フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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週一投稿を目指します(できるとは言っていない)


気がかり

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 翌日以降、フォーサイトは精力的に働き始めた。

 

 そうして数日が過ぎた。

 

 フェメール伯爵からの依頼──遺跡調査の仕事が舞い込んだときには、カッツェ平野でアンデッドを狩り続けた体を休めていた。完全出来高制の国家事業であるアンデッド狩りは、下手をうてばヘッケランたちですら危うい状況に陥るもの。その昔、エルダーリッチ1体が率いる兵団──骸骨の戦士(スケルトンウォリアー)4体、骸骨の魔法使い(スケルトンメイジ)3体、骸骨(スケルトン)40体をやった時は、本当に死ぬ思いで討伐し果せた。冒険者として評するならばミスリル級に匹敵するチームの実力はダテではないが、そんな実力者チームであるフォーサイトでも、カッツェ平野での仕事は休息なしで引き受けることができるような事業ではないのだ。

 

 

 

 それでも、ヘッケランはアンデッド狩りに精力的に参加したし、ワーカーに流れてくる依頼──帝国では何故か冒険者よりもワーカーの方が多かったりする──誰もやらない・やりたがらないものを率先して引き受けた。

 無論、冒険者組合という後ろ盾・庇護がないと危険が多い。

 だからこそ日銭を稼ぐには効果的だが、しくじれば痛い目を見る。油断はできず、少しでも危険な気配を感じれば、引き受けないという取捨選択──積み重ねた経験から来る直感も馬鹿にはできない。

 例の、あの王国領内の遺跡調査の件で、不穏な噂を耳にした日には、いやでも警戒感が増すというものだ。

 

 

 

 歌う林檎亭の宿部屋はイミーナと共に引き払った。が、ワーカーとして依頼を受ける際には、こういった宿に依頼人が来ることになるため、店の主人からフォーサイト宛に依頼が届いていないかくらいの確認に使わせてもらう。主人は長く常客として宿をとっていたヘッケランに、酒場での乱痴気騒ぎを鎮めてもらったなどの借りがあったので、快く受けてくれた。

 ヘッケランたちは、帝都の街からそう遠くない街道脇の森で、ワーカーとして使い込んだ簡易テントを張って、夜露をしのぐつもりでいたが、「いくらワーカーでも、そんな生活が続けば身体を壊します」とロバーデイクにたしなめられ、仕方なく彼が懇意にしている孤児院──ワーカーとしての収入の一部を寄付している、帝都郊外にある院内で寝泊まりさせてもらうことに。

 

「すいません、院長さん」

「いえいえ。困ったときはお互い様ですから。それに」

「──それに?」

「ロバーさんのお仲間さんであれば、いくらでもここを使ってください」

 

 そう年若く敬虔な心持の女院長は、院の最大寄付者である神官の、その仲間たちを歓迎してくれた。

 実にまじめそうで温厚な女性。ロバーデイクよりも少しばかり年は下だろうが、それでもヘッケラン達よりは上という感じ。

 

 孤児院での生活は、意外とヘッケランもイミーナもすぐになじんだ。

 元気な盛りの子供たちと追いかけっこを演じ、せがまれて剣や弓の手ほどきめいたことも。ヘッケランは自分の女──イミーナとの間に授かる子が生まれたらと思うと、どんな悪ガキであっても容赦なくぶつかり合ってみせた。

 

 ただ、気がかりはある。

 

 ひとつは、ヘッケランたちがいかに子供らの面倒を見てやっても、孤児院の負担になること。

 子供たちを飢えさせないだけでもかつかつな経営状況にある院にとって、大人二人分の衣食住は、負担以外の何でもない。ヘッケランたちは院で生活をさせてもらっている間、アンデッド狩りやモンスター討伐などに足繁く通いはしたが、とある理由で、いつも通りの戦果は期待できなかった。

 

「やはり、アルシェさん抜きでは、今まで通りのコンビネーションは難しいですね」

「──ほんと、あの子の優秀さが、いやでも、わかったわ」

 

 雑魚スケルトンを掃滅したロバーとイミーナが、肩を上下して苦笑している。

 前衛として体を張り続けたヘッケランは、言葉も紡げないほど消耗していた。

 

