「ここが現場か」
トラペッタに到着した勇者サポート隊のマルチェロ、ドルマゲス、レオパルド。
教会で一夜を明かし、朝飯前のゴールド稼ぎを終え、彼ら二人と一匹は、焼け尽くしたマスターライラスの家の前でお祈りをしていました。
特筆すべきことのないこの町。次の目的地は遠いので、さっさと用事を済ませたいマルチェロです。
女神の秘宝を置き、立ち去ろうとしたとき。
「あの……すみません」
見ると、年の頃18。長い髪を二つに結った少女が立っていました。腕にはなぜか、いかにもおっさんが好みそうな酒の瓶。
「お嬢ちゃん? 俺たちに用かい?」
師匠のマスターライラスを殺害した現場で涙や鼻水をだらだら流していたドルマゲスが言いました。
「えっ……あの、この火事のおうちの……ライラス先生の知り合いですか?」
細長い上、気味の悪いメイクのドルマゲスに見つめられ、少女は半歩下がります。
「そうだが、それが何か」
マルチェロも、声のする方へ体を向けました。少女はマルチェロの厳しい物言いに身体をすくめます。相変わらず威圧的なマルチェロですね。
「あっあの、私はユリマと言います……父が占い師でして、『ライラス先生のところに女神の使いが来る』と数日前から言っていたものですから……ここで祈りを捧げてらしたから、あなた方がその女神の使いなのかと……でっ……でも、すみません。違いますよねっ」
酒瓶を抱えた少女……ユリマは今度は3歩ほど下がります。
「……そうだ、と言ったら信じるのか?」
ユリマが黙っているので、マルチェロは続けました。
「もし、そうだとしても、そうでないとしても、娘、そなたには関係なかろう。それとも、そなたの父の占いが当たるか当たらぬかで賭けが行われているとでも?」
「いえ、賭けなんて……。父の占いは外れることはありません」
小声ながらもきっぱりといい放つユリマに、マルチェロは少しだけムッとしました。
「では何故、我らに声をかけたのか? からかいか?」
マルチェロの詰問に、ユリマはもうびくびくして言葉が出ません。
「ウォン……(兄さん、娘がおびえています。もう少し優しく喋って下さい)」
「わかった。……では言おう。暗黒の神がよみがえったのは知っているな。それを倒すべく立ちあがった勇者がいる。私たちは、暗黒の力の前に倒れた7人の賢者の魂を慰める旅をしている。勇者に力をお与えくださいと祈っているのだ。マスターライラスで3人目だ」
抑揚のまったくない、まるで渡されたばかりの書面をそのまま読んだようなマルチェロでしたが、それを聞いたユリマの顔がぱっと輝きました。
「ああ、あなた方こそが女神の使い! どうか、父に会って下さい!」
ユリマは駆け寄り、マルチェロの手をそっと取ります。
マルチェロは、予想外の出来事にびっくりしてしまいました。
──しまった、油断した!
