フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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蒼の薔薇、死の騎士と出会う

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 ラキュースたちは、赤毛のメイド・ルプスレギナに先導されるまま馬車を一旦降りて、城門側塔の、とある部屋に通されるという。

 エ・ランテルの城門──その周辺には骸骨の戦士(スケルトン・ウォリヤー)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)などが大量に配置され、隊商の馬車の荷を鑑定魔法などで審査していた。その馬車を牽引する馬は普通の馬のほかに、やけに重厚な鉄鎧の馬具に身を包むものや、黄色と緑をくゆらす靄が点滅する骨の獣──

 

「いや、そんな、まさか……」

 

 見たものを正しく認識できない己を、ラキュースは自覚する。

 まさかだ。

 まさか、あの沈黙都市を、ビーストマンの都市の民を十万人も喰らい滅ぼした化け物が、死のオーラを醸し出すことなく、商人たちを乗せてエ・ランテルを出入りしているなど、理屈に合わない。

 そんなラキュースと共に、ありえない光景に戦慄している仲間が声をかける。

 

「……おい、ラキュース」

「やばいんじゃないか、これは?」

「いや、やばいっていうのを超えている気が」

「ええ……でも、なんで……魂喰らい(ソウルイーター)が?」

「んあー、それはアインズ様が支配されてるからっすよ?」

 

 あっけらかんと告げるメイド。

 彼らは魔導王陛下が完璧に支配しているので、人間を襲うことはない、と。

 ラキュースは鉛のように固い唾を嚥下(えんか)せざるを得ない。

 

「……なるほど。魔導王が王国軍十数万を魔法一発で潰滅させたという話、眉唾ではなさそうだな」

 

 納得するイビルアイは、まだ平静を保っている。チーム一の実力者であるイビルアイであれば、伝説のアンデッドでも、容易く対峙し打倒することもできるという自信の表れだ。それが、ラキュースたちの安堵を約束してくれる。

 

「心配ない。ほら、グズグズするな。メイドさんを待たせては悪い」

 

 微笑むルプスレギナに「急ぎましょうっす」と促されるまま、蒼の薔薇は塔に入る。

 魔導王に特別に招待されたアダマンタイト級冒険者は、簡単な面談──入国に際し、魔導国内での注意事項を説明されるという特別措置があるものと、ラナーから聞いている。

 赤毛のメイドに案内された一室で出会ったのは、またしてもメイドだった。

 

「お初にお目にかかります、“蒼の薔薇”の皆さま」

 

 輝かしい金髪のロールヘアが貴族のご令嬢っぽい、上品さを醸し出すメイド。その柔らかな少女の面差しとは相反して、男を魅惑しかねないほどの色香を──煽情的かつ肉感的な肌色を、存分に露にしていて貴族の娘たる身としては驚かずにはいられない。ラキュースは直感ながら、ティアとティナたち盗賊(ローグ)の雰囲気をメイド服から感じてしまうほどだったが「いやいや、メイドが盗賊なわけないでしょうに」と自分の認識を修正する。

 

(わたくし)、今回の皆さまの入国管理および都市案内を特別に仰せつかりました、ソリュシャンと申します。短い間ではございますが、どうかよろしくお願いいたします」

 

 ソリュシャンと名乗るメイドから注意講習を受け終え、馬車に戻った蒼の薔薇一行は、ルプスレギナとソリュシャンに案内されるまま、この地に招待してくれた王陛下への挨拶を済ませるべく、都市の中心部にある屋敷を目指した。

 その間に、馬車の車窓から覗き見える街の様子に、ほぼ全員が感嘆の息を吐く。

 

「へぇ──人間や山小人(ドワーフ)のほかに、蜥蜴人(リザードマン)小鬼(ゴブリン)蛙人(トードマン)──『アンデッドだらけの都』って聞いてたが、こりゃ普通に生きている奴の方が多そうだな?」

豚鬼(オーク)山羊人(バフォルク)半人半獣(オルトロウス)獣身四足獣(ゾーオスティア)……アベリオン丘陵にいるはずの亜人も多いぞ?」

「……亜人連合というのを支配下に置いたという話は本当だったようだな、鬼リーダー」

 

 ガガーランやティアやティナの指摘に、ラキュースは重く頷いた。

 街にいる数多くの人間のほかにも、さまざまな亜人種が通りを練り歩き、あるものは露店を開いて商売を、あるものは食事処で飲み食いを、あるものは軍務のような隊伍を、あるものは冒険者の(見たことのない色の)(プレート)を、あるものはアンデッドの骸骨と共に労働に勤しむなど、都市の光景の一部に融け込んでしまっている。

