ビルドリビルド 仮面ライダービルド at once A and B 作:鉄槻緋色/竜胆藍
遠くから響いてくる、廊下を打つ幾重もの打突音に、闇医者の老爺はゆっくりと顔を上げた。
それは、この廃病院にあっても異常な音。
いかにも足音めいたリズムだが、規則正し過ぎてまるで人のものとは思えない。
「……ふん」
それが何者かは知らないが、どうせロクでもない連中だろうことは間違いない。
裏稼業をしていれば、いずれどこかで「そういう連中」に出くわすだろうと思ってはいた。
だから老爺は革張りの椅子に深く腰掛けたまま、それを待ち受けた。
やがて老爺のオフィスに現れたのは、鋭角のメガネをかけ白衣を纏った痩せた男と、それを先頭に付き従うロボット兵の群れだった。
なるほど足音が固い訳だ。
それらは東都政府直轄防衛装置「ガーディアン」に酷似していたが、微妙に仕様が異なることを、老爺は見た瞬間に看破していた。
何しろ本物のガーディアンになど、ここに来る用事がない。
「こんにちワ……」
先頭の薄笑いを浮かべた白衣の男が、メガネのブリッジを指先で押し上げながら言った。
不気味は不気味だが、どこか覇気に欠ける声と態度だった。
「……こんな寂れた病院に何の用だ。ウチじゃロボットなんか診てねえし、脳の病気なら他所へ行け」
老爺は素っ気なく返した。
「ここであの母子を預かっているのは分かってるンだヨ。おとなしく渡してもらおうカ」
メガネの男は、老爺の言葉を無視してどこか奇妙なイントネーションで言った。
──やはり龍我とその母が目的か。
胸中で嘆息した老爺は、白衣の男を観察した。
まるで人との対話に慣れていないかのような言動。人の事は言えないが、よほど偏屈な人物だろう事は見て取れた。
要は、成長の無いまま歳だけ取った、幼稚な人間。
メガネの男をそのように見なした老爺は、嘲るように吐き捨てた。
「ガキの遣いもできねえボンクラが! 帰ってオフクロのチチでもしゃぶってやがれ!」
一息に吼えた老爺が、デスクの下のスイッチを押し込んだ。
同時に天井のダクトからドス黒い煙が吹き出して部屋中に充満してゆく。
──コイツらは、たいした連中じゃねえ!
龍我の母に用があるなら、勝手に家捜しでもすればいいだけだ。
確かに「中三階」は分かりにくい構造だが、別に魔法で隠れている訳でもないのだから、外壁伝いに探せば簡単に見つけられる。あのロボットならそれができるはずだ。
それをせずに、わざわざこの老いぼれに断りを入れに来たのは、リーダーである男がその考えに及ばない低能である事と、このロボット共が指示なしでは何もできないポンコツだからだ。
──だったら、この場でオレもろともガスでオダブツにしてやる!
いま室内に吹き出しているのは、切り札として溜め込んでおいたネビュラガスだ。
密室にこれだけ充満させれば、常人ならたいして経たずに重態に陥り、やがて死に至る。
後に残るのは木偶人形だけだ。
ところが、白衣の男は不気味にメガネを光らせ、口の端を歪に吊り上げて嘲笑を吐いた。
「アハッ! アヒッ、ヒッ、クヒッ!」
煙にむせているのとは違う、引きつった笑い声で肩を震わせている。
「セッカチなジジイだなあ! 折角カネだって持ってきたのにさア!」
「……な、に⁉︎ 」
白衣の男は充満したネビュラガスの中でも何ら痛痒無く哄笑していたのだ。
それを証明するかのように、白衣の男は老爺の前で大きく胸を膨らませ、深呼吸して見せた。
「あいにくと、呼吸には困らない身体でネェ! 逝くならジジイてめえ独りで逝きナ! ィヒャハハ!」
裏返った声で哄笑する男に、老爺はひとつ失念していた事に気付いた。
──なるほど、自分の力を誇示したがるガキ、だったかよ!
