フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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邪神教団

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「──ということで、モモンさんからの要望により、ここにいるクレマンさんと一緒に、俺たちフォーサイトは、とある特別任務を受けることになりました」

「よっろしク~!」

 

 努めて明るく言い終えたヘッケランに追随するように、クレマンも手を叩いて場を盛り上げる。

 しかし、三人の顔色は予想通り、いまいち芳しくない。

 

「ええと。じゃあ、顔合わせも終わったことだし、任務の内容について詳しく」

「待て待て待て、待ちなさいって!」

 

 チームの中心柱が踵を返す先を、女房役のイミーナが牽制する。

 

「どういうことよ! そのクレマンって誰! モモンさんからの要望? 特別任務の話は聞いたけど、ソッチはいったいドコの酒場でひっかけたのよ!?」

「ヘッケラン──ちゃんと相談してくださいって、一昨日(おととい)も私言いましたよね?」

「いくら何でも、話が急すぎる。ちゃんと説明して欲しい」

「えーと、だな。一から説明すると長くなるんだが」

 

 特別任務の話が舞い込んできたことは、昨日の休日中に、〈伝言(メッセージ)〉専用にエ・ランテルに駐屯し始めたエルダーリッチを利用して、全員に伝えていた。新米冒険者を一人、モモンの要望で預かることも。

 だが、それが目の前のクレマン……最近になって噂されている凄腕の冒険者とは、伝えていなかった。

 ヘッケランは、昨日の休日に起こった事を細かく説明していく。

 

「なるほど、彼女が例の噂になっていた新米の。道理で、ただならない気配を」

「あの、本当に一人で、あの第二階層を?」

「そだよー? まぁ、厳密にはー、一人とは言えないかもだけど?」

 

 首を傾げるアルシェ。

 クレマンは鞄から外を覗き見るボール状の何かを軽く叩いているだけで、多くは語らない。

 

「──納得いかない」

 

 ロバーデイクとアルシェが、一定の理解と納得を得たのに対し、イミーナは唐突に現れた女戦士への警戒と疑念の渦に取り込まれているようだった。顔を赤く染めて唇を尖らせる半森妖精(ハーフエルフ)に対し、ヘッケランは詫びることしかできない。

 

「いや、俺もほんと、正直急な話だとは思うけど、な?」

「うっさい、ばか……こんな美人をひっかけて」

 

 どうにも機嫌を直してくれないイミーナ。

 ヘッケランには取り付く島もないため、クレマンまでもが詫びの言葉を述べ始める。

 

「うん。ごめんね? ──でも、私がいた方が、今回の任務はやりやすいと思うし。それニ──」

 

 クレマンの笑みが、凄みを増した。

 聖女のように清らかな表情はそのままなのに、その顔面は何の温度も持たない雪像に──冷え切った死体にでも転じたかのごとく、温かみというものを一切感じられなくなる。

 

「今回の務めは、魔導王陛下から直々に賜った探索任務であり、今後の周辺諸国の安寧に必要不可欠な事業の一端を担うことになる。もちろん、イヤなら今から降りることも可能。強制はまったくありえないことだし、あなたたちには依頼の受理不受理を選択する権利がある──それでも、この任務を受ける以上、相応の覚悟はしておいた方がいいヨ?」

 

 覚悟。

 その程度のものは、魔導国の冒険者として数ヶ月やってきたフォーサイトには、十分に備わっていた。

 危険かもしれない任務に出向くことはあった。

 アゼルリシア山脈・地下の大裂け目の合同探索。

 ラッパスレア山・溶岩の中にのみ咲く希少な薬草花の採取。

 カッツェ平野・幽霊船の船長と共に、打ち捨てられた死者の砦への潜入調査。

 アベリオン丘陵地帯・魔導王の支配に組み込まれた亜人連合も、通常近づくのを躊躇う未踏地帯の地図作成(および、魔皇ヤルダバオトの残党との不期遭遇による戦闘と討伐)。

 魔導国のオリハルコン級冒険者として活躍するようになったフォーサイトは、これら危険な任務をやり遂げてきた。すべての任務を、自分たちの意思で受理すると決めて、そうして完遂してきたのだ。その自負が、彼らの中にしっかりと根をおろして、魔導国の冒険者として順調に成長しているという事実を確信させている。

