DQ8 オーブと罪びとの旅   作:ぽんぽんペイン

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おまけの話です。


エピローグ・ゴルドの洞門

コツ……コツ……コツ……。

 

ザッ……ザッ……ザッ……。

 

コン……コン……コン。

 

ザクッ……ザクッ……ザクッ……。

 

 

ゴルドの地下、闇の中で小さな音が聞こえます。

 

絶えることのない音。

 

誰かが何かをしています。

 

彼を包むのはかなり傷んだ衣。法衣でしょうか。元は鮮やかな青をしていたかと思われます。

 

肩に近い黒髪は乱れ、絡み合っていくつかの毛束を作っています。

 

手には小さなノミ。

 

彼はこのノミで目の前の岩肌をただひたすら掘り続けているのです。

 

彼の外の世界では、彼の帰還を待つ者が大勢いました。

 

ゴルドが落ち、未だ帰らぬ身内を待つ者たち。

 

彼を長と仰ぐ、聖堂騎士団員。

 

ゴルド崩壊の罪は彼にあるとする教会関係者たち。

 

彼の命のあることだけを切に祈る者……。

 

 

その彼は、ゴルドの底に自ら飛び込んだのです。

 

女神は彼に話しかけました。

 

「お前の命はまだ人間の世界にあります。しかし、ここゴルドの底は人間の世界でもなく神の世界でもない。ここでの時は止まっています。何故、自らここへ来たのですか? ……ゴルドに落ちた者たちを救いたいと?  ……一人残らず、というのですか。……いいでしょう。では、このゴルドの底に洞門を掘りなさい。外海へ通ずる道を作るのです。……このノミを与えましょう」

 

そうして与えられた小さなノミひとつ。

彼は、無言で掘り続けます。

たった一人で。

 

 

外の世界では、勇者が暗黒の神を破り、ようやく平和がおとずれようかというところ。

 

彼は無心で洞門を掘り進めます。

永遠ともとれる時間の中で。

 

 

 

 

 

ガッ!

 

 

 

手応えが、向こう側に抜けたとき、まばゆい光とともに、強い塩の香りが入ってきました。

 

彼は小さなノミを固く握りしめたまま、吹き込んできた風にその身をさらしました。

 

ああ、終わったんですね。

そのノミを捨ててしまいなさい。

 

しかし彼の右手はノミを固く固く握りしめたまま。

 

やっと開いた瞳は、まるで翡翠。立ち尽くす彼の前に果てしなく広がる大海原の輝きと遜色ありません。

 

やがて彼の背後からざわざわと声が聞こえてきました。

 

いつの間にか船が来ていて、体格のよい船長が人々を船に乗せはじめました。

 

小さな船でしたが、いくらでも人が乗り込めます。

 

人々は「あの人が掘った」「あの人のおかげで助かった」と話しています。

 

最後の一人が船の前に立ち、言いました。

「あの人がいません」

 

「あの人?」

船長がいいました。

 

彼はすぐ側にいるというのに、誰にも見えないのです。

 

「はい。あの人……」

名前が思い出せないのですね。あの人とは、彼のことでしょうか?

 

「もう船に乗ったんだろう?」

船長はもやい縄を手繰り寄せます。最後の一人は、未練の残る表情を、彼のほうへむけました。しかし、その瞳に彼が映ることはありません。

 

「そうでしょうか……」

「もう誰もいない。出航だ」

 

彼はとうとう置き去りにされてしまいました。

 

船はあっという間に遠ざかっていきます。

 

しかし彼は、船を追うことも、待てと言うこともなく、ただ静かに見送っていました。

 

 

明くる日も、また明くる日も、彼はノミを握りしめたまま、海を見ていました。

 

 

ある日のことでした。

 

「外へ出たいか?」

女神が彼に話しかけました。

彼は、翡翠の瞳を大きく見開きました。

それを肯定だと受け取った女神は、彼を砂漠の枯れはてた井戸の底に運びました。

 

 

