フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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王国の都市名は、書籍九巻の地図表記を参考にしています。
蠢動(しゅんどう)する邪神教団とズーラーノーン、ザナック、アルベドとラナー、そして魔導王陛下。


蠢動

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 ・

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国領内────リ・ロベル。

 

 反逆者の郎党、邪神教団に掌握された都を、王国軍は包囲下に置いている。

 

 だが、状況は控えめに見ても、優勢とは言い難い。

 

「隣接する聖王国や法国、なんだったらアーグランド評議国から、援軍は望めないのでしょうか」

「無理だろうな。聖王国はヤルダバオト侵攻から復興しつつあるが、援軍を出せる余力などない」

「法国は宗教上の理由からか、ズーラーノーンや闇の神を尊ぶ連中と事を構えるつもりはないらしい。それに──」

「国外勢力……法国や竜王の治める評議国に援軍を頼むには、王の親書なりが必須だ」

「だが、その王自体が、万全な状態ではないぞ?」

「ああ。だからこそ、ザナック王子が各方面に手を回しておられる」

「しかし、それも貴族派閥は好みじゃないようだが」

「クソ! この非常時に、王族も貴族もないだろうが!」

「“非常時だからこそ”──ここで国の首をすげかえたいというところだろうさ」

「バカな。ここで王が死んでも、国内の問題は解決しない!」

「……あるいは、問題を解決させたくない?」

「王都の連中に、期待しても無駄だ」

「とにかく今はここの、我が軍のことだ。このまま手をこまねいても、事態は良くなるわけがない」

「わかっている! だが、ただでさえ疲弊した王国軍を分割し、各個分断されている状況だぞ?」

 

 都市郊外に設置された野戦指揮所において、暴徒鎮圧と都市奪還を命じられた士官たちは、喧々囂々(けんけんごうごう)侃々諤々(かんかんがくがく)と軍議を交わす。

 

「一度、戦況を整理しよう。

 反乱の起きた此処、リ・ロベル。そして、同調するように反旗を翻したエ・アセナル」

「まさか、国内に二つの戦線を抱えることになるとはな」

「それに加えて。王のひざ元である王都を護る者らとで、軍が三分されている状況にある」

「三分どころではない。他の地方都市にも反逆の芽が出るのを監視するためにも、さらに分割されて四分、五分されている」

「まさに最悪な状態だ」

「ああ。ここにいる我々はアングラウス殿が率いる戦士団がいて、本当に助かった。でなければ、あの暴徒やアンデッドを使役する信奉者──ズーラーノーンの勢いは止められなかった」

「ああ。同感だ。エ・アセナルも蒼の薔薇──アインドラ様が向かってくれた。おかげで国軍が優勢に傾いたとの報告だ」

「しかし、ジリ貧には違いない。何か、強力な支援が必要かと」

「大規模な攻勢をかけるにしても、兵の大量投入には水と食料等の備蓄は必須だ。空きっ腹で突撃などできない」

「帝国との戦争のように、事前準備が可能だった場合とは違って、突発的な内乱の生じた現状、軍の備蓄をどうにか工面しているだけだからな」

「その備蓄も、あの戦争以降は蓄える余力すら──」

「ああ。地方は痩せ細り、戦争で生き延びた……生き延びてしまった若い兵らが、路頭で物乞いをしなければならぬとは」

「通常であれば、国が戦傷を教会に癒してもらう手筈だが──あれはさすがに多すぎる。下手したら、国の財政が破綻する量だ」

「約24万5千のうち、戦死者は優に18万──生き残りは約6万──あの戦場で生き延びた者たちのなかで、無傷でいられた例は、多くはない」

「手足が吹き飛ぶほどの重傷──重度の戦時傷病者が万単位で出るなど、想定の範囲外だ。剣や弓のぶつかりあいで、あの規模の破壊など、生じるわけがないからな」

「結果、満足な治療を受けられずに帰還させられた連中が大勢でた」

「あれは、もう、地獄だった」

「ああ。俺たちは運が良かった」

「自分は王都の警備で留まることができたクチだが……本当にそんなことが?」

「事実だ」

「いっそのこと、あの時に死んでいた方が、幸せだったのかもな。……はは」

「それもこれも、王や貴族どもが無能なせいで」

「魔導国と戦争などしなければ」

「おい、口を慎め。不謹慎にもほどがあるぞ」

「ええい。とにかく、支援がなければ膠着状態を打破することは叶わん! 我々がここで倒れたら、誰があの邪教の浸透を阻止できる⁉」

「だから、その支援を、いったいどこに乞うというのだ?!」

 

