ビルドリビルド 仮面ライダービルド at once A and B 作:鉄槻緋色/竜胆藍
広大なコンクリートに包まれた無機質な空間。
様々な研究設備に囲まれた部屋の中央に、ひときわ巨大な培養プールが設置されていた。
ガラス越しに見える内部には、人影がひとり。
呼吸器のマスクを嵌められて、苦悶に身を捩り、くぐもった声で叫び必死の形相で抜け出そうともがいているが、腕脚が拘束されておりそれも叶わない。
『あんまり体力を消耗するな。これからがキツくなるぞ?』
その培養プールの中身──万丈龍我の顔を覗き込み、ブラッドスタークがからかうように言った。
そのマスクや胸郭は、傷一つ無い元の状態に戻っていた。
傍らにはナイトローグもいる。
『おい。なぜ眠らせておかない? こいつの腕力なら簡単に破られるんじゃないか?』
『その為に拘束衣を着させてんだろうがよ』
ナイトローグの疑問に答えた通り、培養プールの中の龍我は、首から下を黒いチューブが絡みついたような装甲服に覆われていた。
ただし、各関節は動かないようロックされている。
その上で、両腕と両脚を巨大な金属の枷で台座に固定されているのだ。
『なにしろ「究極の生命」に至る大きなヒントにしてカギかもしれない奴だ。オレだって慎重にやってるんだぜえ?』
培養プールの天板に肘を乗せ、種明かしでもするかのように両手を広げてみせる。
『よし。始めろ』
培養プールから離れたブラッドスタークが、研究員達に振り返り指示を出した。
『さっき説明した通り、いつもと工程が違うから気をつけろよ……ん?』
『む』
その時、ブラッドスタークとナイトローグが同時に顔を上げた。
動体センサーに異常な反応を感知したからだ。
『……ほう。早いな』
ナイトローグがブラッドスタークの呟きを問い糺そうと振り向いた瞬間。
『ここかー!』
そんな声と共に、天井を粉砕して何者かが飛び込んできた。
飛び散るコンクリートの瓦礫のただ中に着地した、赤と青の装甲服──仮面ライダービルドが素早く立ち上がって斜めに構え、フレミングの右手を横にかざした。
『仮面ライダービルド参上! 見たかビルド式・アナウサギの穴掘り徹甲弾の威力! さあ、ペシャンコになりたい悪党はどいつだ!お前かお前か!』
一息に叫んで二人をビシビシ、と指差すビルドに、なぜかナイトローグが頭痛でも堪えるように片手で額を押さえた。
『人聞きの悪いことを言うなあ仮面ライダービルド殿』
特に衝撃を受ける訳でもなく、柔軟にノリに合わせて見せたブラッドスタークが、右手を背後に、左手を腹のあたりに回して慇懃に一礼をした。
『オレはブラッドスターク。ここの幹部のひとりでな。ともあれ、セオリーに倣うなら、まずは歓迎の印を受けてもらおうか』
鷹揚に戯けたブラッドスタークが、肩越しに指を振ってナイトローグに促した。
やれやれ、と頭を振ったナイトローグは、そこにあったノートパソコンのエンターキーを叩いた。
すると、ビルドの傍らにあったドアがスライドして開き、奥から奇妙な人影が飛び出してきてビルドに襲いかかった。
『うわ⁉︎ 』
咄嗟にそいつを受け止めるが、体勢を崩されたビルドは背後の壁まで押しやられ背中から激突してしまう。
『こいつは……!』
よく見直せば、それは人造スマッシュだった。
それも、先刻龍我の仲間の救出に侵入した謎の施設にいたものだ。
『さて、まずはアイツを追い出すか』
言いながらナイトローグが一歩踏み出そうとしたが、ヘッドギアのインジケーターに現れた着信のサインを見て足を止めた。
発信者アイコンには「ミゼルクロウラ」と表示されている。
──こんな時に⁉︎
『そう言やお前、このあと予定があったんじゃないか?』
振り返ったブラッドスタークが、顎をしゃくって言った。
確かにその通りだ。元々、ブラッドスタークに要求されたスマッシュをここに搬送した足でそのまま次の場所へ移動する予定だったのだ。
『行けよ。ここはオレがなんとかするからよ』
ブラッドスタークとビルドとを見返して、しばし煩悶とした様子を見せたナイトローグは、結局踵を返した。
『……頼んだぞ』
『あいよ』
立ち去るナイトローグに、ブラッドスタークが気怠そうに後ろ手を振って見送った。
──だから、ブラックスタークがほくそ笑むように小さく肩を揺するのを、ナイトローグは見ることができなかった。
