ビルドリビルド 仮面ライダービルド at once A and B   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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第2話 追いつけないランナウェイ
01 灰色のトレッキング


 果物の詰め合わせを買い込んだ龍我は、再び闇医者の廃病院を訪れた。

 地下階へ降りると、特に断ることもせず闇医者のオフィスを迂回する通路を周り、通路の奥の突き当たりにあるエレベーターの前に来ると、壁のパネルのボタンを押した。

 やがて静粛にドアがスライドし、龍我はエレベーターに乗り込んだ。程なくドアが閉じゴンドラが上昇を始める。

 このエレベーターは、この病院が通常稼働していた頃からあったもので、一部の特別な患者・従業員専用の隠しエリアである「中三階」に通じる唯一の出入り口だった。

 「中三階」は二階と三階の間にあり、窓はあるものの、外からは容易には発見しにくい巧妙な位置に設えられていた。それを闇医者がそのまま入院施設として再利用しているのだ。

 やがて「中三階」にたどり着いたエレベーターを降りて、龍我は通路を進み、果物でいっぱいのカゴをぶら下げていつもの病室のドアを開けた。

「よう、調子はどう……」

 室内の光景を見た龍我は、絶句した。

「おう。龍我」

 そこで妙齢の女性が、鉄製のベッドを頭上に持ち上げてバーベルの要領で上げ下げしていたからだった。

 腕や患者衣の襟元から垣間見える肌には隆々とした筋肉が盛り上がっている。

「──な、なにやってんだよ母ちゃん!」

 思わず果物のカゴを放り出して室内に駆け込む。

「おとなしくしてろって、ジジイも言ってただろ!」

「正確には「おとなしくしていた方がいい」と言ったんだ。それは「しなくてもいい」ということだろ」

 素っ気なく、それでもおとなしくベッドを床に下ろした女性・母は、窓際の丸椅子に腰を下ろすと取り出したタバコに火をつけた。

「──で、どうかしたのか。龍我」

 ふー、と白煙を吐き、事も無げに母が問うた。

 龍我は母に歩み寄り、口元に手を伸ばすが、その手を母の指先がやんわりと脇に押し退けた。

「……タバコも。身体に悪いだろ」

「ほざくな小僧。母の心配をしようなんざ十年早い」

 龍我が半眼で言うが、あっさりと一蹴された。

「それよりも、アレ」

 それどころか口元のタバコをぴこぴこ振りながら入り口の惨状を示唆する始末である。

「果物がもったいない。こちらへ持ってこい」

 そこには先ほど龍我がばら撒いた果物とカゴが散らばっていた。

「母ちゃんが無茶してっからだろ……!」

 そちらと母の顔とを見返し、理不尽に煩悶としながらも、龍我は結局入り口に戻って床の果物を拾い集めた。

 龍我が持ってきたカゴからリンゴを取り上げた母は、リンゴを服の裾で拭いながら、脇の棚からナイフを取り出すと皮を剥き始める。

 その間、龍我はおとなしく向かいにパイプ椅子を置いて座っていた。

 螺旋状に舞い落ちる赤い帯の流れを、しばし見送る。

 やがて皮を剥ききった母が、リンゴの一部をナイフで削ぎ切り、それをナイフに乗せたまま龍我に突き出した。

 そのリンゴ片を摘まみ取ると、母はもう一度リンゴを削ぎ切り自分でも一口かじった。

 やがて、龍我がゆっくりと口を開く。

「……なあ、母ちゃん。ここ出てさ、どっかでゆっくり暮らさないか」

「ん。いいんじゃないか」

 あっさりとうなずいた母を、思わず見返した。

「いいのかよ!」

「別に、もう発作は起きてないし。龍我がいいなら、母ちゃんもいいよ」

 もう一切れリンゴを切り出し、事も無げに言う。

 ──母は、自分の意図を、その意味を分かっているのだろうか……?

