フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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新・黄金の輝き亭にて

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「ふぅ~、サッパリしたぜ!」

 

 人工ダンジョン見学を終えた蒼の薔薇一行は、諸々の手続きやら予定やらをこなして、案内役を務めてくれたモモンたちやヘッケランたちに最後に案内されたのが、この都市での足掛かり──当面の世話になるべく予約されていた、一軒の宿屋であった。

 宿屋の名は、黄金の輝き亭。

 より厳密には、新・黄金の輝き亭。

 王国時代からエ・ランテルでその名を顕示してきた最高級宿屋は、アインズ・ウール・ゴウン魔導国建国の混乱を乗り越えて、むしろ魔導国の力添えを受ける形で、さらに宿泊施設としてのグレードを跳ね上げることに成功していた。ドワーフの職人やアンデッドの建築作業員による増設工事で、たった数ヶ月の期間で以前までのそれとは規模も規格も段違いに向上したのだ。

 いまやこの都市一番の眺望と言ってもよい高層建築の仲間入りを果たした宿屋の最大の売りが、新造された入浴施設に他ならなかった。夜の都市の灯によって作り出された景色──俗にいう「100白金貨の夜景」を風呂と共に堪能した女戦士は、いつになく上機嫌な声で笑う。

 

「いやぁ、あんな大浴場はじめてだぜ! 露天風呂をまさか宿屋で体験できる日がくるなんてな!」

「確かに。あれだけ大量の湯を沸かすだけでも大変だろうに」

「しかも、あれだけの高さの建物の屋上にな」

 

 湯あがりバスローブ姿のガガーランが紡ぐ賞賛に、同じ格好のティアとティナも頷くばかり。

 三人は“フロアまるごと”貸切られた宿屋の中を闊歩しつつ、その内装や魔法の照明器具の多さを再確認していく。無論、王国王都の最高級宿屋とは、正直言って雲泥の差だ。魔導国の財力・技術・人材が、惜しげもなく投入された結果である。蒼の薔薇の潤沢な資金でも、ここの一室に寝泊まりするだけでかなりの浪費になるだろう高雅な造りであるが、心配はいらない。なにしろ当面の宿泊費はすべて、蒼の薔薇を招待してくれた魔導王陛下──魔導国がすべてもってくれる手筈なのだから。

 ガガーランたちは大浴場を後にし、最上階フロアの一室に向かう。

 共にひとっ風呂を浴びたラキュースは、下のフロントで情報収集という名の聞き込みに行っている。本当に仕事熱心というかなんというか。本当に頑丈な鬼リーダーだ。あるいは戦乙女の指輪の加護というやつかもしれない。

 今日の疲労が積もりまくったガガーランたちは、先に集合場所へと向かう。

 

「しかし。イビルアイの奴も、たまには一緒に風呂に入ってもいいだろうによ?」

「それは……まぁ仕方ない。イビルアイの正体というか、肉体はアレだからな?」

「私たちと一緒の浴槽に使って、変な汁で汚すとでも思っているんじゃないか?」

 

 アンデッドの──死体の穢れで風呂場を汚すのを躊躇するタマでもないだろうが、何気に仲間思いなところがあるとガガーランたちは理解している。アンデッドだからお湯が苦手ということはないが、基本的にイビルアイは湯浴みを一人でする習慣がついているのは、本当にしようがない。

 集合場所の二人部屋をたったひとりで与えられたチームメイトは、きっと今頃、部屋に備え付けの風呂でゆっくり堪能したと、全員が納得している。

 そうして、ガガーランたちはイビルアイの部屋を訪ねた。

 

「おーい。イビルアイ?」

 

 ノックをするが、返事がない。

 はて。アンデッドは基本的に睡眠などしないため、疲労の末に寝落ちしている可能性は考えにくい。イビルアイは長風呂を愉しむ癖はなかったはず。

 もう一度、もう二度、もう三度──大声とノックで呼びかけるが、反応がない。

 なにかの緊急事態だろうか。ガガーランたちは手練れの冒険者として即、行動に移る。仲間の危機かも知れない以上、手段は選んでいられない。

 ティアとティナが髪留めで鍵を解錠しにかかった。アダマンタイト級の女忍者(クノイチ)には慣れた作業──普通ならほんの数秒で解錠できるが、最高級宿屋のそれは一分程度の手間がかかった。扉を開ける。