* * * * *

 

 

「まさか、こんなとこにいねえよな……」

長い銀髪の男が、まるで導かれたかのように井戸へ入ってきました。

 

「!」

 

井戸の底、壁にもたれる彼がいました。

 

「おい!」

銀髪の男は、彼に駆け寄ります。痩せ細った肩を揺すり、おい起きろと繰り返します。

しかし、彼のあの翡翠の瞳は開きません。

 

「どういうこった?」

銀髪の男は、彼を担ぎ上げようと、背に手を差し入れ、自分の肩にのせようとしました。ところが、根が生えたか糊でくっついたか、彼の身体は少しも動きません。

男は渾身の力を込めます。しかし、駄目です。

 

「兄貴よぉ……」

銀髪の男はそのサファイア色の瞳からはらはらと涙を流し、彼の身体を抱きしめました。

彼の髪を撫で、ほおずりし、豆だらけになった右の手のひらを労るように撫でました。

 

「あんたが洞門を掘ったんだろ? 誰もあんたを処刑しようなんて思っちゃいない。ゴルドに落ちた奴はみんな帰ってきたんだ……大丈夫だ、もう……終わったんだよ」

反応のない右手を自分の頬にあて、男は泣きながら続けます。

 

「会いたかった、兄貴。俺の兄貴……」

男は片手で手を握ったまま、もう片方の手で彼の顔を撫で、口づけをしました。

 

乾いた唇。砂で汚れ、固い岩のようでした。

 

銀髪の男はしばらく唇を重ねていましたが、彼の体温を感じた気がしてそっと唇を離しました。

 

すると、翡翠の瞳がゆっくりと現れました。

 

 

「あ! 兄貴! 良かった! 気がついたか! ……ああ、よかった! 俺の兄貴! 無事だった、生きてた!」

銀髪の男はガバッと彼を抱きしめ、兄貴兄貴と繰り返し、先ほどよりも大粒の涙をボロボロとこぼしました。

 

「貴様、何故ここにいる?」

「えっ?」

 

彼はすっくと立ち上がり、男を見下ろしました。男は、突然のことに驚いて、しりもちをついたまま、ぼんやりと彼を見上げます。

 

「何故ここへ来たのか聞いているのだ」

彼の瞳は、レイピアの切っ先のように鋭く男を射抜きます。

 

「あ、兄貴? ……オレ、暗黒神を倒したあと……まあなんだかんだ色々あってさ、そんでなんだかんだが終わったから、あんたを探す旅に出ていたんだ。そしたらゴルドに洞門が開いたって聞いて、帰還者の中にあんたがいかいないか探したんだが、いなかった。誰もあんたを見てないって言うし。でも、騎士団の一人が『この洞門を掘った人かも知れません』て言ったんだ。その人は、休むことなく掘り続けていたが、誰もその姿を見ていないって言う。……オレはピンときた。掘ったのは兄貴だって。そしたら、その晩、夢に女神さまの声が聞こえてきて、『深い場所にいます』って曖昧なヒントくれてさ。それから世界中の井戸を探しまくった。……寒いオークニスに行く前にあったまっておこうと、砂漠に来てよかったぜ……」

 

「何故、私を探していたのだ?」

彼の問いに、銀髪の男はゲラゲラと笑い出しました。

 

「何言ってんだよ……オレの兄貴だからに決まってるだろう!」

銀髪の男は立ち上がり、改めて彼を抱きしめました。

 

鼻をくすぐる清潔な石鹸の匂い。彼は、自分が長い間風呂に入っていないことを思い出し、男を思い切り突き飛ばしました。

 

「ってえ! 何すんだよ?」

自分を真っ直ぐに見つめるサファイアの瞳。

 

「……あれから……暗黒神が倒れてから何日経った? 私は……」

 

「うん、まあ……長かった……」

 

「……臭いはずだ」

 

「は?」

 

「ずっと身を清めていない」

 

