フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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第三章 ────── 交叉路
フォーサイト、蒼の薔薇と邂逅す


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 時を少しばかり遡る。

 

「「お姉さま~!」」

 

 元気いっぱいな双子の来訪を、今か今かと待ち望んでいた姉──アルシェが大きく手を振って応えた。それを眺めるヘッケランたち、フォーサイトの面々も、小さな妹たちの駆けてくる様を微笑ましく迎え入れる。

 

「二人共。ちゃんと迷わずに来れた?」

「うん! だいじょうぶ!」

「だいじょうぶだったよ!」

 

 姉の腕の中ではにかむ二人は、一仕事をやり遂げた達成感に包まれていた

 おつかいの品が入った布袋を受け取り、小さな頭を慣れたように撫でつけるヘッケラン。

 中身を確認すると、人数分の昼食……パンとハムサラダの弁当箱が6個はいっている。

 ウレイリカの方は少々ごちゃついているのが気になったが、途中で転んだり落としたりしたと考えれば、まぁしようがない。

 

「よしよ~し。えらいぞウレイ、えらいぞクーデ」

「ほんと、よく時間通りにこれたわね、えらいえらい!」

「いやはや。アルシェさんの教育の賜物というところですね」

 

 大人組からの讃辞を受けてくすぐったそうに笑う幼女たちと共に、ヘッケランたちはお昼を街角の往来にあるベンチに並んで食べる。円形広場を行き交うアンデッドの馬車や、多種多様な亜人などを眺めるのも慣れたものだ。

 

「おいしい~」

「お外でごはん~」

「ああ、もうクーデ。お口、汚してる」

「えへへ~、ごめんなさーい」

 

 アルシェはモモンから預かった黒布のハンカチを取り出しかけ、それとは別のハンカチで妹の口元を拭う。あのハンカチは結局、返却する機会を逸したままだった。

 

 今回のおつかいは、午前中に冒険者の仕事……鍛錬のため人工ダンジョンに赴いた後、“ついうっかり”お弁当を忘れた姉からの〈伝言(メッセージ)〉を受け、フォーサイトのいる広場にまで、ウレイリカとクーデリカの二人だけで、みんなの弁当を届けるという内容であった。

 これまでとは違い、寮にいる姉の言いつけで寮付近の買い物をこなしていたものとはまた趣向の異なる任務だったが、もはや数ヶ月も魔導国で暮らす双子たちには、難しいミッションではなくなっていたようだ。このようにして自立心を芽生えさせる試練を与えるのは、魔導国の治安の高さがあればこそ。この都市を巡回するアンデッドたち──死の騎士のおかげで、犯罪率が極端に低くなっているのは、もはや語るまでもない事実である。

 

「──ねぇねぇ。お姉さま」

「どうしたの、ウレイ?」

「お姉さまたちのプレートは、おりはるこんきゅう冒険者のだよね?」

「そうだけど?」

 

 アルシェは自分の首に下げられているオリハルコン級の証──冒険者プレートをつまみ見せる。

 

「じゃあ、黒っぽい色のプレートって、お姉さまたちよりもすごい冒険者さんだよね?」

「うん。……それがどうかしたの、クーデ?」

 

 双子はうんうん頷きあう。

 そして、先ほど出会った、奇妙な冒険者の話を語りだす。

 

「お面をつけた、アダマンタイト級冒険者?」

 

 二人の話を総括したヘッケランは首をひねる。

 ウレイとクーデが警邏中のアンデッドとぶつかり転んだ際に、いきなり両者の間に割って入った冒険者がいたという。その首元には、双子の見たかんじ黒っぽい……アダマンタイト級だろう(プレート)があったというのだ。

 

「はて? エ・ランテルでお面をつけているだけでも珍奇で聞いたことがない──もしや、魔導国の冒険者ではないのでは?」

 

 ロバーの言う通り。

 魔導国内での冒険者システムは一新され、現状、アダマンタイト級冒険者は1チームも存在しない。フォーサイトの大恩人である漆黒の英雄・モモンたちは、アダマンタイトではなく、それよりも遥か格上の階級……ナナイロコウという超稀少鉱石を賜っているからだ。