 ガガーランが真っ先に突貫するというのは下策だ。隠密能力に秀でた双子が斥候を務め、室内の様子を調べる。ソファや机の並ぶダイニングや、備え付けのトイレや風呂場にも荒らされた様子はなく、戦闘の気配もない。──部屋主の姿も、見当たらない。

 湯浴み後の三人は無手ではあるが、部屋の調度品──三叉槍に見立てた燭台や筆先が鋭い羽ペンなどを武器として構え、油断なく進む。

 そうして、三人は寝室エリアに踏み込んだ。

 ベッドの上で、もぞもぞしている塊を直視する。

 

「…………えーと?」

 

 両手で抱いた枕に顔を突っ伏し、陽気な猫のごとくゴロゴロする少女の姿は、蒼の薔薇が誇る魔法詠唱者のそれだ。

 バスローブに身を包む彼女は睦言のように甘い声音で、誰かの名前を連呼しているようだ。

 

「あー、────イビルアイ?」

 

 ピタリと、猫が動きを止めた。

 そして、抱き着いていた枕から顔をはがした少女が振り返る。

 血の気の通っていないはずの頬がほのかに上気しているのは、おそらく錯覚か何かだろう。

 

「なに、してるんだ、イビルアイ?」

「………………い、いや。ベツニ?」

 

 別に、ということはないだろう。

 

「とりあえず──ナニはしていないよな?」

「イビルアイがナニなんて、できたのか?」

「おい、二人共。あまり言ってやるなよ。イビルアイだって欲求不満を解消することぐらい」

「な、なにもしてないわ! ていうか、忘れろ! いや、忘れてくださいお願いします!」

 

 イビルアイとの共同生活もだいぶ長くなってきているガガーランにしてみれば、彼女の行動はこれまでに見たこともない奇行にしか思えない。

 ふと、女戦士の両脇で、羽ペンを回す忍者が首肯した。

 ティアとティナが耳寄りな情報を囁き始める。

 

「うん。フロントで聞いた話によるが。この宿、漆黒のモモンたちも寝泊まりしていたらしいぞ」

「モモンが魔導王陛下に法の番人を任命されたときに、完全に引き払ったそうだが」

「へぇ?」

「さらに言うと。モモンたちは最高級宿の最高級の部屋をずっと利用していたらしい」

「そう。ちょうど今、私たちがいる“この部屋”が、モモンたちがいた客室になる」

「ふぅん…………、つまり…………」

 

 眺め見た先の吸血姫は、完全に視線をあさっての方向へそらす。呼吸の不要な体で、出来もしない口笛を吹く真似まで行う。

 そういえば。部屋割りを決める時、イビルアイが珍しく強硬に、何故か「この部屋を使う」と豪語していた。

 二人の話からすべてを理解したガガーランは、小動物みたいにプルプル震える少女の背中に何と言うべきか、本気で迷った。

 顔を真っ赤にしてイビルアイが吠えた。

 

「ああ、もう! うううううるさい! いいじゃんか、ちょっとぐらい!」

「って、言ってもなぁ、おい」

 

 いたいものを見るような目にならないよう努力するが、呆れ声だけは許してほしい。

 完全に開き直った恋する乙女に対し、男女関係についてはチーム随一と自負している歴戦の女戦士として、ガガーランはとりあえず正論で武装してみる。

 

「いくら好いた男が寝泊まりしていた部屋って言っても、もう数か月も前に引き払ったって話だろ? ふつうに考えるなら、もう残り香も何も残っちゃいないと思うが?」

「だ、だとしても! モモン様の痕跡が残っていないかぐらい確認しても、バチは当たらんだろう!?」

「それでも。枕をギューは、どうなの?」

「正直、ドン引き」

「ぐ──うっさい、うっさい、うっさい! おおおおおまえらだって、恋のひとつやふたつすれば、これぐらいのことはしたはずだ!」

「いいや?」

「さすがに」

「ないわー」

「嘘だァ──────────────ッ!!」

 

 恋する乙女と言っても限度があろう。

 いくら恋い慕う相手のことを想っていようと、そいつが寝起きしていたところに飛び込んでクンカクンカするのは、あまりにも変質的過ぎると言わざるを得ない。自覚しているならば、まだ弁解の余地もあっただろうが。

 

