フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病

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第五章 ────── 天王山
ズーラーノーン -1


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 ・

 

 

 

 王国。エ・アセナル。

 

「無理はしないことです」

 

 空中のゴーレム部隊を沈黙させたナーベとイビルアイは、ラキュースたち蒼の薔薇の救助と護衛に専念していた。

 そして、ナーベは続けざまに正論を述べる。

 

「ポーションで回復できたとは言え、邪神教団やゴーレムとの戦いで疲弊し尽くしている。命の危機から脱することができただけでも、望外の幸運と言えるでしょう。魔力や手持ちのアイテムも消耗しているのですから、ここは自制すべきだと──それくらい判断できませんか?」

「わかっています、ナーベ殿──わかっていますが、しかし」

 

 蒼の薔薇を代表するラキュースは、モモンの治癒薬で重傷を癒した体を前へと進める。

 だが、極度の疲労困憊で転倒しかける端から、回復したてのガガーランたちに助け起こされる無様は、ただの人間なら憐れを覚えて当然の容体であった。

 

「無理するな、ラキュース」

「でも……でも……」

 

 真っ白になるほど噛み締めた唇から、プツリと赤いものが流れ落ちる。

 

「……この国は、私たちの、私の、生まれた、国、なのに……」

 

 悔し涙をほろほろとこぼす乙女。

 最高位の冒険者であり、王国貴族の端くれであり、祖国を愛する乙女であり──にも関わらず、国難の時に膝を屈することしかできない無力な自分を、ラキュースは本気で呪っているようだった。

 戦う意思が絶えていないことを示すように、魔剣を握る力だけは緩むことがない。

 そんなリーダーの姿に、ただ一人疲労や損耗とは無縁そうなチームの仲間、仮面の魔法詠唱者が告げる。

 

「ラキュース、おまえたちは漆黒の美姫の言う通り、後方の陣地にさがって休め。森の賢王──ハムスケ殿とやらが守りに入っているというのであれば、確実に安全だろうからな」

「イビルアイ、でも」

「そんな弱音を吐くな……わかっている、モモン殿たちだけで、敵と戦わせてはおかない」

 

 ナーベと同行する意思を示したイビルアイ。

 彼女たちの頭上で、漆黒の英雄と、アダマンタイト・ゴーレムが交錯する。

 ゴーレムの振るう玉鋼の刀身が、モモンの肉体を遥か彼方の街区に弾き飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 アダマンタイト・ゴーレムとの死戦を繰り広げるモモンは、相手の攻撃の威力に乗る要領で、一時的に距離をとった。

 ナーベラルやイビルアイたちからも遠く離れた地点。内乱の爪痕が深い市街の残骸が吹き飛んだ。崩れかける建物──それに紛れて起動させた〈伝言(メッセージ)〉の魔法。

 直立の姿勢で簡単に戦況を説明すると、アインズは朗々と告げてくれた。

 ナザリックが威を示せ、と。

 

「はっ。畏まりました、父上」 

 

 我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)──なぜか()めるようにと苦言を呈された了承の言葉を胸に秘めつつ、〈伝言(メッセージ)〉を解除。

 都市民の避難した家屋の中で、防諜対策のアイテムを即座に起動させて行った連絡作業により、パンドラズ・アクターはようやく肩の荷が下りた気分を覚える。

 直後、崩れかけの家の屋根を砕いて飛来してくるゴーレムの気配を感知。砕けかけの大剣を巧みに操り、急襲を受け流す。

 鬼姫の表情のない美貌と鍔迫り合いを演じる前に離脱するが、敵は恐れることなく突貫。 

 

「せぇあ!」

 

 夜空の中、街の頂上で跳梁する両者。

 モモンは罅の増えた剣を(なげう)つが、金棒の一振りで薙ぎ払われる結果に終わる。

 バラバラに砕けた剣に執着するでもなく、モモンはどこからか新しい武装を取り出して構えた。

 

