転校生というのはそれだけでも人気者になれるものだ。
まして、1度も転校生が来たことがない様な田舎の寂れた中学校なら尚更に。
まして、転校生が控えめにも美少女であれば尚更に。
そんなバフを味方につければ、前の学校で新入生ながら学校のアイドル的存在に登り詰めた私は、いとも容易く転校生活を初日から華々しく飾ることが出来るのである。
全校朝会&朝のHRでの自己紹介が終わり、席に着けば記者会見の如き質問の嵐。
前の学校の事から好きな物まで私生活を丸裸にしそうなクラスメイト勢いを制御して今後の生活で必要な情報を上手く操作しながら与えていく。
時折照れたような仕草をすれば気にしないふりをしている男子まで顔を赤くして俯いてくれるほど。
一歩教室から出れば、勝手についてくる女子共があそこは3年生の教室やらあそこは保健室だの、色々教えてくれて道に迷うことはない。
トイレに入れば下世話なトップカースト女子はあの男子はスケベだの誰と誰は付き合っているだのペラペラと喋り続け、私が気にするまでもなくこの学校の裏話を聞くことが出来る。
昼休みになって皆と体育館に遊びに行けば、年上年下関係なく私がいる体育館が異空間のようにぎこちなくなる。
遊んでいた女子からパスを受け取り鮮やかにドリブルをすれば先輩達の中から、おおっと関心した声が漏れる。
私の姿に見とれる先輩を尻目にゴールにスリーポイントシュートを決めればこの空間に居る全員のテンションはうなぎ登りだ。
放課後は図書室に向かう。
ボロい引き戸を開ければ、話をしていた2人の視線は私に釘付け。
手近にいたお下げの少女にこの図書室のシステムを聞けば、本当に文章を理解して読書しているのか聞きたくなるほど半端で咄嗟に思いついたような文脈で解説してくれる。
しどろもどろの彼女の説明にも不満な表情はおくびにも出さず笑顔で相槌を返していれば、彼女は説明終わりに満足そうな溜め息を零す。
彼女におすすめされた本を借りて図書室を後にすれば、図書室からは淡い悲鳴が聞こえた。
あとはどこを見逃していたかな。まだ私と接触&好意を持っていない人……───
「……っぁ痛!?」
考えながら歩いていた為に階段の1番下の段だけ高さが半分なことに気が付かなかった。ていうか、なんでこの階段の1番下だけ1段の高さが半分なのよ! この学校傾いているの!?
怪我をしてとても腹立たしかったけど、誰が見ているか分からない場でイラついた顔は避けなければならない。
私はこの学校のアイドルになるんだから、陰になる部分を作っちゃダメなの。落ち着いてそう、深呼吸深呼吸……。
無理矢理いつもの営業スマイルに戻せば徐々に頭も冷静になってきた。
明日には治るくらいの捻挫だけど、帰りは迎えに来てもらった方が良いかな。
しゃがみ込み捻挫の具合を確かめながらそんなことを考える。
「ん。どうした?」
突然頭上から掛かった声に思わずびくっと体震わせた。
普段から周囲把握を欠かさない私が目の前に人が居たなんてちっとも気が付かなかったなんて。
少しの捻挫程度でそういう気配りが出来なくなる位じゃ私もまだまだだな。でも足音とか一切聞こえてなかったけどな。まさか意図的に気配を消して? ……まさかね。私が未熟なだけでしょ。
一瞬の反省の後、返事を返そうと顔を上げれば目の前にしゃがんだ男の人の顔があった。
「……ッ!?」
私の体表が毛皮だったらきっと毛を逆立てていたことだろう。
本気で驚いた私は、脊髄反射で後ろに飛び退こうと足に力を込めた。
「……ッ、ゃっ、痛っ!?」
しかし私が踏み出した右足はたった今捻挫したばかりの足だった訳で。それをすっかり忘れていた私は力を入れきれずに、情けなく階段に尻餅をつくことになってしまった。
不覚不覚不覚っ!! 男の人に接近を許した上に驚いて腰抜かすなんてっ!! どうせこの人も私の体にしか興味ないんでしょ!! も、もう好きにするといいのよ!