「兄貴? ……臭いって……。そんなことオレ、気にしないぜ? あ、でも兄貴はネコ並みにきれい好きだからな。よし、行こう! パルミドへ!」

 

銀髪の男……彼の弟は兄をしっかり抱え、移動呪文と唱えました。

訪れたのは、湯気の出ているあの場所です。

 

「ククールさま、いくら貴方でも、それは困ります……」

サウナの責任者が丁寧にお断りしました。

 

「だから駄目だと言ったろう?」

「ったく、情けない奴らだぜ。ちょっと兄貴が臭いからって……。よし、あそこなら……ベルガラック!」

 

 

 

「えーっ! ククールったら、なにそれ? 駄目駄目駄目! 他のお客さんが帰っちゃうよ!」

若い支配人が鼻をつまみながらあわててお断りします。

 

「んだと? ユッケのくせに生意気な!」

「だから……」

「じゃあしょうがねえ、次だ。オークニス!」

 

 

 

「ククールか? やめてくれ。オークニスは防寒のために、直接外気が入らないようになっている。換気を強くしても、それは……」

円形の作りになっているオークニスの町で、薬師のグラッドが鋭い眼差しを向けてお断りしました。

 

「てやんでい! グラッドの唐変木め!」

「グラッドでなくとも断るだろう。だから……」

「ああ、もう……あそこだ、あそこ! 不思議な泉!」

 

 

 

「なんだここは?」

「あれ? ここは不思議な泉だよなあ……」

「おや、その声は勇者のお一人……ん? 泉に用が? ああ、呪いが消えたと同時に、不思議な力も消えたようじゃ。そのあとサザンビークの名勝100選に入ったのじゃ。気安く泉の水に触れるでないぞ……」

森の中、美しい泉の近くにいた賢者が、それはそれは優しくお断りしました。

 

「もういい! リーザス!」

 

 

 

「……臭え! リーザス警備隊、臭いの元を絶つ!」

リーザス村の治安を守っているちびっこ警備隊は、話も聞かず襲ってきました。

 

「わーっ! バカ止めろ! パチンコ玉だな? 飛び道具使いやがって! しゃーない、トラペッタ!」

 

 

 

「あれ? 門が開かねえぞ?」

「ピピピ……センサー感知しました。人でも魔物でもない臭い……人体に与える影響は半径1メートル以内300マイクロシーベルト……ピピピ……除去します。ピピピ……除去装置起動……目標……距離30非常に近い……ピピピ……発射……」

トラペッタの門が、異物除去のレーザービームを発射しました。

 

「わーっ! あぶねえ! なんだこりゃ? クソ田舎のくせに……じゃあ、次は……ええと……城はまずいし……」

「もういい」

 

「大丈夫だ、兄貴、安心してくれ、オレがついてる」

銀髪の弟は、トラペッタの西、広場に腰をおろし考えました。

 

──リブルアーチにまだ行ってねえが、あそこは教会の力が強いし……ヤンガスがいるだろうからいっそゲルダ姐さんのところへ行くか……アスカンタのキラちゃんちもいいな……いや、あそこは城に近いし……。

 

「ククールよ、もういい」

「よくねえよ!」

弟の熱い眼差しに、彼は少し怯みました。

 

「……よくねえよ……」

風が銀髪をすきます。

 

「美しい髪だ……」

彼は弟の髪に手をやりました。

 

「帰ろう。マイエラに。川で身を清める。……騎士団時代のように……」

「兄貴……」

 

二人はマイエラに飛び、川で身を清めた後、ドニの宿屋で身を落ち着かせました。

 

 

 

暗黒神復活、ゴルド崩壊の罪を問われ、彼の行方を探す勢力があることを、弟ククールは知っています。

 

でも、今は、たった二人のきょうだいの再会を喜び、疲れはてた彼を休ませてあげましょう……。

 

この後のことは、また別のお話……。

 




お読みいただきありがとうございました。やっぱり、ククールはマルチェロを探しに来ました。「別のお話」へと続きます。

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