 軍議はそこに収束した。

 孤立無援──その言葉がこれほどまでに現実味を帯びることなど、誰が予期しえたものか。

 ……あるいは、予期したくなかったのかもしれない。

 自分たちの住む国が、本当の意味で「終わる」時を想像できるものが、国に留まる道理などない。彼らのような王国民……政治の無能をなんとはなしに理解しながらも、それに対し抗する手段も危機意識も低い、一般的な民衆にとって、最善かつ最良の判断と選択がとれないことを責めるのは酷というものだ。

 野戦陣地に集った士官たちは、暗い表情で、自分たちの基盤を……国家と大義そのものを失う恐怖を感じ始めていた。

 そんな時だった。

 

「で、伝令! 王都より伝令!」

 

 朗報が、王国軍に届けられた。

 

 

 

 ・

 

 

 

 リ・ロベルの反乱軍……邪神教団の長を務める男は、人生の極みに立っていた。

 ズーラーノーンの十二高弟、その中でも“副盟主”とも言われる取りまとめ役に大任を託されたことで、王国の地方都市を手中におさめるまでに至ったのだ。

 バカな民衆を先導し煽動し、そのために必要な物資や財産、治癒の魔法や、場合によっては邪教の儀式などを執り行うことで、邪神教がいかに素晴らしいモノであるかを喧伝し尽した。飢饉にあえぐ母娘(おやこ)が、戦傷を負った若者が、国策に不満を持つすべての民草が、邪神教団を(こころよ)く迎え入れた。

 四大神信仰が捨てたアンデッドの神──死の神にして闇の神。

 死を振りまくアンデッドの邪神は、王国民にとっては異教以外の何物でもなかったが……今は違う。

 

「邪神様、万歳!」

「邪神様に命を捧げよ!」

「邪神様の御世に栄光あれ!」

 

 そう言って突撃していく民衆たちは、王国軍の弓矢に射られ、槍衾に貫かれ、剣の一撃で薙ぎ倒される──だけではない。

 

『……ぐ、お、アアア』

 

 ズーラーノーンに所属する弟子連中……死霊系魔法(ネクロマンシー)を扱う魔法詠唱者たちによって、死んだ民衆は戦場でアンデッドと化し、その身を貫く武器を掴んで、前進。かくして、王国軍は不死者の大軍と対峙し、モンスターに喰われるありさまを呈し始め、疲弊した軍は二進(にっち)三進(さっち)もいかない無様を露わにした。ブレイン・アングラウス率いる戦士団だけは厄介であったので、そちらの方に戦力を集中させて封じ込めつつある。連中も、自国と同じ民を殺すことに躊躇している。殺しても、死を恐れることがないアンデッド兵に変わるだけなのだから、その躊躇は当然ともいえた。本当に、アンデッドは素晴らしい兵隊である。

 ……先導され煽動され尽くした民衆は、自分たちが〈魅了(チャーム)〉などの精神系魔法にかかっていることにも気づかぬまま、教団の言う通りに動くコマと化している。男は求められるまま命を(なげう)ち、死への特攻を敢行。女は求められるまま股を開いて、夜ごと悪辣な死の儀式を担う。

 笑いが止まらないとはこのことだ。

 長年この地方都市で、密かに邪神教を運営してきて、本当によかった。

 地味で目立たない邪神の神官長だったが、これまでの報いを存分に味わいつつあった。

 今の自分ならば、もはや都市長なみの──否、それ以上の権威と権力を、思う存分、ほしいままにできる。

 教団への寄付金や献上品は、うなぎのぼりに膨れあがった。都市一番の美女……意中の女を魔法で洗脳し、夜伽をさせる生活を送っている。まさに人生の極み。すべてがうまくいけば、自分のような男が、王都の最も高い場所に、腰を据える日も夢ではないだろう。

 本当に、邪神様のおかげで、ズーラーノーンのおかげで、ご機嫌すぎる人生だ。

 

 そのはずだった。

 

「え?」

 

 都市の要害、元都市長の屋敷の中で戦果報告を受け取った。

 蒼褪めた伝令が知らせてきた内容に、神官長は言葉を失う。

 

 その時、

 轟音が都市を席巻した。

 

『オオオァァァアアアアアア────!!』

 

 咆哮をあげる謎の騎士団が、リ・ロベルに現れた。

 その騎士団は、王国の紋章を掲げるものではない。

 騎士団は巨躯に白布を身に纏い、その正体を秘匿していた。

 いかなる国の旗も掲げぬ一団は、何故か反逆者の軍を、邪神教団のみを襲い、

 

 蹂躙した。

 

 

 

 ・

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国、王都。

 王宮の一室にて。

 