 これが、二つ目の気がかり。

 ──アルシェの不在だ。

 

 不在といっても、アルシェの消息が途絶えたとかではなく、単純に、以前ほどワーカーの仕事に就き難くなっているのだ。

 ヘッケランたちの好意で、昨日(さくじつ)まとまった金を工面できたアルシェは、両親への恩は返したと言って捨て、喧嘩別れも同然に決別状を叩きつけた後、妹二人を伴っての“引っ越し”を強行した。

 だが、元貴族の親父の散財によって、アルシェ自身も無一文に等しい状態であり、──はっきり言えば、即、路頭に迷った。何しろ幼い妹たちの面倒を見つつ、生活費を稼がねばならない。いかに第三位階の魔法を使いこなす才媛であろうとも、幼い妹を空き家に放り込んで、姉は資金調達のために仕事に行くなど不可能。

 それを見かねたロバーデイクの計らいによって、アルシェの妹たちも、即日ヘッケランたちのいる孤児院で保護を受けることに。

 姉と妹たちは、それからは時が許す限り共に過ごし、ウレイリカとクーデリカは貴族の屋敷の中での生活とは打って変わって、孤児院の子供たちの多くと友達になった。もとが貴族といっても、アルシェのような姉を持った妹たちに、身分の差や世俗の違いなどという観念は薄かったというわけである。

「お姉さまとずっと一緒」でいることをウレイとクーデが喜ぶのと同時に、アルシェの妹たちは、他にも多くの友達にも、恵まれることになった。

 

 しかし、妹たちの面倒を孤児院の先生たちに押し付けて、アルシェが危険なモンスター討伐に赴くというのは、さすがに彼女の事情をようやく知り尽くした今のヘッケランたちでは、無理を強行するわけにもいかない。下手をしたらアルシェという保護者を、ワーカーの汚れ仕事の筆頭であるアンデッドとの戦いで(うしな)わせ、ウレイとクーデたちを、本当に孤児にしかねない危険を、今のフォーサイトたちが(おか)せるものか。

 では、安全性が高い──だが報酬は驚くほど安くなる冒険者業に戻るのかと思うと、帝国内での冒険者の地位や役割の低さを考えるに、得策とは言えない。その上、ヘッケランたちはそれぞれ事情があって、ワーカーを生業(なりわい)とする人生をよしとした者たちだ。

 

 では、帝国の冒険者ではなく、他国の冒険者を目指せばよいのかというと、これは難しい──どころか不可能といえるだろう。なにしろヘッケランたちはワーカーとしての汚れ仕事で、帝国内の同業者内ではそれなりに稼げる地位にいる……つまり、他国の領土を踏み荒らすといったことも平然と請け負うほど、“仕事をこなし続けた実績”の持ち主たちで、このまえ依頼されたような遺跡調査に伴う領土侵犯行為も(十分に気を付けてはいるが)多数こなした経験を持つ。言い換えれば、それは当然、その筋の他国の連中にも存在を認知されているということ。大っぴらに取り締まりや懲罰請求を受けたりされるわけではないが、ひとまず王国の冒険者組合などからは虫のように嫌われているのが、敵性国家である帝国のワーカー連中なのである(こういったワーカーの働きも、何気に帝国皇帝の企図する王国弱体化を誘引する小さな工作となるので、帝国はワーカーたちを放免し、便利使いしている向きがある)。そんな存在がホイホイと王国内の冒険者組合の戸を叩けば、よくて国外退去、悪ければ袋叩きにされる覚悟が必要となる。

 

 そうでなくても、冒険者組合というしがらみや軋轢を嫌って、ワーカーになる者が多いのが実情であり、わけても「神殿勢力に従うのはまっぴらごめん」であるロバーデイクにしてみれば、冒険者になるぐらいならば引退するとまで宣言していたのだ。冒険者として細々と生計をたてるというのは、事実上フォーサイトの解散を意味するだろう。だが、それでは意味がない。

 

 さらに、それらに伴う、最大の気がかりが残っていた。

 

「アルシェの両親が、アルシェさんたちを、少なくとも妹さん方を引き取りに来たら──どうします?」

 