だから、わざわざこの老いぼれに断りを入れに来たか。
(クソッタレが! )
だが、事の異常は上階にも伝わっているはず。
今のうちに龍我の母が逃げてくれれば、この老いぼれの命も無駄ではない。
(逃げてくれよ! )
喉と肺を蝕む激痛に呻きながら、祈る。
その時、オフィスの脇のドアが派手に吹き飛んだ。
それは、メガネ男の後ろにいた偽ガーディアン数体を巻き込んで反対側の壁に突き刺さった。
「な、なんだあ⁉︎ 」
狼狽したメガネの男がそちらを振り向く。
たった今ドアを失ったドア枠を、患者衣を纏った女性がくぐって現れた。
「バカヤロウ! なんで逃げねえ!」
老爺が絶叫した。
のそりと現れた龍我の母は、室内を悠然と見回して握り合わせた拳を鳴らした。
「なんだ。ガスなんか撒くから、私への出撃要請かと思ったぞ」
言いながら、そこにいた偽ガーディアン数体をまとめて殴り飛ばして粉砕した。
龍我の母の両拳の周囲に、ネビュラガスが集積して渦を巻いている。
「それに、飛んで火に入るゴミ掃除とは好都合だしな」
老爺を振り向いた龍我の母は、薄く、寂しげな笑みを浮かべて片目を瞑った。
(お前、やっぱり長くねえのか──!)
龍我の母の意図を察知した老爺は歯噛みした。
──彼女は、龍我に累が及ばないよう、ここでこいつらを片付けるつもりだ!
「ケヒヒッ!」
引きつった嘲笑を上げて、白衣の男がメガネのブリッジを押し上げた。
「ヘヒッ! モルモット風情がァ、ほざくんじゃなあいッ!」
絶叫し、片腕を派手に振り回す。
「ボンクラだのゴミだの、オマエら凡俗がァ、天才に向かっ」
構わず龍我の母がメガネ男を殴り飛ばした。
戦兎が追跡の成果として龍我を導いたのは、コンクリートで整備された大型河川に繋がる水路のひとつだった。
都市の地下に網目のように張り巡らされた水路は、地上の経路を無視してあらゆる場所に出入りできる。
「例えば、秘密のアジトとかな。 もちろん、基本的に関係者以外立ち入り禁止だけどな」
「この奥に、ウチのヤツらを拉致ったヤツがいんのか?」
水の流れを挟む足場をせかせかと歩く。
円形の通路には等間隔に蛍光灯が灯されており、多少薄暗くとも移動に支障は無い。
「ところで、パンダって熊の一種なの、知ってるか?」
「え? そうなのか?」
唐突な戦兎の話に、龍我が心底意外そうな顔をした。
「いやいや、あんなに可愛いのに、アレが熊と同じワケねえだろ」
「哺乳綱・ネコ目・クマ科の動物だよ」
「は? なんでネコが出てくんだよ」
「もしもパンダを真っ黒にしたらどうなるか、想像してご覧よ」
龍我の疑問を無視して、続きを振る。
龍我は深く追求すること無く、首を傾げて想像にふけった。
しばらく二人の足音だけが響く。
「……ほぼクマじゃん」
「だろ? 大人のジャイアントパンダを怒らせたら、人間なんか一発よ」
カギ爪のように五指を曲げた片手を振るいながら言う。
「へえ〜……あんなに可愛いのになあ……」
うんうんと、龍我が心底感心したようにうなずく。
と、そこではたと気付いたように顔を上げた。
「なんでパンダのハナシになってんだよ!」
「さっきお前に貸したボトル」
後ろで怒鳴る龍我に振り返りもせず、歩く戦兎は片手の指先を振って。
「あ? 」
言われた龍我は懐から先ほど受け取った白い小瓶を取り出した。
「そう言や、これ何なんだよ」
「それが俺の発明品のひとつ! 「フルボトル」って言ってな」
やおら立ち止まって振り返った戦兎が、自らも青い小瓶を大仰に振って見せた。
もの凄く自慢げな笑顔で。
小瓶の中身がカタカタと小気味良い音を立てた。
「俺が持ってるコレには、「戦車」の成分が入ってる! フルボトルは、触れている間に限り、持ち主に中の成分の意味を付与する効果があるんだ! 」
それが、龍我の拳を鉄板のように跳ね返した現象の答え。
戦兎の表皮を戦車の装甲のごとき堅牢に変化させたのだ。
「で、お前に貸したそれは「パンダフルボトル」って言って、「パンダ」の成分が封入されている」
「へぇ〜……」
言われて、龍我がしげしげと白い小瓶・パンダフルボトルを見回す。
「……で? 」
「さっきのお前の質問に答えてんだよ。なぜパンダの話をしたか言うと、お前がパンダフルボトルを使えるようにする為だ」
言って、振り返った戦兎が再び歩き出す。