「ほう……それは?」

 

 ゴーレム使いがかすかに瞠目する。

 刃に刻み込まれた紋様は明滅を繰り返し、何らかの魔法が活きていることを示していた。しかし、一般に流通するマジックアイテムとは、違う。

 ステッキに腰掛けながら空中を〈飛行〉して追随する少年に対し、漆黒の英雄は悠々と詳細を明かした。

 

「これは魔導国で新たに生産され始めた、ルーン武器だ!」

 

 ゴーレム使いは鬼姫の攻勢を緩め、モモンの武装の真贋を測る。

 

「なるほど。その紋様は、確かにルーン武器のようだな……200年前より廃れた技術だと思っていたが」

「ああ、魔導国に招聘されたドワーフの技術者が、魔導王から協力を──技術支援を受けたことによって、復元され始めたものだ」

「ほう? やはり、魔導国の王は、技術に対する寛容性も持ち合わせていると……なるほど、情報通りというわけか」

 

 パンドラズ・アクターは率直に尋ねる。

 

「君は、私を試すと言ったな?」

「そうだが?」

「私程度を試して何をするつもりだ? 試しとやらが終わった後で、君はどうするつもりなのかな?」

「そうだな……」

 

 敵は、ガラスのように澄んだ瞳で、ただ遠くを見る。

 

「私はただ、私の望みが叶うかどうか……知りたいだけだ」

「ふむ。君の望みとは?」

「それは、貴殿が勝った時に教えるとしよう」

 

 トオムは冷厳かつ冷徹に指摘する。

 

「だが、そんな弱い武装で、我が最強最高の動像(ゴーレム)とやりあうつもりか?」

 

 今回、モモンが取り出したルーン武器は、間違いなく魔導国に招かれたドワーフ職人たちの最高傑作の一振りと言える。

 漆黒の英雄モモン──魔導国の最高位冒険者のために用意された業物であり、その威力は剃刀の刃(レイザーエッジ)ほどではないにしろ、ただのマジックアイテムよりは数段まさる領域に位置していた。刻み込まれたルーンは八つ。斬撃強化と刺突強化の効能を有している。

 しかし、少年が見立てるように、今回の敵であるアダマンタイト・ゴーレムに対しては、そこまでの優位性をもたらす武装とは言えそうになかった。重厚な当世具足の鎧武者に対し、斬撃と刺突のボーナス効果はあまり期待しないほうがいいだろう。

 そしてパンドラズ・アクターが、ナザリックの最高位の智者の一人が、その程度のことを理解できないはずがない。

 

「君のそのゴーレム……なかなかの性能であり、美しさだ。私が崇拝する御方々が生み出すものに比べれば極めて劣るが、その技量の巧みさは、この世界においては本物であるとお見受けする」

 

 現地においては類を見ないゴーレムの数々。

 特に、あの鬼の姫(アダマンタイト・ゴーレム)は、この世界における一般的なゴーレムとは比較にならないほどに洗練されている。高速戦闘をこなす四肢は駆動音など聞こえず、攻撃や防御などの動作も極めて滑らか。正直、ただの人間──英雄クラスのそれと遜色がない。魔法と金属で駆動する人工物だ──などと看破するほうが難しいだろう。

 それを製作し、統御し、使役するゴーレムクラフターたる少年。

 ズーラーノーンという、ただの闇組織においておくには惜しまれるほどの人材だ。

 だからこそ、

 

「これはハンデだ」

 

 アインズに『確保したい』といわしめるほどの敵に対する敬意をこめて、ナザリックのシモベは勤めを全うする。 

 

「私はこれから、私の力を存分に示すとしましょう」

 

 モモンは一瞬だけ、パンドラズ・アクターとしての口調を取り戻す。

 比較的弱い……ナザリック基準では(はなは)だ脆弱な武装で戦うことで、強力な道具に頼るだけの存在でないことを明確に表す。

 

