フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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謁見直前の某陛下
(蒼の薔薇と謁見か……魔導王としてふさわしい感じを示すとなると、やっぱり漆黒の後光くらい使っておくか? ……派手かな? モモンがやってくるタイミングも予行しておいたし、セリフも全部予習しておいたし、向こうから予測される質問への返答も頭に入れたし、なんとかなる、よな?)


蒼の薔薇、魔導王陛下と謁見す

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 ・

 

 

 

 

「ようこそ、アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”ご一行さま」

 

 屋敷を訪れ、赤毛と金髪のメイド二人に導かれたラキュースたちの前に現れたのは、言葉では言い表しようのない、美の女神であった。

 最上級の絹で織られたよりも、数段価値の高いことがわかる純白のドレス。その胸元の装身具や腰の黒翼などは悪魔然としたものを感じさせるが、黒髪に飾られる微笑みは慈悲の光に満ち溢れ、神官であるラキュースをしても、天使と誤認させるほどの愛に包まれていた。

 絶世の美女は、己の魔導国における地位……宰相の位を表明し、名前を告げることで自己紹介の言を結ぶ。

 

「名はアルベドと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「い、いえ。こちらこそお招きいただき、恐悦至極。偉大なる魔導王陛下と謁見する機会を与えていただき、誠に感謝の念に堪えません」

 

 アルベドは、ラキュースたちが魔剣キリネイラムなどの武装を預けようとするのを、微笑んで制した。

 普通、王侯との謁見に際し、武器などを帯びることはできない。だが、アルベドは剣を預けるようなことは不要と、そのままで構わない旨を告げる。

 

「“蒼の薔薇”の皆さまを信頼している証として、また、王国の冒険者である皆さまのご安心を得るためにも、武器を所持したままという方がよろしいかと。もちろん、私どもが皆さまに危害を加えることはあり得ません。預けたいとおっしゃるのであれば、お預かりしても構いませんが──いかがでしょう?」

 

 ラキュースは、魔導王と魔導国の厚意に甘えることにした。

 ガガーランたちも隠そうとはしているが、見るからに安堵の息を吐きかけている。

 無理もない。この屋敷──魔導王の居城には、門から入って通路に至るまで、おびただしい数のアンデッドが警備の任に就いている。ただの骸骨(スケルトン)とは一線を画す、強敵となりうるアンデッドたちだ。まるで、ラキュース達一行を歓迎するかのような──監視するかのような二列を形成。そこへ音楽まで奏でられてくるのだから、まさに式典のようなありさまとすら言える。ただの冒険者チームにそこまでする王族など、珍しいどころの話ではない。あるいは、この警備兵や楽師隊に、特別な意図はないのかも。ここではこれが日常的なものなのかもしれないと納得することはできる。

 ただ……

 

(イビルアイ、どうしたのかしら?)

 

 彼女がアンデッドであることは、彼女を打ち倒すべく協力した、元チームメイトの老婆から聞いて知っているし、イビルアイ本人も、“蒼の薔薇”の全員に教えてくれていた。

 しかし、その過去のことについては、ラキュースはリグリットから伝え聞いている以外のことは、知らない。さすがにイビルアイも、自分の過去を一から十まで説明するようなことはしていないし、その必要性すら、今まで皆無だったのだ。断片的に、十三英雄の話や、リグリットとの200年越しの喧嘩話などをこぼすことぐらいで、彼女自身がアンデッドになった理由などについては、リグリットですら多くを語ろうとはしなかった。

 

(あの、死の騎士(デス・ナイト)──屋敷の儀仗兵役までやっているアンデッドをどうして、あんなに)

 

 警戒している──というよりも、憎悪している──というべきだろう。

 王国で情報を集めていた限り、魔導国は「強そうなアンデッドが跋扈している」とは聞いていたが、具体的な種族などについては判然としなかった。それも当然といえば当然。王国の人間や冒険者で、死の騎士(デス・ナイト)の詳細な情報を知っている者は、ほぼいない。ラキュースたちですら実際に相対するのは、これがはじめてのことであり、リグリットなどから口伝(くでん)という形で教えられてきた程度。冒険者の使役する魔獣の登録に、手書きの写生が用いられるように、実際のモンスターの姿形を忠実に完璧に映し出す技術などが存在しない以上、魔導国に行った人間が、死の騎士を「強そうなアンデッド」としか形容できず、情報が正確にいきわたらなかったのは痛切の極みといえる。

