「さっ…砂漠! 旦那ぁ、ここはベルガラックじゃねえです」
「分かっている! この月明かりだ。貴様に言われずとも、ここは砂漠だ」
何ということでしょう。ベルガラックを念じたはずなのに、その南、砂漠地方にきてしまいました。
「さみー。砂漠ってのはこんなにさみい所なのか?」
「砂漠は昼夜の寒暖の差が激しいんだ。そんなことも知らないのか。バカめ」
「んだと! お前は犬ッコロだから暑かろうが寒かろうが関係ないんじゃねえか! 俺様はデリケートなんだよ」
「ふん! どこがデリケートだって?」
「止さないか、二人とも。向こうを見ろ。灯りが見える。教会かも知れぬ」
いつもいつも喧嘩をするドルマゲスとレオパルド。マルチェロも最近は放っておくようにしています。あれはあれで、彼らなりのコミュニケーションの取り方なんだろうと悟ったからです。
「おっ! 本当だ! 旦那ぁ、良かったですね。さあ、足元に気をつけて急ぎましょう」
夜ですから目が見えているマルチェロなのですが、ドルマゲスがそんな風に気を使うので、自然に笑みがこぼれました。マルチェロはそういうことにちょっと弱いようです。
「こんな夜更けに何のご用ですか?」
「ようやく砂漠を越えることができました。朝まで休ませて頂けますか」
月明かりの入らない教会に入ると、またマルチェロは見えなくなります。本当は野宿でもしたいところですが、ドルマゲスが寒がるので仕方ありません。
「ではこれまでの行いを告白なさい。そしてゆっくりして行くがよろしい」
「かたじけない……」
レオパルドも入れてもらい、教会の隅で夜を明かしました。
さて、次の朝。砂漠の教会からベルガラックへ向かいます。ドルマゲスの空腹のせいで歩くスピードがかなり落ちてしまいました。
「だ、旦那ぁ、俺ぁ腹が減って腹が減って……」
「またか、ドルマゲス。お前はガキか?」
「うるせえ、犬! 俺さまは代謝がいいんだよ。一日5食くらい食わないと力が出ないんだよ!」
「無駄な動きが多いからすぐに疲れるんだろう? 少しは考えろよ、アホ芸人め!」
「なに? 犬のくせに威張りやがって! 芸人バカにするな!」
空腹で力が出ないはずなのに、レオパルドとの言い争いは元気にできるドルマゲスです。ところで、ドルマゲスは道化師ではなかったのでしょうか。いつの間にか芸人を名乗っていますね。二人の漫才、いえ、やり取りが終わるのを冷ややかに待っていたマルチェロは、ふうっとため息をついて言いました。
「ベルガラックへ行けば食事ができる。今あるゴールドではパン一切れとスープだけだぞ。それでよければ、魔物は無視して急いでベルガラックに行くことができる。だが、少しでも良い食事にありつきたいのならば魔物を倒して食事代を稼がなければならない。美味いものが食べたければ働け。どうするのだ?」
道中、魔物はほとんど襲い掛かってきません。なぜなら魔物は、マルチェロが強いと分かっているからです。怖くて近寄らないのです。夜行性の魔物なら気の荒い者が多いので、よく襲ってくるのですが、日中の魔物はドルマゲスがおとりになっておびき寄せなくては戦う事すらできません。
「うぅ……、しかたがありません。メシのためなら……」
ドルマゲスは半べそをかきながら先頭になって歩きます。マルチェロとレオパルドが少し離れると、すぐに魔物がドルマゲスを襲います。ドルマゲスはそのたびにギャーギャーと逃げまどい、マルチェロとレオパルドが救出に走ります。
「だから、もう少しおとなしく逃げられないのか! ガウッ!」
「だ、だ、だ、だってよう……」
レオパルドにたしなめられますが、怖がりのドルマゲスは襲われると一目散に逃げてしまいます。まったく、立派なリアクション芸人のようでした。
そんなこんなで夕方近くになってようやくベルガラックに到着しました。
「旦那ぁ、旨いっすねー。こんな料理、食ったことありません!」
やっとの思いで食事にありつけたドルマゲス。マルチェロは先にゴールドを渡し、たくさんの料理を運んでもらいます。ドルマゲスはあの顔で目をキラキラさせながらがつがつと頬張り、次々皿を重ねます。
