ビルドリビルド 仮面ライダービルド at once A and B   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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02 紙一重のシリー・ウォーク

『十年前、我が国は未曾有の災厄に見舞われた』

 壇上で、グレーのスーツをぴしりと着こなし、口髭をたくわえた壮年の男が重々しく口を開いた。

 スピーカーから重く太く、通りの良い声が響く。

『我が国初の有人探査機による火星調査隊が、成果を持ち帰ったことは実に偉大な事だが、もたらされた火星の文明の遺産・パンドラボックスの異常反応により出現した壁・スカイウォールは我が国に甚大な被害をもたらした』

 広い会場に敷き詰められたパイプ椅子には、揃いの制服を着た非常に体格の良い人々が、やたら良い姿勢で着座し静聴している。

『壁直上とその付近にあった町・施設は打ち砕かれ、大勢の方々が亡くなられた。続いて噴き出した有毒ガスによって、壁から十キロメートルは今でも汚染され進入禁止区域となっている。

 更には、それによって我が国は三つに分断されてしまった』

 滔々と語る男が両手をついている演台には「氷室幻徳」と表記された名札が立てられている。

『被害はそれだけではなく。有毒ガスに汚染されて変質・凶暴化した野生生物が徘徊し、今でも進入禁止区域付近の町を、国民を襲うこともある。

 だが、防衛策も進んでいる。見たまえ』

 背後の巨大なスクリーンに映し出されたのは、どこかの寂れた街角。

 奥の建物の陰から異形の人影がノロノロと這い出てきた。

『あれが有毒ガス──通称「ネビュラガス」に汚染され変貌した害獣、通称「スマッシュ」だ。そして』

 画面手前から、ぞろぞろと揃いの黒い装甲服を纏った十数人の集団が現れた。

 腹には複雑な機械じみたバックルを据え付け、装甲板には幾重もの斜線が刻まれている。

『これが東都先端物質学研究所が開発した防衛作戦服「Dテクター」だ』

 スマッシュを取り囲み、有機的に陣形を組んだ装甲服姿──氷室幻徳曰く「Dテクター」たちは、各々細長い円錐形の穂先を持つ短剣を抜き出して一様に構えると、スマッシュへと飛びかかっていった。

『なお、スマッシュの腕力は自動車を片手で粉砕できる。それを踏まえて映像を見てもらいたい』

 今、スマッシュに殴り飛ばされたDテクターが背後のコンクリート壁を砕いて転がっていった。

 だがそれはすぐさま跳ね起きて再び戦場へと駆け戻ってゆく。

 おお、と会場にどよめきが起きた。

 やがてDテクター部隊の連携攻撃によってスマッシュは力尽き、膝を着くと地に倒れ伏す直前に大爆発を起こした。

『このように、脅威に対する装備は万全だ。だが、装着すべき人材が増えれば国民の護りもより盤石になる。諸君らにも、どうか東都の防衛に力を貸して欲しい。我々東都政府は諸君らの志願を待っている』

 

「氷室首相補佐、お疲れ様です!」

 所長室に戻る通路の途上で、鋭角な眼鏡をかけた白衣の男が出迎えた。

 胸を張ってはいるものの、痩せぎすの体躯は頼りなく、浮かべた満面の笑顔もどこか薄っぺらい。

「ここでは所長と呼べ。……おべっかも度が過ぎると若干ヒくぞ、内海室長?」

 氷室幻徳は親指を口髭の端に滑らせながら白衣の男──内海の前を通り過ぎた。

 程なく辿り着いた所長室のドアを開き、氷室に続いて、内海も入室する。

 室内中央のソファに向かう氷室を見送り、内海は入って数歩の所で後ろ手を組んで控えた。

 その間も、内海の作り物めいた笑顔は微塵も動かなかった。

「Dテクター隊員の志願者、集まるといいですね!」

「心にも無いことを言うな内海。おまえの傑作を大っぴらにできないもどかしさは俺も同じだ」

 振り返り、腰を下ろしてソファに深々と背中を沈めた氷室が、ハエでも追い払うように手を振った。

「葛城がいなくなった今、これ以上の改良発展が見込めないDテクターに成り代わるのは、おまえの発明だ内海。それは揺るがん。……それを聞きに来たんだろう?」

 言われた内海の薄っぺらい笑顔の口の端がさらに上がり、本物の喜色が加わった。

 それはまるで褒められた幼児のような無邪気な笑顔で。

「ヒ、ヒヒ。そうです。その通りです」

 内海は一転して歯が見えるほど笑んで何度も頷いた。

「僕は葛城なんかよりずっと優秀なんです! 「悪魔の科学者」達だって目じゃ無いです! ぽっと出の自称・天才とか言う紙一重野郎の桐生なんか論外です! 僕の発明が最高なんです! それを証明して見せますよ!」