 さらに、この数ヶ月の間で、ミスリル級から始まる「真の冒険者」階級でアダマンタイトの階梯に上った者は、まだいないはず。

 

「冒険者ならチームで動いているはずだから……ねぇ、二人共。そのお面の人以外に、誰かいなかった?」

 

 イミーナが問い質すと、双子は仮面をつけた冒険者の後をついてきた一行を思い出した。

 魔導国の王が従えるメイドに連れられた、この都では見たことのない、冒険者の一行を。

 

「そういえば。青い鎧と黒い剣のお姉さんがいたよ?」

「青い鎧? 黒い剣?」

「あと、大きな……お姉さん……? それと、ちいさなお姉さんが、二人?」

 

 ヘッケランは双子がたどたどしく語る“女ばかりの五人組”というチーム構成に、アダマンタイト級という単語を結びつける。

 そうして解答に辿りついた。

 

「ああ! “蒼の薔薇”か!」

「まさか。王国のアダマンタイト級?」

「でしょうね。女性ばかりのアダマンタイト級となると、それ以外にないかと」

 

 イミーナとロバーデイクも、ヘッケランに続けて声をあげた。

 

「でも、魔導国へ一体、何をしに?」

 

 アルシェの呟いた疑問に、答えられる者はいなかった。

 

「ありえそうなのは、王国に頼まれて魔導国の調査に──とか?」

「でも、魔導国の調査って、このタイミングで? ありえるの?」

「魔導国が平和に統治されていることは、この数ヶ月で近隣諸国に知れ渡っているはずです。でなければ、外交使節の往来や、ドワーフの国や聖王国との国交樹立はありえない」

「うん……それに、魔導国のメイドさんたちに連れられていたというのも、気にかかる」

「メイドかー」

 

 噂では。

 あのヤルダバオトが従えていたメイド悪魔なる存在を支配下に置き、大悪魔の討滅にこぎつけたという。以降、このエ・ランテルで見かけるメイドの中、魔導王に隷従する悪魔が散見されるようになったとか。

 

「確か、孤児院兼託児所にいる黒髪のメイドさんが、その元メイド悪魔って話だけど?」

「うん。ウレイリカとクーデリカが、平日いつもすごくお世話になっている。……とても優しい」

「マジかよ。あんな超とびきりの美女が悪魔だなんて、とても信じられねぇ。いや、胸とかはもう悪魔的にたゆんたゆんだけどよ、ッ、痛い! イミーナ! 足! 足踏むな!」

「…………悪かったわねぇ、壁みたいな胸で~?」

「いや誰もそんなこと言ってな! 痛い、痛い痛い痛たたた!」

 

 旦那のつまさきの上に、イミーナはさらに踵を捩じ込み続ける。

 痴話喧嘩に興じる二人をさておき、アルシェは水筒に詰めていたジュースを妹たちに振る舞う。

 足を抱えて身もだえるリーダーを見かねて、代わりにロバーが確認を行う。

 

「さて。皆さん昼食も終わった事ですし。そろそろダンジョンに、訓練に戻りましょう」

「うん……ウレイ、クーデ。ちゃんと帰れる?」

「だいじょうぶだよ、お姉さま!」

「心配いらないから、お姉さま!」

「そう。おつかいは家に帰るまでがおつかいだからね? ──もし何かあったら?」

「「死の騎士(デス・ナイト)さんに助けてもらう!」」

「うん。あと、寮母のエルダーリッチさんにも、ね?」

 

 はーいと利発な笑みを浮かべ、双子は昼食を詰め込んでいた空の布袋を片手に家路につく。仲良く手と手を繋いで。二人は見送る姉たちに微笑みを返しながら駆けていく。

 治安の悪い国や街では子供だけでおつかいなど考えられないことだが、この魔導国にはアインズ・ウール・ゴウンの支配するアンデッドがいる。幼女誘拐や暴漢の類は、まず発生しえない。そういった輩は即座に逮捕連行され、いったいどんな目に会うのか──場合によっては、その場で処刑される可能性もありえるとか。建国初期はそういう事例もあったとかなかったとか。しかし、今では本当に平和な街、平穏な都が築かれている。