「私は、ここから『20秒ごとに1レベルずつ』力をあげていきます──よろしいですね?」

 

 トオムは眉をひそめた。

 口調の切り替わりもそうだが、モモンの紡いだ“レベル”という単語に、何か引っかかるものを覚えたようだった。

 

「レベルだと? ────それは、まさか」

 

 何事かを言いかけた十二高弟に対し、〈水晶の騎士槍(クリスタル・ランス)〉が撃ち込まれた。

 当然、銀髪褐色の少年は、これを易々と(かわ)す。

 空を飛ぶステッキの上で踊るように身を翻し、闖入者の登場に鼻を鳴らした。

 

「モモン様!」

 

 仮面で顔を覆う魔法詠唱者が乱入し、漆黒の美姫も追撃の〈雷撃(ライトニング)〉を放ちかけて……モモンの振るう片手に制される。 

 パンドラズ・アクターはモモンの口調に立ち返り、優しく諭すように願う。

 

「手を出すな、二人とも……いや、出さないでくれると助かる」

 

 いつになく柔和な男の声色を前に、イビルアイは頬が染まる思いで体を強張らせた。

 その横にいるナーベラルも、静かな頷きをモモンに返す。

 役者(アクター)は、英雄にふさわしい声音と共に、剣を構えた。

 

「まずは、──“31”」

 

 

 

 ・

 

 

 

 死の城。奴隷詰所。

 

「さぁてと」

 

 フォーサイトは前後を十二高弟である男女二人組に挟み込まれていた。

 そのうち、男の方が準備運動がてらに話し出す。

 

「状況は、だいたい理解できたぜ? クレマンティーヌが裏切り……よりにもよって、魔導国の冒険者なんぞになっているとは、な」

「ホント~、爆笑ものよね? ねぇねぇ、これ皆にも教えちゃう~?」 

 

 キャッハハハと笑う幼女の声は、金属をひっかくかがごとく不快な音域を奏でていた。

 ヘッケランは双剣を構えつつ舌を打つ。

 

「おい、テメェら」

 

 その表情は、堪忍袋の緒が切れかけていた。

 

「ウチのチームメイトと、一体全体どういう因縁があるかは知らねぇが。人をバカにするのも大概にしとけ」

「ヘッケランの言うとおりよ」

「ええ。まったくもって、不愉快です」

「クレマンさんは、魔導国の誇る、オリハルコン級冒険者です」

 

 それを聞いた二人は──

 

「「ぶッははハハハハハハハハはははははははははははははははははははははッ!!!」」

 

 文字通りの爆笑というありさまを呈した。

 腹を抱え、膝を叩き、目の端に涙すら浮かべて笑いつくした。

 

「おいおいおい! オメェら何も知らねぇのかよ、タッハァ!」

「マジサイコー! 魔導国の冒険者くん達~、マジ笑えるわ!」

 

 どうしたことかと視線を惑わせる間もなく、十二高弟たち──バルトロとシモーヌは、笑い話の筋を語った。

 

「たは。おまえらが一緒にいるその(アマ)は、快楽殺人者だぞ。おまけに、おまえらと同じ“冒険者”を狩っていたんだぜ?」

「……はぁ?」

「そうそう。冒険者のプレートを、鎧に張り付けて愉しんでいた、拷問が趣味の、殺人を享楽する、生粋のサディストちゃんよ?」

「そ、そんなホラ話」

「本当よ」

 

 ヘッケランたちは振り返った。

 見れば、クレマンティーヌは言い淀むでもなく、武装を無気力にぶら下げて、まるで今日の天気を語るかのように、悔いも怯えも懐いていない決然とした表情で、明言する。

 

「その話は、本当」

 

 それでも。ヘッケランたちは否定したかった。否定して欲しかった。

 