清廉潔白な乙女の体を諦め自暴自棄になった私の頭はそれでも目の前の男の人の靴の色と両手で抱えるペンキ缶、そして心底心配した瞳で覗く顔を捉え、目の前の男の人が辛うじて安全な先輩なのではないかと仮定する。
「大丈夫? 捻挫したの?」
変なことをしてこないか警戒心を強めながら表層的には悲しい顔を作った。
いつ変なことをしようとしてこないか一瞬たりとも気を緩めず先輩を一瞥すれば、先輩は持っていたペンキ缶を脇に置いていて、私に緑と黄色のペンキで汚れた手を差し出していた。
私は愛想よく、その汚い手を掴んで階段に腰を抜かしだらしなく腰掛けていた体勢を整える。ペンキ位洗えば落ちるけど好感度は一度落ちるとなかなか戻せないからね。
ズキズキと痛みが広がりだした足首を静かにさすれば先輩も自然とそちらに目を向ける。
……汚いんだよ。ちゃっちゃとどこかに行ってくれないかな。私の綺麗な足首見つめるんじゃない。だっさい先輩が私の虜になってもしょうがないんだよ。
「転校生だよね? 保健室分かる?」
仄暗い思考を悟られないように私は適当なことを言って誤魔化す。あえてこのチョロそうな先輩を手駒に入れる事で、後輩と比べてコンタクトを取りづらい3年生へアタックする踏み台にしてあげよっと。
作戦が決まれば私の行動は早かった。
「……は、はいっ。クラスメイトから聞いてますが、あんまり行きたくないですね……初日から怪我とか恥ずかしくて……」
まずは自分の表情を変えて、頬を赤らめて恥ずかしがるような顔に変える。
そして、ちょっとした二人だけの秘密を告白すれば普通はこんな冴えない先輩も私への好感度はぐんぐん伸び上がるだろう。
なのにこの先輩ときたら、
「保健室には行った方が良いよ。まあ、行きたくないなら……」
一切なびく素振りすら見せない先輩。もしかして目、死んでるの? こんな可愛い後輩が弱ってるんだよ? チャンスだと思わないの? これだから童貞はコントロールしにくいんだよ。私も未経験だけど。
小言を言いつつも先輩はポケットから白い湿布を取り出すと私の足首を汚い手でそっと持ち上げた。
痛む部分を触られると足の筋に軽い痛みが響く。
足首なんて普段人に触られることがないからどんな表情をしていいか分かんないじゃん。こんな優しそうな目でジロジロ見てきて意味分かんないし。私の足首汚くないか、人に見せられる状態か気になって超恥ずかしいんですけど……。
シンデレラが硝子の靴を穿かせて貰う感じってこんなのかな。
私の足首にだけ目を向けている今の先輩なら顔を凝視しても不自然じゃない。
髪をいじるのは校則違反だからこのパーマは天然なんだろうな。クルクルちりちりでどこがつむじか分からないし。この人のパーマじゃない髪型って想像出来ないな。天パの為の顔ってなんだか面白い。
先輩が湿布を貼ろうとしてからまだ数秒しか経っていないけど、足首を触られているというイレギュラーな体験は私の体感時間を高速で進めていて、こう考えている間にも実は何分もの時間が過ぎ去っているように感じる。
それに階段に腰を下ろした状態で片足を上げる体勢って持ち上げられてても辛いし。腰がカクカク痙攣してきちゃうし。まるで私が足首触られることに腰を振って興奮しているみたいじゃん。やだ、そう考えると恥ずかしくて顔が熱くなってきた。べ、別のこと考えないとおかしくなっちゃう。
そういえばさっきまでは頭を凝視してたからこれ以上見る必要もないし、目線はどうすればいいの?
足首凝視してても掴まれているって確認するだけ恥ずかしくてとても見ていられない。ちょっと視線上げれば先輩の顔を見る事になるわけで、横に逸らせばさっき先輩が置いていたペンキ缶が目に入ってきた。
そういえばこの先輩はなんでこんなに沢山のペンキ缶持って歩いてるんだろ。この学校美術部なんてなかった気がするのに。
「ここか。……うん、よし。急に触ってごめんね」
ゆっくり足を床に降ろしてくれた先輩は謝りながら立ち上がった。
あれ? おかしいな。私そんな痛がってた? 感情なんて出さないのが私の特技なのに? もしかして私、今日調子悪い?
