リブルアーチでのお使いを終えたマルチェロ一行。今度は雪国オークニスを目指します。
「マルの旦那ぁ、オークニスは雪国なんですよね。俺、寒いのは苦手だ……近道でもないものか……」
オークニスへは国境のトンネルを抜けなければたどり着きません。ルーラできないとすれば、それが一番の近道でした。
「ヒーッ! 寒い寒い……トンネルも凍ってますぜ……」
「兄さん、ゆっくり行きましょう。滑ります」
ドルマゲスが寒い寒いを連発しながら先導し、レオパルドはしっかりとマルチェロを誘導します。北風の待つオークニス。トンネルの内部は寒いとはいえ、雪も入ってこない安全地帯と言えましょう。
マルチェロは考えます。
──殺めた賢者に女神の秘宝を届けるというこの旅。ドルマゲスもレオパルドも、旅が進むにつれ落ち着いてきている。それは、懺悔が賢者に届いたのか……女神が許したもうたのか……。
何かを吹っ切ったようなドルマゲスの表情。いえ、普通の人にはわかりませんよ。あの奇抜なメイクの下に隠された表情なんて。一緒にいたマルチェロだからこそ、わかったこと。……ただし、ドルマゲスが掴んだであろう「何か」が何なのか、今のマルチェロにはわかりません。
──レオパルドもメディ婦人に女神の秘宝を捧げたらわかるのだろう。私はサヴェッラで何を感じるのだろうか……。
寒さのせいでしょうか、マルチェロは先ほどからずっと、自分の行く末が気になり、ネガティブ思考になっています。でも、そんな気配を表には全く出さないマルチェロでしたので、レオパルドもドルマゲスも当たり前のように先へ進みます。
「……兄さん、ところで、ベルガラックの後、勇者に会いませんね。」
「ああ、そうだな」
これまで何度もニアミスを起こし、頭痛に悩まされたマルチェロです。彼らのことなんてすっかり忘れていたのに、ドルマゲスのせいで思い出してしまいました。なんだか頭も痛くなってきた気がします。
──そういえば、あいつらはベルガラックに現れた魔物を倒したのだろうか……。
「それから旦那、勇者が危機の時は俺たち、助けに行かなきゃならないんですよね? まだ一度も助けに行ってないですが、勇者は強いから俺たちの力はいらねえんですかねえ」
──そう言えば、女神は確かに「勇者がピンチの時は助けなければならない」と言っていたが……。
「勇者にピンチが訪れていないってことですか?」
「さあ、わからん」
──我らの助けなどなくとも、戦い続けているのか……。あるいは戦いを避けているのか……。
そう思いながらも、「戦いを避けている」に5000ゴールドだな、と一人賭けをしているマルチェロです。まあ、マルチェロでなくとも避けているほうに賭けたくなるでしょうね。リーダーがあのぽーっとした顔のエイトさんですから。
「兄さん、トンネルを抜けます」
「そのようだな。視界が明るい。レオ、気をつけて進んでくれ」
「アイサー」
トンネルを抜けると、そこは猛吹雪のまっただ中でした。
「ヒーッ! 何だこの寒さは!」
「ちっ! 先が見えねえ……兄さん、引き綱を短く持って下さい。そしてしっかり俺の後ろ……うわーっ!!」
「ぎゃあーーッ」
ズザザザザザーー!
爆音とともに、右手の山から雪崩が一行を襲います。
* * * * *
ポッポッポッ
ポッポッポッ
何の音だ? 湯が沸いているのか? 暖かい……。
「クゥン」
──レオか?
「旦那ぁ……」
──皆、無事ということか。
──確か、雪崩に巻き込まれて……そして……。
「…よ、…子よ……」
──誰だ? 私に話しかけるのは?