 人間の親子連れの横を、蜥蜴人や豚鬼の親子連れが通り過ぎるなど、ラキュースは勿論、全員が見たことも聞いたこともない景色であった。

 

「信じられない……」

 

 それは、200年以上も生きるという魔法詠唱者も同様であった。

 

「まさか……本当に、人間と亜人が手を取り合っているというのか?」

 

 仮面に隠された表情は窺い知ることはできないが、その声に灯る感情は、長いこと共に戦ったラキュースたちには、いやでも解る。

 十三英雄という物語を、その真実を知る少女をもってしても、その事実は信じ難いものがあったようだ。

 それも当然。

 十三英雄の物語は、十三人からなる人間の英雄たちによる冒険譚であると近隣諸国で風聞を広めているが、実際には人間以外──つまり、亜人や異形の存在も多く、十三人以上の英雄が存在していたと、当時を知るイビルアイは断言している。

 では、何故、十三英雄の物語は、人間たちだけの英雄譚と成り果てたのか──ひとえにそれは、人間と亜人と異形が交わり、親交を結び、絆を育むという思想が、現実的ではなかったからだ。他の種族に比べれば脆弱な人間種に、亜人種や異形種──ゴブリンやスケルトンなどのモンスターが襲いかかるという常識的な関係図。それを覆すような物語など、あってはならない……ありえるはずがない……あっていいことではない……虚構であるべき、もっと言えば、虚偽であるとされたのだ。

 人間は、人間たちだけのコミュニティを維持し、そうすることで強敵たる亜人や異形の脅威から身を守るべく団結するというのが、現在の最も基礎的な人間社会の維持方法とされている。スレイン法国の国是などは、その極端な典型例だ。あの国に蔓延する人類第一主義は、あまりにも苛烈を極めており、神官であるはずのラキュースをして、宗教の怖さというものをひしひしと感じさせるほどに。“蒼の薔薇”が法国の特殊部隊と衝突したのも、その影響が大きいと言わざるを得ない。

 

 だが、この魔導国は、アインズ・ウール・ゴウンの治める国は、その対極に位置している。

 

「どうっすか? すごいっしょ~、アインズ様の国は!」

 

 御者台に座って大笑するルプスレギナと、その隣で艶然と微笑むソリュシャンが語り始める。

 

「ヤルダバオト征討以前より、アインズ様は人と多種族が融和する国家づくりに邁進しておられました。今や、建国時にエ・ランテルから流出した以上の人口を、アインズ様の魔導国は掌握しつつあります」

「真の冒険者を育成するっていうご計画も、ここ数ヶ月で完全に軌道に乗っているって話っすから、期待しておいてくださいっす!」

 

 都市の賑わいは、噂に聞くような死都のそれとは完全に異なる。

 ラキュースは、様々な人と亜人──骸骨などのアンデッドが行き交う光景を通り過ぎながら、その紛れもない善政っぷりに言葉を失うのみ。

 

「──ん? ……おい、ちょっと待て!」

 

 いきなりイビルアイが馬車を止めさせた。

 

「ちょ、いきなりどうしたのよ、イビルアイ?」

「……まさか、そんな」

 

 震えるはずのない身体を震わせる少女──イビルアイの視線の先には、とあるアンデッドの姿。

 悪魔を彷彿とさせる鎧兜、波打つ大剣と朽ちたマントを装備するモンスターの名を、イビルアイは知っている。

 

「デ──死の騎士(デス・ナイト)? バカな!」

 

 蒼の薔薇の全員が、開けた窓から身を乗り出さんとするイビルアイの姿を見つめる。

 ラキュースは、“死の騎士(デス・ナイト)”というアンデッドを、詳しくは知らない──平和な王国領内で、そのようなモンスターと会敵する機会など皆無であったが、幸いにも、ラキュースと共に冒険者をやってくれた老婆が語ってくれたモンスターの中に、名前だけは説明を受けていた。

 

「ええと、確か魂喰らい(ソウルイーター)なみに、滅多に現れない伝説のアンデッド、よね? まさか、そんな──って!」

 

 イビルアイは突然、扉を開け放って車外に飛び降りた。

 

「ちょ、何してるのイビルアイ!?」

 

 ラキュースたちも慌てて馬車を降りる。きょとんとするメイドたちを置いて。

 イビルアイは後続する仲間たちに説明し始める。

 