「というか。この部屋には、漆黒の二人が泊まっていたんだぞ。“ふたりで”」

「あのナーベという従者。大層な美人だからな。それが男と寝泊まりなんて」

「────まぁ、ふつうは、“そういうこと”だわな?」

「う~~~~~!」

 

 努めて考えないようにしていた事実を前に、イビルアイは癇癪を起こしかける子どものようなありさまだ。半泣きになりながらも、モモンが使っていたかもしれない枕を抱きしめる力は緩めないところは、本当にイジらしい。

 

「ふ、二人はそういういかがわしい感じじゃない! 二人と共に王都で戦った私だから判る! あの二人は、なんかこう、あれだ、男女の仲を超越したような、何かだ!」

「いや、それはどうだろう?」

「親類縁者だったら、ワンチャン?」

「まぁ、男女の仲を超えたっていうのは、確かにな。ありゃあ、ふつうじゃねぇ……まるで主人と忠実な従僕(しもべ)って感じだわ、あれ」

 

 ガガーランの指摘に、イビルアイは「そうだそうだ!」とベッドの上で跳ねまくる。

 

「いやでも今日、ラキュースの魔剣に興味を惹かれた時は、なんかこう“素”ぽかったような──あの時は割と、二人共ふつうな感じだったような」

「いや、どっちなんだよ、おい!?」

 

 そこはガガーランにも分かるわけがない。女戦士の勘というやつだ。

 ティアとティナは、そもそもにおける疑念……“漆黒”の二人について疑義を呈する。

 

「にしても。今さら過ぎるが……いったい何者なんだ、あの二人──モモンとナーベは」

「……二人の顔の特徴は、南方の人間っぽいが、詳しくは誰にも解っていない」

「ああ、ティナは王都で見たんだったよな、モモンの兜の下──まぁ、俺は男を顔で選ぶタイプじゃねぇから、噂に聞くオッサン顔の五枚目でも大歓迎だぜ?」

「ガガーラン──まさか、貴様」

「冗談だよ。おい。こんなとこで〈水晶騎士槍(クリスタルランス)〉はやめろって」

 

 四人はダイニングに移って話し合った。

 漆黒の二人。魔導国の現状。あの人工ダンジョン。新たな冒険者の可能性──

 その時、ガガーランたちの背後に聞き込みを終えたラキュースが戻ってきた。

 

「ただいま、皆」

「おう、何か新ネタでもあったか?」

「まぁね。とりあえず、この近辺の商店──鍛冶工房や武器防具店の位置は、ひと通り」

 

 ラキュースが持ち帰った用紙は、魔導国=現エ・ランテルの地図であった。

 

「さすがは魔導国ね。……こんな精巧かつ綺麗な地図、周辺諸国でも見られないわ」

 

 地図と言えば、たいていは手書きの粗製品であることが多い。街の案内掲示板を彷彿とさせる簡略化された図面では、自分たちが実際にいる地点と、どこそこまでの大雑把な道筋や距離が判る程度が限界である。国境線なども実に曖昧である上、人間国家が踏破できていない領域については、ほとんどが空想や伝聞に頼った情報しか載ることがない。

 しかしながら、魔導国の宿屋に普通に置かれていたそれ──都市の俯瞰地図は、ラキュースたちの常識を超越し尽していた。

 

「これ、区画どころか、商店や民家までひとつひとつ詳細に記載しているのか? 敵国にでも渡ったら危険とは考えないのか?」

「まぁ、こんなアンデッドだらけの都市に攻め入ろうなんて敵国がいればの話だろうけどな?」

 

 ガガーランの反論に、指摘したイビルアイは機嫌を損ねつつ「確かにな」と納得を得る。

 いくら都市の詳細を知られたところで、都市(ここ)を護る尋常でない量と質のアンデッド──死の騎士(デス・ナイト)の警邏隊や死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の行政官などを見れば、どんな国の誰であろうと、侵攻しようなどという意気は潰えるだろう。あのスレイン法国ですら、二の足を踏んで踏んで踏みまくって当然の過剰戦力──それほどまでの都市防衛用の兵力と兵站が、この都市には犇めき蓄えられている。

 あらためて地図を見てみよう。図面は都市の門から目抜き通り……そこから葉の葉脈のごとく走る小路や裏道にいたるまで、すべてを完全に網羅しているようなありさまだ。細かいところまで丁寧に着色されており、もはやほとんど一個の芸術じみた装いすら感じさせる。

