マルチェロたちは、女盗賊ゲルダにもらったキメラのつばさを使って、パルミドにやってきました。
「パルミドは、賢者のいたとこなんですか、旦那」
「そんなわけがなかろう」
「ですよねー」
パルミドは世界中から有象無象が集まった町。誰もマルチェロ一行を気にする者はいません。
「ここから一番近いのは、マイエラ修道院だ。貴様が手をかけた……っ」
「クゥン……(兄さん、今は堪えて下さい)」
女神の力で言葉を話せるレオパルドも、人前では普通の犬らしく振る舞います。
マルチェロはその背を撫でてやりました。
昼を過ぎ、暖かい陽がそそいでいます。目の見えないマルチェロでも、明るさだけは感じることができました。
「とりあえず、勇者一行に見つからないように、女神の秘宝を置いてこなければならない。更に、彼らが窮地に陥ったら、すぐに助けねばならない」
「クゥーン……(兄さん、見つからないようになんて難しいですね。早く秘宝を置きましょう)」
「そうだ。……私は目が見えん。昼間、魔物に襲われたら厄介だ。だから移動は夜だ。月が出たらマイエラに行く。その前にドルマゲス、今あるゴールドを使い、食料と薬を買ってこい」
「……」
ドルマゲスの返事がありません。
「どうした、ドルマゲスはいないのか?」
「クゥン……(兄さん、奴は居眠りこいてます。今、起こします)」
「いや、眠らせておけ。起こすとかえってうるさくてかなわない」
「ウォン……(ですね。俺が見張りますから、兄さんも少し寝てください)」
レオパルドはそう言いましたが、こんな治安の悪い町で居眠りなんぞこいたら、すぐに追い剥ぎに会ってしまいます。マルチェロは目が見えない代わりに、他の感覚を研ぎ澄ませました。
少し離れたところで、マルチェロたちの様子をうかがっている二人組がいました。
「……おい、あの坊さん、目が見えねえんだってよ。お布施をちょいと頂こうじゃねえか」
「待て待て……。坊さんからふんだくるなんて縁起でもねえ。死んだら地獄に行っちまうよ」
「……かまわねえよ。大体、偉い坊さんなんてみんな儲けてんだ。ニノなんていい例じゃねえか」
「そう言われりゃそうだな。坊さんは貴族から取り上げ、貴族は地主から取り上げ、地主は店子から、店子は……」
「……やめろ、キリがねえ。それよりさっさと頂こうぜ。連れが居眠りしてる間によ」
「ああ、だが犬が……」
「……バカ。犬はエサで釣れ。ニワトリでも捕まえてきて気を散らすんだ」
どうやら物取りのようです。彼らがそんなチンケな計画をしているとも知らず、ドルマゲスはぐうぐうイビキをかき、マルチェロはじっとしています。レオパルドだけはしっかり辺りを伺っていましたが、ガサガサとニワトリが暴れ出すと、ついそちらに気をとられてしまいました。
「今だっ!」
物取りの一人が、レオパルドを押さえつけ、もう一人がマルチェロの背後からこん棒を振り上げました。
「ガウッガウッ!」
レオパルドは馬乗りにされ、身動きとれません。
しかし、さすがマルチェロ。背後の気配を瞬時に察し、素早くこん棒を避けたかと思うと、こん棒を持つその腕を掴み、豪快に背負い投げしました。
「痛ぇ!」
石造りの階段に思い切り落とされた物取りは、ヒイヒイ言いながら逃げて行きました。
レオパルドも、一瞬のスキを見逃さず、するりと抜け出すことに成功しました。
物取りは一目散に逃げ出します。
「レオ、どこだ!」
マルチェロは何かを探すように、両手を動かします。
物取りの逃げた方へ牙を剥いていたレオパルドは、すぐさまマルチェロの足元にすりよりました。
「クゥン…(面目ない、俺が側にいながら、兄さんを危ない目に会わせてしまいました)」
「大丈夫だ。騎士団の訓練からすれば、あんなものは奇襲にもならん。それより、怪我はないか……」
マルチェロが自分の身より犬の心配をしているのを見て、声をかけてきた人がいました。
「あの、旅のお坊さま、お強いですね。私は酒場をやっています。一杯奢らせてください」
