「ここはどこだ?」
キメラの翼を拾い、ゴルドへ飛んだはずのマルチェロ。
ゴルドの大穴に落ちた騎士団員を助け出すはずでした。ところが、当たりは闇。
「ゴルドの底なのか? 誰かいないのか?」
闇の中を注意深く進むマルチェロ。
「返事をしてくれ! 誰か!」
マルチェロは、就任式に来た騎士団員の名を呼びました。しかし、返事どころか、何の音もしません。マルチェロの声も、闇に吸収されます。
「……誰か……」
マルチェロはしばらくそこに立ち尽くし、膝を抱えて座り込みました。
「……オディロ院長……」
うっ、うっ、と涙を堪える音。鼻をすする音。強く呼吸をする音。
──なぜだ? 私はどうすればよかったのだ? なぜゴルドに行けない? 騎士団員を助けてはいけないのか?
──私の騎士団! 私の仲間!
──ククールよ、貴様の仲間は確かに立派な勇者だ。旅を続け、強く成長したのだろう。一朝一夕にその姿になったわけではなかろう。それなりに様々な苦労があったのだろう。そんなお前たちに負けたことは認める。
──しかし、私にも仲間がいるのだ。私が育てた大切な騎士団員が。あいつらは私を待っている。私を必要としているのだ!
──女神よ、仲間を助けたいのだ!
──応えてくれ!
「マルチェロよ……」
──女神か?
どれくらいの時が経っていたのでしょうか。または、時が止まっているのでしょうか。マルチェロを包む空間に、女神の声が響きました。
「女神か? 仲間を、騎士団員を助けたいのだ。ゴルドへ行きたいのだ。ここから出してくれ!」
「お前は使命を忘れたのですか?」
「しかし、女神よ!」
「我が秘宝を届ける使命を果たしていないではありませんか」
「しかし、騎士団が!」
「お前は何もわかっていない。お前は全て失ったのです。お前に残されたのはその生命だけ。仲間もない」
──全て、失った……。
「騎士団……全て……」
「そう。お前が大切にしたものはお前自身だけだった。仲間を忘れ、感謝を忘れ。だから、勇者に負けた」
「一人だった。勇者と戦う間ずっと……」
マルチェロは思い出しました。ゴルドの演説の場。宙を飛べる者だけがたどり着けるあの場所。自ら選んだあの場所。勇者は不思議な力で飛んできた。自分だけが飛べると思っていたのに……。
「……私は暗黒神の力で飛んだ。勇者は女神の力を得たというのか?」
「いいえ。違います。彼らは、暗黒神をおそれる力を以て飛んだ。暗黒神を倒すために与えられた力」
「そんな力があるならば、さっさと暗黒神を倒せばよい! なぜぐずぐずと徘徊しているのだ?」
「徘徊か……お前の考えをよく表している言葉ですね。勇者たちはまだ力が及ばないと自覚し、更に力をためているのでしょう。それに、飛ぶ能力があるからといって、暗黒神を倒す力も得られたわけではない。我が秘宝を届けよ、と言ったのは、彼らにとって秘宝が最後の砦となるからです。暗黒神に対峙するには秘宝の力が必要なのです」
「なぜ、秘宝を直接勇者に渡さぬのか?」
「秘宝のままでは役にたたない。7つ全て集まった時、暗黒神の殻を破る神の力となるであろう」
「なるであろう? 確実ではないのか?」
「マルチェロよ、お前では賢者の力が結集した更なる力を操ることはできない」
「!」
「……お前は他を頼らない。自身の力があることは認めよう。しかし、他を頼らないということは、他の力を信じていないということでもある」
「私は……私には信頼できる部下がいる。その部下をゴルドの大穴から助けたいのだ」
「違う。お前の信頼とは、お前に忠実だ、と認めた部下だ。お前が今、最も信頼しているのはレオパルドだ」
「レオパルド……。レオには感謝している。私を本当に助けてくれる。その身をもって。レオ……レオ、すまない……。私は、自分のことしか考えていなかった。レオは今、この瞬間も私を信じてくれているだろうか……」
マルチェロは道しるべとなってくれるレオパルドを思いました。いつも不安で悲しそうなドルマゲスのことも……。
「お前の行き先はわかりますね?」
「はい。女神よ……」
「では行くがよい。お前に更なる試練を与えます。この私の使命を果たすまで、盲目でいなさい。いいですね、月が出ていても何も見えませんよ」
マルチェロは、レオパルドとドルマゲスのことを念じました。
──どうか、二人のいるところへ……。
「マルの旦那ぁ!」
「兄さん!」
マルチェロが念じた通り、レオパルドとドルマゲスのところに着地しました。
「どこ行ってたんです? 心配しましたぜ? 俺は腹が減って腹が減って……」
「ドルマゲス! てめえ、どこまで食い意地張ってるんだ! ガウッ!」
久しぶりの二人のじゃれあいを懐かしく思うマルチェロです。
「待たせたな、二人とも。さあ、参ろう。……女神の思し召しによって月光のもとでも見えなくなった。レオ、ドルマゲス、案内を頼む」
「そんな、ひどい!」
「まったくですよ兄さん! 女神はなぜそこまでの試練を……」
女神の仕打ちにドルマゲスもレオパルドもぶつくさ文句をたれます。女神が聞いたらいかずちが落とされそうな放送禁止用語がぽんぽん飛び出しています。
マルチェロは苦笑いしながらも、そんな二人に導かれてサヴェッラ大聖堂への階段をゆっくりと登りました。
法皇の館への昇降盤では、宙に浮いたような感覚に、レオパルドが身をすくめます。ドルマゲスは子供のようにはしゃぎました。
爽やかな薔薇の香り。
薔薇のアーチを抜ければ法皇の館です。
──私はこんな高みに居座りたいと思ったのか……。
ドルマゲスは初めて見る法皇の館に、スゲースゲーと連呼します。
レオパルドは盲導犬として館に入ることを許されました。マルチェロは、一緒にいられることを嬉しく思いました。
「兄さん、兄さんの番ですね。最初で最後の……」
「そうだな」
ドルマゲスが屋敷の扉を押します。一歩踏み入れると、マルチェロは少し胸が苦しくなりました。
「……レオ、私の胸は張り裂けそうだ。だが、正直なところ、もっと動揺するかと思っていた。不思議なことに、どこか満足しているところがある」
「何か、わかったんですか?」
「いや、まだだ」
ゆっくりと階段を昇ります。
一歩一歩。
「こちらには前法皇さまのご遺体を安置しています。どなたでも自由にお別れをすることができます……」
警備の騎士団員が、参拝客が来るたびに、抑揚のない文言を繰り返していました。マルチェロたちにも同じ言葉を言います。
「旦那、棺の前にきました」
ドルマゲスがそう言うと、レオパルドが鼻を使ってマルチェロの手を棺に触れさせました。
「お……」
マルチェロの胸に、津波のように押し寄せる後悔の念。
取り返しのつかないことへの懺悔。
震える声で詩編をつむぎ、最後の秘宝を捧げました。
──私は、何が欲しかったのだろうか? 地位か、名誉か、仲間か……?
マルチェロ、ドルマゲス、レオパルドの姿は誰に気づかれることなく、その場から徐々に消失していきました。
お読みいただきありがとうございます。「勇者と寄り道の旅」が完結したら、次のエピローグを投稿します。おまけのような話になります。