キラーパンサーの巣でもあるのかと思えるほど、出会う魔物といえばキラーパンサーばかりの地域にいたマルチェロ一行。そろそろ場所を移そうかと相談していた時でした。
「うっ……!」
突然頭を押さえるマルチェロ。勇者一行が近くにいるのでしょうか。
「痛い!」
「痛え!」
なんと言うことでしょう。レオパルドもドルマゲスも頭を抱えます。
「どうした、レオ! ドルマゲス、お前もか?」
頭を抱えた二人と一匹は、不思議な光に包まれて、どこかへ連れて行かれてしまいました。
「……さん!!!」
──誰だ? 私たちを呼んでいるのか?
何かの叫び声とともに、マルチェロたちは突然、どこかに着地しました。「いてっ」とか「ガウッ」とか聞こえます。ドルマゲスもレオパルドも一緒のようです。
──なんだここは! 潮の香りだ。船の上か?
このままシージャックをしてサヴェッラに向かえるかもしれないと、イケナイ考えが頭をよぎった瞬間でした。
「走れ!」
誰かの声が聞こえました。反射的にマルチェロたちは無我夢中で走り出します。
目の前にはサメのような魔物が凶暴な牙をむいています。しかし、その場に集まっていた屈強な男たちは魔物などものともせず、船の反対側に走り出します。マルチェロたちもそれら魔物に体当たりしながら走り抜けました。
再び光に包まれて……。
「……ってえ……。何だったんだ? 今のは」
「わからない。……兄さん、大丈夫ですか?」
ドルマゲスとレオパルドはマルチェロを探します。
「マルの旦那ぁ! どこです?」
「兄さん!」
マルチェロの返事がないので、二人はあわてて辺りを探し回ります。
「おい、ドルマゲス、ここはどこなんだ?」
「知らねえよ。波の音がするから、海辺だってのはわかるが……あっ!」
ドルマゲスが見上げると、そこにはそびえ立つ不安定な岩。その上に堂々とたたずむ法皇の館が……。
「……サヴェッラだ」
「何だって? サヴェッラ……? じゃあ、ここは兄さんの……」
ゴウッと強い風。ドルマゲスは思わず体を折り曲げます。
海風は冷たく、レオパルドも身震いしました。
「マルの旦那ぁ……どこ行ったんです?」
「一体、何処へ行かれたのか……」
レオパルドは必死でマルチェロのにおいを探します。ドルマゲスも声を限りに名を呼び続けました。
しかし、潮の香りと波の音によって手がかりは消され、二人はマルチェロを見つけられないまま、深夜を迎えました。
「なあ、レオパルド。お前、わかっただろ? どうして賢者を殺したか」
二人は海風を避け、サヴェッラ大聖堂への階段の下に腰をおろしていました。
「ああ……わかったさ、ドルマゲス。俺は……リブルアーチでも言ったが、悲しいかな、犬だからな。忠誠を誓ったんだ。俺より力のある杖に。操られながら、いい気にもなった。人間に勝った気がしたんだ。そして、そのまま暗黒神と共に、世界の頂点に立つつもりだった……」
ドルマゲスは深いため息を一度つき、大聖堂を眩しそうに見上げ、またレオパルドに視線を戻して言いました。
「俺は地獄へ行くんだ。……女神さまがそう言った」
「俺もだぜ、ドルマゲス」
「えっ?」
ドルマゲスは身を乗り出します。
「ちょっと待てよ、おい! お前は犬っころなんだから、仕方ねえだろ? なんでお前まで地獄に……」
「仕方なくないんだ。俺の意志が全くなかったとは言えない。杖を拾ってからチェルスを殺すまで、引き返す時間はあった。チャンスもあった。……だが、俺は戻らなかった。……毎日がつまらなかったんだ。もちろん、生活に不満はなかった。ハワードさんは俺をかわいがってくれたし、チェルスだって優しかったから。……でも、それだけだった。なんでもない日常の幸せに麻痺してしまっていたんだ……何が幸せか、そんなこと考えられないくらいに、俺は幸せだったのに……。勇者に負けていきながら、わかったのはそれだ」
