ビルドリビルド 仮面ライダービルド at once A and B 作:鉄槻緋色/竜胆藍
さて、目の前のそいつ──万丈龍我が変質したそのスマッシュを、なんと呼ぶべきか。
その体に顕れた要素は非常に生物的で、マテリアル由来ではあり得ない。
だが、その特徴は地球上のどの生物にも該当しないのだ。
つまりは、幻想種。
ネビュラガスは、人の精神と相互に干渉する性質を持つ。その結果、野良でも、かつての大勢の人々の記憶の集積からスマッシュが発現する事もある。
スカイウォールで壊滅した博物館や映画館などから、展示物や造形物を模したスマッシュが現れたこともあった。
ここの人造スマッシュ製造のプロセスがどんなものかは知らないが、龍我ほどの素質なら、外から要素を付与せずとも、自らのイメージで変質するくらいはあり得そうだ。
『……となると、一番イメージに近いのは、ドラゴンか……?』
まさしく、名を体に表してしまったような、鋭角のシルエットを持つ巨大トカゲのようなモンスターを、戦兎はそう評した。
すなわち、ドラゴンスマッシュ。
『アイツ、強さに拘ってたもんなあ』
最後に見た時も、シャツに龍の意匠があった。
『まあいいや。いま天才様が元に戻してやるからな!』
言うや、身を翻したビルドは、目の前のスマッシュではなく、傍らの床で昏倒している元プレススマッシュだった男に飛びつくと、胸倉を掴み上げて後方に投げ飛ばした。
これからの戦闘において巻き込む危険があるからだ。
ぶん投げられた衝撃で目を覚まして逃げてくれれば良し。さもなくとも、ここからは一歩も通しはしない。
『いくぞ龍我!』
振り返って叫んだ瞬間にビルドが殴り飛ばされた。
瞬時に間合いを詰めたドラゴンスマッシュの拳がビルドの胸郭を殴りつけたのだ。
『っがっ⁉︎ 』
後ろのドア枠の壁を背中で砕き、通路の床に激突して転がる。
激しく転がっていったそこは、ちょうどさっき投げ飛ばした男が倒れている隣だった。
『……いや待て、なんなんだよその速さ理不尽だろ……』
衝撃に呻きながらも、ようやく身を起こしたビルドはまず隣で眠る男に這い寄り、その頰を叩いた。
『おい!起きろ!死ぬぞ!』
「ん……」
ようやく覚醒した男は、ビルドの仮面を見てぎょっとしたようだが、それほど取り乱さなかった。
きっと「ビルドチャンネル」の視聴者だろう。訓練された良い視聴者である。
『よし! あれを見ろ!』
「……ひッ!」
ビルドが指差した方を素直に見た男は、ドラゴンスマッシュの異様に悲鳴を上げた。
『ヤバい。分かるな? あっちに逃げろ!』
簡潔に言って、襟を掴み上げて立たせると、後ろを向けて尻を叩いてやった。
「っひぃーーー!」
素直に逃げていった男に背を向け、ドラゴンスマッシュに向き直る。
『よぉしこれで心置き無く戦える……』
言いかけた時にはもうドラゴンスマッシュが一足飛びで目前に肉迫していた。
『だから速いって⁉︎ 』
辛うじて両腕のブロックは間に合ったが、殴り飛ばされたビルドの体はコンクリートの壁を二枚ほど砕いて吹き飛んだ。
三枚目の壁に半分ほど突き刺さってようやく止まったビルドは、あまりの衝撃にふらつく頭をもたもたと押さえた。
『〜〜っ、衝撃吸収システムもそろそろ限界だぞこれ』
レッドアラートをがなり立てるヘッドギアの中で呻く。
ビルドドライバーによって付与された戦車の意味云々はさて置いても、パワードスーツとしての限界というものもある。中身は生身の人間なのだ。
その時、足首を掴まれる感触を感じるや否や、壁から引き抜かれたビルドの身体は宙を舞った。
