フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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第四章 ────── 正念場
昇格試験


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 地下迷宮の最奥。

 怒号と絶叫がこだまする中で、激震による揺れが樹々をざわつかせる。

 

「アルシェ、下へ!」

 

 アルシェの〈飛行〉する杖に相乗りし、軽業師のように直立していたヘッケランの指示は的確だ。戦士の眼は、飛び込み襲い掛かってくる幾多の影を正確に捉え、自分たちの行くべき航路への道筋を教えることができる。

 だが、襲撃してくる影はあまりにも多い。多すぎると言えた。

 

「くそ、〈不落要塞〉!」

 

 武技の発動で敵の攻撃を完全に防いだ。

 しかし、反動でアルシェの〈飛行〉を邪魔してしまう羽目に。

 

「悪い!」

「大丈夫! まだいける!」

 

 地下にある森へと墜落しかける身体を、アルシェは見事な杖さばきで耐えてみせる。

 しかし、少女の敢闘精神を褒めちぎる暇すらない。

 

「来るぞ!」

 

 再び突っ込んでいくヘッケランとアルシェ。

 高速で襲い来る脅威をかいくぐるさなかで、後方からイミーナの火矢とロバーデイクの強化魔法が二人を守ろうと殺到する。が、ほとんどが焼け石に水というありさまが続いている。

 ふと、森が静まり返った。

 直感的にやばいと確信した、瞬間。

 黒い森が爆ぜるように、影を伸ばした。

 襲撃者の、影の正体は、森の中から伸びる木蔦や枝葉──大樹の根っこ。

 ざわついていた森の樹々こそが、この場所で、フォーサイトが倒すべき敵であり目標であり脅威であったのだ。

 それは、知る者が見れば──トブの大森林に住んでいたドライアードやトレントであれば、「世界の終わり」と恐慌したに違いない、災厄の顕現に他ならない。無論、アインズ・ウール・ゴウン魔導国……ナザリック地下大墳墓にすまう最上位者たちにとっては、何の障害にもなりえない程度の雑魚。

 

 ザイトルクワエ。

 モモンに依頼された希少な薬草採取の時に、アインズと守護者一同で切り刻み砕き崩し、焼き焦がし焼き熔かし、焼殺と焼滅の限りを尽くしたモンスター。その残骸の中で比較的使えそうな部位を採取し、マーレなどの森祭司(ドルイド)監修のもとで培養と再生が進められていた、現地基準で世界的脅威と言えるもの……その“ごく一部”。

 地下にある森の中心に(たたず)むモノ。

 眼下に見える森の広場の幼木……少女然としている樹の化け物に、ヘッケランたちは大苦戦を()いられていた。

 ヘッケランは獣のごとく吼えながら、杖の上から飛び降りる。

 降下する彼を襲う枝葉や根の鞭を、アルシェの〈火球〉やイミーナの矢が払い除ける。

 そうして繰り出される渾身の〈双剣斬撃〉──

 しかし、交差する樹の根や蔦の壁に阻まれ防がれた。

 

「ッ、まだまだァ!」

 

 ヘッケランは樹の盾を斬り砕いて進み続ける。

 ピニスンがアインズに言った七人組が打倒し、遥かな昔に封じ込められた伝説の再来──その進化形を前にして、フォーサイトは果敢に挑み続ける。

 

 

 

 

「んあああ、今回もダメだったかぁぁぁ!」

 

 結局。

 フォーサイトはザイトルクワエ(の幼木)を打破しきることができなかった。

 審判役のエルダーリッチの判定で「攻略失敗」と見做され、こうして地上への帰還を余儀なくされた。

 

「地下迷宮区を突破するのは、もう慣れてきたけどね」

「さすがに第一と第二の階層から続けての、あの第三階層ですからね」

「──消耗した魔力は、一日ダンジョン内に籠っていれば、完全に回復できるんだけど」

 

 フォーサイトは寮の食堂で反省会を開きながら、遅い夕食にありついていた。

 すっかり空になった食器類の上で、四人は議論を交わす。

 

「やっぱり、前衛が足りないと思うか?」

「うーむ……有事には私も前に出て戦えますが」

「でも、ロバーはウチらにとって貴重な回復役だからね」

「前衛が足りないということはないと思う。私が、もっとうまくヘッケランを運べていれば」

 

