フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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組合にて

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 フォーサイトがエ・ランテルに赴くのは、これが初めてのことではない。

 王国へ行って、何かしらの調査依頼をこなす時には、三国の交通の要所たるこの地を素通りしていくことは、ほぼありえない。人の手で整備された街道と、モンスターの跋扈する未開拓地。どちらがより安全かつ迅速に行動できるかを考えれば、人の住む都市を通っていった方が、命の危険にさらされずに済む。いかに王国の冒険者組合などに毛嫌いされる帝国のワーカーといっても、王国には人相書き程度の情報共有しかできない上、人相を変える手段や魔法、アイテムはそれなりにあるものだ。それに、人の集まるところにはマジックアイテムなども流れ込むことがある。三国に隣接するここは、商業も盛んな都だった。帝国ほどではないが、そういった貴重なアイテムが流れてくることもある以上、アイテムを入手しようとする冒険者やワーカーが駐屯するのは、当然の流通だったとすら言える。

 なので、フォーサイトのエ・ランテル訪問は、繰り返しになるが、これが初ではない。

 三重の城壁に囲まれた基本構造は、四人の記憶にある通りの、都市のそれである。

 だが、

 

「おいおい、マジか」

 

 霜の巨人が作業する足許で馬車を降り、城門横の側塔内での入国審査──というよりも講習を終えたヘッケランたちは、都市内部の変貌ぶりを見渡し、愕然となる。

 アンデッドが跋扈するという噂。これは事実であった。

 実際、属国と化した帝国の一等地……魔導国の総督館である屋敷にて、死の騎兵や死の騎士といった未知のアンデッドが業務にあたっている光景を目にしていた。それを思えば魔導国の都たるここなど、アンデッドの見本市のごとき様相になっていても、別段おかしくはない。ある意味、予想通りでしかない。

 だが、それでも。

 騎士の姿をした黒いアンデッドが隊伍を成して通りを歩く横で、普通の人間が──都市の住人が、のんきなことに商売をしている。

 というか、アンデッドの数に比べれば、間違いなく人間の方が多い。

 そして驚くことに、亜人の数もそれなりにいた。

 

「何よ、あの、ゴブリン? え、ゴブリンよね?」

「ゴブリンにしては、えげつなく強そうだけどな」

 

 疑問視するイミーナに、とりあえず応えるヘッケラン。

 ロバーとアルシェも、常識はずれな光景に目を見開くばかりである。

 目の前のゴブリンを一言でいうと、歴戦の戦士ばかりで組織された精鋭部隊。ヘッケランたちに馴染みのある低俗なモンスターの姿とは似て非なる兵団が、都市の大きな通りを規律正しく行進していた。

 他にも二足歩行する蜥蜴じみた亜人。直立した蛙の姿。黒い眼鏡をかけた、モグラみたいなものまでいる。ゴブリン軍に比べれば数は少ないが、彼ら亜人種と呼ばれる存在が、人間と同じ都に住み、街辻を行き交うことに、何の疑問も持っていない。当然、人間たる都市の住人も同様。どこからか、幼い子供の快活な笑い声が聞こえる。悲鳴のようなものは、とりあえず聞こえてこない。

 

「さっきの講習でもナーガのひとがいたし、魔導国ではこれが普通ってことかも?」

「みたいですね。これだけ多くの種が共存しているとは──いや、世界は広いです」

 

 さらに言えば、子供ほどの背丈の人間だが、豪快な巻き髭を編み込み、ごわごわの長髪が“いかにも”な山小人(ドワーフ)の姿も散見される。帝国にはアゼルリシア山脈のドワーフ国と交流があったというが、いかなる事情によってか、最近はあまり噂を聞いていなかった。

 山小人たちは昼間から酒屋で一杯やっている者たちもいるが、ほとんどはドワーフの代名詞たる鍛冶や錬鉄の工房に籠って、火の灯る炉に棒鉄を突っ込んでいたり──あるものは宝飾品の加工や修復、鉄鉱物の鑑定を行ったり──あるいは町の建造物の解体や再建、道路の整備などで忙しなく働いている。奴隷として連れてこられた可能性が頭をよぎるが、見た感じ奴隷の証などは見受けられない上、誰もがガハハと豪笑しているので、これは違うと断言していい。

