ビルドリビルド 仮面ライダービルド at once A and B   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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04 龍兎のアンタゴニズム・2

『っっ! はあっ!』

 着地したところで膝を、両手を床につき、荒い呼吸に喘ぐ。

 リミッターを限定解除した上でエネルギーを全開にした負荷は甚大だった。

 観測者として、一連の現象を認識し続けた戦兎の脳にはかつてないほどの負荷がかかり、マスクの下でも鼻腔から何かが垂れてきたのが分かる。

 パワードスーツ自体にも甚大な負荷がかかり、辛うじて物質化を維持しているが、全身各所にスパークが迸り、耐用限界を訴えている。

『……だけっ、どっ、……もうひと仕事……!』

 呻くビルドはゴソゴソと空のボトルを二本取り出すと、のそのそと振り返り、瓦礫の向こうに倒れるドラゴンスマッシュにキャップを差し向けた。

 ドラゴンスマッシュの身体から白い靄が立ち昇り、それらはたちまちビルドの握るエンプティボトルに吸い込まれてゆく。

 そのネビュラガスは凄まじい量だった。

 普通のスマッシュであればとっくに吸い込みきっているところを、未だにドラゴンスマッシュの身体からはガスが吹き出し続けている。

 戦兎はそれを見越してエンプティボトルを二本用意したのだ。

『……ぃよし』

 呟いて、変換されたトランジェルソリッドで満杯になったボトル二本のキャップをひねる。

 二本のボトルの胴の表面が蠢き、それは深い蒼に変色すると、それぞれ全く同じ龍の頭部を模した凹凸へと変化した。

『ドラゴンの成分、か。アホの成分が出てきたらどうしようかと思った』

 それでも軽口を叩きながらビルドはゆっくりと立ち上がった。

《タイム・アウト。システムデフォルト。セイフティ作動》

 ベルトの音声が告げると、スロットからラビットフルボトルとタンクフルボトルが勝手に弾き出された。

 パワードスーツが搔き消え、変身が解除された戦兎が宙に跳ね上がった二本のフルボトルを掴み取った。

「久しぶりにカラになるまで使ったなー」

 宙に摘み上げた、ほぼ空のラビットフルボトルを覗き込んで軽く振る。

 厳密には残量はゼロではなく、ほんの僅かだけ残ったトランジェルソリッドが軽い音を立てて踊った。

 これもビルドドライバーの安全装置で、装填されたフルボトルの中身が決してゼロにならないように設計されている。

「あ。忘れてた」

 ずず、と鼻をすすり、片袖で鼻を拭う。

 拭き取った袖には血がべったりと付いていた。

「あぁあぁ、やっちゃった」

 反対側の袖口でも顔を拭いながらポケットのハンカチを探る。

 ようやく取り出したハンカチで鼻の下を押さえながら、戦兎は瓦礫を踏み越えてそこに倒れているものに近付いた。

 それは、目を閉じてこそいるが、昏倒している万丈龍我に見えた。

 ところが、顔や両手など、露出した皮膚に部分的に白く硬質化した箇所がある。

 ──まるで、ドラゴンのウロコのように。

 着衣のあちこちにも、不自然な突起が見て取れる。

「さて。俺の目算だと、お前にはフルボトルにして三本ぶんのネビュラガスの受容容量があるはずだ」

 ハンカチを下ろし、代わりに両手にひとつずつ、別のフルボトルを取り出した。

 一方は深い琥珀色。ボトルの表面には日本の武者の兜のような刻印がある。

 もう一方は、ドス黒いもので満たされていた。それはトランジェルソリッドとも異なる物質に見え、かつ、ボトルの表面には何の刻印もない、つるりとした異形のボトルだった。

「普通じゃ考えられないんだけどな。まあ、その頑丈な頭蓋の中に脳ミソの代わりにガスが詰まってるとしたら、その異常な能力も、お前がアホなのも合点が行くよ」

 黒い方のフルボトルを見つめて、改めて龍我を見下ろす。

「何しろ前例が無いし、サンプルも一個しか無いからぶっつけで試行錯誤するしかない。いまネビュラガスを全て抜かなかったのは、もし全部抜ききると、ガスと共に生きてきたお前の体組織が死ぬんじゃないかと考えたからだ。だから、適量を残しとく必要があったワケだが、それでスマッシュになりっぱなしでも、遠からず死ぬ」

 戦兎は、まるで龍我が聞こえているかのように語り続ける。

「今のお前には、生存に必要な最低限度のネビュラガスが残されている。それが同時にお前をまだ半分ほどスマッシュ化させてもいる。今の状態のお前をいつものようにビルドでブレイクしちまうと死んじゃうから、お前を生還させる為に、さっき思いついた別の手を使う。起きろ」