『こなくそー!』
気勢を上げたビルドがスマッシュを押し返した。
なぜかスマッシュの両腕の、こちらを挟み込む腕力が尋常では無かった。
自身の両腕に纏わせたエネルギーの力場に無限軌道の意味を付与して後進方向に高速回転させ、強引に拘束を振りほどいたのだ。
そのまま突き飛ばして間合いを広げる。
先ほど対応してきた謎の赤い装甲服姿──ブラッドスタークとやらは、巨大な装置に上体を乗せ頬杖をついてこちらを眺めるだけで、参戦してくる気配が無い。
──隣にいたはずのコウモリのパワードスーツは退出してしまったようだ。いずれにしても今は追いかけられない。
その赤い装甲服はパッと見た感じ、Dテクターと似たような、倍力機構を内蔵したアンダーウエアに装甲を被せたパワードスーツに見える事から、戦闘の為の装備である事は間違いない。
それなのに外敵の排除に加わらないのはなぜなのか。
大方、このスマッシュと対戦させてこちらの力量を計ろうと言うのだろうが。
『そんなに見たいなら、俺のチャンネル登録でもしてろ!』
叫んだビルドは、まずスマッシュめがけて拳を振るい、その軌跡から砲弾を打ち出すと、続く回し蹴りからブラッドスタークを狙って砲弾を発射した。
『おいおい、余所見してんじゃねえよ』
即座に上体を起こしたブラッドスタークが、片手で砲弾を殴りつけて粉砕した。
そしてまた何事も無かったように頬杖の姿勢に戻った。
どうやら本当に手出しする気は無いらしい。
(それなら好都合だ!)
もっとも、本当に最後まで手を出さないかはわからない。
ウサギが耳だけ向きを変えて周囲を警戒するように、ビルドはブラッドスタークへの注意を一部残しながら、目の前のスマッシュに向き直った。
ところが、今のわずかにブラッドスタークへ意識を向けていた隙に、スマッシュがこちらへ襲いかかってきていた。
『鈍重そうな割に早い!』
スマッシュが両腕を大きく広げてこちらを抱きすくめる体勢なのに対し、ビルドは即座に後方へ跳躍して逃れた。
着地したビルドの前で、スマッシュが勢い余って捕まえた事務机が、その腕の中でグシャグシャに縮壊した。
スマッシュの腕力としては珍しい威力では無いが、ネビュラガスによって変質したスマッシュは、何らかの生物やマテリアルの意味を宿して顕れる事が多い。
先ほどから、殴るでもなく飛び道具を撃つでもなく、執拗にこちらを捕まえようとして、挙げ句に今の机のように破壊する習性が見られる事から、こいつが付与された意味にはだいたい見当がつく。
『プレス機……「プレススマッシュ」だな!』
そこまで瞬時に考えたビルドは適当に──ぞんざいに命名した。
だが警戒は怠らない。
なぜなら、プレス機とひと口に言っても、大きなものは自動車などを圧縮するスクラップ工場のようなものも存在する。戦車と言えど完全な耐性があるとは言い切れない。
だから、迂闊には近寄れない。
どうすれば良いか……。
『遠くから攻撃しよう!』
あっさりとシンプルに見切ったビルドは、ベルトのボルテックレバーを数回回してエネルギー汲み上げると、右拳、左拳、右脚の蹴り上げから翻って左回し蹴りと体術のコンビネーションで砲弾を立て続けに放った。
ところが、プレススマッシュは両腕を大きく広げて待ち受けると、全ての砲弾を抱きとめて、そのまま抱き潰してしまった。
甚大な爆発が起こるが、スマッシュには痛痒を感じた様子すら無い。
『はあー⁉︎ 砲弾白刃取りだとう⁉︎ 』
どこか得意げに両腕を開け閉めするプレススマッシュに、ビルドは大きく仰け反ってから地団駄を踏んだ。
『やっぱ直接叩き込むしかないかー』
ビルドから放射して離れたエネルギーには、当然本体からの接続を離れては恒常性が無い。
プレススマッシュの圧縮力場がエネルギー砲弾を上回っている以上、エネルギーの発振源であるビルド自身が直接接触でボルテックフィニッシュを打ち込まなければ、相殺されてしまうだろう。
ざっとそこまで分析した所で、プレススマッシュが両腕を大きく広げた。
それから力を込めるように身を僅かに縮めると、体勢を広げると同時に放射された力場が、左右に巨大な壁となって現れた。
『んな⁉︎ 』
仰天したビルドはさらに後方へ跳んだ。
(飛び道具は無くとも、プレス機の力場を広げる事はできたか!)