追いついてきたドラゴンスマッシュがビルドの足を掴み上げていたのだ。
『ちょ、まっ』
そしてその勢いのまま反対側の床に叩きつけられる。
さらに反対側、たった今ビルドがめり込んでいた壁を、まるでビルド自体を棍棒のように使って殴りつけて粉砕すると、さらにビルドの身体を振り回して投げ捨てた。
『〜〜〜ッ⁉︎ 』
床板を抉り転がってゆく。
数々の激しい衝撃の連続に声も出ない。
辛うじてベルトに震える片手を伸ばし、ボルテックレバーを回すと、スモークディスチャージャーを発現させて煙幕を撒き散らした。
そして仰向けに倒れたまま、体表面の力場を無限軌道のように回転させて、寝たまま滑るように移動する。
なお、天敵を警戒するノウサギの如き隠密性で、ほぼ無音で瓦礫を乗り越えてゆく。
その一瞬後、さっきまでビルドが倒れていた位置を殴りつける音が聞こえてきたが、それきりこちらに接近してくる気配はない。
どうやら、煙幕で一時的にこちらを見失わせる事が出来たようだ。
煙幕に囲まれたまま物陰に転がり込み、壁に背を預けて座り直すと、ヘッドギア内のインターフェースを起動させ、視線入力と指先のジェスチャーで操作してシステムの損害制御を開始する。
なにしろ、これほど凶暴なスマッシュと出会ったのは初めてだ。これだけのダメージを負ったこともこれが初めてであり、よく原形を留めていたものだと我ながら感心してしまう。
『さすが俺様天才だ。コンクリ壁三枚抜きとか想定以上だよチクショウああ痛えテストの手間が省けたわ』
毒吐きながら忙しなく視線と指先を動かして、パワードスーツ内部の断線したエネルギー伝達経路や倍力機構のバランサのバイパスを形成し、カット、再接続、再試行を繰り返してゆく。
『ビルドマトリクスに支障無し。ギア損耗率二十三パーセント、擬似筋繊維、仮想装甲共に戦闘機動の継続に支障無し』
パン、と手のひらを打ち合わせてインターフェースの操作を終了する。
『俺の元気は三割損耗。龍我の笑顔はプライスレス、ってか。ーーちゃんと笑えるんだろうなアイツ』
ぼやくように言ってビルドは投げ出した足を折り曲げてあぐらの姿勢で座り直した。
『さあて、柔軟に行こうじゃないか。今の手持ちのフルボトルであのアホを黙らせる方法は……と』
スライド展開したベルト両サイドのケースから、中のフルボトルを全て掴み出して掌に並べる。
「ハリネズミ」「ゴリラ」「コミック」「掃除機」「忍者」「影武者」「消防車」「バイク」等々……。
それらを見下ろし、黙して考える。
ただただ、考える。
思考を自由に。目的の解へと辿り着く方程式を求めて編んでは放棄する事を繰り返す。
『……あー。そう言や幻さんにDテクターの強化をしつこく催促されてたっけなーどーしよーかなアレ』
ドラゴンスマッシュへの対抗策を考えながら、ふと関係ない妄想を始める。
天才ならではの戦兎のクセだ。
『だって絶対ロクな事に使わないし。まあその為の対処も用意してあるけどでも渡していいものかどうか……』
そして対抗策を考えながら別の選択肢に煩悶として首をひねる。
『……………………』
遠くから、コンクリートを破砕する音が響いてくる。
視野に二重映しにされているレティクルが振動を検知して揺れるが、戦兎はろくに見ていない。
ごちゃ、といくつかのフルボトルを持ったままの両手を打ち合わせた。
『いいや! いざとなったら消しちゃおう!』
快活に、あっけらかんとそう言うと、掌のフルボトルをベルトのケースに戻してゆく。
何がどうしてそうなったのか。思考の経路も文脈も、戦兎は一切自覚していないし、気にしていない。