レオパルドもフーンッと大きなため息をつきます。
夜の大聖堂。参列者はまばらなものの、途絶えることはありません。人々は、法皇のなきがらに祈りを捧げ、そして女神に暗黒神の力がなくなることを祈るのでしょう。
「マルの旦那は……」
ドルマゲスは再び大聖堂を見上げ、そして口をつぐみました。レオパルドも無言です。
月の光は万物に注ぎます。
かつて、月の光の中で杖を盗み、月の光とともに現れて賢者を殺めたドルマゲス。月さえ飲み込めると夢想し、杖の力に屈した……。
レオパルドもまた、月の光を受け、チェルスを殺し、メディ婦人を殺した。未遂とは言え、法皇を殺そうとした。
「なあ、ドルマゲス、勇者は強かったな」
「ああ。暗黒神の呪いさえ弾き返したあのチビ。あいつ、普通じゃねえよ」
「ああ。でも、あいつ、いいやつだ。俺……あいつが主だったらいいな、と思った。でも……」
「でも?」
参拝客が、暗がりに潜むレオパルドの姿を認め、ひっ! と声をもらしました。ドルマゲスはレオパルドのリードをぐっと引き、背に手を当てます。
「……気安く触るんじゃねえ……」
レオパルドは小さく歯をむき出し、ドルマゲスを少し睨みました。そして続けます。
「でも……、今、こうして旅をして……マルチェロの兄さんを守りながら目的を果たす旅をしている。それが、俺は嬉しい。主に仕えるのが俺たち犬だ。ハワードさんは確かに俺をかわいがってくれたが、兄さんは、本当に俺を必要としてくれる。目の見える時間でも、俺を相棒として扱ってくれる。……犬としての俺を愛してくれてるんだと思う」
そりゃそうです。マルチェロは本来は優しい性格なんです。動物にも優しいんです。リーダーシップバリバリですから、忠誠を誓う犬なんて特に大好き。おまけに、ドルマゲスと違ってレオパルドは強くて頼りになりますから、こんなに心強い相棒は他にいはしません。思いっきり愛してると思います。
「俺は、兄さんを助けたい。地獄になんて行かせちゃならない」
「そうだな。マルの旦那はまだ、女神さまのお膝元には行ってねえ。女神と人間世界とを隔てる川の向こうで審判を待ってらっしゃるんだ」
俺を悪漢から救ってくださったし……と付け加えるドルマゲス。
遠い目で大聖堂を見上げるドルマゲスを見て、パルミドの一件の真実は語らないでおこうと誓うレオパルドなのでした。
ところで、当のマルチェロですが、突然船に連れて行かれた後、ドルマゲスが夢見心地で思い出している、パルミドのあの場所にいました。ええ、湯気の出ているあそこです……。
「いやあ、兄さん、いい身体してらっしゃる……」
マルチェロの背中を流す半裸の
「目が見ないって、大変よね」
冷たいタオルを手渡す半裸の
「さあ、冷たいビールでも」
半裸の
「いやあ、まさかお坊様が来てくださるとは!」
ビールを手渡すのは、ドルマゲスを誘拐したチンピラの親玉です。
「いやあ、お坊様、やはりお強い! え? なんで呼ばれたかって? あっしたちにもわからないんですよ。たまに呼び出されてねえ。女神さまの思し召しってやつですかね……あはは。報酬がサバ缶てのがナンですが……」
親玉の話に適当にうなずきながら、マルチェロは黙ってビールをあおります。
「ねぇん……お坊様、しばらくここにいらしてぇ」
ビールのおかわりを持たせる
「いやん……、しばらくだなんて! ずっとここにいらしてぇん」
別の
「ちょっと! 何よ、そのサキイカ! お坊様はあたしのビールを飲むのよ!」
「うるさいわね! 早いもの勝ちよ」
ビールのオカマとイカのオカマのケンカが始まってしまいました。
「……」
最後のお勤めの前に、嫌な疲れを溜めてしまったマルチェロです。
こんな調子でサヴェッラには行かれるんでしょうか……。
おっさん呼びの後、マルチェロはレオパルドとドルマゲスとはぐれてしまいました。