 無論、こういった地図の作製は、都市開発に伴う区画整理や住民たちの戸籍管理などの実利面において、絶対に必要不可欠な大事業であり、魔導国の国威を諸国に啓発する意味でも非常に有用な技術革新の一種でもあった。

 

「いやはや。ヤルダバオトを討滅しただけでも、とんでもねー力の持ち主だってわかるのによぉ。こんなモノまで見せられるとは、なぁ」

「正直、もう何に驚いていいのかすら、わからない」

「人間、驚きすぎると感覚がおかしくなるものだって、わかった」

「……それで。我らがリーダーのお目当てにしている“ルーン工房”とやらは?」

 

 イビルアイの質問に、ラキュースは興奮の息を抑えつつ、無数にある印の中でも大きな赤い丸印を指さす。

 

「聞いたところによると。カルネ村というところにルーン武器の本工房があって、そこで造られたルーン武器が、ここの工房に卸されているみたいね。今日はもう営業時間を過ぎてるから、明日モモンさんやヘッケランさんたちに連れていってもらう感じになるわね」

 

 チームメイトはリーダーの内心に燻る興味や関心が、一冒険者としての見識を広める……以上の何かがあるように確信しているが、詳しくはよくわからない。ガガーランあたりは、「魔剣キリネイラムの暴走とか、暗黒の精神によって生まれた闇の自分とか何とかを抑え込める何かを期待している」と睨んでいるが。

 

「ん?」

「あ? どうした、イビルアイ?」

「いや、〈伝言(メッセージ)〉だ…………うん。そうか。わかった。じゃあ、あとで」

「イビルアイに連絡を取る奴がいるなんて珍しい」

「もしかして、リグリットの婆様?」

「いや──昼間のオリハルコン級冒険者“フォーサイト”の小娘からだ」

「ああ。アルシェさん?」

 

 同じ魔法詠唱者同士ゆえか、あの後いろいろと意気投合していたらしい二人は、〈伝言(メッセージ)〉でやりとりをする程度の親交を得ていたようだ。

 これは非常に珍しい。仲間うちでしか人との関りを持たないイビルアイを知るラキュースなどは、まるで我がことのように喜びをあらわにした。

 

「それで、アルシェさんの用件は?」

「これからフォーサイトの連中は行きつけの店で食事に行くらしいが、良ければ一緒にどうかというお誘いだ」

「お! いいね! この土地の人間なら、いい酒場のひとつやふたつ知ってるだろうしな! 実際、ここの宿屋の飯は最高級だけに美味いっちゃ美味いが、俺にはちょいと量が足りなかったからな」

「最高級の宿屋で暴飲暴食はあれだからな」

「実際、私たちも小腹がすいていたところ」

 

 ガガーランとティアとティナも行く気満々だ。ラキュースにしても、誘いを断る理由はない。

 

「そうね。私も、個人的にフォーサイトの皆さんに話したいことがあったところだし──皆で行きましょうか?」

 

 リーダーの提案に手をあげて賛同するチームメイトが三人。

 しかし、残りの一人は──

 

「そうか。じゃあ、おまえらは楽しんで来い」

 

 ひとり、部屋に残る気でいるイビルアイの主張に、全員が首を傾げた。

 ガガーランが真っ先に疑念をぶつける。

 

「はぁ? なに言ってんだ?」

「いや……私、食べないし……というか、食べれないし?」

「そこんところは、俺ら全員がフォローすりゃいいことだろ?」

「いやしかしだな」

「せっかくこの都市で出会ったご同業との(えにし)だ。なにより、誘いを受けた本人が来ないっていうのは、人としてどうなんだっていう?」

「ぐぬぬ」

 

 人間じゃないアンデッドだと主張するのは簡単だろう。

 しかし、それをしないのは、イビルアイ本人も、アルシェからの誘いに乗り気でいるという何よりの証であった。──けっして、モモンの使っていただろう枕を放したくないということではない……はず。

 ラキュースは微笑みを深めて告げる。

 

「じゃあ、蒼の薔薇のリーダー命令です。わたしたち全員で、フォーサイトとの食事に参加すること」

 

 異論はなかった。

 蒼の薔薇は、夜の魔導国へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 




イビルアイ 「恋すれば、これぐらいのことはしたはずだ!」(枕ギュー)
????  「わかるわ」(ベッドの香りづけ)
??????「わかるでありんす」(椅子の刑(ごほうび)

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