『よーしよし、「気合いと根性」と「天才的頭脳」のバイナリー・コンプレックスの真骨頂、見せちゃうよー!』
はしゃぐように言い、だが足裏の力場を無限軌道のように回転させながら、ビルドは滑るように静粛にドラゴンスマッシュの方へ迫っていった。
煙幕によって視界をほぼ完全に遮られたドラゴンスマッシュが、獰猛な唸り声を上げながら腕を振り回している。
基本的にスマッシュの行動原理は暴力衝動の権化……と言うよりは付与された意味の無軌道な発現であり、動くものが無くとも意味を発揮して結果的に周囲を破壊する。
特に視界を遮られた今は、この謎の地下施設のコンクリートで構成された部屋の壁を、柱を、腕が通過するついでに破砕し続けていた。
禍々しい異形が、雷鳴のような咆哮をあげた。
『……だけどなんか、辛そうな声なんだよな』
ドラゴンスマッシュが空けた壁の穴からその光景を覗きながらビルドが呟いた。
『すぐに解放してやるからな。システム、リミッター三号、二号カット』
《ラジャー。サード、セカンド、レディ》
ベルトが応答し、機構が準備状態に移行する。
それはネビュラガスと相互干渉する脳波レベルの深度と強度のリミッター。
ネビュラガスがヒトの思考で変化・変質するとは言っても、例えば「念じれば即時」とは行かないし、毒性も無視できない。
フルボトルとして指向性を持たされたネビュラガスも、干渉するヒトの思考を逆に干渉しようとする働きがある。
その干渉を緩衝し、あるいは距離を埋めるのがフルボトル及びビルドドライバーの役目だ。
普段はフルボトルに密閉され(若干の干渉波の漏洩は仕様)、ドライバーがトランジェルソリッドを抽出する際も同様に密閉されたチューブを移動する。
ただし、戦兎が提唱する「バイナリー・コンプレックス」を機能させる為には、装着者からネビュラガスへの思考の干渉が不可欠だ。
だがそれは同時にネビュラガスから汚染される事を意味する。
そこを都合よく調整して一方通行にする機構が複数のフィルターでありリミッターだ。
そのリミッターを解除すると言う事は、装着者である戦兎がネビュラガスの毒性に曝されると言う事。
『だけどまー大サービスだ! 限定解除、三十秒!ゴー!』
《リミッターカット、スタート》
ボルテックレバーを掴み、勢いよくグルグル回した。
同期して高速回転するボルテックチャージャーが激しい輝きを放ち始める。
『うおおお!』
叫んだビルドが、壁の穴を飛び越えて室内に突入する。
だがそこにはまだ先刻のスモークディスチャージャーによる煙幕が充満しており、ビルドの絶叫も足音もドラゴンスマッシュには聞こえない。
その時、駆けるビルドの体表から赤と青の輝きが迸った。
その輝きは室内の煙幕に触れた端から侵食するように色を変え、たちまち部屋中の煙幕を塗り替えてしまう。
──もっとも、その変化はセンサーアイを通した戦兎にしか認識できない変化だが。
『よっし準備完了だ!行け!』
叫ぶビルドが、カギ爪のように広げた両掌を交差させるように振ると、室内の煙幕に実際に変化が起きた。
『ーーッ⁉︎ 』
周囲の変化に気付いたドラゴンスマッシュが怪訝に見回す。
だがスマッシュの理解も待たずに変化は進行し、煙幕が無数に渦を描くと、それぞれ煙が密集し、直径十五センチメートルほどの紡錘形の物体へと形を成した。
すなわち、「戦車の砲弾」。
全て、尖った先端をドラゴンスマッシュへ向けている。
それらが形を成した端から末尾の爆発に圧され、ドラゴンスマッシュへと殺到していった。
『ーーーーッッ⁉︎ 』