 ロバーの当然すぎる指摘に、ヘッケランは腕を組んで唸った。

 いくら没落した貴族家であり、経済状況が芳しくない──どころか転覆沈没は免れない泥船なフルト家であっても、帝国の法律上、アルシェの妹たち(ウレイリカとクーデリカ)の養育と保護は、アルシェではなく両親の役割。帝国の上層部にしてみれば没落貴族の女児の行方などどうだっていい情報であろうが、あの親たちが正当な方法で娘たちを屋敷に戻そうとすれば、ヘッケランたちにはこれといった手立てがない。成人間近のアルシェはともかく、年の端のいかない少女が家から消えたと陳情されれば、お(かみ)もさすがに動かざるを得ないだろうというのが、一般的な帝国民であるヘッケランたちの読みである。

 が、アルシェは『それはない』と断言していた。

 

「アルシェさんの話だと、フルト家は完全に帝国上層部──貴族社会内では「ないもの」扱いされているらしいですからね。『あの鮮血帝が、不要と切って捨てた貴族の言うことを聞き入れる理由など無いはず』という見解を信じれば、まぁ大丈夫でしょうが」

 

 だからこそ、アルシェは妹たちとの“引っ越し”を強行できたのだ。

 

 

 

 鮮血帝。

 帝国の若き皇帝。

 ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 彼は十代の時分に前皇帝の死に伴い即位し、暗殺を企てた咎によって実の兄弟や親族を処刑。折あしく母親も事故死を遂げるなど、まさに“鮮血”に彩られた皇帝と風聞されるようになり、革新的な改革を断行──弱冠22歳という若さで帝国全土を完璧に掌握し、強力な騎士団や帝国最強の“四騎士”を率いて、その支配構造を盤石に整えた英傑である。

 そんな鮮血帝の改革のひとつによって、無用不要な貴族はすべて皇帝から貴族位を剥奪。逆らう者は処刑するか、内乱の罪で騎士団により討滅するか……あるいは他の貴族への見せしめとして、何の力も能もない没落貴族の惨状を露呈する“道化”役に堕とされている。アルシェの実家はまさに道化そのもの──貴族という地位に縋りつきながら、娘一人にかかる労をすべて背負わせ、未来どころか現在の状況を一切(かえり)みることなく無様な狂態を演じる様は、まさに見世物小屋の滑稽師そのものであった。

 なので、フルト家に同情する貴族はいても、決して援助などを行う者は現れない。そんなことが皇帝にバレれば、次は自分たちが(くらい)を失いかねないのだから。

 

 アルシェの魔法の師であり、彼女に目をかけていたフールーダ・パラダイン──皇帝の最側近であり、帝国魔法省の重鎮──生きる伝説といえる“三重魔法詠唱者(トライアッド)”が、優秀な弟子の彼女の窮地を知らなかった原因。

「家の恥になるから」と、フォーサイトの皆にも秘していた、アルシェの実家の惨状。

 それをもたらした皇帝のやり口を、貴族位剥奪を、アルシェは己の師に相談することは(はばか)った。

 いくらアルシェの才覚、未来の可能性が大きいと言っても、それでパラダイン老がフルト家の没落を止める防波堤にはなりえなかった。いかにフールーダの──皇帝が「じい」と呼ぶほどの存在の弟子とはいえ、特別扱いなどはありえない。許されない。あの鮮血帝の本質の一部、風説通りの“鮮血帝”であることを考慮すれば、あるいは下手にアルシェの家の事情へ肩入れしたが為に、フールーダの現在の地位が危ぶまれることを、弟子であったアルシェは忌避した。いかにジルクニフが「じい」を大いに頼りにしていたとしても、そんなことをただの学院生徒だった少女が知る由もなかったし、実際として、フルト家をどうにかできる権限など、フールーダには存在しない。

 そして、

 フールーダは、貴族社会については門外漢同然。魔法研究に心血を注ぐ──『深淵をのぞき込む』衝動の持ち主。フールーダはアルシェが生まれ育ったフルト家という家が没落していったことすら知らぬまま、才媛たる小鳥を野に手放していたのだ。あるいは本格的に探し出そうとすれば、アルシェの身に起こった出来事を知ることになるのだろうが、それよりも先んじて、パラダイン老はひとりの“師”と巡り会うことに。

