「あー……イキテテヨカッタ」
「ああ、そうだな。よく生きてたよお前」
一番弟子の重い一撃を受け、インドラから罰として庭を一人で手入れすることを命じられた馬鹿は、命がある事に喜びながら、九重にぶん殴られた腹をさする。
見張り役のタイゾウが、あの一撃を受けても割とピンピンとしている男に呆れたようにため息をつく。
「いやほんと、よく生きてるなあの一撃を受けて」
「ふっ……俺をなめてもらっちゃ困るなタイゾウ。俺が九重にぶん殴られて死にかけるのは一度や二度の話ではない」
「いや、そんな自慢げにいうことじゃないからな。早い話が何度も怒られてるってことだろ」
「ふっ……そうとも言うな」
「だから何で自慢げなんだよ」
男として、師匠として、二重の意味でとても情けない話を一度や二度の話ではないと目の前の男は自信満々に宣言する。
タイゾウは“何言ってんの、この馬鹿”と呆れることしかできなかった。
「アレくらい三人で旅してた時は日常茶飯事だ」
「日常茶飯事!?」
普通の人間なら間違えなく死んでたであろう一撃をいつものことのように言われ、タイゾウは驚きの声を上げる。
「俺はムッツリな親友と恋ごとには引っ込み思案の弟子の為に行動してるのに、その度にインドラには炎で焼かれ、九重には骨を何本か折られ……」
「いや、流石にお前が学習しろよそれは」
話を聞く限り、インドラも九重も割と本気で怒っている
様々な罰を何度も受けて、全く懲りてない様子の馬鹿に、タイゾウは生まれて初めてインドラに同情をした。
そんなタイゾウを後目に、懲りない馬鹿は興が乗ったのか聞いてもいないのにそのまま一番弟子と親友の馴れ初めを話そうとする。
「九重はあの鉄拳でインドラを「師匠?」さー掃除するぞー!」
ぬるりと襖を開けて此方を確認してきた九重を見て馬鹿は悟った。
どう考えても悟るのが遅すぎるが、ようやく馬鹿は悟った。
これ以上ふざけたらアカン。これ以上はマジでやられる。他でもない一番弟子にガチで殺される。
気を取り直して鎌を持ち、思うままに生えている草を刈り取る。
「いやほんと──」
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「イキテテヨカッタ」
病院であの日の出来事を思い返し、見舞いで貰った草餅を摘みながらしみじみと呟く。
クシナと紐利の拉致事件で怪我と言える怪我をしたのはハヅキだけだった。
半分どころか3分の2ぐらいは間違いなく死んでたと言える状態だったが、すぐに適切な治療を受けたおかげか、何とか一命はとりとめた。
「……というか死んでたな割と、川の向こう側で昔死んだじーさんが手を振ってたぜ」
「いや、しみじみと言うなよ」
ハヅキはしみじみと死にかけていた時の話をする。
軽く話しているが割と死に片足突っ込んでた親友にサギトは冷や汗をかく。
「とりあえず川の向こう側にいる大笑いしているじーさんをぶん殴るため、舟に乗ろうとしたんだがな」
「笑われたことにムカつくのはわかるけど、とりあえずで三途の川を渡ろうとするなよ」
聞いてもないのに死にかけていた時のことをハヅキは話す。
「金が無いから船頭やってた婆さんに身ぐるみ剥がされかけてな。まあ、ぶん殴って舟を奪ったんだが」
「死んでまでなにしてんだお前。なに死者の世界で強盗事件起こしてるんだお前」
死者の国で強盗事件を起こしていた親友に頭が痛くなる。
ただ普通に仕事をしてたであろう奪衣婆が気の毒すぎる。
「先に俺から身ぐるみ剥がそうとしたのはあっちだぞ。正当防衛だ正当防衛」
しかし犯人は全く反省の色を見せなかった。
それどころか先に手を出した向こうが悪いと言ってきた。
「奪った舟で川へ漕ぎ出したところで目を覚ましたわけだが……あそこまで川を渡ってよく生きてたな俺」
「自分で言うのかよ、それは俺も思うけど。よく生きてたよほんと」
命があることに自分で自分に感心しているハヅキに、蜜柑の筋を丁寧に取りながらサギトは深々と頷いた。
一つ一つ丁寧に筋を取り、筋を全て取った一房を口に放り込む。そんなサギトの食べ方にハヅキはうげーっとしかめ面をする。
「相変わらず神経質に食べるなお前。筋なんか気にせずガバッと食えよ、ガバッと」
「どう食べるかは俺の勝手。俺は綺麗に食べてるんだ。それにお前が退院までに見舞い品を処理しきれないって言うから食べてあげてるんだぞ、文句言われる筋合いはないし、一つの草餅にチマチマと一時間も長ったらしく食べるお前には言われたくない」
「長ったらしく食べてない!これは味わって食べてるんだ!」
お互いの食べ方にあーだこーだと文句を言う。そのやり取りは段々とヒートアップしていく。
そんな相変わらずの二人の様子に、給湯室からお湯をもらってきた“サギトの兄”は呆れてため息をつく。
「二人とも外まで騒ぎが聞こえたぞ。ここは病院だ。騒ぐな」
「「だってこいつが」」
「さ・わ・ぐ・な」
注意しても喧嘩を止めようとしない二人に、今度は赤い目で睨みをきかせる。
その目に睨まれた二人は都合のいい言い訳が見つからなかったのか何度か何かを言おうとして、結局言葉を飲み込んだ。
「返事」
「……はーい」
「……へーい」