 そして、まるで聞こえていたかのように倒れている龍我の目が開いた。

 禍々しい、赤い輝きを放ちながら。

『……ッッ!』

 その龍我が飛び起きて、戦兎と向かい合った。

 前のめりの体勢で歯を剥き、カギ爪のように曲げた五指をかざして唸りをあげる。

 それはまるで先ほどまでのドラゴンスマッシュそのままの様相だった。

「お前、まだやる事があんだろ。生きるんだろ? 俺もお前に用がある。……俺に賭けろ龍我! お前を元に戻してやる! 俺様の笑っちゃう天才っぷりを見せてやるから、かかって来い!」

『ーーーーッ!』

 龍我が、咆哮を上げた。

 

 戦兎は素早くビルドドライバーにその手のフルボトルを装填した。

 左手の琥珀色のフルボトルを、右側のスロットに。

《影武者!》

 続いて右手の漆黒のフルボトルを左側のスロットに。

 だが、なぜかビルドドライバーは二本目のフルボトルについては何も言わなかった。

「幻さんには言わなかった、Dテクターの強化案だ! 研究所のみんなにはナイショだよ!」

 とぼけた笑顔で嘯くと、ベルトのボルテックレバーを掴み、ぐるぐると回した。

 そのシークエンスは、これまでとは異なるものだった。

 エネルギーを組み上げたベルトが正面から透明のチューブを伸ばして縦横に絡まり、高速ファクトリー「スナップライドビルダー」を形成して、飛びかかってきた龍我を弾き返した。

 だが、その前後のランナーに形成された装甲は、前側も後ろ側も共に琥珀色だった。

《Are you ready?》

「変身!」

 前方に交差させた両腕を左右に振り払うと同時に、前後の装甲が戦兎を挟み込み重なり合う。

 そこに、全身琥珀色のビルドが現れた。

 が。

 パシ! と電気が弾けるような音と共に、ビルドの半身が弾け飛んだ。

 いや、右半面、左上半身、右足の装甲部分の色が漆黒に変化したのだ。

 そのセンサーアイは、左は斜めに張り出した武者の兜の額飾りと吹き返しを模しているが、右側は卵型の、特徴の無いただの楕円形になっており、アンテナ状の突起が一切無い。

『〜〜〜〜っ⁉︎ 効くー!』

 そのビルドが、両手で色が変化した右半面を、左の脇腹を押さえて身悶えする。

 ただし、再び飛びかかってきた龍我の攻撃は、身を翻してきっちり躱した。

『だけど、想定通りだ! 純度百パーセントのネビュラガスをエネルギーとして利用しつつ、その毒性を「影武者」の要素に文字通り肩代わりさせてるんだ! どうよ!この俺様の発・明・品ってハナシ聞けバカ!』

 野獣のように殴りかかってきた龍我の拳を、ビルドは片手でハエでも追うように打ち払った。

『ッッ⁉︎ 』

 それほど強力な反撃に見えなかったにも関わらず、龍我は困惑するように呻いて後退した。

 その打ち払われた手の、スマッシュとして変質していたウロコの一部が消えていたのだ。

『分かったか? ネビュラガスでジカにお前を殴りつけ、変質したところを部分的にブレイクしつつ、お前は俺のネビュラガスを補充する。いずれお前は元の人間に戻るって寸法だ!』

 最後まで聞かずに襲いかかってきた龍我の、脇をすり抜けて躱しつつ、その脇腹を殴りつけて身を翻した。

『ーーッッ!』

『まあ分かんなくてもいいや! さあ、好きなだけ暴れてみろよ! 止めてやるから!』

『ーーーーッ!』

 上に向けた指先でクイクイと招くビルドに、龍我は咆哮を上げて飛びかかっていった。

 

 レッドアラートをがなり立てるヘッドギアの中で、戦兎は半笑いを浮かべつつ歯をくいしばっていた。

(そりゃそーだ。毒浴びながら戦ってんだからな!)