 

 無論、皇帝であるジルクニフは、フールーダの弟子の状況を知っていた。

 その才覚も、異能も、可能性も。

 すべて知っていて、彼はアルシェを苦境に追いやった。何故か。

 

 あの“鮮血帝”が、親兄弟の血で染め上げた国を喜んで進む覇道をいく獅子が、無能な父を捨てられず、あまつさえ、散財するとわかっていながら多額の借金を肩代わりするという、少女の純で可憐な「優しさ」を見ても、それは何の美徳にも美談にもなりえない。むしろアルシェの示す家族への情は、唾棄(だき)すべき「弱さ」の象徴でしかない。

 あるいは。

 フールーダを経由・利用して、

 

「皇帝陛下。どうか、私のバカな父を“殺してください”」

 

 と、帝国皇帝に奏上するぐらいの気概を持った者こそが、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの、最も尊重すべき存在たりえるのだ。

 これは、帝国最強の四騎士が一人“重爆”のレイナース・ロックブルズのごとく、解呪不能の呪いを受けた自分を見捨てやがった貴族家や婚約者への復讐をやり遂げる精神力の持ち主を重宝し、「いざとなったら逃げる」とまで放言する女騎士との契約を固く結ぶ様子からも、確定的だ。

 もしくは、アルシェが「そうする」のを狙って、フルト家の当主が現皇帝へ反抗的な態度を取りながらも、一応は生存を許されていたのかもしれない。

 

 だが、アルシェという少女は、あまりにも優しすぎた。

 

 父がいくら散財しようとも、母が積極的でないにしろ父に同調していようとも、アルシェは両親を、即座に見捨てて切り捨てることは、できなかった。

 いつか、両親はきっと現在の状況を理解し、改心して更生してくれると、数年前のアルシェが信じ抜いていたとしても、いくら幼く可愛い双子の妹が憐れでかわいそうだと言っても────十代前半で血の繋がった兄弟親族を殺し、数多くの貴族掃討や大改革をやり遂げ、その血でもって帝国という強大な国家を築いた“鮮血帝”ジルクニフにしてみれば、そんなモノは「斬り捨てて当然」の“荷”でしかない。

 アルシェの実家は没落し、貴族であった過去に拘泥して、多額の負債を増やし続けるだけの、無能の中の無能。

 彼女(アルシェ)自身がいくら魔法の才能にあふれていようとも、それは帝国の魔法学院で将来的に発掘できるもので、ようは「代わりなどいくらでもいる」程度。だとすると、アルシェに残った唯一の強みとなりえるのは、フールーダと同じ異能(タレント)持ちであることのみ。だが、優しすぎる少女など、無能な父母を見殺しにできない小娘など、帝国皇帝(ジルクニフ)には、まったくもって無用。貴族としてはお粗末の極みたる無能どもと一緒に、沈没する船に取り残して当然の、両親と同等の無能だったのである。

 

 アルシェがフルトの家を、自らの意志で破壊し尽くす──父を己の手で殺すほどの働きを見せれば、アルシェ・イーブ・リイル・フルトは、バハルス帝国皇帝の琴線(きんせん)に触れた、稀代の異能持ちの魔法詠唱者(マジックキャスター)──フールーダ・パラダイン老の徒弟・後継者として、大成の華を咲かせたやも知れない。

 

 しかし、そうはならなかった。

 ならなかった結果、アルシェはフォーサイトの仲間たち──ヘッケランたちと出会えたわけだ。

 

 

 

「まぁ、悪く考えてもしようがねえ」

 

 ヘッケランは両手を打って自分に(かつ)を入れる。

 

「貴族様のことは、貴族だったアルシェの言うことを信じるしかねぇからな。正規の人探しとなれば、(カッパー)(アイアン)の駆け出し冒険者への依頼だろうが──まぁ、アルシェの実家に、そんな費用を工面するだけの金が残っているかどうかも怪しい感じだし」

 

 本物の貴族であれば、帝国の誇る騎士団が護衛に就くなどして、場合によってはそういった貴族内部の問題解決に奔走することになるが、これはフルト家の没落ぶりからしてありえないところだろう。