 いやいや。アルシェはよくやっている方である。

 ヘッケランと自分自身の体重を支える魔法を杖に施し、それであれだけの襲撃の雨をかいくぐる飛行速度は大したものだ。魔導国内の冒険者ではスタンダードになりつつある〈飛行〉の魔法だが、周辺諸国では第三位階魔法を使いこなすだけでも畏敬されて当然の力。しかも、アルシェは十代という若さでこれほどの段階に到達していた。いわゆる天賦(てんぷ)の才というものであろう。

 そう論じるヘッケランであったが、アルシェの自省する勢いは止まらない。

 

「でも、最近、なんというか──私自身、魔法の力が以前ほど成長していない気がする」

 

 アルシェ自身は知るはずもない情報だが、彼女は早熟の秀才。

 魔導国入りする以前の段階で、すでに成長の限界に到達しかかっていた彼女は、魔導国の冒険者になって以降、ダンジョンでの地獄じみた修練を重ねるうちに、以前まで伸びしろを感じていた魔法の才能が頭打ちになっていたのだ。

 しかし、そんな事情などフォーサイトには解るはずもない。

 

「そう卑下することはありませんよ」

「そうそう。アルシェの魔法があるから、ヘッケランもロバーも私も、みんな助けられてきているんだから」

 

 笑って少女の卑屈を吹き飛ばすチームメイトたち。

 兄や姉とも思い慕う三人に頭を撫でられまくって、妹は照れたように笑いをこぼした。

 

「そういえばさ、聞いた?」

「うん? なにを?」

「この前、ウチの女子寮で噂があったんだけど……なんか凄腕の新米女冒険者が現れたって」

「ほう? 寡聞にして聞いたことがありませんが?」

「なんでも、その女の人、一日で、しかも単独でオリハルコン級になったって」

「はぁ!? ちょ、それって、ひとりで第二階層を攻略したってことかよ?!」

 

 イミーナとアルシェは頷いた。ヘッケランはロバーデイクと顔を見合わすが、互いに驚いていることが手にとるようにわかる。

 オリハルコン級の条件は、人工ダンジョン・第二階層──そこに住まう強力なアンデッドモンスターの攻略・打倒がすべてだ。

 あそこをたった一人で攻略するなど、凄腕という領域では言いようがない実力者だ。

 無論、魔導国では一人でも冒険者として働くことはできる。働くことだけは。そもそも駆け出しの冒険者などは、たいていは一人の状態で依頼をこなし、組合に通う内に危険な冒険の道を共にする仲間を得るということが多い。しかし簡単な荷運びやモンスター退治などは魔導国の冒険者組合ではなくなりつつあるため、今から魔導国の冒険者を志すものにとっては、人工ダンジョンという修練場で仲間となるべき冒険者を勧誘し勧誘されるというのが通過儀礼となりつつある。そういう意味では、フォーサイトのように志願した段階でチームが成立していることの方が、極めて稀なのだ。

 

「たまげたな…………おい、まさかだけどよ、その新人って、蒼の薔薇の誰か、とか?」

「ううん──見た目は短い金髪の美女で、純白のフード付きマントの下は軽装鎧──武器はスティレットとモーニングスターっていう話。ね、イミーナ?」

「そうそう。あと、ちょっと不気味な頭蓋骨みたいなモノを腰のカバンに入れてる、だっけ?」

「頭蓋骨を? 本物の人骨というよりも、マジックアイテムか何かでしょうか……いずれにせよ、蒼の薔薇の方々ではなさそうですね?」

 

 確かに、スティレットという刺突専門の武器は、蒼の薔薇に所有者はいなかった。

 短い金髪だけで言えばガガーラン、刺突武器で似たようなクナイを持つティアとティナが該当するかもしれないが、軽装鎧にスティレットとモーニングスターという取り合わせなど、彼女たちの特徴とは一致しない。当然、鞄の中に頭蓋骨などもありえないはず。唯一ありえそうなのは、魔法詠唱者のイビルアイだが、彼女の鞄の中身を拝見したことがあるので容易に否定できる。