 今こうしている間も、ネビュラガスが「影武者」の意味を付与された仮装装甲を内側から蝕み続けている。

 供給過多のエネルギーが、仮装装甲や擬似筋繊維、あるいは伝達経路そのものを焼いている。

 その異常に、システムが稼働停止をずっと訴え続けているのだ。

『うるさい! 強制実行! 強制実行だ!』

 そのシステムの制御に、加熱するアンダーウェアに、戦兎の消耗がより深く蝕まれている。

 その上、「影武者フルボトル」の中には、肉弾戦に付与すべき有利な意味がほとんど無い。

 だから、採取はしても、戦兎の提唱する「バイナリー・コンプレックス」には含まれないフルボトルだった。

 だが、龍我を巡る一連の事態の流れに気付き、途中で回収してきたのだ。──こういう使い道を想定して。

 今のこのビルド──否。今のこれはビルドにあらず。

 Dテクターの発展型改良案。名付けてPD(フィジカル・デコイ)テクター。

 このPDテクターで龍我に対抗し得るものは、パワードスーツのシステムに内蔵された徒手格闘の基礎プログラムによる補助だけだ。それに、着用者である戦兎自身の戦闘の経験値を加えてどうにか戦っている状態だ。

 その上、今の龍我が理性を失い、ネビュラガスの大半を奪われてパワーダウンしているからこそ、どっこいのいい勝負になっている。

 結局はほぼ同格程度なので、やはり油断はできない。

 龍我の蹴りを右足で受け止める。

 そこはネビュラガスに侵食された装甲部分であり、弾かれたのは龍我の方だった。

 キリキリ舞いする龍我の片足から、変質していた皮膚がぽろぽろと剥がれ落ちてゆく。

 だが、PDテクターもその内部では自壊を続けていて、ふらつく体勢を支えきれない。

 腕が、足が重い。

 スーツの倍力機構が、エネルギー経路が部分的に焼き切れているのだ。

『さあコラ! まだまだだぞ!』

 それでも戦兎は明るく叫んで、鈍い身体を引きずって飛びかかっていった。

 