 喉元まで出かかった言葉をすぐさま飲み込んで、別の話に切り替えた。

「じゃあさ!どこに行く? 温泉のあるところとかさ!」

「そうだねえ……」

 母は、ナイフをサイドテーブルに置き、タバコをつまんで白煙を吐き出した。

 窓の外を眺め遣り。

「まあ、ゆっくり歩きながら探そう。昔みたいなバタバタは、ゴメンだしね」

「うん……」

 母の言う「昔」を思い出し、渋面になってうつむく。

「……ごめんな。龍我」

 ぽつりと呟いた母に、龍我は顔を跳ね上げた。

「母ちゃんは悪くねえよ! アイツらが悪いんじゃねえか!」

 その「昔」の思い出は、忌々しい事ばかりだったから。

「それと、あと、俺が、俺が……」

 そして、突き詰めれば龍我自身が悪いのだと龍我は思っている。

 それが母をこんな窮状に追い込んだのだと。

 胸を焦がす黒い炎に息を詰まらせていると、母がその手を龍我の頭に乗せた。

 それはとても優しくて心地よい感触で。

「そんな風に思い詰めるんじゃないよ。お前のせいじゃないって、母ちゃん何回も言ったろ?」

 母の手が龍我の頭を撫でる。

 すると、あれほど猛っていた龍我の心が落ち着いてきた。

 昔から変わらない。いつもと同じ手触りだった。

「……うん」

「あんたはカッカとしやすいからね。気をつけな。そういう気持ちは身体を壊すから」

「うん」

 それも、昔からずっと繰り返し言われた言葉だ。

 龍我は、かつてと同じく、おとなしく返事を繰り返すしかなかった。

 

 

 謎の多脚機械を追跡していたビルドはいきなり行き詰まっていた。

『いやいや、困ってませんよ? だって俺天才だもの』

 虚空に向かって掌を振って独りごちる。

 緑深い森の中、点々と続く、地面を抉る多脚機械の特徴的な足跡を辿っていたところ、突然その続きを見失ったのだ。

 いや。正確に言えば、足跡は続いている。

 ただし、四方八方に無数の足跡が入り乱れていたのだ。

『なるほど、追跡を撒くために、あの偽ガーディアンが分離して、それぞれ人質を抱えてバラバラに逃げたってか』

 ビルドの高精細な視覚センサーは、地面に穿たれた足跡をひとつひとつ明瞭に見分けてみせる。

 それによれば、この足跡は偽ガーディアンのものだけで、それ以外の、例えば大人の男の靴の跡などは一切無かった。

 つまりは拘束して抱えて移動しているのだろう。

 偽ガーディアンの足跡は、その基本重量に比して一般的な成人男性ひとり分ほど深くめり込んでいた。

 そして、それら足跡が、あちこちへと伸びているのだ。

 その数三十以上。合体して多脚輸送機械を構成するのに必要なガーディアンの数だ。

『だからって、行き先はひとつでしょ。あんなに目立つロボットを置ける場所なんて、政府に知られずにそんなに用意できるもんか』

 だから、無数の足跡の、どれかひとつを辿っていけば済むハナシなのである。

『さて、問題は、どの足跡を追っていくか……』

 両手の人差し指をこめかみに突きつけ、ぐりぐりと捻って呻く。

 自分で言った通り、悩むまでも無くどれを選んでも辿り着く場所は一緒なのだが。

 なぜかビルドは懊悩していた。

『……よし!コレだ!』

 ずびし、とあるひとつの足跡を指さし、その続きを追ってビルドは駆け出した。

 

 

「……ん?」

 病室で、母と果物を頬張っていた龍我が着信音に気付いて顔を上げた。

 果実のひと欠けを口に押し込み、懐から引き抜いたスマートフォンのディスプレイを見ると、そこには「非通知」の文字が表示されていた。

(まさか、仲間を拉致した犯人……⁉︎)