死の騎士(デス・ナイト)は危険だ! 奴に殺された者は従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)となり、その従者に殺された者も動死体(ゾンビ)となる! つまり無限に! ネズミ算式にアンデッドが増えるということだ!」

 

 そして何よりも問題となる情報を、イビルアイは知っている。

 

「あの“リグリットですら、調伏することが不可能なアンデッド”なんだぞ!?」

「な!」

 

 リグリット──

 リグリット・ベルスー・カウラウ。

 ラキュースたち“蒼の薔薇”の、引退した旧メンバー。

 そして、あの十三英雄の中の数少ない生き残り──死者使いの女冒険者──死霊魔法(ネクロマンシー)を修めた旅の剣客。

 その生ける伝説たるリグリットですら支配できないアンデッドが、目の前の通りを行進しているアンデッド。

 いかに魔導王といえど、イビルアイの認識上および経験上、死の騎士(デス・ナイト)が人の住む街の通りを闊歩(かっぽ)している姿など、とてもではないが尋常であるはずがない。幻覚や夢の類と信じたほうがまだ現実的であるが、これこそが紛れもない現実なのだ。噂の中にこの強力なアンデッドが口の端にのぼらなかったのは、単純な話──誰も死の騎士に関する正確な情報を知らなかったから。特に、王国側でその詳細な情報や性能知識を持っているのは、“蒼の薔薇”のイビルアイだけといっても過言にはなるまい。

 イビルアイの警戒と危惧は、瞬きの内に蒼の薔薇全員へと伝播された。

 

「で、でも、エ・ランテルで、魔導国内で戦闘は!」

 

 あのメイドたちから念押しされていた。ラキュースたちは、自衛手段での武器や魔法の使用は認められているが、それ以外は「ご法度である」と──

 

「! マズい!」

 

 だが、イビルアイが目にするのは、四辻をパタパタと仲良く駆ける双子の少女たち。

 その片割れが、まったくの前方不注意で、通りを横切る死の騎士(デス・ナイト)の行軍する脚に、

 

 ──ぶつかる。

 

「クソ、最悪か!」

 

 イビルアイは知っている。

 イビルアイだけは、知っている。

 あの死の騎士の暴虐性を──よく知っている。

 200年以上、まったく呼吸も鼓動もしない身体の少女は、声の限り叫ぶ。

 

「やめろォオオオオオオオオオ!」

 

 叫びながら、尻もちをついた少女と、それを助ける少女を守れる位置に陣取り、死の騎士から繰り出されるだろう斬撃を、魔法の水晶で防ごうとして──

 

「……? ……え、あれ?」

 

 死の騎士は、何の攻撃もしない。

 手に持った刃渡り一メートルはあろうかという剣を、振り下ろさない。

 疑問符を大量に浮かべる仮面の魔法詠唱者を放置し、死の騎士はフランベルジュを腰帯になおすと、朽ちた巨腕で、少女らをいたわるように助け起こす。少女が落とした買い物の品を詰めた布袋まで手渡した。それはもう丁寧に、土埃(つちほこり)を払ってあげて。

 幼女二人は一礼する。

 

「あ、ありがとうございます。すいません、デス・ナイトさん」

「もー、だいじょうぶ? ウレイリカ?」

「だいじょうぶだよ、クーデリカ!」

「はやくはやく! 私たちでおつかいをして、お姉さまにほめてもらうの!」

「おつかいがちゃんとできたら、お姉さまに頭をなでなでしてもらうの!」

「ウレイリカずるーい」

「クーデリカもずるーい」

 

 華のように笑う双子は、呆然と立ち尽くす仮面の変な人(イビルアイ)のことを不思議そうに一瞥(いちべつ)しつつ、通りをまた軽快な足取りで走っていく。

 それを見送るイビルアイのことは放置して、死の騎士は剣と盾を構え直し、街の巡回を続けるべくズンズンと響く行進の歩みを刻み始めた。

 

「────え、えぇ?」

 

 通りを行く都市の住民たちは、特段気にするでもなく、冒険者一行の珍奇な様を素通りしていくだけ。

 何が起こったかわかってないイビルアイであるが、それ以上に、ラキュースたち全員、わけがわからなかった。

 その「わけ」の部分を、追いついていた二人のメイドが説明してくれる。

 

「これが、我らがアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の御力、ということでございます」

「そういうことっす♪」

 

 イビルアイの戦闘未遂など何の問題としていないように、二人は微笑みを深めている。

 

