あの人が好きだから   作:Kurahe

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2人はどうもくっついていないと落ち着かないようです

「ふぇぇ……あつー」

 燦々と燃えるお天道様が圧を掛ける土曜日の昼下がり。4月だというのに強すぎる日光を前に俺は実は吸血鬼だったかもしれない可能性さえ感じる。魂が抜け、今にもぶっ倒れそうな足取りで玄関のドアノブに縋り付いた。

 な、なんとかここまで辿り着けた。今日は一段と疲れたなぁ。

 すっきり晴れた青空を眺めて溜め息ついでに息を整える。そして重たいドアを少しだけ開き一気に滑り込んだ。屋内は薄暗く涼しい。ヒンヤリとした空気は火照った俺の体の熱を下げるには丁度いい温度である。

 

「おかえりなさいませ。ご主人様」

「へ? ……あ、ああ。ただいま」

 突然のお出迎えに内心ドギマギしながら平静を装う。

 俺を出迎えたのは、墨を引いたような黒髪をヘアバンドでまとめて自然に背中に流し、古めかしいメイド服を今にも裂きそうな程に膨らんだ胸を凛々しく張る美女だった。

「昼食の準備は出来ております。中へどうぞ」

「う、あっ、はい」

 澄ました顔でリビングへと続く廊下を先導する彼女。

 物音をたてないモデル歩きの背筋に見とれて呆然と歩かないでいると彼女が振り返った。

 振り向いた彼女の不思議そうな顔は第一印象の凛々しい顔よりも遥かにあどけなく、芸術作品のような滑らかな輪郭は日本人離れした美しさがある。

「私に何か、何か付いていますか?」

 背中に汚れがないか彼女はクルクル回って確認しようとする。その姿は自分の尻尾を追いかける犬を連想させとても可愛らしい。

 遠心力でふわりと舞い上がったスカートから見えた真っ白なハイソックスが、彼女の引き締まったふくらはぎにくっきり陰影を付けているのが覗けた。足運びだけを見ればワルツを思わせるのだが、彼女の不安そうな顔は子犬と言うのが相応しい。

「ふふっ。なーんにも付いていませんよ、師匠♪」

「わっ!!?」

 止めなければ永遠に回っていそうな師匠の両肩をポンッと掴んで止める。俺が近付いてきていた事に気付いていなかった師匠は小さく飛び上がると、たたらを踏んで俺の首に腕を回した。思わずして押し当てられた乳房は俺の右肩を破壊力抜群の圧力で挟む。

 

 おっふ。優しくて眠くなりそうな甘い匂いが目に入って、目眩を起こした時みたいだ。

 

「師匠、今日はメイドさんですか。可愛いですね」

 変にシワを作らないようにそっとメイド服を摘まむ。

 師匠はコスプレが趣味だ。1から型紙を作り縫製していく。独学と師匠は言うけど、習っていてもここまでやれる人は少ないだろう。

「うふふふ♡ うんうん、ここのフリフリとか頑張ったんだよ? あとね、あとねこのエプロンにも細工があって―――」

 

 ぱっと俺から離れて自作のメイド服を紹介し始めた師匠。

 褒められて相当嬉しかったんだろうな。その嬉しそうな師匠の顔を見れば喉まで出かかった声も飲み込んでしまった。

 師匠のこと、メイド服が似合ってて素敵だったから可愛いって言ったんだけど……。

 まあ、メイド服も可愛いからいいかな。生き生き話す師匠も充分可愛いし。

 

「あっ、この服は別にどうでもいいんだった。雅お腹すいているよね。食べよっか」

 スカートを翻し颯爽とリビングに入っていく師匠を追ってスリッパをパタパタと鳴らして追いかけた。

 

 * * *

 

「今日のランチはオムライスでございます」

 出てきたオムライスは師匠の定番レシピ。皿に半球状に盛られているのは鮮やかな黄色の透き通る薄焼き卵。その半熟に焼かれた卵の膜はテーブルに置かれた僅かな衝撃でプルッと震える。師匠のオムライスは卵で包むのではなく、絶妙な焼き具合の卵を上から掛けるスタイルを取っている。そうすることで神がかった柔らかなオムライスになるのだという。

 師匠は持っていたスプーンを、そのゼリーをも思わせる透明感ある薄皮に食い込ませた。差し込んだスプーンはすんなりと奥まで貫通し、まるで肉を裂いたように真っ赤なチキンライスが顔を出す。

