フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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人工ダンジョン・第一階層

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 入場受付を済ませた蒼の薔薇の一行は、エ・ランテル内に新造された人工ダンジョンへと足を踏み入れる。

 中は薄暗い通路が続いており、明かりとなるものは手元にある支給品のランプ……〈永続光〉の照明と、魔法詠唱者三名……アルシェ、イビルアイ、ナーベの杖や指先に灯る魔法の光源のみである。

 王国から来訪した女冒険者たちのチームが階段を一歩一歩降りる足音には、恐怖や怯懦という感情は伴わない──新米のヒヨッコ冒険者では、こうはいかないものだ。やはり、アダマンタイト級冒険者の胆力は、未知を内包する暗闇の底への恐れなどありえないらしい。

 先導するヘッケランは思わず懐かしむ。

 

「いやぁ、思い出すなぁ……」

「? なにがです?」

「ああ、いえ──俺らが初めてこのダンジョンに足を踏み入れた時のことを思い出しまして」

「フォーサイトの皆さまは、帝国の元ワーカーという話を、モモン殿から聞きましたが?」

「ええ、ラキュースさん。ですが、帝国が魔導国の属国になったのを機に、こちらに移住してきたんです」

 

 簡単な身の内話に興じる間もなく、地下の広い空間に降りきった。

 そこは地下だとは思えないほどの大空間で、入場者を感知したかのように、一点だけ篝火が奥に灯る。

 

『ようこそ。魔導国の人工ダンジョン・第一階層へ』

 

 歓迎の言葉を吐いたアンデッドは、もはやこの都市で見慣れ尽くしたエルダーリッチの一体。

 

『我はこの人工ダンジョンにて冒険者育成のための案内役と補助係を、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下より仰せつかった者の“一体”。賜った名は特にないので、ここでは便宜上“K(ケー)”と呼ぶように』

「ケー殿、ですか。お願いいたします」

 

 神官の力を扱う乙女とは思えないほど謹直な会釈であった。

 無論、魔導王陛下の命を受けたアンデッドに対して礼を失することがどれだけ危険かを考えれば、さもありなんというところだ。

 

「んで? ケーさんよぉ。その案内役と補助係っていうのは、いったい何なんだ?」

 

 もっとも。その後ろに控える蒼の薔薇の仲間たちは、そういった節度というものは持ち合わせが少ないらしい。(おとこ)とも評すべき巨躯と筋力を誇るガガーランは、野趣にあふれた豪胆すぎる微笑で、冒険者の敵であるはずのアンデッドに質疑をぶつける。単純に怨恨や嫌味ということではなく、ガガーランの素の人格からして、こういう対応方法しかとれないという感じだ。

 ある意味において不遜とも受け取られかねない女戦士の態度に対し、エルダーリッチのKは特に何も感じていない無機的な口調で応答する。

 

『読んで字のごとく、案内と補助を務める役割である。この、人工ダンジョン第一階層は、私という魔法詠唱者と共に攻略し、最奥に存在する宝物を入手した時点で、冒険者の適性試験は合格と見做され、はれてミスリルプレートが授与される』

「へぇ? エルダーリッチが味方になってくれるなら、なかなか頼もしいじゃねぇか?」

然様(さよう)。なので、駆け出し冒険者の戦士などが単独でこのダンジョンに挑んでも、我のような助力を受けることで、最低限の攻略難度になるという手筈である。単独挑戦者の職種が魔法職であれば、逆に骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)などの前衛が用意されるシステムだ。ご理解いただけただろうか?』

 

 応と頷く女戦士の快活な笑み。

 本来であれば、アンデッドの魔法詠唱者に背中を預ける事態など恐怖でしかないだろうが、この魔導国を訪れ、市井(しせい)を行き交うアンデッドの様子を眺めている都合上、ここでエルダーリッチに襲われる可能性を想起すること自体ありえない印象が強まってしまうのだ。

 

『では、他に質問もなさそうなので、先へと進もう』

 

 ケーの悠然とした手の動きに促され、蒼の薔薇とフォーサイト、ならびに漆黒の両名がダンジョン第一階層を進む。奥には十個のトンネルが並んでおり、冒険者見習いは閉鎖されていない──先に入った挑戦者=受講者たちの進路は選択できない──トンネルを自分たちで選んで、試練に挑む。

 開いている洞窟の数は、4つ。それ以外の6つは魔導国の冒険者たちが利用しているということなのだろう。

 

「ここで、入る前に盗賊の能力などを使って、トンネルの内部を見透かしたりしてはいけないのでしょうか?」

 