「では。参りましょう」

「アインズ様が屋敷でお待ちです」

 

 

 

 ・

 

 

 

「ふむ。思ったよりも真面目というか……ちゃんと、ものの道理を知っている感じだな」

 

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)に映し出される光景は、なかなかに愉快な心地を与えてくれる。

 王都で出会い、ヤルダバオトとの戦いで、一時的に(くつわ)を並べ戦った程度の間柄だが、こうして監視する分には、立派なアダマンタイト級冒険者の振る舞いが見て取れた。こちらの世界では伝説級とすら評されるアンデッドに、幼い娘がぶつかって転んだと見れば、誰だって助け起こそうと思考し──なれど、死の騎士の風貌を前にしては、誰もが立ちすくんで動けなくなっても不思議ではない。

 だが、あの仮面の娘──イビルアイとやらは、果敢にもアンデッドから身を挺して、幼女たちを守ろうと走ったのだ。

 アインズの脳裏に、恩人である友の台詞が心地よく響く。

 

「フールーダに聞いた限り、死の騎士(デス・ナイト)の脅威を完全に理解できている者は、この世界には少ないらしい。王国では戦士長がそうだったように、ほとんどまったく周知されておらず、帝国魔法省以外だと、法国の上層部は知っているはず──だったか?」

「はい。そのように、フールーダからの報告書には記載があります」

 

 淀みなく応じるのは、聖王国での工作活動を終えて、さまざまな実りある成果をナザリックにもたらしてくれた炎獄の造物主たる大悪魔だ。

 ちなみに、アルベドはこの後に予定されている“蒼の薔薇”との謁見準備を進めており、アインズたちはエ・ランテル屋敷の執務室で、彼女たちの魔導国入りを監視……もとい見守っている最中である。

 

「しかし、よろしかったのですか? あのまま彼女たちをアインズ様が統治する魔導国の法に触れさせ、アダマンタイト級冒険者と死の騎士(デス・ナイト)との戦闘データを取ることも一興かと思われましたが?」

 

 デミウルゴスは悪戯っぽく提案しているが、本気でそんな策を実行したいという気配はない。

 なので、アインズもそれっぽく対応する。

 

「まぁ。彼女たちの実力を量る意味でも、魅力的な案ではあるが、今回、あのイビルアイが行ったことは、我が魔導国の民を(おもんばか)っての行動。それを咎め立てることは、あまりに乱暴過ぎるだろう。あの子供たちの命の危険を考えたからこそ、あの娘はあのように行動したのだ」

 

 まぁ、実際には危険でも危機でもなんでもなかったわけだが。

 そして、魔導国内において、自衛を目的とした武器や魔法の使用は認められている事実。

 だからこそ、イビルアイたちと対面した死の騎士(デス・ナイト)は、刑罰を執行しなかった。アインズがわざわざ思考を飛ばして命令を送るまでもなく、今回の騒動は不問案件で処されて当然だったのだ。

 

「それに、彼女たちはモモンと交流を持つアダマンタイト級冒険者──ここで潰すなどと、実にもったいないではないか」

「かしこまりました。すべて、御身の望むままに」

 

 (うやうや)しく一礼する悪魔に、午前中の書類を渡して、アインズの執務は完了である。

 デミウルゴスと共に、行政官を務める死者の大魔法使い(エルダーリッチ)たちが退室。

 

(だいぶ書類整理と捺印も慣れてきたつもりだけど……あれ、『悪しき邪教集団・ズーラーノーン殲滅計画案』とか『周辺諸国の治安維持に関する準備計画』って、何だったのかな?)

 

 魔導国周辺の治安が良好となり、それで諸国から感謝され、関係が良くなるのならばと判を押したが、よくわからない書類があると、骸骨には無い肝が冷える心地だ。この感覚はいっこうに慣れそうにない。

 

「……何はともあれ、今は目の前のことに集中するか」

 

 鏡に視線を落とす。

 立ち呆けをくらう蒼の薔薇を、ルプスレギナとソリュシャン……元メイド悪魔役の二人(ユリが称するに『双璧』、だったか?)が、案内を再開。馬車は一路、魔導王の屋敷を目指す。

 アインズは彼女たちとの謁見のために身支度を整えるべく、執務机の席から立ちあがった。

 

 

 

 

 

 

 

 




死の騎士(デス・ナイト)さん話せないから
「悪いな。俺のズボンがアイス食っちまった」ができない悲しみ!
(そもそも量産アンデッドって、お給金もらってないから無理じゃ……)

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