 

(連れてくるべきじゃなかった? いいえ、そんなことを今考えても意味がない)

 

 仮面の内に隠した表情は窺い知れないが、彼女の周囲の空気が、魔力が、ピリピリと張り詰めているのを感じる。さすがに、感情を剥き出しにして、魔導国のアンデッドに襲い掛かるということはしていない。そんなことをすれば、自分たちが殺されるだけだと、そう観念できている。普段はなんやかんやと言い合っているが、イビルアイと蒼の薔薇の全員は、確たる絆で結ばれているのだ。ラキュースたちに危険が迫るような事態を、優しいアンデッドの少女が自らの手で招き寄せるはずがない。

 そのうえで。ラキュースは懸念すべき問題を片付けようと、魔導国の宰相に声をかけた。

 

「あの、アルベド様」

「はい。いかがなさいましたか?」

「私の仲間の、イビルアイの、その仮面は……」

「ああ、着用されたままで構いません。剣と同様、我々が皆さまの装備品を剥ぎ取る必要はございませんので」

 

 微笑む宰相の言葉に、ラキュースは胸をなでおろした。

 王との謁見の場で、仮面をつけて顔を隠すなど無礼千万。だが、剣や武器を帯びることを許す寛容な王ならば、その程度のことに目くじらを立てる道理がない。

 

「さぁ。魔導王陛下がお待ちです──参りましょう」

 

 玉座の間に通された蒼の薔薇は、屋敷と同じく派手さとは程遠い慎ましい広間で片膝を着く。

 見事に磨き上げられた黄金の玉座は、今は(カラ)。その後方にかけられた国旗も素晴らしい一品で、単なる黒地では不可能な紫の中に、金糸で編まれた紋様が煌きをはなっている。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下、ご入室です」

 

 アルベドの声と共に、玉座の間に入ってくる濃い気配を感じ取る。

 ラキュースには神官の技能としてか、冒険者としての勘なのか、わかる。なんとなくだが、理解できる。

 蒼の薔薇が顔を伏せる先で、気配が玉座に腰掛けた。

「頭をあげなさい」という声と共に、ラキュースは顔をあげる。

 そして、直視する。

 

(あれが、アインズ・ウール・ゴウン、魔導王)

 

 アンデッドらしい、頭蓋骨の(かんばせ)。闇の底を思わせる眼窩には、焔の輝き。王侯貴族のそれよりも数十倍の値が付くだろう、最高級の衣服やマジックアイテムの数々。

 そして、あまりにもおどろおどろしい……生者に根源的な畏怖を与える、黒い光。

 

「さて」

 

 ラキュースは身を固くした。

 

「ようこそ、リ・エスティーゼ王国が誇るアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”のラキュース殿。そして、そのメンバーの方々よ」

「ありがとうございます……魔導王陛下」

 

 畏怖によって震えそうな声を、なんとか耳障りにならないよう努めた。

 

「我が招待を快諾してくれたこと、感謝に堪えん。貴殿らが承知してくれるのなら、歓迎の宴などをもうけたいとも思うのだが、どうかな?」

「お心遣い、誠に恐悦至極と存じます、魔導王陛下。しかし、我らアダマンタイト級冒険者は」

「多忙を極めるか。それは、我が国の英雄“漆黒”のモモンの働きようからも理解している」

 

 モモンという名前に、いち早く肩を揺らす魔法詠唱者(イビルアイ)の気配を感じるが、彼女は沈黙と跪拝の姿勢を崩していない。ラキュースは王との対話を試みた。

 

「魔導王陛下。“漆黒”のモモン殿は、今いずこに?」

「ふむ。それは──」

 

 その時、魔導王がこめかみを押さえつつ虚空を仰ぐ。

 

「うむ。わかった。……では、すぐこちらに。

 ちょうど良いタイミングだ、ラキュース殿。モモンがエ・ランテルに、この屋敷に帰還したようだ」

 

 蒼の薔薇は一様に感嘆のような安堵の息を吐いた。

 ほどなくして、ラキュースたちが通ってきた廊下を抜け、漆黒の全身鎧が扉を開け放って姿を現す。

 