誰かにこんなにやすやすと手を取られることなど、物心ついた時からありませんでした。普段から殺気を放っているマルチェロにしては、無防備であったかもしれません。背後から、弟に抱きつかれた時より驚いてしまいました。
大抵の人は、恐ろしくてマルチェロになど近寄れません。もちろん、マルチェロのほうから誰かの手に触れたいなどと思ったこともありませんでした。
それなのに、今は、人の手がこんなにも温かく、優しく、頼れるものと感じます。レオパルドを頼りにしているように、この娘を頼ることが許される気がしました。
──目が見えないということで、誰かに助けられている……。
マルチェロの肩の力がちょっぴり抜けたようです。
「お父さん! 女神さまの本当のお使いのかたですよ!」
マルチェロ一行は、トラペッタの奥まった所にある小さな家に案内されました。
「ユリマが家に連れてくるとはな。ならば、本当なのだろう」
いきなり慇懃無礼な言い方をされ、マルチェロだけでなく、ドルマゲスもムッとします。
「お父さんたら、そんな言い方……」
「ふん……まず占ってやろう……」
占い師の上からの物言いに耐えられないマルチェロが、ドルマゲスに「行くぞ」と言いました。
「えっ、旦那、話するんじゃないんですかい?」
長い顔をさらに伸ばしてドルマゲスが尋ねます。
「お坊さま……お待ち下さい……」
ユリマもおろおろしています。
「……せっかく占ってやろうと言うのに……」
そのまま立ち去ろうとしていたマルチェロでしたが、この上から目線な言葉に、キッと、占い師の方に細い顎を向けて言ったのはこうです。
「せっかく、ですと? あいにく、私は占ってもらいたいわけではないのでね。急ぐ旅です。こうしている間にも、宙に浮く巨大な暗黒の神が力をためている。ここで油を売っている暇などない。……ユリマ嬢、世話になった。私は、見ず知らずの人に誘導してもらったことはなかった。そなたは優しく、信頼のおける人間だ。……達者で」
あらあら、マルチェロったら、優しくしてもらったことがよっぽど嬉しかったのでしょうね。そんなことを言うと、ドルマゲスの手を振り払い、自力でドアを目指します。
「待たれよ!」
占い師が引き留めます。文字通り、マルチェロの腕を掴んで。
「用事はないはずだ」
「申し訳なかった。私はルイネロ。女神の使いが来ると占ったら、冷やかし、からかい、成りすまし、便乗占いなんかが増えてな。しゃべらなければよかったのだが。ただ、私は公言しなかったことがある。……その使いは、頭がいいがプライドが高く、力があるが目が見えず、仕事ができるが付き人に恵まれず、すべきことはわかっているが何を信ずるべきか迷っているのだと。間違いない、あんたがその使いだ。そして、私にはわかる……目が見えないのは女神のせいだろう」
占い師ルイネロは、ずばり言い当て、更に続けます。
「ユリマに、ライラスの家の前に来る怪しいやつらに声を掛けさせた。ニセ者なら、酒場に誘い、待機させた警備隊に引き渡す手筈になっている。だが、ユリマはあんたたちをうちへ連れてきた。本物と判断できる」
「何故、ユリマ嬢は見抜けるのだ?」
マルチェロに問われ、事の成り行きを不安そうに見ていたユリマがしっかりした口調で言いました。
「はい。私の占いでは『女神のお膝元より2つの魂が、女神と人間世界の狭間より迷える1つの魂がやって来る。迷える魂は盲い、心渇いている。彼らの、世の力となるために為されることは、3つの魂を救う』というものでした」
「ユリマ、なんだそのカッコいい占いは! 私には『お使いのうち、一人は目が不自由』しか言わなかったぞ?」
娘に負けたような気がしたルイネロは、ちょっと食って掛かってしまいました。
「えっ? そうだっけ……。ごめんなさい。でも、私の占いは抽象的な感じだから……私には理解できないんです」
「いや、ユリマ嬢、盲目の私は今は迷いはないが、いずれ近いうちに迷うことになるだろう。そして、確かに心渇いている。ユリマ嬢……純粋な人の優しさに久方ぶりに触れた」
なんだか口説いてるみたいに聞こえますね。ルイネロも気が気じゃありません。マルチェロはそんなつもりはまーったくないんですけどね。
「まあ、そう言うわけだ。一杯やってくれ。私もあんたたちを応援したい」