「私は元ズーラーノーン・十二高弟──冒険者を狩って、人間を拷問することが趣味の、……ただの人殺しだよ」

「なにを」

 

 混乱するフォーサイトをよそに、十二高弟たちは結論する。

 

「ほらな? これでわかっただろう?」

「その()は、君たち冒険者の仲間じゃない──むしろ君たちを裏切」

 

 言い終わるより先に、射かけられた鏃が三本、幼女の口内に突っ込まれた。

 鳴り響くのは肉を引き裂く音ではなく、金属の砕かれる高音。

 鏃を放った冒険者は、次の矢を三本(つが)えて、告げる。

 

「そんなこと知ったことじゃないわ」

 

 先の鏃三本同時攻撃を奥歯で噛み締めながら貪るシモーヌは、半森妖精(ハーフエルフ)の主張へ不思議そうに首を傾げる。

 

「第一、私たちは“元”ワーカー……殺し殺されなんてことにビクついていられるほど、身綺麗な出身じゃないのよ」

「……確かにな」

 

 ヘッケランは頷いた。

 罪人や咎人というのであれば、ワーカーだったフォーサイトも、御法に触れるかもしれないことは山ほどこなした。ただ金のために、自慢にもならない汚れ仕事を請け負った。望んで殺人などを働いたことはないにしても、時と場合によっては、両の手を血に染めることだって、(いと)わなかった。それが、ワーカーの任務(つとめ)だったから。

 ロバーデイクもアルシェも、クレマンティーヌを守るように防陣を整える。

 

「クレマンさんが、おたくらの仲間だろうと、ズーラーノーンの十二高弟だろうと、関係ないね」

 

 そう言い切れる自信がある。

 尊敬する最高位冒険者“漆黒”のモモンからの紹介もそうだが、さらに確実な論拠は、彼女の首からさがる、魔導国の冒険者の(プレート)

 それは、何よりも信頼における物証──クレマンティーヌという女性が、魔導国の王に認められた存在であるという証明に他ならない。

 

「俺たちは魔導国の冒険者だ。そして、俺たちフォーサイトは、一度組んだ仲間を、一方的に切り捨てたりはしない!」

 

 告げた瞬間、殺気を感じた。

 笑気が消え失せ、小動物を獲物と見定めたモンスターの眼光……それに近い気迫を。

 

「そうかよ」

「じゃあ、仲良く死になさい」

 

 死の宣告。

 それよりも先に動き出したフォーサイト。

 ロバーデイクとカジットとアルシェの支援魔法〈中級敏捷力増大〉〈中級筋力増大〉〈鎧強化〉が前衛二人に注がれ、戦士たちは武技〈能力向上〉〈能力超向上〉を発動。

 幼女を女性チームが、野郎を男性チームが、言葉を交わすでもなく担当する。

 そして、

 

 ──来た。

 

 颶風(ぐふう)を伴う、バルトロの右膝蹴り。

 だが、ヘッケランには見える。

 対応できる。

 金属と肉体がぶつかり合うにはふさわしくない轟音が空間を駆け走った。

 

「へぇ?」

 

 交差した双剣の防御越しに、意外そうな顔をするバルトロ。

 間違いなく顔面を蹴り砕きにかかっていたズーラーノーンの最高幹部は、速攻で次の回し蹴りを繰り出す。

 先ほどは見切ることのできなかった攻撃も、肉体能力を向上させた今の状態なら──

 

「見えてるんだよ!」

 

 豪語し、蹴り足を〈斬撃〉で薙ぎ払う。

 しかし──当たらない。

 余裕で回避され、剣は見事に空振った。

 

「そんな剣の速度じゃ、俺のズボンにすらかすらねぇ、ぞ!」

 

 拳闘士の拳がうなりをあげる。

 これも双剣の刃で受けきってみせようとした、瞬間。

 

『よせ! 〈武器破壊(ブレイク・ウェポン)〉ダ!』

 

 カジットの声だと聞き取れた瞬間、武器を破壊する魔法によって、双剣の片割れが砕け散る。

 

「ッ、これって!」

 

 さきほど、クレマンティーヌのスティレットを破砕したのと同じ!