「ありがとうございます。アルベド様」

 

 第二王子ザナックは、妹のラナーと共に、とある人物に頭を下げていた。

 

「我が国の救援要請を受諾してくれたこと、感謝に()えません」

 

 心労によって王国の舵取りを担えなくなった父王に代わって兄妹二人が救いを求めた相手は、あくまでも優雅かつ耽美な微笑みを浮かべるだけ。

 

「いいえ。アインズ様……我等がアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の御心のままに、我が魔導国の兵力の一部をお貸ししただけのこと。さらに、食糧支援も順次とりはからって頂ける旨もお伝えしておきます。御二方や、ランポッサ王は我が国の隣国を預かる方。苦難の時には隣人を支え助けるのが、物の道理でございましょう」

 

 魔導国の外交使節であり、宰相位を戴く黒髪の美女。

 この光景は、王国首脳部──貴族連中からすれば大顰蹙(ひんしゅく)を買って然るべき光景だ。

 王家に連なるザナックとラナーが、あの魔導王の宰相=部下であるアルベドに、頭を下げている。これは、見方によっては売国行為にも匹敵する愚行に見える。王族はかしずかないからこその王族──というよりも、国のトップが他国の者に低頭平身を尽くすなど、あってはならない行為なのだ。

 特に、今回のような救援要請──敵対国家であったはずの魔導国──魔導王の率いるアンデッドの兵力を引き入れるなど、場合によっては外患誘致にも匹敵する大罪であり、国家基盤に対する明確な裏切りに等しい。国の自主自立を顕示する上で、武力を国外に頼るなど、無能を通り越した馬鹿のやることである。

 しかし、王国の現状はそのような慣例や道義などが一切機能しない。

 国軍は疲弊し、瓦解寸前。

 ただでさえ少ない食料を巡り、商人らが行った先物取引の問題。

 人心が離れた王や貴族に対する不満は、もはや導火線に火が付いた爆薬の様相を呈して久しい。

 兵力・武力・生産力・政治力……いずれもが機能不全に陥ってしまった。

 自浄作用や自力回復を待っている暇も余裕もない。

 魔導国との戦争後、貴族たちの間で「王国は数年以内に様々な問題が生じる」と論じられていたが、それが邪神教団の台頭により、わずか一年たらずで一挙に噴出・顕在化したと言えば、状況への理解は早まるだろう。

 口だけの賢者風に言うなれば「緊急の“手術”」が必要な病人……それが、リ・エスティーゼ王国の現状であった。

 そして、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下への救援要請──アンデッド兵力の貸与は、病巣を摘出するのに覿面(てきめん)な存在と言えた。さらに、食糧支援の準備も着々と進められている。

 

 無論、これは大きな──甚大無比な大問題である。

 

 ただの仁徳から、国を救うなどという行為は、英雄譚の作り話だ。

 現実にそんなことを行う国家など、あってはならないものである。

 仮に。ある国の中で、とある地方や村々が、圧政や苦役に瀕し、それを憂いた隣国の王が、解放と救済に向かえば、それはどのような美辞麗句を並べ立てようとも、ただの侵略行為にしかなりえない。あくまで「同盟」や「条約」などの国家同士の約束事を締結した間柄であれば、そういう軍事行動は正当性を帯びる。が、この世界において、こと王国において、自分たちを追い詰めた──エ・ランテルを奪い取った──国にトドメを差した相手である魔導国に対し、そのような救援を求めようものなら、さらに喜んで国土を割譲させるような行いに成り得るだろう。たとえ魔導王にその気がなかろうと、救済された土地の民はより一層王国の支配統治を拒絶するのは、疑いようのない、絶対に訪れる未来である。

 そして当然ながら、この会合=魔導国への救援要請は、秘密裏に行われたもの。

 故にこそ、今回の魔導国からの援軍も、正式には魔導国の手勢では“ない”ことになっている。

 死の騎士(デス・ナイト)魂喰らい(ソウルイーター)からなる兵団は、魔導国の旗を掲げず、正体不肖の謎の援軍として、邪神教団を蹂躙するだけ。粗方の掃討戦が終わった後で、王国軍は素知らぬ顔で、反逆者の首級をあげ、都市を解放するという計画だ。

 つまり、公的には“なかった”ことになるもの故に、王族たる二人は感謝の限りを尽くすことに躊躇がない。部屋の中にいる人物たちはごく少数であり、三人の傍近くに控えるのは、いずれも信頼できる部下を一名だけ。情報漏洩の心配はない。

 

「ですが、お約束いただけますね? ──ザナック王子?」

 