 思わず椅子を蹴って立ち上がるが、そのディスプレイに異変が起きた。

「非通知」の文字がドットノイズにぼやけ、文字入力カーソルに変化すると、龍我の見ている前で異なる言葉を打ち始めたのだ。

 龍我は何も操作していないのに。

「……なんだ?」

 やがてディスプレイに、「仮面ライダービルド」の文字列が現れた。

「ざっけんなッ!」

 思わず着信ボタンに指を滑らせて怒鳴りつけていた。

「テメエか!俺のスマホに変な細工してんのは!」

『イエーイ! 仮面ライダービルドだよ!』

 スピーカーからは、先刻出会った赤と青の装甲服姿、本人曰く言う所の仮面ライダービルドの脳天気な声が聞こえてきた。

「そう言えば、伝え忘れてた俺も俺だけど、テメエ何で俺の番号知ってんだよ!」

『えー? 適当に番号押したら繋がったよ?』

「イミわかんねえよどうやって俺の番号を調べた!」

『はははバカだなあ電話なんだからどこかに繋がるに決まってんじゃん俺天才だよ?』

「……じゃあせめて凡人にもわかるように説明してくれよ本気でわからねえ」

 龍我がぐったりとうずくまった。

『まあどうでもいいじゃん』

「よ く ね え よ !」

『あとリモート操作でお前のスマホに勝手にアドレス登録したのもどうでもいいじゃん。それより、拠点見つけたぞ』

「どっ……ッ……!」

 自称・天才様のアレっぷりに、指摘が追いつかないし、何を言っているのか分からない。

 どうにか意識を保って最後の言葉に噛み付いた。

「……どこだよ」

『いま案内を寄越すから、それについて来な』

 言うと、通話は一方的に切られてしまった。

「おい! 待てコラ! おい!」

 スマートフォンに怒鳴りつけるが、反応があるはずもなく。

 その時、コツコツとガラスを叩く固い音に顔を上げると、そこの窓の外に、何かが羽ばたいて滞空しているのが見えた。

「……?」

 よく見ると、機械の鳥のように見えた。

 いや、ドラゴンか。

 およそ鳩ほどのサイズの飛竜型ロボットが、窓の向こうで顎をしゃくっていた。

「……悪い、母ちゃん、ちょっと行ってくる!」

「おう。行っといで」

 母は細かく問い立てはしない。

 いつも通りの見送りの言葉を背に、龍我は病室を駆け出していった。

 母の、どこか微笑ましげな眼差しには気付かずに。

 