 

「はい、さいなら」

 

 追撃の気配。

 その時、〈魔法盾(マジックシールド)〉──魔力で編まれた障壁がヘッケランの目の前に張られた。

 ロバーデイクの「ヘッケラン、退避を!」という声に促されて、転がるように死地を脱する。

 

「チッ。またかよ──そこのアンデッド、なんで俺の攻撃パターン知ってんだ?」

 

 バルトロは砕いた障壁を振り払い、神官(ロバーデイク)と構造上存在しない肩を並べる頭蓋骨だけのアンデッドを睨みつける。

 

「あ、ひょっとして俺のファンか?」

『──違うとだけ、断言しておこウ』

 

 カジットは言い返した。

 

「んじゃ、何者だ? クレマンティーヌからの情報──って感じでもねぇよな? どっかで会ったか?」

『ふん。さてナ』

 

 カジットはとぼけた声を口腔から吐き落とす。ヘッケランは考える。

 

(クレマンさんが十二高弟なら、鞄の中にいたカジットさんも、ズーラーノーンの関係者筋、か──?)

 

 ならば、むやみに名前を呼んで敵に情報を与えるのは愚の骨頂というもの。ロバーデイクもそれを(わきま)えている。

 細かい事情は分からないままだが、とにかく今は、この状況を切り抜けることに専心するしかない。

 

「……頭蓋骨さん、あの男の戦い方は、どこまでわかります?」

『ん? ──うむ。バルトロは見てわかる通り、肉弾戦が主体の拳闘士だ。おまけに、全身に仕込んでいる各種魔法のアイテム……先の〈武器破壊〉や〈道具破壊〉などを駆使してくることで、確実に相手の弱体化を図っていく。おまけに〈電光石火(ライトニング・スピード)〉という、速度を超常的に加速させる魔法が付与されたブーツでの強襲奇襲も得意ときておる。並の冒険者では数秒で惨殺されるほどの手練れだ。心据(こころす)えヨ』

「ったく、そこまで分かってるとか、マジ何者だ?」

 

 バルトロは説明された雷と火の意匠をこらしたブーツで床を蹴り上げる。そして、特徴的なレザージャケットから、何かを取り出した。

 

「ま。ブチ殺せば問題ナシだわ、な」

 

 彼が掲げ見せたものは、ひとつの指輪。

 カジットを伺うように見やるが、彼は沈黙と共に頭全体を横に振った。

 

「じゃあ、ウザい後衛から片付けるか」

「ッ、させるかよ!」

 

 ヘッケランは魔導国で新たに習得した〈縮地〉を発動。一挙に距離を詰め、〈剛腕剛撃〉からの〈双剣斬撃〉をブチ込みにかかった。以前までは〈限界突破〉の武技などを最初に発動させておかなければならなかったが、今では武技を複数同時発動しても、武技を扱うための集中力がごっそり消費される感覚だけでおさまっている。

 ……魔導国の冒険者として、人工ダンジョンなどで鍛錬を積みに積んだヘッケランは、武技を最高六つ同時使用しても平気な力の領域──今は亡き王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフと同等の戦士にまで熟達しつつあるのだ。

 おまけに、装備している防具やアイテム類も充実しているうえ、力をつけた仲間の支援(バックアップ)もある。

 

「シっ!」

「おッ?」

 

 驚愕を表し、わずかに後退するバルトロ。

 しかし、ヘッケランは攻勢を緩めるわけにはいかない。

 

「〈空斬〉!」

 

 これまた習得して間もない武技。

 戦士でありながらも遠距離から敵を攻撃できる一手──だが。

 

「はン。そんな覚えたてっぽい武技で、俺様を止められると思うなよ?」

 