 ラキュースは勤勉精神あふれる様子で質問する。

 ケーは「無論、それは各人の自由が認められる」と言って、蒼の薔薇に属する女性二名の力の行使を認めた。ティアとティナは早速大地や土壁に耳を当て、少しでも脅威の気配が少ないはずの進入路を探してみる。

 

「……たぶん。ここが一番いいと、思う」

「……たぶん、だけど」

 

 仲間二人の自信なさげな主張にガガーランは首を傾げる。

 

「なんだよ、たぶんって? おまえらの能力なら、こんなトンネルの中くらい余裕で把握できるだろ?」

 

 王都のヤルダバオトの戦いで死亡し、力を失ったガガーランとティアは復調を果たしている。かつてよりも力が劣っているようなことはない。そもそもティナの方まで自信がないというのはどういうわけか。

 

「内部構造は把握できた。ほぼ一直線のトンネル。モンスターの配置分布も、とりあえず見える距離のものは、全部」

「? じゃあ問題ねぇじゃねぇか?」

「────これって、言っていいのかな?」

 

 二人がひそひそ言葉を交わすのに、ヘッケランたちは頷きを返すばかりだ。

 このダンジョンの構造とモンスターの分布図──それをおおむね把握すればするほど、困惑して当然というもの。

 言い淀むティアとティナに代わって、モモンが告げてしまう。

 

「この第一階層には、アタリとハズレが存在しており、その中でアタリを引けるかどうかも攻略の可否を左右します。ハズレを引いた挑戦者のほとんどは、ゴールにたどり着くことなくリタイア……強制帰還となるでしょう」

「えと、じゃあ、ティアとティナが選んだトンネルは?」

「おそらくは、今現在開いている4つの中では一番のアタリのはずです……ですが、アタリだからと言って、それで絶対に攻略できるかどうかは」

 

 不明。

 それこそ、つい先ほどラキュースがヘッケランに言ったように「運を掴める」かどうかという話なのだろう。

 緊張の面持ちで生唾を呑み込むラキュースとガガーランたち。

 そんな中で、小さな魔法詠唱者が前へと踏み出していく。

 

「心配するなバカども。私たちは仮にも王国のアダマンタイト級冒険者だ。モモンさんや美姫、そして魔導国の冒険者たちの前で、怯えて震えるところを見せるなど、みっともないと思わんのか?」

 

 イビルアイの決然とした主張。

 ラキュースは微笑んで魔剣を構え、ガガーランも愛用の刺突戦鎚を肩に担ぐ。ティアとティナも“くない”──忍者の武器を手に手にとりだしていった。

 

「どうかモモンさんたちとフォーサイト、皆さんは私たちの後方で、私たちの戦いを存分に見ていてください! 何なら、エルダーリッチのケーとやらも!」

「そうですか? 無理をされるのは禁物ですが──では、お言葉に甘えるとしましょう」

「はい! 大丈夫です、モモンさん! 人の手で作りしダンジョンなど恐るるに足りません! 我ら“蒼の薔薇”が、力を合わせれば! そうだろう!?」

 

 異様なほどテンションが高いような──なにやらモモンさんの方をしきりに気にしている仮面の魔法詠唱者は、自分のリーダーを鼓舞するように檄を飛ばす。

 そんな同僚の意気におされて、ラキュースは凄愴な笑みを浮かべた。

 アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”にふさわしい微笑と共に、戦乙女は先陣に立つ。

 

「──ええ。そのとおりね、イビルアイ──じゃあ、行くわよ、皆!」

 

 

 

 数分後。

 

 

 

「何なのよ、このダンジョンはああああああああ!」

 

 ラキュースをはじめ蒼の薔薇は、進退窮まっていた。

 

「これが! 本当に! 駆け出し! 連中が! 挑む! ものなのかよッ!!」

「おいこら! ティア、ティナ! 本っ当に、ここが一番よかったのかぁ!?」

「…………うん」

「一応、一番マシな量を選んだ、ぞ?」

 

 マシな量。

 これが一番マシと二人が言うトンネルの中は、おびただしい数の骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)の群れで(ひし)めいていた。トンネルは幅十メートル、高さ十メートル程度の広がりがあり、その奥から無尽蔵かと思えるほどの不死者が、挑戦者たちを歓待すべく行進してくる。

 ラキュースが叩き切り、ガガーランが砕き潰し、イビルアイが魔法の水晶で突き穿って、ティアとティナが忍術で翻弄するアンデッドの群れは、百体規模の大所帯。もはやそれは、不死者で構築された津波の様相を呈していた。

 