日常的に怪我を誤魔化すような人に行っているのだろうか、この先輩が湿布を貼っている場所は私が痛いと思う場所ピンポイントだったのだ。
「いえいえ、湿布貼って頂きありがとうございます」
先輩は私の思いを汲み取ってここで治療してくれた訳だし、触るのだって治療の為で私に謝る必要はないのにとても申し訳なさそうにしている。
意味不明なその態度に私は違和感を感じながら差し伸べられた手を掴んで立ち上がる。
「よっこいしょ……っ!!」
最初見たときにも感じてはいたが、実際に立ち上がって並ぶとこの先輩はとても背が高かった。どれくらいかと言えば、立っている状態だと私の顔は先輩の胸に収まる位置にあるほど。
確かに私の身長は150センチで平均より低いけども、先輩は明らかに同年代より頭1つ高い。
大きく見上げなきゃいけない人なんて私の記憶上、190センチあったお姉ちゃん位しか知らなくて、仄かにこの先輩に親近感を感じられた。
「あっ! ごめんっ、その手……」
私がお姉ちゃんとの思い出と先輩を重ねていれば先輩は私の手に何か気付いたらしい。
なんだろう? 怪我とかしてたっけ? 転んだ時かな?
私は両手の手のひらを上に向けて確認してみると、私の手は緑と黄色のペンキでほんのり汚れていた。
あー、確かに腰抜かしたとき手を繋いだから───
……へ? 私、男の人と手を繋いでた? あれ? あれれっ?
実はこう見えて私は男性経験が無い。惚れさせようとか、男を手玉に取ってそうなんて味方を増やして守りを固める為にそう見えるようにしているだけだし、実際には男の人と手を繋いだことすらない。
つまり今、この先輩は私が初めて手を繋いだ男性で、初めて下半身(足首)を触った男の人である。
お父さんは忙しい人で、赤ちゃんの時ですら一度も触ろうとしなかったってお母さんが言ってたからノーカンで。
「え、ぁ、あの、きょ、きょうはありg……ふぇ!?」
頭に回り始めた血液に赤く染まっていそうな私の顔をすぐにでも隠したく、適当に挨拶をして戦線離脱を目指せばクイッと腕を引かれた。振り向けば先輩は私の手を一生懸命に拭いていた。
当然拭きやすくするために私の手は先輩の手に包まれており、ちょっと強めに布で擦られる手の平はくすぐったくて、熱くて、心までじんじんしてくるようで私はどんどんパニックに陥った。
いや、真面目にくすぐったいから! 恥ずかしいから! なんでこんなに一生懸命なの!?
私の心境なんて全く気にしていない先輩は私の手についたペンキを丁寧に落としていった。
ペンキが落ちるのにどれ位掛かっただろうか。1分2分の筈なのに1時間位触られていた気がするし、1日触られていた気がする。そんな訳ないけど。
とにかく先輩のごわごわした手の感触が私の手から消える頃には私は心身を酷く疲弊していた。
「汚しちゃってごめん。落とすのにちょっとシンナー使ったから帰ったらハンドクリームでちゃんと手をケアしてね」
「は、はい」
「それじゃ、今度からは気を付けて」
私が疲れてうな垂れる間にペンキ缶を抱えていた先輩は、そう言い残して階段を登っていく。長い脚を違和感なく使い、自然な1段飛ばしで階段をするする登っていった先輩を私は手を振ることすらせずに目だけで追う。
先輩が居なくなったあとも私の気分は酔ったように浮ついていた。
はっ! そうだ、シンナーだよ。私の気分がクラクラしているのはシンナーのせいだよ。
先輩め、私を誘惑するために薬使って……。そんなセコい手で私は先輩なんかに揺らがないんだから!
そんな誤魔化しはあり得なく。私の心は正直に先輩へ思いっきり、それこそキューピットが大漁旗をブンブン振り回したような位に揺らいでいた訳で。
……かなり不思議な先輩だったな。近くに居たの気付かなかったし、私に対して好意あるような素振り見せないし、湿布貼る精度は良いし、触ったことには謝るし。
未だ高い熱を持つ手を無意味に頬に当てれば、上あごにつくような気持ち悪い匂いが顔の周りを漂う。
もう一度逢えるかな。うん。会えるね。狭い学校だし。
私は先輩と会う口実を考えながら帰りの迎えの電話を入れようとして、自分があの先輩のハンカチを大事に強く握りしめていることに気が付いた。
「あの先輩、ハンカチ忘れてる!?」
感想待ってます