ビルドリビルド 仮面ライダービルド at once A and B   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第3話 境界線上のアリア
01 猟犬のバロウズ


「おい!じじい!」

 廃病院の地下オフィスに駆け込んだ龍我が見たものは、吹き飛んだドアと、ズタズタに引き裂かれた室内。

 それと、いつものデスクの床で、変わり果てた姿で事切れている闇医者の老爺の姿だった。

「……っ⁉︎ 」

 苦悶の表情のまま、椅子に、棚に腕をかけ崩折れたように倒れていた。

 ドラマなどでしか見た事のないことだが、老爺の見開いた瞼を閉じてやろうと顔を手で撫でるが、うまく閉じることができない。

「……悪ぃ、じじい」

 中途半端な表情になってしまった老爺に手を合わせて瞑目し、龍我は立ち上がった。

 オフィスを出て通路を回り込み、奥のエレベーターで中三階へ向かう。

 いつもの母の病室に駆け込むが、こちらももぬけの殻だった。

「……クソッ!」

 どうやら、謎の電話の主が言ったことは本当らしい。

「本当に母ちゃんを攫いやがったのかよ……!」

 怒りと焦燥に唇を噛んだ龍我は、身を翻すと廃病院の外へ駆け出した。

 辺りを見回し、たまたま停めてあったバイクを見つけて駆け寄ると、再びキー周辺を強引に細工してまたがり、急発進させた。

 

 

『どういう事だスターク!』

 ブラッドスタークのヘッドギアに内蔵されたAIが通信の音量を自動調節してくれるため、その怒声に頭を痛める事は無かった。

『奴ら、ノーマークで研究施設にまで入り込んだ上、検体を全て逃してしまったぞ! 貴様なにをやっていた!』

『オーケイ、同志よ。そんなにがならなくても聞こえてるよぉ』

 自身のセーフハウスのソファでくつろいだ姿勢の赤い装甲服姿・ブラッドスタークが片手をハエでも払うかのように振りながら応えた。

 その仕草を見せるべき相手がいないにも関わらず。

『易々と侵入を許したのは、警備の不備だろう? あるいは、あの「仮面ライダービルド」さんとやらの装備が一枚上手だったか』

『そんな事を言っているんじゃない!』

 通信の相手──ナイトローグの怒り狂いようはここ最近でもなかなかお目にかからないレベルだ。

(……これだからコイツは面白い!)

 ブラッドスタークは胸中でほくそ笑んだ。

『貴様が見ると言った、あのネビュラガスを操る検体を、誘き出して捕らえる手筈だったんじゃないのか! なぜあの場にいない! 貴様いまどこにいる!』

『落ち着けよぉ同志よ。ウソなんか吐いちゃあいないし、すべては予定通りだ』

『なんだと⁉︎ 』

『これからアイツを本格的に誘き出すんだよ。その下準備をしていたのさ』

 ブラッドスタークはこめかみに手を遣りながら、ソファからのっそりと起き上がった。

『フォアグラって知ってるだろ? アヒルとかガチョウに餌をたくさん与えて肥大させた肝臓の御馳走だ。アイツも同じだよ。じっくりエサを与えてやる必要があるのさ』

『知っている。強制給餌器でわざと脂肪肝を患わせて、場合によっては工程の途中で死ぬ鳥がいる事もな』

 ブラッドスタークは大笑いした。

『っはっはあ! そりゃ偏見だぜ同志よ! ガヴァージュに寄らない、渡りを待った鳥のフォアグラは、そりゃあ美味いもんだぜ?』

 嘘を吐け、と小さく呟く声が聞こえたが、ブラッドスタークは聞き流した。

『それとスターク。工程の途中で死ぬ事がある点については否定しないんだな』

 改めてナイトローグの声が皮肉混じりに付け加えてくるが。

『だから手厚く観察するっていうハナシじゃねえか』

 そんな皮肉もさらりと躱す。

『そんな事より同志、逃げ出した検体についてはマーキングしてあるから、あとでいつでも攫いに行けるから後にしてくれ。一体くらいスマッシュできてるんだろう? それ連れてこっちに来い。第五研究所だ』

『……また貴様勝手な事を』

『頼んだぜ』

 ナイトローグの呻きは聞かず、一方的に通信を切った。

『さあてお立会い……』

 勢いをつけて立ち上がったブラッドスタークは、先ほどから感知している動体センサーの反応を見ながら含み笑いを漏らした。

 