「モモン様!」

 

 イビルアイが快哉と共に名を呼んだ御仁は、間違いなく、王都で共に悪魔の軍勢を撃退した偉丈夫であった。その背後には、相変わらず美しい黒髪の姫・ナーベが随行している。

 

「おお、“蒼の薔薇”の皆さん。お久しぶりでございます」

 

 会釈を返す“漆黒”の英雄は、相も変わらず壮健そのもの。

 魔導王という超越者との謁見場である広間に、モモンは背に担いだ双剣もおろさず、なんの遠慮もなしに足を踏み入れていく。

 

「任務ご苦労だったな、モモン」

「おまえたちに(ねぎら)われる筋合いなど無い。私たちは、あくまでこの国……この地に住む人々が、心安く暮らせるように励んでいるだけだ」

「ふふ。そうだったな」

 

 両者は皮肉げに冷笑を交わすだけ。

 その姿は、王に対する儀礼からは遠い印象しかないが、伝え聞く限り、モモンは魔導王と対等な立場──有事の際には敵対することを表明することで、街の人々の安全と平和を勝ち取ったと聞く。ならば、これくらい両者の間に隔たりというものがないことは頷ける話だ。見れば、王の傍らに侍る宰相(アルベド)も、二人の様子を当然の日常という風に受け止めている。

 アインズはモモンに礼儀など期待しておらず、モモンもアインズに対して礼節を尽くさない。

 なんという御仁だ。一国の君主を相手に、こうして対等に渡り合うなど──どこか遠方の、王族の生き残りという噂が現実味を帯びてくる。同じアダマンタイト級冒険者と言えど、ここまでの違いを露わにされては、もはや言葉にもならない。

 というか、あの方(モモン)と同格の存在などと評されても、ラキュースは身が縮こまる思いだった。

 ふと、ラキュースは蒼の薔薇たちと横に並ぶ位置まで近寄ったところで、その首に下げられているプレートが気にかかった。

 

「モモン殿──そのプレートは?」

 

 アダマンタイトの輝きではない。イビルアイやガガーランたちも興味深い眼差しを向けている。

 モモンは首に下げられた不思議な煌きをつまんでみせた。

 

「ああ。これは魔導国内での新しい冒険者プレートです。その最上級に位置する七色鉱、“セレスティアル・ウラニウム”という鉱石らしいです」

「新しいプレート? ナナイロコウ? セレスティ?」

「既存の冒険者組合のシステムでは、我ら“漆黒”の実力を完全に表現しきれていないとかなんとか──だったな?」

 

 モモンが見据える先で、新たな冒険者の事業を推進する王が、悠然と首肯する。

 

「モモンたち“漆黒”の実力は、もはやアダマンタイトの領域を超えている。さらに、既存の冒険者階級では、我が魔導国が計画している『真の未知の探求者』たちの実力を顕示する仕組みにはなりえない。(カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)程度の力では、あまねく世界を知るには能力が不足している──そんなか弱いものに、真の冒険者たる資格など無い」

「……それは、どういう?」

「つまり現状、我が魔導国にはミスリル未満の冒険者は存在しないのだ。

 下から順番にミスリル、オリハルコン、アダマンタイト。さらに“その上”の階級を設けている」

 

 骨の指を鳴らし、屋敷のメイドに持ってこさせたプレートのサンプルケースを、魔導王はラキュースたちの前に示した。

 右から順にミスリル、オリハルコン、アダマンタイト……その横に並ぶ玉鋼や琥珀、緋色や青色の輝きは、ラキュースたちでも知らない鉱物の色艶を放っている。

 

「諸君らも知っているミスリル。これを貰うことで、魔導国の正式な冒険者を名乗れるようになる。冒険者志願者は最初、何の価値もない白プレートで適性テストおよび人造ダンジョンでの実技講習を受け、その第一階層を突破できた者に、ミスリルの証が授与される。そこから各国と同じように昇格テストの受講や重要任務達成などの状況を加味して、次のオリハルコン、アダマンタイト、それ以上のプレートを持った、真の冒険者となっていくシステムだ」

 

 魔導王は悠々と語りあかす。

 