 

「──で。どう思います、ヘッケラン?」

「いててて……何がだ、ロバー?」

「ウレイリカさんとクーデリカさんの言う、“蒼の薔薇”の来訪が本当だとして──何故、王国の最高位の冒険者が魔導国に来たのか。それも、王陛下のメイドに連れられて、ですよ?」

「まぁ……確かに。気にかかるっちゃ、気にかかるが、俺らにはわかりっこねぇし? それこそ、あれだ。魔導王陛下に直接招待されてとか、そんなところじゃないか?」

 

 魔導王陛下アインズ・ウール・ゴウンの推し進める「真の冒険者」計画。

 その内情と実態を諸国に対し知らしめる……そのために好適な人材となれば、同じ冒険者のチームに白羽の矢が当たった可能性が高い。王国が、仮想敵国の内部情報を探るべく潜入させた……にしては、元メイド悪魔さんたちを連れているところからして、微妙な線であるはず。

 

「ま、どっちにしろ、今のところ俺らには関係ないだろ? アダマンタイト級の案内となれば、魔導国最強の冒険者──モモンさん達が務めるところだろうし? ……って、あれ?」

 

 モモンさんのことで思い出した。

 そういえば。

 昨日、モモンさんに「本日、“ある冒険者の方々”にお会いしていただきたいので、ご都合を窺いたいのですが」と言われていたような。

 ……でも、蒼の薔薇の話なんて聞いてないし……いや、でも、ひょっとして?

 

「確かに。言われてみれば、接触する機会などなさそうですね」

「──お、おう。そうだな。……そうだよな?」

「私は個人的に、同じ女冒険者として話を聞いてみたいところだけどねー?」

「──私も。勘違いでもウレイとクーデを助けようとしてくれたのなら、お礼を言っておきたいし」

 

 冒険者ならば憧れて当然のアダマンタイト級たる存在。

 オリハルコンの輝きを首元にさげる仲間たちが微苦笑を浮かべる。

 

「しゃ! 腹ごしらえも済んだことだし。午後の訓練メニューをこなそうや!」

「ですね」

「次の試験こそ、第三階層を超えるわよ~!」

「強化魔法だけじゃ不安だから、強化用ポーションも忘れないでね」

 

 おうと頷きながら、フォーサイトは人工ダンジョン──冒険者養成用の地下施設、その受付へと向かう。

 各々、魔導国に住まうドワーフの職人が鍛造した、新しい武装を身に帯びて。

 

 

 

 

 その数十分後、ヘッケランたちは蒼の薔薇と対面することになる。

 

 

 

 

「お会いできて光栄です。

 自分は“フォーサイト”の、ヘッケラン・ターマイトです。

 どうぞ今日はよろしくお願いします、蒼の薔薇の皆さん」

 

 やべえ。

 本物だ。

 蒼の薔薇と対面することになったヘッケランは、半ば予定外の珍事に対し、相手方に失礼がないよう、必死に振る舞った。

 〈伝言(メッセージ)〉を受けて、蒼の薔薇のダンジョン見学に同行して欲しいと改めてお願いされた──前日の連絡では聞いていなかったし聞かされていなかった──ある種、モモンからフォーサイトへのサプライズとして秘されていた──以上に、“蒼の薔薇”の訪問を大々的にアピールして、都市住人や冒険者たちに変な影響や騒ぎになるのを忌避して、情報を伏せていたようだ。

 連絡を受けてからヘッケランたちが訓練を切り上げるのは即だった。まさか自分たちのような“元ワーカー”が、王国のアダマンタイト級と面識を得るなど、想像の埒外である。

 王国が誇るアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”──そのリーダーたるラキュースは、ウレイとクーデが見た通り、青い鎧と黒い剣を身に帯びて、貴族然とした品のある微笑みを浮かべて、ヘッケランと握手を交わす。

 

