだデュエルこそが、アカデミアの生徒に求められる」

 

 スクリーンに文字が走り、生徒たちは一斉にノートを開く。

 

「デッキには3つの大別してアーキタイプがある。コントロール・ビートダウン・そしてロック。このアーキタイプを把握することにより、デッキを運用する際のプレイングの指針となるものだ。――そうだな、オベリスク・ブルーの」

 

 一人の生徒の名前を呼び、視線を投げる。

 

「コントロールデッキの基本戦略と、そのアーキタイプに含まれるデッキを一つ答えたまえ」

 

「はい。コントロールデッキとは、相手の行動を妨害し、ゲームの流れを支配して勝つアーキタイプです。デッキは例えば……『除去ガジェット』などでしょうか」

 

「正解だ。さすがブルーの生徒だな」

 

 満足げに頷くと同時にスクリーンの表示が変わった。2度ほど画面が瞬き、数枚のカードが映し出される。

 

「『除去ガジェット』は、豊富な除去カードで相手のモンスターを除去しながらライフポイントを奪うデッキだ。採用されるモンスターはガジェットシリーズ。三種類のガジェットがそれぞれをサーチすることで、デッキの圧縮と後続の確保が容易であることが利点だ。個々の打点は低いが、相手のモンスターとの戦闘を行わないためにそれほど問題にはならない。激流葬やブラックホールのような1枚で複数のカードを除去できるカードによりアドバンテージを得てマウントポジションを確保し、着実に相手のライフポイントを削っていく」

 

 再び生徒の名前を呼ぶ。はい、と立ち上がるのはやはりブルーの生徒だ。

 

「この着実にライフポイントを削っていく行為のことを、俗になんという?」

 

「クロックを刻む、です」

 

「よろしい。掛けたまえ」

 

 普通にデュエルを嗜んでいるだけでは耳にしない専門用語だ。あと何度の攻撃でライフポイントを削りきるかという残り時間の概算を時計になぞらえたもので、コントロールデッキでは特に重要となる。

 

「例えば、相手は1枚のモンスターを出し、こちらはそのモンスターに対して1枚の除去を使う。こうすることでガジェット――攻撃力1400の『グリーン・ガジェット』としよう、『グリーン・ガジェット』が毎ターン相手に直接攻撃すると、4000のライフポイントが尽きるのは3ターン後だ。これがクロックを刻むという行為で、あと3ターン以内に現状を打破しない限り相手は敗北する、という意味になる。そしてこちらとしては、全力をもって3ターンの間にモンスターを除去し続ければ勝てるという意味でもある」

 

 私の思っているのと同じことを三丸教諭が説明する。初めの口上と同じような長台詞だが、興味があるせいか、すんなりと内容が頭に入ってきた。伊達に副校長はやっていないということか。

 

「コントロールデッキの特徴は、長丁場を得意とするところだ。特にガジェットのような後続の尽きないモンスター群は、時間がたつにつれて数の差が暴力的になっていく。その分、高打点・除去耐性を持つ大型モンスターを擁するビートダウンデッキには弱く、同じく相手を妨害するがさらに時間をかけなければ相手を倒すことのできないロックデッキには強い、というのが一般論だ。ガジェット以外にも『E・HEROエアーマン』というサーチカードを擁すヒーロー・デッキもコントロールを得意とするな。こちらはサーチ先が豊富で相手によって柔軟に対応できることや戦士族サポートを受けることができるのが強みである。諸君らのデッキがどのアーキタイプに分類されるかというのは、一度考えておいたほうがいいだろう。そうすることによって苦手なデッキを分析し、その対策を講じることができるからだ」

 

 ユウヤの『ブラック・フェザー』や私の『マドルチェ』も、サーチカードと妨害によって相手に制約を課すデッキだ。対してシズカの『氷結界』や中村・周吾のデッキはさらに相手を縛るロックデッキに分類される。遥のデッキはカード間のシナジーが強いコンボデッキで、コントロール色が強い。ビートダウンは、話に聞く生徒会長のデッキや京子の『植物族』などの高打点モンスターを連打するデッキが該当する。

 

 てっきりカードの種類やチェーンの組み方の確認といった基本的なことから教えるのかと思えば、いきなり深い話をしてくるものだ。半ば感心しながら、私もノートにペンを走らせ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「講義は以上だ。質問のある者は、教員室まで来たまえ。ただしそれはブルーの生徒限定とする。すまんがイエローの生徒の質問にまで答えていられるほど私も暇な身ではないからな」

 