ものすごく気味が悪い絵づらでしたが、マルチェロには見えないのが幸いです。マルチェロは坊っちゃん育ちですから、食事の行儀には非常にうるさいのです。
「ふぅー、食った食った。いやぁ、いいところだ。ベルガラック!」
「お客さん、そんなに気に入ってくれたのですか?」
ドルマゲスの声は相当大きかったのでしょう。まだ少年らしい面差しの男が声をかけてきました。
「ああ! 綺麗だし、食いもん旨いし、活気があるよ。こんないいところだと思わなかった。あんたも気に入ってるのかい?」
彼ははふふっと笑い、ゆっくりして下さいね、と言いました。
「なんなんだ? あの小僧……」
ドルマゲスが彼の背中に小さく捨て台詞を吐くと、隣のテーブルの客が話しかけてきました。
「あんた、知らないのか? あの兄ちゃんはフォーグさんっつって、カジノのオーナーだ」
「へえっ? あんな小僧が?」
「若いったって、苦労してなさるんだ。大体、親父のギャリングがいなくなってカジノが閉鎖され、危うくサザンビークに乗っ取られるところで、妹のユッケちゃんと後取りの試練を乗り越えたんだ。大したもんよ。あの兄妹は。……親父のギャリングは、行方不明だが、噂によると賊に殺されたって話だ。熊も片手で捻るあのギャリングがだぜ? ……ギャリングのこと知らねえか? 男気あふれるいいヤツでな……フォーグさんとユッケちゃんだって、本当の子じゃねえ。捨てられてたのを自分の子として大切に大切に育てたんだ。……おい、若いの、大丈夫か? あんた、見かけによらず人情に厚いんだな!」
ギャリングの名を聞いて、ドルマゲスが涙と鼻水をだらだら流します。もっと綺麗に泣けないものでしょうか。
黙って話を聞いていたマルチェロは、その客にフォーグを呼んでもらいました。
「オーナーのフォーグは私ですが、何か問題でも?」
「いや。フォーグ殿。実は私たちはギャリング殿に会いにきたのだが、今しがた聞いた所によると、ギャリング殿は行方不明とか……本当ですかな?」
「ええ。実は何者かに殺害されまして……」
「それはそれは……お気の毒なことです」
フォーグは、盲目の僧マルチェロに興味を持ったのでしょうか、失礼しますと言って同じテーブルにつきました。
「父をご存知なのですか?」
「いえ。直接は存じ上げません。素晴らしいカジノを経営してらっしゃることは、アスカンタの山向こうまで聞こえております。……そういえば南の大陸で、賭け事に強い男の噂を聞きましてね。このベルガラックにも来ているのだろうかと。お気をつけなされよ。僧侶のなりをして、イカサマもし、おまけに女性にも手を出すという噂です。フォーグ殿には妹御がおられるとのことですから」
それを聞いてフォーグは、あはははと、ややお手上げ風に笑いました。
「お兄ちゃん、それ、ククールのことじゃない?」
いつの間にか妹のユッケも来ています。
「ああ、妹よ。そうだろうね。間違いない、ククールのことだ。お前を口説きはしなかったが」
「ククールったら、スロットでやってくれたわ」
「スロットですか?」
マルチェロは、ククールがやはりこんなところでも名が知れていることにちょっぴり嫉妬しました。
「うん。ククールったら、3時間でコイン20万枚ためてね。伝説のグリンガムのムチを持ってかれたわ。大赤字よ」
「……まあ、妹よ、いいじゃないか。竜骨のクエストには力を貸してもらったんだし」
「そうね。ククールのおかげでぼったくりカジノって言われずに済んでるもんね」
歓迎されているのかいないのか、ククールの評価は微妙なところです。
「ところで、フォーグ殿、ユッケ嬢、ギャリング殿の話を聞きました。私にも冥福を祈らせて下さい。彼の勇気と、優しさを称えたい」
マルチェロの言葉に、フォーグ、ユッケの兄妹は顔を見合せ、少し神妙に微笑みました。やはり、身内を殺された傷は、そうそう癒えるものでもありません。この世にたった二人のきょうだい。その様子を感じ取ったのか、マルチェロもほんの少し、フォーグとユッケの20万分の1くらい神妙になりました。