 

「んじゃま、ちょっくら仕事いってくるわ」

「単身のワーカー用の依頼ですね。私も、孤児院の子どもらの診察の後、帝都下水道の巡回に行きますが、ヘッケランは?」

「賭場の警備──それもヤバげな奴」

「無茶は禁物ですよ? イミーナさんをあの年で未亡人にしてはかわいそうですから」

「あー! あー! わぁってるよ!」

 

 ヘッケランたちは働き続けた。

 ワーカーとしては地味で金にならない荷運びから護衛業務、あと、そういうのがない時は、あまりやりたくはないがモンスターやアンデッド退治にも、足繁く通う。

 今日のイミーナとアルシェは、孤児院運営の手伝いと子供たちの世話にかこつけて、モンスターを相手にした体を休めている。

 ヘッケランも休みたい気は山々だったが、男は金を稼いでなんぼの精神で、依頼に赴く。

 

 

 

 

 

 その日の夕刻。

 

「ヘッケラン!」

「ん──グリンガムか!」

 

 馴染み深い小男──見慣れたカブトムシのような全身鎧を脱いだ普段着姿の同業者に、ヘッケランは仕事帰りの疲れも忘れて笑みを交わす。

 前に会ったのは、遺跡調査の依頼の件で、不気味すぎるため“フォーサイト”は降りると告げ、忠告を与えたあの日以来。

 ヘビーマッシャーの面々、14人の大所帯を引き連れたワーカーチームのリーダーは、日頃の慰労を兼ねた飲み会のために、歌う林檎亭の酒場を訪れていた。宿の主人にフォーサイトの依頼が来ているかどうか確認のために寄ったヘッケランを、グリンガムたちは歓待するがごとく酒宴の輪の中に引きずり連行する。

 

「おいおい、今の俺は金欠だから飲めねぇよ」

「そんなみみっちいことを気にするな! ここの支払いなら任せろ!」

「──おい、今の言葉忘れるなよ?」

 

 院の生活は不満こそないが、質素倹約を常としている。

 酒場でいっぱいという贅沢を楽しめるほど、フォーサイトの懐事情は豊かではなかった。どうせならばロバーたちも誘いたいと申し出ると、気を良くしたヘビーマッシャーの盗賊がご自慢の駿足を披露しようと酒の入った足とは思えない勢いで街道へと飛び出していった。

 本当に愉快な連中の集まりで、わけてもリーダー同士であるヘッケランとグリンガムは、大いに親睦を深める。「汝」だの「我」だのと、無駄に疲れる作った口調も不要──まったく普段通りに小男はヘッケランと杯を打ち合わせ、ひとつの皿をわけあった。

 

「にしても、ずいぶんと豪勢だな。いい依頼でもあったのか?」

「まさに! この間、受けかけたアレよりは低いが、なかなかの追加報酬があってな!」

 

 ぐびぐびと果実酒を飲み干し、喉の底へ嚥下していくグリンガムは、まさに我が世の春とでもいう風に豪快に笑う。

 そんな雰囲気が、何やら一挙に冷えた空気を(かも)しだす。

 

「おまえ聞いたか、あの噂」

「噂だ?」

「おまえがウチに『忠告』した依頼の、だ」

「ああ、──フェメール伯爵の依頼を受けたワーカーチームが、全員“未帰還”──全滅だって?」

 

 ヘッケランたちは酒精の香る互いの息が嗅げるほどに顔を突き合わせた。

 

「……老公の“竜狩り(ドラゴンハント)”が潰れるとは……な」

「惜しい方を亡くしたな。あの方は、我々のような汚れ仕事でも、一生を冒険に費やせると確信させる御仁であった」

「あと、なんか強いのもいたんだろ? て……て──?」

「“天武”だな。“天武”のエルヤー・ウズルス」

「そう。その天才剣士。あの王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフと匹敵って話だろ?」

「ああ。俺が闘技場で見た腕前は、まさにその領域の持ち主だと確信させた」

「ってことは、王国戦士長が死ぬほどの依頼だったのかよ?」

 