 最後の最後まできっちりとブルーを持ち上げたものの、三丸教諭の授業は肩書に恥じないもので、気づけば私のノートにも結構な量の文字が書き込まれていた。デュエルの専門校というのはこれほどのものか、と驚いていると、隣席の女子生徒が立ち上がった。

 

「おい」

 

「……なによ」

 

 声をかけると、返事をするのも面倒というようにブルーの女子生徒が私を見る。三丸教諭に持ち上げられたせいか、ブルーとしての矜持が多少戻ってきているようだ。

 

「授業が始まる前に、何かを言いかけていただろう」

 

「あれは――もういいわ。よく考えたら、あんた達イエローには関係ない話だし」

 

 切って捨てるように言うと、カバンを持ってそのまま教室を出ていった。振り返ると、遥も視線で彼女の背中を追っていたが、姿が見えなくなったところで深くため息をついた。

 

「ううん、やっぱりちょっと怖いなぁ、あの人」

 

「嫌なら付き合わなければいい話だ。だが、生徒会長のことは気になるな」

 

「会長は強い、だから――なんでしょうね」

 

 遥が小首をかしげて見せるが、私に聞かれても答えようがない。考えてもわかることではないので、ノートを仕舞い、カバンを持ち上げる。

 

「おう、いたいた」

 

 立ち上がると、後方の席から声が飛んだ。見れば、ユウヤが手を振っている。シズカと冴月、周吾の姿もある。はぐれていたのは私と遥だけだったようだ。

 

「いやあ、最初は退屈すぎて寝るかと思ったけど、滅茶苦茶実のある授業だったな」

 

「期待以上だった。他の授業もこうならいいんだが」

 

「ユウヤさんや奏さんですら満足できる授業。わたくしにとっては驚くほど濃い内容でした」

 

「っていうか濃すぎますよ……正直、聞いてるだけでも疲れました」

 

「同じく。つーかブルーの女の子も可愛くてあんま集中できなかった。ユウヤ、あとでノートコピーさせてくれ」

 

「せめて移す手間くらいかけろよな……」

 

 口々に感想を述べているイエローの面々を横目に、ブルーの生徒たちはどこか優越感を見せながら退出していく。そういえばブルーの生徒は事前に講習があったようだし、このレベルの授業にも慣れているのかもしれない。

 

 教師からの待遇や寮、授業など諸々の面でこれだけ優遇されていれば、年ごろの少年少女としては他の寮に対して優越感を得ないほうが難しいともいえる。その上に、冴月の言ではブルーの中でも何かしらのヒエラルキーが存在するそうだ。正直なことを言うと、人格形成として良い環境とは思えなかった。先ほどのブルーの生徒も、そういったことが言いたかったのかもしれない。

 今のところあまり私には関係のない話だが、シズカや私がブルーへと昇格することがあれば話は別だ。それを考えると、一応ブルーの現状は把握しておきたいところだった。

 ならば、誰に話すのが適当か――それを考えたとき、出てきたのは面倒見のよさそうな三年生の顔だった。

 

 

 

 

 

 

「そう――ブルーの子が、渚のことで何かを言いかけたのね」

 

「心当たりはあるのですか?」

 

「それだけでは、何とも言い難いわ」

 

 『デュエル基礎』のあと、さらに二つの授業を消化した後の放課後。私は食堂であらかじめ連絡を入れておいた京子と合流した。生徒一人一人に配られた学園内専用の端末があり、同じ寮の間でならメッセージを送ることができるのだ。

 ユウヤとシズカは何やら会議に出席し、冴月と周吾はいずこかへ消え、結果として丸テーブルに乗ったクラブハウスサンドを囲むのは私と京子、そしてなぜか着いてきた遥の三人。

 

「あなたなら、ブルーのことについても何かしらの情報は持っていると判断したのですが」

 

「他の生徒以上のことは知らないわ。ブルーの生徒の待遇が異様にいいことは、知っているわよね?」

 

「ええ。見ていれば、多少は」

 

 ダージリンティーのカップを傾ける京子の背後、カフェテラス風の食堂の屋根越しにそびえたつ構造物が見えた。どこの高級ホテルかと思うようなオベリスク・ブルーの寮だ。

 なかなか洒落た店構えで良い雰囲気を醸し出すカフェテラスだが、いるのはイエローとレッドの生徒だけだ。なんでも、ブルーは寮に専用のラウンジがあるらしい。

 安物だがそれなり程度の味はあるコーヒーを啜りながら、京子の言葉を待つ。遥は遠慮がちにオレンジジュースのストローに口をつけ、離し、またおずおずと首を伸ばす。どうも落ち着きのない娘だ。

 

 ゆっくりと紅茶の半分ほどを味わった後、京子は笑ってサンドウィッチを進めた。

 