 直撃したはずの左腕は、無傷。

 さすがに飛距離がある分ダメージ量も落ちる技では、決め手としてはいまいちだ。

 

「次はこっちの番だ、ぞと」

 

 男の指にはめ込まれたマジックアイテムが、紅蓮の焔をこぼす。

 

「チッ!」 

 

 ヘッケランは舌を打つ。

 奴が発動したのは〈焼夷(ナパーム)〉の魔法。

 ただの人間はもちろん、アンデッドのカジットにとっても、炎属性の攻撃は弱点となる。

 

「防御だ!」

「〈中位属性防御(ミドル・プロテクションエナジー)〉」

『〈炎属性防御(プロテクションエナジー・フレイム)〉』

 

 魔法の属性防御を前衛の身体に展開する二人。

 さらに、ヘッケランも“盾”を背負い袋から取り出す。

 マジックアイテムであれば、ヘッケランたち冒険者も組合から支給されたものを数多く有している。

 装備しているベルトに提げているポーション瓶をはじめ、各種防具や予備のルーン武器も完備──魔法の背負い袋に詰め込まれていた。

 この盾も、そのひとつ。

 

「〈石壁(ウォール・オブ・ストーン)〉!」

 

 灰色の簡素な石板みたいな見た目が、起動と同時に巨大な石壁と化す。

 炎属性の魔法を防ぐのに、これ以上の最適解はありえなかった。

 味方の支援とアイテムのおかげで、火傷ひとつ負わずにすんだ。

 盾は魔法の効果を発動したのち、一回の使用で消滅していく。

 

「無事か!」

「ええ!」

『無論』

 

 互いの無事を確認しつつ、敵の姿を探す。

 

「ッ! ヘッケラン!」

『左!』

 

 声に促されるまま身をのけ反らせるように捩じった。

 途端、何かがかすったような、髪の端がヂッと削がれる感覚と共に、烈風が吹き抜ける。

 

()ぅ!」 

 

 風圧の過ぎた後、額の端──こめかみあたりに痛みが走った。右目に滴り落ちる流血。一見派手な負傷だが、頭の傷からの出血量が多いことは有名な話。

 

「シッ!!」

 

 ほとんど闇雲に、カウンターぎみに叩き込んだ〈双剣斬撃〉の結果は──

 

「──(いて)ぇな、オイ」

 

 手ごたえをこれまでにないくらい感じた。

 飛びのいた襲撃者。その屈強な胸元に走る、赤い十字傷。

 これで──ようやく一撃だが、有効打を決められたようだ。

 

「なるほどな。魔導国の冒険者、予想よりもまともなのな」

 

 そういって、レザージャケットの内ポケットを探るバルトロ。

 取り出したポーションを十字傷へ無遠慮にふりかける。

 ヘッケランも同様に、額の傷をポーションで塞ぐ。

 

「あーあ、ったくよー、こんなトコで、本気でやりたくねぇんだけどなー」

「なんならそのまま出し惜しみしててくれよ。すぐに斬り倒してやっから」

「そうだな。できるもんならやってみてくれや……ま、これまでに俺を切り倒せたのは、俺の地元の都市連合──昔戦った、勇者と闇騎士のヤツらだけだがな」

「へぇ。それなら意外と、何とかなるかもだな?」

「……調子に乗るなよ。モンスター退治しか能のない、ただの傭兵モドキが」

「ハッ。言ってろよズーラーノーン。その鼻っ柱へし折ってやる」

 

 予備のルーン武器──片手剣を取り出すヘッケラン。

 双剣スタイルを再び構築し直し、拳闘士のスキを探る。

 

 そのときだ。

 ヘッケランたちの背後──女性チームの方で轟音が響いたのは。

 

 

 

 

 

 




バルトロの言う「都市連合の勇者と闇騎士」は、
書籍七巻・P104で言及されていた方々を参考にしています。

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