 

 謎の電話の主に指定された場所へと向かう国道を、龍我が跨ったバイクが駆け抜けてゆく。

 辺りは閑散としており、対向車も無い。

 時間が経つにつれ、木々や土地の起伏が増え、やがて緑深い山々と、その向こうを左右の果てまで遮るスカイウォールが薄っすらと見えてきた。

 あまり気にしていないが、とっくに居住禁止区域である。

 やがてたどり着いた山のふもと、閑散としたゴーストタウンの一画、倉庫街の奥の、それと思しき施設の敷地に進入し、乗ってきたバイクを適当に蹴転がしてビルの入り口へ向かう。

 大きなガラスドアの向こうは、コンクリートが剥き出しのがらんどうだった。

 当時新築直後だったのか、出て行った後なのかは知らないが、そこは空っぽのビルのようだった。

「おい!」

 話が間違いでなければ、ここが指定の場所のはずである。

「来てやったぞ! 母ちゃんを返せ!」

 龍我は声を張り上げた。

『よく来たな。万丈龍我』

 その中年男性のような合成音声は、背後から聞こえてきた。

 ファイティングポーズを取って振り返ると、血のように赤い装甲服を纏った何者かが、今しがた龍我が入ってきたのと同じガラスドアを開けて入ってきたところだった。

「てめえか……」

 桐生戦兎のせいで、なぜか初対面の存在が自分の名前を知ってる事についてはどうでも良くなった。

 だが、間違いない。この胡散臭い声。

 こいつが母を攫った奴だ。

「うらあ!」

 何も聞かず、龍我はいきなり殴りかかった。

 あの赤い装甲服に拳が効くのかとか、ここにはネビュラガスが無いとか考えもしない。完全に頭に血を上らせていた。

 ところが赤い装甲服姿は、特に慌てもせずひょいひょいと龍我の拳を躱し、最後のストレートに対して体を半身に逸らして避けると、体勢が伸びた龍我の胸板を片手で押し遣り呆気なく転倒させてしまった。