「遠慮せずに食べていいわよ。せっかくの半日授業だもの。午後は軽く雑談でもして初日の疲れを癒しましょう」

 

 京子の言葉は、むしろ遥に向けられていたようだった。タイミングよく、くぅと小さく遥の腹が鳴る。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

「私のおごりだから、遠慮なく食べて?」

 

「えええ、でも、えっと、その」

 

「では。いただきます」

 

 挙動不審なまでにうろたえる遥を横目に、私はサンドウィッチに手を伸ばす。そうしなければ、遥は夕日が傾くまで京子と押し問答を繰り返していかねない。

 

 固く焼けた表面に歯を立てると、軽い音がして粉が舞った。みずみずしい野菜の食感に、ハムの塩辛さと薄く塗られたマスタード。月単位でアカデミアから支給されるDP(デュエリストポイント)と交換で購入するものだが、安価に合わず良い仕事をしているようだ。

 

 私が遠慮なく手を出したことで、遥にも踏ん切りがついたのか、罠でも警戒するようにそっと手を伸ばし、サンドウィッチをつかむ。ハムスターでももう少し豪快だろうと思う食べ方で端を噛むが、焼けたパンのにおいに空腹が負けたのか、二口目は一気に食いついた。ごくり、と喉を鳴らし。

 

「おいしい……」

 

「そう。良かったわ」

 

 目を細める京子はまるで母親のようだ。私の中の母親像というのはほとんど存在しないので、一般論的な見方だが。

 

 京子自身もサンドウィッチをつかみ、さて、とつぶやいた。

 

「私は一度もブルーに上がったことはないから、今のブルーについて、そこまで深いことは知らないわ。私が語るのは二つ。二年前――私が入学した時のオベリスク・ブルーと、それを変えた現生徒会長の武御門・渚のことよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてのオベリスク・ブルーは今とは全く違ったわ。

 今もその名残はあるけれど、昔のブルーの生徒はほとんどがアカデミアへの寄付金を払った御曹司たちだったの。実力は関係なく、払ったお金の量で寮が決まるような状況。たとえ実力があろうとも、寄付金がなければブルーには入れなかった。

 アカデミアに入学した以上、目指すのは最強のデュエリストよ。でも、かつてのこのイースト校は、デュエルの腕だけではのし上がれない、世俗の事情に汚れた学校だったの。

 それを変えようとして立ち上がったのが、武御門・渚。

 入学直後に学園の現状をしった彼女は、本来のデュエル・アカデミア――純粋なデュエリストの養成機関を取り戻そうとして奮起したわ。そしてそれは成功した。

 ……そうよ、奏さん。彼女はほとんど彼女一人の力で学園から世俗の汚れを消し去ったの。

 彼女は強かったわ。デュエルだけでなく、その精神力がね。

 既得権益に辟易していた若い教師たちを味方につけ、抗議するものはデュエルで叩き潰し、学園内での発言権を強めていったわ。誰も立ち上がらない中、入学したばかりの一年生がそれを行うには、どれだけの精神力が必要か――そんなものは、想像もつかない。ただ、アカデミア全体でもブルー寮の平均デュエリストレベルの低下を憂う声が上がっていたから、時期もよかったんでしょうね。

 一年間そうやって活動を続けて、二年生にしてブルー寮に昇格、生徒会長となるのと同時に、彼女は本格的なブルーの改革に着手したわ。その結果として、ブルーにふさわしい実力を持つものが、ブルーに入ることができるようになったの。

 そうね。遥さんの言う通り、それ自体は歓迎すべき事態だったわ。

 でも、物事には裏表がある。

 実力次第でブルーに入ることができるということは、実力次第ではブルーから追い出されることでもある。

 親の金でブルーに入った生徒たちの多くは、ブルーからの退去を命じられる前に転校していったけれど、新しくブルーに昇格してそこで実力を発揮できなかった生徒はそうもいかない。

 渚を筆頭に、実力主義者が実権を握るブルー寮では、寮の中ですら学年とは別の力関係が存在するようになってしまったの。切磋琢磨といえば聞こえはいいけれど、要は強ければ偉いという原始的な力による支配を芽吹かせてしまったわけね。

 ――それについて、渚がどう思っているのかは分からないわ。冴月さんの見たという『処刑デュエル』にしても、彼女がやることとは思えない。実力主義者ではあるけれど、非情でも冷酷なわけでもないわ……私の知っている武御門・渚という人間は。見せしめで校内の規律を正そうとするほどに変わってしまったとは思いたくないけれど……。

 学園側?

