あの人が好きだから   作:Kurahe

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乙女は追跡し作戦をたてる

 2日間の休みが明け、怠くて憂鬱な月曜日。一般的な認識はそうだろうし、私もいつもは怠い。

 でも残念ながら今日は朝から張り切っている。

 先週の金曜日。私の介護をしてくれた先輩はハンカチを忘れて居なくなった。ハンカチを返そうにも捻った足で追いかける訳にもいかないから月曜日返せばいいかと、その時はそのまま帰ったけど休んでいる間ずっと胸にしこりのような物が残っていた。

 まあそんなモヤモヤも今日でおしまい。

 今、私は3年生教室の前に来ている。先週の盛り上げの効果もあって先輩達はすぐに私を見つけ近付いてきた。

 そうそう、先輩を呼んでもらってサッとハンカチを返すだけ。詳しいことは先輩が質問攻めされるでしょ。あの転校生と何があったってね。

「舞知ちゃん、どうしたの? 誰かに用事?」

 私に話し掛けてきた女子はふくよかな体型が安心感を持たせる人だった。しかーし、私の人相判断は目尻と眉間の皺から怒らせたら面倒くさそうな人だなぁという診断を下した。

 他の女子に囲まれると厄介だからここはスムーズに用事を済ませて、と。

「あの、お世話になった先ぱい……あれ? あっ、名前聞いてませんでした……」

 先輩の名前を言おうとして気が付いた。私、先輩の名前知らないじゃん! なんというミス! これでは他の女子が近付く時間が出来てしまう! おうおうおう、急いでカバーしないといけないじゃん。

 

 だけどそんな私の心配は要らなくなった。

 思わず口から出てしまった私の声を聞いて気が利き目の前の先輩は私が目的の人の名前を知らないと気付いてくれたようだった。

「んーっと、どんな人だった?」

「はいっ、背が高くて、怪我をしていた私を助けて頂けるようないい先輩でした」

「背が高くて優しい……ああ、龍ちゃんね。龍ちゃーん! 転校生ちゃんが呼んでるよー!」

 へぇ。あの先輩、龍ちゃんって呼ばれているんだ。女先輩と一緒に教室を覗いていると、呼ばれた龍ちゃん先輩はニコニコ近付いて来た。……ん?

「何か、用事でもあったかな?」

 確かに目の前に立っている龍ちゃん先輩は背が高いが、あの時あの先輩に感じたよりもちょっとスケールが小さい。

 もう少し大きい先輩居るんじゃないか? そう思った私は女先輩の方を向いてもう一度尋ねた。

「あの、呼んでもらってすみません、助けて頂いたのはもっと大きい先輩でした」

「えっ! 龍ちゃんじゃないの!? だとすると……女と男、どっちだった?」

「男の人でした」

 私が男と応えると、女先輩は途端に嫌そうな顔をする。えっ、何? その先輩、何かあるの?

「人を助けるような奴じゃないし、見間違いだと思うなぁ……。まあ、一応呼んでくるけどさ、嫌な思いしたら、ごめんね?」

 そう言い残し女先輩は3年教室の一つ隣の教室に頭をいれて、何かを叫んでいた。私には全然理解出来ないが、とりあえず隣に居た龍ちゃん先輩は用済みなので教室に戻って貰う。

 教室に入れていた頭をすっと戻した女先輩は私を手招きする。準備が出来たのか? 何の準備?

 教室近くまで来ると教室の中に女先輩が手を伸ばし男子生徒の腕を引いて引きずり出した。

 無理矢理といった形で出された男は嫌そうな顔で私を向く。

 その鋭い眼差しは私の心臓を突き刺すような威力だ。圧倒的な身長差だってそれに拍車をかけて怖い。龍ちゃん先輩が丸い印象だったら、この先輩は棘だ。三角錐だ。それも超尖ったやつ。近くに居るだけで風穴空いて死んじゃいそう。

 でもこの先輩こそが私の探していた先輩だ。

「あ、あのっ。先週はありがとうございました!」

「先週……? ああ、階段の。どうした、何か用事か? お礼だけなら戻っていいか? 今忙しいんだが」

 おいっ、と女先輩にどつかれる先輩。それでも先輩は気にした様子もなく中に帰ろうとして……

「ま、待って下さい! このっ、ハンカチを忘れてて」

「ん? 返しに来たくれたのか。そうか。うん。ありがとな」

 差し出してくれた手に恐る恐る置けば先輩はふっと優しく笑って教室の中に入っていった。何あの先輩、笑顔が、優しすぎなんじゃない!?

 先輩が教室に帰って廊下には私と女先輩だけになった。女先輩は仰々しくため息をすると私に近付いてきて、

「ごめんね。ああいう奴なの。悪気しかないだろうから嫌いになってもいいから」

「えっ? ああ、はい……」

 確かに語調は強いし、刺々しいけど、たぶん悪気があってやっているんじゃない気がするんだよな……。向き的にさっきの笑顔見えてなかったのかな。

 まあ無事にハンカチ返せたし一件落着だな。

 うんうんと教室に帰ろうとすると女先輩に引き留められた。……いやっ、この先輩の腕掴む力強い! さっき先輩嫌がってたの絶対これでしょ! 痛い痛い痛い痛い!