「“蒼の薔薇”の方々も聞いているだろうが、私は冒険者たちの現状を憂いている。その称号とは名ばかりに、冒険者の実態は、ただのモンスターの退治屋か、さもなければ便利屋扱い。冒険とは名ばかりの依頼をこなし、それで糊口(ここう)をしのぐ日々──必要であることは理解しているが、その事実を知ったとき、冒険者とはまったくもって下らないと呆れたものだ」

「陛下──差し出口の無礼を御許しいただければ。我々のような冒険者がいることで、人々はモンスターの脅威に会うことなく、日々を平穏に送ることができるのです。それは」

「わかっているとも。だが、そういったモンスターの脅威を払うために、若く未熟な冒険者たちがどれほどの悲劇に会うのか。知らないはずはあるまい?」

「それは……」

「我が国においては、国民を守るのに十分な武力と兵力はそろっている。君たちもエ・ランテル内で見ているはずだ。我が魔導国の、アンデッドたちによる兵卒を」

 

 ラキュースは抗弁できない。

 確かに。あれだけの数の、それも強力無比なモンスターを支配している以上、これまで辺境や街道付近に跋扈してきた亜人や魔獣の脅威は、いともたやすく掃討されるだろう。ソウルイーターの騎馬集団が、デス・ナイトの鼠算式増殖機能が、それまで一部の上位冒険者チームにしか対応不能だった脅威を、モンスターとの遭遇死の可能性を、まったく完全に払い除けてくれるのだ。

 

「既存の旧態依然とした冒険者では意味がない。私が求めるのは、『真の冒険者』たちだ。我がアンデッドによって整備され、昼も夜も警備された街道は、これまで以上の速度と安全性を兼ね備えた流通を可能とし、我が国の民はさらなる繁栄と発展を目にすることになる。そうした発展の先に、これまで駆け出し(カッパー)の冒険者程度でもこなせた労務は必要性がなくなるのだ。手紙や物資を届けるのには郵便屋などの運送業者があれば事足りる。このように、それ専門に特化した職種や業態をもうけることで、より効率よく、より確実に、各地や各国と結びつくことが可能となれば、世界はどれほど素晴らしいものになるのか、想像できるかな?」

 

 ラキュースは今、まったく別の意味で、この目の前の王の姿に畏れ、(おのの)いている。

 神官の宿敵──アンデッドという魔の存在だからではない。

 その賢知、その見識、その権謀──どれもが人間のそれを超越し尽していた。

 

「私が君たち“蒼の薔薇”を招待したのは、我が魔導国の新しい冒険者たちに触れることで、冒険者の真の可能性をその目で見てほしいのだ。その是非を十分に吟味し、“冒険者とは、本当はどうあるべきなのか”──王国において最高位のアダマンタイト級冒険者たる諸君の意見を、聞かせていただきたい」

 

 魔導王の語る理論は整然としていた。一部の狂いもなく、その口から零れる言の葉は一考以上の価値を備えていた。

 

「では、諸君らからの質問を受けつけよう。それが終われば、モモンが君らを宿へ案内する」

「貴様に命令される筋合いはないが、“蒼の薔薇”の皆さんの安全は我々が保障します。ご安心を」

 

 アンデッドの王は質問を受けつけると言った。が、何をどう問うべきなのだろうか。

 誰もが物怖じして、ラキュースですら言葉に詰まる状況下にあって、一人の少女が声を発した。

 

「魔導王陛下にお尋ねします」

「……イビルアイ?」

 

 ラキュースは思わず制止すべきかどうか迷った。

 だが、彼女の声音は、いつも通りの音律であり、そこに怒りや恐れの気配は微塵もない。

 

「なんだね、“蒼の薔薇”の魔法詠唱者(マジックキャスター)くん?」

「陛下の従える死の騎士(デス・ナイト)は、本当に、魔導王陛下の支配下に?」

 

 堂々と疑義をぶつける少女の言葉に、骸骨の顔は粛々と頷きを返すのみ。

 イビルアイは質問を重ねた。

 

「陛下……失礼ながら、200年──いえ、250年前の“亡国”のこと、ご存じありませんか?」

「200年? ……亡国?」

 

 さすがに質問の意図が掴めなかったのか、魔導王は小首を傾げるだけだった。

 

「いや……なんのことだ?」

「いえ──こちらの話です。申し訳ありません」

 