 新米ながら単独で、しかも一日でオリハルコンの階梯に至れる実力者など、この周辺諸国にいただろうか。ヘッケランが思いつく限りだと、帝国四騎士“重爆”のレイナース・ロックブルズくらいしか思い浮かばない。だが、彼女が帝国を、皇帝の傍を離れたという話はなかったはず。

 

「まぁなんにせよ、我等の同輩・魔導国の冒険者たちの練度があがることは、良いことです」

「──ロバーの言う通りだな。

 今日の反省会はここまでにしよう。明日は給料日だし、全員お休みってことで」

 

 リーダーの快活な決定に、三人は笑って席を立った。

 

 

 

 

 寮の自室に戻り、ロバーデイクが机に向かってとある女性への手紙をしたためているのを横目に、ヘッケランはベッドの上で通帳を広げ、記された金額欄を眺めていた。

 

「────」

 

 無言でニヤつくヘッケラン。

 そこに並ぶ数字の羅列は、元商人の四男坊にとっては、驚嘆すべき金額を明示していた。しかも、明日は給料日。これでニヤけないでいることなど、貯金を数えるのが趣味の男には不可能というものだ。

 

(いろいろあったな……)

 

 漆黒の英雄に勧誘されるまま魔導国に入国し、冒険者となってから数ヶ月。

 日々、鍛錬だの依頼だのと忙しいが、実に充実している。毎月定額の給金があるのみならず、魔導国の冒険者組合が卸す任務などをこなしても、歩合制として報酬が振り込まれるのだ。飲食費や交際費、冒険者の任務や訓練で必要なアイテムなどの経費をさっぴいても十分以上に余裕がある。これなら、マジックアイテムやルーン武器を新調するのも申し分ない貯金額だが──

 

(……もう、指輪を二人分買ってもよさそうだな)

 

 帝国にいた時に比べ、今の方がより充実した生活を送れている。日銭稼ぎに没頭していた頃とは違い、今では魔導国の援助と給金が、フォーサイトの懐を潤してくれるのだ。

 帝国にいた頃の貯金は、アルシェの借金返済のために全部パァにするしかなくなったが、それも今では正しい選択・正しい判断だったと、胸を張って思える。

 

(指のサイズはわかってるし……エ・ランテルの宝石屋って、今はドワーフばっかりだから、帝国で買うよりもいいのが手に入るかも)

 

 あと。イミーナは「やんなくていいわよ」と言っていたが、ちゃんとした式を挙げてやるのもヘッケランの夢だ。ゆくゆくは、魔導国内に家を建てるというのも、視野に入れていいだろう。

 そのとき、ふと思い出す。

 

(家か……そういえば、アルシェの家って、結局どうなったんだ?)

 

 前、指輪の購入を断念せざるを得なかった原因……フルトの家……アルシェの両親。

 魔導国は帝国の宗主国となったが、帝国のあれこれ・貴族社会について詳しい情報が舞い込むことは少ない。ましてや没落貴族の動向など、ここでは知るすべなど皆無だ。

 アルシェたち姉妹の(もと)に取り立てに来やがった闇金共も、モモンたち漆黒の介入以降は音沙汰なし。しかしながら、アルシェの実家──フルト家は唯一にして絶対の稼ぎ頭をなくした以上、どう考えても存続の目はないはず。そもそも、「屋敷も何もかも差し押さえ」とかなんとか言っていたのだから、まず貴族としての見栄もへったくれもなくなったはず。だとすると、

 

(アルシェの両親が改心して、帝国のどこかで細々と生計を立てている可能性もある、か?)

 

 無論、そうでなければ、アルシェたちの親がどうなっているのか──

 

「──ちと気になる、な」

 

 有給休暇を貰い、一度くらい帝都に戻って、それとなく情報を集めるのも悪くない。孤児院の院長(リリア)たちに近況報告へ向かうのもいいし、むこうで馴染みの顔……グリンガムたち“ヘビーマッシャー”にでも依頼すれば、これくらいの情報収集などうまくやってくれるはず。

 

「……何にせよ、今は目の前のお仕事だわな」

 

 アダマンタイトまでに至るには、第三階層を突破すること。

 だが──あの地下迷宮の奥に待ち構える大樹の森は、ヘッケランたちをはじめ、攻略者はほぼゼロ……現状、魔導国にアダマンタイト級の冒険者はいないことになる。

 