「こちらこそ。モモン殿の肝入りの冒険者チームとお会いできて、光栄です」

「き──肝入りだなんて、そんなとんでもない。ただ、自分たちは何かにつけてモモンさんに気にかけてもらっているだけで……」

 

 帝国帝都の裏路地で、闇金どもから救ってくれた恩に報いるべく、魔導国の冒険者となりおおせたフォーサイト。

 こう言っては何だが、運が良かっただけと言われても否定できない。実際、モモンと懇意にしているところを目撃していたらしいご同業からは、そういった上の方々の色眼鏡があったのだろうと嫉妬され羨望されることもままあった。そういった風評は、人工ダンジョン第一階層の突破試験……ミスリル級プレート獲得のための難関を突破したことでどうにか晴れた。オリハルコン級の証を頂くことになった第二階層越えを果たした後など、もはや疑う余地もないというところ。

 だが、ヘッケランの謙遜を、蒼の薔薇のリーダーは微笑みと共に否定する。

 

「運を引き寄せ、それを掴み取ることも、冒険者に必要な実力の内です。

 冒険の道に身を置く者である以上、そういった運に左右される状況も多く存在するのですから──むしろ、運が良いことを誇りに思ってください」

 

 冒険者の大先輩たる乙女の言葉に、ヘッケランたちは全員くすぐったそうな笑みを浮かべてしまう。

 ふと、アルシェがあの薔薇の一行の中に、目当ての人物を見つけ、駆け寄った。

 妹たちが言っていた、仮面の着用者。

 

「……何用だ?」

 

 冒険者界隈において有名人である“蒼の薔薇”──その魔法詠唱者の名は、イビルアイ。

 仮面越しに聞こえる声音は、いっそ異様なほど聞き取りづらい。年齢や感情などの情報を読み取らせることがないような声質で、かろうじて女性であるということが判る程度の、平坦にすぎる音色だった。

 直感的に、あの仮面は魔法のアイテムで、それによって声を変質……偽装していると思われる。

 何故そこまでのことをする必要があるのか、その理由は余人には推し量りようがなかったが、声をかけた張本人・アルシェは構うことなく続ける。

 

「先ほどは、ありがとうございました」

「……さきほど?」

「私の双子の妹たちが、あなたさまに助けていただいたそうで」

「助け? なんの────あ! あの双子、の?」

 

 双子を助けたという話で察しがついたらしい。

 頷くオリハルコン級の魔法詠唱者の少女に対し、仮面に隠した表情がいろいろと透けて見えそうなほど、イビルアイは動揺し尽していく。

 

「ええと、いや──あれは、その……私の勘違いというか、そのだな?」

「それでも。妹たちは私の宝です。それを助けようとしてくれた方に、お礼を言っておきたくて」

 

 ぐぬぬという風に黙りこくる矮躯の冒険者は、年寄りか少女のような、どちらか判別できない不思議な声音で、微笑みっぱなしなアルシェの謝辞をとりあえず受け入れた。

 

「まぁ。私が助ける必要など、これっぽっちもなかったようだが、な!」

 

 拗ねたような、気恥ずかしいような、どうにも曖昧な感じで腕を組み顔を背ける様子は、まるで童女のようにあどけない。

 王国のアダマンタイト級を預かる魔法詠唱者の意外な一面を見たようだ。

 イビルアイは大柄な女戦士ガガーランの肘で突かれ、双子の盗賊ティアとティナに肩先を指で叩かれ、そうして機嫌を損ねた猫のように喚き散らす。あれでは蒼の薔薇が誇る謎多き魔法詠唱者の評判もかたなしだ。勿論、いい意味で。

 

「では、挨拶も済んだことですし。ヘッケランさん」

「ああ、はい! モモンさん! ええ、では、不肖私どもがご案内させていただきます」

 

 ヘッケランたちは振り返り示した。

 円形広場の中心に聳える六角錐の人工物。

 魔導国が誇る、新しい冒険者育成用の人工ダンジョンを。

 

 

 

 

 

 

 




次回、人工ダンジョン編

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