「──ま、待った! まいった! 」

 あれからしばらく。不恰好な殴り合いが続いてやがて。

 コンクリートの床に転がされた龍我が、拳を握って迫るビルドに対して両手を振って喚いた。

「降参! こうさんだから! やめ!」

『──龍我……?』

 龍我をまたいで、震える拳を振り上げたビルド・PDテクターが怪訝に身動きを止めた。

 その龍我の瞳は、充血こそしているものの、通常の色を取り戻していた。

「さっきから痛えんだよお前⁉︎ もう大丈夫だからいいだろ⁉︎ 」

 元の、万丈龍我だった。

『……ははっ』

 喜色を浮かべたビルドは、屈み込んで龍我の胸倉を掴んだ。

『良かったー龍我ー!』

「……な、なんだよ……」

 ビルドの、戦兎の心底嬉しそうな絶叫に、龍我の返す言葉にもいつもの棘が無い。

「……まあ、その、また世話んなっ」

『でもまだだー!』

 ところが突如、ビルドが掴んでいた龍我のシャツを引き裂いた。

「うわー! なにすんだおまえー!」

『うるせー! まだ変質化した箇所が残ってんだよ! 背中出せ背中!』

「ぎゃー⁉︎ ぎゃー⁉︎ 」

 転がした龍我の背中に、ネビュラガスを纏った張り手を何度も叩きつけ、変質化したウロコが飛び散るたびに龍我の悲鳴が上がる。

「痛え⁉︎ いてえよ⁉︎ 」

『大の男が喚いてんじゃねえ! 大人しくしやがれ!』

 ばしばしと全身を丹念に叩かれ続け、やがて龍我が動かなくなった。

 ぷすぷすと煙が上がってすらいる。

『……よし。還元作業は成功だ! 天才様に拍手!』

「……おぼえてろよテメエぜってえあとでまとめてかえすからな……」

 ピクピクとゴキブリの断末魔のように痙攣する龍我の脇で、ビルドがフルボトルを引き抜き変身を解除した。

 その引き抜いたフルボトルを、戦兎はさりげなくポケットにしまい込んだ。

「なあに気にすんなよ正義の味方として当然の事をしたまでだ!」

「クソったれ、本気で「正義」とやらに虫酸が走ったぜ」

 龍我が、のろのろと上体を起こしてぼやく。

「……ところで、どうしてお前がここにいるんだよ? いや、助けてもらったのはありがてえけどよ」

 がしがしと頭を掻く龍我の、ズボンのポケットを戦兎が黙って指差した。片手で自分の尻を叩きながら。

「……?」

 龍我が身を捩って自分の尻ポケットを探ると、そこから見覚えのない丸い物体が出てきた。

 コインほどの大きさの、黒いプラスチックに見えるが、用途が読めない。

「発信機だ」

「……っ⁉︎」

 龍我は思わずそのプラスチックを摘み潰した。

「ヤツラのな。……ちなみに俺が仕掛けたのはコッチだ」

 しれっと、破いた龍我のシャツの裾の裏から別の小さい部品を取り出した戦兎に、龍我がプラスチック片を投げつけた。

 だがそれは戦兎が翻したシャツの切れ端に呆気なく打ち払われた。

「オマエラほんっとそういうの好きだなおい!」

「おいおい人聞きの悪いこと言うなよ。俺のは正義の行いで、ヤツラは悪者だからな?」

「……なんか大差ねえように聞こえんのは気のせいか……?」

 悪びれない戦兎に、龍我がぐったりと呻いた。

「まあいいや。助けてくれてありがとよ。こっちはまだやる事があるから、じゃあな」

 言って、立ち上がろうとした龍我の、額を戦兎の指先が軽く突いた。

 それだけなのに、なぜか龍我が再び寝転がされてしまう。

「なにすんだよ!」

「落ち着けよ。事態はもう、お前ひとりの手に余るところまで来ている」

「あ?」

 とりあえず座る姿勢に変えた龍我が怪訝に聞き返した。

「なんだよ、ウチの家庭の事情なんざ、お前には関係ないだろ?」

「さっきみたいにガス突っ込まれて変質して暴れたりしなけりゃな」

 相変わらず食えない薄笑いを浮かべた戦兎が龍我を見下ろして語る。

 だが、その瞳は笑っていない。

「その度にこの俺様が命懸けでお前を止めるより先に、それを回避する手がいっぱいあるんだよ。とりあえずお前、俺と一緒に来い。またさっきみたいな化け物になって、野垂れ死にしたくなかったら」

 差し出された手を、戦兎を、龍我は睨み返した。

「……そんな暇はねえよ。母ちゃんを攫われてんだ。早く助けに行かないといけねえんだよ!」

「探すアテがあるのか? この建物には他に誰もいないぞ。疑うなら、一緒に再確認してもいい」

「……っ⁉︎ 」

 龍我が唇の端を噛んで俯いた。

「……ありゃ嘘だったのかよ……⁉︎ 」

「ここの入り口に、壊れたタブレットが落ちてたけど、映像越しなら場所はどうにでもなるだろ」

 目を見開いた龍我がコンクリートの床を殴りつけた。

「ちくしょう! なんだってんだよ! 俺がなんかしたか⁉︎ ああ⁉︎ 」

「それこそ、癇癪を起こしてるヒマがあるかってんだ」

 戦兎が、差し出した掌をなおもひらひらと振りながら平淡に続ける。

「まず確実に敵はお前にまた接触してくる。なんらかの手を使ってお前が出てくるように仕向けてくる。そして、お前ひとりでノコノコ出て行っても、今のこの二の舞になる事は分かるよな」

 再び睨み返してくる龍我の眼光にも、戦兎の顔色は微動だにしない。

「俺と一緒に来れば、ただの二の舞にはさせない。なんなら、より効果的に事態をこちら側に引き寄せられる。なにせ正義の味方で大天才だからな。前にも言ったがただの善意じゃない。俺もお前に用がある。お前も俺を利用しろ。──だから、俺と来い」

 それは、龍我にはあまり見た覚えの無い表情だった。

 ──真摯な眼差し。

 チンピラとの抗争に明け暮れた生活の中で、そんな目をした人間は、闇医者の老爺と、母親だけ──

 思わず伸ばしかけていた自分の手を、驚いたように自覚した龍我は、再びその手を伸ばして戦兎の手を握った。

「──よし!」

 気勢を上げて戦兎が龍我を引っ張り上げて立ち上がらせた。

「……言っとくけど、お前を完全に信用したワケじゃねえからな」

「利用しろって言った」

 どこか拗ねたように言う龍我にも、戦兎の食えない笑顔は変わらない。

「……まあお前ごときバカ丸出しなアホに出し抜かれる俺様じゃねえけどな!」

「やっぱムカつくわお前!」

 叫んだ龍我が握った手を振り払うが、なぜか戦兎の手は外れない。巧妙に力を打ち消す方向に関節を捻られて手が離せない。

「てめ、離せコノ!」

「はっはっは、はいはい仲良しの握手〜」

「ざっけんなテメエ気持ち悪い!」

 しばらくそうして遊ばれた末、やがて手を離された龍我はだが転ぶ事なく体勢を立て直した。

「お前! 俺なんかに関わって、せいぜい後悔すんなよ!」

 ほぼ負け惜しみのように龍我が吠えるが、戦兎の薄ら笑いは揺るがない。

「生憎と、天才様は後悔するヒマなんか無いくらい忙しくてな。──行くぜ。ついてきな」

 あごをしゃくって振り返る戦兎に、龍我は──自分がなぜか安心している事に困惑しながら──出口に向かう戦兎を追って歩き出した。


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