 そうね、今のところ、ブルーの状況を変えようという動きはないようね。実力のある卒業生を排出すれば、それだけイースト校の評価は上がるもの。アカデミアの中にも格というのがあるのよ。本校を筆頭として、ノース・イースト・ウエスト・サウスの4校が次点。本校以外の4校は、自分こそが二番手だって競い合っているところがあるから、学園側としては生徒たちが勝手に競い合う今のブルーの状況は好ましいとすらいえるわ。

 ええ、勝手な話よ。でも、一度投げてしまった賽は、絶対に結果を出すの。それが良いものであれ悪いものであれ、投げてしまえば戻ることは出来ない。その意味で、渚を止めることは難しいでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 そこまでを話すと、京子は再びゆっくりとカップに口をつけた。

 

「私が話せるのはこの程度。あまりお役に立てなくて済まないわね」

 

「いえ、貴重なお話でした」

 

 社交辞令ではない。私の覚えたブルー寮に対する違和感の根源が、生徒会長にあることが分かっただけでも収穫だ。それに、思った以上にブルーの内部事情というのは面倒くさそうだ。

 常に神経を削られているような環境は、嫌がおうにもそこに暮らす人間を、ある意味では強くする。しかしそれは他のすべてを犠牲にして得る強さだ。それがどれだけ虚しいものか、私には想像がついた。

 

 はたして、武御門・渚という少女が思い描いていたデュエルアカデミアという施設は、そんなものだったのだろうか。 

 

 琥珀色のコーヒーの水面に視線を落とすと、私の考えを見て取ったように京子は首を振る。

 

「今のブルーは、以前とは別の意味で問題を抱え込んでいるわ。しかも、それを成し遂げた本人がいまだ在籍して実権を握っている以上、再度の変革は非常に困難ね」

 

「じゃあ、今の生徒会長が卒業したら……」

 

「おそらく、何の解決にもならん。むしろ事態は悪化する」

 

「え?」

 

 手持無沙汰に汗をかいたグラスをいじりながら言った遥は、私の断言に言葉を失う。

 

「今のブルーの生徒会長は学園から認められた会長で、その方針も学園は支持している。つまり、彼女が卒業したところで学園側からの変革は望むことができない。変えることにメリットがないのなら現状維持が妥当だからだ。そして、その方針は『伝統』として触りえぬものとなる」

 

「第二の武御門・渚が現れるまで、『伝統』は変わらないということね」

 

「じゃあ――どうしようもないっていうことですか?」

 

 話がわかっているのかどうかは怪しいが、あまり興味のなさそうな顔で遥が首をかしげる。彼女にしてみれば、ブルーの内部事情など対岸の火事のようなものだろう。私だって同じような立場ではあるが、万が一のために打てる布石は打っておきたい。

 しかし、その布石を打つまでにはタイムリミットがある。

 

「どうしようもないわけでもない。方針を定めたものが、いまだに学園に在籍している今が最後の機会だ」

 

 すなわち、

 

「強さ一辺倒ではなく、もっと別のものも重んじるような環境へとブルーを変えさせれば、ブルーの問題は解決する。それができるのは、今の環境を作った武御門・渚だけだ」

 

「彼女を変えるのは、並大抵では不可能よ。ただ一つ、彼女が頼みとするデュエルの腕で彼女を超えない限りはね。――あなた、渚を倒す気?」

 

 どこか遠い目をして、京子が正面から私を見る。私の返答は、小さく肩をすくめることだった。

 

「必要があれば、です。今のところ、ブルーのことなど放っておいてもいいと思っているし、変えてやる気もない」

 

「……そうね。一年生から、そんなことに首を突っ込むべきじゃないわ。暗がりでは育つ草木も育たないもの」

 

 やはり、遠いところを見る目だ。

 

 京子の言葉の端々に、生徒会長とイエローの最優秀生徒という以上の交友関係がうかがえた。もしかすると、渚は昔は一人ではなかったのかもしれない。ならば、どの時点で二人は道をたがえたのか。

 それを訪ねるには、渚と京子の間にあるものを知らなさ過ぎた。私の勝手な推測で踏み込んでいいものだとは、思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は予告通りデュエルなしです。だというのに無駄に時間がかかったのは、授業内容を考えていたから。
だってデュエルの専門校とか称してるのに、カードの読み方だの基礎知識だのを一から説明するってのも違和感あるじゃないですか。レッドならそれでもいいんでしょうけど。
初めはわかりにくい裁定の講座でもやろうと思いましたが、私自身が理解が怪しいのと、ただの判例研究にしかならないので辞めました。

次回から最初の大会編、スタートです。たぶん、きっと、おそらく、もしかしたら。
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