目の前で閉じ合わされ、棚や柱や謎の機械を縦にペシャンコにする光景に思わず舌を巻く。
しかも、刮目すべきはその速さだ。
プレス機の力場を閉じ合わせる速度が、まるで人が両掌を叩くのと大差ない速さだったのだ。
(力場自体に質量がある訳じゃ無いしなー)
力場に限っては慣性の法則は都合良く無視できる。
閉塞してからプレス機の力場を蹴り壊した所で、再び同様に力場を再展開されるだけだ。
やはり本体を直接叩くしかない。
『それも、プレスされるより速くだ!』
警戒に低くしていた体勢を起こしたビルドが、何やら誇らしげに両腕を上げるプレススマッシュへ指先を突きつける。
『目標は、迅速に閉じるプレスマシーン! 対するは、敏捷なウサギでもあり無限軌道がイカす戦車でもあるこのビルド!』
すらすらと条件を数え上げ、ビルドは右手の指先でマスクのアンテナをなぞり上げると、その手をパッと開いた。
『勝利の法則は決まった! さあ、実験を始めようか! 』
言いながら、ベルトのボルテックレバーをグルグルと回す。
それも、これまでより念入りに、長く機構を回転させて膨大なエネルギーを汲み上げる。
それによってボルテックチャージャーが凄まじい輝きを放ち始めた。
《ボルテックフィニッシュ、レディ》
臨界に達したベルトバックルが、認証を求める音声を放つ。
『ゴー!』
叫ぶや、構築したエネルギーを解放し、ウサギの脚力であると同時に砲撃の勢いで以って跳躍する。
それも、上方ではなく正面、プレススマッシュ目掛けてだ。
『ーーーーッ!』
奇声を上げたプレススマッシュが再び左右に巨大なプレス機の力場を展開する。
水平に跳躍するビルドは既にその範囲の中程にあった。
退くはおろか、スマッシュに触れるより先にプレス機の力場がビルドを挟み込むだろう。
飛翔するビルドは宙で身を翻し、片足を突き出して蹴りの姿勢に移行する。
だがそのビルドを、プレス機の力場が勢い良く挟み込んだ。
『っぐっ⁉︎ 』
一瞬苦鳴を漏らすが、その勢いは止まらない。
ビルドを包む力場が、前から後ろへと高速回転を始めたのだ。
即ち、戦車由来の無限軌道の働きに、アナウサギの穴掘りの意味を加えた今のビルドは、その身を圧迫する何もかもを掘り進む徹甲ウサギ砲弾戦車とも言うべき、意味の化合物。
接触するエネルギー同士が反発し火花を散らす中を、一度は失速したビルドの身体が再び加速してプレススマッシュに迫る。
『うおおお!』
強まる圧力に、肩が軋み、腕脚が捩れる。
『……っ、なんの!アナウサギは狭いところが大好きだ!』
それでも身に纏う力場は無限軌道とアナウサギの前足のごとく両側のプレスフィールドを掻いてビルドの身体を前進させる。
『おおおお!』
そして、プレスフィールドを突破したビルドの蹴り足が、プレススマッシュを貫いていった。
『おおおおっしゃああ!』
床を擦り削りながら着地したビルドの背後で、脱力し膝から崩折れたプレススマッシュが断末魔の爆発を起こした。
『それっ』
すかさずビルドが取り出した空のボトルを倒れたスマッシュに差し向ける。
スマッシュの身体から、白い靄が立ち昇り、エンプティボトルへと吸い込まれていった。
あとに残ったのは、下着姿の見知らぬ青年。偏見は良くないことだが、斬新なヘアスタイルからして、龍我の仲間で間違いないだろう。