 この密約を交わす意味について、今回の「ツケ」について、第二王子はすべて承知している……観念している。

 魔導国の宰相の美貌に、王子は冷たいものを感じながらも、応えた。

 応える以外に、彼が生きる国の延命は、不可能であった。

 

「はい。……将来的に、私が王位に就いた暁には、──“お約束”を果たします」

 

 アルベドは微笑を頷かせた。

 ザナックは微笑むことなく、頷いた。

 そんな二人のやりとりを、ラナーは沈鬱な“面”をつけたまま、見守った。

 

 

 

 ザナックだけは知らない。

 勘づきつつあるが、まだ知らない。

 蚕食(さんしょく)され始める王国を切り盛りするのに手一杯の彼には、知る術がない。

 

 彼女らの蠢動(しゅんどう)を知る時がくるのは、そう遠い話ではない。

 

 

 

 ・

 

 

 

 魔導王アインズは、ひとりナザリックの執務室で考える。

 

「う~ん」

 

 顎に手を添え、首をひねって考えるが、たいした解答が閃くことはない。

 

「……わからん」

 

 アルベドからの要請で、アンデッドの戦力を王国領内二か所に転移魔法で進軍させたが、「くれぐれも正体が露見しないように」と念を押された。一般メイドらの手によって適当に魔法の白布を被せ、魔導国の証を一切掲げない兵団を準備したが、そうしなければならない意図については、実はよくわかっていない。

 

(「聖王国を救ったアインズ様なら言うまでもなくご理解していますよね」って言うから軽く頷くしかなかったけどさ……とりあえず、アンデッドの宣伝が目的じゃないということ、だよな? 魔導国のアンデッドは、こんなに従順で協力的なんですよー……とは、やっぱりならないのか?)

 

 王国から予定通りに極秘の救援要請が届いたという一報を受けた時は、いい宣伝になりそうだと喜んだものだが、どうやらそんな単純な話ではなさそうなことがわかってきた。

 

(あれかな。敵であるズーラーノーン・邪神教団がアンデッドを率いる連中だから、アンデッドを味方として派遣するのはマズい感じかもな……うん、そんなところかな)

 

 一般人の頭脳だと、それぐらいの解答で落ち着くしか他になかった。

 聖王国でもなんかこう、中位アンデッドはかなり好印象だったりそうでなかったりと、かなり個人差がある。あのカストディオ団長とネイア・バラハのように、馴染まないものと馴染むものとの差が何なのか。アンデッドになった影響からか、アインズにはいまいち掴み切れていない。そんな現地人の感覚で、敵の従えるモンスターと同じ、自分たちを襲っている連中の同族……アンデッドたちが救援に行きますよーと言っても、いい反応は返ってきそうにないだろう。

 

「ま。なにはともあれ、計画は次の段階だな」

 

 アルベドとデミウルゴスが新たに立案した計画書通りに、事は推移している。

 

「次はパンドラズ・アクター……モモンたちの方で、そろそろ」

『アインズ様』

 

 きた。

 外で働くNPCからの〈伝言(メッセージ)〉を受信。

 口調をいつも通りのものに切り替える。

 

「うむ。どうした、ナーベラル?」

『はい。王国領内のエ・アセナルにて、ズーラーノーンの拠点のひとつと目されていた屋敷に潜入、交戦しました』

「なるほど。クレマンティーヌの報告にあった通りか」

『はっ。ですが、十二高弟なる幹部は存在せず、掃討できたものはゴミ虫ばかりで……申し訳ありません』

「いや、予定通りだ。そのまま、蒼の薔薇と合流しろ。アルベドの計画通り、あまり表沙汰にならないよう注意してな。さて。あとは残っている敵拠点、帝国と竜王国と都市国家連合にある連中の拠点を掃除────ん?」

 

 アインズは奇妙な感覚を得た。

 ナーベラルが(ただ)す声を聴きつつ、召喚の糸……支配下においたアンデッドとの繋がりの中で、とある冒険者の一行に同行させた存在が、急激に居場所を変えたのだ。

 他の冒険者チームに随行させているエルダーリッチらとは、また違う感覚のもの。

 ナザリックで再会したことで、ようやく強固に結び直された糸が、異変を報せた。

 

「この、移動した気配はクレマンティーヌの……では、フォーサイトが……?」

 

 どうやら、彼らがアタリ(・・・)をひいたようだ。

 

 アインズは感覚を研ぎ澄ます。

 帝国帝都に向かったはずのフォーサイトが転移した場所は…………

 

 

 

 

 

 

 




原作を追い越してる感じするけど、これはIFルートだから大丈夫(大丈夫なのか?)

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