「あんな化け物、モモンさんたちしか突破できないんじゃないか?」

 

 ダンジョンのお披露目の時。彼らがナナイロコウを戴くことになった冒険者説明会の折。

 たった二人と魔獣一匹で第三階層を突破してみせた英雄の姿。

 自分も、彼なみの戦闘力があれば──

 

「前衛を増やすか……なんだったら、俺らもハムスケっていうのと同じく、魔獣を──いや、無理かぁ」

「どうかしましたか、ヘッケラン?」

 

 もれていた小声を聴きとったロバーデイクが、ペンを握る手を止めて、振り返りながら(たず)ねた。

 

「ああ、悪い。ちょっと考えごと」

「──あまり気になされるようでしたら、ちゃんと相談してください? 私は神官であると同時に、仲間なんですから」

「ああ。うん。頼りにしてるって」

 

 微笑む神官は机に向き直った。

 ヘッケランは通帳を鍵付きの私物入れにしまって、布団をかぶった。

 

 

 

 

 次の日。

 今日は休みと定めていたフォーサイトは、各自自由に過ごしていた。

 アルシェは託児所に預けていた妹たちを迎えに行き、イミーナもそれに同行して買い物を楽しむ予定。ロバーデイクは魔導国内の甘味処巡りと、リリアへの手紙につける土産の物色に街を回っているところだ。

 そして、ヘッケランは休みだというのに、魔導国の冒険者組合に顔を出していた。

 見知った顔になった冒険者チーム“虹”のモックナックらと挨拶を交わしつつ、情報収集込みで依頼用の掲示板を眺める。

 ふと、組合の中が騒がしさを増した。

 繰り返される単語は、彼らを象徴するチームの色。

 

「ああ、こちらでしたか。ヘッケランさん」

 

 透き通るような雄々しい音色。

 漆黒の英雄。モモン。

 意外にも全身鎧の彼は、ヘッケランを探していたように歩み寄ってくる。

 

「モモンさん、お久しぶりです!」

「お久しぶりです。どうですか、その後は?」

 

 軽い挨拶を交わす二人の姿に、周りの冒険者たちは特に疑問を持っていない。魔導国でオリハルコン級をいただく冒険者“フォーサイト”の評価は、もはやこの界隈では知らぬものはいないほどだ。あの蒼の薔薇と共に行動したのも頷ける躍進ぶりである。──勿論、それに伴う代償もあるにはあるが。

 それはさておき、ヘッケランはモモンとの会話をひたすら喜ぶ。

 

「順調です──と、言いたいところですが。まだまだ第三階層で足踏みが続いていて」

「ふむ。そうですか…………やはり、あの攻略難度は厳しすぎたか?」

「え?」

「いや、こちらの話──実は少し、お話ししたいことが二つほどありまして。一緒に応接室の方に来ていただけますか?」

 

 促されるまま、ヘッケランはモモンの後をついていく。

 ふと、いつも彼の傍に控える女性がいないことに気付いた。

 

「そういえば、ナーベさんは?」

「彼女は後で合流します」

 

 二人は応接室に入った。

 いつかと同じように、用意されている席に着く。

 

「──ヘッケランさん、ダンジョン第三階層の攻略は難しそうですか?」

「そう、ですね。迷宮区を攻略するのは蒼の薔薇の皆さんとの共闘もあって、だいぶコツを掴んできましたが、最後の森でいつも負ける感じです」

「なるほど──その状況を打破するために必要なものは、考えていますか?」

「そうですね。俺が前衛として、しっかりとチームを支えてやることが大切なのですが、いかんせん前衛が一人だけだと、俺がやられただけで戦況が崩れかねないのが問題ですかね……」

 

 ヘッケランは考え付く限りの問題点を口にしていった。

 チームの前衛が足りないこと。もっと強力な武器や装備を充実させたほうがいいこと。それによって、モンスターを打破する手札を多くすることができれば、あるいは攻略することも可能になると、自信を持って言える。

 

「ふむ。ならば、ちょうどいいかもしれませんね」

 

 モモンの語る言葉に首を傾げた時、応接室の扉が叩かれる。

 上座に座るモモンの許可を受け、美姫ナーベが入室してきた。……一人の女性を連れて。

 