『どうだ!』
立ち上がったビルドが、変わらず機械に頬杖をついているブラッドスタークを振り返った。
正直、潰される寸前だったダメージは決して小さくないが、まだ目的は果たされていないのだ。
ぱた、ぱた、と気の無い拍手を繰り出してブラッドスタークが起き上がった。
『はっはあ!お見事だ、仮面ライダービルド殿』
鷹揚に、どこか戯けた調子でブラッドスタークが機械をのっそりと回り込んできた。
『だが、ずいぶんお疲れのようじゃないか。一度、お家に帰って休まなくていいのかね?』
痛いとこを突かれるが、ビルドはおくびにも出さずに肩をすくめた。
『いやあ別に。そちらにお世話ンなってるウチの悪ガキを返してくれたら、すぐにでもお暇するんでさ』
言いながら、ビルドは腰を落として臨戦体勢を取った。
だが、巨大な箱型機械の天面をピアノのように指先でつついていたブラッドスタークは、ビルドの気配を無視して鷹揚に両手を打って広げた。
『そうかい。じゃあおもてなしも済んだから、お客様を返して差し上げようじゃないかね』
『……なに?』
訝しんだビルドは、同時にある事に気がついた。
(──あんなにいた作業員がいない? )
今この施設には、自分とブラッドスタークしかいなくなっていたのだ。
『そら、預かっていたオトモダチだ。連れて帰りな。──連れてけるものならな!』
同時に天板が開放されたその巨大な機械の中から、蒸気のような白煙と共に、何かが起き上がり、這い出てきた。
『──な──⁉︎ 』
こっそりとくっつけておいた発信機が、その巨大なカプセルの中にある事は分かっていた。
つまり、そこから出てくるのは、万丈龍我であるべきなのに──!
『ーーーーーッッ!!!』
雷鳴のごとき咆哮を上げるは、牙の並ぶ巨大な顎門。
床を踏み抜きカプセルの蓋を掴むは、節くれだった指から伸びる鋭利な鉤爪。
全身を金属塊のごとき無数の鱗に包まれ、面長な頭部の頂からは、一対の長大な捩じくれた角。
スマッシュにしてもかけ離れた禍々しい異形が、そこに現れたのだ。
『おお! ずいぶんと気に入ってくれたみたいだな! 想像以上だ!』
そのモンスターの後ろでブラッドスタークがやや興奮気味に哄笑をあげた。
『それじゃあ、あとは保護者に任せるぜ。チャオ!』
『ま、待て!』
気軽に指先を振って背を向けるブラッドスタークに思わず呼びかけるが、赤い装甲服は頓着せずに悠々と施設から出て行ってしまった。
すぐにでも追いかけたかったが、目の前の異形の獰猛な気配がそれを阻んでいた。
どういう訳か、こちらを完全に敵と見なしている。
(どういう訳も何も、あのヤロウこいつの視界に入らないようにしてたしな!)
目に映る生き物に無差別に襲いかかるのがスマッシュだ。
だが、こいつはただのスマッシュではない。
『龍我……』
無駄だとは思うが、呼びかけてみる。
『ーーーーッッ!』
無駄だった。「龍我」の「う」の辺りで咆哮に遮られた。
『うんまあ、いつものようにブチ食らわして元に戻してやるだけだけどよ……』
戦闘態勢に身構えながらも、ビルドは、戦兎は戦慄していた。
(あれほどのネビュラガスを操るコイツがスマッシュに変質したら、どんだけ強くなっちまうんだ……? )