「ああ。期待してる」

 興奮気味に盛り上がる内海に対し、氷室は変わらず冷淡に続けた。

 片手で眉間を摘み、目元をマッサージするフリをしてその姿を遮断する。

 正直この内海、三十路手前の男としては、科学者ゆえの変わり者だと言うことを差し引いても性根に難があり、その、困る。

 だからこう問いかけてやった。

「ところで内海。例の頼みについて、何か思い付いたか?」

 そう言った途端、内海の顔がたちまち不機嫌に歪み、口が「へ」の字に引き結ばれて静かになった。

 

 

 氷室幻徳首相補佐官は、同時にこの東都先端物質学研究所の所長であり、当然館内全てのマスターキーを所持している。

  「桐生研究室」と札がつけられたスライドドアの端末に片手をかざし、指紋とリストバンドの二重ロックを解除すると、静粛に展開したドアをくぐって入室した。

「……って、また物が増えてないか?」

 目の前に現れた、乱雑に置かれた無数の機材、用途不明・様々な形の謎の什器の群れに、氷室は一瞬だけ圧倒された。

 ここは元々もっと広大な部屋だったはずなのだが。

 おかげで部屋の向こうが全く見えない。

 すぐに気を取り直して奥へ進む。

「桐生! 桐生室長はいるか!」

「げ 」

 背の高い什器の隙間を掻き分けてようやく見通しの良い場所にたどり着いたところで、そこにいた白衣の若い女性が素っ頓狂な声で出迎えた。

 明るい色のウェーブヘアに艶やかなルージュと、白衣の下は魅惑的な肢体と派手めなスーツの、華やかな女性だ。

「……氷室所長。またわざわざ遭難しに来たんですか?」

「滝川君」

 互いに目が合ったその途端。

 氷室は両手で髪型を整え、口髭を撫で付けて居住まいを正した。若干斜めに構えてキメ顔を作る。

 それと同時に白衣の女性・滝川も白衣の前のボタンを全部留めてスカーフで口元を覆い、アピールポイントを全て封印してしまった。

「……やあ滝川君。今日のファッションも素敵じゃないか知的さと美しさがうなぎ登りだ」

「目ぇ腐ってんですかセクハラで訴えますよあと絶滅危惧種に謝ってください」

 それきり黙り込む。

 しばしの静寂の中、時計の針の音が白々と響いた。

 んん、とわざとらしく咳払いした氷室がキメ顔を解いて姿勢を戻した。

 だめかー、と小声で呻いてから顔を上げた。

「桐生室長はいるか?」

「端末で入出記録見れるじゃないですか」

 氷室が職務モードで問いかけても、滝川の半眼は解けない。

「あいつの場合、セキュリティが意味を成さない事があるからな。直接確認する必要がある」

「研究所の設備の管理不行き届きじゃないですか仕事してくださいよ総責任者」

 努めて普通に語りかけているのだが、滝川の辛辣さは留まるところを知らず、相変わらずにべもない。

 深々と溜め息を吐いた氷室は、降参したように両手を振って呻いた。

「オーケイ。じゃあまた勝手にフィールドワークに出かけたっきりなんだな?」

「そうでーす。電話かけても出ませーん」

 所長相手だと言うのに滝川の返事はまるで奔放な学生のようだった。

「無駄だと思うが、戻ったら連絡するよう伝えてくれ頼むお願い」

 滝川の微動だにしない半眼に、なぜか氷室の声が語尾に進むにつれだんだんと弱ってゆき、嘆願の色を帯びてきた。

 氷室が拝み打ちにした両掌を振りながら後退してゆき、スライドドアが閉じる音が聞こえるまで黙って見送ると、滝川はようやく口元のスカーフを下げ白衣の前を全開にして振り返った。

「はぁーウザかったー。桐生室長早く帰ってこないかなー」

「じゃーん! 戻ったっしょー!」

  にゅっ、という感じで、テーブルの端から満面の笑顔の男が飛び出した。

「ひゃ⁉︎ 」

 滝川が喫驚して飛び退いた。

 現れた男は、およそ二十代半ば、茫洋とした顔立ちで髪はボサボサ、若干猫背気味のヨレヨレ白衣とまるで偏屈な研究者そのものの出で立ちだったが、不思議とその目と表情には人を和ませる愛嬌と活力があった。