 病院の玄関から飛び出すと、そこに先ほどの飛竜型ロボットが舞い降りてきた。

 しばし龍我の頭上で旋回すると、一方へと飛び立った。

「ついて来い、ってか」

 道路へ駆け出し、その後を追う。

 龍我自身に自覚は無かったが、その飛竜型ロボットは、通行人の視線の死角である高空を飛翔しており、かつ龍我を置き去りにしない程度の速度を保っていた。

 おかげで通行人の誰ひとり飛竜型ロボットに気付く者はおらず、龍我も憚ることなく移動できている。

 やがて、オフィスビルが集まる区域の、路地裏のとある一画に飛竜型ロボットは舞い降り、電柱の上に着地した。

 ここに来るまで結構な距離を走ったはずだが、荒く息を吐く龍我にそれほどの消耗は見られない。

「……どこだよここ……」

 訝しげに周囲の近代的なビルを見回す龍我の肩を、背後から何かがちょいちょいとつついた。

「っ⁉︎ 」

 素早くファイティングポーズを取って振り返ると、そこにはどこかヨレヨレした感じの男が立っていた。

「よう! 」

 快活に手を振るその男に、龍我は見覚えがあった。

「ああー! 佐藤太郎!」

 思わず指差して絶叫する。

 なぜかその男が肩をコケさせた。

「超人気ビューチューバーの! ツナ義ーズの! ええー! 」

 満面の笑顔で叫んだ龍我は、あたふたと懐をあちこちまさぐり。

「やべ、なにもねえ! あ、あの、このシャツのここんとこに、サインを」

「いっぺん待って黙りこくれバカ」

 慌ててシャツの裾を引っ張って広げる龍我に、その佐藤太郎と思しき男は冷たく吐き捨てた。

「俺は佐藤太郎さんじゃねえ。よく似てるって言われるけど別人だよ」

「……え? 」

 龍我はきょとん、とその顔を見直した。

「……いやー、え、でも、そっくりってか、瓜二つだし、……えぇ? 」

 しげしげと顔を眺め回す龍我の前で、その男は深々と溜め息を吐いた。

「あーもー」

 言うと男は、やおら体勢を斜めに構えて、摘んだ右手で頭上を斜めになぞり上げると、その手をパッと広げて見せた。

「ああー! さっきの赤青のやつ! 」

 それは、先刻の仮面ライダービルドを名乗る装甲服の、決めポーズだった。

「なんでこのタイミングで芸能人が出てくると思ったんだよ。俺だって分かれ」

「フルフェイスのメットかぶってて分かるかボケ!」

 心底忌々しそうに呻く男に、龍我は遠慮なく怒鳴りつけた。

「ややこしい顔しやがって、なんであの赤青の格好じゃねえんだよ」

「目立つからに決まってんでしょうが。たまには頭使いなさいよ」

 男は完全にアホを見下すような呆れ顔で言った。

「てっめ……」

 度重なるフラストレーションに、つい龍我は右拳でジャブを放っていた。

 それは半分ツッコミのつもりではあったが。

 しかし、男は避ける素振りすらせず龍我の拳を待ち受け、左顔面でそれを受け止めた。

「っっってえええ⁉︎ 」

 ところが、拳を抱えて無様に転げ回ったのは龍我の方だった

「な、なんだテメエの顔⁉︎ 鉄か何かでできてんのか⁉︎ 」

 小揺るぎもしなかった男が、ニヤリと笑い。

「見たかよ俺の発・明・品! 今の俺は戦車並みに硬いぜ?」

 懐から青い小瓶を取り出すと、目の高さに振って見せた。

「それと、やっぱりネビュラガスの無い所だと、あの能力は使えないらしいな」

 男が差し出した右手を打ち払って、龍我は立ち上がった。

「だから何だよ。ガス無しでも普通の人間なら一発で病院に送れるぜ?」

「あのロボットはどうだ? あれも病院に送れるか? 」

「ロボットが行くのはスクラップ場だろ。……まあ、キツイな」

 男の問いに、やや言いづらそうに答える。

 そうだ。仲間を助けるためにここまで来たが、ここは龍我にとってアウェイだった。

「だからってナメんなよ? 俺の仲間は、俺が助けるからな!」

「ああ。その意気だ。……ところでお前、ゴリラとパンダ、どっちが好きだ?」

「は? 」

 唐突な問いに、首を傾げる。

「……まあ、パンダかな」

「可愛い趣味してんな」

 薄く笑って言った男が、別に取り出した白い小瓶を放ってきた。

 思わず受け取ったそれは、まるで真珠のように真っ白で、胴の部分がパンダの顔のような形状をしていた

「……なんだこれ」

「お守りだ。俺の発明品。今だけ貸してやる。行くぞ」

 言って男が歩き出した。

 ところが、数歩歩いたところで唐突に立ち止まると、再びこちらを振り向いた。

「なんだよ」

「あと、俺は仮面ライダービルド・桐生 戦兎だ。よろしくな!」

「……おう」

 正直、男の素性などどうでも良かったから、龍我は生返事を返して、男・桐生戦兎が差し出した握手の形の手も無視した。

「なんだよ、名前くらい教えろよ万丈 龍我」

「知ってんじゃねえかよ!」

 だが結局龍我は思わずその手を打ち払っていた。

 

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