「モモンさん。連れてまいりました」

「ご苦労、ナーベ……ヘッケランさん、ご紹介します。

 彼女は先日、単独でオリハルコン級冒険者の試験に合格した者です」

 

 単独。その言葉に覚えがある。

 あらためて眺めた女の特徴……短い金髪、白いフードとマント、軽装鎧の腰には、数本のスティレットとモーニングスター、そして鞄の中から外を覗き見る、二つの眼窩。

 首に提げたプレートは、ヘッケランのそれと同じオリハルコン。

「挨拶を」と促された美女は、女豹もかくやという軽い身のこなしで微笑み、会釈する。

 

「はじめまして──クレマン、と申します。よろしくね、おにいさン♪」

 

 よろしくと言われ、ヘッケランは意味も解らず「よ、よろしく」と返す。

 しかし──

 

「えと、あの、どういう?」

「ああ、実は折り入ってお願いしたいのですが、彼女をフォーサイトに、一時的にでも良いので、チームの一員として加入させていただけませんか?」

「────はい?」

 

 ヘッケランは困惑するしかない。

 

「い、いや、でも、あの」

「彼女の実力はあなた方と同格のオリハルコン──それに、彼女は前衛として、戦士として優秀な力を持っている──彼女を試しにでも良いので、前衛として参加させていただけないかというのが、今回のお話のひとつ目です」

「ですが、いきなりそんな」

 

 ヘッケランは頭をかいてクレマンを見やる。

 実に愛嬌のある感じの女性だ。にっこりと微笑む様はまるで聖女のごとし。モモンが紹介するくらいならば、人格や性格の方も悪くないだろう。何より、あのダンジョン・第二階層を単独で攻略したという実力は、前衛を任せるのにふさわしい。否、これ以上の前衛など、モモンや蒼の薔薇など、ごく一部しか存在しえないだろう。正直、いますぐ欲しい人材と言えた。

 だが、ヘッケランはまだ納得しない。

 

「ど、どうして、彼女をウチに? クレマンさんほどの実力者なら、他にも引く手数多(あまた)なんじゃ?」

「かもしれませんが、……実を言うと皆さん(フォーサイト)彼女(クレマンさん)に、近い内に“とある依頼”──高難易度の任務に参加してもらいたく思っています。これは一応、冒険者組合の統括を担う私の判断した人選です」

「と、とある依頼? 任務──」

「ええ。ですが、彼女は見ての通り単独。とてもではありませんが、チームとしての能力には欠けている状況にあります。回復役や魔法支援、野伏や盗賊の持つ探知などは、彼女個人ではまかないきれない」

「──ええ」

「ですので。フォーサイトの現状と、皆さんのチーム全体の技能を考慮して、クレマンテ──彼女を加入させていただければ、双方にとってより良い結果に繋がるかと!」

「な、なるほど!」

 

 まさかモモンが、そこまで自分たちの事を考えていてくれたとは。

 ヘッケランは年甲斐もなく目を熱くしかけるのをグッとこらえる。

 

「事情はわかりました。ですが、まずはチーム全員と顔合わせをして、そうして話し合ってから決めたいのですが?」

「ええ、それで構いません──構わないだろう?」

「はい。もちろんでス」

 

 クレマンは恋する少女のように従順な微笑で、モモンの意見に賛同する。

 

「では、もうひとつお話しておきましょう──とある依頼──あなた方オリハルコン級冒険者のごく一部に与えられる任務の件を。どうか、これだけはご内密に。仲間の皆さんにも、まだ情報は伏せておいていただきたい」

「──それほどの仕事、ということですか?」

 

 モモンは頷いた。

 そして、こう付け加えた。

 

「この任務を成し遂げられた場合の報酬は、魔導王からの恩賜──“アダマンタイト級の証”を授ける、と」

「そ、それって!」

 

 それは、事実上の昇格試験。

 ダンジョンを攻略できない冒険者に開かれた、新たな昇格の道筋。

 次の任務をこなすことが絶対条件。

「おりる」という選択肢だけは、ヘッケランには思いつかなかった。

 

「その任務というのは?」

 

 ヘッケランは重い唾を呑み込みながら、モモンの厳粛な声を、聴く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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