 さらに驚くべきことに、彼らの業務にはアンデッドの骸骨(スケルトン)が多数同行しており、建物の解体や廃材の運搬、土地の地盤固めにも、多くの骸骨が導入されているのを見た。並の人間や山小人でも重労働に分類される基礎工事。それら単純作業を行う骸骨たちの姿は、帝都を出発する際に見た、馬車に荷を積載してくれた召使い然とした骸骨たちのことを思い出させる。

 

「アンデッドって、ああいう風に使えたのかよ」

 

 ドワーフたちの指示に従い労務を全うする骸骨たちは、特に苦痛や不満を訴えるわけでもなければ、休息が欲しいと表情を曇らせることもない。アンデッドは疲労などしないのだ。

 

(アンデッドが大量に使えるなら──都市を作るなら──俺ら人間は、冒険者は何をするんだ?)

 

 武力兵力は十分。

 アンデッドの守備兵を大量に派遣するだけで、近隣のモンスターの脅威は駆逐され得るだろう。

 

(真の冒険者──か)

 

 あの闘技場での演説を思い出す。

 真の冒険。未知を求め、世界を知り、想像もつかない夢を見たい。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国──魔導王は、その手助けをするという。

 

「──よし」

 

 旅装のヘッケランたちは、とりあえず推薦状に同封されていた案内に従い、とある施設を目指す。

 比較的軽装のアルシェとイミーナがウレイリカとクーデリカの手を握って前後に歩き、一応の用心として、彼女たちのさらに前後を、荷物を抱えたヘッケランとロバーデイクが進む。「武器は抜くな」と講習で教えられているが、警戒は大事の精神で通りを進む。

 ふと、イミーナが苦笑しつつ唱えた。

 

「でも。まさか私らが、エ・ランテルの冒険者組合に顔を出すことになるとはね」

 

 まったく同感である。

 ワーカー時代は、たとえ都市内を遠回りしてでも忌避していたそこを、今は全員で目指している。

 だが、それは“王国の冒険者組合”だったから。

 

「“魔導国の冒険者組合”、ね」

 

 他に例を見ないほど精巧な都市地図に記されていた場所は、やはりというべきか、王国時代の時と同じ場所にある冒険者組合だった。

 ただし、建物には大きく魔導国の紋章を象った旗が勇ましく掲げられており、おまけに門番役なのか、死の騎士(デス・ナイト)というアンデッドが二体、戸口の両端に並び立っている。

 こんな屈強というか強壮というか、恐ろしいにもほどがある門番がいては、普通の人間──依頼者が逃げ出してしまわないのだろうか? 依頼を出す魔導国の住人であれば慣れているのだろうが、国外から来る冒険者志望の人間は、今のヘッケラン同様、近寄るのも憚ろうとするのでは?

 そう思う端で、「この程度に臆するようでは見込みがない」というテストかもという思考がヘッケランの中に芽生える。ここまで来て、引き返すわけにもいかない。

 エ・ランテル内で往来しているアンデッドの姿を見ていると、一種の慣れの境地に達していたので助かった。何しろ都市の上空にはドラゴンまで飛行している。ここまでくると、もう逆に天使でも現れない限り、驚愕には値しないというものだ。

 

「行くか」

 

 軽快な足取りで歩を刻むリーダー。

 死の騎士たちは、戸口に歩み寄ってくるヘッケランを警戒するでもなく、あっさりと素通りさせた。

 漆黒の推薦状が懐にあるからか、あるいは来る者は拒まずということかは、わからない。

 続いて手を繋ぐ女性陣四人と、神官のロバーデイクも、あっさりと受け入れられた。

 建物の中は閑散としている──ということはない。が、帝国で見慣れた組合の賑わいに比べれば、少し──いや、かなり寂しい印象を受ける。普通の冒険者の格好をした者が半分、ヘッケランたちと同じ旅の装束の者が半分、それらを捌く組合の職員が少しという感じか。

 

「冒険者志望の方ですか?」

 

 荷物を一旦おろして息つく間もなく、来訪者の案内を務めているらしい受付嬢の一人が、ヘッケランたち一行に声をかけた。

 

「ああ、はい。えと」

「志望者の方は、こちらから承っております」

 

