ちょっとした隙に、ドルマゲスが誘拐されてしまいました。
パルミドの住人は、何を基準に物事を行っているのか、騎士団時代からよくわからなかったマルチェロ。何度か訪れたことのあるこの地の、だいたいの地図は頭に入っていました。
「女神のお使い」の旅には、ドルマゲスがどうしても必要というわけではありませんでしたが、女神の命令にはドルマゲスを付き人として同行させることも含まれていました。仕方がないのでドルマゲスを探さねばなりません。
それよりも、旅に出てから二度目の頭痛に襲われたマルチェロを、レオパルドが心配しています。
「クゥン……(兄さん、また頭痛ですか? 一体なぜ)」
「ああ……あいつらだ。……勇者一行が近づくと、頭が痛くなることになっている」
「ワウォン?(何ですって)」
「女神の思し召しだ」
「ガウゥ!(そんな、ひどい)」
レオパルドは、女神に向かって牙を剥きました。
「大丈夫だ、レオ。離れれば問題ない。……それより、湯気の上がっている井戸を見つけてくれ」
大きな犬を連れて歩く盲目の僧侶。かなり目立つはずですが、パルミドでは誰も気にしません。
「ウォン……(兄さん、ありました。ついでにゴロツキも3人います)」
早速その井戸を見つけたレオパルド。さすがです。
井戸は湯気が上がっている以外、特に怪しいところはなさそうですが、ゴロツキが見張っているところが相当怪しいです。そのゴロツキが、マルチェロたちに気づき、二人のほうへやって来ました。
「よぉ、坊さん。待ってたぜ。縄ばしごで降りな」
ゴロツキの一人がマルチェロに縄ばしごを持たせます。促されるまま、縄ばしごに捕まるマルチェロ。
「レオ、ここで待っていろ。……片付けておけ」
マルチェロは、器用に縄ばしごを降りていきました。「片付けておけ」と言われたレオパルドは、あっという間にゴロツキを退治し、町の外へ放り出しておきました。
さて、井戸の底。
「うちの者が世話になったようだな」
熱気ムンムンの井戸の底では、ゴロツキの親玉らしい男がふんぞりかえっていました。
「こちらこそ」
そんな返事をするマルチェロのしれっとした態度に、親玉は少しムッとしたようでした。もちろん、マルチェロにはそんな様子は伝わりません。
「話はわかっているだろう?」
「あいにく、ゴールドはそれほどない」
「とりあえず全部出せ。そうすれば命だけは助けてやる」
筋書き通りの早い展開に、親玉は満足そうです。
「……わずかなゴールドでも欲しいのか。哀れなことよ」
「何だと?」
ここで断られるのはお約束ですが、マルチェロに「哀れ」と言われ、親玉はトサカにきちゃいました。傍らのバカでかいナタを掴み、立ち上がります。
気配を察したマルチェロでしたが、直も無関心に口を開きます。
「……旅の途中だ。先を急いでいる。お前たちの思い通りにはゆかぬぞ」
マルチェロは腰のレイピアに手を掛けることもせず、殺気さえ消して身構えたりもしません。
ケンカを売った相手がそのような態度をとるのを見たことがない親玉は、逆に、どうやっつけたらよいかわからず、ナタを持つ手に力をこめるだけです。
一応、間合いを詰めてみる親玉。でもマルチェロは微動だにしません。
目が見えなくても、勝てる自信のあるマルチェロ。無我の境地に入っています。
「……もう一度言う、命だけは助けてやる、おとなしくあるだけのゴールドを出せ」
攻撃の糸口が見えない親玉。仕方なくもう一度同じことを言いました。
「もう一度言おう、旅の途中だ。お前たちの思い通りには……っ!」
マルチェロが急に頭を押さえました。
マルチェロをやっつける絶好のチャンスだと言うのに、親玉はあっけにとられ、立ちすくみました。
「な、縄……縄ばしごはどこだっ!」
マルチェロは片方の手を差し出し、必死で縄ばしごを探ります。
「おい待て、逃がさんぞ!」
「ゴールドもその男もくれてやる! だから、なっ縄ばしごはどこだ!」
予想外の展開に、ゴロツキたちはおろおろするばかり。
「誰か降りてくるぞ!」
手下の一人が縄ばしごの上に人影を見つけました。
「何? 見張りはどうした? 誰も入れるなと言ったはずだ」
どこかで聞いたようなセリフを吐く親玉。ところが手下のゴロツキどもは右往左往するだけで役に立ちません。マルチェロは、とうとう頭を抱え、熱気ムンムンの方向に走り出しました。
「おいっ! そっちは今日は休業だ!」
「久しぶりだぜ……っ? なんだ?」
「どうした、トゲトゲ。おとりこみ中か?」
「えー? 今日お休み? せっかく楽しみにしてたのになあ、サウナ」