 しかし、それでも。

 クレマンの表情──覚悟を問う女冒険者の面貌には、しり込みするものを感じてしまう。

 

(やっぱり、ただの新米さんじゃなさそうだな)

 

 ヘッケランと同等……否、はるか格上の女戦士。

 前衛の不足が課題となっていたフォーサイトにはうってつけの人材登用と言えた。人工ダンジョン・第二階層を単独で突破した実力を考えると、余裕でアダマンタイト級に届きそうなものである。しかし、強すぎる力でゴリ押しがきいても、探索や潜伏の技能に長じる仲間がいないと、第三階層の地下迷宮はほとんど踏破不能である。そんな無茶ができるのは、モモンたち漆黒の英雄くらいだろう。

 クレマンの言動の端々に感じる、魔導王陛下への尊崇と敬愛の情を読み解きながら、考える。

 

(もしかしたら、噂に聞くナザリック地下大墳墓のシモベ──魔導王陛下サマの腹心、とか?)

 

 未だに直接(あい)(まみ)えたことのない、魔導国の王……その支配地の名前。

 ──ナザリック地下大墳墓。

 その単語は、ヘッケランたちにとって、ひとつの畏怖の念を想起させる場所を示していた。

 アルシェの借金問題が浮上する直前に舞い込んでいた、大金のかかった調査依頼。

 

 王国領内(当時)に発見された、地下墳墓の遺跡探索。

 

 そして、その地に向かった老公や天武などのワーカーチームの……“全滅”という噂。

 あのときの依頼で調べた地下墳墓の場所と、魔導王陛下が支配するナザリック地下大墳墓は、高い確率で同一物件であると確認がとれた。

 もしも、あのままヘッケランたちも“依頼を受けていたら”と思うと、肝が極低温にまで冷え込むのを感じる。

 

(やめ、やめ。考えるだけで恐ろしいったらねぇ)

 

 クレマンがアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の配下であるならば、何故こんな任務に任じられるというのか。

 あるいは信頼に足る配下だからこそ、冒険者たちの実務内容や労働環境の査定に──という可能性もあるだろうか。

 より深刻なのは、地下墳墓の探索依頼を受けたフォーサイトの動向を監視する目的でという可能性だが、さすがに、それはないものだと思い込んでおきたい。

 ヘッケランは不穏に過ぎる懸念を捨て去り、あくまで同業の冒険者に対して、自分なりの覚悟を示す。

 

「無論ですよ、クレマンさん。な、皆?」

「──あったりまえでしょ?」

「覚悟など、とうの昔に」

「受けた仕事は、ちゃんとこなします」

 

 四者四様の答えを受けて、クレマンは拍手と喝采を食堂内に響かせた。

 

「んふ~、えらいえらい♪ それでこそ、モモンさ──んの肝入りのチームだよォ!」

 

 人懐っこい猫を思わせる微笑が面映ゆい。

 思わず笑みを返すヘッケランは、そんな自分を切なそうに見つめる女の視線を見逃していた。

 

「じゃあ、今回の任務は受理するということで、いいな」

 

 チーム全体の方向性はまとまった。

 今回の依頼はハードな内容だが、その分のリターンも大きい。

 何より、魔導王陛下からの任務であり、報酬はアダマンタイトへの昇格。

 クレマンという新戦力──今回の任務に必要不可欠な人材も揃っている以上、流すような判断にはなりえなかった。

 

「みんな覚えてるか? 蒼の薔薇──ラキュースさんが言っていた、あれ」

 

 イミーナ、ロバーデイク、アルシェの全員が頷いた。

 最近、王国や旧帝国内部で噂される、不吉の前兆。

 クレマンだけは、ラキュースの話を聞いていない為、ヘッケランは彼女に対して説明を始める。

 

「邪神教団の元締め……“ズーラーノーン”のこと、クレマンさんはどこまで知ってますか?」

 

 

 ・

 

 