「人の子よ……」
「もしや女神? 女神なのか?」
「お前はまた、私の世界と人の世界の間に来ました」
「どういうことか? レオとドルマゲスはどうしたのだ」
「しかし、このようなことで私の秘宝を届ける使命を止めることはできません」
「私は死んでいるのか?」
「今、一度、人の世に帰るがよい」
「やはり、死んだのだろうか」
「我が使命を忘れてはなりません」
「レオはどこだ! 何も見えん……」
「さあ……ゆくのです」
「女神よ! 教えて下さい!」
「えっ? 何ですか、急に? 私は忙しいのです。お前が父と呼んでいるオディロが毎日毎日お前のことをあれこれうるさくて、用事がちっとも進みません」
「それは申し訳ない……。……で、一つ聞きたいのだが……」
「全く、師父も師父なら弟子も弟子……」
「女神よ、勇者のピンチには、我らはどうやって訪れたらよいのか……。勇者一行には姿を見られてはならぬと言ったのは、女神よ、貴女だ。どうやって……」
「……ああ、そのことですか。それは気にしなくてよろしい。勇者が、誰かに戦いの手伝いを望んだとき、その時こそ、戦場に赴くのです。特別な呪文によって呼ばれますから、安心なさい……さあ、行くのです!」
マルチェロは夢の中で女神との微妙に噛み合っていない会話を終え、目を開けました。見えてませんけど……。
* * * * *
「旦那ァ!」
「ウォン(兄さん、よかった、気がついて)」
「レオ、ドルマゲス……無事だったか……」
マルチェロは右手を空に差し出します。レオパルドはすぐにその手に顔をよせました。マルチェロの表情に安堵が浮かびます。
「……お坊様、気がつかれましたか」
聞き覚えのない男の声が近くでしました。
「貴殿が助けて下さったのか、かたじけない。命の恩人だ」
「いやいや、お坊様たちを見つけたのは、犬のバフだ。それに、お坊様の黒犬。大したものです。レオパルドとか言いましたね。不思議と何か運命を感じます。いい犬です」
レオパルドは、自分が殺してしまったメディ婦人の息子、グラッドに頭を撫でられ、静かにうつむきます。
「ところでお坊様、目が見えないのに、こんな雪国まで何のご用事で?」
グラッドは湯気のたつマグカップをマルチェロに手渡しました。
「はい実は……っ……辛いですな、これは……。いやしかし、温まる」
「オークニス名物、ヌーク草を使ったお茶ですよ」
マルチェロはこれまでのいきさつを話しました。
「……そうですか。私の母、メディは隠してはいましたが、賢者の血を引いていました。家の裏にあります、七賢者の遺跡……それを母は頑なに守り続けていました。あんなものを何故と……その理由がわかったのは、悲しいことに、魔物に母を殺されてからでした。……是非、お祈りを頂戴したい」
「わかりました。すぐに行きましょう」
グラッドに案内され、メディ婦人の倒れた遺跡の入り口に来ました。マルチェロは静かに祈りを捧げ、レオパルドが秘宝をそっと置きました。
その時、マルチェロは見ました。薄闇の中、ぼんやりと照らす月光の力を借りて。
キラキラと光る女神の秘宝はメディ婦人の姿を浮かび上がらせました。小柄な婦人は、優しい笑顔でレオパルドの頭をいとおしそうに撫でます。
レオパルドは気がつきません。しかし、マルチェロには見えました。女神の元から舞い戻り、賢者の力を秘宝に込めるメディ婦人。強い光が秘宝に注ぎ、秘宝はそれを閉じ込めました。そしてメディ婦人は再び女神の世界に召されて行きます。ふわりふわりと……輝く白い翼に包まれて……。
──この翼は、死人の翼。ゴルドの底で見たオディロ院長もこの白い光に包まれていた。
マルチェロは胸が少し苦しくなりました。反対に、レオパルドからは、神の洗礼を受けたような落ち着きと神々しさすら感じられます。
秘宝はあと一つ。前法皇は、メディ婦人のように姿を現すのか、法皇はどんな顔で自分を見るのだろうかと考えると、マルチェロの胸は本当に苦しくなります。でも、やらなければ終わらない。
──我々は女神の使いの旅を始めたのだ。そしてその終わりは間もなく……。
一行は、グラッドに別れを告げ、サヴェッラへ赴くべく、北のオークニスから離れることにしました。
残すオーブはあと一つになりました。