『いいぞお! 元気がいいのは結構な事だ! だが、物事には順序ってものがあってなあ』

「てめ……⁉︎ 」

 激昂して立ち上がりかけた龍我の胸元に、赤い装甲服姿が何やら板状のものを放り投げてきた。

『こういう場合は、まずは「人質は無事か」って聞くもんだろ』

 思わず受け取ったそれは、タブレットPCだった。

 ディスプレイに、どこかの屋内と思しき景色が映し出されており、その中央のガラスで仕切られた小部屋に、ベッドごとベルトで縛られている母の姿が見えた。

「母ちゃん⁉︎ 」

 声が届くはずもないが、叫ぶ。

 画面の母は身動きせず、瞳を閉じてぐったりしているようだった。

「母ちゃんを離しやがれ!」

 素早く立ち上がると、タブレットをコンクリートの床に叩きつけて再び拳を構えた。

『いいだろう! オレに勝てたらな!』

 鷹揚にうなずいた赤い装甲服姿が、取り出した奇妙な銃器の銃身の下端に、見覚えのある小瓶を弾倉のように装填すると、床に向けて引き金を引いた。

 射撃を警戒して身を竦めた龍我をよそに、しかし銃口から放たれたのは、弾丸ではなく、ドス黒い煙だった。

 大量の黒煙が、たちまちフロアに充満してゆく。

「……これは……ネビュラガス?」

 馴染みのある感覚に、訝しげに辺りを見回す。

『見せてみろ!お前の力を! さあ、母親の命が賭かっているぞ!』

 どこへともなく謎の銃器を仕舞い込んだ赤い装甲服姿が、両腕を広げて龍我を挑発する。

 どういうつもりか分からないが、龍我は腕をひと振りしていつものようにネビュラガスに干渉して自らに引き寄せ始めた。

「……っ!」

 それは、あまりにも馴染み過ぎて、念じるとか気合を入れるとか等の準備すら必要としない動作。

 瞬時にフロア中のネビュラガスを搔き集めると、全身に纏わせ、全開の攻撃力に変換した。

「シネやコラあああああ!」

 蹴り足で床が砕けるほどの勢いで跳躍し、拳を振りかぶって赤い装甲服に襲いかかった。

『おお!』

 赤い装甲服姿が即座に交差させた腕にネビュラガスを纏わせた拳を叩きつける。

 拳を受け止めた赤い装甲服姿が、その体勢のまま床を擦り削りながら後退してゆく。

 その勢いは凄まじく、それは背後の壁を背中で砕いて隣のフロアまで吹き飛ばされていった。

「立てやコラああ!」

 龍我はそれを追ってのしのしと歩み、壁に空いた穴をくぐり瓦礫を踏み越えて赤い装甲服姿に迫る。

『……っはっはっは! いいぞ! これはいい!』

 だが、隣のフロアの向かいの壁際の、砕けた建材の山の中からはそんな哄笑が聞こえてきた。

 瓦礫を押しのけて、赤い装甲服姿が何の痛痒もなく起き上がってくる。

 ところが、良く見れば赤い装甲服の、龍我の拳を直接受けた両前腕部の、チューブが絡みついたような装甲がひしゃげていた。

『さあ、もっと打ち込んでこい! お前の力はそんなもんじゃないだろう⁉︎ 』

「余裕コイてろよテメエ! そのツラも腕みたいにしてやっからな!」

 両の拳を打ち合わせて再び躍り掛かってゆく。

 左右の攻撃を、赤い装甲服姿が今度はそれぞれの腕で捌き、弾き、龍我の側面に回り込んで脇腹を狙い殴りつける。

 それに対し龍我は腰を落とし胴にネビュラガスのエネルギーを集中させて受け止めた。

 痛いは痛いが、ダメージは完全に抑えた。

 それどころか、敵の拳を大きく跳ね返してすらいる。

 そのまま龍我は踏み込みの要領で赤い装甲服姿に体当たりして押し返した。

「おらあ!」

 相手を押し返したところで素早く身を翻し、後ろ蹴りをその胸郭に叩きつけた。

『おお!』

 それでも、どこか嬉しそうな喫驚の声を上げて赤い装甲服姿が数歩後退した。

 だが龍我は頓着せず、それを追って身を沈めた踏み込みで迫るとその場で跳躍。宙で身を翻した回し蹴りが、毒々しいグリーンのバイザーを嵌めた頭を捉え、激しく蹴り飛ばした。

 赤い装甲服が頭から床に叩きつけられ、跳ね上がってきりきりと回転しながら再び先刻の瓦礫の山に飛び込んだ。

『っはっはあ! いいぞ! ハザードレドル6.3! 生身でコレか! たいしたモンだ!』

「うるせえ!」

 今度は即座に跳ね起きてきた赤い装甲服姿に向かい、龍我が吐き捨てて迫る。

 見れば、蹴りつけた胸郭も、マスクも、大きくへこみ、砕け、激しく損傷している。

 余裕有りげな態度など、どうせハッタリに違いない。

「こちとらやっと親子で穏やかに暮らせるかって所なんだ! くだらねえ邪魔してんじゃねえよ!」

 僅かにステップを踏んで体勢を横に整えながら、瞬時に赤い装甲服姿の懐にまで迫る。

 引き絞った拳には、より強力なエネルギーが集中している。

「邪魔するってんなら、テメエみてえな」

『合格だ! 合格だから、さあ、実験を始めようか!』

 龍我の言葉を無視した赤い装甲服姿の、どこかで聞いた覚えのある叫びを聞いた瞬間、脇腹に激痛が走った。

「っなっ⁉︎ 」

 衝撃につんのめった龍我が脇腹を見下ろすと、そこには赤いチューブが突き刺さっていた。

「……て、っめ……⁉︎ 」

 見れば、その赤いチューブが伸びた先は床を這い、大きく弧を描いて迂回し、目の前の赤い装甲服に続いていた。

『まあ注意力とか危機察知能力とか、そういう細かい事は求めねえよ。用があるのは、そこじゃないしな』

 いけしゃあしゃあと、分からない事を宣う赤い装甲服姿を睨み返した龍我は、まずは刺さったチューブを抜こうとした。

 ところが、刺さった箇所から体内に不快な冷たさが流れ込むのを感じると、身体が動かなくなり、意思に反して膝が勝手に落ちた。

 なんらかの毒だろう。

「く……そ……」

 それなら遠距離からぶつけてやろうと、エネルギーを纏め上げようとするが、意識を保つのも困難になり、集中が途切れる端からネビュラガスが抜け出てゆくのが分かる。

「……っ!」

 いつの間にかコンクリートの床が眼前に迫り。

 龍我は意識を失った。

 