 邪神教団。

 帝国の暗部のみならず、諸国において信仰されている死の神を信奉する宗教団体……だが、その内容は通常の四大神信仰(または六大神信仰)を是とする王国や帝国の教会(くわえて法国)のそれとは、根本的に異なっている。王国や帝国では信仰されていない六大神の一柱・死の神を邪神として流用したのが、邪神信仰である。

 しかし、宗教団体と銘打たれてこそいるが、それは便宜上の呼称に過ぎず、この邪教の集団は、無法者の塊と言っても差しつかえない。

 彼らは普段、一般人として生活しているが、夜な夜な墓地の地下……邪神殿などに集い、違法であるはずの人身売買や誘拐に手を染め、神聖な儀式と称して人身御供……生贄……つまり、殺人を儀式として執行している。場合によっては強制猥褻──乱交や強姦行為を平然と遂行し、彼らが信仰する“邪神”の降臨の儀を行い続ける。……ようするに、ただの犯罪者の集団に他ならないからだ。

 

 そんな邪教の集団が大々的に逮捕拘束されず、国家機関の(ばく)につかない理由は、二つ。

 ひとつは、その邪神教団に属する者の中に、国の枢軸を担う貴族や政治家などが含まれていること。そして、もうひとつは、死を隣人とする魔法詠唱者などで構成される秘密結社──強大な力を有する盟主と十二高弟たちの下部組織として、邪神教団は保護されていることが挙げられる。

 

 邪神教団は(よこしま)な儀式……殺人などの犯罪行為をさせることによって貴族や政治家の弱みを握り、組織へとさらに潤沢な支援をせしめる。国家の上位者をズブズブの泥沼にはめこみ、骨までしゃぶりつくし利用するための装置として、王国や帝国などの近隣諸国に浸透し尽した闇の組織──

 それが、邪神教団の全容であった。

 

 

 ・

 

 

「というのが、最近近隣諸国で猛威を振るっている粗悪な闇組織の概要、だったか?」

 

 アインズは執務室で、今回の計画図をひいたNPCに答え合わせを求める。

 

「まさに。邪神などという存在しないモノを信仰する人間たちの愉快な──失礼、悲しむべき一面が、多くの人間たちを今現在近隣諸国を席巻し、惑わし続けております。まったくもって度し難い。真に崇拝されるべき方など、アインズ様をはじめとした至高の四十一人以外にありえないというのに!」

 

 強大な悪魔は吟遊詩人のごとく誇らしげに謳ってくれるが、当のアインズ本人は苦笑いを骨の顔に浮かべかけるしかない。

 

「まぁ……とりあえず、その邪神教団とズーラーノーンが、今回の相手ということだな?」

「ええ、アインズ様」

 

 デミウルゴスの計画立案を手助けした魔導国の宰相──アルベドは微笑みさえ浮かべながら、邪神教団たちの問題をあげつらう。

 

「奴らはどういう理由でか、急激に信者数を増やしている模様です。それに伴い、王国や帝国、果ては都市国家連合などでも不穏な動きが散見されているとのこと。これは憂慮すべき事態です。王国では教団よりも悪辣な八本指が蠢動(しゅんどう)し幅を利かせていたことで、帝国ではジルクニフ皇帝の強権と騎士団の働きで、連中の活動は表に出ることはなかったようですが」

「あ……あ──」

 

 俺たちが両方とも潰しちゃったようなもんだからなぁ。

 しかし、アインズは浮かびかけた罪悪感を、アインズ・ウール・ゴウンという名と、ナザリック地下大墳墓の安寧のためという使命感で塗りつぶす。

 

「であるなら、我等がその闇組織を(めっ)すれば良い……」

 

 のか?

 チラ見した悪魔たちは“然り”という風に首肯してくれる。とりあえず、方向性は間違っていなくて助かった。これで、きょとん……とされていたら、本当にどうしようかと。

 

「正直なところ、連中を八本指のごとく掌握し、ナザリックの傀儡として飼い殺す案もございましたが」

「冗談はやめておきたまえ、アルベド。アインズ様を差し置いて“死の神”を僭称するモノを信奉する愚物共など、教育する価値があるとはまったく思えませんがね?」

「あら? でも、本当の“死の神”たるアインズ様が降臨なさったことを知らしめれば、さすがに物わかりの悪い連中でも、十分再調教は可能じゃないかしら?」

「かもしれませんね。実際、私が帝国の闇組織……あの闇金融の首領だった彼女などは現在、邪教集団の行動把握のための使い──情報漏洩者として重用しておりますからね」

 