 グリンガムは涼しい顔で頷く。

 さらに、おまけ情報をヘビーマッシャーの長は伝えてくれた。

 

「それに加えて。フェメール伯爵が皇帝に処刑されたとか」

「はぁ? まさか! なんで、この、タイミング──で?」

 

 事前調査の段階で、フェメール伯爵は皇帝に冷遇されてこそいたが、粛清の対象にはならない程度の能力は示していた。主に金回りの良さで。

 なのに、こんなタイミングで伯爵が刑される理由とは何か。

 ヘッケランの脳裏に過ぎるのは、伯爵がワーカーたちに……フォーサイトやヘビーマッシャーへ依頼した、あの一件。

 

「それって、例の依頼、あの遺跡を調査したからか?」

 

 グリンガムは「わからん」という感じに首を横へ振った。

 やはり遺跡にはヴァイセルフ王家のゆかりの品があり、その咎で伯爵を訴追し刑死させた……にしては、尋常でない早さで事が動いている。そもそも、あの皇帝が王国相手にそこまでの融通をきかせるのはありえないという印象が強かった。

 

「さぁな。これも噂に過ぎんのだが、帝国皇帝の城・バハルス城で、何やら天変地異が起こって、多数の騎士が犠牲になった挙句、不動のナザミ殿まで亡くなった、とか」

「てん、ぺん、ちい? いや、待て──不動って、帝国最強、四騎士の!?」

 

 大きくなりかける声を、ヘッケランは口で覆う。

 周囲にはヘビーマッシャー以外の酒飲み野郎、他のワーカーっぽい連中もいるのだ。これは大声を出してよい情報ではない。

 グリンガムは苦い表情で杯を(あお)るだけ。

 ヘッケランは、何やら自分たちが、とんでもない事態に巻き込まれかけたことを認識し、背筋に嫌な汗をかきはじめる。

 こそこそと潜めた声で、ヘビーマッシャーたちの歓声や騒音の影に隠れる形で、情報を共有する。

 

「おいおい……何が起きてんだよ。王国の遺跡に眠っていた魔神や魔王でも蘇らせて、伯爵や皇帝陛下サマが呪われでもしたってか?」

「わからんと言っているだろう。──だが、おまえの忠告のおかげで、あの老公や“天武”が帰還不能なほど危険な依頼に飛び込まずに済んだことは、紛れもない事実。最初こそ依頼を蹴ったことに文句を言っていたチームの連中……俺も含めて、おまえには感謝している。なので、その礼を言っておこうとおもってな」

 

 だから、こうして歌う林檎亭で酒宴を設けていたと。

 律儀な男だ。

 山小人(ドワーフ)じみた見た目ながら、こういう心配りの妙を心得ているからこそ、14人という大所帯を切り盛りできるのだろう。

 

「ヘッケラン。俺たちヘビーマッシャーは、今回のことで大きな借りができた。何か頼みがあれば、いつでも頼ってこい。できる限りのことをすると、約束しよう」

「そいつはありがたいな──じゃあ」

 

 ヘッケランは顔の前で片方の手を立てた。

 

「早速で悪いが、ちょいと金、貸してくんね?」

「…………はぁ?」

 

 グリンガムは首をひねった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何気に「ヘビーマッシャー生存ルート」にもなった。


ただ、有名なワーカーチームが全滅しないと、今回のような「その後」の話が繋がらない為、“竜狩り”と“天武”は犠牲になりました。というか、ヘッケランが依頼受理直前に会っていた懇意のワーカーが、グリンガムのとこしかいなかったので、忠告は彼らだけにしか行きわたらなかった感じです。
でも、“天武”はむしろ奴隷エルフちゃん達の今後を考えると、ナザリックに行ってエルヤーをハムスケにブチ殺してもらった方がマシな気がするので、ここは原作準拠。
老公は、他のチームをカナリアにするほど強かなチームでしたが、最後はかわいい戦闘メイド(プレアデス)たちに観戦・応援されるんだから、やっぱりマシ──なのかな?


“フォーサイト”と“ヘビーマッシャー”の代わりに墳墓に行ったワーカーたちもいるのですが、さすがに「アインズによろしく」二号さんは、いないと思う……いないよね?

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