突然の来客に地下のゴロツキどもは真っ青になりました。
「あっ、あのときの……」
指を指された一人のゴロツキが、声の方、赤いバンダナの青年を見て震え上がります。
「どうした、リーダー? あのとき?」
「……ほらククール、ずいぶん前だけど、パルミドに来たときさ、チンピラみたいのやっつけたじゃない? あの人だよ。あ、あっちにも……ねえおじさんたち、真面目になったの? 悪いことしてるとゲルダさんに言いつけちゃうよ?」
ゲルダの名前が出ると、親玉も思わずナタを落としました。ガチャガチャと派手な音が井戸内に響きます。
「あやっ、兄さんたち、ゲルダ姐さんの…お…知り、おしり…」
「何? ゲルダの尻がどうしたって?」
すかさずもう一人がツッコミを入れます。そしてゲルダから借りている怒りの鉄球を取り出しました。
「ヤン、落ち着いて。お尻の話じゃないよ。この人たち、ゲルダさんの知り合いなんだって」
ゴロツキたちは既に全員土下座して許しを請うています。
「すいません、すいません、もうしません」
「なんだかわからねえが、ゲルダの舎弟なのか? だったら真面目に仕事しろ。素人さんを巻き込んじゃなんねえ」
「はい、すみません。……あの、どうぞ、サウナ入ってって下さいませ……さあさあ、お代はいりませんから……」
「そんなあ、悪いよ。ちゃんと払わせて。僕たちだって真面目に仕事してるんだから」
勇者ご一行様が受付を済ませている間、ドルマゲスは解放され、頭を抱えるマルチェロにも縄ばしごが渡されました。
さあ、ようやく井戸の上。
「ウォン!(兄さん、ご無事で!)」
「レオ、待たせたな。一刻も早くここを出るぞ。……仕方がない、ドニへ行くのだ」
マルチェロ一行は、勇者から逃げるように、足早にドニを目指しました。
ドニで食料と薬を買い、マイエラ修道院へ向かいます。もうくたくたでした。すでに夕日が沈みかけています。
女神の力で、身元がわからない魔法がかかっているとはいえ、ドルマゲスと共にマイエラ修道院に赴くのは、マルチェロにとって大層つらいことでした。
ところが……。
「旅の方ぁ? どーぞどーぞ、好きな部屋に泊まってってくらさい」
「我がマルチェロ様がほうおうさまにおなりになったんれすよ! 今はちょっと行方不明だけどね。いやあ、めでたい!」
騎士団全員、お祭り騒ぎをしていました。
「なんという体たらく! それでも聖堂騎士団員か?」
「まあまあ、いいじゃないっスか。院長の館も開いてますから、是非見学してってくらさいー」
そこら中にゴロゴロ寝そべる団員たち。下品な笑い、下手すぎる歌、散らかり放題の礼拝堂……。
「クゥン……(兄さん、ここが兄さんの心のふるさと、マイエラですか?)」
「……言うな!」
「旦那ぁ……俺が言うのもナンですけど、あの日の面影もあったもんじゃありませんね」
「……全く……貴様にだけは言われたくなかった……だが、事実だ……」
失意のマルチェロを嘲笑うかのように、中庭では盛大な宴が行われていました。
あの噴水前で人生を語り……壇上で団員を叱咤激励し……整然と並んでレイピアの訓練をした……この中庭が……。
「なんということだ……」
「兄さん、全て終わったら、一度お帰りになったほうがいいのではないですか……? 犬の俺が言うのもナンですが、これはひどい……」
レオパルドが遠慮なく人の言葉を喋っても誰も気づかないほど、騎士団員は皆酔っ払っていました。
「……とにかく、今は、女神のお使いを……」
「旦那ぁ、すみません、本当に……俺がオディロ院長を殺したばっかりに、旦那のふるさとまでこんなにしちまった……」
「言うな、ドルマゲス。騎士団の体たらくは私に責任がある……」
この時ばかりは、足元のおぼつかないマルチェロをドルマゲスが支えます。
雑に直した短い橋を渡り、院長の館へ入るマルチェロ一行。上り慣れていたはずの階段を、ドルマゲスに手を引かれながら、一段一段踏みしめます。
「ううっ……、すみません、すみません」
階段を上りきると、ドルマゲスは「すみません」とくり返しながらぶるぶる震えました。
視力の失われたマルチェロの翡翠の瞳からもはらはらと涙が流れます。その足元で涙と鼻水だらけのドルマゲスが女神の秘宝をそっと置きました。
「クゥン……(兄さん、場所を変えましょう。そろそろ月の出です)」
マイエラ修道院を出たマルチェロは東の方角に月を探しました。薄い光を投げ掛ける月。
今のマルチェロにはそれでも十分な明るさでした。
「よし、ゴールドを稼ぎながら移動だ」
マルチェロ一行は、次なる目的地、リーザスに向かいました。
次はリーザスに行きます。