「最初に言っておけよ! ここにこれだけのアンデッドが(うごめ)いてるってよぉ!」

「……言っても全員、信じてくれたかどうか?」

「こんなところに、この量がいるなんてねぇ?」

「ああ、確かに! 信じられなかっただろう、なッ、と!」

 

 ガガーランの恨み節を、二人は肩をすくめて受け流すしかない。もともと、このダンジョンを体験受講するつもりでここまで来た以上、尻尾を巻いて逃げるなんてできなかったうえ、ラキュースとイビルアイのやる気の高さもあれだったのだ。

 それに何より、暗黒を見透かしたティアとティナですら、実際に見て確かめないと、これほどの数のモンスターが存在する事実を信じ切れなかったというのも、あるにはある。ここは地上部分からほんの二十メートルの地下……この上には、人間と亜人などの数多くの命が生を謳歌する都市が鎮座している。見えていない仲間たちでは、まず信じ切れなかったはずだ。

 だが、実際に体験して分かった。

 この魔導国は、本当に底が知れないということを。

 そんなアダマンタイト級冒険者の紛糾に引きかえ、魔導国のオリハルコン級冒険者は冷静だった。

 

「初日にこんな量に出くわしたら、まぁ信じられないのも無理はないです、よっと!」

 

 ヘッケランの双剣で骸骨を二体砕く。

 

「実際、私らも初日は死ぬかと思いました、か、ら!」

 

 イミーナの弓矢から放たれる三矢が、動く死体の頭を刺し貫く。

 ロバーデイクやアルシェの魔法も、正確に迅速に、アンデッドを打ち払っていく。

 イビルアイの申しつけで後ろに控えていたが、さすがに量が量であるため蒼の薔薇の討ち漏らしが流れてくる以上、それを処理しないわけにはいかなかった。

 

「ですが、皆さん。さすがはアダマンタイト級を預かる身。低級の冒険者チームでこの量を捌くのは、確実に不可能ですからね」

「うん。ロバーデイクの言う通り。私たちも初日は、本当に焦ったというか、実際、何度かリタイアするしかなかった」

 

 何度か挑戦(チャレンジ)失敗(リタイア)を繰り返し、ある程度アンデッドの行動法則や攻略方法を見つけて、どうにかミスリルプレートを貰えるまでに、三週間はかかった。

 このダンジョンを初回で攻略した者は、今のところデモンストレーションとして行われたモモンたち漆黒の進撃以外、まったく存在しない。しかも、モモンたちはあえてハズレを──もっとも攻略難易度が高いルートを通ってのこと。かつてエ・ランテルで起きた、アンデッドの大量発生事件の再現とも言うべき難行であった。

 数千のアンデッドを突破する漆黒の英雄は、そのまま第二・第三・第四階層を踏破し、見事魔導国における新たな最上位冒険者としての地位を確立したのだ。

 ラキュースは『リタイアするのであれば、武器を置いて両手をあげよ』と拡声魔法で説明するエルダーリッチのケーに対し、笑って頭を振った。

 

「あれだけ大口叩いて! ここで退くことはできない! そうでしょ、皆!」

 

 リーダーの鬼気迫る激励に、仲間たちは潔く答えた。

 

「ははは、おうよ!」

「さすがは鬼リーダー」

「ウチの鬼リーダーは本当に鬼だ」

「と、当然だ! そろそろ本気でやるぞ!」

 

 後ろのモモンさんたちに迷惑をかけるなと怒鳴り散らす魔法詠唱者が、戦士系の支援魔法を詠唱。

 

「少し驚かされたけど──ここからが、本当の“蒼の薔薇”の戦いよ!」

 

 その言葉の通り、蒼の薔薇は全力でアンデッドの大軍を薙ぎ払いにかかった。

 イビルアイの地属性魔法の火力──ティアとティナの忍術やアイテム支援──ガガーランの発動する武技の連鎖攻撃──そして、

 

「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォオ!!」

 

 ラキュースの手中──魔剣キリネイラムから(ほとばし)る、漆黒の無属性エネルギーの轟爆。

 ヘッケランたちが初めて見る蒼の薔薇の奮闘は、モモンたちほどではないとしても、英雄級の大活劇と評して差し支えないものがあった。

 その証拠に──

 

「お────終わったぁああああ……」

 

 最後の異様に強い……魔法武器を帯びた骸骨戦士を打ち砕き、ゴールラインを越えた蒼の薔薇は、そこにある宝箱の傍に、ほとんど崩れるように膝を折った。唯一、立ったままでいるのは、体力に不安があるはずの魔法詠唱者──イビルアイだけ。蒼の薔薇は、人工ダンジョン第一階層を初見で攻略してみせたチーム“第二号”となった。『第一階層は攻略された』と告げるエルダーリッチが、おめでとうと祝辞を述べるのを、複雑な面持ちで受け止める。