返事を促すと、二人は渋々頷いた。その様子にサギトの兄──うちはフガクはまた何かしらの理由で騒ぐだろうと思ったが話を戻すことにした。
「全く無茶をしたものだなハヅキ。一歩間違えれば死んでいたほどの大怪我だったと聞いたぞ」
「一歩間違えたら死んでたっていうより、一歩間違えたからこそ死にかけたっていうか……」
「なんだそれは?」
「まあ、その……なあ?」
「うん、色々あったというか……ねえ?」
二人は顔を見合わせなんとも言えない表情を見せる。歯切れの悪い二人にフガクは頭をかしげた。
ハヅキの大怪我の原因を聞くと決まって言葉を濁し原因を話そうとしないのである。
「まあ、人生色々あるってことだ。うん」
「うん、そうだな。色々あったな」
あの日の出来事をあまり思い出したくない二人は無理矢理まとめにかかる。
あの事件は当事者であるハヅキはもちろん、それを見ていたサギトにも深い傷跡を残していた。
「二人揃って言いたくないなら無理には聞かないが……」
二人揃ってこれ以上聞いてくれるなオーラをビンビンと出しているため、フガクはこれ以上この件を詮索するのを止めることにした。
しかし、幾多の人々の地雷を踏みつけても気にしないハヅキとなんだかんだ図太いサギトにここまで深い傷を負わせた出来事は一体なんであるのか疑問が残った。
ガタガタと震え遠い目をしている二人と、バリバリとうちは煎餅を食べるフガク、若干混沌とした病室に控えめなノックがなった。
「空いてるから、勝手に入ってくれー」
「……こんにちはー」
カチャリと扉が開かれ、ひょっこりと紐利が顔を出す。
「よう、紐利また来たのか」
「はい、また来ちゃいました。サギトくんもフガクさんもこんにちは。お二人もお見舞いに来ていたんですね」
紐利は病室に入ると同じくお見舞いに来ていたうちは兄弟にペコリとお辞儀をする。
そして手慣れた様子で、持っていた見舞いの花を花瓶に移し替える。
「お前もよく飽きないな。俺が入院してから毎日来てるだろ」
「いえ、気にしないでください。私がやりたくてやってるんですから」
「ほーう……」
「へー……毎日、ねえ」
親友のサギトやクシナでさえ週に三度くらいの見舞いだ。しかし紐利はあの日から毎日ハヅキを見舞いに来ているらしい。
うちは兄弟はその事実にニヤニヤと二人を見守る。
「なにニタニタしてるんだ二人とも。ハッキリ言って気持ち悪いぞ。特にフガク。お前の老け顔でその顔はやばい」
「誰が老け顔だ」
「いだだだ!?アホ毛は!アホ毛はやめろぉ!!」
ニヤニヤを通り越して、ニタニタとなりかけていたうちは兄弟の笑顔にツッコミを入れる。
特にフガクは老け顔のせいで出るとこに出ても文句を言えないくらいにはやばかった。
しかし、本人も気にしている老け顔をハッキリと気持ち悪いと言い切った馬鹿には少々お灸が必要だった。
グイグイとハヅキの頭に生えている触覚を引っ張る。
「痛い痛い痛い!サギト!ヘルプヘルプ!!」
「えー……俺も纏めて気持ち悪いって言われたしなー」
あまりの痛みにハヅキはすぐそばにいたサギトに助けを求める。
しかし、サギトは二人まとめて気持ち悪いと言われたことで助けるのを渋っていた。
というか全く持って助ける気がないので、紐利の分のお茶を入れる。
「えっと、あっと……」
唯一、紐利だけはハヅキを助けようとしていたが、止め方が分からず手をこまねくだけであった。
サギトはとりあえず兄と親友は放っておいて、入れたお茶を紐利に差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……えっと二人は……」
「気にしなくていい。割とよくある事だから」
「そ、そうなんですか……ど、どうしよう」
喧嘩中の二人を気にしている紐利に気にしないでおくことを勧める。
しかし他にも気になる事があるのか考え込む様子を見せる。
「どうしたんだ?」
「……実はもう一人お見舞いに連れてきてるんです。今外で待ってもらってるんですけど」
「なら、先に中に入って貰えばいいんじゃないか、喧嘩が終わるまで外で待たせるのも悪い」
病室の主であるハヅキはフガクと喧嘩中、いつ終わるのかはわからない。
いつまでも外で待たせておくのは悪いので代わりにサキトが許可を出す。
「そうだね。──“お姉ちゃん”入ってきていいよ」
一瞬の出来事だった。
病室に入ってきた人物を認識した瞬間、ハヅキはフガクの拘束から抜け出し、すぐそばの窓を開け、外に逃げた。
フガクはいつものハヅキからは想像できないほどの俊敏な動きに目を見開いた。
「…………………」
「えっとね!わ、悪気はないんだよ!」
「そうだぜ!“綱手様”!アイツビビリなんだよ!」
綱手は自分が入った瞬間にガン逃げしたハヅキに黙り込む。
紐利とサギトは慌ててフォローに入る。
「なあ、サギト。アイツの大怪我ってまさか──」
「兄さん、それ以上はいけない」
目の前の人物にガン逃げしたハヅキにフガクはなんとなく想像ついた。
しかし、サギトにその想像を口にするのを止められた。
あれは不幸な行き違いだった。
“ハヅキは雲隠れの忍の姿のまま、紐利に近づいた”
その姿を第三者が見たらどう思うか考えが及ばなかったのが一番の敗因だった。
そりゃ
……悲しいことにその