 イビルアイは傍にいるラキュースにわかる程度の仕草で、安堵の心を得ていた。

 質問が答えられなかったこと……答えられなかった相手の様子から、“本当に知らないのだ”ということを、理解して。

 

 

 

 

 

 …

 

 

 

 

 

 あのアンデッドの騎士──死の騎士(デス・ナイト)は、イビルアイにとって知らぬ相手ではない。

 

 

 

 

 

 かつてのこと。

 今より250年前の事。

 

「お父さん……お母さん……」

 

 生国が死者の跋扈する廃都市に変わってしまった折。

 ガタガタと震え、すでに亡い父母を呼びながら、人の気配の絶えた都市を、ひとりで歩く。

 夜の大通りには濃厚な死の気配が漂っている。街辻に倒れ伏す死体、死体、死体。男の人も女の人も、老人、子供──赤ん坊──すべての人間が死んでいる。戦争ではない。火災や地震でもない。どの死体も比較的綺麗なままで──まるで突然の病か、命をそこで吸い取られてしまったかのようだった。

 時々、魔法の街灯に照らされる死体たちが、濃密に過ぎる死の空気にあてられたせいか、あまりにも早くアンデッド化した──動死体(ゾンビ)に変わったものが痙攣と共に這い起き、奇声と共に生者の血肉を求め彷徨(さまよ)い始める。当時、幼い時分で詳しくは知りようがなかったとは言え、アンデッドが恐ろしいモンスターであることぐらいは、なんとなく常識として理解はしていた。

 

「ひッ、──!」

 

 少女は悲鳴を噛み殺し、両手で口元をふさぎ覆いながら、逃げ回った。

 不思議なことに、どんなに駆け走っても呼吸がつらくなることはなかった。

 それも当然……少女は自分が、呼吸が必要のなくなったことに気付いていなかった。

 そうして、どこかにいるかもしれない生存者を、助けてくれる誰かを求めて、捜し歩いた。

 

 けれど、どんなに走り続けても、その都は死の香薫によって溢れていた。

 

 途中、窓ガラスに映った自分の顔を不審に思って、瞳の色を覗き込んだ。

 

「なに……これ……?」

 

 ドレスを纏う少女の瞳の色。

 それが、血のように濡れた真紅に変わっていた。

 自分の肉体にまで生じた異変。次から次へと発生する異常事態。

 頼るべき父母を喪い、家の女給や衛兵、庭師の親子さえも、全員が亡くなっていた。

 

「誰か、……だれかぁ……ぅぅ……ぇぇ……」

 

 泣きたいほど怖いのに、何故か泣けない自分を認めながら、歩くのもいやになってきた頃。

 

「おぉい! 見つけたぞッ!」

 

 少女は顔をあげた。声のする方向には、国の近衛騎士や宮廷魔法使いたちの姿。死の濃霧を避けるかのような装備──仮面をつけた集団として現れるのが、少女の赤い瞳にはハッキリと見えた。

 

「あ、あ……!」

 

 助けが来た!

 そう直感して当然の出来事。

 あの人たちに助けてもらおうと走り出そうとした──刹那。

 

「…………え?」

 

 少女を軽々と飛び超えていく黒影(かげ)

 獰猛な獣のごとき雄叫びと共に、フランベルジェとタワーシールドを持つアンデッドが、「死の騎士」が、近衛や魔法使いたちを、強襲。

 

「オオオァァァアアアアアア──!!」

 

 轟く絶望。

 一瞬の剣閃。

 逃げ惑う隊伍。

 噴き上がる鮮血。

 助けを乞う断末魔。

 惨殺され虐殺され屠殺されていく人、人、ひと、ヒト……

 

 斬り飛ばされた勢いのまま、ボールのように転々と転がってきた近衛の頭が──従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)が呻き声をあげて、少女を見上げていた。

 

 

 

「あぁぁあああぁぁぁぁあああああアアアアアアアアアア────!!!!」

 

 

 

 12歳の少女──亡国の姫君──キーノ・ファスリス・インベルン──は、あまりの現実に絶叫をあげ、そこで意識を手放した。

 血のように濡れた視界の中で、遠くにいる誰かの嗤い声を、聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イビルアイの過去……タイトルは『“偽”/亡国の吸血姫』
アニメ・オバロⅢの特典内容とは違う可能性が100%ありますので、そこはあしからず。

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