 そのまま一掬い。

 オムライスを一口の分量だけ取ったスプーンは真っ直ぐ俺の口へ運ばれる。

「あむっ……んぷっ。んむんむ」

 また口に運ぶようにスプーンには一口サイズのオムライスが取られ、俺が嚥下し口の中がカラッポになったタイミングで入れられる。

「んむっ。……んちゅっ。んっんっんっ」

 そしてまた口に運ぶようにスプーンには一口サイズのオムライスが取られ、口の中がカラッポになったタイミングで入れられる。

「んむぉちゅぁっ。ん、まっふぇくらふぁい! んむんむ……ごくっ。やっ、自分で食べられますから! って、んんんっ、やめっ、口に近付けないで下さいっ! はむっ」

 強引に食事させる師匠に顔を背けたり体を仰け反らせたりして抵抗をするみるものの、師匠には全く効果がなくどんどん口にオムライスが入れられていく。

「もう、めっ! 師匠、めっ! ですよ」

 抑えきれなくなり、オムライスの乗ったスプーンを唇にぶつけ食べるよう促す師匠の細腕を掴んだ。そして、これ以上の侵攻を阻止するため口から引き剥がそうとするが非力な俺の腕力ではビクともしない。

「今日は私はメイドさんなのでご主人様の食事をしないといけないのですよ」

「メイドさんならご主人様のいう事聞いて下さいよ!」

「それは出来ません」

 極めて冷徹に言い放った師匠の顔は澄ましていて、でも目の奥が発情した炎がチラついている。

「なんでですか!? んむっ!? ……んむんむ。じゃあせめてもう少しゆっくり食べさせて下さい!」

 俺がツッコミで口を大きく開けた瞬間に師匠は再びスプーンを押し込んだ。

 

 師匠のこういうことは毎度のことで今回もか、と諦めていれば師匠はスプーンを皿の縁に置いた。

「ご主人様がそう言うなら仕方ありません。お飲み物を用意してあります。飲みますか?」

「あ、え? うん、はい」

 あまりにもあっさり引き下がった師匠に、なんというかこう、のれんを殴った感じでどうも調子を崩されてしまう。

 

 俺がやきもきしている間に師匠はエプロンの胸部にあったボタンを開け始めた。中の黒い服は胸元が大きく開いたレース作りになっていて、黒い布地から乳白色の肌までのグラデーションで普段から綺麗な師匠の肌がより一層煌めいて見えている。

 

「?」

 でもなんで胸元を開いて? 汗とか言いだしたら怒るよ?

「ホットミルクでございます」

 そう言いながら師匠は谷間から白い液体の詰まった哺乳瓶を取り出した。

 

「それではご主人様、私の太ももに体を倒して頂いて……」

「いやいやいやいや!! なにサラッと赤ちゃんプレイしようとしているんですか! 嫌ですからね! 本当に!」

 俺がそう大声で言い切ると師匠の表情は曇り、酷く落ち込み始めた。

 ドジった。選択間違えたじゃん。ここは嫌でも従うところだったじゃん。

 さっきまでの爛々と乗りに乗っていた勢いも消え去り、師匠にだけ雷雲が近付いたようで覇気もない。哺乳瓶も諦めたようにテーブルにそっと置く。

 

「ああもう! 今のは冗談です! このあとちゃんと師匠に膝枕してもらいますから、だから、師匠は泣いちゃダメなんです! 師匠は笑っている方が可愛いんですから! はい、にー」

 俺は両手で師匠の頬を挟んで、親指を使い下がった口角を引き上げた。

「にー……」

「よし。師匠はその方が可愛いですよ」

「えへへっ。ありがとう」

 手を離しても口角の下がらない師匠の笑顔につられて俺も笑いかける。

 

「さて、準備はいいですか?」

「いいよ! にー!」

「ふふふっ」

 ここまでくれば羞恥心なんて必要ない。

 俺はこの世で最も至福の場所である師匠の体に全身を預けた。

 師匠の腿はといえば、垂れず弾かずのお肉のふんわり感と骨か筋肉の硬い感触が頭に伝わってくる。

 股関節はリンパがあるから師匠の脈もはっきり聞こえる。聞くというよりかは感じるのだけれど。

 

 下からだと師匠の顔見えず、今どんな顔をしているのか分からない。が、とにかく楽しそうだ。俺の耳に当たる師匠のお腹は程よく肉があって、ふかふかに柔らかくて、お腹越しに師匠の楽しげな空気がよく届く。

 

「はい、ミルクでちゅよ~」

 

 俺は想像以上にノリノリな師匠のテンションにあてられて、赤ん坊以来の哺乳瓶に躊躇いなく吸いついた。

 ミルクの詰まった先端は静かに噛めば勢いよくミルクが噴き出し、繰り返しすればギュムギュムとゴム特有の歯触りと音がする。

 懐かしい食感と人肌のミルクの味に思わず体に眠っていた昔の記憶が蘇る。そっと頭を撫でてくる師匠の手の効果もあって、どんどん俺の赤ちゃんの頃の感覚を呼び起こしていく。

 

 しばらく俺はベビーと言えないギリギリのラインで人の温かさに触れることで訪れた安心感や優しさを感じているうちに、師匠のお腹に顔を埋めるように熟睡し始めたらしかった。

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