ずっと泣き続けているドルマゲスと共に、マルチェロはギャリング殺害現場を訪れました。
心地いい低音で唱うように詩編を紡ぐマルチェロ。フォーグとユッケもうつむき加減で涙をこらえます。
最後に女神の秘宝を置くのはドルマゲス。頭上に掲げ、頭を垂れたままゆっくりと床に置きます。秘宝は他の人には見えませんから、端から見たらドルマゲスの動作は何とも間抜けでした。
「ありがとうございます、お坊様」
「ククールとは大違いね。同じお坊様とは思えないよ」
丁寧に頭を下げる兄フォーグに対し、ペラペラと悪態をつく妹ユッケ。
きょうだいとは、どこも一緒なんだな、とマルチェロは思いました。
──そうすると、フォーグの低い姿勢は、ポーズに違いない……。
何でしょうね、みんながみんな、マルチェロみたいな長男じゃありませんのに。
とりあえず、そんなこんなで4つ目のお使いが済みました。次はリブルアーチへ行く予定です。
「今からリブルアーチに?」
旅立つ準備をしていると、ユッケが話しかけてきました。
「先を急ぐのでな」
「えー? マジ信じられないっ! カジノでちょっと遊んでいけばいいのに。お坊様だってたくさん来るよ。お酒もあるし。ねーねーいいじゃない!」
ユッケは執拗にマルチェロを誘います。
──なぜ、このような種類の者が回りに集まるのだ! ククールといい、ドルマゲスといい、そしてこの娘!
「もう今日は遅いから泊まっていきなよ。今からリブルアーチなんて真っ暗だよ? 雨だし」
「何? 雨だと?」
「ホントだ。旦那、雨ですぜ」
「仕方がない。一泊して行こう。レオ!」
マルチェロは、今一番信頼し、側にいてほしいレオパルドの名を呼びました。屋敷の入り口で待機していたレオパルドがさっと頭を上げました。
「ユッケ嬢、レオは盲導犬だ。宿屋に入れても構わないだろうか」
「うん、もちろん! あたし一緒に宿屋に行って、事情を話すよ。さ、行こう」
ユッケはマルチェロの右手を、自分の左肩につかまらせました。マルチェロは感動しました。手をひかれるより、このほうがずっと歩きやすく、安全なのです。
──さすが、苦労している人間は違う。
ユリマに少女らしい優しさ感じたのとは違い、ユッケにはプロの実力を感じました。
また一つ、人の優しさに触れたようですね。
感服しながらギャリング邸の階段を降りていると……。
「ううっ!」
マルチェロが突然頭を押さえました。階下の扉の方からレオパルドの激しい吠え声も聞こえます。
「ワンワンワンッ!(兄さん、大変です! 勇者が!)」
「やだ、どうしたのかしら、お坊様、大丈夫?」
にわかに外がざわついてきました。
「ユ……ユッケ様っ」
屋敷の使用人が慌ててやって来ました。
「どうしたの? ケンカ?」
「あっ、いえ、ケンカではないんです。ちょっと魔物が……」
「何ですって? あたし、戦うわ」
「いけません、ユッケ様。今、旅人が……」
「旅の人にそんな危ないことさせられない」
ユッケはマルチェロの腕を外し、手すりにつかまらせました。その間もマルチェロの頭痛はひどくなるばかり。
「待たれよ、ユッケ嬢……その旅人に任せるがよい……」
「え? 何言ってるの?」
「それは……勇者だ……小僧とチビデブとチャラ男と娘だろう?」
「小僧とチビデブとチャラ男と娘? ねえ、そうなの?」
「はっ、はい、ユッケ様、その通りでひえっ」
使用人はあんまり慌てて返事をしたので声が裏返ってしまいました。
「ユッケ嬢……私を裏口に連れて行ってくれないか。犬も。ここは勇者に任せ、やはり我らは先を急ぐ……」
「わかった」
無事に裏口を出たところで、ユッケが言いました。
「あの、お父さんにお祈りありがとう。お兄ちゃん、しっかりして見えるけど、いっぱいいっぱいなとこあって。昔から泣きたいのこらえてるんだ。あたしが泣き虫だから……。あの、これ……お礼です」
ユッケが控えめに差し出したものは、キメラの翼でした。
次はリブルアーチへ行きます。