 

「いくら、向こうが、殺しに、こないって、言われても……」

「あはは……やべぇ。めちゃくちゃ、しんどかったぞ、これ」

「……力が戻っていなかったら、割と、危なかった気がする」

「でも、れべるあっぷの儀式には好都合じゃないか、ここ?」

 

 座ったまま背中を預け合い語り合う女傑たちに、ヘッケランたちフォーサイトも祝いの言葉をかけながら、用意しておいた祝杯のポーションを提供する。

 

「お疲れさまでした、皆さん」

「すごかったですよ~、あの七色の盾って噂の忍術?」

「いやはや、勉強になりました。さすがは王国のアダマンタイト級です」

 

 そして、アルシェはイビルアイにも、体力回復効果のあるポーションを渡そうと近寄った。

 

「おめでとうございます、イビルアイさん」

「ああ……だが、すまない。私は、ポーションは、いらない──その、なんというか、苦手でな?」

「? ポーションが、ですか?」

「そう、ポーションの味が、あれだ、嫌いで、な。すまんが、それは仲間にやってくれ」

 

 考えてみれば、後衛のイビルアイは体力が減るような機会はほとんどなかった。アルシェは気を悪くするでもなく、ちょうどよく声をかけてきたガガーランに、イビルアイの分のポーションを渡した。最前線で身体を張っていた戦士には、魔導国産のポーションは身に染みて効いたようだ。

 

「……変わった色のポーションだったが、飲んだ感じ、王国のより質がいいな?」

「あ、やっぱりわかりますか? 俺らも初めて飲んだときは本当に驚きましたよ」

 

 軽く談笑する蒼の薔薇とフォーサイト。

 そこへエルダーリッチと何やら確認していたモモンたちが合流する。

 

「おめでとうございます、皆さん。素晴らしい快挙です」

「ありがとうございます! モモンさん!」

 

 まるで花開くように色めき立つ仮面の魔法詠唱者。

 モモンは蒼の薔薇を言祝ぎ続ける。

 

「本当に素晴らしかったです、イビルアイさん……適時的確な戦闘支援、お見事です」

「モ、モモン……しゃ……ま」

 

 仮面のせいで表情は判らないが、かなり気の抜けきった声色だと察することができた。その証拠に、モモンがその場を離れ仲間から呼びかけられても、あまり反応を返せていない。えへへと甘い声で笑い、まるで夢の国をはばたく蝶のようにフワフワしてる。いったいどうしたことかと心配する端で、肝心のモモンは蒼の薔薇の要たる戦乙女に歩み寄っていた。

 

「さらに、ラキュースさんの、魔剣・キリネイラムッ!」

「は、はいっ!?」

「実に──実に興味深いものです。噂によると、十三英雄・暗黒騎士の一品、だとか?」

「え、ええ……そういう噂がありますが、私も詳しくは?」

「なるほど。魔剣の名にふさわしい威を放つアイテムです──あの方の日記にも記述がありましたが、やはり現物を見ると!」

「あー、モモンさ──ん」

「おっと失礼! つい我を忘れそうに!」

 

 ナーベに声をかけられ、モモンは奇抜で独特なポージングをパッタリやめる。

 何故かやけにハイテンションな調子で手を握ってくる漆黒の英雄に対し、ラキュースはギクシャクとした笑みを浮かべるしかない。頬が紅潮しているのは、なるほど激戦の疲れによるものと見て間違いないだろう。

 モモンは沈着な口調で話を進めた。

 

「そのあたりのお話もしたいところですが。──次は、人工ダンジョンの第二階層となります」

「ええ。ですが、さすがに、あれだけの戦闘の後だと」

 

 ポーションで軽く体力の回復はできたが、魔力やアイテム──武技や超技による消耗はバカにできない。

 蒼の薔薇とはいえ、さすがに連続で階層攻略に挑むことは難しい状況だと言わざるを得なかったようだ。

 

「ええ。ですので、第二階層については、ここにいるフォーサイトの皆さんにお任せするというのは、どうでしょう?」

 

 提案されたヘッケランたちは快く承諾した。

 ラキュースたち蒼の薔薇は、魔導国のオリハルコン級冒険者に後事を委ね、人工ダンジョンの第二階層に降りていく。

 

 

 

 

 

 

 




ラキュースの手を握って変なポーズするパ……モモンさん。
でも本物の魔剣を前にしたら、気になっちゃいますよね!

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