「フルボトルの中のトランジェルソリッドの精製にはネビュラガスを利用している。ネビュラガスには人の精神と干渉する性質があってな、意味を付与してエネルギーに指向性を持たされたネビュラガスは、持ち主の認識と相互干渉して封入された成分のあらゆる意味を再現するんだ。で、」
途中でふと振り返ると、何故か龍我が立ったまま白眼を向いて泡を吹き始めていたので、戦兎は一旦言葉を切った。
「……まあ、要は、ネビュラガスが無い環境でも、お前ならそれを使えば、パンダぎみの腕力を発揮できる、と言うことだ」
「…………お、おお」
ようやく意識を取り戻した龍我が辛うじてうなずいた。
それは龍我にはまるで理解できない魔法めいた話だったが、殴りつけた戦兎の顔面が鉄のような感触だったのも事実。
龍我は試しにその手の白い小瓶・パンダフルボトルを軽く振ってみた。
すると、シャカシャカと小気味の良い音が鳴り。
ほんのりと、微かにネビュラガスの気配を感じた。
両腕に、いつもと違う力がみなぎってくる気がした。
「……にしても、そのイキッたナリで可愛いパンダちゃんが好きかー」
「うるせえよ!」
思わず殴りつけたコンクリートの壁が粉々に砕け散った。
「うわ⁉︎ 」
当の龍我が驚いて飛び退いた。
その拍子に足場を踏み外し、そこの水路に落ちてしまう。
「うわああ⁉︎ 」
辛うじて転倒こそ免れたが、水路は膝ほどの深さがあり、龍我はひどく狼狽してざぶざぶと反対側の通路までつまずいていった。
戦兎の仮借ない爆笑が轟いた。
「っはっは! 凄い効果だな龍我! 「パンダは水遊びが好き」ってところまで再現したのか? 」
「うるせえよ!」
赤面した龍我が水路の水を蹴散らすが、戦兎はそそくさと退避してしまう。
「テメエのびっくりドッキリの発明品のせいじゃねえか!」
「んん〜流石は俺の、発・明・品!」
「言ってろ!」
戦兎が差し出した掌を打ち払って、龍我は自力で通路に這い上がった。
「お前のそのネビュラガスを操るのは、お前の仲間にもできるやついるのか?」
「あ?」
通路は長く、二人は未だ変わり映えしないコンクリートの水路の中にいた。
「いんや。俺だけだ」
通路を歩きながら、龍我がぶっきらぼうに答える。
「あいつらは、町のやつらみたいにガスのある場所にいて具合が悪くなったりしないやつらだ。他に行き場所が無いから、ガスのある地域にタムロしてんだよ」
「ふーん」
それからしばらく二人分の足音だけが響く。
「って、何で俺の話させてんだよ!」
「キレるの遅くない⁉︎ バカなの⁉︎ 」
龍我のパンダのごときパンチを戦兎がひょいひょいと避ける。
「お前の話も聞かせろよ! 不公平だろうが!」
「え? なに? 天才の俺に興味津々?」
「うるせえ! 吐け! 俺と同じだけ吐けこの!」
「ははは分かったわかったしょーがないなー」
拳の連撃をくぐり抜けて間合いを広げた戦兎が、くるりと振り返って大仰に両腕を広げた。
「俺は、天才科学者・桐生 戦兎!」
「他にっ!」
龍我が一喝した。
「えー? 好きなものは、ウサギと戦車! 仕事場の裏庭のケージでウサギ飼っててな。みんな可愛いぞ! あと俺記憶喪失でさ、一年前以前の記憶が無いんだ」
「……は?」
龍我があんぐりと口を開けた。
「……じゃあ、お前の名前と、その、科学者の頭は?」
それは、記憶喪失でありながら、なぜ名前を自称し、発明品を開発できる知識があるのか、という疑問。
「さあ? 科学者としての知識はぼんやり残ってたな。名前は、身元引き受け人が付けてくれた」
龍我が訝しげに、前を歩く戦兎の横顔をしげしげと覗き込む。
「……なあ、やっぱお前、佐藤太郎なんじゃねえ? 佐藤太郎もだいぶ前から動画更新してねえし」
「身内にも、佐藤太郎のファンがいてさ、同じこと言われたことあるけど」
戦兎は歩調を変えずに、苦笑顔だけを振り向けて。
「科学の知識の出所が説明できないだろ」
「めっちゃ勉強したとか」
「本当に佐藤太郎のファンかお前」
呆れた溜め息を吐いて戦兎は前を向き。
「俺もツナ義ーズの動画見たことあるけど、佐藤太郎にこういうのは無理だろ」
取り出した青い小瓶・戦車の成分を封入したタンクフルボトルを振って言った。
「そりゃまあ、その通りだけど」
それでも龍我は怪訝な顔で首を傾げていたが、結局戦兎を追って歩き出した。