「いや、主人殿、陽の高いうちからは飲まんことにしている」
「それじゃあ、お布施がわりに昼食をお出ししましょう。魚のいいのが入っていますから。どうぞ遠慮なく」
「かたじけない。だが、私はこの犬と離れるわけにはいかんのだ。食品のある場所へ犬を連れて行くほど、私は無遠慮ではないのでな」
「何をおっしゃいますか! その犬、お坊さまの盲導犬でございましょう? このパルミドに盲導犬を拒否する店などありません。……まあ、犬の苦手な方もいらっしゃいますから、お坊さまがよろしければ、秘密の部屋にお通しします。……いえね、ちょっと別の商売もしているものでね……」
酒場の主人に、さあさあと促され、酒場のカウンターの奥にある小部屋に通されました。
「……なんだ? この客は」
小部屋には厳つい男がおり、じろりとマルチェロを値踏みしました。
「ああ、いいんだよ。あんたの客じゃない。それより、今月のショバ代もらってないが?」
「……すまん、最近、例の上客が来なくてよ。紅蓮のローブを持ってきたら、大親分の楯と代えてやる約束なんだが」
「紅蓮のローブねぇ。そりゃまた珍しい……。まあいいさ。あんたも昼飯まだだろ? ちょっと待ってくれ。用意してくるから。このお坊さまに失礼のないように頼んだよ」
厳つい男──闇商人は、酒場の主人には頭が上がらないのでしょうか、黙ってテーブルの準備を始めました。
新鮮な魚の焼き物がついた昼食が進んでいくうち、闇商人も打ち解けてきて、酒場の主人が先ほどの顛末を面白おかしく話し終える頃には、すっかり仲間になっていました。
「……そうか。あいつら目障りだったからな。パルミドのルールってもんを知らねえ。いい薬だろ。……それにしても、お坊さんよ、いい犬だなあ」
闇商人はレオパルドの背を撫でます。すると、酒場の主人が目を吊り上げて怒りました。
「おい! 仕事中の盲導犬に気安く触っちゃ駄目だ」
「おっと、すまねえ。いや、さすがだと思ってよ。そわそわしたり食い物欲しがったりしねえんだな、盲導犬てのは」
「ええ。レオは私の目です。彼がいなくては旅はできない」
マルチェロがレオパルドに触れると、レオパルドはフーンッと鼻を鳴らしました。
「甘えてんな、こいつ! でもいくらいい犬でも、旅は大変でしょう」
「あっ!」
「ど、どうしました?」
「連れが外にいるのです。忘れていました」
「ああ、あの居眠りの……。私がちょっと見てきましょう」
すっかり寛いでいたマルチェロは、ドルマゲスのことを忘れていました。
しばらく闇商人と商売について話していると、酒場の主人があわてふためいて戻ってきました。
「なんだなんだ、騒々しい奴だな。連れとやらはどうした?」
「お坊さま、大変です。お連れの芸人さんが……ゆ、誘拐されました!」
「何だと?」
酒場の主人によると、先ほどこてんぱんにのされた物取りが、仲間を連れて仕返しにきたのだそうです。マルチェロとレオパルドの姿がないのでドルマゲスを誘拐し、次のような手紙を残していました。
『……この男を無事に返してほしくば、我々のアジトへ来い。日暮れまでに来ない場合は、ぼろ雑巾にして放り出す』
「クゥン……(どうします? 面倒なことになりましたね。俺的には、返してもらわなくてもいいんですが)」
「あの男を連れていくことは、女神の思し召しなのだ。見捨てることは、女神に逆らうことになる」
「お坊さん、俺にも加勢させてくれ。アジトなら、湯気のたつあそこだ」
闇商人は力強く立ち上がりました。マルチェロも、かたじけない、と言って右手を差し出そうとした時です。マルチェロの眉間に痛みが走りました。
「いかん……」
「お坊さん、どうした?」
「あ……いや、お気持ちはありがたく頂戴いたす……あとは我々で」
マルチェロとレオパルドはあわてて闇商人の家から飛び出しました。
と、同時に、酒場から声がかかります。
「おーい、紅蓮のローブを持って来たぜ?」
上客のお出ましでした。
ドルマゲスが誘拐されてしまいました。次回に続きます。