「旦那ぁ、またあのトンネルを抜けるんですかい?」
「仕方があるまい。他に手だてはないのだ」
オークニスでメディ婦人の没した地に女神の秘宝を置いたマルチェロ一行。最後の地、サヴェッラへ行かねばなりません。でもサヴェッラは独立した島。定期船は出ているものの、オークニスからの便はありません。どうやって島に渡るかが大問題でした。
「キメラの翼があれば……」
「言うなよ、レオパルド。リブルアーチか西の大陸まで行けば、キメラの翼落とす魔物でもいるだろうよ。そこまで我慢しろ!」
「お前に言われなくても解っている! ガウッ!」
「バカ犬! 噛むな、離せっ」
月あかりの中、白い大地を大きな犬と背の高い道化師が楽しそうにじゃれあいながら歩いています。かなり凶暴な見た目の黒い大きな犬と薄気味の悪いメイクをした道化師の笑顔……。道行く人はあからさまに怪訝な表情で引いています。しかし、目の見えないマルチェロは、レオパルドのリードをしっかり握り、その様子に微笑みを浮かべていました。
とりあえずリブルアーチへ向かうことにした一行。途中の教会で休んだりしながらどうにかリブルアーチへたどり着きました。でもリブルアーチ周辺では、キメラの翼を落とす魔物になかなか遭遇しません。ドルマゲスが囮になって魔物を誘うのですが、強い魔物が多く、いくらマルチェロがものすごく強くてもちょっと飽きてきてしまいました。
「……兄さん、効率が悪いですね。囮のドルマゲスもこの調子では死んでしまいます」
ドルマゲスは既に死んでいるので、少し不適切ではありますが、マルチェロも「そうだな」と言ってレオパルドに同意します。ふらつくドルマゲスにホイミをかけてやり、少し休むことにしました。マルチェロの近くにいられて、ドルマゲスは心からの安堵の表情を浮かべます。
「旦那、俺ぁ、腹が減って、腹が減って……」
「またか! お前はガキか! ガウッ!」
いつもお腹を空かせているドルマゲスが、いつものように空腹を訴えます。レオパルドがこれまたいつものようにかみつきと蹴りをお見舞いしますが、相当な空腹なのでしょう、ドルマゲスは悪態もつかず、その場に寝そべったままでした。
「兄さん、ドルマゲスの空腹も、女神の呪いなんじゃないでしょうか」
「そうかもしれんな」
呪いではなくて試練です! という女神のツッコミが聞こえた気がしましたが、マルチェロも同じように思っていたので、レオパルドの言葉を否定しませんでした。
「死ぬと、飢えと渇きに苦しむ餓鬼になるという話があるそうだが……」
「じゃあ、ドルマゲスは……」
「いや、わからん。どこかの世界の宗教観だ。だが私たちが信じている女神のいる世界にも、餓鬼とおなじような苦しみはあるのかもしれんな」
「地獄とは違うのですか?」
「くわしくはわからんが、その世界では、神の裁きを受けたあと、重い罪を犯したとされた死者が様々な苦行を長い時間受けなければならない世界が地獄だということだ」
自分が死んだら一体どのような地獄にいくのだろうかと、レオパルドとマルチェロは同じことが頭をよぎり、同じように口を閉ざしました。
しばらくそうして座っていましたが、夜も更け、寒さが身にしみてきます。周辺の魔物は、マルチェロたちから少し離れたところでじっと様子を見ているようでした。ドルマゲスのすうすうという寝息と、ときおり聞こえるぐうっという腹の音以外、無音でした。
「寝ちまいましたね、ドルマゲスは」
「そうだな……」
レオパルドも、フーンと大きなため息をつき、マルチェロの足元でリラックスしています。
「レオ……」
「はい、兄さん」
「女神の秘宝を置いた時、どんな気持ちになったのだ? 私は、最後の秘宝を届けなければならないが……」
暗がりでレオパルドの背をなでるマルチェロ。レオパルドはその心地よさに目を閉じていましたが、ゆっくりと顔を上げました。
「何といいましょうか……チェルスの時は、とてつもない後悔のようなものと懐かしさ、俺が生きてきた一生がどれほど罪深かったのかということを突き付けられた気がしました」
罪……でも、レオパルドは暗黒神の杖に触れるまでは、ごく普通の犬としての一生を送っていたのではないかとマルチェロは思います。
「……ばあさんの時は、何かこう……犬としての俺を認めてもらったような気がします」
「犬ゆえの行動ということか?」
「いえ……」
犬は棒っきれが大好きです。ガリガリ噛むのも大好きです。でも、自分手にしたときの杖は、犬にかじられた形跡はなかったことをマルチェロは思い出しました。
──暗黒神は、レオパルドにかじられた箇所を回復術で治したんだろうか。かじられた時は「痛い」などと言ったのだろうか。
自分でもばかばかしいと思えるような考えが浮かびました。でもレオパルドは真面目に話を続けています。
「……うまく言えないんですけれど、この女神のお使いの旅の様子を、ばあさんは見ていて、それで、マルチェロの兄さんをしっかりサポートしている俺をほめてくれるような、認めてくれるような感じでした」
「そうか……。お前は本当に頼りになる、すばらしい相棒だ」
「兄さん! ありがとうございます!」
「……っおい、よせ、くすぐったいぞ……」
マルチェロに「相棒」と言われ感激したレオパルド。立ち上がってマルチェロの顔をべろべろと舐めまくります。
「す、すみません、兄さん」
恐縮するレオパルド。兄さんの頬はなんてすべすべしているんだ、と、最後にもう一度ひと舐めごちそうになってから再びマルチェロの足元に座りました。
マルチェロは苦笑いしながら思います。ドルマゲスはギャリングのところで同じように罪人としてのドルマゲスを認めてもらえたのだろうかと。自分も法皇の館で秘宝を置けば、自らが犯した罪を突き付けられ、その後で法皇に認められるのだろうかと。そして、ドルマゲスのように、餓鬼になるのだろうかと。
いつの間にか夜が白々と明けてきます。マルチェロもレオパルドも、ドルマゲスの側でうとうと眠ってしまいました。
空腹でふらふらのドルマゲスのために、リブルアーチへ行き、手持ちのゴールドをはたいて食べ物などを買います。そして夜を待ち、キメラの翼を求めてフィールドに出る一行。でも、ここでも翼は手に入りません。
「仕方がない、ベルガラック方面へ参ろう」
「すみません、旦那。俺に寄ってくるのはよくわからない四足の魔物ばかりで、飛んでるヤツはちっとも寄ってきやしません」
ドルマゲスがあんまり悲しそうに言うので、時にはレオパルドが囮になりますが、やはり駄目でした。マルチェロが気配を消してうろついてみても同じこと。無駄にゴールドばかりがたまっていきます。
こんな調子で夜な夜な魔物退治に精を出すマルチェロたちでしたが、翼が手に入ることはありませんでした。
「今夜もまた駄目でしたね」
「もう何日経ったんでしょうね、旦那?」
ベルガラックからサザンビーク、ついでに砂漠まで行ってみましたが、翼は手に入りません。今は再びベルガラックの近くにいます。
「ここはキラーパンサーばかり出ますね」
「世界にはいろいろなところがあるものだな……」
感心している場合ではありませんが、もうどうしていいかわからず、出るのはため息ばかり。
そんな一行をあざ笑うかのように、風だけが通り過ぎて行きます。
サヴェッラに行かれない一行です。さすがのマルチェロも困ってしまいました。