 胸の名札には「桐生 戦兎・桐生研究室室長」と書かれている。

「ど、どうやって戻ってきたんですかあ?」

「ん? 」

 この研究室は窓も無く、出入り口は厳重なデジタルロックのドアひとつだけ。この数分間に出入りしたのは氷室所長のみだったはずだ。

「いや別に。幻さんの背後にくっついて部屋に入って、死角をこうぐるーっと」

 言いながら、事も無げな顔で氷室が辿ったルートとは反対側の什器の群れを指差した。

「回ってきただけだよー」

 言うが、それは実際タイミングや足音など、プロのマジシャン顔負けの所業である。

「また館内記録に残らない出入りしちゃう桐生室長ってば素敵!」

 そして、それらを事も無げにこなしてしまうのも、自称天才桐生戦兎たる所以だった。

「そんな事より助手くん! 今日も大漁だったよー」

 言って白衣を左右に広げると、そこには小瓶が大量にぶら下がっていた。

「美羽、って呼んでくださいってばあ」

「ネビュラガスの化合成分と、分布のポイント。送ってあるデータと照合しながら整理してね! はい仕事」

 一転して甘ったるい声でしなだれかかろうとする滝川を無視して、目の前に小瓶の山を押し付ける。

「やーん、室長のいけずー」

「そうだ! 付き合いが悪いぞ桐生室長!」

 そこに、什器の陰から先刻退出したはずの氷室が再び両手をわきわきしながら現れた。

「げェーッ! 幻さん!」

 戦兎が思わず後退る。

 そしてそのまま屈み込んでテーブルの陰に消えた。

「いや、待てコラ桐生! なんで逃げるんだ⁉︎ 」

『だって、なんか俺を見る幻さんの目つきに貞操の危機を感じるからさあ!』

 氷室の問いに答える声が、何故かそこら中から乱反射して聞こえ、その位置が特定できない。

『ぶっちゃけ助手君と同じ目つきなんだもん俺こわいよー』

「やーん室長♪ 美羽って呼んでぇ♪ 」

「……そんな……俺、こんなか……?」

 隣で体をくねらせて嬌声を上げている滝川を見遣り、氷室は愕然としてうなだれた。

「い、いや誤解だ桐生室長! ホントに真面目な話だ! 無用には近づかんから頼むから話を聞いてくれ!」

 宥めるように両手を振って氷室が見えぬ相手に訴える。

「ほんとに?」

 その声は、先ほど消えた地点とは反対側の、背の高い棚の小窓から聞こえた。

 ぱかりと小窓が開き、戦兎が顔だけを出した。

 もの凄く疑念に満ちた眼差しで。

「あ、ああ。そのままでいいから聞いてくれ」

 どこからどうやって移動したのかは謎だが、戦兎の奇行は今に始まった事でもない。

 滝川の態度は努めて無視しつつ、氷室は居住まいを正した。

 

「Dテクターについてだ」

 改めて氷室は語り出した。

「なあ。本当に、強化の余地は無いのか?」

「無いですよ」

 戦兎はあっさりと答えた。

「前任者の葛城って人のデータで分かるところはアレで全部です。パワードスーツのスペックも、トランジェルソリッドによる擬似物質化を応用したスーツの出し入れも、全てネビュラガスの作用であり、装着者への毒性のリスクは現時点でギリギリ。これ以上の出力アップは命に関わる。出力不足は数の運用でカバーしてください……何度も言った通りです」

 戦兎が淀みなく答える。棚から顔だけ出したまま。

「だが、もしDテクターの数でカバーしきれない強いスマッシュが現れたら?」

「あ。じゃあそろそろ壁の根元を掘るんですね?」

 戦兎の即答に、氷室はほぞを噛んだ。

 さすが自称天才。わずかな会話の中からでも事の次第を見通してしまう。

「出力で言えば、ウツミンのところの「ガーディアン」がある。ウツミン俺には触らせてくんないから良く分からないけど、関節と機構の配置からしてアレ絶対合体して出力増強できるし」

 挙げ句、他人の研究をちょっと見ただけで機密事項まで看破してしまうのだ。

「そのガーディアンがあるのにまだDテクターに拘るのは……ガーディアンは全部、出張の大仕事があるから。例えば穴掘り。それでもし高濃度のネビュラガスを掘り当てたら……スマッシュへの影響は未知数だ。確かにスマッシュに強化されちゃったりしたら……厄介だね。民間への被害が拡大する。

 やめたら?穴掘り」

 滔々と、話していない真相と問題点を語り上げ、最後にはけろりとした顔で結論まで付け加えてしまう。

 優秀過ぎる頭脳に、氷室はつくづく舌を巻いた。

「……そうもいかんよ。壁の交差点の地下深くにはパンドラボックスが埋まっている。この十年間、そこにあると知りながら手出しできなかったものを、北都、西都が今にも掘り返すかもしれないんだ」

 氷室の話には、戦兎は首を横に振って応えた。

「いち研究者の俺が首相補佐官を止められるワケないっしょ。俺はやめたら、って思っただけ。だから、Dテクターについては責任者が責任持って運用でカバーしてね。以上!」

 言うや、パタンと小窓を閉じて戦兎は引っ込んでしまった。

「いや、それは分かってる! 今の話は建前だ!本題は別にあるんだ、桐生室長!」

 氷室の声に、棚の小窓がゆっくりと開いて、心底嫌そうな戦兎が再度顔を出した。

「……なあ、桐生室長。 例えば、ミックスジュースを、元のそれぞれの果実ジュースに分離する事はできないか?」

 氷室のそれは、子供じみた奇想奇抜な、しかしその眼差しは極めて真剣な、差し迫った問いかけだった。

 そのどこか必死な様子の氷室に対して、戦兎は。

「ムリに決まってるっしょバカですか幻さん」

 鼻の穴を広げて吐き捨てると棚の小窓をピシャリと閉じてしまった。

 

 

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