立て続けに巻き起こる無数の爆音とスマッシュの絶叫。
ドラゴンスマッシュは苦悶に身をよじるが、砲弾は今も部屋中に発生しては発射を続けている。爆発音は途切れることなく室内とドラゴンスマッシュを蹂躙する。
『ーーーーッ!』
大きく吼えたドラゴンスマッシュが、両腕を振り砲弾のいくつかを薙ぎ打ち払う。
だが無駄だ。砲弾は無数に射出されており、頭を胴を、背を腹を手足を、身体中を攻撃している。防ぎきれるものではない。
『ーーーーッッ⁉︎ 』
それどころか、打ち払われたはずの砲弾が再びドラゴンスマッシュに殺到してきた。
床に散らばった砲弾は、四つの突起を生やすと、それらを手足として器用に着地するや否や、跳ねるようにして自ら移動し、スマッシュへ襲いかかってゆくのだ。
部屋中に生成されたこれらは、ビルドのベストマッチ「鋼のムーンサルト」によって構成された「煙幕であり、砲弾であり、ウサギでもあるもの」。
それら「ウサギ弾」が間断なくドラゴンスマッシュを襲い爆発で圧し包む。
『ーーーーッッ⁉︎ 』
ところが、煙幕に変質させたネビュラガスを砲弾に変換し続けているため、室内の煙幕の密度が急激に下がっている。
薄くなった煙幕と、飛び交う砲弾と爆煙の向こうから、ドラゴンスマッシュと目が合った。
『ーーーーッ!』
吼えたドラゴンスマッシュが、ビルドめがけて飛びかかろうとする。
そのスピードは先ほど何度も味わった。
『だから、お前にゃまともに走らせねえよ』
言ってボルテックレバーを回すと、こちらを向いたドラゴンスマッシュが突然、脈絡無く前のめりに転倒した。
そのまま部屋の奥へとスライドしてゆく。
室内の床付近にたゆたう煙幕を、無限軌道に変化させ、地を走破すべき無限軌道を、逆にベルトコンベアとして利用したのだ。
『ーーーーッッ⁉︎ 』
スマッシュの知性では、自分の身に何が起きているのかなど分かるまい。
そして無限軌道は戦車の足とも言える。
それは、今に限っては同時に「ウサギの足」でもあるのだ。
突如、ドラゴンスマッシュの体躯が跳ねた。
『ーーーーッッ⁉︎ 』
無限軌道が、ウサギの脚力で以ってスマッシュを蹴り上げたのだ。
そこに殺到する無数の砲弾。
『ーーーーッッ⁉︎ 』
そして床に落ちてはまた蹴り上げられる。
こうなっては、高い身体能力になど意味は無い。
最早、自由に身動きが取れないドラゴンスマッシュに打つ手は無い。
『そーら、万丈龍我。キッツいの行くからガンバれよ!』
いつもの調子で呼びかけたビルドが、三度ボルテックレバーを回すと、ボルテックチャージャーが、ビルドの身体が、部屋中のネビュラガスが赤と青の輝きを放ち始める。
『敵は身体能に優れた厨二臭いドラゴン戦士。対するは、本気を出した大っ天っ才の戦車にしてウサギでもあるこのビルド!』
《ボルテックフィニッシュ、レディ》
『勝利の法則は決まった!いやマジで! ゴー!』
ベルトの認証に応え、ビルドが高く飛び上がる。
部屋中を飛び回るウサギ砲弾の全ての先端がスマッシュを向く。
輝く煙幕が無数のブラインドのように無限軌道を描き出し、空中のビルドとドラゴンスマッシュを結びつけた。
『うおおお!』
そして蹴り足の体勢に移行したビルドが、自ら砲弾の勢いで射出された。
そのビルドの身体を空中の無限軌道が回転して押し出しさらに加速させる。
部屋中の砲弾も、全てが同時に発射された。
『おおおおお!』
『ーーーーッ⁉︎ 』
不安定な空中にあって、まともに防御も受け身もできないドラゴンスマッシュを、赤と青の流星が貫き、壁を、天井を、全てを吹き飛ばす甚大な爆発が巻き起こった。