 二人の遣り取りを見つめながら、魔導王アインズは沈黙を保つ。

 いつの間にやら、すごい勢いで話が進んでいる気がしなくもないが、以前に判を押した書類……『ズーラーノーン殲滅計画』とやらが順調に進行した結果であった。

 つまり、この状況は全部、アインズの裁定下で行われた務めであり、二人は仕事を全うしたにすぎない。

 

(……なんにせよ。近隣諸国が平和になれば、魔導国も平和になって安泰……だよな?)

 

 そして、ズーラーノーンの情報。

 特に、盟主とやらの魔法の能力について。

 アインズの支配下に下ったクレマンティーヌ……彼女の身に起こった“アンデッド化”の魔法技術を入手することは、実に意義深い。

 

(希望する人間をアンデッドに変える技術が開発出来たら、意外といい国ができるんじゃないか?)

 

 生前の記憶と人格を保持したまま、アンデッドになるということは、ある意味において「不老不死の実現」と言えなくもない。クレマンティーヌ曰く「十二高弟という幹部でないと、施術されたと同時に雑魚アンデッドに変貌する」ため、使える人材は限られるのがネックか。

 

(ズーラーノーンが周辺諸国で脅威とされているのも解るな。アンデッドを無限に生み出し蓄えていけば、それだけで無敵の兵力になるんだからな)

 

 身をもって実感している、アンデッドモンスターの利便性と多様性。

 死の騎士(デス・ナイト)の警邏兵、魂喰らい(ソウルイーター)などの馬車、骸骨(スケルトン)の単純労働力に加え、エルダーリッチに〈伝言(メッセージ)〉を飛ばさせて公衆電話の代用をさせる事業も、なかなかに好評だ。銀貨一枚で遠くの相手と会話できる。人間の魔法詠唱者が扱う〈伝言(メッセージ)〉は誤情報発信や秘密の漏洩など不安があるという話だが、アンデッドのエルダーリッチにそのような心配は無用である。

 魔導国で実現している各種アンデッドと住人たちの共同生活は、とても良い感じだ。

 最初はあれだけ怯えられ、閑散としていた街並みが、今ではかつてのエ・ランテルと同等か、あるいはそれ以上の賑わいを取り戻している。モモンとして暮らしていたアインズが言うのだから間違いない。

 

(ズーラーノーンの盟主……どんなやつなんだ?)

 

 静かに熟考するあまり、二人の会話が途絶え、主人を優しく見つめていることに気付くのが遅れた。

 しかし、アインズは慌てることなく、相互の情報確認を進める。

 

「それで、連中の、ズーラーノーンの今後の動きは?」

「はい。教団に潜り込ませた間者……協力者につけた影の悪魔(シャドウデーモン)たちが今朝方、報告してくれました」

「こちらが報告書となります」

 

 アインズは、アルベドから手渡された書類を見つめた。

『ズーラーノーンの一部勢力にて、“第二の亡国”“第二の沈黙都市”を再現するつもりでいる』と。

 

「亡国は知らんが……沈黙都市か」

 

 冒険者界隈で有名な伝説。

 ビーストマンの国にある都市に現れた魂喰らい(ソウルイーター)三体。

 被害者数は十万以上。

 だが──

 

「ズーラーノーンが沈黙都市を? ──私があの都市の管理者……彼から聞いた話とは違うぞ?」

「はい。すでに例の沈黙都市は、アインズ様の手で秘密裏に“掌握済み”。将来的に、ビーストマンの国を攻める際の中継地・兵力と兵站の集積所となることでしょう」

「ええ。なので、これは紛れもなく、連中(ズーラーノーン)のただの虚言と愚言に他なりません。己の権勢と脅威を誇大にしたがるのは、実に人間らしい習性ですね」

「だな……とすると、わからないのは亡国か……亡国?」

 

 あれ? 確か、前に誰かが言っていたような? 誰だったっけ?

 アインズは首をひねった。

 そして、思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 


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