そんなこんなで、すっかり打ち解けた一同。ルイネロと一杯ひっかけることになりました。おつまみの用意ができるまでルイネロに占ってもらいます。
「むむっ! むむむむむっ!」
ルイネロが念を送ると、水晶の中がもやもやしました。そのあとふわふわし、ぐるぐるしてボワッとなって、占いが終わりです。
「……ふう、わかりました。危機が迫っています」
「危険はもとより承知」
「……無事に次の目的地につきたくば……、早く出ていけ?」
「なんだそりゃ? ルイネロさんよぉ、大丈夫なのかい? お嬢ちゃん、あんたも占ってくれないか?」
ドルマゲスもたまにはいいこと言います。
「では……」
ユリマも同じ水晶で占います。
水晶は、もわもわと白くなり、キラキラと赤と銀の星屑が舞い、緑色の丸い風船がケタケタと笑うように踊りました。
「へえ~聖誕祭の飾りみてえだな……」
ドルマゲスが感心します。
「ああっ! 大変です! 『人でもなく魔物でもない遥かな異郷に生まれし者と、近き血の持ち主が……』」
「ううっ!」
「マルの旦那ぁ!」
マルチェロは突然頭を抱えてしゃがみこみました。
「ここにいてはなりません! 早く……」
ユリマに追いたてられ、ルイネロ家を出たマルチェロ一行は、家の前の井戸に飛び込みました。いえ、飛びこまされました。
「痛えよ! お嬢ちゃーん、俺たちはどうすればいいんだ!」
井戸の底でドルマゲスが叫びます。
「すみません、あなたがたの危機がこっちに来るみたいです。あと5分したら大丈夫。そしたら井戸から出て、次の目的地にお出かけ下さい!」
大人の男二人と、大型犬一頭を井戸の中へ押し込んだユリマは、井戸の中に向かってそう叫ぶと、迫りくる危機が何なのか、あたりを警戒します。
すると、懐かしい人がやってくるではありませんか。
「ユリマちゃん、久しぶりだね、元気だった? ルイネロさんいるかな?」
「エイトさん、それからヤンガスさんと……」
「うん、仲間のゼシカとククールだよ。ごめんね、急に来ちゃって。ククールがユリマちゃんに占ってもらいたいって言うから……」
5分後、勇者様ご一行がルイネロ家に入ったところでマルチェロの頭痛が治まりました。
井戸の底では。
「兄さん、大丈夫ですか?」
「レオか。大丈夫だ。早くこの村を出るぞ」
「でも、レオパルドはどうやってここから出すんです?」
「!」
この井戸には一本のロープが下がっているだけです。人間はロープを登ればすむことですが、犬はそうは行きません。彼らは瞬間移動の呪具や、脱出の呪具も持っていません。
「女神の思し召しでどうにかならないものか……」
マルチェロはしばし頭を抱えました。ドルマゲスも上を見ながら一生懸命考えます。
「マルチェロの旦那、馬飛びの要領でやってみます? 俺が馬になりますから、旦那は俺の上に馬になり、壁に手をつきます。レオパルドは助走をつけて、俺たち二人の上を駆け上がっていくんだ」
「いや、だいぶ高さがあるぞ、ドルマゲス」
レオパルドがいくら大型犬とはいえ、ちょっと高さがあり過ぎます。
それでも、何もしないよりはましだということで何度か試みましたが、案の定、レオパルドの前足が井戸のふちにかかることはありませんでした。
「……レオが足を痛めても困る」
「兄さん……」
「しょうがねえな……」
「私が背負おう」
「……そんな……」
レオパルドは、まるで子犬のようにキュンとします。
「……いや、旦那、俺がやります!」
「なんだって?」
嫌がるレオパルド。
「これ以上、旦那に迷惑かけられない。……こんな強くて男前の人がいたなんて。俺ぁ、暗黒神の杖を持つ前に、旦那と知り合いたかった……聖堂騎士団に入りたかったよぅ……」
そんなこと言われても困ります。
でも、その気持ちをくみとったレオパルドは、黙ってドルマゲスの肩に手を掛けました。ドルマゲスは両手でしっかり後ろ脚とお尻を支えます。
その様子を温かい気持ちで感じていたマルチェロでしたが、ドルマゲスの腕力がなさ過ぎて片手でロープをつかむことができず、登ることができません。結局マルチェロがレオパルドを背負い、器用に登って行きました。
無事に井戸から脱出したマルチェロ一行は、トラペッタを出て、今度は西へ向かいます。
3つ目のお使いが済みました。次の目的地は西の大陸です。