 見れば、カウンターの看板には王国語で「冒険者志望者用受付」の筆記がある。

 

「必要事項をこちらの羊皮紙にお書きください。メンバーの皆さまもお手数ですが」

「はい、あの」

 

 ヘッケランはポケットの中の推薦状を取り出すタイミングを見失う。ここでは見せる必要はないのだろうか。後で修正するのも手間と言えば手間だろうし、先に見せておく方が無難だろう。

 

「ええと、俺ら──これを持ってるんですけど?」

 

 黒い封筒を取り出した途端、受付嬢の表情が一変する。

 

「しし、しし失礼しました! どうそ、皆さまはこちらへ!」

「へ?」

 

 受付嬢に先導されるまま、フォーサイトは建物の応接室に案内された。

 すごい勢いで飲み物や果物が用意されたが、これが一般的な冒険者志望者への対応でないことは明らかだ。他にも冒険者を志望する者もいたはずなのに、これ。

 原因は明らかだ。

 

(モモンさんの推薦状のおかげ、だよな?)

 

 とりあえず荷物を部屋の隅にまとめ、ウレイとクーデがソファで寝転がるのを、姉が優しく窘めていく。馬車に揺られていたときにも水分は補給していたが、幼い二人には初めての遠出。これは、なかなかにこたえたことだろう。長旅で渇ききった喉を、用意された果実水で潤す。双子が歓声をあげたのは、その時だ。何やらとんでもなく美味(おい)しいらしいオレンジ色のそれは、口に含むと酸味と甘みがちょうど良い感じに調和しているのが解る。「こんなの、家の屋敷でも飲んだことない」と愕然と語るアルシェ。

 魔導国では飲み物まで最高級品なのかと驚かされる。

 そうして、数分が経ったと思えるほどの短い時間……一分程度を待った。

 

「お待たせして申し訳ない」

 

 応接室を辞した受付嬢の代わりに、その声の主は現れる。

 

「お久しぶりです、フォーサイトの皆さん」

 

 数日ぶりの再会であった。

 アルシェが緊張からか身を固くする。

 もはや忘れようはずのない、偉丈夫の姿。

 扉を開け閉めするのは従者のごとき黒髪の美姫。

 細部まで磨き込まれ、漆黒の輝きを煌かせる全身鎧。

 

 漆黒の英雄、モモンが、フォーサイトを歓迎してくれた。

 

 

 

 ・

 

 

 

 少し、時を(さかのぼ)る。

 エ・ランテル中心部、魔導王の屋敷──執務室にて。

 

「アインズ様。帝都一等地の屋敷に派遣されている死の騎兵(デス・キャバリエ)の一体から、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を通じて連絡が入りました」

「ん? あそこから連絡があるとは、珍しいな。どんな用件だ?」

「“漆黒”のモモン──パンドラズ・アクターより推薦状を受け取った人間のチームが、この魔導国(エ・ランテル)に向かったとのことです」

「ああ。例の案件か。あいつが推すぐらいだから不安はないが。〈遠見〉の魔法で様子見──いや、一応、直接確認しておいた方がいいか?」

「わかりました。早急に謁見準備を」

「え──えっけん準備? ……アルベド、それは?」

「はい。アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下たる御身に、フォーサイトなる人間の一行が謁見するのにふさわしい準備を」

「──待て。少し待て……そ、そんな仰々しくする必要など」

「いいえ、アインズ様! 帝国皇帝との謁見ですら、あれほどの威を示されたのです! アインズ様が下々の者と言の葉を交わすのにふさわしい儀を整えることは、必然かと存じます!」

「いやいやいや。あれは確かに必要なことだったが。……今回の相手は、その、一般人、だぞ?」

「だからこそです! 御身の偉大さを、ただの凡百な人間どもに対し、完全に知らしめる必要があるはず! 何故なら私の愛するアインズ様は、名実ともに王として君臨なされる至高の御身なのですから!」

「……えええ……」

 

 魔導王は、半ば助けを求めるように、室内を見渡す。

 アインズ当番の一般メイドや護衛のモンスターたちも、全員がアルベドの意見に首肯していた。

 

 

 

 

 

 

 

 




このモモンさん、どっちだ?

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