 一応嫌な顔を見せないように振り向くが、そしたら今度この女先輩の笑顔が腹立つ! なにこの歪んだきったない笑顔。さっきの先輩の優しい笑顔見たから余計にだけど、痛い上にこれは私でもイラっとくるんですけど!

「舞知ちゃんは何部に入るか決めたの?」

「は、ぁ、まだですよぉ…っ?」

 痛み堪えながらイライラ抑えながらだとちょっと対応が雑になるな。落ち着かないと危険かも。

「なら丁度よかった。舞知ちゃんさ、バレー部に入らない?」

「へ? ぁっバレー部、ですか……」

「あれ? もしかして嫌?」

 嫌なのはテメェの面だよ!

 そんなこと言いたくても言ってはいけない。ここは穏便に。

「まだ、ちょっと決めてませんしっ、色々見てからにしますっ、ひっ」

 私がそう言うとゴリ……あっ。女先輩は私の腕を更に強く握り、引き攣った笑顔で私を睨んでくる。いででで、折れる折れる!

「うんうん、そうだね! 色々見てきてからバレー部に入って貰えばいいし」

 バレー部入るの決定かよ! ふざけんなよ! こんな先輩居る部活、絶対入ってやんねぇぞ!

 グギギギ……と私の腕が折れそうな程の力を込めていたゴリラの手はパッと開き、私を解放した。痛てて……。

 「またね♪」と笑いながら手を振って見送るゴリラに私も笑顔を返しながらそそくさと撤退する。

 この学校なんなの? 動物園なの? 違う? ならゴリラ脱走してきているから早く保健所来て。

 腕に付いた手形をぺちぺち叩いて戻しながら、私は急いで教室に帰った。

 

 教室に帰ると今度は女子共が群がってくる。代わる代わる私に質問していくと私の腕に付いた手形を見て何人かの女子が力無く笑う。

 どうやらあのゴリラ、誰にでもあの力らしい。とある女子はゴリラ対策用に冷えピタシートを持ってきていてありがたく使わせて貰えた。

 絶対バレー部に入ってやるもんか。

「舞知ちゃん、バレー部入りたくないの? じゃあ私と一緒のテニス部だね!」

 ん? なにこの馴れ馴れしい女子。…あ、ああ。先週図書室紹介してくれた子か。

「なんでバレー部じゃないならテニス部なの?」

「え? だってこの学校、女子の部活はテニス部とバレー部だけだよ?」

 

 ……嘘でしょ。

 

 小規模小規模言っていたけど、まさか女子の部活がソフトテニスとバレーしか無いとは思わなかった。

 何の為に部活するの? 文系のか弱い女子も運動部に入ることになるじゃん。てことは図書室で本を呼んでいたこの女子達も汗水流して運動しているってこと? そしたら出来ないでゴリラみたいな先輩にいじめられるって事。中々に腐ってたわ……。

 どうしよう。今更だけど、転校してきて後悔してる。はぁ、いやだな。

 バレーやりたくないから残るはテニスか。でもテニスって、あれでしょ?「へぁっ」とか「はぁんっ」とか恥ずかしい声出さなきゃいけないんでしょ? 絶対やだなぁ。

 前の学校みたいにマネージャー出来れば楽でいいんだけど。

 

 

 * * *

 

 

「……という訳で、今のこのタイミングで部活に入ってもチームに馴染めないで中途半端な結果になると思うんです。そうなって曖昧に部活を終わるのは私としては嫌なんです。だから! 選手としてではなく、マネージャーとして野球部に入部することは出来ませんかっ?」

「お、おう、そうだな。分かった。いいぞ、それで書類通しておく」

 職員室に入って数分。私は担任と野球部顧問と話しをつけて野球部に入ることが出来たのであった。

 月曜日は部活は休みらしく、部活動は明日から合流出来る。

 

 いや~、楽しみだな~。

 転校してきた美少女は異例の野球部マネージャーに入部。男だらけで泥臭かった部活も花々しい香り漂いだして、男だけの空間で女に飢えた部員達は美少女に好かれようとあれやこれや。

 男子の9割が入部している野球部を牛耳ればこの学校は私の手に落ちたも同じ!

 こうして花より男子、もとい美女と野獣達的ストーリーまっしぐら!

 シンデレラも白雪姫も最初っから可愛いから夢物語が出来るのよ! 所詮男は可愛ければいいんだよ!!

 

 この時の私は自分で撒いた地雷原を歩くことになるとは微塵も考える訳がなく、自分の完璧な策略に笑いを隠せずに浮き足立って帰路に着いたのだった。

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