 

 万丈龍我の移動の痕跡を追う事はそんなに難しくなかった。

 長距離を移動する度にいちいち盗んだバイクで走り出すのはどうかと思うが、まあこの時代に生きるアウトローゆえ致し方無いと言うか。

 辿り着いた廃病院の寂れた屋内に踏み入り、戦兎は嘆息した。

 建築構造的に、二階と三階の間くらいに不自然なスペースがある事は、建物の外観を一目見ただけで分かっていた。

 隠すと言う事は、なんらかの理由でのシークレットスペースと言う事なのだろう。つまり、専用の出入り口がどこか別にあるはず。

 一階フロアをひと回り歩いて間取りを観察した戦兎は、迷わず地下階へと降りていった。

 なぜなら、ざっと目算してみたところ、一階から乗れるエレベーターとは別に「巧妙に隠された、エレベーター一本分の空白のスペース」を見つけたからだ。

 地下階に降りた戦兎は、僅かながら驚いた。

 そこには、思っていたよりも高水準な医療設備が整っていたからだ。

 そんな非合法病院の診察室を巡廻しているうちに、他とは装いの異なる部屋を見つけた。

 と言うより、唯一ドアが吹き飛ばされていたのだ。

 中を覗くと、そこは凄惨な有り様だった。

 重厚な調度類などからいわゆる「院長室」にあたるのだろうが、そこはまるで手榴弾でも爆発させたかのように壁や床や調度類がズタズタに破壊されていた。

 だが、実際には爆弾の仕業ではないだろう。

 見上げた天井だけが無傷だったから。

 室内に入り周囲を検分する。

 ふと奥のデスクの脇から投げ出された人の足を見つけて、戦兎は駆け寄った。

 そこには、白衣を纏い、片目に眼帯を巻いた小太りの老爺が苦悶の表情で事切れていた。

「……」

 軽く手を合わせて瞑目すると、老爺の遺体を観察する。

 まず、苦悶の表情にしては、見えている目の瞼の位置がおかしかった。

 十中八九、先にここを訪れた龍我が、老爺の瞼を閉じてやろうとして上手くできなかったのだろう。

 戦兎は代わって老爺の瞼を閉ざした。

(……外傷が無いな。死因は……ネビュラガスか?)

 鼻をかすめた、微かなネビュラガスの気配に確信する。

 侵入者がいても老爺自身がここから移動しなかった事から、恐らく老爺自身が隠し持っていたネビュラガスを、自分の意思で散布したのだと戦兎は推理した。

 デスクの天板の裏を手で探ると、不自然に後付けされたスイッチの感触があった。

 続いて戦兎は老爺から離れ、床や壁を引き裂く傷跡に顔を寄せた。

 別のドアが壁に突き刺さっているのは置いておいて、壁の亀裂にボールペンを差し込んで抉ってみる。

 すると、亀裂の中から小さな金属片が現れた。

「……」

 へし折れた小さな欠片だが、間違いない。

「……ガーディアンの部品だ」

 龍我の仲間を攫った偽ガーディアンが、ここにも現れたのだ。

 そして、老爺の行動から、侵入者の中には、偽ガーディアンを引き連れた生身の人間がいたという事になる。ガーディアンをネビュラガスに巻いても害はない。

 一連の情報から、やはり龍我ひとりが狙われているという事になる。

 先の龍我の仲間の救出劇でも、結局攫った連中の脱出を許し、そしてほぼ同時刻にここが襲撃されている。

 龍我の母が入院していた、ここが。

「生身でネビュラガスを操るとか、いったい何者なんだアイツは……」

 そして、それが龍我が狙われる理由でもあるのだろう。

 だから戦兎は、救出劇の後も龍我を追跡した。

 摘んでいた部品を放り捨て、戦兎は再び老爺の元へ近付いた。

 先ほどから気になっていたのだが、老爺の今際のきわの体勢がどうもおかしい。

 まるで苦悶にもがき、椅子からずり落ちて思わず右手は棚の手すりに、左手はデスクの引き出しにしがみついたように見えるが、呼吸困難で苦しむ場合は喉や胸を押さえるものだろう。

 それが、なぜ?

「……」

 戦兎はそっと老爺の手を下ろさせ、その引き出しを引き開けた。

 

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